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日本書紀はどこからが史実なんでしょう?

1 :日本@名無史さん:2001/04/30(月) 17:47
まずは あの箸墓古墳はあの古墳でいいの?
では、ヤマトトトビモモソヒメにまつわる伝承はほぼ史実ですか

2 :天之御名無主:2001/04/30(月) 20:47
年代以外は、すべて史実です。

3 :日本@名無史さん:2001/04/30(月) 20:53
一時は日本書紀は嘘八百とかマルクスかぶれの
学者がわめいていたが、考古学の成果から
日本書紀がまんざら嘘でもないことは証明されている。

4 :日本@名無史さん :2001/04/30(月) 20:55
参照すれ
ttp://yasai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=net&key=988544142



5 :名無し:2001/04/30(月) 21:09
朝鮮関係は真実。
満州北朝鮮国境の高句麗好太王の巨大な石碑に史実が記録されている。
西暦4世紀ごろから200年から300年にわたって,日本が
朝鮮南部を支配した。
これと日本書記は一致する。
ちなみに朝鮮には古代の歴史書がない。


6 :日本@名無史さん:2001/04/30(月) 21:38
新羅の王子を人質に迎えた件は、双方の公式記録になってるね。

7 :日本@名無史さん:2001/04/30(月) 22:11
>>5
好太王の碑文に「西暦4世紀ごろから200年から300年に
わたって、日本が朝鮮南部を支配したという史実が記録されている」
というのは一体どの部分なのだ?

8 :日本@名無史さん:2001/04/30(月) 22:14
>>7
多分、解読不可能な部分じゃない?


9 :日本@名無史さん:2001/04/30(月) 23:33
四道将軍に関してはオオヒコの名が
稲荷山鉄剣に見えるのである程度史実と思う

10 :日本@名無史さん:2001/05/01(火) 11:17
>>1
というか、ある時期から史実になるという類のものでもないと思うのだが。

11 :どきどき名無しさん:2001/05/01(火) 11:25
>>10
神武天皇の事跡が確認できないから
やはり崇神天皇からがある程度の史実を反映していると思うぞ。

12 :日本@名無史さん:2001/05/01(火) 14:25
日本書紀は帰化中国人に書かせた律令国家のデマゴーグ

13 :nipps:2001/05/01(火) 16:52
             ○→○→○→●→○→○………
           

    £ ′д)タイヨウ
    ( ∪   カクレタンスケド
     ∪∪               248年福岡・甘木

14 :日本@名無史さん:2001/05/01(火) 23:35
年代と登場人物以外は、すべて史実です。


15 :日本@名無史さん:2001/05/02(水) 00:05
史実ではないのは蘇我氏についてです。
明らかに天皇だったと思います。


16 :日本@名無史さん:2001/05/02(水) 00:15
>>195あ〜あ、この子もう半ベソかいてますよ。ば〜かなんて聞いたの小学校以来
です。僕ちゃん、お兄さんたちがもっともっとお説教してあげるからまだ泣くには
早いですよ。

17 :日本@名無史さん:2001/05/02(水) 00:18
>>16
誤爆してますよ


18 :【# ̄∀ ̄】刺客 :2001/05/02(水) 00:21
浮世は夢よ
気にするねえ

19 :どきどき名無しさん:2001/05/02(水) 10:52
日本書紀は壬申の乱がなぜ起こったかがぼやけている以外は
史実を書き残そうという姿勢が見られます。
この点昨今の教科書と違い
執筆者はまじめで捏造は検閲者によるものと思われ

20 :日本@名無史さん:2001/05/02(水) 11:50
例えば、小渕恵三の死因。
脳梗塞だが、それは本当か?見舞いには行けないし、カルテも非公開。
中国は、自分の目でそれを確認するために病院に見舞いに行くと言った。
自分の目しか信用できないって事。

証拠を一つずつ見つけるか、他国の史書と比較する。
史書自体から知りたければ、>>19のように、史書が書かれた時代の
「常識」で考え、著者の心情、立場になりきらないと駄目。
そんな事ができるのは、100年に一人の大天才でしょう。

日本史がボロボロなのは、戦前の馬鹿学者共が自分の頭で史書を
誤読したのを、馬鹿弟子共が取り繕ってるから。
一度全部捨てて、外国にアウトソーシングしてゼロから作り直して
もらったほうがいいかも(w

21 :日本@名無史さん:2001/05/02(水) 13:47
箸墓古墳や天皇陵が発掘できない以上これ以上の検証は無理です。
よってあきらめてください

22 :名無しさん:2001/05/02(水) 17:43
大筋は史実と見てよい。
記紀をまったくの創作としか見れない人は、思想的に相当サヨクチックじゃない?

23 :日本@名無史さん:2001/05/02(水) 17:45
日本列島はちぃむぼでむわぁんこをかき混ぜて出来ましたってか?

24 :日本@名無史さん:2001/05/02(水) 18:44
>>23
古事記と日本書紀の区別ついてる?

25 :日本@名無史さん:2001/05/02(水) 20:00
>>24
記紀ってのは書記のことのみを指すの?

26 :日本@名無史さん:2001/05/02(水) 20:12
>>25
少なくとも会計は指さないだろ

27 :日本@名無史さん:2001/05/02(水) 21:45
もし>>22-26が2時間半かけた壮大な自作自演のコントだったとしたら座布団1枚

28 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 08:14
>27
同感

29 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 14:46
書紀は平田篤ザネの時代に今のベースが出来上がった。200年くらいまえにつくられた歴史が今の歴史。

30 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 16:02
>>29
白雉か、お前?

31 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 16:17
こんなマンガがあった、という点が史実。

32 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 16:28
「平田篤ザネ」ってどこの誰よ?

33 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 17:09
>>29 は史実偽造マニアだね

34 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 17:24
日本書紀からは、少なくとも編纂当時の豪族の序列が分かりますね

35 :あなたは亀井静香?:2001/05/03(木) 18:24
>>33
史実偽造を今までしてきたから、真実史観に変えるべきだといってるんだよ。
これだから、バカチョンのヨツは他人のせいにするからこまる。日本が世界の笑いものになるまえに朝鮮にかえれ!!


36 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 18:53
笑い者はあんた!
「平田篤ザネ」って誰?
書紀のベースは200年くらいまえ?
ひょっとして脳の病気?

37 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 20:39
大国主命は、やはり実在の人物でしょうか?

38 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 20:44
イナバノシロウサギは、やはり実在するんでしょうか?

39 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 20:45
アマミノクロウサギが実在することからも、明らかに実在します。(自作自演)

40 :天之御名無主:2001/05/03(木) 20:55
「帝記」や「本辞」との関係ってのはどうなの?

41 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 21:00
「帝記」や「本辞」って何?

42 :天之御名無主:2001/05/03(木) 21:51
「帝紀」「本辞」とは、4〜7世紀頃の豪族史を天皇家の観点から記述したもの。
これを7世紀頃に書き改めたものが「古事記」「日本書紀」なのさ。
だから神武伝説なんてものはでっち上げもいーとこだね。
断片的に「史実」と認められる部分があるのはたしかだけど、
全体として見れば、推古天皇以降の歴史もでたらめだね。

43 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 22:04
平田篤胤の影響って、今でも残ってる部分ある?
まああの人は、Historyじゃなくて国学って事で。

44 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 22:09
残ってねぇよ

45 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 22:15
「帝記」や「本辞」というのは古事記序文に出てきますね。
しかし、内容的にどういうものか分かってません。
したがって、42は嘘。

46 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 22:17
>>45
論理の飛躍があるみたいでよく理解できないんだけど?
もうちょっと具体的に説明してくれる。

47 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 22:20
論理の飛躍なんてありません。残っていないし、古事記にも
内容についての言及が在りません。

>「帝紀」「本辞」とは、4〜7世紀頃の豪族史を天皇家の観点から記述したもの。

というのは根も葉もない妄言です。


48 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 22:23
「旧辞」「本紀」じゃなかったっけ?
どっちでもいいけど。


49 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 22:25
とにかく、日本書紀以外の史書はすべて処分されたので
残っていません。古事記は南北朝時代に真福寺写本が
発見されています。

50 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 22:35
>>45-49
「帝紀」「本辞」は存在しなかったって言ってるの?
それと紀元2629年についてはどう理解してるの?

51 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 23:16
>「帝紀」「本辞」は存在しなかったって言ってるの?

そうは言っていません。(本辞は旧辞とも言っていますね)

>それと紀元2629年についてはどう理解してるの?

いろいろといわれていますが、私はいくつかの王朝が
並立していたというのが正しいと思っています。
日本の暦から中国暦に変更するときに誤った可能性もある。


52 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 23:21
つまり、いくつかの王朝の歴史を直線的に並べたため
非常に長くなってしまった。また、古代天皇の長寿は
本の暦から中国暦に変換するときに間違えた。
たぶん、意図的かもしれない。



53 :日本@名無史さん:2001/05/03(木) 23:34
卑弥呼以降、畿内地方は連合国だった。マキムク、磐余、河内勢力
がそれぞれ王を有しており、応神天皇によって統一された。
その後、継体天皇が北陸よりきて継体朝を開いた。
その歴史を万世一系という思想の元、当時の皇統に都合の良いよう
にまとめたのが記紀である。

54 :真実:2001/05/04(金) 10:17
もっとすごいこと教えてやろうか。卑弥呼の墓は西都市にあるんだよ。だけど大正時代に
黒坂というバカ教授が土を盛って隠蔽したんだよ。本居宣長 平田篤胤 の時代に今の天皇制の基礎が出来上がったのは
、確かに事実だが、(光格天皇から天皇と呼ばれるようになった。)もっと正確にいえばいまの歴史は大正時代につくられたんだ。
(平家が壇ノ浦で滅亡したことになったのは、大正時代、吉川英治の平家物語から)
すべての歴史は現代史と言うけどまさにそのとおり。1000年以上も前の記録があるわけないだろ。
あなたらは、写本を否定するが、僕の母校の慶応の図書館に行っても260年くらい前の歴史書しかのこってない。それいぜんは紙がボロになるから、写本しか残っていない。
おれはいま25になるけどおれより若いやつらはすすんでいるから、もうウソの歴史(権力者の権力者による権力者のための歴史)は通用しないって。

55 :日本@名無史さん:2001/05/08(火) 19:19
おお、気狂いデムパが大漁だね。

56 :日本@名無史さん:2001/05/08(火) 21:50
話題が話題だからね。
古事記、日本書紀こそ最古の基地外デムパ。>55

57 :Henton:2001/05/08(火) 22:42
王朝交代説を知らないのかな?
少なくとも継体天皇は、応神天皇5世孫というのは、
怪しいと思っています。

58 :Henton:2001/05/08(火) 22:45
継体天皇は同じ息長氏の出身であるという以上のつながりは、
なかったのでは?
日本書紀を読めば、蘇我氏も天皇を自称していたことが
「息子たちを皇子と呼んでいた」という記述から分かる。


59 :日本@名無史さん:2001/05/08(火) 23:03
継体天皇スレ
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=history&key=980907202&ls=50
ここの136から141までみろ

60 :日本@名無史さん:2001/05/08(火) 23:48
そういえば
日本書紀の神武元年が讖緯説(辛酉革命説ふくむ)によって作られた
ってことに疑問を呈したら、何度も詳細を聞き違ってた人がいたけど、
あれはどのスレだっけ? 世界史板の方だったかな?

61 :日本@名無史さん:2001/05/09(水) 03:19
>54
「大化の改新」も明治以降の呼称だったか。
歴史学が輸入されて、ゼロから作り直しになったからねぇ。
当時の学者は無茶やりすぎたよ。

62 :日本@名無史さん:2001/05/09(水) 17:57
ひとつ疑問なんだけど。
考昭天皇は、30年くらしてから、
葬られたの何故?

63 :吾輩は名無しである:2001/05/09(水) 18:13


64 :日本@名無史さん:2001/05/09(水) 18:38
>>62
彼は人ではなく酒だったからさ。

65 :Henton:2001/05/09(水) 20:02
欠史八代の天皇は実在していたと思います。
ただし、滅んだ王朝だと思う。

66 :Henton:2001/05/09(水) 20:11
神武朝は葛城氏になって応神朝の臣下となった。
祟神朝は応神天皇に滅ぼされて子孫はいない。
応神朝も継体朝も息長氏だったために、継体天皇には
「神」の字を使っていない。
蘇我氏は旧唐書にあるように、「天足彦」を名乗ったが
継体朝の中大兄皇子等に殺されて、継体朝が復古したと
考えられる。

67 :Henton:2001/05/09(水) 20:17
継体朝は初期の頃、二統に分かれていた節がある。
蘇我氏の働きにより二統が統一されて、蘇我氏が
台頭し、重臣の物部氏を打倒し天皇となった。
ちなみに、聖徳太子は蘇我王朝の皇子である。


68 :Henton:2001/05/09(水) 20:24
記紀および中国の史書を注意深く読めば、上記の結論に
達せざるをえないと考えられる。


69 :Henton:2001/05/09(水) 20:29
天武天皇は上記の事実を隠すため、「万世一系」のイデオロギー
のもと、古事記編纂を太安麻呂等に命じた。
日本書紀も古事記の路線を踏襲したが、ところどころ、事実が
書いてあり読者にそれとなく真実を教えている。


70 :日本@名無史さん:2001/05/09(水) 20:35
このスレももう死んだな。心ある者はレスをつけない。沈むか、荒れるか、だ。

71 :Henton:2001/05/09(水) 20:50
>>70
反論できる知識もないんでしょ?


72 :日本@名無史さん:2001/05/20(日) 02:45
>>69
ウエツフミの事実を??

73 :日本@名無史さん:2001/05/25(金) 16:03
え?hentonの話はかなり正しいところもあると思うよ。

74 :日本@名無史さん:2001/05/28(月) 03:55
日本書紀は日本の史実

75 :日本@名無史さん:2001/05/28(月) 04:24
>>74
同意。ただし、When(いつ)、Whree(どこで)、Who(誰が)
What(何を)、How(どのように)したかが全部あっていることは
ごく稀だが(藁)。

76 :日本@名無史さん:2001/05/28(月) 06:58
神武から応神までは天武が箔をつけるために創作した部分。
伝承と言うにはあまりにあやふやで辻褄が合わない。
神武東征ルートは天武の壬申の乱時の攻撃ルートとほぼ同じ。  

77 :日本@名無史さん:2001/05/28(月) 12:29
>>76
神武〜応神の出来事はすべて天武時代の出来事をモデルにでっち上げた創作

78 :s:2001/05/28(月) 20:47
g

79 :日本書紀:2001/05/28(月) 20:54
って誰かが日本の歴史を美化しようとでっち上げたものじゃなかったの?

80 :日本@名無史さん:2001/05/28(月) 22:05
   

81 :日本@名無史さん:2001/06/03(日) 17:15
>>79
その通り。

82 :日本@名無史さん:2001/06/03(日) 17:40
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83 :日本@名無史さん:2001/06/03(日) 18:13
イマドキこんな人いるんだねえ

84 :日本@名無史さん:2001/06/03(日) 18:16
新井くんですから仕方ありませんな

85 :日本@名無史さん:2001/06/03(日) 18:49
天皇撲滅!!

86 :日本@名無史さん:2001/06/03(日) 21:31
帝紀・本辞 > 42. これを7世紀頃に書き改めたものが「古事記」「日本書紀」なのさ。
だから神武伝説なんてものはでっち上げもいーとこだね。

なら、真実は何なの?


87 :日本@名無史さん:2001/06/03(日) 21:38
>>86
不明ということだろう。千数百年以上も前の事に真実を過剰に
期待するのは間違い。

88 :日本@名無史さん:2001/06/03(日) 21:42
>>86
わからないよ。
まあ物部を蘇我が潰したあたりでそうとうの歴史の書き換えが
あったんでしょうな。そしてまた蘇我が潰された時に。そのあ
とは壬申だの白村江だの。意識的なものもあり本当にわからな
くなったこともあり。
一生懸命(ほかの本も)読んで真実の部分を推定するだな、

89 :日本@名無史さん:2001/06/03(日) 21:50
日本書紀はどこからが真実か?
ずばり言おう。
それは、稗田阿礼が生まれたときからだよ(藁)
いや、ものごころついた時か… まあ大体そんなもんだ。

90 :日本@名無史さん:2001/06/04(月) 23:33
>>89
阿保!

91 :日本@名無史さん:2001/06/06(水) 01:14
もともと漢字で表記されていたのでしょうか?
とすれば漢字伝達以降記録がされたと思うのですが?
王仁でしたっけ?公式に伝えたのって?

92 :日本@名無史さん:2001/06/06(水) 01:19
>>90 は優しい人と思われ。
阿呆といわずに人扱いしている。

93 :日本@名無史さん:2001/06/06(水) 03:39
稗田阿礼は古事記序文にしか現れない人物。日本書紀には関係ない。
>>91は知ったかぶりの典型的厨房と思われ。(藁

94 :世界@名無史さん:2001/06/06(水) 11:35
>>91
王仁は架空の人物、それ以前に多数の中国華僑が日本にやって来てる。
彼らが中華文明を日本に移植したと言う妥当

95 :日本@名無史さん:2001/06/06(水) 13:12
王仁って架空の人物なの?

96 :日本@名無史さん:2001/06/11(月) 12:46
.

97 :日本@名無史さん:2001/06/11(月) 13:08
>>92も優しい。

98 :日本@名無史さん:2001/06/11(月) 13:59
>>95
いちおう子孫と名乗る氏族はいるよね。
実在の典拠は書紀しかないが、架空という証拠もない。

99 :名無しさん@1周年:2001/06/11(月) 16:09
王仁の子孫は書を担当する氏族として日本書紀など記載があります
続日本紀には子孫の上表分で漢の霊帝の末裔で楽浪郡に移住して後
その孫の王仁が応神天皇の時代に日本に来たと述べています
応神朝は日本が朝鮮半島に勢力を拡大した時期で辻褄はあっています

100 :Cipher:2001/06/12(火) 13:04
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=history&key=980963442&ls=50
↑関連スレッド


101 :日本@名無史さん:2001/06/12(火) 15:45
「ホツマツタヱ」はどうよ?


102 :日本@名無史さん:2001/06/12(火) 17:32
表題からして仮名遣い間違えてるようなアホ文献は近世の偽作と思われ。

103 :日本@名無史さん:2001/06/12(火) 20:47
怪傑黒頭巾はどこへ行った・・・

104 :日本@名無史さん:2001/06/12(火) 20:59
ぢごく

105 :天之御名無主:2001/06/12(火) 22:08
>>75
>同意。ただし、When(いつ)、Whree(どこで)、Who(誰が)

Whereだろ(痣藁
あんで誰も突っ込まないんだ(w

106 :日本@名無史さん:2001/06/12(火) 22:11
>>105
そんな誤植程度でつっこんでいていは2chは成田他ない。

107 :眠い:2001/06/13(水) 02:43
ここの人たち、100のリンク先を沈めることになった?
質問に答えてあげて。

108 :秀真伝は文学?:2001/06/13(水) 17:30
>>102
つか仮名で書かれてすらいないんだよね?
まあ、あの文字から考えるとなんか平安以降って感じなんだけど。
でも漢語が表記できないから廃れたって説も有るみたいだね。
だとすると万葉仮名はルネッサンスなのかねえ?
#そういえばいくら当て字とはいえ何で仮の名なんて文字をあてたんだろうか?
ただ遺跡から出ないって所は致命的に弱いねえ。

ところであの文字ってどっかで暗号に使われてたとかそういう話は無いのかな?
例えば何かの真言を書くための文字で、写本作る時に一緒に書き直されたとか?

ちょっと見ただけだけど、話としてみればかなりよく出来てる気はするけどな。
もし何かを参考にしたとすれば何だろう?
記紀見ただけであれだけの事書けるんだろうか?

あれが近世の脚色だとしたら、何か琵琶法師チックに全国まわって
話をして廻る様子を思い浮かべてしまうな。

でもそれだったら何かの日記とか記録に残ってもおかしくない気がするし
なんだろうな?



109 :日本@名無史さん:2001/06/13(水) 23:15
ホマツの現代語訳が公開されています。
http://www.hotsuma.gr.jp/

ココもなかなか興味深い資料を揃えてます。
http://www.hoops.ne.jp/~simasiba/hotuma-ni-tuite.htm


110 :日本@名無史さん:2001/06/14(木) 13:55
デッチアゲ、創作を主張する人たちって、創作が
お上手ね。

111 :日本@名無史さん:2001/06/14(木) 15:44
創作能力のない人は「こんな精緻で膨大な記録が創作できるわけない」とか言う。
自分の無能を証拠に使うことの惨めさ。

112 :神話と歴史の境界って?:2001/06/14(木) 18:27
>>111
ホツマってまあ創作して出来ない訳じゃないだろうけど、
記紀なんかでよく分からない部分をうまく辻褄が合う様に話を組み立てて
なおかつ、もっともらしいエピソードをいれるなんてのは非凡じゃないと思うな。
例え創作だとしても、三国志演義並の評価はあっていいんじゃない?

とりあえず山幸彦とか東征(についてと思われる)くだりを見てみたけど、
なんか記紀より人間味があって面白いね。
比較してみるとどうなるんだろ?

まあ当時(というかいつの話なんだ?)既に、海沿いの広範囲に連合体(海神、安曇系?)
があったというのが事実なら現実味が増すんだけど。

それにしてもここら辺の話が史実なのかは気になるなあ。

東征の話は、例の金印とも絡んで来るしなあ。
見方によっては関が原の逆バージョンに見えるのが面白いが。


113 :日本@名無史さん:2001/06/14(木) 21:18
いろいろ同意>>112

ただ、非凡じゃないのは、政治的な目的で大規模の集団によって作られた偽書
だから、っていう可能性もあるんじゃないかな。

その目的は、うーん、うーん、何だろう。


114 :大伴語:2001/06/15(金) 01:34
「古事記」は712年に編纂されたものじゃないよ。
多分もっと後の時代に書かれて、
年代を改竄されたのでしょう。
明らかに時代が異なってるよ。
けどそれでも文学としては最高傑作だけどね。

115 :日本@名無史さん:2001/06/15(金) 10:04
>>114
う〜ん、そうなのか?
紀の方が内容的に古いということは、聞いた事もあるんだが。

116 :日本@名無史さん:2001/06/15(金) 10:43
海幸彦・山幸彦のルーツ
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r18-77.htm

古事記偽書説ってのもある
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r18-90.htm




117 :日本@名無史さん:2001/06/15(金) 11:02
記紀を普通に読んでこれは天皇の権威づけって、くくるのはどうかな?
当時の「わし等、ご先祖様の伝説」って感じだけど。
権威づけは宣伝の指向によるんじゃねーの。

>>114
おーやすのまろの墓とかは無視ですか?
墓誌には古事記作ったよとは書いてないみたいだけど。

118 :日本@名無史さん:2001/06/15(金) 13:07
和銅5年 太安万侶が「古事記」を撰上
和銅6年 「風土記」の編纂を諸国に命じる

古事記成立後にそれに合わせて編纂したのが良く分かる


119 :日本@名無史さん:2001/06/15(金) 15:52
日本書紀より古事記のほうがドキュンなんだ・・

120 :世界@名無史さん:2001/06/15(金) 16:05
>>119
そんなもん読み比べれば一目瞭然じゃん。

121 :書記は大丈夫だよね?:2001/06/15(金) 17:48
>>117
まあそんな権威がどうなんて話は
それこそ江戸時代の暇な学者が言いはじめた事なんじゃないの?
まあ、源平藤橘じゃないけど、
日本人、先祖辿れば皆天皇。
って話だしねえ。

まあ書かれた当時はまだそんな事はなかっただろうから
判った限りの事を書いたんじゃないの?
まあ都合の悪い事は隠したかもしれないけどね。

で結局成立はいつで改ざんされたとされるのはいつなのかな?
私にはわからないなあ。
改ざんされたとするなら異本がありそうなものだけど、どんな感じなのかな
つうか書記と関係ないから、別スレ建てるべきか?
というか結局どの時代の作なら都合がいいの?って話だけど

ということで、内容について比較しながら考えてみれば判るかな?


122 :大伴語:2001/06/16(土) 03:40
確かに太安麻呂の墓誌はあるけどねー。
後世の誰かがただ安麻呂の名を借りて編纂しただけだって。
どう見ても内容が当時とあってないよ。
う〜ん、「古事記」についてはなすんだったら別レスたてるべきかな??


123 :日本@名無史さん:2001/06/16(土) 03:57
書紀は正史というより記録集的なとこともあるよね
一書の併記を読むと、いろいろな説が当時からあったのがわかる
現代的な視点から考察できるように編纂されてないのが弱味だ

124 :日本@名無史さん:2001/06/16(土) 04:01
出雲神話は日本書紀にも風土記にも書いてないぞ。
古事記にだけある。
だから、一昔前の学者は出雲なんかとバカにしてた。
荒神谷やら加茂岩倉やらからごっそり遺物が出てきて
学者の方がバカだったことが判明したぞ。

125 :大伴語:2001/06/16(土) 06:17
>>124
風土記にはちゃんとかいてあるぞ、
ただ話の内容が違うだけ。
古代の出雲が栄えてたってのは
古事記が712年に出来た事の立証にはならね―よ.

126 :日本@名無史さん:2001/06/16(土) 08:55
>>122
つーか太安万侶の子孫である平安時代多朝臣人長が古事記を発掘して流布した。
経緯から見れば東軽流外三郡誌と同じだ。

127 :Henton:2001/06/16(土) 22:15
>>124-126

学習能力の無い馬鹿だな。
別スレで古事記の古代特殊仮名遣いで平安時代に作られた偽書
と言うことはありえないって書いてやったろう?

128 :日本@名無史さん:2001/06/16(土) 22:26
>>127
序文は明らかに平安時代に書かれた偽書くさい。
序文が偽書なら本文が712年に書かれたという根拠はまったくない。
本文を虚心に読むなら少なくとも日本書紀以降に書かれたのは明らか。
古代特殊仮名遣いってのは712年に書かれたという根拠にも、日本書紀以前に書かれたという根拠にもならない。

129 :日本@名無史さん:2001/06/16(土) 22:51
出雲国風土記の神話は東出雲(熊野神社)系
我々が知ってる因幡の白兎とか、純朴な西出雲(出雲大社)系の
神話は古事記の専売特許だ

130 :大伴語:2001/06/17(日) 02:18
>>128
全く賛同。
古事記の元になった書物は存在しただろうけど、
序の712年は改竄。
だからどう見ても後世の作。
それでもあえて712年にしたっていう理由は
やはり日本書紀との関係だろうね。

131 :日本@名無史さん:2001/06/17(日) 02:29
あれ、漢文が上手すぎるもんね

132 :日本@名無史さん:2001/06/17(日) 05:15
古事記に関する書誌学的な研究なら東北大にいて
古事記学会会長も務めた梅沢伊勢三が堅実で最高

133 :日本@名無史さん:2001/06/17(日) 12:23
大和岩雄の偽書説によると、古事記は多氏に伝わっていたもので、本文だけで序文がなかった。
それで多人長が序文を偽造してくっつけたんだけども、
本文自体は712年よりも古いものだというのが大和岩雄の説。

134 :日本@名無史さん:2001/06/17(日) 12:57
>>133
内容的には古事記は日本書紀を再編集したものに見えるんだが。

135 :何でも鑑定団:2001/06/17(日) 13:00
しかし何で由緒書ってのはよく偽造されるんだろうなあ。
(いや別に古事記がそうだと思ってるわけじゃないけど)
それ自体価値あるものなのに、誰かが変なハンコ押したばっかりに
評価が下がったりするよねえ。

まあ、当時それを書いた人がそう思い込んでいたってだけなのかもしれないけどねえ。
結局、倉庫に眠ってて、発見された時には既に由来が曖昧になってたんだけど、
まあその話を適当に、由緒書して分類したものを
後世になって又再発見して、その由緒書が正しかったのか検証してる
って話かもしれないね。


136 :大伴語:2001/06/17(日) 15:08
>>134
そうそう、古くからの話もあるけど、
日本書紀を意識したのもかなりあるのは事実。

137 :日本@名無史さん:2001/06/17(日) 19:07
日本書紀には先行資料がたくさんあった。古事記本文はそのひとつがたまたま残存したのか、
日本書紀の先行資料の残存断片を多人長が適当に綴りあわせたんだろう。
日本書紀の完成が720年まで遅れたのは先行資料を漢文に訳するのに手間取ったから。

138 :日本@名無史さん:2001/06/18(月) 09:03
日本書記が藤原不比等によって藤原家に都合のいいように
書き換えられたのは間違いない

139 :日本@名無史さん:2001/06/18(月) 09:20
>>138
またかよ。不比等電波。

140 :日本@名無史さん:2001/06/18(月) 09:26
>>138
書き換えられたよ

141 :日本@名無史さん:2001/06/18(月) 19:33
日本書紀ができたのと不比等が死んだのは同じ年だろ。いつ書き換えるんだ?

142 :日本@名無史さん:2001/06/18(月) 19:48
書き換えられたんじゃなくて、最初から不比等の息がかかった本だってことだね。

143 :日本@名無史さん:2001/06/18(月) 20:57
まあ、書き換えられたのかはともかく、
書いた人物に先見の明があったのか、息がかかってたのか
藤家の顔色をみて(遠慮して?)書かれていた文献だったから
現在までずっと残ったって気もするね。
都合の悪い事がはっきり書かれてる文献は焚書されちゃったのかもしれないし


144 :日本@名無史さん:2001/06/19(火) 05:34
梅さんが不比等を持ち上げすぎ

145 :日本@名無史さん:2001/06/19(火) 07:17
タケミカヅチとか竹内宿禰とか藤原家の先祖が大活躍。

146 :日本@名無史さん:2001/06/19(火) 08:49
タケミカヅチが活躍してんのは古事記の方で
日本書紀ではフツヌシの相棒にすぎないが?
竹内宿禰にいたっては藤原家の先祖ですらないし。
不比等電波逝ってよし。

147 :日本@名無史さん:2001/06/19(火) 09:20
記は、国内向けの物語。
紀は、国外を意識した史書(あくまで目的だが)。

148 :日本@名無史さん:2001/06/19(火) 09:23
日本書紀のこといってたんじゃないのか

149 :日本@名無史さん:2001/06/19(火) 09:42
すべて真実です。

150 :日本@名無史さん:2001/06/19(火) 10:21
聖徳太子の話は全部嘘なの?
書記編纂には、不比等、道慈、長屋王

151 :日本@名無史さん:2001/06/19(火) 10:29
白村江の話を何がなんだか解らんようにしたのは事実

152 :日本@名無史さん:2001/06/19(火) 10:33
初代天皇は九州出身で決まりです
記紀はすべて実話です。

153 :大伴語:2001/06/19(火) 15:00
>>147
同意,同意。
「紀」は国外を意識した上に,
自らの正当制も主張するために製作。

「記」はあくまで物語り。


154 :日本@名無史さん:2001/06/20(水) 12:09
age



155 :日本@名無史さん:2001/06/20(水) 12:51
http://www2.plala.or.jp/cygnus/
ここ面白い

156 :日本@名無しさん:2001/06/20(水) 22:59
age

157 :日本@名無史さん:2001/06/21(木) 02:39
おもしろかねーよ。原田常治系の、よくありがちなとんでもドキュンやんけ。

158 :日本@名無史さん:2001/06/21(木) 02:47
全部作り話よぉ〜ん!

159 :日本@名無史さん:2001/06/25(月) 22:59
古事記のほうが信用に足ります

160 :日本@名無史さん:2001/06/25(月) 23:01
推古天皇以降です。

161 :日本@名無史さん:2001/06/25(月) 23:46
武烈天皇の話は真実ですか?

162 :日本@名無史さん:2001/06/25(月) 23:48
真実です。

163 :日本@名無史さん:2001/06/26(火) 22:21
>>159
たしかに古事記のほうはそういった意味で神話と歴史を巻ごとに分類しているようにみえますね

164 :日本@名無史さん:2001/07/01(日) 10:34
日本を信じたいね

165 :日本@名無史さん:2001/07/01(日) 12:10
>>163
やっぱり後に作られたやつのほうが編集が行き届いてるね。

166 :日本@名無史さん:2001/07/05(木) 16:40
コピペして用語変更して万葉仮名に書き換えただけ

167 :日本@名無史さん:2001/07/06(金) 15:18
>>161
武烈天皇の暴虐の話は王朝交代を儒教的に説明するために入れた潤色だよ。

>>166
万葉仮名? ぜんぜんちがうだろ。

168 :日本@名無史さん:2001/07/08(日) 20:50
儒教的に説明っていうけど、
書かれた当時は仏教を中心に財源が使われていたのとは矛盾しない?

169 :日本@名無史さん:2001/07/08(日) 22:40
日本は両方ともなんとなく有り難がってたただけで
昔から宗教ごっちゃだよ
つーか現代人が思うような宗教というより技術や教養みたいなもの

170 :日本@名無史さん:2001/07/11(水) 12:46
饒速日さまにしても、偉大なる技術継承者っていう感じに見えます。

171 :日本@名無史さん:2001/07/11(水) 20:34
>>168
日本じゃ仏教も儒教も神道も道教もみんなちゃんぽんだ。

172 :日本@名無史さん:2001/07/26(木) 20:02
age

173 :日本@名無史さん:2001/07/26(木) 20:05
>>171
いつのころから?

174 :日本@名無史さん:2001/07/26(木) 20:12
四海楼が出来て以来。

175 :真魚:2001/07/26(木) 20:31
大化の改新から。
編算したのは誰なのでしょう。
日本書紀は、権力の象徴だと思ってたけど。
>>173
神道と仏教は4世紀末から史実があるけど、それ以外はかなり後だね。
 たとえば、儒教は本とに日本人の一部に取り込まれたのが、江戸時代
だと思う。
 私はみんなちゃんぽんとは思わないけど、今の日本人に宗教感覚は、
 間違いなく、錯乱もしくは意識外にある。政治家はちゃんと持って欲
 しいけどね…宗教感覚は…人としての当たり前ってのが日本以外だから。

176 :日本@名無史さん:2001/07/30(月) 20:05


177 :日本@名無史さん:2001/08/06(月) 15:26
宗教はどうでもいいが、
戦後ベビーブーム以降の世代はモラルが低い。
さらに昨今の若者は常識とか忍耐さに欠けている。

178 :日本@名無史さん:2001/08/06(月) 15:30
なぜ上がる?

179 :日本@名無史さん:2001/08/23(木) 04:41
こっちも参照してね。↓

古事記は偽書ですか
http://mentai.2ch.net/history/kako/988/988959671.html

180 :179:2001/08/23(木) 05:34
追加だよーん

古事記は偽書ですか
http://mentai.2ch.net/history/kako/988/988959671.html
日本書紀を検証してください
http://mentai.2ch.net/history/kako/975/975120172.html
日本の正史「記紀」
http://mentai.2ch.net/history/kako/976/976583638.html
中国の正史と記紀
http://mentai.2ch.net/whis/kako/976/976193550.html
記紀と三国史記
http://mentai.2ch.net/history/kako/989/989224636.html
古史「上記」について
http://mentai.2ch.net/history/kako/992/992367488.html

181 :日本@名無史さん:01/09/04 18:14 ID:SrQuYNNI
そうすると日本書紀をすべて信じていいのかな

182 :日本@名無史さん:01/09/10 05:07
継体系贔屓の点を除けばばっちし

183 :日本@名無史さん:01/09/17 04:18
なんで日本は紀元前から中国みたいに出来事を記録しておかなかったんですか?

神武以降です。

184 :日本@名無史さん:01/09/17 04:31
>そうすると日本書紀をすべて信じていいのかな

すべて信じないほうがいい。ゴミだよ。

185 :日本@名無史さん:01/09/17 04:42
>>183
文字がなかったYO

186 :日本書紀は絶対真実:01/09/17 05:20
日本書記記載の武烈天皇(第25代)の事績

2年秋、妊婦の腹を割いてその胎児をご覧になった。
3年冬10月、人の生爪を抜いて、山芋を掘らせた。
4年夏4月に、人の頭髪を抜いて梢に登らせ、樹の根本を切らせて、登っていた者が
 落ちて死ぬのを眺めるのを楽しみとされた。
5年夏6月に、人を池の堤の樋(ひ)に伏せて入らせ、外に流れ出てくるのを三つ又
 の矛で刺し殺してはそれを楽しまれた。
7年春2月に、人を樹に登らせ、弓で射落としてお笑いになった。
8年春3月に、女を裸にして平板に座らせ、馬を全面に引き出して交接させた。
 女の陰部を見て、潤っているものは殺し、潤っていないものは召し上げて官婢とされた。
そしてそれを楽しまれた。

187 :日本@名無史さん:01/09/17 06:57
例えば、紀にあって記にない話などがありますが
紀は、当時の天皇や皇太子など、支配層を対象にして書かれたものなので
皇位の正統性が過度に強調されている傾向があります
そういう点を除けば完全にフィクションとして作られた部分はそこまで
多くないはずです

188 :日本@名無史さん:01/09/17 07:12
ではどこからが史実かという話ですが
まず、記では崇神以前の記載がなく、「これより前はよくわからない
としています
神武は畿内の支配を正当化するために作られた天皇であり
欠史8代いは崇神以前の伝承的な大王達を記録しているだけです
前方後円墳の成立から考えて、4世紀初頭から連続的な支配戦争が
日本全土に広がっていったようですが、そのことはヤマトタケルの事績に
統一されていると思われます
神武〜崇神で、畿内の支配を正当化し
神功〜応神で、南部朝鮮と九州の支配を正当化すること
そして、ヤマトタケルで蝦夷を除く全土の支配正当化を確立すること
それが記紀の狙いであったと考えられます
南部朝鮮〜北部・中部九州〜畿内という地域が大和朝廷成立の
大きな柱であったこと
そして、神功記にある倭人伝からの引用が示す邪馬台国との連続性により
おおまかな大和朝廷の歴史が見えてきます

189 :日本@名無史さん:01/09/18 02:36
素人が憶測で語ってもしょうがない。
真相は闇の中。

190 :日本@名無史さん:01/09/23 22:14
韓国の人々は日本書紀を信じていて、教科書にもその内容の一部を載せています。
ただし、半島から日本へいろいろなものを伝えたり人が行ったことだけです。

191 :日本史@名無史さん:01/09/24 16:29
全部嘘です。
聖徳太子の予言は本物です

192 :日本@名無史さん:01/09/24 17:43
            __,,..、、- - - .、、...,,___
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     /                      \
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   /                           ヽ
   /  / ~~` '' ‐- 、、 ,,__   __ ,,..、、 -‐ '' "~~\  ヽ
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  .|  {  ´   ‐- ....__    __... -‐   `   } .|
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| }.| ./'   \二二・二../ ヽ  / ヽ、二・二二/  'ヽ | { |
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|ヽ.| |      /     .|  |.     ヽ      .| .|./ .|
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 ヽ .| |    /       .|  |       ヽ    |  | /  | 要件を
  .ヽ.| |    /     '二〈___〉二`       ヽ   |  |./  <
    | |          `-;-′         |  |     |  聞こうか…
     iヽ|.      ,,... -‐"`‐"`'‐- 、、     |/i       \_________
     |  ヽ     /...---‐‐‐‐‐----.ヽ    /  .|
     |   ヽ.    ,, -‐ ''"~ ~"'' ‐- 、    /   |
    .|    ヽ         !          ./   .|
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193 :日本@名無史さん:01/09/24 22:57
日本民族そのものが架空であって、存在してるのは日本列島人である。
天皇は、朝鮮からの占領軍(帰化人)である。もともとの元祖日本人ではない。

194 :日本@名無史さん:01/09/24 23:45
>>193
で、それは大事なことなのか?
妄想はもっと膨らませようぜー

195 :日本@名無史さん:01/09/30 01:43
占領説って、日本書紀にかいてないし、デマじゃないの?

196 :日本@名無史さん:01/09/30 01:49
最近は日本も随分素直になったと思います。
昔は韓国への劣等感の裏返しともいえる韓国差別をずっと繰り返していましたが、
近年になってようやく韓国の文化に関心を持つ人達が増え、マスコミにおいても
韓国関連の番組を放送する機会が増えました。
ようやく日本はかつて韓国から文化を授けてもらったという歴史的事実を認め、
素直に韓国の高尚な文化が自分達の文化の源流だということを認識できるように
なってきたということでしょうか。
まぁ私の知る限りはっきりいって日本が必死で韓国を無視しようとしているのと
比べ、韓国は冷静なものです、日本の醜態を苦笑しながらも暖かく見守ってくれていますから。
国家の黎明期から隣国に世話になりっぱなしの国と情けない隣国を暖かい心を持って
世話をし続けてくれた国の余裕の違いとでもいうべきものでしょうか。
「お隣りの国、韓国」という表現がようやく使えるほど日本は韓国に対する劣等感
を克服することができつつあるということでしょう。
まあ古代遺跡の捏造やら自国中心主義の教科書をありがたがる動きなどとにかく
韓国を意識した劣等感丸出しな行いがいまだくすぶっているのも事実ですが(苦笑)

197 :日本@名無史さん:01/10/04 00:12
てゆっか、韓国には興味ない。
百済と任那には興味ある。

198 :日本@名無史さん:01/10/04 05:41
>占領説って、日本書紀にかいてないし、デマじゃないの?
朝鮮と倭が同種という書が昔あったけど、天皇が焼き捨てさせたとか
それに占領説って載ってたのかな

199 :日本@名無史さん:01/10/04 06:53
>>193
日本列島というもの自体が架空であって、ここは東海諸島である。

200 :日本@名無史さん:01/10/04 09:10
>>198
あっちこっちで論破されたのに、まだそんなこといってるの?
桓武・平城が禁書にしたのは、高麗王や漢高祖が天御中主の傍系子孫で
日本の天皇家が直系子孫だという日本至高主義に立ったトンデモ説だよ!

大同四(809)年二月辛亥条6 辛亥。勅。倭漢惣歴帝譜図。天御中主尊標為始祖。
至如魯王。呉王。高麗王。漢高祖命等。接其後裔。倭漢雑糅。敢垢天宗。愚民
迷執。輙謂実録。宜諸司官人等所蔵皆進。若有挾情隠匿。乖旨不進者。事覚之日。
必処重科。

読めるかな???

201 :やい井沢!!!:01/10/05 19:41
文書の立派さから平安時代の中ごろに書かれたものだそうだ。
ただし今に残るは卜部本で鎌倉時代のものナリ。
200年くらいに編集したものが現在に残る書記。

202 :日本@名無史さん:01/10/05 21:03
>>194 妄想ではありませんが。。
663年8月27日、南鮮、白村江の戦いで、唐、新羅連合軍に敗北した
百済、日本連合軍であるが、その結果、任那の滅亡にあわせて百済、日本
も滅亡する(ここでいう日本は北九州の天ノ王朝)
ヤマト地方は、それまでの百済人、唐人(ユダヤ系漢人の秦氏)の植民
亡命集団に取って替わって、戦勝国新羅の占領軍が司令部(GHQ)を
奈良において支配する。これが奈良朝。偽造史の天平時代。

203 :日本@名無史さん:01/10/05 21:22
>202

妄想。

204 :日本@名無史さん:01/10/06 00:08
日本書紀は、日本列島のことではなく朝鮮史を日本史に書き換えたもの。

205 :日本@名無史さん:01/10/06 00:18
中大兄皇子と藤原鎌足の「蘇我入鹿殺し」について
古人大兄皇子が中大兄にむかい「韓人、鞍作臣を殺す」と
叫んでいるが、これは新羅30代文武王のときに起こった
「ひどん殺し」事件をそのまま日本書紀に和訳したときに
うっかり事実を書き込んだもの。

206 :日本@名無史さん:01/10/06 00:25
聖徳太子の、祖父敏達天皇は「百済の大井宮で即位した」とある。
敏達のモデルは百済25代武寧王なので間違って正直に書いて
しまったパターン。
日本史学会では「関東の北葛飾軍百済村の事」と言ってるが
関東に、郡村の地名発生は大化の改新(これも嘘)以後と言ってるから
どちらにしても嘘。
妄想じゃないよー。

207 :日本@名無史さん:01/10/06 00:32
>日本史学会では「関東の北葛飾軍百済村の事」と

どこの「日本史学会」なの? ただのネタかい(W

208 :日本@名無史さん:01/10/06 00:39
「桓武の焚書」とは京都王朝は渡来人(韓国人)が立てたものでなく
自生の日本民族がたてたみたいに正当化したものを北畠親房が指摘したもの

209 :日本@名無史さん:01/10/06 00:40
>207 じゃ何処かな(藁

210 :日本@名無史さん:01/10/06 00:42
源氏はインド人
平氏はペルシャ人
天皇は韓国人

211 :日本@名無史さん:01/10/06 00:53
聖徳太子は存在しない。
推古天皇の摂政聖徳太子が「日本書紀」登場して
初めて中国に使者を差し向けた事になってるが
漢人の中国側の、隋書、唐書、新唐書に影も形も無い。
同時代の九州の天ノ王朝に生存した.卑弥呼、多利思比孤ら
の記述はある。架空人物だから記載されない。

212 :このスレお仕舞だね:01/10/06 00:55
>>206
細かいことだが、敏達は厩戸の伯父さんである。

213 :日本@名無史さん:01/10/06 00:57
>212 おしまいの理由は?藁

214 :日本@名無史さん:01/10/06 00:57
後世に錦織部郡百済郷とか北葛城郡広陵町百済とか呼ばれるようにな
った場所が比定されてるが、「北葛飾軍」とは流石にぶっ飛ぶね(W

215 :このスレお仕舞だね:01/10/06 00:59
>>213
スマソ。別スレカキコの名残りでした。

216 :日本@名無史さん:01/10/06 01:07
>>210
で。。。君はアフガニスタン人?

217 :日本@名無史さん:01/10/06 01:10
>214 ちょっとした書き間違いだが同じこと
大化の改新以後でないと関東に、郡村の地名発生
してない事になってるんでしょ。偽造の六国史でw
表記違いを笑う前にそのへんを指摘して欲しいなw

218 :まあ初めから終わってるけどね:01/10/06 01:11
>217
関東ってのはどこの関東だい?

219 :日本@名無史さん:01/10/06 01:12
>216 私は常識人です。あなたはもしかして狂人?

220 :日本@名無史さん:01/10/06 01:15
>218 私は普通に日本の関東と解釈しましたが何か?

221 :日本@名無史さん:01/10/06 01:16
この手の話題はなぜか食いつく奴がいるから面白いw

222 :日本@名無史さん:01/10/06 01:17
>220
そうですか、「関東」の北葛飾郡百濟村というのは初めて聞く説なので。
私は奈良県の北葛城郡百済村とばかり思ってました。
ちなみに大化の改新後でないと郡村の地名がないという説も初耳ですが
どなたが言っておられるのか教えていただければ幸いです。

223 :日本@名無史さん:01/10/06 01:25
六国史に関東に、郡、村の地名発生は大化の改新以降と
あるらしい。言ってる人は不明。

224 :日本@名無史さん:01/10/06 01:25
>>205
>古人大兄皇子が中大兄にむかい「韓人、鞍作臣を殺す」と
>叫んでいるが、これは

「是日、雨下潦水溢庭。以席障子、覆鞍作屍。古人大兄、見走入私宮、謂於人曰、
韓人殺鞍作臣。(謂因韓政而誅)吾心痛矣。」

って書いてあるんだぜ!「中大兄にむかい」なんて一体何処に書いてある(W
本当にこの程度の文章が読めないの?

225 :日本@名無史さん:01/10/06 01:33
はい読めません。つーか解説していただくとありがたいです。
当方の主張は日本史が朝鮮史の作り変えであると解釈した歩が
合理的だと思ってるだけですが。。なにか?

226 :日本@名無史さん:01/10/06 01:37
時の天下を取った人間が氏、素性をごまかすのは当然の作業で
戦国時代の、武士も同じで同様の事をしてた事は皆さんも
わかってるでしょう。同様の事が太古から行われてきたの
ではないかと考える方が自然だと思いませんか?

227 :日本@名無史さん:01/10/06 01:38
思いません

228 :日本@名無史さん:01/10/06 01:41
眠くなったのでまた来ます。その時はまた相手してくださいね(藁

229 :日本@名無史さん:01/10/06 01:50
>>217
あのね。。。こういう場合に「百済」という地名を「錦織部郡百済郷」とか「北
葛城郡百済村(あるいは広陵町百済)」とかに比定するのは、その当時に「郷」
とか「村」とか「広陵町」という行政地名があったということではないの。
後世に「百済郷」とか「百済村」とか「広陵町大字百済」と呼ばれるに至った場
所が当時の「百済」だろうということなのよネ。
だから敏達時代に関東でも関西でもいいけど、「郷」や「村」があったかなかっ
たかなんてことは、地名比定とは何の関係も無いのよ。

230 :日本@名無史さん:01/10/06 01:53
>>225
日本書紀も読めないで、古代史を語るつもりなの?
バカバカしいから寝るよ(W

231 :舎人:01/10/06 12:38
>>230
確かに書紀も読めずに、合理的解釈もなにもあったもんじゃないわな(W
だが225は、ホントの中学坊主のようだから、漏れがかわりに解説しておいてやるよ。

是日、雨下潦水溢庭。以席障子、覆鞍作屍。古人大兄、見走入私宮、謂於人曰、
「韓人殺鞍作臣。(謂因韓政而誅)吾心痛矣。」即入臥内、杜門不出。中大兄即
入法興寺、為城而備。凡諸皇子諸王諸卿大夫臣連伴造国造、悉皆随侍。

【抄訳】
この日は雨がふっていて、水が庭に溢れ出していたが、鞍作(入鹿)の死体は、その庭に
ムシロ障子で覆われて置かれていた。古人大兄はこれを見て私宅に駆け込んで、家人に
「韓人が鞍作(入鹿)を殺してしまった。(注 この古人大兄の言葉は「対韓政策の対立
から誅殺された」という意味である)何と痛ましいことだろう」といって、そのまま寝
床に入り、門をかたく閉ざして出ようとはしなかった。
いっぽう中大兄は直ちに法興寺に入り、そこを城として(逆襲に)備えたが、凡そ皇子
・王・卿大夫から臣・連や伴造・国造にいたるまで、悉く皆が(中大兄に)付き従った。

と記述されているわけだ。もとより「古人大兄が中大兄にむかって叫んだ」なんて読め
るわけがない。
で。。。問題は古人大兄が言ったとされてる「韓人殺鞍作臣」の意味だが、書紀編纂者
は注書のように「謂因韓政而誅」の意味だろうと解釈している。(続く?)

232 :舎人:01/10/06 21:46
(続き)
だが。。。「謂因韓政而誅」という注書の解釈自体がかなり分かりにくい。一応は上記の
ように、、、
@ 対韓政策の対立から誅殺されたという意味で言った。
A 三韓の貢献儀式を装っての誅殺だという意味で言った。

とされているが、その後の彼の逃避的行動から、関わり合いになることを懼れて「中大兄
によるものなんてことは一切知らない。これは韓人がやったことだ」と逃げを打ったのが
真相とも思われる。
何れにしても、この古人大兄の「発言」が記されたことについて、先ず考えねばならない
のは、古人大兄は後(649)に謀叛の罪で誅殺され、その勝者の末裔達が書紀編纂を行っ
ているということだろう。
つまり、こういった記事をワザワザ記録したのは、古人大兄の入鹿よりの姿勢と、この
事件が彼にとって衝撃的なものであったこと。さらには緊急事態の発生に当っての狼狽
・優柔不断さを強調するためだったと思われる。

233 :日本@名無史さん:01/10/07 09:55
>>205
>これは新羅30代文武王のときに起こった「ひどん殺し」事件をそのまま日本書紀に和訳
>したときにうっかり事実を書き込んだもの。

文武王といえば武烈王(金春秋)の子で、唐の干渉を排除して新羅統一(ただしピョンヤン
以南)を果たした英主で、その死(681=天武10年)に際し龍となって倭国の侵略を防ぐと誓
願して大王岩海中陵に葬られた王ですね。
この王のときの「ひどん殺し事件」ってのはどんな事件で、乙巳の変(645)はどこがその
まま和訳なのですか?

234 :日本@名無史さん:01/10/07 22:13
善徳女王の毘曇(ビダム=ひどん?)の叛乱(648)ってのがあったな。
もっとも女王はこの乱の中で没するから、まるっきり乙巳の変とは関係ないが。。。

235 :日本@名無史さん:01/10/08 12:09
>>206
>敏達のモデルは百済25代武寧王なので間違って正直に書いてしまったパターン。

武(寧)王、諱名は「斯麻」。百済25代王として501〜523年在位。
521年に梁の高祖から「使持節都督 百済諸軍事遼東大将軍百済王」の册封を受ける。
「三国史記」では東城王(牟太・末多)の第二子。「日本書紀」では蓋鹵王の子とも、
昆伎(軍君)の子(蓋鹵王の孫で、東城王の兄)とも記され系譜の乱れがある。
昆伎は河内の飛鳥戸氏(後の百済宿禰)の祖とされており、日本に入質していたと見
られるが、武寧王の出生地も筑紫「各羅嶋」とされており、また陵墓調査から木棺が
日本産の高野槙と判明し、朝鮮古代陵墓には珍しく銅鏡が副葬されていたなど倭国の
影響が窺える。(ただし武寧王倭人説はトンデモ)
また隅田八幡宮画像鏡金石文。
「癸未年八月日十大王年 男弟王 在意柴沙加宮時 斯麻 念長寿 遣開中費直 穢人今州利
二人等(?)取白上同二百旱 作此竟」
の「斯麻」は武寧王の可能性があり、「癸未(503年?)」における「男弟王=大迹・袁
本杼?」との関係が議論されている。
言うまでもなく敏達との類似性などは何処にも窺えない(W

236 :日本@名無史さん:01/10/08 22:39
なお、武寧王の子、聖明王(純陀)の後裔を称した氏族に和氏がいる。城下郡大和郷を本拠とし、
姓は「史」であったが和乙継の娘である新笠が桓武の生母であったことから、一躍「高野朝臣」
を賜姓された。
新笠の甥である高野朝臣家麻呂は桓武に抜擢されて従三位宮内卿に昇り、薨去後に従二位大納言
を遺贈されたが、これが渡来系では最高位とされている。

237 :日本@名無史さん:01/10/10 00:07
もっとも、和史氏が本当に聖明王(純陀)の後裔であるかどうかは、疑わしいとこ
ろもあり、あるいは桓武が生母の家系を飾ったのかの知れない。
しかし、和史新笠の母は中堅豪族の土師氏(後に菅原・秋篠・大江に改姓)出身で
あり、これとの通婚が可能だったというところから見て、百済の王族クラスであっ
たことは間違いないところだろう。

238 :日本@名無史さん:01/10/11 09:04
>>202 から >>206
ひたすらだんまりかい? はじめの勢いはどうした(藁

239 :日本@名無史さん:01/10/23 01:13
百済の王族クラスといっても、白村江での亡命組でなくてそれ以前じゃないの?

240 :日本@名無史さん:01/10/23 01:15
また、ウリナラ野郎が来やがった。

241 :237:01/10/23 09:14
>>239
姓が「史」であったことからしても、その可能性が高い。
「三国史記」には記述されていないが、おそらく武寧王時代(倭国では継体時代)
に入質していた斯麻の近親者(百済王族)の子孫だろうね。

242 :日本@名無史さん:01/10/23 17:39
文芸社から出た
「裸の王国 日本書紀」
って読んだ人いる?

243 :日本@名無史さん:01/11/04 03:50
>>242
読んだことないけど、例の裸国=日本≠倭、ってこと?

244 :日本@名無史さん:01/11/04 12:51
昔は、
「日本書記は、嘘ニダ、騎馬民族説来たニダ」
「三王朝交代したニダ」
と勇ましい妄想がアカデミズムでもはびこっていたが、
稲荷山鉄剣で消えちゃったね。

何出てくるか分からないし、独法化でポストは減るし
いい加減なことは言えないってことかね。

245 :日本@名無史さん:01/11/04 16:51
ひとつ疑問なんだけど。
考昭天皇は、30年くらしてから、
葬られたの何故?

246 :日本@名無史さん:01/11/04 17:19
応神天皇以降の記述は、基本的に事実でしょう。

247 :>246:01/11/04 22:51
森浩が調べているようだが、神武東遷のころの紀記の記す大阪湾の海岸線
が一致するらしい。
もっと前から事実と考えた方がいいでしょう。

248 :日本@名無史さん:01/11/04 23:46
>>243
説がすごすぎて、どこから突っ込めばいいのか
わからん本、立ち読み程度でも電波のほどがわかるくらい。

249 :日本@名無史さん:01/11/10 03:37
神武東遷の伝承が作り話と考えられなくなってきた今、
神武が元々いた地域とその勢力はなにかということが課題だね。

250 :日本@名無史さん:01/11/10 04:51
最近発掘されたものは皆日本書紀の記述を裏付けてる。
そろそろ戦後史学の呪縛を逃れるべきだね。

251 :日本@名無史さん:01/11/10 05:29
ええ、その通りです。

252 :日本@名無史さん:01/11/10 07:57
>神武が元々いた地域とその勢力はなにかということが課題だね。
九州。そう書いてあるね。
その前は・・・・・天皇家が高天原と呼ぶどこか。
でも東進した勢力の九州以前って・・・・・

253 :日本@名無史さん:01/11/14 02:50
日本書紀の初めのほうには朝鮮のことばかり書いてある
ヘロドトスのヒストリアイにはアケメネス朝ペルシャのことばかり書いてある
司馬遷の史記には蛮夷戎狄のことばかり書いてある
ロシア原初年代記にはノルマン人とギリシャ人とフィン人のことばかり書いてある

254 :日本書紀は絶対真実:01/11/14 03:02
日本書記記載の武烈天皇(第25代)の事績

2年秋、妊婦の腹を割いてその胎児をご覧になった。
3年冬10月、人の生爪を抜いて、山芋を掘らせた。
4年夏4月に、人の頭髪を抜いて梢に登らせ、樹の根本を切らせて、登っていた者が
 落ちて死ぬのを眺めるのを楽しみとされた。
5年夏6月に、人を池の堤の樋(ひ)に伏せて入らせ、外に流れ出てくるのを三つ又
 の矛で刺し殺してはそれを楽しまれた。
7年春2月に、人を樹に登らせ、弓で射落としてお笑いになった。
8年春3月に、女を裸にして平板に座らせ、馬を全面に引き出して交接させた。
 女の陰部を見て、潤っているものは殺し、潤っていないものは召し上げて官婢とされた。
そしてそれを楽しまれた。

255 :こぴぺ:01/11/14 04:25
339 :日本@名無史さん :01/10/29 06:40
>”武烈必殺” 残虐の王権!

あは。おもしろいね。
漏れはウヨだけど武烈天皇すきだなあ。
日本書紀の残虐行為の記述は事実ではないという詳しい考証を、他のスレで載せたのも漏れだけど、
個人的な気持ちとしては事実であってほしかった。

武烈天皇ってのは、聖帝と崇められる仁徳天皇の嫡流(代々長男)で、
かつ、絶世の英雄とされる雄略天皇の血をひく唯一の生き残り。
応神天皇五世孫なんていう掃いて捨てるほどいたであろう馬の骨とはちがうんだよ。
10歳で即位して18歳で死んだという伝説のとおりならば、
おそらく日本史上最古の少年天皇でもある。

残虐なことしかやらなかったわけじゃなくて、それ以外にもいろいろやってるよ。
当時、古参の大臣である平群真鳥が朝廷で専権をふるっていたのを、
クーデターで倒してから即位したとか。この時10歳。

即位してからのかれは、裁判好きで法律に詳しく、朝から晩まで朝廷に出て、
世に知られずにいる無実の罪はかならず見抜いてそれをはらし、
裁定は人情(実情?)にかなっていた、と。英明な一面もあったんだよ。

当時の百済王は末多王で、残虐行為は、こいつと競い合ってたようだ。
ちなみに桓武天皇の母方の先祖は、この時代に帰化したらしいね。

皇后がいたのに子孫がなかったのは、
あんまり普通のセックスは好きじゃなかったのかもな。

古代ローマでいうと、カリギュラ帝よりも、
アナーキストの神さまで変態少年皇帝のヘリオガバルスのイメージかな。
(ヘリオガバルス+大岡越前かな)
酒鬼薔薇みたいな小僧といっしょにしちゃイカンよ。
バモイドオキ神のかわりに崇めなさい。

256 :日本@名無史さん:01/11/17 18:42
耽羅は現在の韓国済州島に興った国なわけですが、
耽羅の建国神話には、耽羅を建国した3人の王は、
日本の王女とされる3名の女性を妻にしたとしていますし、
日本書紀には、特に天武天皇の時代、多くの王子が来日した事が記されています。

257 :>253:01/11/17 19:50
書いてません。
神代及び神功前は、あまりありません。
ちゃんと読みましょう。

258 :日本@名無史さん:01/11/18 01:47
>日本書紀の初めのほうには朝鮮のことばかり書いてある
>ヘロドトスのヒストリアイにはアケメネス朝ペルシャのことばかり書いてある
>司馬遷の史記には蛮夷戎狄のことばかり書いてある

朝鮮から数多の神が渡って来た話とペルシャや夷狄と戦争ばかりしていた話と
ごっちゃになってるよーな

でもって

>ロシア原初年代記にはノルマン人とギリシャ人とフィン人のことばかり書いてある

ロシア最初の都市国家ノボゴルドはバイキングが作ったそうな
ロシア人は天から降って来た祖先が、なんて見え透いた嘘は言わないよーで

259 :日本@名無史さん:01/11/18 01:52
「朝鮮から多数の神が渡って来た話」というのは嘘ではないのでしょうか

260 :日本@名無史さん:01/11/18 01:57
あめのひほこさんは、新羅から来たそうです。
どこの神社のかみさんだろうか

261 :日本@名無史さん:01/11/18 02:04
考古学者の紀記無視、妄想説捏造(キバ民族説とか)って
昔格下に見られていた考古学者の文献学者への恨みから
来ているんだろうね。
小林行雄なんて帝大卒じゃないしね。

マルクス主義よりこちらの方が大きいと思うね

262 :日本@名無史さん:01/11/18 04:16
日本書紀を書いてる時代から本当

263 :日本@名無史さん:01/11/18 14:39
神武東征からが史実

264 :日本@名無史さん:01/11/24 00:14
万世一系ってのは、実際に血がつながってるかとか、
尊い血が保たれてるとかそういうことではないわけですね。
明治天皇も大正天皇もいわゆる側室の子です。
それに、父親が誰なのかは母親自身もわからないケースもあるでしょう。

そんなことではなくて、社会学的に何代も継続して王朝が続いてきたことが
重要なのです。もちろん社会制度としてもすごいものだと思います。
日本書紀は年代をごまかしてはいるでしょうけど。

265 :日本@名無史さん:01/11/24 00:26
アケメネス朝ペルシアといえばカンビュセスとダレイオスの関係は
武烈と継体の関係に似ているなぁなどと思ってみたり。

266 :日本@名無史さん:01/11/24 00:33
すべて真実だよ。

267 :日本@名無史さん:01/11/29 02:52
書かれていることそのままが事実と思っているのならそれは間違いだが、
伝承にも必ず歴史的背景がある。
「事実でない」からといって、その背後にある歴史を見ようとしないのでは、
古代史はいつまでたっても進歩しない。

268 :日本@名無史さん:01/11/29 17:27
ただ、従来記紀の古い部分に史実を見出そうとしてる人らの見方が短絡的なのは否めないよな
神武が東征してるから、天皇家も西から来たはずだ。とかさ
伝承は、元となる事件、伝承として伝わる過程、編纂物に編み上げられる意図
それぞれがむちゃくちゃ重層的に重なり合ってるわけで、
テキストの内部からだけで史実を再構成しようって、そりゃあ無理な話よ

269 :日本@名無史さん:01/11/29 17:51
森 博達の「日本書紀の謎を解く」ってどう?
意外と売れたらしいけど、、、

270 :日本@名無史さん:01/12/03 21:28
どうしても聖徳太子の頃だけが信じられないんだよね

271 :日本@名無史さん:01/12/03 21:33
>>270
えっ、それ以前は信じてるの?

272 :日本@名無史さん:01/12/09 01:12
もちろんでしょ。
日本人なら信じるべき。

273 :日本@名無史さん:01/12/09 01:13
日本書紀もいいが、アズマをどうにかしようよ

274 :日本@名無史さん:01/12/11 21:12
アズマにとっては日本書紀もすべて偽書なのかもしれないね。
それはともかく、日本書紀を完全な偽書とする説はさすがに学術的にはないんじゃ。

275 :日本@名無史さん:01/12/15 23:06
うーむ。アズマの日本書紀に対する思いをもう少し詳しく聞きたい。

276 :日本@名無史さん:01/12/15 23:09
日本書紀って、中国人が書いたんじゃないのか?

277 :日本@名無史さん:01/12/15 23:13
半分くらいはそうともいう。

278 :日本@名無史さん:01/12/15 23:19
アズマは日本書紀を読んだことがありません。

279 :日本@名無史さん:01/12/18 23:49
日本史板にいるのだから、せめて古事記と日本書紀くらいは・・

280 :日本@名無史さん:01/12/19 00:25
>>272
プッ。

281 :日本@名無史さん:01/12/23 04:23
日本書紀が最後に改竄されたと思われる時期については?

282 :日本@名無史さん:01/12/27 19:39
アズマによると幕末らしい

283 :日本@名無史さん:02/01/02 03:05
アズマのいうことを鵜呑みにするのはまずいと思います。

284 :日本@名無史さん:02/01/07 06:08
アズマの東日本流外三郡とかなんとかいうのについてはどうよ?

285 :日本@名無史さん:02/01/07 06:46
新井満子は死ね

286 :日本@名無史さん:02/01/14 01:35
新井満子は「日本書紀」が嫌い。

287 :日本@名無史さん:02/01/14 01:37
聖書よりは事実。

288 :日本@名無史さん:02/01/27 03:20
東日本流外三郡はアズマの聖書だぞ!

289 :日本@名無史さん:02/02/06 04:00
古田信者として最大の後悔。

290 :日本@名無史さん:02/02/14 23:50
古田がアズマへと走っちまったからなぁ・・

291 :日本@名無史さん:02/02/21 18:58
ウツケ族

292 :日本@名無史さん:02/02/21 20:17
昔々あるところにおじいさんとおばさんがおりました。

293 :日本@名無史さん:02/02/24 10:40
ボケ族

294 :日本@名無史さん:02/02/24 17:13
古事記・日本書紀の神話を全て歴史として扱った方が、今の多くの日本史の歴史学者どもの
トンデモ学説よりもはるかにまともだろう。
しっかし、トンデモ珍説を開陳してる馬鹿どもは遺跡発掘とかで、自説が打ち破られたら
ちんぽ噛んで死んで欲しいです。

295 :日本@名無史さん:02/03/02 23:47
たしかに、いままでの発掘調査は全て裏付ける方向のものばかりね。

296 :576:02/03/03 00:15
ちんぽ噛んで死んではいないが、学界の巨匠クラスでも
かなり謙虚でおとなしくなったのは事実。
なんでもかんでもバッサリ架空扱いしてた連中が、曖昧で複雑な表現するようになった。
当時の信仰としては観念的に実在とかいってみたり、
何がいいたいのかよくわからない哲学論文みたいの書く先生(w)も出現。

とくに稲荷山鉄剣出土の衝撃がじわじわきた感じだったなあ。
当時あらぬこと口走って失笑をかった大先生もいたし。

297 :日本@名無史さん:02/03/10 08:20
稲荷山鉄剣の出土って、日本におけるトロイの木馬みたいなもの?

298 :日本@名無史さん:02/03/20 20:46
雄略天皇の存在が証明されたね

299 :日本@名無史さん:02/03/20 21:10
>>298
反正とか言ってた人は逝ったの?(w

300 :日本@名無史さん:02/03/21 18:44
鉄剣くらいで雄略帝の存在が証明された
っていうのは日本考古学会が
いかにDQNかがよくわかる

301 :日本@名無史さん:02/03/21 22:01
>>300
じゃあ、わかたける って誰よ。
代わりの説出せって。

302 :日本@名無史さん:02/03/21 22:19
(表文)
辛亥年七月中記乎獲居臣上祖名意冨比[土危]其児多加利足尼其児名弖巳加利獲居其児名多加披次獲居其児名多沙鬼獲居其児名半弖比
(裏文)
其児名加差披余其児名乎獲居臣世々為杖刀人首奉事来至今獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時吾左治天下令作此百練利刀記吾奉根原也

303 :>294:02/03/21 22:21
古代最凶の悪魔・日本のネロ・カリギュラ「武烈天皇」(第25代)

2年秋、妊婦の腹を割いてその胎児をご覧になった。
3年冬10月、人の生爪を抜いて、山芋を掘らせた。
4年夏4月に、人の頭髪を抜いて梢に登らせ、樹の根本を切らせて、登っていた者が
 落ちて死ぬのを眺めるのを楽しみとされた。
5年夏6月に、人を池の堤の樋(ひ)に伏せて入らせ、外に流れ出てくるのを三つ又
 の矛で刺し殺してはそれを楽しまれた。
7年春2月に、人を樹に登らせ、弓で射落としてお笑いになった。
8年春3月に、女を裸にして平板に座らせ、馬を全面に引き出して交接させた。
 女の陰部を見て、潤っているものは殺し、潤っていないものは召し上げて官婢とされた。
そしてそれを楽しまれた。(日本書紀より)

304 :日本@名無史さん:02/04/05 10:25
雄略天皇の推定時期とピタリ代も合うしなあ。

305 :南極老人星:02/04/13 02:04
天文学を勉強している門外漢から、一言言わせてもらうと、舒明天皇12年の
星が月に隠されたという記事は、天文学的に正しい。
岩波文庫から引用すると、

十二年の春二月の戊戌に、星、月に入れり。(『日本書紀(四)p.182)

は、640年3月4日のことで、この日平城京では、おうし座の1等星のアルデバラ
ンという明るい赤い星が、夜の8時過ぎに月に隠されているのです。

日本書紀にはこれ以外にもう2つ天文関係の記事がありますが、どれも、ほぼ
正しいことが天文学的計算によって、確認されています。




306 :日本@名無史さん:02/04/13 06:32
どこから、というのが年代としてどこからという意味ならDQN
はじめからおわりまで作者=編纂時の権力者の犬の都合のいいように捩じ曲げてある
韓国、中国の歴史教科書みたいなもの

日中戦争のはなしはどこから史実なんでしょうか?と聞いても意味ないだろ
はじめからおわりまでゼ〜ンブ史実に即して脚色してある

日本軍が南京を攻略した>史実
その時何人だか虐殺した>史実
その数は三十万人だ>大嘘

307 :日本@名無史さん:02/04/13 06:51
40万が正解

308 :日本@名無史さん:02/04/13 06:56
100万人だろう。

309 :日本@名無史さん:02/04/14 00:14
後世神武天皇として知られる人物のモデルが王朝を開いた>史実
その王朝は征服王朝であった>史実
その人物は天の神の子孫である>大嘘

よそからやって来た侵略者が大和盆地を征服した話を都合よく脚色するとこうなるな

310 :>300:02/04/14 00:45
いや、考古的証拠がないと史実でないなんつーヨタ話は、もともと
レベルの低い考古学の連中が言い始めたことで、ほっとけばよい。

文学部内じゃ、文献の方が地位が圧倒的に高いんだけどね。

311 :日本@名無史さん:02/04/16 07:27
>310
文学は科学じゃないと思われ

312 :日本@名無史さん:02/04/16 08:31
>後世神武天皇として知られる人物のモデルが王朝を開いた>史実

神武天皇のモデルは天武天皇だよ

313 :日本@名無史さん:02/04/16 08:39
>>305
舒明天皇の時代ならそりゃ正確だろ。
天武以前は無茶苦茶

314 :日本@名無史さん:02/04/16 11:06
>神武は畿内の支配を正当化するために作られた天皇であり

最初から畿内を舞台に神話を作ればいいじゃん。
なんで東遷があるんだ。

315 :日本@名無史さん:02/04/16 13:33
>>314
元々畿内に起源が無かったから外部に持ってったんだろ。
成り上がりが系図をでっち上げても、畿内にはそんな痕跡は無いからすぐバレル。

316 :日本@名無史さん:02/04/16 18:35
舒明より天武の方が後じゃん。
無茶苦茶なのは313だと思うのは漏れだけか?


317 :日本@名無史さん:02/04/16 18:38
>文学は科学じゃないと思われ

歴史がそもそも科学じゃないのだから当然かと。

318 :日本@名無史さん:02/04/18 00:29
>とくに稲荷山鉄剣出土の衝撃がじわじわきた感じだったなあ。
>当時あらぬこと口走って失笑をかった大先生もいたし。

いや、でも「でもあれは、書記のオオビコさんとは違うんです」なんつー
見苦しい言い訳をしている考古学者は、まだいるよ。
こういうの恥ずかしいね。



319 :>318:02/04/18 01:23
「あれは実は畿内の某豪族が貰ったもので、東国の豪族がそれを略奪してきた」
この程度の言い訳はなぜ考えつかない?

320 :日本@名無史さん:02/04/19 01:10
frf

321 :日本@名無史さん:02/04/19 03:04
あそこからが真実だ

322 :日本@名無史さん:02/04/20 21:26
しかし、欠史八代が真実としても、神話まで実在とするのは、どうか?
そういう人もいるようだが

323 :nanasi:02/04/20 21:37
どの時代の記述も全くのデタラメと片付けることは難しい
ただ、天皇家だって、最初はある一地方の支配者にすぎなかったはずで
そこから王権を確立するまでのプロセスは随分端折られ、
虚飾されてはいると思う

324 :>323:02/04/20 21:41
そんなこと言ったら、どんな歴史書でも同じ。
少なくともアホの考古学者が言うように「○○天応は、架空」と主張するなら、
他の文書か金石文にによるその証拠が必要。
もっとも金石文によってオオビコ氏の実在が証明されて恥を掻いたのは考古学者だが。


325 :日本@名無史さん:02/04/21 01:24
実在は証明されてないだろ・・・『書紀』のソースが5世紀まで遡ることが証明されただけで
それが金石に書いてあろうが後世の書物に書いてあろうが
系図は系図で同じことよん

326 :>325:02/04/21 09:05
だったら、反証を示すべきですね。
証拠もないのにデマだと言い張るのは電波とおなじだね


327 :日本@名無史さん:02/04/21 21:19
yy

328 :日本@名無史さん:02/04/21 21:25
>>324
だいたい同意するが、「○○天皇は、架空」だとかいってたり「大彦が実在して恥をかいた」とかは、
考古学者ではなく文献の方の古代史学者だよ。
考古学者は鏡とか古墳の研究をやってて、文献の中の誰某のことだとか言うわけであって、
文献の中の誰某が「架空だ」とはあまり言わない。

329 :>328:02/04/21 23:38
確かに井上光貞なんて「欠史8代はデタラメ」といいながらクナ国東遷説なんという
電波説を唱えていたな。こんなのが、国研の所長だから呆れたもんだ。

330 :>328:02/04/21 23:52
言う人もいますよ。
例えば、白石は「キキは、皇国史観だから信用できない。だから考古学が・・・」
みたいなことを言ってました。しかし、不思議なことに「倭人伝は、中華思想だか
ら信用できない」とは言いませんね。

まあ、昨今の考古学の体たらくを見ると考古学もそんなにご立派なもんか
という気がしますけどね。

これからは、キキ、倭人伝、考古学をバランスよく見ていくことが重要なんでしょうね。




331 :日本@名無史さん:02/04/27 19:34
考霊天皇は、風土記にも出てくるから実在なんだろうが、
3〜6代天皇あたりは、名前も記述も確かにおかしいな。
架空と断定する証拠もないけどさ。

332 :日本@名無史さん:02/04/27 19:45
294 :日本@名無史さん :02/02/24 17:13
古事記・日本書紀の神話を全て歴史として扱った方が、今の多くの日本史の歴史学者どもの
>トンデモ学説よりもはるかにまともだろう。
>しっかし、トンデモ珍説を開陳してる馬鹿どもは遺跡発掘とかで、自説が打ち破られたら
>ちんぽ噛んで死んで欲しいです。

記紀を否定する連中の電波説一覧

○騎馬民族説
○河内王朝
○九州王朝
○関東大王
○東日本流外三郡

うーん、いずれ劣らぬ電波ぶりだな(藁)
しかし、この中に「東大教授」が存在したというのも恐い
話ですねえ。



333 :df2:02/04/27 22:27
dddt2

334 :日本@名無史さん:02/04/27 22:31
古事記は、平安時代の偽作だというのが、定説化しているぞ。
あんなもんまともに信じるのは、コヴァウヨだけ

335 :日本@名無史さん:02/04/28 00:13
ddfa

336 :日本@名無史さん:02/04/28 00:20
聖徳太子架空人説が出てたが、俺もそう思っている。
確かに厩戸皇子は実在したかもしれないが、単なる皇子。

おそらく記紀に書かれている、太子の功績はそのほとんどが馬子の功績だと思われる。
しかし、天武天皇は蘇我氏を滅ぼした側だから、馬子の功績を評価することは出来ない。
そこで、聖徳太子をでっちあげて、馬子の功績を横取りさせたのであろう。

ちょうど、推古天皇、蘇我馬子、聖徳太子の関係は鎌倉前期の北条政子、時政・義時親子、実朝の
関係と同じじゃないかな。

337 :nanasi:02/04/28 00:26
神武〜応神まではいわゆる史実ではない
色々な氏族の伝承を織り交ぜて、かつ作為的に作り上げた感じ


338 :日本@名無史さん:02/04/28 00:38
>336
どうなんだろうね。書紀で聖徳太子の関与が明記されている事跡は、
どれも怪しいものばかりだけど、遣隋使とか冠位十二階のように他の
史料で確認できる事跡については、なぜか聖徳太子の関与が明記さ
れていない。

つまり、聖徳太子がなしたとされる事跡は、馬子云々に関係はなく、
殆どが後世の創作だった可能性もある。

339 :>237:02/04/28 11:30
おい、電波野郎、証拠を出せよ。

340 :日本@名無史さん:02/04/28 11:49
聖徳太子架空説は、トンデモ。
誰も相手にしていない。
森達也も勝手に持論を使われて批判している。

341 :日本@名無史さん:02/04/28 20:54
rrw

342 :日本@名無史さん:02/04/28 21:49
>>340
百済の王、威徳王、昌と聖明王を足して聖徳太子を捏造

343 :日本@名無史さん:02/04/28 23:52
>倭人伝は、中華思想だから信用できない

そういう説の人いるよ。
倭国がとても大きいのは倭国を従属させていた中華の北方軍閥が自分を大きく見せるためだったって説。
倭人伝の通りに読むと倭国って海南島まで続くデカイ国になっちゃうんだよね。


344 :336:02/04/29 02:09
あと、天武天皇が天智天皇の弟というのも架空という説もあるね。
なぜ、天智が皇女を何人も天武にやらなくてはいけなかったのか?
細かい論証は覚えていないが、かなり説得力のある話だったと記憶している。

これはちょうど後世の秀吉、家康の関係に近いかもしれない。
家康も一応秀吉の義弟だしな。

いずれにしても、古代史を学校で細かく勉強するのはあまり意味がないように思われる。
それよりも明治維新後をみっちりやるべきだろうな。
ほとんどの学校は明治維新あたりで時間切れらしいし。俺もそうだった。

345 :日本@名無史さん:02/04/29 04:49
>344
確か日本史板にもスレが立っていたね。詳細を覚えているわけでは
ないけど、説得力のない説だと思った。

346 :日本@名無史さん:02/04/29 07:32
>あと、天武天皇が天智天皇の弟というのも架空という説もあるね。
>なぜ、天智が皇女を何人も天武にやらなくてはいけなかったのか?
>細かい論証は覚えていないが、かなり説得力のある話だったと記憶している。

説得力ねえよ


347 :名無し:02/04/29 08:54
王位継承のルールは謎

348 :日本@名無史さん:02/04/29 15:56
このスレって1年近く続いているんだね。

>347
そうだね。その時代には当然の観念や感覚は、歴史書に記されない
こともしばしばで、後世になってみると、その部分がよく分からなくなって
いるという罠。
まあ、王位継承のルールはおぼろげながら分かるようにも思うし、その
視点に立てば、天智の娘が4人も天武に嫁いだ(そのうち二人は天智
死後のことらしいが)理由も納得できるようにも思われる。

349 :336:02/04/29 22:12
そんなに説得力なかったかな?
例えば、天武天皇は生年不詳だけど、それは実際は天智より年上で、「弟」とするためにあえて不詳にした、
なんてそれなりに説得力あると思うが。
いくらあの当時でも、彼ほどの著名人が生年不詳というのは確かに変だと思ったよ。

350 :日本@名無史さん:02/04/29 23:43
胤違いの双子だろうな。

351 :日本@名無史さん:02/04/30 06:51
>349
『日本書紀』を読んでみると宜し。現代語訳は講談社学術文庫から出ている。

『日本書紀』を読めば、「彼ほどの著名人が生年不詳というのは確かに変」
といのが変だと分かるぜよ。

352 :日本@名無史さん:02/04/30 06:55
あほか!
『日本書紀』を読めばちゃんと生年がわかってる人間がいかに少ないかわかるだろうよ。

353 :日本@名無史さん:02/04/30 07:19
>352
だからこそ、
『「彼ほどの著名人が生年不詳というのは確かに変」 というのが変』
だと分かるだろ?

354 :日本@名無史さん:02/04/30 14:07
523 名前:zzda245 投稿日:2002/04/08(月) 23:44 ID:Q3L6Dq5W
「三国史記」は歪曲された日本の歴史書である。
我が国では「日本書紀」と呼んでいるが、日本人は、
これを歪曲と知らずに読んでいる。可哀相だ。

*「三国史記」=「日本書紀」

今日、初めて知りました。

475 :  :02/04/09 18:17 ID:ue1gjcrh
わが国の中・高等学校教科書を見ると、百済・高句麗・新羅三国の文化
が日本に伝えられた話が出てきますが、その内容は日本古代史書である
「日本書紀」を土台にしているもので、わが国の史書にはありません。
(そもそも韓国に古代の文献はほとんどない)ところが、日本の学者が
「日本書紀」を土台にして、古代日本が二百年余り朝鮮半島南部の伽耶
(日本名任那)地域を支配したという「任那日本府説」を主張すると、
韓国の学界ではそれは信じることができないと主張しています。これは
明白な矛盾であり、こうした姿勢ゆえに日本の学界が韓国の学界を軽く
見るのではありませんか、
という身の程を知らぬ質問をした。そしたらL教授は黙り込んで答えず、
横に居られたC教授が「自信がないんだよ」とおっしゃった。「日本書紀」
には日本が「任那日本府」という機構を置いて朝鮮半島南部を支配しつつ、
三国文化を運んでいったようになっている。しかし、韓国の中・高等学校
では三国文化が日本に伝播される国際関係に関しては何の説明もされず、
ただ高句麗・新羅・百済の三国が日本に文化を伝えた事実だけを教えている。
そこで学生達は日本を客観的に理解できずに、無条件、対日優越意識だけを
助長する結果をもたらせた。外国に出かけたわが国の学生が「任那日本説」
に接して戸惑うのも無理はない。

          高麗大学教授 金鉉球
                      鄭大均 「日本のイメージ」より

>>473>>474
韓国の歴史教科書って日本書紀に書いてある
韓国にとって都合の良いところだけを抜粋してるんだよね。
しかも韓国にとって都合の悪い部分は教科書に載せない。

355 :日本@名無史さん:02/05/05 02:00
qw

356 :日本@名無史さん:02/05/10 01:57
うーん。保留です。

357 :日本@名無史さん:02/05/21 22:24
age

358 :日本@名無史さん:02/06/02 13:05
age

359 : :02/06/02 13:15
そもそも今伝わる日本書紀は当時の日本紀とは別物。
偽作・捏造・歪曲が施されています。

360 :日本@名無史さん:02/06/02 13:37
今までROMってたけど、あんまりアホらしいから出てきたよ。
日本の学者がいかにダメかよく知っておいてくれ。
天武年長説の根拠になってるのは平安または鎌倉期成立の
「一代要記」と「本朝皇胤紹運録」だ。
「一代要記」は天智53歳没、天武65歳没と記し、
「本朝皇胤紹運録」は天智58歳没、天武65歳没と記す。
両者の没年には15年の開きがあるから、
「一代要記」に従えば天智が3歳年長、
「本朝皇胤紹運録」に従えば天智が8歳年長になる。
天武の妃の持統や大田皇女(持統の同母姉だから本当はこっちが
皇后だったろう)は天智の娘なのだから、天智が年長で当然だ。
ところがダメ学者は両書に見える天武65歳没と
日本書紀の天武47歳没を比較して、65−15=50だから
天智が47歳で死んだとき天武は50歳とやるわけだ。
こんなアホな比較があるものか。
自分の勝手な学説を立てるために史料を操作してるんだよ。
原典を読まずに学者の本だけ読んでると大間違いになるぞ。

361 : :02/06/02 13:49
さらに原典もうそだらけ
永遠にわかりません。

362 :日本@名無史さん:02/06/02 17:05
>>359
蘇我氏に関する部分はある種の意図を感じることと、有力者や過去の
権力者を無理やり大和朝廷に結び付けている感はありますが、それ
以外はとくに捏造といった感じはしませんが。

363 :日本@名無史さん:02/06/02 17:12
こんなもんウソで固めたイカサマに決まってるがな

364 :日本@名無史さん:02/06/02 17:28
>360
日本の「学者」はそんなことなど逝っていないぞ。精々、水野祐が
異母兄弟説の可能性に言及したくらいだろ。その水野も、現在では
すっかり電波扱いされているからなあ。

つうかさあ、『日本書紀』には天武の没年齢を推測させるような記事
などないし(ついでに言うと、書記による天智の没年齢は、普通は46
歳とされている)、後半は意味不明な怪文書になっているよ。君のほう
こそ、「原典」を読んだことがあるのかい?

365 :364:02/06/02 17:36
>360
ごめんごめん。早とちりしてしまったよ。俺のレスのほうが怪文書に
なりかけていたわ。「日本書紀の天武47歳没」は「天智47歳没」の
タイプミスなんだよね?そうすると、意味がすっきりするわな。

たださあ、『日本書紀』には天智の没年齢は明示されていないし、
舒明紀の記事から推測すると、没年齢は46歳になると思うのだが。

366 :日本@名無史さん:02/06/02 18:39
俺は、天智・天武よりも推古・厩戸の関係の方に疑問を感じるね。
七世紀資料の隋書には、顕かに記紀と対立する記載があるわけだ。
さらに、六世紀末の日本の政治情勢の中で成人の厩戸を排除して、
史上初の女帝を担ぐのは不自然だ。当時、蘇我宗家は、馬子を中
心に磐石の体制を築いていたものと思われる。普通なら厩戸大王
推戴は当然の選択だろう。馬子・厩戸の不仲説など蘇我家内部の
要因を想像して辻褄併せする説も有るが、実証不可能な上に、そ
の論法は電波と同じものだろう。


367 :360:02/06/02 18:53
>>365
そゆこと。天武→天智、47歳→46歳に修正。
この年齢問題は一例に過ぎないんだけどね。
要するに俺が言いたいのは、原史料をつまみ食いして学説を作る奴が居て、
そいつが書いたものだけを読んでたんじゃ本当のことはわからんってことなのよ。
文章ってのはある意味ひどいもんでさ。俺の経験だと安本美典が
「○○は××である(一部略)」という文章を引用しているのを見て原典に当たったら
「○○は××であるとは言えない」とあって、腰が抜けそうになったもんだ。

>>366
厩戸問題はまた面白いというか、隋書と記紀が合ってないのも勿論だが、
それ以前に法隆寺関係の金石文が記紀と全然合ってないよな。


368 :国常立尊:02/06/02 18:57
俺はいるからそこは本当だな。
ハッハッハッ。

369 :日本@名無史さん:02/06/02 19:06
もう結論出てるだろこのスレ
>日本書紀は、日本列島のことではなく朝鮮史を日本史に書き換えたもの。

370 :日本@名無史さん:02/06/11 19:08
偽書?

371 :日本@名無史さん:02/06/16 17:47
中公新書 「日本書紀の謎を解く」 森博達著

をとりあえず読もう。

372 :日本@名無史さん:02/06/16 18:45
>>371
結論から言うと日本書紀は漢人と日本人の合作。

373 :日本@名無史さん:02/06/16 18:45
>>372
漢人というのは中国人と言う事ね。


374 : :02/06/16 20:25
日本書紀って真実味があるものも多いんだよなぁ。
任那日本府説にしたって韓国で日本式古墳が発見されて
やばいと思った韓国の歴史学者が古墳を埋めようとしたってのは有名な話だし。
この事については韓国ヤフー「任那日本府」のトビの方が詳しいかもしれん。
韓国の掲示板だけど驚くほどまともな議論がなされてる。

375 :日本@名無史さん:02/06/16 20:41
>>374
リンク希望!。

376 :日本@名無史さん:02/06/29 12:14
age

377 :日本@名無史さん:02/07/12 23:42
高校の時の教師が古代朝鮮半島南部の小国にいた豪族が日本わたってきて
天皇になった、大和朝廷をかたちづくったという説があるっていってた。
俺はこの話しも任那日本府などの南朝鮮の支配とかの話しもおもしろいと思ったね。
朝鮮に気がねしすぎたり、また朝鮮も日本に対して優越感をもちつづけたら
面白い歴史の話しができなくなっちゃってやだなぁ…

378 :日本@名無史さん:02/07/23 23:30
朝鮮南部を古代日本が支配したとしたら、
朝鮮南部の住民はその支配をどううけとめたのだろう?
感覚的にいまでもたびたび見られるヒステリックな半日感情とはちがったものに思える。

379 :日本@名無史さん:02/07/24 00:01
>378
朝鮮南部には縄文時代から倭人が住んでいましたが、何か?
後期には完全に日本の属国状態になった百済だが、建国当時
はどうだったろうか?

380 :日本@名無史さん:02/08/05 00:02
>>360
>>361
日本の歴史学者の言うことは全く信用ならない。
自分で原典で確認し、遺跡は直接目で見なければならない。
彼らは何でもかんでも解釈で捻じ曲げている。
自説に都合のよくないことは無視する。
かれらに論理的思考は無理なのか。論理思考ができない頭脳。
彼らは大学入試でも最低の偏差値学部。
仮説と論証の積み重ねができない頭脳なのか。



381 :日本@名無史さん:02/08/05 01:52
>>378
韓国南部に住んでいたのは倭人ですから、日本に支配されていません。
海の向こう九州の倭人は自分の仲間です。
当時の両側の倭人は同じ言葉関西弁のような言葉を話していたと思われ。
朝鮮語化した関西弁は慶州方言です。倭なまりの朝鮮語は慶州方言。
日本語化した関西弁は関西弁です。倭なまりの日本語は関西弁。
関西人と韓人は同じ人種です。朝鮮人は別人種。
韓国は韓人と朝鮮人が朝鮮語によってまとめられた複合民族国家。
魏志倭人伝の倭は対馬を発祥地とした壱岐で発展し北九州に本拠を変えた人々。
韓国の倭は対馬と関係の深い倭人の小国家連合。中国人から見ると、まとめて倭。
最大の中心となる倭は卑弥呼の倭。
倭は朝鮮半島南岸と九州北岸に存在する連合国家。


382 :380よ:02/08/05 02:03
>日本の歴史学者の言うことは全く信用ならない。
>自分で原典で確認し、遺跡は直接目で見なければならない。
>彼らは何でもかんでも解釈で捻じ曲げている。
>自説に都合のよくないことは無視する。
>かれらに論理的思考は無理なのか。論理思考ができない頭脳。
>彼らは大学入試でも最低の偏差値学部。
>仮説と論証の積み重ねができない頭脳なのか。

これって全部オマエらチョンのことじゃん。


383 :日本@名無史さん:02/08/05 02:12
サイシュウ島には中世になっても倭語を話し、倭服を着た人達がいたと何かで読んだ記憶があるけど、どうなの?
サイシュウ島民が今でも朝鮮人に差別されてるのと何か関係ある?


384 :日本@名無史さん:02/08/05 05:09
>>383
済州島(耽羅国)の歴史

661 耽羅国,日本に初めて使臣を派遣。
666 日本に使臣を派遣。
667 日本に王子である故如を派遣,貢献する。
669 日本に掾磨を派遣,貢献。
帰国の時に錦,纈,紺布,桃染布,斧,月子等を得てくる。
674 日本に久麻伎王子等を派遣して貢献。五穀種子を得てくる。
676 日本に王子である久麻芸,都羅,宇麻等を派遣,朝貢を捧げる。
日本に調使として久麻伎を派遣。
677 耽羅王姑如,日本で難破(大阪に到着)。
678 日本,耽羅の客人に船一隻を遣る。
679 日本に都羅王子を派遣,朝貢を捧げる。
耽羅人(都羅王子),日本から帰国。
685 高句麗と耽羅に派遣されていた日本の使臣が帰国。
686 日本,使臣を耽羅に派遣。
688 耽羅に派遣されていた日本の使臣帰国。
耽羅王,左平職の加羅を日本に派遣,朝貢する。
693 日本,耽羅の使臣たちに宴会を開く。
(以下略)

385 :日本@名無史さん:02/08/05 16:28
遠藤美都男の「天皇誕生」(中公新書)ってどうよ?
日本書紀に記された各天皇の名前から、編纂者の意図を読み取ったりしてけっこう
面白いと思うんだが。


386 :日本@名無史さん:02/08/18 07:28
耽羅国って、倭が百済を吸収して日本になるまでは、百済の属国だったのかな?

387 :日本@名無史さん:02/08/18 10:20
>>386
ちがうだろ。
百済は武寧王の頃に軍事的圧力をかけて名目上の属国にしたんだが、
その後、耽羅は百済の圧力を退けるため独立国として倭国に朝貢。

388 :日本@名無史さん:02/08/24 09:44
>>385
遠山 美都男って王朝交代説なんだね。
それ知って意外な感じがした。
あれだけ血統に注目する人なのに何故なんだろう?

遠山氏はなかなか面白いけど、万葉集などの扱い方がちょっと雑だと思う。
読んでいると不安になる。

389 :日本@名無史さん:02/08/24 10:25
>>380
>自分で原典で確認し、遺跡は直接目で見なければならない。

韓国は漢字止めちゃったんで、原典読めないって聞いてますが。
自分の国の法律さえ読めないらしい。
ここ30年韓国の歴史捏造が酷くなったのはそのせいだろう。



390 :日本@名無史さん:02/09/01 23:46


391 :日本@名無史さん:02/09/13 18:11
>>389
韓国の法律は漢字で書かれていると??

392 :日本@名無史さん:02/09/29 01:43
耽羅が日本に朝貢してたのは明白なようですな

393 : :02/09/29 01:49
>>391
同音異義語が多いんで、漢字を使ってる部分が多いです。
法律家は結構漢字を知っている。

394 :日本@名無史さん:02/09/29 16:14
私にはどこからが史実かなんてことはわかりませんが、日本書紀には色々な異説が
たくさん紹介されていて、それを読んでると「神代」のことでも実際にあった事件
などがベースにあって、その上で物語として記述されてるんじゃないかと思ってし
まいますね。
スサノオノミコトがアマテラスオオミカミの田んぼに立て札を立てて、領有権を主張
したので、姉弟喧嘩になったとか書いてありますよね。いかにも日本人がやりそうな
ことだなあ・・・、と思ってしまいますよ。

395 :日本@名無史さん:02/10/05 21:01
日本書紀には確かに誤りが少なくない。しかしそれを「嘘」としか見ない者に、日本史を云々する資格はない。
自国の文献を無視して歴史を語ろうなど、狂気の沙汰である。

396 :日本@名無史さん:02/10/06 22:33
日本書紀あげ


397 :日本@名無史さん:02/10/08 00:38
                                  

398 :日本@名無史さん:02/10/19 04:50
諸氏を考えるに、さほどひどい嘘をつけなかった、ことを原点に
据えるべきでは。
300年前ならともかく、100年前の実績を偽造されては諸氏も怒る
よね。


399 :日本@名無史さん :02/10/20 22:08
古事記は天武の命で作成され、
それは天武の都合のよい史書だったと思うのだが、(勝者の歴史)
その時、天武以前の史書は処分されたと読んだ事が有る。
本当に存在したのでしょうか?

それから、
天智系の桓武に戻ったとき、
天武色の史書を破棄し、なぜもう一度編纂に着手しなかったのでしょうか。

それとも、俺の疑問の根底が間違ってるのでしょうか?

詳しい人、教えなさい。

400 :日本@名無史さん:02/10/20 22:14
アホか

401 :日本@名無史さん:02/10/21 00:28
倭の字をほとんど日本に書き換えてるのがなあ。
基本的に日本書紀って史書としての価値はほとんど無いと思う。
天皇の系譜とかエピソードはは正しいと思うけど。


402 ::02/10/21 00:31
日本は倭の別種なり。

403 :厨房は宿題やって寝て下さい:02/10/21 00:32
α群、β群
元嘉暦、儀鳳暦






404 :日本@名無史さん:02/10/21 00:55
倭を日本とかきかえたなんのというけど
当時の日本語を漢文でかいてる時点で言語体系が文字表記と乖離してんだから
いまさら「かきかえた」も糞もないだろうがYO

なにかそこに過大に歴史の秘密だの陰謀だのあるように言いたがる奴は電波厨房。

405 :日本@名無史さん:02/10/21 15:25
>>404
君はほぼ同時期の古事記に使われてる倭の字が
日本書紀では日本になってることも知らないようだね。
大体、倭と日本が違う使われ方をしていたことくらい
当時の人が知らないわけ無いだろ。
意図的に書き換えたんだよ、どう考えても。

406 :日本@名無史さん:02/10/21 15:40
誰でも知っている事を偉そうに能書き垂れるスレはここですか?

407 :日本@名無史さん:02/10/21 20:02
>>405
漢文訳なわけだからそもそも“意図的”でなければ文章書くこともできないだろ
どこが反論になってんだ?
で、古事記の「倭」と日本書紀の「日本」が
どう“違う使われ方”してるのか説明してもらおうじゃないか


408 :ヒント:02/10/21 20:26
日本書紀でも「倭」は使われていますよ。

409 :日本@名無史さん:02/10/22 08:59
>>407
分かってねえ阿呆だな。
お前はこの国が昔から日本って名前だったと信じているのか?
日本書紀はタイトルからして
そういうことを主張してるんだよ。
倭が日本に変わったんじゃなくて
昔から日本だったってな。
よその国史書と照らし合わせて
他の国は倭と呼んでいたけど
国内は日本だったってのが確認できるなら問題は無いけど
そんな事実はほとんど確認できないんだから
史書としては信用できないっていってるんだよ。

410 :日本@名無史さん:02/10/22 19:01
>>409
誰でも知っている事を偉そうに能書き垂れるスレはここですか(爆笑

411 :410:02/10/22 19:18
>>409
だから早く古事記の「倭」と日本書紀の「日本」が
どう“違う使われ方”してるのか説明しろよ、できるもんならな(w
糞厨房が

412 :日本@名無史さん:02/10/22 19:31
分かってねえ阿呆と糞厨房が噛み合わない罵りあいをしているスレはここですか?

413 :日本@名無しさん:02/10/22 19:55
荒れ荒れ

414 :日本@名無史さん:02/10/22 21:20
>倭の字をほとんど日本に書き換えてるのがなあ。
>基本的に日本書紀って史書としての価値はほとんど無いと思う。
>天皇の系譜とかエピソードはは正しいと思うけど。

2行めと3行め、いってることがまったく逆。キチ?

415 :日本@名無史さん:02/10/22 21:27
「倭を日本に」だけでなく
日本書紀は固有名詞はほとんど全部、表記をかえてるんだが。

とすると、倭→日本の一件ぐらいで「史書としての価値はほとんどない」のだから
それどころか、冒頭から徹頭徹尾一貫して「史書としての価値はまったくない」のだろうなあ(w


416 :日本@名無史さん:02/10/23 01:44
非中国人の歴史を漢文で書いたというのは
ゲルマン人の歴史をわざわざラテン語で書くようなもんだろ
何が問題なんだ?

417 :日本@名無史さん:02/10/23 02:41
新旧の唐書が半信半疑にあやしげな風説としてとりあげた説を
なにをかんちがいしたか「唐書にかいてあるから日本と倭は別の国だったんだ」
と騒いでる電波のことでしょう

418 :日本@名無史さん:02/10/23 03:46
唐書はあやしいの?「魏志倭人伝」はどうなの?
「邪馬台国」もあやしげな風説なのか!?
「魏志倭人伝」は信用できるかできないかどっちよ

419 :日本@名無史さん:02/10/23 05:57
>>418
おいおい、餅搗け。
「唐書に書かれていることが(一般論として)信用できない」といっているのではない。
「日本と倭国が別の国」という話は地の文(つまり本文)として出てくるのではない。
あくまで伝聞という形で引用されているだけ。
ほんとに確実な事実として唐書の編纂者に認定されていたら本文(地の文)で
普通にそう書かれるだろ。


420 :日本@名無史さん:02/10/23 10:14
>>399
何に書かれていたか気になりますね >材質の保存性能

古事記から日本書記へ編纂 > 持統天皇は天智の娘

日本書紀の編纂もあったとか > ただし藤原氏の影響が強いらしい


421 :日本@名無史さん:02/10/23 10:36
>>418 よく読め > あやしげな風説をとりあげた
であって、唐書自体があやしいとは言ってない。
魏志の信用性もいろんな本で説いてる。

422 :九州王朝大好き:02/10/28 19:50
倭・日本問題にも九州王朝の影あり。

九州王朝: 倭 → 日本 → 滅亡
近畿王朝: 名無し→ 名無し → 日本

唐にしても日本はどちらかが判りにくかったのです。

423 :日本@名無史さん:02/10/28 20:06
記紀をもとに、天武王朝・天皇制の正当化に作られた政策書>日本書紀

424 :日本@名無史さん:02/10/28 20:34
正当化って、具体的には?

425 :日本@名無史さん:02/10/28 20:39
天皇家が降臨神の子孫、諸豪族がその他まわりの神の子孫。

426 :日本@名無史さん:02/10/28 20:53
記紀って「古事記・日本書紀」のことじゃないの?

427 :日本@名無史さん:02/10/28 21:57
当時の日本は、殷に倣ったんじゃないの? 最初の記念すべき史書だからお話っぽく。

428 ::02/10/30 00:16
古事記は結構正しいと感じる。日本書紀もかなり良い線いってると感じる。
神武が倭国王家の傍系で奈良に入るのに苦労したところとか、
継体の血筋が怪しいとか、九州の倭国王イワイと戦ったこととか、
大和天皇家側の都合の良いような書き方にはなっているけど、その点気をつけて読めば
結構正直なんじゃないかな。

だけど、日本書紀の神宮皇后と聖徳太子のところはウソだね。読めばスグ分かるよ。
中国の記録とツジツマをあわせて、倭国の歴史を呑み込みたかったんだろうね。
中国の記録に出てくる倭国の卑弥呼と多利思北孤にムリムリあわせたんだね。
そんな人は大和天皇家にはいなかったからね。
卑弥呼と多利思北孤は王なのに、神宮皇后は皇后で聖徳太子は太子で王じゃないね。
ムリムリあわせるために2人とも超人的な存在になってしまったという訳。
読めばウソとスグ分かるように書いてあるところが正直といえば正直だけどね。

429 :日本@名無史さん:02/10/31 18:19
神話なんだから超人的に書かれてても当たり前だろ
現代人じゃあるまいし古伝承を気楽に改竄するような神経なら
中国の歴史書だって読まれてたんだから
いかにもありそうに普通な人間と不自然なところのないもっともらしくストーリーで
つっこまれないように描くだろ。

それに神功皇后は皇后じゃなく「女王」(とか女帝とか)とすれば
中国の歴史書にぴったりじゃんか、なぜそうしなかったんだよ?
聖徳太子も「あめたりしひこ」という名があって即位してたことにすれば
中国の歴史書にぴったりじゃんか、なぜそうしなかったんだよ?

なにか矛盾があるたびに深く考える前にとりあえず
古代人の捏造だ改竄だと決めつけるのは心理学的にいえば自分の捏造体質の反映だろ

430 :日本@名無しさん:02/10/31 19:05
神功皇后は、九州にたくさん伝承があるので、卑弥呼とは違ったのでは?
(大和にはほとんどないそうですが。)

431 ::02/10/31 23:16
日本書紀は歴史書であって神話ではないよ。冒頭部分に神代というのがあって、
これは神話と言えなくもないが、その後は歴史書だね。
神宮皇后や聖徳太子の部分は神話としては書かれていないよ。

神宮皇后や聖徳太子を王と書かなかったところが奥ゆかしいね。
際どいところで実はウソを言っていない。例えば、聖徳太子をタリシホコだとか
タリシホコじゃないとか一切書いていない。タリシホコかどうか後世で議論が
起こるようキワどい表現が書いてある。だから表現上は矛盾はない。これがスゴイ。

こんなキワどい表現は何のためか?
理由は2つと思う。
@中国の記録にある倭国の歴史を大和天皇家の歴史と思わせるため。
A日本書紀を中国側が目にするリスクに備えて、決定的なウソはつかない。

深く考えなくても、読めばスグ分かるよ。

432 :日本@名無史さん:02/10/31 23:20
>@中国の記録にある倭国の歴史を大和天皇家の歴史と思わせるため。
>A日本書紀を中国側が目にするリスクに備えて、決定的なウソはつかない。

ここら辺が、中国の史書に比べ、日本書紀の信頼できないゆえんでは。
まとめられた時期もかなり後世の天武朝以降だしね。

433 :日本@名無史さん:02/11/01 00:30
あほか
リスクもくそも、漢文で中国の歴史書の体裁にならって書いているんだから
当然中国にも流通することを期待して作ったに決まってるやんけ

漢籍史料と記紀とが一致してれば「ムリムリあわせた」
一致してなければ「奥ゆかしい」
そんなのあんたの妄想説にあわせてなんとでも言えるってことじゃん

434 ::02/11/01 00:57
一度読んでみな。どの辺がムリムリで、どの辺が奥ゆかしいか、そんなに難しい
ことではないと思うが。
超人的な事跡はウソで、中国の記録と決定的な矛盾は書かないところが奥ゆかしい。

私の読んでいるのは現代語訳だからチョッと頼りないかもしれないが、例えば
神宮皇后のところでは、こういう挿入部分があるよ。

魏志倭人伝によると、明帝の景初3年6月に、倭の女王は大夫難斗米らを遣わして
帯方郡に至り、洛陽の天子にお目にかかりたいといって貢をもってきた。太守のケ夏
は役人を付き添わせて、洛陽に行かせた。

これって、魏志倭人伝の卑弥呼のことは直接何も言っていないんだけど、いかにも
卑弥呼は神宮皇后のことだと思わせぶりなんだよね。

435 :日本@名無史さん:02/11/01 01:21
そりゃ注釈じゃんか(w
もともとの日本書紀の本文じゃないというのが有力説だよ

436 :日本@名無史さん:02/11/01 02:17
思わせぶりもなにも、そのものの注釈だしな

>私の読んでいるのは現代語訳だからチョッと頼りないかもしれないが

岩波文庫版でも読んで出直してこい

437 ::02/11/01 20:50
有力説というのは、誰が何を根拠にそう言っているのかな?

日本書紀って、「一書に曰く」とか「百済記によると」とかいうのが大量に書いてある
ので有名だよね。これは、日本書紀を編纂する時に伝わっている内外の書物の諸説を
併記するものとして有名だよね。これは後代の注釈ではないと思うよ。

岩波文庫版では、この部分は書いてないのかな?

438 :日本@名無史さん:02/11/01 21:23
わかんねぇ奴だな
>「一書に曰く」とか「百済記によると」
は全部本文の中の引用。
卑弥呼の話は本文じゃなくて注釈だっつのっ!

とりあえず日本書紀ちゃんと読め。文庫で読めるんだからよ


439 ::02/11/01 21:30
魏志倭人伝のところも本文中の引用だよ。
講談社学術文庫をちゃんと読んでいるのだが、岩波文庫は違うのか?

440 :日本@名無史さん:02/11/01 23:56
さう言へば、応神から継体に至る系図の途中に「意富富杼(オホホド)王」といふ名前が出てきますね。
そして、継体の本名は「男大迹(ヲホド)王」です。
つまり、この2つの名前は「大ホド」と「小ホド」といふ大小が対になったものなのです。
古代の人名には、このやうに大小が対になった名前の例がいくつもあります。
例へば、雄略の本名の「大泊瀬」と武烈の本名の「小泊瀬」の例が挙げられます。

系図を示せば、
応神天皇−稚野毛二派皇子−意富富杼王−乎非王−彦主人王−男大迹王(継体天皇)
となります。
ちなみに、允恭天皇の皇后で安康・雄略の母に当たる忍坂大中姫は、意富富杼王の妹とされます。



441 :日本@名無史さん:02/11/02 00:41
>いかにも卑弥呼は神宮皇后のことだと思わせぶりなんだよね

思わせぶりも何も、書記が卑弥呼を神功皇后に当てたから
この辺りの紀年が120年遡ってるんじゃねえか。
せめて戦前の紀年論争ぐらい読んでから物言えよ。
それからいいかげん神宮て書くのやめろよ。

>>440
だから何なの。
ただだらだら書かれても何とも答えようがないよ。

442 :日本@名無史さん:02/11/02 02:45
允恭天皇は雄朝津間稚子宿禰尊というがこの宿禰って何なんだ?
宿禰ってどーいう意味だたーけ?


443 :日本@名無史さん :02/11/02 05:51
>>442
名門出身で有力な地方の知事ってところかな?
いちばん近いのは高知県知事の橋本大二郎あたりかねえ?

444 : :02/11/02 06:30
神功皇后ってやはりいたのでないの?

いたからこそ卑弥呼と重ねてしまって120年も遡って年代がおかしくなってしまったのでしょう。

風土記にも記載があったな。

445 :日本@名無しさん:02/11/02 08:02
>444

何の風土記でしょうか?


446 ::02/11/02 17:11
日本書紀は、神功皇后は卑弥呼であるとは書いてないね。

447 : :02/11/02 20:27
>>445

http://www2u.biglobe.ne.jp/~gln/77/7704/770464.htm

448 :日本@名無史さん:02/11/02 21:03
>>442
宿禰は時代によって意味がかわる
1)初期の頃はただ「賢い人・知恵のすぐれた人」の意味でまだ称号ではなかった
2)のちに上流貴族の尊称となる。この段階ではミコト(皇族)より一階下のランクであくまで個人についた尊称。
3)天武朝、八色の姓制定後、氏族のランクを表す称号(いわゆるカバネ)に。


449 :  :02/11/03 13:40
>>448
宿禰は称号でしょう。

>1)初期の頃はただ「賢い人・知恵のすぐれた人」の意味でまだ称号ではなかった

そういう説があるのは知っているが、噴飯物ですね。

450 :  :02/11/03 13:45
>>449
こういうのは悪しき皇国史観の影響でしょう。
「天皇が宿禰などという、下位の称号を名乗るわけがない。」とかなんとか。


451 :日本@名無史さん:02/11/03 13:55
>>449
どんな称号でもはじめっから称号としてある名詞はありえない。
そしたら意味わからないじゃん。
まず、あるなんらかの言葉があって後にそれが称号と化すんだよ

>>450
八色の姓でも上から3番めだから必ずしも下位というわけじゃないと思うが
それ以前は大臣クラスの尊称だからなおさら高貴なものだよね
ミコトより一段階下がスクネ。

452 :  :02/11/03 14:35
>>451
>まず、あるなんらかの言葉があって後にそれが称号と化すんだよ

意味不明ですな。
いきなり称号としてある言葉はないということですか?
なら、大王(オオキミ)というのは?

>どんな称号でもはじめっから称号としてある名詞はありえない。

だから、大王も称号じゃないと?
下らん屁理屈です。

453 :日本@名無史さん:02/11/03 14:49
通説では大王(オオキミ)は称号だってことになってるが、
たぶん称号じゃなくて天皇もふくむ有力皇族一般に対する尊称だろう。
(これは漏れの説ではなく宮崎市定の説だが、個人的には賛同してるわけ)

454 :日本@名無史さん:02/11/03 14:57
キミは首長を意味する普通名詞だろ、もともとは。
後にカバネのひとつになったわけで。
オホ+キミで普通のキミより格上の偉大なるキミ、が語源。

さっきから屁理屈だ屁理屈だと何を逆ギレしてんだ?

455 :日本@名無史さん:02/11/03 15:49
オミ・ムラジ・オビト・キミ・ミヤツコ、姓(カバネ)なんてのはだいたいどれも一般名詞に端を発するんだと思うが

456 :日本@名無史さん:02/11/03 16:02
男浅津間若子宿禰ってだ〜れ?

457 :日本@名無しさん:02/11/03 16:13
雄朝津間稚子宿禰天皇のことでつね。5世紀の王様。

458 :日本@名無史さん:02/11/07 01:00
インギョー

459 :日本@名無史さん:02/11/15 12:54
その5世紀の王様って、いまでいうところの、何天皇?

460 :日本@名無史さん:02/11/15 13:51
>>442
宿禰(スクネ)は「少兄(スクナエ)」の約音に由来すると字引にありました。
同母長兄の履中天皇が「大兄去來穗別皇子」と仁徳紀に記されているので、
それに対応する形で、同母末弟の允恭天皇の名前に「少兄(スクナエ、スクネ)
が付いたと思われます。

461 :日本@名無史さん:02/11/27 05:05
どうして、九州政権でも大和政権でもオオキミと呼んだのでしょうか?

462 :日本@名無史さん:02/11/27 06:54
末弟は取り分が遺産のスクネエ

463 :日本@名無史さん:02/11/28 17:21
>>460
そういう説もあるが真相不明。

ちなみに大兄去來穗別の「大兄」は誤りで、正しくは地名「大江」というのが
今んとこ通説ではなかったかな。絶対的なことじゃないけど。

464 :日本@名無史さん:02/12/02 02:39
マターリとした議論期待あげ

465 :日本@名無史さん:02/12/13 03:27
帝紀は、古来の伝承を筆録したものである。古代の歴代の天皇の都の所在地は、
後世の人が、頭のなかで考えて定めたとしては、不自然である。

第五代から見える外戚としての豪族が、尾張連、穂積臣など、
天武朝以後、とくに有力な氏もないことは、それらが、
後世的な作為によるものではないことを証する。

天皇の姪とか、庶母とかの近親を、天皇の妃と記して平気なのは、
近親との婚姻を不倫とする中国の習俗に無関心であることを示す。
これも、古伝に忠実であることを証する。
帝紀の所伝が、古伝であることは動かない。

466 :日本@名無史さん:02/12/13 03:41
欠史八代の天皇もその「御陵」はかなり貧弱。
後世の造作とするにはあまりにも変だと思う。

そもそも「欠史」となっていること自体、造作説に不利じゃないかな?
なんで綏靖〜開化の説話を「造作」しなかったのだろう。

467 :日本@名無史さん:02/12/24 00:06
実在したけども、名前しか伝わっていなかったから。
もはや神話時代でないので、先祖に対して造作するわけない。

468 :日本@名無史さん:02/12/24 00:25
>>444
>神功皇后ってやはりいたのでないの?
少なくともモデルになる人がいたんだと思う。
まあこれは神功皇后だけにに限った話ではないけどね。

ところで主役の天武天皇の生年不詳って…結局天武が天智よりも年上ってこと?
まあ、そうじゃないと天武が天智の弟って設定にはならないからね。

469 :日本@名無史さん:02/12/24 00:32
>>468

敏達天皇→押坂彦人大兄皇子→茅渟王→宝皇女(皇極天皇,斉明天皇)

用明天皇→麻呂子皇子→高向王→漢皇子(天武天皇)

470 :日本@名無史さん:02/12/24 03:46
>>465-467
なるほど、同感

471 :日本@名無史さん:02/12/24 03:54
>>468
天武年上説ってのは古代史学の最大級のドキュソ説なのよ。
鎌倉時代の文献に古代天皇の年齢を記したのがあって、
やっぱり天智が兄、天武が弟なんだけど、全体に年代が繰り上がってるんだ。
だからそこの天武と日本書紀の天智を比べると天武が年上になる。

472 :日本@名無史さん:02/12/24 03:59
>>471
天智王朝と天武王朝の統合については以下のスレを参照
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1040657852/10-66n

勝利者の天武といえどもその後の皇位は母系として天智系を堅持している

473 :日本@名無史さん:02/12/24 04:02
天智と天武が同父同母の兄弟ならば、そこまでする必要ないわな。
天武は年上で別系統であることはその後の皇統維持の方法でも見て取れる。

474 :日本@名無史さん:02/12/25 16:21
何処何処に美人がいますと聞けばすぐ妾にしてやっちゃう天皇がたくさん出てきますが、これも史実なのですか?

475 :とねりしんのう:02/12/25 19:00
日本書紀は思想書。天皇は万世一系である、天武が大友を倒したのは正当行為、この2点を
国の公式見解として記録し、皇族・貴族に教え込むことが目的。その他の部分、聖徳太子の
スーパーマンぶりなんかは適当に読んでもらっていいです。我々編纂者は気にしてない。

476 :日本@名無史さん:02/12/27 09:08
全部伝承や又聞きだから、あとは推測するしかない。日本書紀に書いてあるから史実と主張するやつ、書いてないから
造作と言ってるヤツは、めだかバカ。

477 :日本@名無史さん:02/12/27 09:59
天武年上説の最大の根拠って、ずっと後世の史書にある年齢でしょ。
そんないい加減な記述を根拠にしてもねえ。

478 :日本@名無史さん:02/12/27 10:29
絵巻とか見ると
蘇我入鹿暗殺の場面で
皇極天皇は十二単だし
中大兄皇子も藤原鎌足も束帯姿。

昔の人って「時代考証」ってしなかったの?

479 :日本@名無史さん:03/01/01 02:09
>>478
昔の人は現代人と過去を捉える感覚が違うと思われ。
時代考証はそれほど重要ではない。

480 :日本@名無史さん:03/01/10 23:55


481 :山崎渉:03/01/11 16:37
(^^)

482 :日本@名無史さん:03/01/14 01:58
(^^)


483 :山崎渉:03/01/16 08:47
(^^)

484 :日本@名無史さん:03/01/16 19:29
n

485 :日本@名無史さん:03/01/19 02:07
倭迹迹日百襲姫の読みって、どうなんでしょうね?

486 :日本@名無史さん:03/01/28 11:17


487 :日本@名無史さん:03/01/28 13:14
>477
戦争中の公式な大本営発表のほうが、戦後の研究書よりも信用できる。
国民学校の国定教科書のほうが、いまの小学校の教科書より正しいと
おっしゃるわけでつね。 
スターリンはソ連の歴史書では、正義と平和の使徒でしたが、いまの
ロシア人が書いた歴史書は信用できないんでつね。


488 :奈良都民:03/01/29 00:58
>>485
“やまとととひももそひめ”通称卑弥呼

489 :日本@名無史さん:03/02/01 20:20
>>477

>天武年上説の最大の根拠って、ずっと後世の史書にある年齢でしょ。
>そんないい加減な記述を根拠にしてもねえ。

>>487
>戦争中の公式な大本営発表のほうが、戦後の研究書よりも信用できる。
>国民学校の国定教科書のほうが、いまの小学校の教科書より正しいと
>おっしゃるわけでつね。 
>スターリンはソ連の歴史書では、正義と平和の使徒でしたが、いまの
>ロシア人が書いた歴史書は信用できないんでつね。

487の書いている文章って詭弁じゃないの?

490 :日本@名無史さん:03/02/01 20:41
お前ら全員脳梅!

491 :日本@名無史さん:03/02/01 20:56
>>489
同時代や近い時代で政治権力がまだ連続してる時代の、官製の
政治的意図をもった資料よりも、後の学者や好事家が政治的束縛
から離れて書き残したものに、当時書けなかった真実が書かれている
ことがあるというのは詭弁じゃなくて当たり前のこと。
但し天武年上説はトンデモだと思う。 しかしその否定の理由が
後世のものだからいい加減なものという主張を馬鹿にしただけ。cont

492 :日本@名無史さん:03/02/01 21:05
つまり、万世一系のプロパガンダである日本書紀よりも、
後世の知的好奇心に基づいて集められた資料による記述
の方が信用できるということ。 しかし、こういった
後世の資料も天智のほうが天武より年上といっている、
だから天武年上説は成り立たないという議論になるべきだ。
後世資料を曲解して、天武が年上であるとするのが間違って
いるというにすぎない。
大事なのは、同時代とか権威というのを否定する理由に
してはならないということ。 これは詭弁ではない。

493 :日本@名無史さん:03/02/01 22:22
駅弁フ××ク最高! 記紀にも体位にからんだ小ネタは多い。

494 :日本@名無史さん:03/02/03 12:15
天智は百済系、天武は高句麗系。壬申の乱は、皇位簒奪事件。

(崇)【神】・(応)神 〜  天(智)・天【武】
****** 神 ****            **** 武 ***********

崇神(おそらく夫余系ワイ)は高句麗との闘争に追い詰められ、屈服させた任那を拠点に、
倭への進攻を画策、しかし筑紫の勢力は侮れず、まず出雲に拠点を形成、
そこから筑紫か宮崎へ進行、その子・応神は河内へ進出、
しかし、半島で追い詰められ任那を失った騎馬民族集団は対高句麗・新羅作戦のため
もともと任那の鉄資源に依存していた大和と連合政権を樹立、蘇我馬子が初代国王に。
馬子は中国に使節を送り対外的な皇位宣言と半島政策の共同歩調を呼びかけた。
その後、半島政策での主導権確立のため騎馬系は宮廷クーデターで大和勢力の寝首を
かいて皇位簒奪し(大化の改新)、騎馬王朝を成立せしめた。しかし白村江の戦いで敗北。
一方、任那復帰を目指す騎馬系倭は任那に続き、百済も崩壊させ半島統一に乗り出す新羅が
高句麗と対立するに至り、高句麗系天武の台頭を必然的にまねいた。壬申の乱。
かくして列島に覇を唱えた天武は支配正当化のため歴史の固定化の必要から、
記紀の編纂を企てた。崇神から応神を神武という一人の英雄の行動に托し、
中国の歴史書の記述との整合性のため卑弥呼をアマテラス、天皇・蘇我氏を摂政・聖徳太子とした。
これによりなぜ聖徳太子が天皇になってないのかという謎が説明できる。
本来、初代天皇だったはずの太子=蘇我氏は中国に使節を送っている。
中国の歴史書にはその王を「タリシヒコ」と明らかに男の王と記述しているが、
記紀においては女帝・推古天皇である。
記紀編纂において中国史書の記述を無視できず、また蘇我氏の業績(法隆寺建立・17条憲法等)
は否定できないため、架空の摂政・聖徳太子を創造することで、男帝は太子を意味するもの
と捏造したのである。

495 :日本@名無史さん:03/02/06 01:59
↑電波は消えてください

496 :日本@名無史さん:03/02/11 10:18
盟約の時に天智孫の葛野王がいたってところがポイントでは?
天武系からみて天智子孫は敵でも異民族でもなく、
同族かつ親戚としての認識があった以外に考えられない。

497 :日本@名無史さん:03/02/11 15:56
1年と9ケ月に及ぶ激論と煽りの記録。一気に読んだ。
紀元節記念アゲ

498 :日本@名無史さん:03/02/24 21:58
紀元節ってなんか設定へんじゃない?
明後日は美キティちゃんの誕生日だけど

499 :日本@名無史さん:03/02/25 03:35
紀元節ってもう季節ネタとしては時期ハズレだろ

500 :五百:03/02/25 03:38
500

501 :日本@名無史さん:03/03/07 19:11
日本書紀のα群執筆の中国北方系の人(々)については、
当時の中国北方音の変化と対応していることから、
本人が日本への帰化一世と推測されていますが、子孫はどうなったのでしょう?

502 :日本@名無史さん:03/03/08 05:48
>>501
ここ↓できくといいよ

渡来人とその子孫
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1033117171/l50

503 :日本@名無史さん:03/03/21 19:35
日本書紀のいわゆるα群は、河北系日本人一世だろうな

504 :日本@名無史さん:03/03/23 08:14
森博達による日本書紀の解明は、日本史板の住民ならば一度は見ておくと絶対役立つ。

505 :日本@名無史さん:03/03/23 10:19
古事記が江戸時代に旧家から発見されたとき、それまでの正統の歴史だった日本書紀とあまりにかけ離れていて偽書だと言われた。
古事記が正式に神代記として認められたのは、8母音の使い分けが証明されてからのこと。
まだ半世紀ぐらいしか経ってない。それまでは、後世の捏造だという説が一般的だった。
いや、未だに古事記を偽書と断じる研究者も少なくない。

506 :日本@名無史さん:03/03/29 13:41
>>1
日本書紀がどこから史実なのかは知らないが、伊達遠江守家中のカキコはど
こまで行っても全て思い込み。

507 :日本@名無史さん:03/03/29 13:50
>>507
「河北系日本人一世」って仙台生まれで満州に渡って馬賊になったひとでつか?

508 :日本@名無史さん:03/04/02 15:07
古事記712年。日本書紀720年。続日本紀797年。
なのに日本書紀も続日本紀も古事記を無視しているのはなぜでせう>505

509 :日本@名無史さん:03/04/02 16:44
日本書紀の内容は全部本当。


510 :日本@名無史さん:03/04/07 13:22
そんなはずはない。

511 :日本@名無史さん:03/04/07 22:43
>>505
南北朝時代に真福寺本が最初に発見されたんだよ。ボケェ。

512 :日本@名無史さん:03/04/07 22:49
>>505
古代特殊仮名遣いは幕末に知られていました。

513 :日本@名無史さん:03/04/07 22:51
発見という意味はいろいろだと思う
「コロンブスがインディオの住む大陸を発見」って発見?
http://www.norinagakinenkan.com/norinaga/kaisetsu/shinpukuji.html


514 :日本@名無史さん:03/04/07 22:54
イナバの白ウサギの話は真実です。あのあたりはウサギの名産地だからです。

515 :日本@名無史さん:03/04/07 22:54
古事記が江戸時代に旧家から発見されたとき
>>505
発見されたの西暦何年ですか???

古事記も古史古伝とそう変わらないんだ。旧家から発見された胡散臭さあたりは

516 :日本@名無史さん:03/04/07 23:01
>>513
ヴァイキングが北米大陸を「発見」した方が先であることが、現在では知られている。

517 :日本@名無史さん:03/04/07 23:02
スパルタには王家は二つあった。
昔のわが国も、天皇になれる家が複数あったのでは?

518 :日本@名無史さん:03/04/07 23:02
>>515
1371、72年の真福寺本が先だといってるだろうが、ボケが!

519 :日本@名無史さん:03/04/08 00:33
>517
王家っていうか通婚できる王族が複数あるのは世界共通?

>518
写した年代を言ってどうする。

古史古伝といっても様々だが、古事記も十分その範疇に入る。

520 :日本@名無史さん:03/04/08 08:09
>>519
存在自体は南北朝の時代から知られていましたが何か?

521 :日本@名無史さん:03/04/08 08:34
古事記の序は偽作といってもよい

522 :日本@名無史さん:03/04/08 09:14
なら日本書紀も充分に古史古伝ではないの。
だって続日本紀にあるのは、日本紀であって「書紀」では
ないんだよ(笑


523 :bloom:03/04/08 09:19
http://www.agemasukudasai.com/bloom/

524 :日本@名無史さん:03/04/08 09:30
古事記の初出は平安初期の弘仁私記だったか。元になったものはあったのだろうけど。
日本紀ではない日本書紀はいつだっけ。読みはやまとふみで同じ?


525 :日本@名無史さん:03/04/08 21:26
>>521
古事記の序は8母音の使い分けされているんじゃないの?

526 :日本@名無史さん:03/04/08 21:30
北白川道久氏、伊勢神宮の大宮司に就任
  民間で働いた経験を生かしていきたい
 古事記、日本書紀の世界が息づく伊勢神宮。

 玉砂利を踏みしめて歩くと、悠久の時に包まれる。そこに4月、就任した大宮司は 根っからの国際派である。

 滑らかな英語。そして仏、スペイン語も。長年東芝社員としてアジア、中南米など、
40近い国で市場開発などを行った。革命、自宅そばでの爆弾テロ……。さまざまな
体験をした。新しい仕事は「全くの別世界」だが、「伝統を守りたい」。

 大宮司は神職の最高責任者。旧華族、旧皇族が就く習わしで、天皇陛下の姉・池田 厚子さん(70)が務める「祭主」の下で神事を指揮する。

 就任後、天皇、皇后両陛下と食事を共にした。「両陛下のお言葉から、神宮を大切 にされるお心を、強く感じた」

527 :日本@名無史さん:03/04/10 09:54
>525
その使い分けが厳格だから偽作といわれている。

528 :日本@名無史さん:03/04/15 21:20
8母音の使い分けは、江戸時代になるまで忘れ去られてた。
もちろん平安時代の人はめちゃくちゃな用法。でしょ?

529 :日本@名無史さん:03/04/16 19:25
>平安時代の人はめちゃくちゃな用法

たとえば?

530 :山崎渉:03/04/17 13:11
(^^)

531 :日本@名無史さん:03/04/18 00:58


532 :山崎渉:03/04/20 02:00
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

533 :日本@名無史さん:03/04/25 20:09
平安時代初期には既に書き分けは既に行われていない

534 :日本@名無史さん:03/04/27 23:41
後漢書東夷伝に依ると一〇七年に
倭国王師升等後漢に生口一六〇人を献じる
とある。
この国王師升等を「升」を「飛」の略字とし、古事記に使用されている真名と同じように読むと
「くにおしひと」となって、第六代の孝安天皇「国押人命」とよく一致する。
倭国大乱の時期に王のいない時期が七、八十年有ったことを考えると
百七年に第六代ということは十分あり得る。

535 :日本@名無史さん:03/04/27 23:48
>>534
卑弥呼はいつ頃になりますでしょうか。
孝安天皇の数代のち?

536 :日本@名無史さん:03/04/27 23:56
卑弥呼こと百襲姫は百九十年から二百四十七年でしょう。

537 :日本@名無史さん:03/04/28 00:08
>534
検索ですぐ見つかったが、阿毎多利思北孤をアメタリシヒコにしてしまった
のと同じやり方じゃん。

538 :日本@名無史さん:03/04/28 00:46
アメタリシヒコはどうだか知りませんが、
クニオシヒトは実名で孝安天皇その人を指します。

539 :日本@名無史さん:03/04/30 13:36
>>114
>文学としては...
古事記・日本書紀研究
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/kobun/985528678/l50

540 :衣笠宮:03/05/02 22:08
<<206 :聖徳太子の、祖父敏達天皇は「百済の大井宮で即位した」とある。
敏達のモデルは百済25代武寧王なので間違って正直に書いて
しまったパターン。

*敏達天皇は聖徳太子の伯父。
*百済は現在の奈良県内にある地名。
 敏達天皇の孫に百済王ってのがいるが
 この土地に関係している名前と思われる。

百済と言う日本の地名を半島にあった百済国と混同させて
変な飛躍をさせないでね。

541 :日本@名無史さん:03/05/02 23:16
本当に武寧王の話なら、わざわざ「百済の」なんて言わんわな。

百済ってどういう意味?

542 :日本@名無史さん:03/05/12 19:06
百済地区のこと
中華街とかチャイナタウンとかそんなイメージ

543 :山崎渉:03/05/22 03:27
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―

544 :日本@名無史さん:03/05/25 05:30
百済宮へ遷都

545 :山崎渉:03/05/28 10:59
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

546 :日本@名無史さん:03/05/28 17:21
日本書紀のα群執筆の中国北方系の人々については、
当時の中国北方音の変化と対応していることから、
本人が日本への帰化一世と推測されていますが、子孫はどうなったのでしょう??

547 :日本@名無史さん:03/05/28 18:28
日本書紀はヤオ

風土記だけがガチ

548 :日本@名無史さん:03/05/29 12:13
概ね神功皇后以前は神話、応神天皇以後は歴史ということだろ。
その中に真実も創作も捏造もあるかもしらんが、
文献学だけからは、しょせん水掛け論にしかならない。
他に記録がない以上、河内王朝以降は、日本書紀を基本にする以外、
歴史の書きようがないだろうな。
それにしても播磨王朝の部分が余計に思える。これがなければ、
少なくとも年代的にはすんなりつながるんだが・・・。

549 :日本@名無史さん:03/05/29 21:10
>>548
神話って神様の話じゃないんですか?


550 :日本@名無史さん:03/05/29 21:34
>>541
語幹「クダ」に所有を表す接尾辞「ラ」を加えた日本語と見てよいのでは。
早良、曼荼羅などと同じ。

551 :日本@名無史さん:03/05/31 19:01
「日本書紀」の皆既日食記述は正確 研究者ら新計算
ttp://www.asahi.com/culture/update/0531/002.html

「日本書紀」にある日本最古の皆既日食や火星食の記録は、本当だった――天文計算の結果と合わず「不正確」とされていた記述に、国立天文台の研究者らが新計算でお墨付きを出した。
権力者の都合による歴史の改変は少なくない書紀だが、これらの天文現象についてはぬれぎぬが晴れた。
 書紀に日食の記録は11回。このうち推古天皇36年3月(628年4月)は「日、蝕(は)え尽きたる」とされ、他は単に「日蝕えたり」などの表現なので、日本の記録上、最古の皆既日食。だが、従来の計算では92%しか欠けないとされていた。
 太陽や火星が月に隠される日食や火星食は、観察される地域や時間、食の程度が条件によって微妙に違う。国立天文台の谷川清隆・助教授(天体力学)、相馬充・助手(位置天文学)らは、地球の自転速度に注目した。
 自転は月の引力による海水の動きで6万年に約1秒ずつ遅くなる。だが谷川さんらは、気候変動で地球上の氷の量が異なることなどから、速度低下のペースは一定でなく、当時の自転速度は従来計算の前提より速かった、として再計算。
 その結果、都があった飛鳥(奈良県明日香村付近)では、628年の日食は皆既食に。従来は無いとされた681年11月の火星食も、起きたことがわかった。
 さらに、中国の「隋書」に記された616年5月の金環食(太陽の周辺だけが指輪のように残る)も、従来は部分食のはずとされたが、新計算では金環食と認められた。
 古記録の天文現象に詳しい長谷川一郎・大手前大教授(天文学)は「書紀には観察された場所や時間が書かれていないので断定はできないが、政治的なことはともかく、これらの天文現象についての書紀の記述は事実に忠実とみていいのでは」と話している。 (05/31 15:08)


552 :白鳳期・シルクロード経由のギリシャ文明・文化の例:03/06/01 09:10
高千穂連峰=オリュンポス山
日向灘=エーゲ海
エンタシス・鳥居=ギリシャ建築
和し(にこし)・朗らかな日本観=清明な地中海気候が精神に与える好影響
四国=ハデスの死国
すさのお=ポセイドン兼ハデス
よもつひらさか神話=エウリディチェの話

陰陽・道教の影響もあるね。
白鳳以前の記述は、史実+神話なんじゃないの。聖徳太子とかも。

553 :日本@名無史さん:03/06/01 09:18
>>551
無理矢理計算結果を合わせた気がする…。怪しい。その計算で、世界各国
の日食の記録等が説明できなければ、信用できないな。そこいらへんどう
なんだろう。

554 :日本@名無史さん:03/06/01 09:59
>>553
天文古記録は、陰陽道の影響地域では、豊富に残されてるな。
その他の地域では、記録があっても日時が特定できなかったりするようだ。


555 :日本@名無史さん:03/06/01 14:48
>551
書紀の解釈ではなく、地球自転速度を動かしたのかよ…
世界中の記録を洗い直さないといけなくなった。

556 :日本@名無史さん:03/06/02 12:16
日本史板のレベルが実は低い事がよくわかりますね。

557 :日本@名無史さん:03/06/03 22:02
日本書紀に日食の記録は11回。このうち推古天皇36年3月(628年4月)は
「日、蝕(は)え尽きたる」とされ、他は単に「日蝕えたり」などの表現なので、
日本の記録上、最古の皆既日食。

都があった飛鳥(奈良県明日香村付近)では、628年の日食は皆既食と確定。
従来は無いとされた681年11月の火星食も、起きたことがわかった。
さらに、中国の「隋書」に記された616年5月の金環食(太陽の周辺だけが
指輪のように残る)も、従来は部分食のはずとされたが、新計算では金環食と認定。

日本書紀だけでなく隋書の記録の不整合についても、実は正しかったことが判明した。

558 :日本@名無史さん:03/06/03 22:17
これで、日本書紀と隋書がともに間違っていない限り、
地球自転速度低下修正説が正しいことが証明されました。

推古36年3月の皆既日食記録についても、
以前の修正前においても92%の日食となる計算だったわけですが、
今回の修正説に基づく計算により皆既日食となっています。
隋書の金環食についても、従来計算で部分食、修正計算で金環食となり記録と一致です。



559 :日本@名無史さん:03/06/03 22:37
朝鮮半島での出来事を丸写しした、という半島電波の主張は崩れさったね。
修正前後どちらにおいても半島では日蝕は発生していないわけで。

560 :日本@名無史さん:03/06/03 23:05
九州王朝説も崩壊ってこと?

561 :日本@名無史さん:03/06/04 10:37
俺が信じてる、248年9月5日の皆既日食が、天照大神の天岩戸伝説だっていう説は
まだ大丈夫なんでしょうか?

562 :日本@名無しさん:03/06/04 11:50
>>556
戦国オタや幕末オタはすごく多くても、古代史オタは少ない。
ましてやそれ以外の時代のオタは言わずもがな。
ま、戦国オタは戦国板の方にかなり行き来しているが。

563 :日本@名無史さん:03/06/04 11:56
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564 :日本@名無史さん:03/06/12 23:29


565 :日本@名無史さん:03/06/22 01:24
計算上、皆既日食ではないとされていた推古天皇36年3月の日食が、
日本書紀の記録の『日、蝕え尽きたる』通り、飛鳥で皆既日食だったことが判明。

566 :日本@名無史さん:03/06/22 01:33
>>565
おー、そうなんですか。天文学者が発表とかしたんですか?

567 :九州王朝大好き ◆q0FP2AXqkY :03/06/22 01:58
>>560
>九州王朝説も崩壊ってこと?

九州王朝とは何の関連もありません。。


568 :日本@名無史さん:03/06/22 02:04
古代の日蝕の記録は確かに飛鳥のものであって、
九州地区ではないことは明らかなので、でっちあげの九州王朝は(以下略‥)

569 :日本@名無史さん:03/06/22 02:14
>>560
論理が破綻した560の思考が崩壊。

570 :日本@名無史さん:03/06/22 04:25
をぉー、天文学的にも、九州王朝説が崩壊したのか…

571 :九州王朝大好き ◆q0FP2AXqkY :03/06/22 06:31
>>568
>>570
日食の記録は推古朝飛鳥の記録であって、
コノ部分は九州王朝の日本書からの盗用部分ではありません。
天文学的にいかなる結論が出ても、九州王朝の存在は揺るぎません。


572 :日本@名無史さん:03/06/22 08:05
九州王朝の日本書ってなによ?
存在しないデタラメなことばかりいってるようにみえる…

573 :日本@名無史さん:03/06/22 13:40
>>555は何を言いたかったんだ?

574 :九州王朝大好き ◆q0FP2AXqkY :03/06/22 14:24
>>572
7世紀には九州王朝は自国のことを日本と称しています。
又、そこには歴史記録がありました。
日本書紀の1書曰と云う形で存在が確認されています。
もし日本と称した九州王朝の歴史記録があれば、
皇統・帝記を中心にまとめた記録は「日本紀」と呼ばれたでしょう。
歴史事実を中心にまとめた記録は「日本書」と呼ばれたでしょう。
また「続日本紀」の名称は、「日本書紀」に続く記録と考えるよりも、
九州王朝の「日本紀」に続く記録書として名付けられたと思われます。
「日本書紀」は本来歴史書としての「日本書」として編集されたものと思われます。
編集後、日本書では九州王朝の史書と後世に見なされることを考え、
又、近畿王朝には皇統紀がないことから、「日本書」のあとに小さく「紀」と入れ、
「日本書紀」としたと考えます。

575 :日本@名無史さん:03/06/22 14:31
天武朝は「倭」を天智朝は「日本」を国号にしたと解釈すれば
すっきりとすると思うが。

576 :日本@名無史さん:03/06/22 14:33
>>574
なるほど。

その12行の中で、推測を除いた事実は何行くらいありますか?

577 :日本@名無史さん:03/06/22 14:43
>>574
>九州王朝は自国のことを日本と称しています。
>又、そこには歴史記録がありました。
>日本書紀の1書曰と云う形で存在が確認されています。

とても興味あり。具体的には、紀のどの部分で確認できるのでせう。
教えて頼もう。

578 :日本@名無史さん:03/06/23 18:19
そんなこと「九州王朝大好き」に答えられるわけがないだろう!

579 :日本@名無史さん:03/07/03 21:18
九州王朝君のいうように日食の記録は推古朝飛鳥の記録ならば、
飛鳥が都の中心だったということ?

580 :日本@名無史さん:03/07/04 08:23
日本は天武朝、倭は天智朝じゃないの。

581 :日本@名無史さん:03/07/11 09:59


582 :山崎 渉:03/07/12 11:45

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

583 :日本@名無史さん:03/07/13 01:10
日蝕の記録が近畿地方であることが証明されたので、
次は、九州王朝の都は近畿にあったという主張になるだろうな。

584 :山崎 渉:03/07/15 11:42

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

585 :日本@名無史さん:03/07/17 04:24
阿毎多利思北孤をアメタリシヒコにしてしまったのと同じやり方
九州王朝

586 :日本@名無史さん:03/07/22 11:37
日本の相撲は、韓国相撲シルムが起源、もしくは影響を受けていると言って聞かない奴が暴れています。
「朝鮮半島から色々文化や人が渡って来てるんだから、影響を受けたと考えるのが当たり前の感覚。
そう思わない奴は普通の感覚ではない、世間は広いんだよ、たまには外へ出てみなさい」などと言う始末。
あくまでも「韓国の影響」に拘わりたがっているのが見え見えです。

http://sports.2ch.net/test/read.cgi/sumou/1043229110/l50

的確な論破の出来る自信のある方のみどうぞ。
くれぐれも決して単なる荒らしはしないようにして下さい。
ただし、この板から乗り込んできたとは言わないように。
できれば、しばらくこのスレの動向を見守っておく必要があるかと思います。
(結構面白い事になってます…)
またこのスレの感想なんかもくれると非常に嬉しいです。


587 :日本@名無史さん:03/07/30 05:32
日本の相撲の起源は隼人ですよ
日本書紀とかにも隼人の相撲がでてくる

588 :山崎 渉:03/08/02 01:24
(^^)

589 :日本@名無史さん:03/08/03 01:32


590 :日本@名無史さん:03/08/03 02:13
隼人じゃなくて但馬蹴早

591 :日本@名無史さん:03/08/03 11:39
聖徳太子の生まれたところ=馬小屋
キリスト=馬小屋
これってガイシュツ?

592 :日本@名無史さん:03/08/08 01:56


593 :日本@名無史さん:03/08/08 02:55
■野見宿祢と当麻蹶速の相撲
第十一代垂仁天皇の御前で野見宿祢と当麻蹶速が日本一を争った。これが天覧相撲の始まりと伝えられる。また、野見宿祢は相撲の神様としてまつられている。

皇極天皇元年
(642) ■健児の相撲
百済(くだら・古代朝鮮国家)の使者饗応のため健児(こんでい・兵士)を召集して相撲をとらせる。


594 :日本@名無史さん:03/08/08 03:00
>>586
日本のスモウが半島に伝わって、シルムになった。
米や陶器や唐辛子や近代教育といっしょ

595 :日本@名無史さん:03/08/08 03:18
陶器は半島が早紀でしょう。

596 :日本@名無史さん:03/08/12 19:12
ホシュ

597 :日本@名無史さん:03/08/13 13:07
陶器は半島へいって発達して日本へ戻り

598 :山崎 渉:03/08/15 12:46
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

599 :日本@名無史さん:03/08/16 01:45


600 :_:03/08/19 00:59
http://transboard.friend.jp/Jtransboard/board.php?mode=read&table=transboard9&page=1&uid=195417&num=185820
番号 : 185820 翻訳 ニックネーム : jager 2003-08-17 18:35:39
re : re : re : re : re :返事
>歴史は時代によって解釈が変わることができることですね
これは、時代によって善悪や価値基準が変わるから、『評価』が変わるのでしょう?
事実の認識は変わりません。事実の誤認はあるが。

「日本書紀」は偽書なので、内容は嘘が多いです。
7世紀終わりに作られた『日本』という言葉をつけた『任那日本府』は3世紀に存在しなかったし
神功皇后は夫の仲哀天皇の子供を身ごもっていません。
彼女の後を継いだ子供は新羅の王子からもらった養子でしょう。
ゆえに、彼女の朝鮮遠征は『大和朝廷征服』のための援軍要請と、養子をもらいに言ったのでしょう。
(彼女は8年間子供が一人も生めなかったので、子供ができない体だった)

いかがなもんだろな…ここまで言い切れるとは。

601 :日本@名無史さん:03/08/19 07:07
>>600
内容が間違っていたり、嘘があるものは偽書とは呼びません。
由来をごまかして古く見せたり、書いた人を別人にした本を偽書と呼びます。
日本書紀は偽書ではないが、古事記は偽書。

602 :日本@名無史さん:03/08/19 07:10
>>533
> 平安時代初期には既に書き分けは既に行われていない

古事記と同時代に書かれた日本書紀や万葉集でも書き分けはいい加減なんだが。

603 :日本@名無史さん:03/08/26 22:31


604 :日本@名無史さん:03/09/03 18:49


605 :日本@名無史さん:03/09/11 22:45


606 :日本@名無史さん:03/09/12 12:11
日本書紀も古事記 も当時の文献が集められて、
最後には、天武朝に都合よく編纂された。

当時の文献=4C−7Cオール漢人の書記官の記録。
「おい、漢人、我が世は昔どうだったのだ?」
「はい、陛下、中国ではこの世は昔・・・」
と、古代史は中国とくに呉南朝の伝承 が伝わったと思われ。



607 :九州王朝大好き ◆q0FP2AXqkY :03/09/12 22:25
>>575>>580
天武朝は、正統継承できない九州王朝を、近畿に作ったものです。

>>576
3行です。25%です。

>>577
紀だけでは無理です。
新旧唐書、記等いろいろな記録、遺物と現代に伝えられた事を総合しなければなりません。

>>579>>583
推古朝は、近畿王朝であって、九州王朝ではありません。

>>585
阿毎多利思北孤はアメタリシホコです。

>>586>>587>>593
相撲のことは判りません。
書紀に肥の国の力士が出てきていますが?
但馬も出てきますね。
殺されたのは何処の力士でしたか?

608 :記紀神話=道教?:03/09/14 04:34
誰か研究してないのか?

天武朝が記紀を作ったわけだよな
天武=道教マンセー
  天皇号=道教最高の宇宙神
  八色の姓制定=最高位は真人=道教の最高位
  天武の和風諡号=天渟中原瀛真人
  道教で海のかなたの神仙世界の最高位を意味

すると、記紀神話が道教に依存してないわけがないんだが、
誰か研究してないのか?


609 :日本@名無史さん:03/09/14 14:48
>>608
道教と神道の関係を研究するのは日本ではタブーです。
研究したら神道は道教の日本分派でしかないことがわかっちゃうから。
まぁ「神道」って名前からして思いっきり道教なんだが。

610 :日本@名無史さん:03/09/14 20:18
そっかー 神の道教だもんね

当時、唐も道教大ブームなんだけど、南朝のころから大ブームなんだよね
太陽神って道教でどうなんだろ

611 :日本@名無史さん:03/09/14 22:01
そんなタブーあるわけないだろ。
自分の珍説がウケないのはタブーのせいってか(w
アホ丸出しだな

612 :日本@名無史さん:03/09/15 03:24
記紀の内容は、道教にかぶれていた天武朝からみて、
どの位すごい内容になってるのでしょうか?

613 :日本@名無史さん:03/09/15 04:33
つうかさ、応仁の乱以前の日本史は、全て捏造だよ。


614 :日本@名無史さん:03/09/15 12:29
つーか、政府の公式発表てぇのは、眉唾ものが多いんだよ。

615 :日本@名無史さん:03/09/15 12:52
つべこべ言わず、司馬遼太郎の作品を読んでおけ。
正しい日本史が解る。

616 : :03/09/15 12:54
と言う事は、古事記も日本書紀も全部偽書なんだね。ホッとしたよ。








617 :日本@名無史さん:03/09/16 07:55
応仁の乱以前は、明の植民地だった。その前はモンゴル帝国。

618 :日本@名無史さん:03/09/20 16:51
>>22

619 :日本@名無史さん:03/09/20 17:32
史実は何パーセントぐらい含まれてるんだ?

620 :日本@名無史さん:03/09/20 19:38
>>616
何でオマエがホッとするわけ?

621 :日本@名無史さん:03/09/20 19:59
ここも酷いスレだな・・・

622 :日本@名無史さん:03/09/23 15:58
>>620
ウリミンジョクの自尊心が満たされますね(ホルホル

623 :日本@名無史さん:03/10/01 22:38


624 :日本@名無史さん:03/10/09 22:18
ホルホル

625 :日本@名無史さん:03/10/10 00:03
「ホルホル」ってなんですか???

626 :日本@名無史さん:03/11/06 00:30
ホルホル

627 :日本@名無史さん:03/11/09 13:57
ねぇ、天孫降臨が核爆だっていうやつは、なんなんだい?

628 :日本@名無史さん:03/11/30 03:18
九州王朝君のいうように日食の記録は推古朝飛鳥の記録ならば、
飛鳥が都の中心だったということ?

629 :日本@名無史さん:03/12/28 08:59
倭迹迹日百襲姫

630 :日本@名無史さん:03/12/28 18:32
継体以降は奈良盆地の為政集団に関して、それなりに信憑性が高いと思うよ。
それ以前は継ぎ接ぎだって考えない方がどうかしてるけど。

631 :日本@名無史さん:03/12/28 21:38
最近は応神から継体までの系譜に一定の信憑性を認める立場が一般的だと思うがな。
なんでも捏造よばわりは70年代の風潮。

632 :日本@名無史さん:03/12/29 09:37
その系譜が、天智からの天皇家に繋がるものか断絶したものかは、
いまだに判断つかない状態だけどな。>>631
そういう意味で継ぎ接ぎ。

633 :日本@名無史さん:03/12/29 09:53
>>632
え???
つまり継体から天智までの間が切れてるって言いたいの??

たまにレスがあると思えば、また電波さんかな(^^;)

634 :日本@名無史さん:03/12/29 12:28
継体直後に断絶したかも知れない形跡は有るけど、>>630以降を続けて読むと
それより遡った話をしてるという事が、普通の人には解ると思う。
>>633

635 :日本@名無史さん:03/12/29 18:04
632のいう「その系譜」ってのが
631のいった「応神から継体までの系譜」を
さしていると思ったのだが。

違うんならまぁいいよ。

636 :日本@名無史さん:04/01/04 19:47
日本書紀の物的証拠
国宝 七支刀の展示始まる

>>http://www.narahaku.go.jp/exhib/2004toku/isonokami/isonokami-1.htm

記念あげ

637 :山羊:04/01/05 02:30
 天孫降臨の話は、天皇家に限らず、物部氏などにもあるそうですよ。
だけど、それがうそかほんとかは、今となっては誰も証明できない。「宗教がうそだった」証拠なんて信者にとっては無意味だからね。

638 :日本@名無史さん:04/01/05 02:46
天皇陵とやらを掘ってみれば、何らかの証明が得られる可能性は高いのでは。


639 :330:04/01/05 04:29
此処読んで見ろ。中々面白い。

日本古代史復原に成功!
ttp://www007.upp.so-net.ne.jp/jkodaisifukugen/index.html#nomichiJtop

>>638
そりゃそうだろ。
皆で宮内庁を攻撃しよう。

所で、焚書された歴史書が何点か在ったろう?
「国記」?「帝記」?

640 :日本@名無史さん:04/01/05 09:02
難波の宮では書庫が2度にわたって、「大火」で焼けてるから、それを考えに入れると
何点かじゃ済まない筈。

641 :日本@名無史さん:04/01/05 15:02
>>638
昔から知られている天皇陵はほとんど盗掘されててろくなものは出ない。

>>639
電波臭ただようホムペだねw

「国記」は蘇我滅亡の時、焼失しそうになったのを船史恵尺が救い出してきたから残ったんだよ。
「帝紀」は古事記の中巻・下巻になったという説と中巻・下巻の記述に取り入れられてるという説があるな。


642 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

643 :639:04/01/07 18:36
>>641
焚書された書物が在った筈だが。

>>640
その大火が放火なら焚書だと言えるが、火災なら残念だが仕方が無い。

644 :日本@名無史さん:04/01/07 22:22
全部ウソ

645 :日本@名無史さん:04/01/07 22:22
人代からが事実それ以前は伝説

646 :日本@名無史さん:04/01/07 22:26
応仁の乱以前は、ずっと中国の植民地。


647 :日本@名無史さん:04/01/08 11:24
宗教的には全て真実

648 :日本@名無史さん:04/01/13 22:49
裏表紙から

649 :日本@名無史さん:04/01/16 22:10
桓武帝以後。

650 :日本@名無史さん:04/01/28 20:17
古事記は偽書ではないですよ

651 :日本@名無史さん:04/02/07 18:13
日本書紀はどこからが史実なんでしょう?
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/988620461/l50

■◆最初の天皇はどうやって天皇になったか◆■
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1003669384/l50

邪馬台国は大和朝廷になったのか
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1045719732/l50

倭王権の起源を語ろう
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1021204387/l50

弥生時代の遺物と漢字
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1027923448/l50

「魏志倭人伝」等を読む(邪馬台国はどこですか12)
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1064621137/l50

【江上】騎馬民族説は今。。。【波夫】
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1068492251/l50

※九州王朝はあったか?※ 8
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1074276043/l50

652 :日本@名無史さん:04/02/08 18:16
日本書紀ってどうして複数の説を併記しているんですか。
大和政権の歴史的な正当性を強調するならば
ストーリーを一本化した方がこの書物に対する信頼を
拡散させないですむと思うんですけど。

653 :日本@名無史さん:04/02/08 18:31
そんな下心はないからだろ。

654 :日本@名無史さん:04/02/08 18:35
>>653
という誤認を引き起こせるという下心からだろ。
あるもの全部併記できたわけではあるまい。

655 :日本@名無史さん:04/02/08 18:36
1へ

とりあえず、全部読め

656 :日本@名無史さん:04/02/08 20:00
「一書曰く」があったらあったで捏造の証拠、なかったらないで捏造の証拠。
答えが先に出てるんだよねw

657 :日本@名無史さん:04/02/10 19:23
>>652
捏造と錯誤と不明の3点が入り乱れている。

捏造・・・「天皇家の歴史を出来るだけ古くせよ!って言われたけど、どうしようか・・・
そうだ!100歳以上生きた香具師を最初に10人くらい出しとこう!」

錯誤・・・「おいおい、なんで神武やら崇神やら何度も東征してんだよ!おかげで誰のエピソード
なのか判んなくなっちゃったyo!」

不明・・・「倭人伝の卑弥呼って、コレ誰の事?もうワケワカラン!」



658 :かめれす:04/02/10 19:29
>>3
別に津田左右吉はマルクスにかぶれてたわけでもないし・・・・

659 :日本@名無史さん:04/02/17 00:38
>>534
面白い説だけど、「王」を「オ」と読むのに無理がアリ。
でも孝安朝くらいっていうのはだいたい合ってそう。

>>535
      大倭国阿礼姫命
孝安(6)     ‖━━倭迹迹日百襲姫命(ヒミコ)
  ‖━━━孝霊(7) 
押媛命     ‖━━孝元(8)━━━━大彦命━━━━━━━御間城姫命
        細媛命             ┣倭迹迹姫命(トヨ)      ‖
                         ┣開化(9)━━━━━━━崇神(10)
                         ┣武埴安彦命

660 :日本@名無史さん:04/02/17 00:58
オケとヲケのところは信じがたい。

661 :日本@名無史さん:04/02/17 00:59
>>660
直系以外の皇孫は大和から遠ざけられてたみたいだから、十分ありえるヨ

662 :日本@名無史さん:04/02/17 17:21
「升」を「ひ」とは読めないだろ。

663 :日本@名無史さん:04/02/17 21:50
>>661
系譜的にほぼ直系。
それに白髪といえども子供を残した兄が子無しの弟に帝位を譲るなんてのは・・・

664 :日本@名無史さん:04/02/17 21:51
白髪じゃなかった・・・若雀ね

665 :日本@名無史さん:04/02/20 04:23
>>660-661,>>663-664
仁徳から武烈までは代々直系。
仁徳の嫡男が履中。履中の嫡男が押歯王。
押歯王の嫡男が仁賢。仁賢の嫡男が武烈。

オケとヲケは嫡流だからこそ庶流の雄略から命を狙われて
逃げてたわけで。

666 :日本@名無史さん:04/02/21 21:37
666げっと

667 :日本@名無史さん:04/02/21 21:41
>>665
オケとヲケの即位順が変だろう。

668 :665:04/02/22 01:51
>>667
だから?
オチまで最後まで逝ってくれないとなにがいいたいのか意味がわからん

ヲケは雄略からみれば仁徳系の嫡統だが、履中系の中では庶流。

669 :日本@名無史さん:04/02/23 20:59
つうか、あんたら記紀の原文で読んできっちり研究したのかと問い詰めたい。
誰かの翻訳版を読んで分かったつもりになっているのだとしたら、素人はさっさと消えろと言いたい。

要するに素人はROMってろってこったw

670 :日本@名無史さん:04/02/23 21:24
2ちゃんで何言ってるんだ?

671 :日本@名無史さん:04/02/23 21:28
>>670
ROMってろ!トウシロが!!

672 :日本@名無史さん:04/02/23 21:33
発狂したのか?

673 :日本@名無史さん:04/02/23 22:34
>>672
定期的に出てくるただのDQNだろう。
いつもの事だ。

674 :日本@名無史さん:04/02/24 03:21
まだ自治会の方がマシだなw

675 :日本@名無史さん:04/02/25 00:43
>>643
焚書というか、日本書紀成立以降は、その他の史書を禁書にしてるな。
古事記も禁書だったが、南北朝の時代に真福寺で見つかった。


676 :日本@名無史さん:04/02/25 02:45
別に禁書にはなってませんがなにか?

677 :日本@名無史さん:04/02/26 01:34
禁書説って初めて聞いた。電波?

678 :日本@名無史さん:04/02/26 01:37
>>675
むちゃくちゃやな。吉野時代に書写された本が真福寺に伝わってるのをどこでどう間違ったらそうなるのだw

679 :日本@名無史さん:04/02/26 11:04
神道と道教は日本そばとラーメンのような差があるw

680 ::04/02/26 11:38
>>609
んなことなーい.福永光司『道教と日本文化』(人文書院)とかあるだろ.

681 :♪道教と日本文化♪:04/02/26 11:44
「道教の日本的展開」が,すなはち日本の神道なのだーよー.

682 :日本@名無史さん:04/02/27 21:47
>>678
じゃあ、質問するが、続日本紀に古事記の記述がないのはなぜ?
続日本紀には日本書紀以外の史書を禁じたような記述があるが、
それに古事記が含まれていないと確信できる?



683 :日本@名無史さん:04/02/27 22:08
        ぶっちゃけ               ありえなーい♪
 ,.-ァ'':::::!:::::::::'''ー=ニ-_;;::::ヽ;;::';ハ!     / .,r';::-‐ァ;i ;';;;:-'''""ニ=-、、;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;'、
.r'r'゙:;r'::;:::!;:'ヾ''ー-;r'`ヽ ヾト;;';-:::::Z   ,'  .,'/ ./;;;;| ;/ "~~`ヽ   /!;;;;;;;;;;;;;;',
//::;'::::;':::|:!\\、,,!_  ,.-ニ'' '!、',‐-、 ,'     !;//r'`,' r'''='ヽ、   .''メ-、,!;;;;;;;;;;;;;;;!
リ|:::;:::::!::::!'、,.-'ー、,,__. ' i::;;;;) .レ,. ) ,'     ` ';;',.!,' ,.i;;;;;ノ   _,,,!   ';;;;;;;;;;;;;;'
 ';:::!:::|::::|r'ヽ,,.--    `‐'゙  ','、 ,'     ,,_:;;::|i  `'' ,   ,.::;;;,ヽ. ';;;;;;;;;/
  '|:::::;:::;'! / !:::;;;)  `,. '`、  .,!-、'!'ー、    / ir'、  r-、,,_ .i;;;;;lノ ' ,i;;;;;;;;!
  ノ!:::';::!::'、  `ニ-' ヾ、   ', /、 ヽヽ、ヽ   // \. i  ,/  `` ,.-'゙'''!;;;;;;'、
 '"`リ、:|';:!゙`ヽ、     ヽ、_,ノ/|',:', ..,.!::''ヽ,`,rr''"/  !:iヽ、,___,,,,. ァ'/、-;;'";;;;;;;;;`ー
,,、  ._>、''゙`ー-i'ー---;--─'  .!:i ,,:;!‐:::-', '!::::::!:;:, ';:', ,,.-''"-'/;;'//!;;r;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
 >'''"  `    ヽ,',  `ヽ、,,_,ノノ ,:;;/:::::::::::|::!:レ':'、:,  '、-‐'''" .,,.`,ゞ-'ヽ'i-、;;;;;;;;;;;;;
'"`ゝ   _,,.-r‐''" ヽ、:: :;: ,,:,,.. ;/::`''ー-ァ、!!';::::::'!、;::;..,, . .,;: ;:;;/、  .\ i;;;;;;;;ノ!;
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   ゝ     '、ヽ;::::::/::::::::;'::::::';::::::::`ヽ,/ / ',i|`、!、:::::::::!::::::::::';::::::::;;:-,>、   `ヾ;'
`" ``'!      >、ヽ/::::::::::;::::::::::';::::::;:-' >'  .!' ヾ、`ー-'--‐二',,.-‐"!',. '、 _,,,、,r-'
 ヽ、-'     ! ./`-、''-:::;;';;;;;;;;::::ヽ,,.-;"   !  '、``''''!'''"  ', ./ゝ '、 '、\ ヾ
   ,ゝ     '、!   ``7'ー--‐''"  `ヽ--'    \  '、   ! ソ,彡! .! /'"ヽ

684 :日本@名無史さん:04/02/29 01:59
×「道教の日本的展開」が,すなはち日本の神道

○土着未開宗教の日本的展開が神道。
○土着未開宗教の中国的展開が道教。

685 :日本@名無史さん:04/03/03 11:54
大学院大学 一般教養 古典乙1 入学問題、
以下の説を論評せよ。  制限時間10日

日本書紀で高の字が出たら高句麗と考えよ説。
明の字のついたのはネストリス教、ペルシア・西アジア系説。
大化とは、大きく化けるに成功したの意説。
百済聖明王と欽明は同一人物説。
天智と金春秋は同一人物説。
天武と高句麗の泉蓋蘇文は同一人物説。
朝廷藤原氏は百済滅亡時の亡命王族・貴族説。
古朝鮮語でフジハラはクダラのクニ説。
推古、古を推し量れは卑弥呼、北条政子、女人謙信を思い起こせ説。
日本人の権威恭順の性は倭人伝倭人DNA回帰説。
推古以下の女帝はくっついてた男王が編纂時はがされた説。
権威従順の国、倭国乗っ取りは王族が女帝と仲良しになるだけでOK説。
藤原氏の外戚志向は賢明であった説。
蘇我、我は蘇りの西アジア系抹殺は仏教側の一石三鳥勝利宣言説。
うそも方便、仏教国の賢明さ理解はマックス・ビーバーも絶賛の岩並の実理論での説。
サザエさん人気は女帝到来、倭人回帰願望DNAうずき説。
アサハラ・ショウコウ三代前先祖は北朝鮮秘密警察官説。
オウムは日本の某教団韓国の某教団の援助で大きくなった説。
TVタレントに半島系多いは日韓友好促進支援説。
しこむしてますの屋球人の父は半島からの人説。
KCIAとヤクザ指導層はツーカーの仲説。
時代は今、国境越えて東アジア単位で考えよう説。


686 :♪名無しの宗教♪:04/03/03 17:13
>>684
土着の原始宗教が,後に日本の神道になったといふ意味では,それは正しい.
しかし,名無しの土着宗教が「神道」を名乗るやうになった時点で,すでに道教の教理学が入り込んで
ゐる.

687 :日本@名無史さん:04/03/04 01:12
文教授は「日本書紀」の記述のほうが信憑性が高いとしている。

趙さんは『昨今、韓日両国においては歴史認識に関して真偽をはっきりと
言わない傾向が多い。即ち、自分の良心では認めながら世間の風潮を意識
して真を偽と言ったり、その逆をいう日本の一部学者に警鐘を鳴らしたい』
と訴えている。
http://ginnews.hb-arts.co.jp/020510/hana.htm

688 :日本@名無史さん:04/03/07 02:30
>>686
「神道」を名乗った段階って、いつを想定していってるのだ?

>道教の教理学が入り込んで

具体的にいうとどこが?

689 :日本@名無史さん:04/03/07 03:16
>>686
「神道」を名乗るようになったのはどの時点なんでしょうか。

690 :日本@名無史さん:04/03/07 12:21
1800年前の神社は仏教の坊さんが運営し、
補佐役として神職を雇っていた。
修験道は1300年前からあるが、神道の歴史は実質、明治からでしょう。
観念的には南北朝の時代(中世国粋主義)にあったと思うが。

691 ::04/03/07 16:17
>>688-689
日本の古代文献で「神道」の語がはじめてみえるのは,日本書紀ですね.
古事記には出てきません.音は,「しんとう」ではなく「じんどう」か.
孝徳紀「神ながらとは神道に随ひまた自から神道あるをいふなり」
用明紀「天皇,仏法を信じ,神道を尊びたまふ」
シナでは,神道といふ言葉の初出は,「易」にさかのぼりますが,日本とシナが交渉を
もちはじめた後漢の頃には,この語は,神仙の道,あるひは宗教哲学一般を意味して
「神明の道」「清く明らけき天神の真理の道」と説明されるやうな道教的な概念に発達してゐま
した.
日本書紀の時点では,仏教伝来以前の土着的なアニミズム宗教の信仰や思想をひっくるめて
よぶ名称が必要になったときに,シナの道教で古くから用ゐられてゐた「神道」の語とその概念を
つよく意識してそのまま転用されたわけであります.
それ以後の,日本神道の教理が次第に深化/理論化してゆく過程,具体的には伊勢神道や
垂加神道,両部神道や吉田神道などにセクト化してゆく過程では,必然的にそれらの教理
の中にはシナの道教の教理学が全面的に導入されてゆくことになったのです.


692 ::04/03/07 16:51
神社の「ご神体」として鏡や剣を祀るのは,シナの習俗の直模であることは,いふまでもないでせう.
(もっと古い時代のアニミズムが残っているところでは,山や巨木などの自然物をご神体にしてゐる
神社もありますね.このほうが本来のかたちなのです.)
「鏡と剣」は,シナの道教の教理学では,「二種の神器」として儀式で用ゐられてきたものです.
日本の古墳で多く出土する三角縁神獣鏡のやうに,神仙思想に題材をとった文様が刻まれた
鏡も多いのです.また,道教の宇宙哲学を象徴する八角形の文様の鏡も多いですね.
(ただし「ヤタの鏡」がさうなのかどうかはひとまずおくとして,このタイプの鏡は比較的あたらしいはずですが)

693 :日本@名無史さん:04/03/07 17:44
神道と道教は、完全に別ものだよ。

神道は、経典や導書、教祖が存在しない。
道教は、導書があり常に教祖がいた。

もし神道が道教に類するものなら、教書が存在しなければならない。

694 :日本@名無史さん:04/03/07 21:00
あほか。
日本の神道は「惟神道・随神道」の略。これは「かむながら・の・みち」
で「惟神−道」で区切るのだよ。
漢文の「神道」と区別つかない奴はドキュン。

695 :日本@名無史さん:04/03/07 21:14
>後漢の頃には,この語は,神仙の道,あるひは宗教哲学一般を意味して
>「神明の道」「清く明らけき天神の真理の道」

後漢代の漢文で「清く明らけき」などと読み下すって文例を出してくれ。
あまりに珍妙な印象を受けるが・・・?

>それ以後の,日本神道の教理が次第に深化/理論化してゆく過程,具体的には伊勢神道や
>垂加神道,両部神道や吉田神道などにセクト化してゆく過程では,必然的にそれらの教理
>の中にはシナの道教の教理学が全面的に導入されてゆくことになったのです.

それ以後の話は単なる影響関係だから今の論点からはとりあえずどうでもいい。

>「鏡と剣」は,シナの道教の教理学では,「二種の神器」として儀式で用ゐられてきたものです.

いろんな時代の教理学をごっちゃに言われても困るね。
中国の古代呪術では鏡は道教以前から使われてるし、道教には「二種の神器」なんて言葉はない。
「鏡と剣」は道教も神道も成立する以前の原始信仰に由来すると考えるべきだろう。
日本では玉を加えて三種だが、これは三機能を象徴するユーラシア神話類型のレガリアとする
のが神話学の通説。道教ではこの意識が希薄化してしまっており、よくいえば神道より
進化、わるくいえば神道より後発(神道の方が古い形を保存してるの意味)であることが明らか。

696 :日本@名無史さん:04/03/10 19:20
しかし、一昔前までは日本書紀なんて
嘘八百のインチキ書物として
その存在自体インチキ扱いされていたが
多賀城や山田寺、きよみがはら宮など
書紀の記述に基づく
考古学的発見が相次ぎ
今ではむしろヒジョーに信憑性の高い
歴史的資料となりました。

697 :日本@名無史さん:04/03/10 19:28
ま、それは7世紀以降の記事に関してだけどね。

698 ::04/03/10 21:56
>>694
きみの説明は,平田篤胤と同じ説だね.平田は,ひとくちに「神道」といっても,意味を吟味すると
区別しなきゃならない場合があるので,いろいろに分類してるよ.同じ文字がつかはれてゐてもシナ
の神道とは違ふともいってゐて,字面のとらはれた儒者の「ひがこころえ」を槍玉にあげてますな.
それにしても平田自身がかなり道教の影響を受けてて,平田の説明じたいが道家の哲学特有の
思考法にとらはれてゐたりする部分があるのが,なんとも皮肉なのだが.

あとあなたがあげた「惟神の道」(神ながらの道)といふ語だが,これも元は『晋書』隠逸伝に「惟神之常道」とある語句でせう.
仏教に対立する教へとしての,シナ古来の宗教的伝統(上帝信仰とか)をあらはししめす語なのでした.
「神道」も「惟神道」もどちらも道家の教へでシナでは古くからある概念なのでした.
日本でも,仏教の教へに対する,日本古来の宗教を示す言葉が必要になったので,シナの道教で用ゐられてゐる
「神道」の概念をそのままに借用/転用して用ゐたのは,あきらかでせう.

>>695
「清く明らけき」云々は,訓読ではなく意を説明したものです(「清明之神道」).

699 :日本@名無史さん:04/03/10 22:12
多賀城が日本書紀のどこに出てくるんだ?

700 :日本@名無史さん:04/03/10 23:53
                              ___
                          _,..:::'::´:::::::::::`::::‐..、
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    r- 、 _                  }7゙´ /~ | |  { 、ヽ
    ヽ_、   \- 、             / i_,..|._‐_,ヘ ト、._|-、l l
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  {    _,. ィ:=イ:::::::::::}::::\:::::::\::ー.、__,/_/  |  l.  l ̄! ,.イ .l  l l  700げと〜
   ヽ- '´  ヒ/::::::::::::/:::::::::::::::::::/:\:::::::\`ー-、ヽト ..ニィ´/,} | ハ|
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                    / ハ::::::::::::::::::::|:::::::::リ:::::|      l::::::::|::::/:::::ノ::::| ヽ !
                   / / .|;:::::::ト、:::::::|、::::::::::::::|      }::::::|'´:::_/_,ノ \ノ
                     〃/ / |.}:::::::|:::::::::|::ヽ:::::::::::L - ‐:セノ:::::/ ̄
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                         リ::::::::|::::::::|::::::::::::/O:::::::::::::::::O:ト;::|

701 :日本@名無史さん:04/03/26 23:02


702 :日本@名無史さん:04/04/10 14:49
韓国の歴史教科書って日本書紀に書いてある
韓国にとって都合の良いところだけを抜粋してるんだよね。
しかも韓国にとって都合の悪い部分は教科書に載せない。
全くふざけた民族だ

703 :日本@名無史さん:04/04/11 00:25
>>702
記紀の製作年代は1580〜1660
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1078618831/562-571
祟神は信長の焼き写しで四道将軍は
北陸:柴田=大彦
山陰:明智=丹波道主
山陽:秀吉=吉備津彦
東海:滝川=武淳川別なのは明らか

柴田→鬼柴田→おにひこ(いろはで、「に」の次は「ほ」)→おほひこ→大彦
明智→ミンチ(音読み)→ミチ→道+明智といえば丹波→丹波道主
秀吉→サル→桃太郎のサル(前田→犬千代→イヌ、丹羽→にわ鳥→キジ?)→吉備津彦
滝川→たきがわ→たけかわ(武川)→たけぬなかわ→武淳川別

徳川家康
  ↓
徳:TOKU
母音を一つずらす(A→I→U→E→O→A)
健:TAKE
建=徳川
  ↓
『いへ』やす=「はに」やす
『い』ろ「はに」ほ『へ』  いへ→はに
埴安=家康
  ↓
建埴安彦

本能寺の変=建埴安彦の乱

本能寺の変の首謀者は徳川家康であることも分かる
偽書を書いた動機は、本能寺の変の首謀者が誰なのかを後世に伝えたかったから
ずばり偽書の製作者は近衛前久父子である!

704 :日本@名無史さん:04/04/25 11:05
日本書紀以前の資料は発見されんのか?

705 :日本@名無史さん:04/04/25 11:06
日本書紀での年代の意図的拡幅について議論しませんか。

706 :日本@名無史さん:04/04/25 17:15
>>703 発想がすごいね。度肝抜かレタよ。
    どっかに元ネタが転がってたのでつか?

>>705 唐の暦学の思想→シンイ説に合わせた…、とか聞いたこと
    あるんですが、違うんですか?

707 :日本@名無史さん:04/04/27 01:45
讖緯説にもとづくというのは既に破綻した昔の説

708 :日本@名無史さん:04/04/27 04:19
>>707
どの辺が破綻してるのでしょうか?


709 :転載くん:04/04/27 13:21
88 :日本@名無史さん :02/10/14 07:03
>>77,>>56
神武即位のBC660は奈良時代に讖緯説によって推算された(悪意でいえば捏造)
という説は、あくまで仮説の域を出ない。
第一の理由は
中国に伝わっている讖緯説は「戊午革運・甲子革令・辛酉革命」のいわゆる三革説であって
1320年周期の話(那珂通世は誤解して1260年とする)は
平安時代に菅原道真を失脚させるための詭弁として突然でてきたものであって中国にはない。
これは平安時代に政治的理由によって急遽捏造された日本独自のもの。
従って奈良時代の日本書紀編纂者が「讖緯説(の1320年周期説)によって神武即位年をきめた」
ということはありえない。
第二の理由は
日本書紀は天武天皇皇子舎人親王が編纂責任者であって、父のライバルだった天智天皇には
冷淡であって近江令ほか数々の功績についても明言をさけたり、天智紀は時代が近いのに
原資料がいい加減で年代が錯綜したりしている。
神武即位がもし讖緯説(の1320年周期説)によるのならばそれは天智朝を
神武即位に次ぐ日本史の重要事件と認めることになるが、
このような日本書紀の特色からはかなり不自然に思われる。
第三の理由は
讖緯説の1320年周期説が中国由来だとする立場では、
その起点がAD184(黄巾の乱)だとされている。
讖緯説は、当時の人にすればそれは現代人にとっての科学のようなものであり
万有引力の法則と同じく大陸・半島・列島の区別なく作用する。
勝手に起点をずらしたら讖緯説そのものを否定することになる。
讖緯説を信じていたなら勝手に起点を変更することはありえず、
信じていなかったのなら讖緯説にもとづいて神武即位を推算することはありえない。

710 :日本@名無史さん:04/05/17 02:25
讖緯説って、偶然の産物かもよ。

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