5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

女戦士について

1 :世界@名無史さん:2001/02/23(金) 14:37
世界史上の(実在の)女性の戦士や軍指揮官について語ろう。

2 :世界@名無史さん:2001/02/23(金) 15:41
先ずは定番のジャンヌ・ダルク

3 :世界@名無史さん:2001/02/23(金) 16:10
ジャンヌ・ダルクと言えば百年戦争。
百年戦争と言えば、始めたのはエドワード3世。
そのエドワード3世の王妃フィリッパも、
王の留守中に攻めてきたスコットランド軍を
撃退してるんだよね。
さすがは黒太子のおっかさん。

4 :あやめ:2001/02/23(金) 16:11
支那で最初の実在の女将軍は殷の婦好です。彼女の存在は最近になって
知られたものです。1975A.D.に殷墟で大規模な墓が発見され755件の玉
器や47件の宝石器と共に、468件の青銅器が出土し銘文により墓主が判
明ました。それが婦好で廟号を妣辛という女性で他の甲骨卜辞により商
王の武丁の寵妃であり、しかも一万三千の軍旅を統率して四方を征伐し
た武人であることが解明されました。彼女の軍事権力を象徴するものと
して2件の銅鉞も出土しており、いずれも「婦好」の銘を持ち1件は重
さ9kgもあるものでした。彼女はまた商王の命により祭祀を主宰してい
ることも卜辞に見えています。
序でながら伝説上の最初の女剣豪は「越絶書」に出てくる越處女です。
彼女は今日の華人社会でもてはやされている剣侠小説で活躍している女
侠の開祖です。


5 :世界@名無史さん:2001/02/23(金) 16:35
>>4
殷の婦好についてもっと詳しい情報を知りたいので、参考になさった文献を教えていただけませんか?
漢語で書かれたものでもかまいませんので。

6 :世界@名無史さん:2001/02/23(金) 17:20
ロシアは独ソ戦で並みの男以上の勇戦してた女性兵士も多かったね。

7 :世界@名無史さん:2001/02/23(金) 18:34
中国ならばディズニー映画にもなった花木蘭。


8 :世界@名無史さん:2001/02/23(金) 18:41
>>7
花木蘭は、実在したかどうか怪しいのでは…‥。


9 :異邦人さん:2001/02/23(金) 18:47
井上裕美子「梨花槍天下無敵」が文庫化されてたので、
宋代の楊妙真なんかどうですか。メッチャ無名だけど。

10 :世界@名無史さん:2001/02/23(金) 21:15
ソ連赤軍の女パイロットって誰だっけ?
リディア……なんとかって言った気がするけど。
軍事板のほーがよさそうな人かも知れない(笑)

11 :T・S:2001/02/23(金) 22:11
 >8
 実在したかどうか怪しくても、木蘭剣と言う技がある(笑

 名前しか知らないから、木蘭を始祖としているのかは、実は知らない。
まあ、孫悟空を祖とする門派もあるから、多分そうだとは思うのだけど。

 日本だと巴御前とか、女戦士で言うなら佐々木留衣とかいるけど、世界
史上の人物になるのかな。

12 ::世界@名無史さん:2001/02/23(金) 22:37
アマゾネスは実在したんですか?

13 :下級騎士:2001/02/23(金) 22:50
よくファンタジー小説などで女騎士って
でてきますけど、歴史上にほんとにいたんでしょうかね。
たしか、ロードス島かどこかでフルプレートをつけていたので
女性だとばれなくてトルコ軍と戦った人がいたような気がしたのですが
これホントですかね。

14 :世界@名無史さん:2001/02/23(金) 23:09
>>10
リディア・リトヴァク中尉(12機撃墜)だと思うが。

15 :世界@名無史さん:2001/02/24(土) 01:43
1850年代にインドで反英闘争の指揮をしたラクシュミー=バーイー。
もともとはマラータ同盟のジャーンシー王の后だったが
王の死去によって領地をイギリスに併合される。
シパーヒーの反乱の際に城を取り返し英軍に抵抗するも
翌年、英軍の反撃により城が陥落して戦死。
昔使ってた教科書の片隅に載ってたんだけど詳しいことはよく知らない。


16 :下級騎士:2001/02/24(土) 09:50
15さん彼女の銅像がインド各地に建ってるそうです。

17 :世界@名無史さん:2001/02/24(土) 11:18
>13
英国のガーター騎士団では、ごくまれに、女性が騎士に叙勲されることも
あります。
もっとも、たいていは名目上の叙勲で、実際に鎧をつけて戦ったりしたか
どうかはあやしいですが。
第1号は、3でも紹介された、そのガーター騎士団を設立したエドワード
3世の王妃フィリッパ・ド・エノー。

18 :世界@名無史さん:2001/02/24(土) 13:55
ベトナムのチュン姉妹。漢の支配に反乱をおこし、
象にまたがり軍を指揮した。
2年後に光武帝に鎮圧され、(たぶん)処刑される。
紀元40年ころ。

19 :世界@名無史さん:2001/02/24(土) 14:04
タイのスリヨタイ王妃。16世紀ビルマ軍に夫(王)が
殺されそうになったとき、シャム軍を指揮して、夫を救う。
本人は槍が突き刺され、象から落ち死亡。
タイでは19世紀、ラオスを追い払ったタオ・スラナリも有名。

20 :世界@名無史さん:2001/02/24(土) 14:10
>>10
自分の乗機に白ユリのマークを描いてもらって、
本名と掛けてリリア・リトヴァクという仇名で呼ばれてたりしたそうな。

軍指揮官というか君主だけど、パルミラのゼノビアとか。

21 :あやめ:2001/02/24(土) 16:06
>19
このときは王女の一人も王妃とともに合戦に加わったと伝えられています。

タイが14世紀末にチェンマイを侵したとき、チェンマイの王妃ナング-
ミュアングは男装して象に騎し勇戦して偉功を立てました。このとき彼女
は臨月で凱旋後に男児を分娩したそうで、この王子はチャオ-クラ-テ-ト
ング(胎中から雄雄しい王)と呼ばれたそうです。神功皇后と応神天皇みた
いな母子です。


22 :どきどき名無しさん:2001/02/25(日) 03:51
アマゾネスは実在したと思ってましたが・・・。
武器を操りやすくするために右の胸を切り落としてたってきいた。

23 :世界@名無史さん:2001/02/25(日) 09:30
>22
それって、ギリシャの神話・伝説のたぐいでしょ?
ヘラクレスやテセウスがアマゾンの女王を倒したり、
トロイ戦争に参戦したりしているので、その国は
わりとギリシャの近くに想定されていたようです。
ちなみに、アマゾン(複数形アマゾネス)って言葉自体、
ギリシャ語で「乳なし」の意味。

24 :世界@名無史さん:2001/02/25(日) 09:44
アマゾンで思い出したが、
明末の女性将軍・秦良玉は、宣教師から「東洋のペンテシレイア」と
呼ばれてるんだよね。
(ペンテシレイアはアマゾンの女王の1人。)

25 :世界@名無史さん:2001/02/27(火) 21:44
>11
巴御前は『平家物語』の登場人物で、歴史書には記されていないため、
実在したかどうかあやしいそうです。
(実在してもおかしくはないと思いますが。)

26 :あやめ:2001/02/28(水) 19:43
>5
婦好について多少とも学術的な本を参照しようと思っていたのですが、
手近になかったもので已む無く今回は通俗書の「文物縦横談」(1999年
文物出版社刊)によって書きました。婦好墓の調査報告は「考古学報」
77年2号にあるようですが入手は困難です。
本駒込の東洋文庫にはあるはずです。

27 :世界@名無史さん:2001/04/10(火) 03:05
数年前、山西電視台製作の「楊家将演義」をNHKのBS2で見てたの
ですが、蕭銀宗(漢字が違うかも)という女性が遼の皇太后として登場
し、遼軍の最高指揮官という役回りを演じていました。この人、実在
する人物なのでしょうか?
なお、蕭銀宗の二人の娘も、前線指揮官として刀槍を振り回してまし
たが、これはあまりにもウソ臭いですよね(笑)。確か第一皇女(名前
忘れた)の方は、楊家の嫁として宋の側に寝返っちゃうし。


28 :李密:2001/04/10(火) 03:17
>13
>よくファンタジー小説などで女騎士って
でてきますけど、歴史上にほんとにいたんでしょうかね。

ローマ帝国衰亡史に書いてあるのですが、
第一回(だったかな? 初期の方です)十字軍に
女性ばかりからなる騎士隊がコンスタンチノープルに到着したそうです。
鎧はフル・プレートではなくメール・ホーバークでしょうが。
その隊長は身につけていた拍車などから「黄金靴の婦人」とあだ名されたそうな。
本名は書いてませんでした。(ギボンもわからんかったのか……?)

百年戦争で海賊としてイギリスに荷担して騎士だか貴族だかに叙任された
女性がいたと、読んだことがあります。
「海賊大全」という本にも書いてあったのですが、
海賊には実は女だった、というのがあったそうです。

29 :世界@名無史さん:2001/04/10(火) 05:55
>>23
「乳なし」じゃなくて「一つ乳房」の意、ときいたが。
>>27
遼の皇太后ね。実在みたいよ。うろ覚えだけど。ニフの草原部屋で詳しい話あったなあ。
>>28
子供の頃よんだドラゴンブックスの「世界海賊百科」に
有名な女海賊船長の話が数件あったような。

30 :あやめ:2001/04/10(火) 12:05
>27
「遼史」の「后妃傳」の論讃に「遼は鞍馬を以て家と為し、后妃は往々
射御に長じ、軍旅田猟に未だ嘗って従はずんばあらず」とあるとおりで、
従軍した人は多いですが中で最も有名なのが景宗の承天后です。彼女は
蕭氏の出で名は綽あざなは燕燕といいます。夫の崩後は摂政として幼い
聖宗を守り立てました。セン(檀の木偏を三水に替える)淵の役では聖宗
と共に出征し戎車に乗って三軍を指揮しました。テレヴィドラマになっ
たのは多分この人でしょう。
また太祖の述律后も夫に従って室韋を撃ち武名を轟かしたということで
す。この人の有名なエピソードとしては太祖が崩じた際に重臣のうるさ
型の連中を呼び、「そなたは先帝に目をかけられていたのだから冥土で
お仕えしなさい」と無理やり殉死させてしまいましたが、その中の一人
に「先帝に最も愛されたのは御自身ではありませんか、お先にどうぞ」
と切り返され、「わらわは幼帝の行く末を見届けてから参る、それまで
の形見としてこれを」と言って右腕を断って柩に納めたそうです。
興宗の蕭皇后はおっとりした美女だったそうですが子の道宗の時代に宮
中のクーデター計画を察知して、自ら衛士を督戦して反軍を破ったとい
うことです。
遊牧系の女性にはこういうタイプの人は少なくありません。モンゴルで
はアイヤルクとかマンドハイとか、そのうち手すきになったらカキコし
ます。

31 :世界@名無史さん:2001/04/10(火) 15:01
なんと言っても楊家女将!!

32 :愚礼:2001/04/11(水) 08:35
中世って、女性が男装しただけで宗教法廷行きでしょう。
そう考えると、女騎士ってシチュエーションは、難しいかもね。


33 :世界@名無史さん:2001/04/11(水) 23:17
>32
女性の男装・武装も、戦争という非常時なら、多少は大目に見て
もらえたようです。
ジャンヌ・ダルクの場合、捕らえられた後にも男装していたこと
が、格好の処刑の口実になりました。

34 :27:2001/04/12(木) 03:57
>>30
なるほど、実在のモデルは居たのですね。聖宗の摂政なら時代
も合致しますね。あのパッとしないドラマの中では、唯一キャ
ラの立った登場人物でした。
日本では無名ですが、マンドハイは映画にもなってましたね。

>>31
楊家の女将とされる人達のうち、実際は何人が戦陣に立ったので
しょう?穆桂英あたりは、実在すら怪しいのでは。

35 :名無しさん:2001/04/12(木) 04:30
ルドリア・パブリチェンコだったっけ?
第二次世界大戦最高のスナイパー。


36 :あやめ:2001/04/12(木) 13:04
>34
楊家女将は一人も実在していません。
このテーマは真ストップになってしまった先代の「厨房作家田中……」の
スレッドに書いたことあるんだけど、スレが無くなっちゃたみたいなので
再録しときます。
宋代に楊氏の一族から出た武将が遼金との抗争で活躍したのは史実ですが、
楊門の女将は全て架空の小説に過ぎません。シャ(フォントなし、余と似た
字ですが下が示)太君は該当人物が存在しますが、軍隊を率いて戦争に赴い
た事実はありません。楊宗保(歴史上実在の人物としては楊文廣)の妻でや
たらと強い穆桂英も架空の人物ですが、穆柯砦の話はずっと後代に楊氏の
子孫が播州(貴州省内)の土豪となってから、少数民族の土豪の穆氏を討っ
て服属させたことから発生した説話だそうです。

37 :27:2001/04/18(水) 03:05
>>36
げげっ、一人も実在してないのですか。それじゃ、このスレでは話題に
出来ませんね。(藁

そうすると、例の田中芳樹がよく話題にする四女将のうち、実際に戦陣
に立ったのが確実なのは、明末の秦良玉だけという事になるのですかね。

38 :世界@名無史さん:2001/04/18(水) 03:30
女狙撃兵マリュートカ

39 ::2001/04/18(水) 07:36
余談だけど、ジャンヌ・ダルクは実際は処刑されてなかったよう切があるね。
しかも、フランスに戻ってきたその女性を弟二人が本物と認定したわけで、
怪しい説ではなくて、どうも事実のようですね。
しかし、彼女は後に証拠もなく、聖女ジャンヌをカタった不届き者として処刑(火あぶり)された。
フランス人で伝説化した聖女ジャンヌが実は生きていて、結婚して子供を生んでいるなんてことは認められなかったのね。

40 :世界@名無史さん:2001/04/18(水) 09:20
>>39
ソース、きぼ〜ん。

41 :日本@名無史さん:2001/04/18(水) 11:31
ジャンヌ・ダルクってヨランド公ダラゴンに「用の済んだ駒は捨てよ」
って言われて見捨てられるんですよね。政治とは恐ろしい。

42 :吾輩は名無しである:2001/04/18(水) 23:53
マタハリや川島芳子も女戦士としては申し分ないかと思われます。

43 :世界@名無史さん:2001/04/19(木) 02:51
ロシアの騎兵ナジェージダ・ドゥーロワ

44 :T・S:2001/04/21(土) 11:30
 >39
 それって、コリン・ウィルソンの『世界不思議百科』に載ってる話・・・・・・って、別スレ
で私も書いたよ・・・・・・。

 >42
 マタハリの名前が大きいのは、時のスキャンダルを誤魔化すためにされた情報操作だっ
たと聞いたけど。

45 :世界@名無史さん:2001/05/28(月) 17:03
age

46 :将軍と戦士は違うかも:2001/06/16(土) 15:11
有能な女将軍は可能でしょう。戦略は頭で練るもんだし。ナポレオン・
秀吉なんかも肉体的には駄目駄目っぽいし。

でも、自ら甲冑を纏って、騎乗して、槍を振るって・・というのは、あっても
現実的にほとんど意味がないケースが殆どだったと思う。

現在アメリカ陸軍とかでは、女兵士もいるのだけれど、彼女らの兵士としての
客観評価は「最高の女兵士でかろうじて最低の男兵士レベル」と言われている。
これは単なる肉体的頑健度の違いで、塹壕掘り、重装備での移動、重火器の操作、
など、単純に重労働がほとんど出来ないから。

現代戦なら、確かにスナイパー、戦闘機乗り、レーダー要員、など遜色なく
機能できる職務も多いけれど、過去の冷兵器主体の戦闘では、彼女らは
良くても二級・三級の戦闘者だったのではないかな。

いや、俺もイメージ的には女騎士とかすごく萌える方なんだけどさ・・。

47 :世界@名無史さん:2001/06/16(土) 15:23
従軍慰安婦もある意味女戦士(w

48 :世界@名無史さん:2001/06/16(土) 15:35
西アフリカのダホメー王国も女戦士は強かったらしいですな。

49 :世界@名無史さん:2001/06/16(土) 15:49
ビューティ・ペア

50 :世界@名無史さん:2001/06/16(土) 15:49
ダーティー・ペア

51 :世界@名無史さん:2001/06/16(土) 16:33
>20
リーリャ・リトヴァク中尉はドイツ兵から『スターリングラードの白薔薇』とか呼ばれていたような?
名前のとおりペイントに白百合を描いたのに(何故か)ドイツ兵が薔薇だと誤認したとかなんとか。


52 :世界@名無史さん:2001/06/16(土) 17:08
徴姉妹

53 : :2001/06/16(土) 17:44
佐々木留衣とはどういう人物だったのですか?


54 :世界@名無史さん:2001/06/16(土) 17:49
>>51 ソ連軍なら女性兵士が銃剣突撃もやってるよね。

55 :世界@名無史さん:2001/06/16(土) 17:53
ウーマンリブの最先端はアメリカで無くてロシアだな。

56 :世界@名無史さん:2001/06/16(土) 18:16
王莽の新崩壊のきっかけの一つを作った呂母あたりはどないで?

まあ自分が暴れ回ったわけじゃないからなぁ・・・

57 :世界@名無史さん:2001/06/26(火) 01:11
WW2での女性正規兵はロシアだけだったのかな。

58 :ナポレオン:2001/06/26(火) 02:02
亀レスだが、
十字軍の女性騎士団というのは
フランス王妃アリエノール・ダキテーヌの部隊(つーかなんつーか・・・)ですよ。
ちなみに第2回十字軍ね。
某新紀元社の厨房本には「青い目」とか書いてあったけど、
本当は黒い目だったそうな。

>>38
ひそかに映画のキャラを出さないように。ちょっとワラタじゃないか。
DVDで発売されてるんですよね、確か。見たいなあ。

>>46
今、アメリカ陸軍に一人だけ女性の将軍がいますよね。
名前忘れたけど、たしか中将だったはず。
もちろんオバチャンだけど。

>>あやめさん
上記の厨房本に太平天国にも女将軍がいたと書いてあるんですが、
詳細をお教えいただけませんか。
わしゃ太平天国に関しては李秀正供述書しか読んだことがないし、
それには女将軍なんて出てこなかったので。

59 :世界@名無史さん:2001/06/26(火) 03:40
上杉謙信

60 :世界@名無史さん:2001/06/27(水) 03:36
あげ

61 :世界@名無史さん:2001/06/27(水) 13:23
>上杉謙信

八切止夫だっけ?

62 :世界@名無史さん:2001/06/27(水) 13:43
妻帯してなかっただけで女性扱いするなよ。

63 :世界@名無史さん:2001/06/27(水) 17:40
>>59
ワラタ
女性説はやっぱトンデモですか?

64 :世界@名無史さん:2001/06/27(水) 17:44
謙信_VS信玄の夜の川中島が始まろうとしている・・・・・!

65 :世界@名無史さん:2001/06/28(木) 18:40
激萌えアゲ

66 :アマノウヅメ:2001/06/28(木) 18:46
>>63
ホモだったのは事実です。
信玄は両刀です。

67 :T・S:2001/06/28(木) 19:14
 最近は八切史観(?)が見なおされてるかどうとかで、古本で結構売れた。

 >53
 遅レスですが。佐々木留衣は江戸時代の女武芸者。父に剣術をはじめ幾つ
もの武術を伝授されたけど、父の死後、男装して「自分より強い人間になら
婿にする」みたいな感じで道場を守っていた。
 「異形列伝」っー劇画の単行本にこの人を主人公にした短編がのってます。
参考なまでに。

68 :アマノウヅメ:2001/06/28(木) 20:29
名前忘れたけど、仇討ちのために千葉道場の女中になった人がいる。
仕事の合間に剣術ならって、みごとに父の仇を討ったそうだ。
当時の瓦版に出てた話だけど。

69 :世界@名無史さん:2001/07/05(木) 11:54
南宋の楊妙真。
井上祐美子さんが『李花槍天下無敵』という小説の主人公にしていたと思う。

70 :世界@名無史さん:2001/07/05(木) 12:22
エジプト、マムルーク朝のシャジャル・アッドゥッル、でてないね。

71 :世界@名無史さん:2001/07/05(木) 16:54
>>59-67
劉備が実は女性だったという設定の「猿之介スーパー三国志」、
漏れはすごく良かったけど、知り合いのヤオイ女は怒ってた。
このことから察するに、上杉謙信の女性説は、昔だったらウケたろうけど、
今はふつうに(?)「謙信×信玄のホモ」とした方が圧倒的に商売として成立するんじゃ・・・
謙信女性説はヤオイファンから反感を買うような気がする。

72 :53:2001/07/05(木) 20:02
>>67
ご丁寧にどうもありがとうございます。
(なんか無限の住人を思い出してしまった)

73 :T・S:2001/07/05(木) 21:01
 >72
 丁度あの辺の時代のエピソードだったりしますが(笑

 女武芸者と言えば大奥の護衛に別式女とか言うのがいたとか聞きますが、
詳しくは知りません。
 近代に入ってからは薙刀の名人で知られる園部初雄と言う女性がいます。
名前間違ってるかも知れませんが、確かそんな名前の人。名の知れた剣士を
相手に千を超える対戦で、負けたことはわずかに数回と言う名手。

「武装する女達」と言う本によれば、女性が何かの理由で鎧を着て戦う、あ
るいは指揮を取ると言う例はしばしば見られるそうです。

74 :よいどれみら某:2001/07/05(木) 21:50
日本代表 巴午前は既出?

西部劇ならカラミティジェーン
仏蘭西ならジョルジュ家のおひいさまが・・・

75 :世界@名無史さん:2001/07/05(木) 22:22
違う・・・俺の捜し求めているものは
半裸の女戦士なのだ!歴史上にそういう人物はおらんのか!
ハアハア・・・

76 :世界@名無史さん:2001/07/05(木) 22:27
>>70
シャジャル・アッドゥルは政治家であって
戦士じゃないと思う。

77 :アマノウヅメ:2001/07/05(木) 22:41
>>73
戦国時代には、篭城するとき城主の奥方が鎧を着て(兜はなし、腹巻という)
薙刀を持ち、やはり武装した侍女達を連れて城を巡回するというのは、
よくある話です。城主の一族の女性が指揮をとることもありました。

江戸城には特に護衛役の女性はいません。入り口を固めて、大奥は安全に
保っていましたので。
ただし、当時は特技を「言い立て」といって、武芸を御殿女中の採用基準
にしていた大名屋敷は多かったようです。

78 :世界@名無史さん:2001/07/05(木) 23:11
>>77
確か忍城攻防戦のときも城主の奥方が指揮に当たってましたね

79 :T・S:2001/07/06(金) 00:27
 ちなみに巴御前ともう一人、葵御前って人もいて、義仲の妻として戦った
と言います。巴よりかなり先に死んだので、結構マイナーな人ですが。

80 :53:2001/07/06(金) 09:17
葵御前は聞いたこと無かったです。

確か、3万の(数字はうろ覚え)島津軍をわずかな守備兵で押し返したという女性が、
九州にいましたよね。司馬遼太郎の短編集で読んだ覚えがあるのですが、
全部人に上げてしまい、詳しいことは覚えていません。
島津軍が北上を始めた際、小さな城に立ち篭り、周囲にわなを無数に仕掛け、城兵を鼓舞し徹底抗戦した。
地の利も有って善戦し、島津の主将に評価され結局和解するのですが、
その晩の酒盛りで島津軍に酒を振舞い、酔って寝込んだところを片っ端から
殺して回ったとか。ついには島津軍は壊走してしまいます。
司馬遼太郎の結びの段落が「女ってわけわかんねぇ」という意味と読めたので、かなりうけました。

81 :アマノウヅメ:2001/07/06(金) 11:38
>>79
平家物語には義仲の妻妾として巴、山吹の二人が出てきます。
あとは女武者は頼朝の陣営にも(平家は男でも武者じゃないのが多い)
女武者はいないので木曽の風習か、義仲の趣味でしょう。

歴史的には実証できないようですが、ある程度事実か、モデルがいたはずです。
江戸時代にもこの二人は人気があったから、やはり、女武者の好きな人は
いるんですねえ。

私としては、強い女に人気があるってのはうれしい。

82 :ななし:2001/07/06(金) 14:16
>>46

など、単純に重労働がほとんど出来ないから。

現代戦なら、確かにスナイパー、戦闘機乗り、レーダー要員、など遜色なく
機能できる職務も多いけれど、過去の冷兵器主体の戦闘では、彼女らは
良くても二級・三級の戦闘者だったのではないかななど、単純に重労働がほとんど出来ないから。


少なくとも戦闘機乗りは体力があってナンボです。
高G下でのドックファイトなんぞ体力がないとまともに機を動かせません

83 :T・S:2001/07/06(金) 15:24
 ああ、ひょっとしたら葵御前ってのは記憶違いだったかな>81
 こんなんばっかし・・・・・・。

 女性は比率にして男性の40%ほどしか筋肉がつきませんし、尿も早いし
生理が来るし・・・・・・ってもろもろの理由で、兵士には向いてません。
 まあ、競技者や挌闘家としては少し事情が変わってきますが。

 ちなみに陸上をやってる女子は、生理の時期の方が高記録が出せるので
その時期にあわせるようにしているなんて話を聞いたことがありますが、
本当の話なんでしょうか?

84 :世界@名無史さん:2001/07/06(金) 15:33
スエズ動乱の時、イスラエル軍が女性兵士を前線で使ったが、
女性兵士が戦死すると単純に墓作ったり、悲しんだりで、
進軍がしばしば停止して、指揮にも影響が出て
結局、戦闘効率が10%以上下がったっていう話だ。
それ以降イスラエルでは女性兵士の前線送りは一切ない。

85 :今でも南朝支持:2001/07/06(金) 16:26
>>80

島津を押し返えしたっていうのはあれですね。
立花道雪の娘で、立花宗茂のヨメはんだったと思うんですけど。
熊姫とかなんとか言う名前じゃなかたかな。
こちらもうろ覚えですみません。

86 :世界@名無史さん:2001/07/06(金) 20:46
思い出したので検索にかけてみたら、知ってる人やっぱりいました。
「妙林尼」です。道雪の娘は、知らなかったのですが、
立花闇千代(ぎんちよ)といって、勝気で有名な女性だったようですね。
www.infosakyu.ne.jp/~sekkan/lady.htm
bungo79.hoops.ne.jp/newpage1.silyoukai.html.html

87 :世界@名無史さん:2001/07/06(金) 20:59
ww2ソ連赤軍なら女性兵士も銃剣突撃はやってたぞ。

88 :世界@名無史さん:2001/07/06(金) 21:44
>>82
イラク軍には女性パイロットがいたはず。
湾岸戦争以前の親イラク(ベタボメ)なNHKの番組でやってた。

89 :世界@名無史さん:2001/07/22(日) 16:50
あげ

90 :世界@名無史さん :2001/07/22(日) 21:39
古代スパルタの女戦士って実際にはどのくらい強かったんですかね?
まあ戦士とは言っても、外に責めていくんじゃなくて
国の防衛役だったみたいですが

あとスレ違いの質問ですが、
古代オリンピックで女性がスポーツをしたのって
スパルタの女性だけだったんでしょうか?

91 :世界@名無史さん:2001/07/24(火) 13:42
美形の女戦士(当方ショートカットヘア希望)を
頸部から下への打撃で討ち取って
首を掻ききって男版サロメを実地で演じてみたい。
サロメが判らなきゃエンジンで検索しろい。

92 :世界@名無史さん:2001/07/24(火) 16:22
戦闘機パイロットは女性が向く、という話と女性には勤まらぬ、という話がある。
何で向くのかというと、高G下では背が低く体が小さい方が有利だから。
高G機動時にしばしば起こる現象にブラックアウトというのがあるけど、
これは高いGによって血液が頭に行かなくなり、貧血になってしまうこと。
目の前が真っ暗になるからブラックアウトという。
これを防ぐには体をかがめてできるだけ心臓と脳の距離を近くするしかない。
もともと背の低い女性は背の高い男性より適正がある、というわけ。

ではなぜ向かないかというと、高G下ではすさまじい筋力を必要とするから。
9Gともなると、腕は鉛のように重く、眼球は鉄球のように眼窩に食い込む。
首なんて動かせないから眼球運動だけで敵機を追う。
並大抵の筋力では勤まらないから女性には向かない、というわけ。

どっちが本当かは分らないが、結局は個人の資質なんだと思う。

93 :世界@名無史さん:2001/07/24(火) 16:26
>>91
むしろ本家のようにサロメに討ち取られてみたい
僕は変態でしょうか?

94 :世界@名無史さん:2001/07/24(火) 22:19
ペルセウスがナイスバディなメドゥーサの体を踏みつけ、首を掲げてる彫刻が
あった。激しく萌え。

95 :世界@名無史さん:2001/07/25(水) 11:48
>半裸の女戦士なのだ!歴史上にそういう人物はおらんのか!

オリンピック女子バレーロシア選手のブルマー姿があるじゃないか。

96 :世界@名無史さん:2001/07/25(水) 11:53
「焦土作戦 下」(パウル・カレル 学研)だと、呪われた侵略者に死を、
なんて絶叫してる女性戦車兵の様子が書いてあったけどなあ。

97 :世界@名無史さん:2001/07/25(水) 14:21
>>95
あと>>90にもあるが、スパルタの女性は
自らの身体と精神を鍛えるために
若い頃は毎日全裸で肉体を鍛えていたらしいよ。
(但し奴隷や子供・老人を除いて男達は全て兵隊にとられているから
そんな喜ばしい光景を見れた男はまずおらんだろうが)

98 :世界@名無史さん:2001/07/26(木) 21:08
日本には北条政子がいるじゃん!!くっきょうな鎌倉御家人を
屈服させた女!!(・∀・)イイ!それに、大東亜戦争で本土決戦が
行われたら日本女性全部が勇猛果敢な女戦士になれたはずだし。

99 : :2001/07/28(土) 11:05
北条政子はいいな〜。
なんつーか、精神質量の大きさ(?)を感じるよ。

その点で細川ガラシャもいい。

100 :世界@名無史さん:2001/07/28(土) 16:58
キリ番ゲッチュ!!

101 :世界@名無史さん:2001/07/29(日) 15:44
日本女子バレーも「東洋の魔女」達のブルマー姿には萌えられたのになあ。

102 :世界@名無史さん:2001/07/30(月) 18:59
「女盗賊プーラン」の著者プーラン・デヴィ氏、先週何者かに暗殺されたらしいね。
下層カースト出身で、幼少頃にレイプを受けて盗賊団に誘拐され、そこの盗賊団の頭領と結婚。
その頭領が裏切りで殺され又もや暴行を受け、その後刑務所からの出所後は国会議員になったんだけども、
波乱に満ちすぎた人生を送った人ですね。

103 :世界@名無史さん:2001/08/01(水) 14:52
age

104 :世界@名無史さん:2001/08/01(水) 20:28
ぶす(毒の)の語源にもなった、アレクサンダー大王暗殺を狙ったインドのくのいち。彼女の名前が転じてぶす(毒の)になり、さらに、いわゆるセクハラ語の意味になる。
幼いころから毒に触れさせて育てられ、やがてその類まれなる美貌でアレクサンダー王に接近。毒を体につけて王を誘惑しようとしたが、果たせず殺される。

105 :世界@名無史さん:2001/08/01(水) 21:45
>>90 >>97
スパルタの女性が裸で生活していた事について詳しく教えて下さい。
(てっきりアテネと同じかそれ以上に息苦しい生活をさせられてた
と思ってたんで)

106 :大スキピオ:2001/08/01(水) 23:25
スパルタかどうかは知らんがラクシュミー・バーイーなんかもよいんでないかな?

107 :世界@名無史さん:2001/08/01(水) 23:45
>>22アマゾネスは実在したと思ってましたが・・・。
武器を操りやすくするために右の胸を切り落としてたってきいた。

実在してるよ。アマゾンにいた女戦士を見た探検家が「神話に出てくるアマゾネスのようだ。」という所からアマゾンという地名をつけたはず。
胸を切り落としたかどうかは知らん。

108 :世界@名無史さん:2001/08/06(月) 16:23
激萌えあげ

109 :世界@名無史さん:2001/08/06(月) 17:24
>>107

弓ですな。

110 :世界@名無史さん:2001/08/06(月) 18:48
ドイツ空軍のハンナ・ライチュ

111 :世界@名無史さん:2001/08/06(月) 22:17
>>110
ベルリンに来たやつだっけ?総統を脱出させるため。

112 :あやめ:2001/08/07(火) 22:36
御無沙汰してましたが今日から帰ってきました。
当分はこことか一部のスレに限定して書くことにします。
>>73
近代における薙刀の名人と謳われたのは園部秀雄です。
彼女は茨城の農家の出身で、本名は園部タリタと言います。妙な名ですが女児ばかり
続けて生れたので「もう女は足りた」というまじないで命名されたようです。
薙刀を志すようになったきっかけは十何歳だかのとき、近所に回ってきた剣術興行を見てからです。
当時は明治初年で家禄を失った侍は生活手段に苦しんでいましたが、多少とも剣技に自信ある者が
武士の表芸に活路を求めたのは当然の成り行きです。彼らは腕に覚えのある仲間と組み、各地を巡回し
武術の立会いを見世物にし、土地の腕自慢の飛び入りをも相手にして木戸銭を稼いでいました。
こうした剣術興行一座で最も有名だったのが榊原健吉ですが、このときタリタが見物したのは佐々木
某という武芸者の一座でした。彼の妻は男装して薙刀を使い久?雄とかいう男名を称していました。
タリタは彼女の凛々しい姿と腕前に魅せられ、家出をして弟子入りしてしまいました。女子プロレス
公演を見た女の子が入門を志願するようなものでしょう。
一座に入ったタリタは佐々木夫妻の厳しい稽古に応え、腕を上げ各地の興行で花形となりました。
更に各地の道場を訪ね他流試合を重ね武道界でも名を知られるようになりました。彼女の名を全国的に
轟かせたのは信州で天下無敵と謳われていた槍術道場を破ったことからです。薙刀は剣に対しては有利
とされていますが、槍に対してはそのような条件はありません。高弟を次々に打ち負かされた道場主は
已む無く自ら立ち会いましたが、最初のうちこそまともに稽古槍を繰って相手にしていたところ次第に
圧倒される形になり、逆上した末に振り回したり打ち下ろすというムチャクチャ試合になった挙句の果、
まだ小娘としか見えない彼女の前に完敗の姿を曝してしまいました。
彼女は師匠に倣い男名の秀雄を称することとし、名人といわれる男性の武術家と手合わせし勝利を続け、
殊に天覧試合では一度も敗れませんでした。吉田内閣で大臣に任じられていた大麻唯男という人の実父は
高名な剣道家でしたが、ある年の天覧試合で秀雄と立合うことになり、尋常な手段では勝てないと考えて
いきなり体当たりを食わせてきたそうです。後退するとまた体当たりという戦法で、見かねた審判が警告
して止めさせたので大麻は敗退することになりました。
続きます。

113 :あやめ:2001/08/07(火) 23:00
こうなってくると次の天覧試合の相手を誰とするかは難しくなりました。
苦慮した主事者は大物は外し気鋭の新進武道家を択びました。指名された
若手は先ず立ち会うや飛び込む勢いを見せておいて、わざと床を叩いて
間合いを外し、すかさず手元に付け込み小手を決めて勝を制することに
成功しました。知られている彼女の敗北はこの一度だけだそうです。
彼女は高等学校で剣術教師を勤めていた吉岡某と結婚しましたが、子を
儲けるに至らぬうち夫に先立たれてしまいました。戦前に女学校の薙刀
教科書を著していた男性薙刀家の園部繁八という人は多分秀雄の養子か
と思われます。
なお以上の話は高校生のとき(つまり30年ほど昔)読んだ村松梢風の
「近世名勝負物語」の記憶に基づくものなので、細部は極めて怪しいの
でそのつもりで受け止めください。

114 :T・S:2001/08/07(火) 23:33
 お帰りなさいあやめ様。

 やはり初雄ではなかったですか。資料を倉庫に封印しているので確認できなかった
のです(いい訳)。ちなみに彼女のもう一度の敗北は対乳切木使い戦。乳切木は棒の
先に鎖分銅を繋いだ武器で、その中でも棒の先に鎖を嵌め込ませて一見棒にしか見え
ない仕様のものを相手は使っていたそうです。それで相手が棒使いだと思っていたら
いきなり鎖が伸びて・・・・・・ってな感じで勝負は決まったそうです。ほとんど騙しうち
だったからか、あんまり世間では広がらなかったみたいです。

115 :あやめ:2001/08/09(木) 16:50
>>73
別式女に類した者は大奥のみならず諸家の奥向きにいたようで、三田村鳶魚の随筆で
読んだ記憶があります。その名称は色々と挙げられていましたが殆ど忘却、記憶に
残っているのは「帯刀女」というそのものずばりみたいなのだけです。その役目は
奥方などの寺社への参詣などのおりに警護に加わったものでしょう。男の供侍には
立ち入れない場所もありますから。

116 :宣伝。:2001/08/09(木) 17:12
http://isweb33.infoseek.co.jp/school/redhead/
私情は抜きにして、韓国について楽しく語り合いましょう

117 :あやめ:2001/08/09(木) 18:12
>>86
妙林尼の武勇談については昔のことですが誰かの小説で読んだことがあります。
その記憶では「大友明倫」という名になっていて、島津勢の豊後侵攻の際に夫の留守に城を守り、
落城に瀕したので寄せ手の大将に「明日は開城します、その前に一献差し上げたいと」と欺き、
城内で酒宴中これを討ち取ったうえ寄せ手を襲撃し、痛破してこれを退けたという筋でした。
細部が不確かな話なので検索してみたところ、次のような情報が判明しました。
彼女の名は「妙林」または「妙麟」です。「明倫」としたものはありませんでしたが、当時は
女性の名は仮名書されるのが普通ですから「めうりん」と書かれることが多かったのでしょう。
書物に表記されるときヴァリエーションが発生したと思われます。「麟」は大友宗麟から下賜
されたものでしょう。なお尼となる前の名はどこにも出てきませんでした。
彼女は林左京亮の女で豊後鶴崎城主の吉岡鎮興(掃部介)に嫁しました。鎮興は長増(宗歓)の子。
鎮興は天正六年の耳川の合戦で戦死しており、子の甚吉は天正十四五年の島津勢の侵攻の際は
丹生島城(臼杵)の防備に赴いていて、鶴崎城は妙林が防戦の指揮に当たることになったようです。
このとき「奇計」で討ち取ったとされる島津方の武将は白浜重政(周防守)とされておりますが、
伊集院久宣(美作守)としているサイトも見かけます。しかし久宣は丹生島攻めに参加していて
多分まちがいです。
これより前に久宣らは戸次川の合戦で長宗我部勢を主力とする豊臣方援軍を破り、大友氏の本拠
府内城を占拠して意気大いに揚がっていたのですが、秀吉親征軍の大挙出動の報を得て已む無く
撤退に転じます。天正十五年三月この退き口を絶つため大友方の城兵は一斉に島津勢を追撃し、
また所在の野伏も逃亡軍を掩襲したため、佐多常陸介・伊集院美作守・白浜周防守・長谷場出雲守
といった名のある将士も戦死したと或るサイトは述べています。鶴崎城も妙林の奇計というより
島津全軍の退却という形勢の中で、急遽放棄撤収となったところを城方からの攻撃を蒙り、遂に
大将の討ち死にとなったのが真相といったところかと想像します。小説では明倫が薙刀を振るって
血の雨を降らすシーンがあって、その方が面白いのは確かですが。
それから妙林の子の甚吉は大友氏が改易された後は細川忠利に仕え、椎原五郎右衛門と改名して
いたとのことですが諱が明確でありません。統増としたサイトがありますが恐らくは高橋紹運の
次子の高橋直次(立花内膳正)の別諱と取違えたものでしょう。一祐としたサイトもありましたが
その直ぐ後に吉田一祐という武将が出てきますので、これまた確実な情報ではありません。

118 :世界@名無史さん:2001/08/09(木) 19:01

           ,,,,----====^~~~^'''=-,,
          /;:::::::::::::::::::::;::::::;:;;;,-=~~^^\.
        /;;:;:::::;::::::::::::::::::::::/   __>、              ,------,,,
        /彡;;;;::::::::::::::::::;;:;/   ,,,-~;;;;::::::::::;::;:;ヾゝ,,,.         /:..  \, ~^^-,..
       /彡;;;;;:::::::::::::::::::;/  /;;:;::::::::::::::::::;:::::::::::::ヽ~     ,,--^~'';::::...   ~=-,,... ~^ヽ,,
       i彡;;;;;::::::::::::::::::/  /;;;;;:::::::::::::::;::::::::::::;:;:;::::;::li_,,,,,,,  li|,;::.il   '';..     ~~^^--,ヽ
      /;;;;:;;;;;::::::::::::::::,,,| /;;::::::::::::::::::::::::::;丿;:::::;:::::::::||ヽ、  ~ヽi||i,::..     .         ヽ
     |ミ;;;;L;:;:;:;|;;;;;::::/~ヽミ;;::;/ノ_,,,ノ;ノ;/;/;;/:;;:;:::::l i;;;;;;i、  ';.\|li,:..     ;...
    ┌^i/;;;;;:;/ミ;;;;::::| /」 iノノ/-~^^~,_ ノ丿ノ/:::/::/,,,,,>:^ヽ;    ヽヽ;;;:..
    |;;;;,i|─;ノ\彡;;;;| i ヽ "    _,,`   /ノノ/ /:::::::;;:ヽ;.,    ヾ丶;;::..    \
   /^~/~;;;;/" 》;;:/^~ヽ        i゚/ /      l:::::i;:::::;i;::::\:.    \ >;::...    \
   |ミ;;;;,-;;;;)  >:/              |       ヽ:|:;;;:;:|::|;:::::ヽ:.、   `-" ヽ::...
  ┌V;;::::;/  (,;/     ヽ     _,--'        `ヽ;;;lヽ>=-,,ー-,-^--=, >-、
  |;;〆;:;;;i   ,,/,__   \   .ゝ  オッパイ     ` ヽ"~二ヽ  ~i;;::::::::;ヽ二"k,.,
  i;:;/::::ノ /~;^;;;:::::::~=--,, |-,~^-"~   見たかったん    | iヽ`    i;;i:;;::::/  ヽ,,.mn,,,,,/
  >;i~;;;)/;;;;;::::::::::::::::::::::::::::::::::~ヽ-,,_      でしょう?  ノ  `" ミ    ""`i しヽ |;;;;--,,,
 j;;;Y;/;;;;(二,,ヽ,,;;:::::::::::::::::::::::::::::\ー=フー,-.、        ヽ、             ,,,ノ:::::::::.ノ
 >;;;/::::::::::::::::::-,,,,=-n,;;;:::::::::::::::::::;::::\//./|;;;;;)-、       i、           `i;;::''''''''|
 (;;;;|彡;;;:::::::::::::::::~=-,,ヾ;:;:;:;:::::::::::::::;/ / ./ /'i=ーL、       `)       ,ii,,     /
 |  |彡;;;;;::::::::::::::::::::::::ヾ ;:;::::;:::::::::::/   " / i⊂,,, )        ~ヽ、 ,,,,-=~ ~^i--,,/
 | i|,jjj;;;:::::::::::::::::::::::::::::::| lk;;;::::::::::::|      /  /           `~~      >"    /
 /;;;;ヾ彡;;;;;::::::::::::::::::::::::::i |;ミ;:;:::::::::|i     .l::l /                    ヽノ  /
ノ;;;;;;;ゝ\ミ:;;::;::::::::::::::::::::::::ヽヾソ;::;::::::|    ,,|::i l                      |i   i
ノノソ/ii  ヽ彡jj::::;;;;;;;:::::::::::::::)i|ミ;:;:;::::::|   ./:::/ |                      ヾ, |
 ""    ヽjkl;;;::::::::::::::::::::::::/il;:;::::/   ./;;;/ .|                       | |

119 :あやめ:2001/08/09(木) 19:44
雑書でむかし見かけた戦国時代の女武者について想い出すまま書きます。
記憶だけで出典が参照できないので話半分に読んでください。

越後の長尾為景の側室(名前失念)は常に夫に従い戦場に臨み、豪勇で屡
戦功を立てましたが、為景が越中の栴檀野で門徒衆と神保勢の連合軍に
敗れた際に戦死したそうです。

関ヶ原合戦の前哨戦として西軍は伊勢の東軍諸城を攻撃しました。中でも
安濃津城の富田信高は果敢に防戦しましたが、衆寡敵せず次第に後退する
折から、緋縅の若武者が現れ片鎌槍を振るって寄せ手を突き崩し、一時は
敗色を挽回しました。若武者が帰城してみると信高の奥方だったそうです。
この女性は宇喜田忠家の娘であの坂崎出羽守の妹だったと思います。

関ヶ原で石田方の大谷吉隆に合力した美濃垂井の城主である平塚為廣の
女を収容すべく、所司代は平塚の京邸に女乗物を差し向けました。
彼女は「女儀ゆえ何かと支度に手間取ります」と言い立て猶予を請い、
その間に小袖袴の上に腹巻を纏い打掛を羽織って筋金入りの棒を隠し、
立ち出るや矢庭に迎えの所司代役人を打ち据え即死手負いの数知れず、
その隙にいずれともしれず落ち延びてしまったということです。

120 :youityut7y:2001/08/09(木) 20:13
http://www.himawari.sakura.ne.jp/%7Eloveseat/index.html

121 :世界@名無史さん:2001/08/10(金) 00:37
>>119
> 越後の長尾為景の側室(名前失念)は常に夫に従い戦場に臨み、豪勇で屡
> 戦功を立てましたが、為景が越中の栴檀野で門徒衆と神保勢の連合軍に
> 敗れた際に戦死したそうです。

 「天と地と(小説でも角川映画でもなくNHK大河ドラマですが)」に
出て来たあのキャラには、ちゃんとモデルが居たのですね。

122 :121:2001/08/10(金) 01:36
 ちょいと調べてみたところ、ドラマの中で長尾為景の側室として登場し、
越中勢との戦に従軍していた女性の名は、"松江"ということになってます
ね。為影の死後も、北条時輔の様にしぶとく生き延びてましたけど。

三十年以上前のドラマだから、演じていた有馬稲子も若くて綺麗だった(笑)。

123 :世界@名無史さん:2001/08/11(土) 23:46
巴御前って退場直前に素手で敵の首ねじ切ってる・・・

124 :あやめ:2001/08/13(月) 20:13
>>58
太平天国には「女営」というものがあって女兵が活躍したと伝えられています。
その中でも特に有名なのが洪宣嬌という女性です。彼女は天王洪秀全の実妹で
もともと縄妓であったといわれています。李自成の参謀と伝えられる李巌の彼女
の紅娘子も縄妓ということになってます。その方が話が面白くなりますものね。
太平軍の中核となっている客家は元来の風俗として纏足してませんから、軽業に
向いてるってわけでしょう。彼女は女営の将軍として赤馬に乗り双剣を振るって
指揮したそうです。広東の金鶏嶺という山には洪宣嬌の錬兵城というのもあって↓
http://203.161.229.88/OTA/china_attraction/cn_jingjiling/jingjiling.htm
御覧のように彼女の颯爽たる石像も立ってます。
太平軍の女英雄としては蘇三娘や胡九妹とかもいて、彼女等は小説・電影・電視の
好個のキャラとして持て囃されています。洪宣嬌は花木蘭・穆桂英・梁紅玉と共に
四大女英雄なんだそうです。
なお太平天国で実施されたとする女科挙では傅善祥が女状元として有名です。
ところが近時の研究では洪宣嬌や女営や女科というものには、概して否定的か
懐疑的です。

125 :世界@名無史さん:2001/08/13(月) 20:33
>>124
最近の研究では、李巌と紅娘子も、架空の人物らしいそうです。

126 :世界@名無史さん:2001/08/13(月) 20:51
小田原合戦で忍城を任された成田氏長の妻が石田三成の軍を撃破。
小田原合戦で唯一最後まで落城しなかった。
この合戦の影響で三成は戦下手の烙印を押されて名を落とし、
後々まで後を引くという大きな影響を与えた人物。
この女性の名前はなんていうのでしょうか?

127 :世界@名無史さん:2001/08/13(月) 20:51
枢斬暗屯子を忘れちゃいけないぜ!

128 :世界@名無史さん:2001/08/13(月) 21:15
全裸で闘う女戦士の画像希望。

129 :世界@名無史さん :2001/08/13(月) 22:23
名前は忘れたけど、何年前後藤久美子が年末の日テレで
やったいた、毛利水軍と戦った神官の娘さん。
某漫画では鶴姫となっていました。
歴史街道だったかな?カラーで特集もされていました。

あと、「ぎんちよ」については日本史板にちょこちょこ
のっています。

130 :アマノウヅメ:2001/08/14(火) 00:08
<<128
その全裸という注文が難しい。
半裸くらいなら、大きな書店にある美術全集なら時々ありますが。

131 :世界@名無史さん:2001/08/14(火) 00:20
>半裸くらいなら、

ブルマー姿のバレー選手とか、水泳競技とか・・・・

132 :世界@名無史さん:2001/08/14(火) 00:25
>>126
こないだ死んだ山田風太郎の小説にこれをネタにしたのがあったよ。
姫の名前は「真理姫」・・たぶんつくりだと思うけど。
彼女に惚れ込んだテキ屋軍団が、命がけで豊臣配下の忍軍と戦う、というスジ。
「真理姫」の祖父は、犬遣いの戦国武将・太田三楽、ということになっていたが、これは実話かも知れないな。

133 : :2001/08/14(火) 03:21

age

134 :世界@名無史さん:2001/08/14(火) 03:33
おれが女装して半裸になる、ってのはダメか?

135 :世界@名無史さん:2001/08/14(火) 10:05
現在の所、朝鮮人民軍偵察局隷下の女子コマンド部隊が
世界最強の女たちだ。

136 :あやめ:2001/08/14(火) 12:46
>>129
これは伊予河野氏の一門で大三島神社の神官である大祝安用の姫です。地元では
鶴姫といっています。大祝はオホハフリと読み信州諏訪神社も神官を大祝と称し、
このような大きな神社の神主は戦国領主化しています。
鶴姫は父兄と共に河野水軍を指揮して戦闘に参加し、天文十年の海戦では大内方の
小原隆言を討ちとっているそうです。
大三島神社にはたくさんの甲冑が保存されていますが、中で腰周りが絞れた小振り
鎧があり鶴姫の着用したものとされています。

137 :世界@名無史さん:2001/08/14(火) 17:23
>>126
しかしあれって水攻めにしようと三成が作らせた堤防が
逆に決壊して包囲軍側に流れたんじゃなかったっけ?
だとしたら算術上手の三成にしてはとんだヘマだが(まあ土木の専門家ではないけど)

138 :129:2001/08/14(火) 22:35
あやめさん、どうもありがとうございます。
そういえば、大三島神社には国宝に指定されている
甲冑がたくさんありますね。今思い出しました。
この地方のお祭りでは、武者行列の中に鶴姫率いる
娘子軍もあるそうです。

139 :梵阿弥:2001/08/17(金) 14:36
立花 ぎんちよ(字がでぬ)は道雪のひとり子で男装していた事もある。娘士軍を率いていた。
美濃岩村城の遠山氏の後家は攻め手の大将の秋山信友と結婚して落城。城に居た織田信長の息子は甲府に送られた。
サラミス海戦にフェニキアのアルテミシオンが艦隊を率いて闘った。

140 :沙羅 ◆tE.WP6n.:2001/08/17(金) 15:22
>>139
> サラミス海戦にフェニキアのアルテミシオンが艦隊を率いて闘った。

えーと、アルテミシオンは地名で、サラミスの海戦に出てくる女将は、
ハリカルナッソスのアルテミシア1世じゃありませんでしたっけ。

勘違いだったらスマソ。

141 :あやめ:2001/08/17(金) 22:46
>>19,21
さっきNHKの22時のニュースでやってたけど、タイ國では王室も後援して
大型歴史映画「スリョータイ」を完成し今日から絶賛公開中なんだって。
アメリカや日本でも上映するつもりらしく、かってモンゴル映画「マンドハイ」
日本公開の際は本牧マイカルのマイナー館まで観に行ったあやめとしては、絶対に
見逃さないようにしたいと今から楽しみ♪

142 :あやめ:2001/08/17(金) 22:50
>140
「ヒストリアイ」に出てたと思います。手元に今ないけど「女は男に
なり、男が女になった」と評されたと書いてあったと記憶します。

143 :梵阿弥:2001/08/20(月) 13:28
>140
サラミスの前にアルテミシオン(テルモピュライの側)でも海戦があったので
間違えてしまった。
1世というからには国王か何かで、2世などもいるはずなので、
ハリカルナッソスは女王が多かったのだろうか。

144 :沙羅 ◆tE.WP6n.:2001/08/21(火) 21:17
アルテミシア2世も居ますが、前4世紀中頃の人です。
兄にして夫でもある(良いのかな)マウソロスの跡を継ぎ、七不思議の一つ
であるマウソレイオン(マウソロス廟)を建設させた人として知られてます
ね。侵攻して来たロードス島の軍を撃退し、逆にロードス島を占領してし
まうなど、軍事的な功績も上げているようですが、夫の死後2年ほどで亡
くなられてます。

 彼女の妹についてもアレクサンドロス大王と結んで弟からハリカルナッ
ソスの実権を取り戻したとかいう話があるので、女性が権力を握ることに
対して、抵抗が少ない土地柄だったのかもしれませんね。

145 :沙羅 ◆tE.WP6n.:2001/08/21(火) 21:38
>>142
目も当てられない負け戦の中、奮戦したアルテミシア1世を
称えてクセルクセス王が発したとされる言葉ですね。

でも、彼女が撃沈した船は……‥。

146 :梵阿弥:01/08/30 16:52 ID:J8MdxFKs
仮装巡洋艦というのがあって武装商船みたいなものだが、軍艦がくると商船のふりをして
貨物船を見つけると攻撃するというものがある。戦闘直前に自国旗を掲げればよいらしい。
第二次大戦に日本海軍は愛国丸と報国丸2隻をインド洋で作戦させた。
客船に見えるように出来ていたのだが男ばかりでは怪しまれるので水兵の女装用
の装備を積み込んだ。被服関係の企業は海軍から女物の注文が来て驚いたそうな。
…女が戦ったのとは違うが。

147 :世界@名無史さん:01/09/11 11:19
延命

148 :世界@名無史さん:01/09/29 03:13
延命2

149 :世界@名無史さん:01/09/29 03:17
>>146
なんかみんなが言うほど、難解なこといってないじゃない。梵阿弥さん

150 :世界@名無史さん:01/10/10 17:27
age

151 :世界@名無史さん:01/10/10 22:45
サカイ族の女王ザリナってのはどうでしょう。

152 :リトル愚礼@ロズウェルのアレ:01/10/11 00:38
>>137さん
本当は秀吉が悪いんです。
北条に対するプロパガンダの意味合いもあったようです。
当の三成は、忍城の地形を見て、水攻めは無意味とわかっていましたが
秀吉の命令は絶対。
やむなく強行した挙句、あんなことに…
そのときの憂慮を綴った書状が残っています。
詳しくは学研「石田三成」見てクロ!

153 :名無し:01/10/13 23:59
この間ローマのコロッセオ(円形闘技場)のBBCのTV放送を見た。
ここで行われた剣奴の戦いは宗教的なものであったらしい。
生贄だった。300年間で死者は総計70万人という。
ローマでは墓の前で決闘させて流された血が死者を慰めると言う慣習だった。

この中に女剣奴がいたという。女同士の殺し合いも観客は喜んだと言う。
おそらくアマゾネスの伝説だろう。

訓練場はあのコロッセオの周辺に4ヶ所あり、地下トンネルでつながっていた。
剣奴は練習では木の剣しか使えず、本身は駄目。
教師は3年生き残った剣奴だったという。
コロッセオが完成したときは、絹のカーテンが競技場の空に張り出すように
出来ており、5万人の観客が5分で外に出られるような安全設計など、七不思議の上をゆく
素晴らしいものだったらしい。

政策はBBCで流石にすばらしかった。
日本の下等放送局は爪のあかをせんじて飲むべし。
と言うより、免許を取り上げるべきだ。

154 :世界@名無史さん:01/10/14 01:16
ヘタレ王弟ガストン・ドルレアンの娘にして貴族のフロンドで活躍したグラン・マドモワゼルについて語ろう!

155 :世界@名無史さん:01/10/19 01:49
hage

156 :梵阿弥:01/10/19 10:11
ブルガル人は女も伴に戦ったそうです。

157 :世界@名無史さん:01/10/19 10:35
>>114
遅スレで申し訳ないです。
あやめ酸にお聞きしたいんですが、
園部女史は鎖鎌だか鎖棒だかに敗れたという話を聞いたことがあります。
事実ですかね?

秦良玉ってどんな人?

158 :世界@名無史さん:01/10/30 02:39
mage

159 :T・S:01/10/30 20:47
 >157
 それ私が書いたレスに・・・・・・って、それが本当かって質問なんですか。
 あやめ様えの質問に私が答えるのもあれだけど、自分のレスも噛んでるからとりあえず
一言。
「何年か前の『秘伝』に載ってたんです」
 私が答えられるのはそれだけ。後はあやめ様の答えを待ちますか。

160 :あやめ:01/10/31 19:02
>157
このスレとっても下がってたので気が付かなくて御免なさい
園部秀雄が異種闘技で負けたって話は聞いてません。前に書いたネタは村松梢風の
「近世名勝負物語」って昔よんだ本の記憶(酸化してボロボロ)に基づいたもので、
そこでは彼女は生涯にただ一度だけ天覧試合で若手の剣道家に負けたということに
なってました。

秦良玉については貴州人民出版社あたりから出た「秦良玉傳記研究」とかいう本が
あったと思って、探してみたんだけど見つからなくて...。もうちょっと待っていた
だけるかしら? 出てこなければ手近にある本で書くことにしますけど。

161 :世界@名無史さん:01/10/31 19:13
タニア・チェルノヴァ、WW2のソ連の女性狙撃兵士。
スターリングラードでドイツ兵を24人を殺した。
その後ドイツ軍司令部に爆薬をセットしに行き、消音ライフルで歩哨を
倒したが近接戦になり、武装SS隊員に射殺されたと記録がある。

162 :世界@名無史さん:01/11/01 08:31
くノ一っていうのは本当に活躍してたのかね?
巴御前は最後の数名まで生き残ったというだけでも半端じゃないな。

163 :世界@名無史さん:01/11/01 09:02
巴御前が素晴らしいのはただ強いだけでなくて美貌の持ち主だったことね。
本当かどうかは知らないですが。

164 :世界@名無史さん:01/11/01 10:12
女海賊のメアリー・リード&アン・ボニ−萌えーしかし男装だったけど。
最後つかまったときに、妊娠してたから処刑は免れた。

165 :世界@名無史さん :01/11/01 10:13
>>164
アン・ボニーの方はね。>>妊娠で死刑免除

166 :157:01/11/01 10:44
>>あやめ殿
いや、どうもありがとうございます。
まことに申し訳ないです、ハイ
でも、お忙しいようでしたら結構ですので、
無理せんで下さい

167 :世界@名無史さん:01/11/01 13:22
>>165
出産後の死刑執行にはならなかったの?

168 ::01/11/01 14:44
なんかあまり美人ではなかったそうですね>アンボニー
アンボニーは下っ端だったんじゃなかったっけ

169 :世界@名無史さん:01/11/02 00:31
讃岐では女桃太郎の昔話があるそうな

170 :強い女に憧れる弱い男:01/11/13 18:21
第二次十字軍の際
名だたる美貌と鍛えぬかれたパワフルボディで
従軍した辺境伯夫人イダ・ドートリッシュに
激萌え!どこかでの敗戦の際、行方不明になったそうだが?
どなたか彼女の情報について詳しい人
漏れと同様萌えている人いない?

171 :Krt:01/11/15 01:09
 正確には第一次十字軍成功直後の、いわゆる「1101年の十字軍」においての出来事だが
当時未亡人となっていたイダ・ドートリシュはアキテーヌ公ギョーム九世とバイエルン公
ヴェルフ四世に率いられた軍勢の将の一人としてアナトリア半島を南下していた。
この「1101年の十字軍」は第一次十字軍の教訓から装備資金には配慮していたとはいえ
元々がエルサレムの奪還と、かの地におけるキリスト教王国の成立によって必要になった
聖地への移民の輸送という性格を兼ねていた関係で陣中に多くの女子供を抱えており、
こと食料補給面においては苦労が絶えなかった。既にレーモン・ド・サン・ジルに
率いられたロンバルディア人先行部隊は(進軍途中で急遽トルコ人の捕虜となっていた
アンティオキア公ボエモンを救出するというばかげた目標を掲げ正規のコースを逸脱した
ことも災いして)イスラム側によって殆ど全滅させられるという憂き目にあっており、
アナトリア東南縦断の正規のコースを辿ったギョームらの部隊もトルコ人のゲリラ攻撃と
経路の街の井戸を塞ぎ食料を残さぬことで敵を補給面で追いつめるというイスラム側の
戦略によって、次第に飢えと渇きに悩まされるようになっていった。半島南東部の
ヘラクレイア付近で攻勢に出たキリジ・アルスラン率いるトルコ軍騎馬隊に痛めつけ
られた十字軍側は、それでも何とか九月始めにヘラクレイアに到達したが、既にこの街も
イスラム側によって放棄され、補給も不可能な状態だった。喉の渇きで半狂乱になった
十字軍部隊は近辺を流れる川へと向かったが、実はこれこそが巧妙な罠だったのである。
トルコ側はここに密かに軍勢を伏せており、水を求めるあまり秩序を失った十字軍側は
彼らによる包囲殲滅攻撃の餌食となった。幸運な少数の者だけはこの地を逃れ得たものの
十字軍側の部隊はここで事実上壊滅した。ギョームをはじめ何人かの将軍は逃れ得たが
彼らの内にも致命傷を負ったり捕らえられて殉教する者が出るという有様だったのである。

 ところでイダはどうなったのだろうか?正確には不明である。しかしある記録は彼女が
地面に投げ出され馬に踏みつけられて死んだ、と記しているし、端的に殺された、とある
記録も存在する。だがどれも憶測に過ぎない。一番有名でもありロマンティックな伝説は、
彼女は捕らえられた後ハレムに入れられて生涯を終えたが、そこで彼女が産んだ男児こそが
後にエデッサを最初に陥落させ、第二次十字軍結成の契機を作ったイスラム側の英雄ザンギ
だったというものである。このレスのネタ元である A History of the Crusades Vol.2 の
著者ランシマンにより「当代随一の美貌の持ち主の一人、されどその若さは既に終わり云々」
と書かれてもいた彼女にとって、この伝説こそその最後の浮き名だったのかもしれない。

172 :あやめ:01/11/15 12:10
Krtさん詳細な情報ありがとう♪
イダ-ドートリッシュのことはNHKラジオで前に放送してた「中世ヨーロッパを
変えた女たち」という歴史講座物で、十字軍に従軍した女性の話を福本秀子さんが
なさってましたが、その中でマルグリット-ド-プロヴァンスやアリエノール-ダキ
テーヌらと共に語られていました。ハレムで生涯を終え生まれた子がゼンギーだと
いうことも出てきましたが、もう少し具体的な情報を得たく気になっていました。

173 :梵阿弥:01/11/15 14:27
>>162
巴は実在が疑われているようです。同時代の越後の城氏に板額という女武者がいたそうです。

174 :Krt:01/11/15 15:37
>>172 あやめさん
調べていて気づいたのですがイダについての情報は思ったよりずっと少ないのですね。
手元の邦語文献でイダに触れていたのは、あやめさん御指摘の福本秀子さんが訳された
レジーヌ・ベルヌー「十字軍の女たち」パピルス1992 ISBN 4-938165-09-0ぐらいのもの。
一応、Googleで検索もしてみたのですが、the Dowager Margravine Ida of Austria だと
大したものがヒットせず、Margravine 以下だけ入れてみると同名の別人が大量に釣れる、
という状態で、検索道初心者の私はすっかり嫌になって止めてしまいました(笑)。
で、専ら頼りにしたのは Runciman,Steven: A History of the Crusades 3Vols.:Penguin
の Vol.2 p.27-29 あたりですが、良く読むと、どうやらこの記述のソースの内容自体が
あまり豊かなものではないらしいのです。一応根本資料を挙げておくと、

事件の唯一の full source が、Albert of Aix (Albertus Aquensis): Liber Christianae
Expeditionis pro Ereptione,Emundatione et Restitutione Sanctae Hierosolymitanae
Ecclesiae [,31-40,pp.579-82: in Recueil des historiens des croisades: Historiens
occidentaux. 5Vols.(RHC Oc.) Paris,Imprimerie Nationale,1844-95 「踏みつぶされ説」

そしてイダの定かならぬ運命を記述した問題の部分は、Historia Welforum Weingartensis
: in Monumenta Germaniae Historica,Scriptores, ed.G.H.Pertz et al 32Vols.(MGHSS)
Hannover,Weimar,Stuttgart & Cologne,1826-1934):の Vol.XXI p.462 にあるとか。

なお単に殺された、としか記述していないのは Ekkehard of Aura という人の記録だそうです。

175 :あやめ:01/11/16 19:46
>Krtさん
イダがザンギーの生母である可能性についてチェックしてみました。
ザンギーの実父はアクスンコル(白い鷹)と仇名されたカシーム-ウッ-ダウラで、彼は
セルジューク朝のスルタンのマリク-シャーのマムルークであったところ、取り立てら
れてアレッポに封じられていました。マリク-シャーが1092A.D.に死去すると彼の弟の
トゥトゥシュがシリアの支配者になりましたが、アクスンコルはトゥトゥシュに背いて
殺されてしまいました。
イダがザンギーを生むためにはアクスンコル殺害の年次より以前でなければならないわ
けですが、残念ながら手元で利用できる資料からは明確にできません。そこで間接手段
としてトゥトゥシュの在位年から推定すると、彼は1095A.D.に死去していることが判明
しています。つまり1092−95の間にアクスンコルは殺されたもののようです。ところで
アクスンコルが死去した際に遺児のザンギーは10歳だったと伝えられています(14歳
とした本もあります)。ザンギーは晩くとも1086くらいには誕生してなければならない
わけです。
一方イダは1101に行方不明になったと伝えられていることからすると、彼女がザンギー
の生母であったとする話はロマン以上のものではないようです。

ところで戦前に訳されたアミール-アリ著「回教史」(原題"A Short History of The
Saracens.by Ameer Ali"善隣社刊)という本には、第2十字軍ではルイ7世がギエンヌ
のエリ−ナを軍中に同伴したのが悪例となって、当時は独仏軍には槍と楯に身を固めた
多数の婦人部隊が従軍していたとのことです。これは戦闘上も風紀上も遠征軍にとって
甚だ好ましくない問題を孕んでいたことは想像に難くないところです。

176 : :01/11/17 00:31
ツェザレ・ボルジアの初陣で
苦しめた美女将軍がいなかったっけ?
最後までしつこく抵抗したっていう

177 :    :01/11/17 01:23
>>176
カタリーナ・スフォルツァだろ

178 : :01/11/17 02:21
女戦士よか姫将軍のほうが萌える

179 :世界@名無史さん:01/11/17 02:22
そう言えば千葉周作の娘だったか姪だったか、
北辰一刀流の免許皆伝持ってるのが複数いたらしい。
坂本龍馬の婚約者だったっての以外にも。

180 :Krt:01/11/17 17:36
>>175
うーん見事な推理ですね。慌てて岩波西洋人名辞典を調べてみたら1085年生まれだそうです。
だからこの話は全くの伝説という事ですね。しかしそれにしても、ランシマンやベルヌー女史
のような大家が一言「伝説では」と付け加えるだけで、はっきり虚偽としないのは何故なんで
しょうね。英雄や美女の定かならぬ死については、こういった控えめな叙述の仕方をするのが
古き良き西洋史学の伝統なのかもしれない、と思ったりもするのですが。
 とはいえ本当に外国人の名前の表記というのは難しい。当該の人物も、ザンギ、ザンギー、
ゼンギ、ゼンギーと一定しないわけで、私などは中公文庫の堀米庸三氏の巻でこの人物を知った
人間なのでついザンギと書いてしまいますが、岩波の事典ではゼンギーだし、素直に Zengi は
ゼンギ、ないしゼンギーと表記すべきなのかもしれません(フランス読みしないで)。

もっともエレオノール・ダキテーヌ(ギエンヌのエリーナ)についても同じ事が言えるかも(笑)。
十字軍史的にはこの第二次十字軍というのは、これから暫く続く宗教的熱狂に基づいた民衆十字軍
としての性格を強く持つと同時に、その限界を示した最初の戦役でもありました。即ちルイ七世が
後で述べたように、絶えず同伴していた精強かつ現地を知悉したテンプル騎士団の助けなくしては
ルイ自身の生命すらも危ないほどだったわけで、戦闘のプロである彼らが聖地における常備軍の
主力として、聖地及び欧州域内での地位を築いていくきっかけとなった戦役でもあったわけです。

ただこの行軍で部隊の足を引っ張ったのが民衆レベルの婦人部隊だったのか、それともベルヌーに
「これら重い荷物のほとんどは、同行の婦人たちのコート、衣服、ベールを入れた金具の付いた
トランクで(中略)、つまり絶対に必要なものである水差しとか鉢、食器のほかに大量の下着類、
化粧用具(洗面器、石鹸、鏡、くし、ブラシ、白粉入れ、それに最も上質の豚脂である豚の足の脂
から作ったクリーム)がつめ込まれていて、これらは夫とともに従事軍参加を決めた夫人たちに
とっては、お着きの者に監視させている宝石類、ブレスレット、首かざり、留め金、髪飾りなどと
同じように遠出の時には必要と見なされる品物であった」(十字軍の女たち p.113)と皮肉られる
輜重隊(?)の編成を余儀なくさせた貴婦人部隊のせいなのかは議論の分かれる所でしょうが(笑)。

181 ::01/11/17 17:44

コピーガードキャンセラー、あります↓
http://page3.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/c13119399?

DVD やスカパー、レンタルビデオ、セルビデオのコピーガード
を無視して、ダビングが出来る様になります。

購入を希望する方は、入札をするか、
直接、メールを下さい。

宜しくお願い致します。

182 :あやめ:01/11/17 20:21
>>169
何年か前に台湾で制作した桃太郎の電影では若い(子供?)の女優さんが桃太郎の役を
やってましたよ
>>173
説話性の濃厚な「平家物語」にしか出てこず実は雑仕女であって側室ではなかったとも
伝えられる巴と異なり、板額は「吾妻鏡」に明記され筋目から言っても城九郎資國の娘
で、その奮戦振りも目覚しく当時随一の勇婦と評してよいでしょう。
建仁元年に資國の子の四郎永茂は平家再興を期して突如として小山朝政の東洞院の邸を
急襲し、鎌倉追討の宣旨を申請して得られず敗亡の末に斬られてしまいました。城氏の
本拠の越後の鳥坂城に拠った永茂の甥の小太郎資盛に対し、越後の守護の佐々木盛綱が
討手として差し向けられました。この城攻めに当って一の曲輪を守っていたのが永茂の
妹の板額御前でした。彼女の本来の通称は「飯角(いいずみ)御前」であったようですが
「飯角」を「ハンカク」と音読みして「板額」と表記されてしまったと言われています。
彼女は髪を童形に束ね腹巻を着し櫓の上に立って矢戦に従事していました。彼女の射る
矢は百発百中で強弓であったので中った者は即死したそうです。寄せ手の中で藤沢四郎
清親は正面からでは危険と慮り、背後の山から狙いすまして放った矢は彼女の左右の腿
を射通したので、たまらず倒れるところを櫓に登った清親の郎等に組み付かれ捕らえら
れてしまいました。城方は総崩れとなり資盛も落去し越後の乱は終息しました。
捕虜となった板額は鎌倉に送られ将軍頼家の見分に据えられましたが、居並ぶ諸将の座
の中央で将軍から尋問を受け、その臆せぬ態度に鎌倉御家人衆も感銘したと伝えられて
います。その後の処分として本来なら配流となるべきところでしたが、浅利余一義遠が
身柄を請い受け妻として生国の甲斐に伴い帰ったとされています。浅利は彼女のような
健婦を娶って逞しい男子を挙げ家を継がすことを期待したのです。これは巴についても
和田義盛が貰受けた末に朝比奈義秀を儲けたという伝説と揆を一にした話です。しかし
板額の場合に結果が期待に対応したのかどうかは伝えられていません。

183 :あやめ:01/11/17 20:31
師走も迫り本業の方が多忙になって参りました。心残りですが年内は
御無沙汰つかまつることになります。「世界史板」の中でもここは
最も関心を催されるスレなので、年が明けましたらまたお目にかかり
ます。それまでは皆様お元気でスレの維持をお願いいたします。m(__)m

184 :あやめ:01/11/19 11:42
書き漏れがありました
>>157 >>166
「秦良玉史料集成」(四川大学出版社刊)が出てきましたので、年明け早々に書きます

185 :世界@名無史さん:01/11/27 22:16
以前の月刊Gunに載ってたんだけど、
アニー・オークレーってどうよ?

186 :世界@名無史さん:01/12/10 23:47
>129、136
あ、オレその河野水軍(三島水軍?)の越智家の末裔だよ。
昔爺さんが「ご先祖様は瀬戸内海の海賊だった」って言ってた。

187 :世界@名無史さん:01/12/11 23:36
スペイン出身の海賊カタリーナ・デ・エランツォって出てきてないけど、実在?
手元の本にはこう書いてあるんだが。

裕福な船主の家に生まれ、乗馬・射撃・剣術・航海術等に秀でており、
その実力は仕込んだ兄すら凌ぐほどだったと言う。
父親の後妻によって修道院に入れられるが、厳しい束縛に耐えられず逃亡。
男装して山賊に加わるが、女である事を見破られたため皆殺しにして再び逃亡。
ブラジル行きの船が難破し、上陸したペルーで彼女をからかった兵士2人を殺害。
投獄されるものの、牢番の"娘"といい仲になり、結婚する事に。
披露宴の最中に逃亡、その後、偶然にも歩兵大尉となっていた兄ミカエルと再開する。
が、逃亡した手前、名乗り出るわけにもいかないので、軍に入って見守る事にする。
その後、ある将校と決闘し刺殺した帰途、その将校の親友であった兄に襲われ、返り討ちに。
軍を脱走した彼女は海賊戦の航海士となる。
その船長が死後、代わりに彼女が指揮を取り、中南米で活躍した。
彼女は決してスペインの船には手を出さず、むしろ救援に駆け付けたほどだったという。
捕らえられて死刑が宣告された後にこの事実が発覚し、礼金と領土が与えられた。

188 :世界@名無史さん:01/12/11 23:53
「女海賊ビアンカ」みたい(by「ガラスの仮面」)。

189 :世界@名無史さん:01/12/12 12:16
光栄の大航海時代にいなかったか?

190 :世界@名無史さん:01/12/14 03:41
あなたが好きな(尊敬する)女戦士は?

191 :世界@名無史さん :01/12/18 15:00
関東軍の川島芳子閣下に決まっとろうが

192 :21世紀の飲んだくれ:01/12/18 16:03
>>191
芳子タンや婉容タン(溥儀がホモでなかったらの話だが)が牛耳る
新中国を漏れは見てみたかったよ…
介石も沢東も恩来も小平も全部あぼーんね。
でも兆銘の志の高さが好きだから彼は助命ね。
それでも溥儀のダディの命を狙った彼は死を選んじゃうかもね。
まあ芳子タンも婉容タンも組んだ相手が
日本帝国主義者では飼い殺しにされちゃうのも当然ね。
第一スレの趣旨からずれちゃったのでsageね。

193 :世界@名無史さん:02/01/07 11:10
>>28
>ローマ帝国衰亡史に書いてあるのですが、
 第一回(だったかな? 初期の方です)十字軍に
 女性ばかりからなる騎士隊がコンスタンチノープルに到着したそうです。
 鎧はフル・プレートではなくメール・ホーバークでしょうが。
 その隊長は身につけていた拍車などから「黄金靴の婦人」とあだ名されたそうな。
 本名は書いてませんでした。(ギボンもわからんかったのか……?)

手元の筑摩書房、中野好之訳『ローマ帝国衰亡史第]巻(第10巻)』1993年の
コピーから引用してみますと
P132〜133
「女兵士の一隊はコンクラートの軍旗のもとで鎧をつけて男の格好で馬に跨り、
 この娘子軍(ルビでアマゾネス)の隊長は金を被せた彼女の拍車と編上靴から
 黄金足の奥方なる綽名を得た。」

第二次十字軍の参加者だそうです。
過去ログの1101年十字軍に参加した
イダ・ドートリッシュさんとは別人ですね。
この隊長さんについての情報をご存知の方がレスを下されば幸いです。

194 :193:02/01/07 11:13
>>193
下から8行目の
誤>コンクラート
正>コンラート

すいません(^^;

195 :nanasi:02/01/07 11:55
アマゾネスってオッパイ切っちゃうの?
もったいなー

196 :世界@名無史さん:02/01/07 12:49
弓を引く方のオッパイだけね。つっかえて邪魔らしい。

197 :世界@名無史さん:02/01/08 13:08
>>192
黄金靴よりも黄金仮面の方が萌えるね。
ご面相はさしおいて萌えられる所が良し。
もちろん口元は開いているということで。
抱きしめてフレンチキスを妄想している漏れって一体‥

198 :世界@名無史さん:02/01/08 22:36
アフリカのダホメ王国には実際に女だけの戦士集団がいた。
彼女たちはその土地に侵攻したフランス軍から
「アフリカのアマゾネス」と呼ばれていた。

199 :んが:02/01/08 23:12
プーラン・デヴィかな。

200 :世界@名無史さん:02/01/08 23:29
>>187
手元の本とありますが、著作名と著者名(できれば出版名も)を教えてほしいです。
>>189
光栄というゲーム会社が発売した「大航海時代2」の主人公の一人です。

201 :世界@名無史さん:02/01/10 17:31
今のKoeiは嫌い。

202 :世界@名無史さん:02/01/11 02:54
ゲリラだったら山ほど美人女戦士がおるぞ。

砂漠でAKを抱いて遠望する日本赤軍コマンド、重信房子(若い頃ね)。
アラブ人コマンドを従える黒髪の日本女性って小説みたい。

パトリシア・ハーストもいい! 「タリバン戦争の謎」って本で
迷彩服でマシンが構えた彼女の勇姿が拝めて感激。

個人的にはPFLPの女闘士ライラ・ハイドが一番の好みかな。

203 :世界@名無史さん:02/01/11 04:38
朝鮮兵には女が多かった。

204 :世界@名無史さん:02/01/11 12:23
>>203
それは大日本帝国治下の軍隊でのこと?

そういえば北朝鮮も旧ソ連以上に女性兵率が高いらしいが。

205 :世界@名無史さん:02/01/12 04:42
イスラエルだと女性も徴兵されてるよね。
ニュースで迷彩服を着た長髪のブロンドの美女が
自動小銃を脇に置いてお茶しているシーンとか見たことがある。
休暇で帰郷前にくつろいでいるって説明だったけど、武装は解かないのね。。
それにロングヘアが許されているのもスゴイと思った。
でも伝統的ユダヤ教徒は宗教上の理由で徴兵免除されるのというのなら
なおさら女性は戒律上兵役は許され無さそうにも思えるのだが?

206 :世界@名無史さん:02/01/14 17:54
該博な知識で以ってして
あやめさんが再び降臨なされる日が
待ち遠しい。

207 :あやめ:02/01/14 19:50
目下のところは多忙を極めてまして、折角お正月記念に立てた陰陽暦変換
スレッドも、続きを書けない状態なんです。
クライアントのお役所が仕事始からフル稼働しちゃって、バンバン仕事を
寄越してくるのよね。あやめがお勤めしてたころなんか仕事始めは、皆な
10時過ぎに出て来て11時に偉い人の年頭訓示を聴いたら、各セクションで
飲めや歌えや...いや歌はなかったけど、リアルタイムで業務処理しなければ
ならない部署以外は飲食と挨拶回り、2時くらいになると上司が「女の子は
帰っていいよー」、男の人も多分3時くらいからボツボツ帰ってたと思われ。
あやめはお友達と鎌倉の八幡様とか初詣に行ったものでした。
それが昨今じゃ1月4日から定時出勤、すぐ仕事にかかって定時退庁だって。
当たり前と言えば当たり前だけど...、それでこっちも正月働き(泣)
でも今月中には何とかしたいと思ってます。ここにも来る予定にしてますよ。
もうチョッと待っててね。

208 :バキャベッリ:02/01/15 19:37
 済みません、余計なお世話かと思いますが、こちらでジャンヌ・ダルクの
鎧に付いての話題がふるってますんで、興味の有る方はご覧になったって
くだせぇまし。

「限定戦術スレ、最強の白兵戦団は」
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi/army/1007656765/l50

209 :世界@名無史さん:02/01/23 15:26
>>193
第二次十字軍の「黄金靴の奥方」さんは
あだ名からして、既婚者ということか?
この人の名前の記録も残ってないのかな?
漏れが彼女を捕虜にしたら絶対ハーレムに入れるぞ!

210 :世界@名無史さん:02/01/23 15:50
女剣士といえばレイピア。

211 :世界@名無史さん:02/01/23 15:53
紀元前、ロシアのコーカサス地方に女戦士ばかりの部族がいたって本当?

212 :世界@名無史さん:02/01/24 07:59
>>211
M野郎どもの妄想が生み出した
伝説でしょう。
筋肉量が物を言う前近代の戦場においては
たとえ美形でも女を捨てて克己の道を全うした
少数の例外のみが戦士として通用するのです。

213 :                          :02/01/25 11:40
美形の女戦士ほど魅力的な生き物がこの世に存在するだろうか

214 : :02/01/25 12:09
いや、無い

215 :世界@名無史さん:02/01/25 12:39
美形でも頭空っぽだと萎え

216 :世界@名無史さん:02/01/25 12:44
お前が萎えてる間にいただきッと

217 :世界@名無史さん:02/01/26 07:49
>>211
>紀元前、ロシアのコーカサス地方に女戦士ばかりの部族

ギリシア神話に登場するアマゾネス族のことですか?

218 :世界@名無史さん:02/01/26 11:22
ロシアの女パルチザンのヴァシリーサ・コージナ。
ナポレオン軍が退却するとき、自ら兵を率いて活躍、草刈鎌で
27人のフランス兵の頭をもぎ取ったという伝説がある。

219 :世界@名無史さん:02/01/31 17:55
半裸で女騎馬武者に横隊突撃させたら
ある意味、無敵かもしれない。
最初の一回のみ。

220 :世界@名無史さん:02/01/31 21:00
>>211 >>217
伝説では、アマゾネスとスキタイ支配階層の一部が結婚してサルマチア支配階層になり、
彼らがスラブ人支配階層となった。

221 :世界@名無史さん:02/02/01 15:42
中国人て纏足を20世紀まで続けていたのに
戦場を駆け巡る女戦士が大好きなんだよな。
古典文学・古典芸能だけでなく
今も武侠小説やアクション映画に
受け継がれている系譜だ。

222 :世界@名無史さん:02/02/05 04:29
美人でしかもゴージャスな防具と武器を
身に付けた女武者を帯同して
戦場に赴く将軍がいたらうらやましいな。

223 :世界@名無史さん:02/02/05 04:49
ランバ・ラルは?

224 :バキャベッリ:02/02/05 19:57
 それなら木曾義仲を真っ先に上げるのが筋だろう、しかも巴・葵と複数だ!
小姓代わりだから、実際にはもっと連れていた可能性も有るし。

225 :世界@名無史さん:02/02/09 15:38
>>222
戦場に赴いた事の無い中国皇帝だったはずだけど、
明朝の成化帝の姉さん女房(皇后じゃないから妾だけど)で
皇帝の寵愛を一身に受けた万貴妃が
>美人でしかもゴージャスな防具と武器を
  身に付けた女武者
の装いで、内気な皇帝の行幸の際に傍らに付いて身辺を守っていたそうだよ。
女ボディガードと愛妾とカウンセラーとを一身に兼ねていたらしい。
彼女が皇帝もしくは彼女の命を狙う刺客と矛を交えたりしたら
まさしく女戦士といえようけどね、
そこまで萌えなシチュエーションは、無さそうよね、実際。

226 :世界@名無史さん:02/02/09 17:13
>225
いいね、彼女は汪直という悪役宦官を
「西廠」なる新設の秘密警察の長官につけて結託し、
実家の一族は栄華を極めたから「政治家」としての
手腕はたいしたことなそうだが漏れの評価には関係ない。
今風の美人だったのかどうかを知りたい。
漏れは間近で御姿を拝見してみたかったよ。
彼女の墓ってどこにあるか分かってるのかな?
発掘調査をして結果を公表してほしいんだけど、
別に遺族やら某国宮内庁やらの、
妨害も差し支えも無いはずだが(笑

227 :これがワシのゼロ戦じゃあ:02/02/09 17:16
http://hpcgi1.nifty.com/thama/resbbs/resbbs3.cgi

━(゚∀゚)━ カンリニン ノ オンナ-ノコガ チョウ カワイインダヨ ━(゚∀゚)━

 ∩     ∩
 ヽ彡 ⌒ ミ/   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ( ´∀`) <  わ〜い、わ〜い、わ〜い♪
   |    |    \____________
  ⊂______ |   
      ∪
ミカタン カワイイ モエ- ミカタン カワイイ モエ- ミカタン カワイイ モエ-

228 : :02/02/09 17:30
巴午前は既出?

229 :バキャベッリ:02/02/10 01:28
アッ山吹も居た、知る限りでも巴、葵、山吹の3人だ。

230 :世界@名無史さん:02/02/10 03:17
皆さん物知りで感心します
感心ついでに質問が
実際そういう女性達はどこでどのような
訓練をしてきたのでしょうか
いくら資質があるといってもいきなり本番で勝利する
なんてそうそうなさそうだ、あったらむしろしらける
戦略にしたってそれなりの知識と経験がものをいうものだろうし
もちろん近年のような女性可の軍事学校がない時代
やっぱり名だたる剣士とか武将の娘で幼少の頃から
かかわりやすい環境に育ったっというコネ的なものですかいね?
全くの町民やら農民やらの子娘ではやはり無理でしょうか?

231 :世界@名無史さん:02/02/11 14:31
やっぱり、あやめさんが
再び降臨さらないと
どうしても盛り上がらないな、このスレは。
まあ、倉庫落ちにならないまでの
マターリ展開で漏れとしては
構わないんだけど、やっぱり
待ち遠しいな。

232 :世界@名無史さん:02/02/11 15:48
神武東征の「女軍(めいくさ)」はまだ挙がってないようですが。

233 :世界@名無史さん    :02/02/11 17:58





 ∩     ∩
 ヽ彡 ⌒ ミ/   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ( ´∀`) <  わ〜い、わ〜い、わ〜い♪
   |    |    \____________
  ⊂______ |   
      ∪
ミカタン カワイイ モエ- ミカタン カワイイ モエ- ミカタン カワイイ モエ-
http://hpcgi1.nifty.com/thama/resbbs/resbbs3.cgi





 


234 :世界@名無史さん:02/02/14 02:58
戦う女は美しいっていうけど、
死体は勘弁ね。

235 :世界@名無史さん:02/02/14 03:16
ネクロフィリアですが何か?

236 :世界@名無史さん:02/02/14 03:44
セーラームーンですが何か?

237 :世界@名無史さん:02/02/18 19:35
女戦士でも、おしっこ出したら・・・
やはり、マンコは濡れたのでしょうか?


238 :世界@名無史さん:02/02/19 17:33
ギリシア神話で、アキレウスがアマゾン族の女王ペンテシレイアを
殺した直後、彼女の美しさに気付き、後悔するという場面があるね。
「とうとい妻として故郷に連れ帰ることもできなくなった」と。
やっぱり男性にとって強い女を征服するというのは究極の願望なのかな?

239 :女戦士の現在:02/02/20 18:12
今旬の漫画家、馬場康誌先生の読みきり漫画「舞華転生」を
先生の公式サイト「不動心」でダウンロード可能だ、現在の所。
ここに出てくる神取モデルの女子レスラーとブラジリアン柔術女格闘家は
何だか恐ろしく強そうだ。下記のアドレスリンクで当該ページへジャンプすべし!
http://babayasu.room.ne.jp/~fudousin/g/g.htm
特にブラジル女は顔付き最強でパイオツでかくて
格闘女萌えのM君御用達のオナペットだぞー。


240 :世界@名無史さん:02/02/20 18:29
>238
このケースだと彼女の強さではなく美貌に
惚れたんでしょ。
ペンテシレイアさんは下手に兜なんか被らず
薄化粧でもしたまま出陣してたら
本気を出せないアキレウスを討ち取れたかも?

>239
神取もどきはともかく、ブラジル女って綺麗なの?
今は時間的余裕が無いんでもし誰か
見た人がいればレスしてちょんまげ。

241 :世界@名無史さん:02/02/20 22:35
女の最大の武器は美貌だよな。

242 :バキャベッリ:02/02/21 22:05
>238
「男はその征服欲を満たさんが為にアマゾネスを好む(談・何処ぞのフェミニスト運動家)」
ってな話を聞いた事が有ります。

243 :世界@名無史さん:02/02/22 00:24
>>230
ジャンヌ・ダルクも農民の娘ではなくて国王の落胤だという説、
どこぞの貴族の娘という説もあります。
実際、男女問わず当時の農民が剣術や馬術を嗜んでいたとは思えないよね。

244 :世界@名無史さん:02/02/23 14:16
 京極夏彦がそれについて絶妙な理屈をしていますよ「生まれが特別だから、
特別な人間に成る訳ではなく、特別な事をした人間だから遡って特別な生まれに
生まれた事にされる。特別な生まれにも係わらず何もしなければ、特別な生まれ
だった事は無視され或いは忘れられて、無かった事にされてしまう」。
 さむい言い方に成りますが、貴賎流離箪を期待した作り話ではないでしょうか。


245 :世界@名無史さん:02/02/24 22:27
 そう言えばジャンヌ・ダルクが生きて故郷に帰ったって伝説も有るな、親類縁者も
本人と認めたけれど、結局捕まって「救国の英雄の名を騙り、人心を騒がせた」罪に
より処刑されたそうな。

246 :世界@名無史さん:02/02/25 00:23
上杉謙信と伊達政宗は女だった?
・・・という説があるそうです。


247 :世界@名無史さん:02/02/25 01:07
>>246
トンデモ説。
謙信が生涯結婚しなかったからって程度の理由で「実は女性」だというのなら、
同様に「実は女性」ってことになってしまう人が歴史上にどれだけいることやら。

248 :世界@名無史さん:02/02/25 01:27
俺は武田信玄と上杉謙信が駆け落ちする話を読んだことがあるぞ。

249 :マイデータ:02/02/25 01:30
ローマ法王にも女性がいたらしいね。

>243
国王の落胤説は聞いた事があるよ。

250 :世界@名無史さん:02/02/25 04:18
>248
書名を・・・・。

251 :世界@名無史さん:02/02/25 06:19
>>246
小田原参陣以降は本物の伊達政宗(文化人タイプ・両目あり)だけど、
それ以前は奥方の愛(めご)姫(片目の猛将)だったって説。

252 :世界@名無史さん:02/02/25 06:45

女教皇ヨハンナ

253 :世界@名無史さん:02/02/25 11:20
>246
劉備と孫策は女だった?
・・・という説もあるそうです。
でも、何の証拠もないですよね。


254 :世界@名無史さん:02/02/25 13:02
マウリヤ朝のチャンドラグプタの親衛隊は女性兵士の部隊だったそうな。

255 :世界@名無史さん:02/02/25 13:13
カテリーナ・スフォルツァ

256 :世界@名無史さん:02/02/25 13:17
田中真紀子は女性だった...

257 :248:02/02/25 19:53
ゲームブック『武田信玄』。
有名な上杉謙信との一騎打ちのシーンで史実と違う選択肢を選ぶと、
上杉謙信が女であることに気付く展開となり、
さらに選択によっては謙信(女)に告られて愛の逃避行でゲームオーバーになる。

展開によっては信玄が信長を殺してしまったりもするし、
モンゴル平原に渡って騎馬民族の部族長になってしまったりもする怪作。

258 :世界@名無史さん:02/02/25 22:45
>254
インドには娘子軍が有った様ですね、しかも胸も露わなカーマ・スートラな部隊。

259 :?????????:02/03/01 09:24
>インドには娘子軍が有った様ですね、しかも胸も露わなカーマ・スートラな部隊。
それで、戦えるの?


260 :世界@名無史さん:02/03/01 18:46
>>242
アテネの英雄テセウスが、アマゾンの女王ヒッポリュテをさらって帰ってきて
妻にしたのは、このカテゴリーに入るかな。
二人の間に生まれたのが、エウリピデスの悲劇で有名なヒッポリュトス。
もっぱら女神アルテミスを崇拝し、童貞を守っていたので、愛の女神
アフロディテの怒りに触れた。

261 :258:02/03/01 18:54
「幻の戦士達」って本を探してごらん、載ってるから。第一お釈迦様の時代には、
男女共に腰巻きのみ、鎧なんて一握りの貴族の物だった時代の話だから。

262 :世界@名無史さん:02/03/01 20:52
>>259
男性は集中力をなくしてしまったのでは?

263 :世界@名無史さん:02/03/01 22:08
戦士ではないが、クーデタ即位時のエカテリーナ2世。軍服着て指揮をとった。

264 :名無し三等兵:02/03/01 23:34
>>256
えっ!知らなかったよ!!

265 :世界@名無史さん:02/03/03 02:39
>>225
玉座に就く星の下で生まれて
漏れより年少だったら、
そういう女性と一生添い遂げたいものだなあ。
後世の批判なんてどうせ死んだ後のこと、
構わん構わん、さらにどうせあの世なんて
この世に未練を残す連中が言い出した世迷い事なんだから。

266 :世界@名無史さん:02/03/03 22:19
やっぱ女戦士ならバレーの大林素子ですな。あの人のブルマーで百回ぐらい抜いた。

267 :世界@名無史さん:02/03/03 22:53
>263
>戦士ではないが、クーデタ即位時のエカテリーナ2世。軍服着て指揮をとった。
女戦士というより、女将軍だよ。


268 :世界@名無史さん:02/03/03 23:44
1は
>世界史上の(実在の)女性の戦士や軍指揮官について語ろう。
と書いてるから、女将軍でも別にいいんじゃない?

269 :世界@名無史さん:02/03/04 02:13
女戦士というと映画「地下水道」のポーランド人女性兵士を真っ先に思い出すな。

270 :???:02/03/05 00:39
女将軍についてのレスは、こちらのスレッドでお願いします。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/whis/1015256304/l50


271 :世界@名無史さん:02/03/05 02:13
>270
スレッド乱立防止にご協力下さい。
名物コテハンが復帰せず
旬の時期が過ぎて
ただでさえレスが付かないのに
より狭いテーマでスレ立てしないでね。
みなさん、こちらで堂々と語り合いましょう。

272 :世界@名無史さん:02/03/05 19:36
女海賊メアリ・リード


273 :世界@名無史さん:02/03/06 22:08
モンゴルのイミル


274 :世界@名無史さん:02/03/07 18:40
>273
どういう人?

275 :世界@名無史さん:02/03/07 18:58
エカチェリーナ2世


276 :リトル愚礼@ロズウェル逝きます!:02/03/07 20:14
アイゴー!!
ここの女戦士って
「男が死んじゃった(もしくはいなくなった)から
あたしが代わりに戦うよー!」って感じの
けなげなタイプのやつが多いなぁ。
カザリンことエカチェリーナにしても、旦那がヴァカだから
しゃーないんで帝位についた、というようなイメージが。

もっと、こう、なんというか
「コナン」(未来少年にあらず)シリーズのヴァレリアやズーラ
みたいなのは居らんのでしょうか?

277 :世界@名無史さん:02/03/07 23:01
朝日ソノラマの「出撃、魔女飛行隊」って読んだ人います?
ソ連の女性戦闘機隊の話なんですけど、女戦士の飾らない一面が出ていて
非常に楽しめましたよ。

278 :世界@名無史さん:02/03/08 01:53
>>276
今は「コナン」と言えば、未来少年やバーバリアンよりも、真っ先に
眼鏡かけた子供(本当は18歳だっけ)の探偵を連想するよ。
関係ないのでsage

279 :世界@名無史さん:02/03/08 04:28
冬の陣では軍議に参加した
淀の方タンもまさしく女武将だな。
異論のある奴は彼女の身辺を護衛する
侍女の薙刀のサビとなるがよい。


280 :世界@名無史さん:02/03/08 06:40
そういうのまで入れちゃうと収拾が付かないような。
戦闘に際してもっと重要な役割を果たした人物は他にいくらでもいるのですから、
まずはそういう人物にスポットを当てることを優先しましょう。


281 :世界@名無史さん:02/03/08 21:25
淀君って参加したと言うよりも、足を引っ張ったと言うべきではないの?。
そう言えば山中鹿之助だったっけ?、戦国武将が女性の一部隊を率いて
戦った記録とか無かったっけ?。女性だとばれない様に、面頬を付けて
それぞれ偽名で呼び合ったそうな。

282 :273です:02/03/09 11:53
彼女の本名は、オルガナというらしいよ。


283 :世界@名無史さん:02/03/09 11:56
戦国最強の武将、上杉謙信。
女デシタ!

284 :世界@名無史さん:02/03/09 12:36
>277
「大祖国解放戦争」では、数十万人という「女兵士」がソ連赤軍に従軍し、
男の兵士とは「同志的連帯」を深め、解放地区の人民との「友好」やファシ
ストどもに対する「報復」に大活躍したという。
「シベリアの雌虎」イルザさまに萌え〜〜〜!

285 :277:02/03/09 20:53
ロシアの女性兵士起用は革命のころからの伝統文化ですからね。
ところで「イルザ」というのは例の狙撃兵のことでしょうか?

286 : 897:02/03/09 23:23
謙信は女ではなくてホモです。
オカマちゃんです。


287 :帯来洞主:02/03/10 00:07
ここはとりあえず孟獲の妻で伝説の火神の子孫祝融夫人で。

288 :世界@名無史さん:02/03/10 14:32
モンゴルの女戦士といえば、
マルコポーロのあてにならない伝聞か創作ネタかで
ハイドゥとかいうハーンの娘さんがいたな。
大昔読んだ、『東方見聞録』にモンゴル相撲の試合に
出場した彼女に萌えた覚えがある。
なんかネットで検索するのも面倒なんで、
誰かご存知の方やお調べになった方はレスをキボンヌ。スマソ。

289 :アマノウヅメ:02/03/10 15:25
>>286
283さんの言われているのは、八切止夫とかいうトンデモ歴史作家が
30年ほど前に流行らせた「上杉謙信女性説」のことでは?

上杉謙信はホモだけどオカマじゃありません。
戦国時代のホモは男っぽいです。謙信以外の人はバイですが。

290 :世界@名無史さん:02/03/10 18:44
>>289
謙信もバイだよ
公家どもと女漁りしてる

291 :世界@名無史さん:02/03/10 20:25
戦国武将は男色やらなかった奴の方が少ないべ。

292 :世界@名無史さん:02/03/10 22:13
ちなみに最強の女戦士って誰だと思います?

293 :世界@名無史さん:02/03/11 01:50
>292
女将軍なら、間違いなく秦良玉だと思うよ。
でも、女戦士はわからんよ。


294 :世界@名無史さん:02/03/11 12:05
>>293
彼女が美貌でも正史に名を残していたら
(現在とは美意識のずれがあるにせよ)
素晴らしいんだが、天は二物を与えずか。
もっとも容姿云々されてなくても
「ほどほど美人」「現代風美人」であった事を
否定する証拠にはならない。
中国史ファンのみなさん、心して下さい。

295 :293です:02/03/11 12:23
>294
秦良玉が美人であった証拠もないが・・・
否定する根拠もないよ。
だから、彼女の容姿については何ともいえないよ。


296 :中国史素人でスマソな294です:02/03/11 12:32
>295
たいした美人と世間に認知されていたら、
その点も正史に明記されていたんじゃないの。
世間の注目度が高かった人だろうし。

297 :293です:02/03/11 12:41
秦良玉の軍事的功績は、すごく評価されてるよ。
だから、彼女は軍事的才能はあった筈だよ。


298 :世界@名無史さん:02/03/12 05:28
類似スレへの対抗age

299 :世界@名無史さん:02/03/12 06:55
□□□□■□□□□□■□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□■■□□□□□■□□□□□□□■■■■■■■■■■■■□□
□□■■□□□□□■■■■■■□□□□□□□□□□□□□■■□□
□■■□□■□□□■□□□□■□□□□□□□□□□□□■■□□□
□□■□■■□□■■■□□■■□□□□□□□□□□□■■□□□□
□□□■■□□■■□■■■■□□□□□□□□□□□■■□□□□□
□□■■□□□□□□□■■□□□□□□□□□□□■■□□□□□□
□□■□□□■□□□■■■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■■■■■■□□■■□□■■□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□■■□□□□■■□□□□□□□□■□□□□□□□
□□■□■□■□□□□■■□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□■□■□■□□□□□■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■■□■□■□□□□□□□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■□□■□□□□■■■□□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□□□□■■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□□□□□□■■□□□□□□■■■■□□□□□□□


300 :世界@名無史さん:02/03/12 11:34












やったー!300get!













301 :世界@名無史さん:02/03/12 12:21
□□□□■□□□□□■□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□■■□□□□□■□□□□□□□■■■■■■■■■■■■□□
□□■■□□□□□■■■■■■□□□□□□□□□□□□□■■□□
□■■□□■□□□■□□□□■□□□□□□□□□□□□■■□□□
□□■□■■□□■■■□□■■□□□□□□□□□□□■■□□□□
□□□■■□□■■□■■■■□□□□□□□□□□□■■□□□□□
□□■■□□□□□□□■■□□□□□□□□□□□■■□□□□□□
□□■□□□■□□□■■■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■■■■■■□□■■□□■■□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□■■□□□□■■□□□□□□□□■□□□□□□□
□□■□■□■□□□□■■□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□■□■□■□□□□□■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■■□■□■□□□□□□□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■□□■□□□□■■■□□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□□□□■■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□□□□□□■■□□□□□□■■■■□□□□□□□


302 :世界@名無史さん:02/03/12 13:30
皆さん。今朝からこのスレを荒らしているのは皆さんご存知の重複スレ
『女将軍について』の1です。
これは女将軍スレ及び削除依頼板のレスから判明いたしました。
どうやら彼は自分のスレがこのスレの住人に荒らされたと錯覚し
逆恨みして今回の行為に及んだものと思われます。
このまま彼を放置するのは今このスレの今後の進行に支障が出かねない為
ここに報告させていただきました。


303 :世界@名無史さん:02/03/12 13:42
>302
>どうやら彼は自分のスレがこのスレの住人に荒らされたと錯覚し
>逆恨みして今回の行為に及んだものと思われます。
それなら、どうやら私の誤解だったようだな。


304 :???:02/03/12 14:20
このスレの29を参照してほしい。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/whis/1015256304/l50


305 :???:02/03/12 14:22
上記のスレを削除して事態が収集するなら・・・
私も、上記のスレの削除を認めるよ。


306 :世界@名無史さん:02/03/12 14:26
IDが欲しいな

307 :世界@名無史さん :02/03/12 14:41
>293
>女将軍なら、間違いなく秦良玉だと思うよ。
彼女なら、立ちションも上手にやるだろうね。


308 :世界@名無史さん:02/03/12 15:40
でも、マンコは間違いなく濡れるよ。


309 :世界@名無史さん:02/03/12 23:03
いや、彼女なら濡れないよ。


310 :世界@名無史さん:02/03/13 14:02
じゃあ、ジャンヌ・ダルクは?


311 :???:02/03/13 17:16
それなら、ゼノビアは?


312 :世界@名無史さん:02/03/13 18:29
>>311
ゼノビアの場合、時には軍の先頭に立って、何マイルも徒歩で行軍を
行ったことがあるらしいです。
でも彼女の場合、どちらかというと「女政治家」かな?

313 :307です:02/03/13 18:39
>312
ゼノビアなら、おしっこの時マンコ濡れなかっただろうね。


314 :世界@名無史さん:02/03/14 18:41
女戦士なら、誰もマンコなんか濡らさないよ。


315 :世界@名無史さん:02/03/15 12:06
・・・
でも、女戦士がマンコ濡らすわけないね。<笑>


316 :世界@名無史さん:02/03/18 11:32
お妃の内の一人が美人の女ボディーガードで
野郎どものSPたちを
現場統括するってのって、
カコイイよね。
健康なまま長生きできるという保証があったら
漏れは中華皇帝に生まれたかったよ。
この件につき諫言も誹謗も気にしない、気にしない。

317 :世界@名無史さん:02/03/18 22:19
試合(日ロ対抗)は96年5月19日、東京都、町田市立総合体育館で行われました。
私は幸運にもこの試合を見ていたので、約束どうり、その時の印象を紹介します。

まず間違えて、町田市立体育館に行ってしまいました。総合体育館というのは
横浜線の成瀬にあるんですね。今後、行かれる方は注意して下さい。そんな訳
で会場に着くと、もう試合は始まっていました。

しかし、もっとビックリしたのは...。
何とO林がひとりだけ、お尻が丸出しになってしまう程、小さいブルマーをは
いているんです。この時の衝撃は今だ忘れません。最初、見た時は興奮すると
いうより、自分の事の様に恥ずかしかったのを覚えています。身内が人前で裸
体を晒してしまった!という様な気持ちでしょうか。この心境は彼女の真のフ
ァンでないと分からないと思います。

前年のブルマーもかなりハミケツしていて驚いていたのですが、まさか、それ以上
ハイレグをはくとは...。正直言って彼女が何を考えているのか分からなくなりました。
それに、ここが肝心なのですが、お尻が食み出ているには、O林一人だけなん
ですね。ですから試合中、素子のムッチムチ尻肉ばかりが目立つ事、目立つ
事! 目のやり場に困らないと言うか(笑)

結局5セットで日本が負けたのですが、私は双眼鏡で素子のHなブルマー、割
れ目まで分かるお尻、盛り上がった股間、芸術品の様な太モモ(最高!)ばか
り見ていたのでゲーム内容は殆ど覚えていません。観客も、このブルマーに圧
倒されたのか、異様な雰囲気だったのは覚えていますが...。

それに将来、この試合がトー撮ビデオとして発売されるとは夢にも思っていま
せんでした。何故なら当時「バレートー撮ビデオ」は無かったから。

318 :世界@名無史さん:02/03/21 17:17
何日あやめ再来。

319 :世界@名無史さん:02/03/21 18:13
オスカル!!とか思っちゃった私はヲタ…逝ってきます。

320 :世界@名無史さん:02/03/24 15:23
>>319
架空の人物だからね。
遅レスだが保全あげ。

321 :世界@名無史さん:02/04/06 02:36
本来なら責任以ってスレを終了させるべき
1さんが逃亡したまま誰も引導を渡さないので、
建設的な話題も尽いて植物状態の下、
かつての殷賑ぶりを知るものとしては
信じがたいほどの醜態をサーバー空間に晒しております。

よって終了。
もし復活させたきゃ
始めは自作自演でいいから、
よほど構成を練ることですね。

322 :世界@名無史さん:02/04/15 13:46
勝手に決めんな
age

323 :世界@名無史さん:02/04/24 14:00
>322
惨め
sage

324 :世界@名無史さん:02/04/27 23:20
新スレ立ては必要無いぞ、あげ。

325 :世界@名無史さん :02/04/27 23:41
>324
>新スレ立ては必要無いぞ、あげ。
いや、こちらの新スレの方がマシだよ。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/whis/1019912519/l50


326 :325です:02/04/27 23:44
>324

321 :世界@名無史さん :02/04/06 02:36
本来なら責任以ってスレを終了させるべき
1さんが逃亡したまま誰も引導を渡さないので、
建設的な話題も尽いて植物状態の下、
かつての殷賑ぶりを知るものとしては
信じがたいほどの醜態をサーバー空間に晒しております。

よって終了。
もし復活させたきゃ
始めは自作自演でいいから、
よほど構成を練ることですね。

321の言う通りだよ。


327 :世界@名無史さん:02/04/27 23:47
□□□□■□□□□□■□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□■■□□□□□■□□□□□□□■■■■■■■■■■■■□□
□□■■□□□□□■■■■■■□□□□□□□□□□□□□■■□□
□■■□□■□□□■□□□□■□□□□□□□□□□□□■■□□□
□□■□■■□□■■■□□■■□□□□□□□□□□□■■□□□□
□□□■■□□■■□■■■■□□□□□□□□□□□■■□□□□□
□□■■□□□□□□□■■□□□□□□□□□□□■■□□□□□□
□□■□□□■□□□■■■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■■■■■■□□■■□□■■□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□■■□□□□■■□□□□□□□□■□□□□□□□
□□■□■□■□□□□■■□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□■□■□■□□□□□■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■■□■□■□□□□□□□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■□□■□□□□■■■□□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□□□□■■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□□□□□□■■□□□□□□■■■■□□□□□□□


328 :世界@名無史さん:02/04/27 23:51
私は、327の荒らし行為には反対だ!
しかし、このスレッドが荒らされる原因は321が言う通り
逃亡したまま放置している1に重大な責任がある。
よって、このスレの削除を依頼する。


329 :世界@名無史さん:02/04/27 23:54
試合(日ロ対抗)は96年5月19日、東京都、町田市立総合体育館で行われました。
私は幸運にもこの試合を見ていたので、約束どうり、その時の印象を紹介します。

まず間違えて、町田市立体育館に行ってしまいました。総合体育館というのは
横浜線の成瀬にあるんですね。今後、行かれる方は注意して下さい。そんな訳
で会場に着くと、もう試合は始まっていました。

しかし、もっとビックリしたのは...。
何とO林がひとりだけ、お尻が丸出しになってしまう程、小さいブルマーをは
いているんです。この時の衝撃は今だ忘れません。最初、見た時は興奮すると
いうより、自分の事の様に恥ずかしかったのを覚えています。身内が人前で裸
体を晒してしまった!という様な気持ちでしょうか。この心境は彼女の真のフ
ァンでないと分からないと思います。

前年のブルマーもかなりハミケツしていて驚いていたのですが、まさか、それ以上
ハイレグをはくとは...。正直言って彼女が何を考えているのか分からなくなりました。
それに、ここが肝心なのですが、お尻が食み出ているには、O林一人だけなん
ですね。ですから試合中、素子のムッチムチ尻肉ばかりが目立つ事、目立つ
事! 目のやり場に困らないと言うか(笑)

結局5セットで日本が負けたのですが、私は双眼鏡で素子のHなブルマー、割
れ目まで分かるお尻、盛り上がった股間、芸術品の様な太モモ(最高!)ばか
り見ていたのでゲーム内容は殆ど覚えていません。観客も、このブルマーに圧
倒されたのか、異様な雰囲気だったのは覚えていますが...。

それに将来、この試合がトー撮ビデオとして発売されるとは夢にも思っていま
せんでした。何故なら当時「バレートー撮ビデオ」は無かったから。


330 :世界@名無史さん:02/05/07 08:57
O囃子って女戦士なのか?

331 :世界@名無史さん:02/05/07 09:44
類似スレとの関係上、今後、このスレは
女性の政治指導者等の、直接戦場に出ていない「女傑」を語る場となりました。
則天武后や、サッチャー、ナイチンゲール、アウン・サン・スー・チーと
いった女傑について語りましょう。

332 :世界@名無史さん:02/05/07 09:45
□□□□■□□□□□■□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□■■□□□□□■□□□□□□□■■■■■■■■■■■■□□
□□■■□□□□□■■■■■■□□□□□□□□□□□□□■■□□
□■■□□■□□□■□□□□■□□□□□□□□□□□□■■□□□
□□■□■■□□■■■□□■■□□□□□□□□□□□■■□□□□
□□□■■□□■■□■■■■□□□□□□□□□□□■■□□□□□
□□■■□□□□□□□■■□□□□□□□□□□□■■□□□□□□
□□■□□□■□□□■■■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■■■■■■□□■■□□■■□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□■■□□□□■■□□□□□□□□■□□□□□□□
□□■□■□■□□□□■■□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□■□■□■□□□□□■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■■□■□■□□□□□□□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□■□□■□□□□■■■□□□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□□□□■■■□□□□□□□□□□■□□□□□□□
□□□□■□□□□□□□□■■□□□□□□■■■■□□□□□□□


333 ::02/05/16 05:37
http://love.2ch.net/test/read.cgi/gender/1021476944/
【弱者】女は戦場で足手まとい【無用】

普通の女はこんな程度。
やはり、女戦士・女傑は稀有の存在。


334 :世界@名無史さん:02/05/16 05:38
英国メディアの30日の報道によると、英国軍は身体機能を理由に、女性兵士
を前線での戦闘任務に投入しないことを決めたという。英国国防部の研究に
よると、一般男性兵士の身体機能と同等レベルにある女性兵士は2%。部隊で
女性兵士が負傷する割合は男性兵士の8倍にあたるという研究結果もある。

報道は、この決定は女性兵士を直接の戦闘へ投入しないだけで、戦争勃発時
には部隊内での勤務をさせるとしている。一方、内閣閣僚の多くが女性兵士
の前線への投入を望んでおり、一部にはこの決定が人権侵害にあたると批判
する声もある

http://j.people.com.cn/2002/03/31/jp20020331_15748.html


335 :男色は単なる文化:02/05/16 05:43
同性愛とは関係ない。

当初の僧はきびしい戒律にしばられていて、
女とセックスすることは女犯(にょぼん)として厳禁されていた。
すると、女っけのないところでは自然と男色が多くなる。
延暦二十三(八○四)年、空海を筆頭とする僧侶たちは遣唐使船に乗り込んで唐渡った。
そのころ首都の長安では男色が流行しており、男娼までがいたという。
二年後に帰ってきたとき、この僧侶たちが日本に広めたといわれている。

336 :世界@名無史さん:02/05/16 05:44
オタク女は男に対する劣等感で
こじ付け、嘘、ネタだらけだな。

337 :世界@名無史さん:02/05/16 05:50
sage 

338 :世界@名無史さん:02/05/24 22:58
重複スレだよ
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/1019912519/l50


339 :世界@名無史さん:02/05/27 17:00
美貌で知られた女将軍が
野戦指揮官でこれから出て欲しいが
なかなか難しそうだなあ。

340 :世界@名無史さん:02/06/09 16:02
>>338
そっちのが後発だから、重複スレはそっちだろ

341 :世界@名無史さん:02/06/19 21:42
類似スレへの対抗age


342 :世界@名無史さん:02/07/02 00:51
もっと、女戦士の話題で盛り上げようよ


343 :あやめ:02/07/07 20:31
たいへん御無沙汰をしておりました。従事していたプロジェクトが一段落しましたので、
そろそろということで先ずこのスレあたりからカキコを再開いたします。
前に秦良玉について書くと言っていて、そのままになっていましたので、お約束に従い
>>160 >>184
「秦良玉一代記」みたいなものを載せることにします。
でもまだ仕事の跡始末もあり、家事も溜まってるので、ぼつぼつ行くことになります。
ということで七夕の御挨拶まで^ー^

344 :世界@名無史さん:02/07/07 22:03
思うに、女戦士や指揮官って、伝説というか作り話が多いんじゃないか?
偏見に聞こえるかもしれんが、後世まで語り継がれような戦いを女性ができるとは
思えないんだよ。
身体能力はさることながら、指揮官になるにも、女性には男性のように戦術を考え出す
のは難しいよ。
現に将棋の世界では男女別々にやってるだろ?戦争も、戦術を考え出すという点では
将棋に通ずるものがある。そういう分野では、女性は男性に劣っているのは事実だし。

345 :世界@名無史さん:02/07/07 22:05
作り話でなかったとしても話を誇張してたりとかね。
ジャンヌダルクが良い例。


346 :世界@名無史さん:02/07/09 04:20
ローザ・ルクセンブルグ

347 :世界@名無史さん:02/07/09 07:58
>>344
現に、女性の戦士や将軍は歴史上実在してるよ。そりゃ、彼女らの事績に
誇張はあるだろうけどね。それを言ったら、男性の将軍だって誇張はつき
ものだ。
すべてを伝説や誇張とするのは暴論だろう。

348 :世界@名無史さん:02/07/09 08:14
>343
あやめさんだ〜っ

349 :世界@名無史さん:02/07/09 12:34
>>347
男性の将軍にも誇張はあるが、女性の戦士・将軍の場合それ以上の誇張をしている場合
が多くないか?

あと女性の将軍・戦士の場合、男性の将軍・戦士に置きかえれば大した働きをしてなくても
女性が戦ったというだけで英雄視されたり、というケースが多い。


350 :世界@名無史さん:02/07/09 14:42
>>349
>あと女性の将軍・戦士の場合、男性の将軍・戦士に置きかえれば大した働きをしてなくても
>女性が戦ったというだけで英雄視されたり、というケースが多い。
たしかに、女性が戦ったというだけで英雄視されて事績を誇張されるけど・・・
でも、女性の戦士や将軍は歴史上実在してるよ。


351 :世界@名無史さん:02/07/09 18:07
>>344>>349
要するに君が言いたいのは、女性の戦士・指揮官に「優れた戦士」や「名将」
はいない、それらは誇張だということだろう?
なのに、どうも女性の戦士や指揮官自体を伝説と誇張だと否定しているかの
ように見えるので、「女性の戦士や将軍は歴史上実在してる」という反論を
受けているのでは。

352 :世界@名無史さん:02/07/09 19:11
http://www.canal.ne.jp/~amaz/tars.html
↑こういう格好した女戦士は実際にいたのですか?

353 :世界@名無史さん:02/07/09 20:39
>>352
少なくとも、女戦士について文献が残るような文明国なら、そんな露出の
多い格好の女戦士なんてナンセンス!

354 :世界@名無史さん:02/07/09 20:55
女戦士は、どうやっておしっこしたの?


355 :世界@名無史さん:02/07/09 22:59
>352
実際にいて欲しいというか、いて欲しかった女戦士だな、オイ。
スゲーかっこうしてんな。

356 :世界@名無史さん:02/07/10 14:25
女戦士の部屋
http://www.infosakyu.ne.jp/~sekkan/lady.htm


357 :世界@名無史さん:02/07/15 20:56
んじゃ、これもアゲ

358 :あやめ:02/07/21 15:08
それでは今回から秦良玉の小伝を少しづつ書き次いでいくことにします。
秦良玉は明の萬暦二年正月二日の申時に、四川の忠州の城西二里に在る鳴玉渓で、歳貢生の
秦葵の次女として生まれました。字は貞素でいかにも女性らしい命名です。
萬暦二年正月二日は西暦(ユリウス暦)では1574年1月24日に当ります。申時はおよそ午後
4時ころとなります。忠州は現在の四川省東部の萬縣地区管内の忠縣(凡そ北緯30度20分
東経108度)に当ります。
鳴玉渓は「四川通志」によると五十五丈の瀑布が掛かっている幽境で、唐代から知られている
とのことです。
父の秦葵の身分である「歳貢生」というのは明代の制度では府州縣學の生員で、長く公費の
扶助を受けている者を毎歳または数歳に一両名を選び、國子監に送って学問させるもので、
相当の年配になってからの歳貢生では大した出世は期待できません。
秦家の族譜である「秦氏家乗」には良玉の生母に関する記載が欠けています。また「蜀亀鑑」
には「秦氏家乗」を引用して長女としていますが、「家乗」にはそのような記載は見当たらず、
衛聚賢の「明史秦良玉傳注補」によると「秦太保夫人傳」を引いて、良斯という姉がいること
石柱の馬周に嫁したことを述べています。この馬周は良玉が嫁した馬千乗の一族と見て誤り
ないかと推定しておきます。
ここで良玉の先世について述べておきましょう。
秦氏の先祖は「家乗」によると湖北省麻城縣孝感郷の高街簷という地の住人であったそうです。
元の至正年間に秦安司という者が徐壽輝の乱を避け、兄弟7人で四川に入り紹慶路一帯に散居
していたとのことです。
ところで秦氏の民族出自は果して漢族なのか? 良玉が土家(トゥチャ)族の首領の家に嫁して
いるので、一応は考えておきたいと思います。
秦氏の原貫と伝えられる麻城は黄州の管内であり、どうも少数民族居住地域ではなさそうです。
しかし湖北省の西端から四川省の東部にかけては土家の居住区で、自ずとそうした民族環境に
親しみ昵んでいったものと想われます。
「家乗」によると秦安司の子の國龍が「仍ほ塘巌土司を襲ふ」との記載があり、「仍」という
字は「そのまま引き続き」とか「前のとおり」という意味ですから、安司の代から土司の任に
あったことになります。「塘巌土司」というのは存在しないようで、恐らく「唐崖長官司」を
誤記したもので、現在の湖北省恩施地区の咸豊縣に当り、忠縣とは約130キロほどの距離が
あります。ここもやはり土家の居住区です。       (以下は来週に続きます)

359 ::02/07/21 15:24
>>358
あやめ殿、あけましておめでとうございます。

>>184
>「秦良玉史料集成」(四川大学出版社刊)が出てきましたので、年明け早々に書きます


360 :世界@名無史さん:02/07/21 15:48


(⌒⌒|
(_/ ̄ ̄\ヘ
  ( 、ノUJ人 フ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 C丿 > イ | ∨ < こんじょだ、こんじょ!    .'  , .. ∧_∧
  `ヘ~ ー ノ)    \_________  .∴ '   . (    )  ←あやめ
ミ /_/||~' ~|| )__。  \从/        _     , ・,‘ r⌒>, _/ / -   _
  (__||□【〔ロ=:(∈(二(@> ‐―  ― _  ̄ _ ─ | y'⌒  ⌒i _ ̄_
   /ミ ミB ̄゛  /W'ヽ      ̄         , . ;|  /  ノ |ミ
  / |   | B  `  , , ,                  ., ー'  /´ヾ_ノ
  \|___|/B                            / ,  ノ ミ   ミ
   ││| |                             / / /    ミ
ミ /_/ | |                           / / ,'
  \)   l二⊃                        !、_/ /   〉
                                         |_/


361 :世界@名無史さん:02/07/21 15:55
>>359
君の気持ちは良く分かるが…


362 :あやめ:02/07/21 16:04
>る さん
あなたって意外と意地悪だったのね、ソンケーしてたのにー
ここ半年ほどめっちゃくちゃ忙しかったの、大目にみてくだいさいませ
メールなんかも超おそレスで、カメレスオンナ略して「カメレオン」と呼ばれてます

363 :世界@名無史さん:02/07/21 16:07
負けるな、カメレオンあやめさん、ファイト!
(いや、マジで358の続き期待してます。)

364 ::02/07/23 22:00
>>362
意地悪じゃないときは酔っ払ってるもん


365 :あやめ:02/07/30 20:29
前回は秦良玉の出生事跡から家世淵源と民族出自に及びました。
「秦氏家乗」に述べられている安司・國龍の2代に亘り「塘巌土司」に在職していたというのは、
「唐崖長官司」の誤記ではないかという推測を前回に説いておきましたが、「明史」の「湖廣
土司傳」などによると唐崖は明初から覃氏が世襲の長官であったようです。覃氏は湖北から
四川にかけて蕃衍している土家の大姓であり、宣撫司(従四品)として施南・散毛の両司、安撫司
(従五品)として茅岡・慈利・忠路・金洞(正しくは山偏)の4司、長官司(正六品)として唐崖・鎮南の
両司は、それぞれ覃氏が世官として明一代を継襲して清代に及んでいます。
そういうわけですので秦氏が土司職に在ったとする所伝は措信し難いようです。少なくとも
國龍より後の秦氏の歴代にはそうした事跡は見出せません。その後の秦氏の宗系は國龍の弟の
國寶から、その子の恭―景聰―伯明―萬松―葵と継承されました。その間に任官の記録はなく
民間の豪族としての産業で生計していたものでしょう。
前回に述べたように秦葵こそ良玉の実父であり、字は載陽といい鳴玉逸老と号していました。
この号が前回に述べた鳴玉渓に因んだものであることは説明するまでもないでしょう。彼が明の
貢生であったことも前述しました。「忠州直隷州志」によると「讀書を好み、榮名に汲々たらず、
尤も兵法に長ず」という人物だったとのことです。
良玉は幼少時を鳴玉渓の畔りの秦家バ(土偏に貝、または土偏に覇)で生い立ちました。バとは
河水の流量を調節するための堰堤を意味します。付近一帯は山奇水秀の景致の勝れた地域で、
周囲には五座の山があり宛たかも五馬が飼槽に向かい奔り寄るような地勢で、また西岩瀑布と
いう懸泉も名勝として知られているそうです。
良玉の幼時のエピソードとして「續客窗閑話」という書に「生れて警敏にして機智多し、父母
皆な之を愛憐す、兄有りて莽夫なり、良玉の五六歳の時、隣人竊を被り、多方之を構すれども
得ず、其の父と咨嗟嘆惜す、良玉曰く『多求を事とする無かれ、此れ必ず米具の爲す所ならん』
と、隣曰く『何を以て之を知るや』と、玉曰く『我本より具に識られず、日者(このごろ)潜そかに
汝の室を窺がへり、彼は我を以て幼と爲し之を避けず、倏ちまち又た一人來たり、呼びて曰く
:米具よ、汝何をか爲す耶と、具即ち與もに耳語して去れり、是の夜に偸を被る、具に非ずして
何ぞや』と、之を緝(とら)ふるに果して得たり」とあり、偶然に見咎がめた人物のの挙動から
空き巣犯を推理したという話で、具体的な人名まで挙げていますが、真偽の程は保証しかねる
逸話です。少なくとも莽夫(だめ男)の兄は存在しないようです。兄の邦翰・邦屏も弟の民屏も
共に傑物です。彼らの事跡は後の回に詳述する予定です。なお良斯という姉の存在については
前回に述べました。          というところで続きは来週です。

366 :世界@名無史さん:02/07/30 20:40


─────‐||────────‐──────────────────────
─────‐ ||───────────────−───────────
─────−||─────────────────────―───
────── ||──────────‐─────−───────      ∧_∧
──────(_)─、────────‐─────────- ( ヽ       ( ・∀・)       ノ )
─────‐─(_)_ \────────‐──────‐──  \ \     _/  /_  ___//
───────/  \ ∧_∧,〜 ──‐───────‐────   \  ̄\ \  アヤメ / /    /
─────−─\   \   )\────────────────  ̄ ̄| \ \   / / | ̄ ̄
─────−──ヽ    ̄ `ヽ |─────‐───────‐───── |  \ \/ /  |
──―──────\   `ー'ヽ, -'⌒\─‐────────────   |____\ /____|
―─‐─―─―──‐  |    ,     _/⌒──────────────  ___    _
──────────\     /\/ ──────────‐───‐─  |    / /\\|
─────‐∧ ∧,〜 /  /  )  `ヽ、 ──────────‐────  |   / /  \____
──−──(Д゚(⌒ ̄ `ヽ'   _/     )───────────‐──  (  / /____  )
──―───‐\  \ `ー'"´, -'>__ノ ─────────────   / /       / /
―‐――──‐ /∠_,ノ    _/.__)──) )──‐────────‐─    / /      __//
─────‐ /( ノ ヽ、∧ ∧,〜──(__ノ ───‐───‐────−  //       ( /
────‐ 、( 'ノ(    (゚Д゚,,)⌒ ̄`ヽ、 ────────────  //         )/
───‐‐/` ―\__(  ー\  _」_,∠⌒`ヽ──────  __//          し′
───/───―‐/__〉\   、 ( ノ 、ー'⌒`  \──‐─    ( /
──/──‐──────\ (_ノ   ) _,-―_\‐──    ) /
─/────────−──/'`    く \───────   し′
────────────/ /、     >   ̄>‐───‐───
───────────≠  / \_/〉─く__ノ──────────
──────────≠   /──(_/─────‐──────────
─────────∠__ ノ―────────────────‐──────
────────‐───────────−────────────―─‐── ──

367 :名無し中毒:02/07/30 20:42
興味津々age

368 :世界@名無史さん:02/07/30 21:08



─────‐||────────‐──────────────────────
─────‐ ||───────────────−───────────
─────−||─────────────────────―───
────── ||──────────‐─────−───────      ∧_∧
──────(_)─、────────‐─────────- ( ヽ       ( ・∀・)       ノ )
─────‐─(_)_ \────────‐──────‐──  \ \     _/  /_  ___//
───────/  \ ∧_∧,〜 ──‐───────‐────   \  ̄\ \  女戦死 / /    /
─────−─\   \   )\────────────────  ̄ ̄| \ \   / / | ̄ ̄
─────−──ヽ    ̄ `ヽ |─────‐───────‐───── |  \ \/ /  |
──―──────\   `ー'ヽ, -'⌒\─‐────────────   |____\ /____|
―─‐─―─―──‐  |    ,     _/⌒──────────────  ___    _
──────────\     /\/ ──────────‐───‐─  |    / /\\|
─────‐∧ ∧,〜 /  /  )  `ヽ、 ──────────‐────  |   / /  \____
──−──(Д゚(⌒ ̄ `ヽ'   _/     )───────────‐──  (  / /____  )
──―───‐\  \ `ー'"´, -'>__ノ ─────────────   / /       / /
―‐――──‐ /∠_,ノ    _/.__)──) )──‐────────‐─    / /      __//
─────‐ /( ノ ヽ、∧ ∧,〜──(__ノ ───‐───‐────−  //       ( /
────‐ 、( 'ノ(    (゚Д゚,,)⌒ ̄`ヽ、 ────────────  //         )/
───‐‐/` ―\__(  ー\  _」_,∠⌒`ヽ──────  __//          し′
───/───―‐/__〉\   、 ( ノ 、ー'⌒`  \──‐─    ( /
──/──‐──────\ (_ノ   ) _,-―_\‐──    ) /
─/────────−──/'`    く \───────   し′
────────────/ /、     >   ̄>‐───‐───
───────────≠  / \_/〉─く__ノ──────────
──────────≠   /──(_/─────‐──────────
─────────∠__ ノ―────────────────‐──────
────────‐───────────−────────────―─‐── ──


369 :世界@名無史さん:02/07/30 23:39
女性が世界史を研究する場合、女性の人物しか研究しない方が多いと聞きますが、あれって
どうしてでしょ?

370 :世界@名無史さん:02/07/30 23:59
>>369
そりゃあ、同性の方が感情移入しやすいからでしょ。
歴史上の女性に関して男性研究者が、女性の感情を無視したような
ことを言ったりしているのに反発して、というのもあるかもしれま
せんな。
女流歴史作家も、割と、女性の人物を取り上げる人が多いような気
がします。永井路子とかね。

371 :世界@名無史さん:02/07/31 00:08
女性政治家が女性の権利だけを一方的に主張するのと似ている気がする。


372 :世界@名無史さん:02/07/31 00:38
>>371
女性君主が女性の権利だけを一方的に主張するとは限らないよ!


373 :世界@名無史さん:02/07/31 03:58
Elizabeth Tudor なんてどお?

374 :世界@名無史さん:02/07/31 04:04
哀戦士について語っていい?

375 :世界@名無史さん:02/08/05 00:25
あげ

376 :世界@名無史さん:02/08/10 20:36
ここは女戦士スレだよ


377 :世界@名無史さん:02/08/10 23:48
セイラ=マスとハマーン=カーンが戦うとどっちが強いですか。

378 :あやめ:02/08/11 19:14
秦良玉の父の秦葵は偏甸の一儒生に過ぎませんでしたが、その平生の念慮が国家人民の保衛に
在ったことは、邦翰・邦屏・民屏という三人の男子の命名に表れています。その出典は「詩經」の
「板」に「价人維藩、大師維垣、大邦維屏、大宗維翰、懷コ維寧、宗子維城」から取ったもの
でしょう。「皇室の藩屏」なんて言葉(死語?)もこれに由来します。新井白石の「藩翰譜」の
書名や醍醐天皇の即位前の諱名「維城」の典拠でもあります。葵は三子に身を以て邦家の難に
当るに足る人物となることを期待したのでしょう。
一方で二人の女子の命名の出典は「論語」の「子罕」篇の「有美玉於斯」であろうかと思われ
ます。孔子に向かって弟子の子貢が「美しい玉がここにあります、大切に蔵っておくべきか、
良い商人を見つけて売渡すべきでしょうか」と問うたのに対し、「売りたいね、売りたいね、
わしは商人を待ってるんだ」と答えた有名なエピソードに出てくる文句です。ここでは孔子が
自分の抱負と能力を買ってくれる主人を期待しているという話ですが、秦葵は娘二人を有望な
青年に嫁すべく、その婦人としての美質を磨くようにと命名したものでしょう。
しかし実際には良玉の丈夫に劣らぬ資質を見抜いた秦葵は、兄弟と殊ならぬ教育を良玉に施し
ました。即ち幼にしては章句を課し長じては経史を授け、大義に通暁せしめました。
時あたかも萬暦の十年代で各地に土寇が蜂起しており、天下の擾乱は必至と考えた葵は兵法を
以て子弟を訓練することを企てました。そして「蜀龜鑑」などによると良玉に向かって「汝は
一弱女子なれども盍(な)んぞ兵を習はざるや、人の爲に魚肉せらるる毋かれ」と諭しました。
良玉は欣然として三人の兄弟に交じって騎射や撃刺の術を習い、また父から韜略の兵法を学び
皆な精熟するに至りました。葵は諸子に対し「惜しい哉、妍にして冠せざることや、汝兄弟も
及ばざる也」と嘆じました。すると良玉は「兒をして兵柄を掌らせ、萬軍中に出入せしめば、
洗夫人も何ぞ道(い)ふに足らん哉」と答えたそうです。洗夫人は南朝の梁の高涼の太守だった
馮寶の妻で、嶺南の地が乱れた際に自ら軍を率いて鎮定し、陳から隋に亘ってこの地方一帯を
平服させた女傑です。別の文献には良玉は「夫人城・娘子軍も道ふに足らざる也」と言ったことに
なっています。夫人城とは東晉の襄陽太守の朱序の母の韓氏が、前秦の苻丕が攻めてきた際に
必ず城の西北角を衝くと予測し、侍女たちを指揮し築城して撃退した故事です。娘子軍の方は
唐の高祖の娘で柴紹の妻の平陽公主が、隋末の乱に軍を率いて関中を経略した有名な故事です。
いずれにせよ小娘の揚言としては随分と思い切った話ですが、後年の良玉の活躍を見れば強ち
過言とも評されません。
秦葵は益すます良玉の英風を奇として、「名を問ふ者(婚約の申込)には、皆な未だ肯(あ)へて
輕がるしく許さず」と伝えられています。           来週に続きます

379 :世界@名無史さん:02/08/11 19:27


      ■■                                ■■
    ■■■■                             ■■■
     ■■■■                           ■■■
       ■■                           ■■■
        ■■                         ■■■
          ■                        ■■■
                                   ■■
       ■         ■              ■■■
      ■■         ■■■■■■■■■  ■■
     ■■■         ■■■■■■■■  ■■
    ■■■■                      ■■
      ■■■■                   ■■
       ■■■■                 ■■      ■
         ■■■    ■          ■■     ■■
 ■■       ■■■   ■■■      ■■    ■■■
■■         ■■■■  ■■      ■■■  ■■■■■■      ■
■■          ■■■    ■     ■■■■■■■  ■■      ■
■■         ■■■■   ■■    ■■■■■■   ■■■   ■■
■■        ■■■■    ■■    ■■■■■     ■■■■■■
■   ■■■■■■■■              ■■■          ■■■■
      ■■■■■■              

380 :世界@名無史さん:02/08/14 11:26
>>379
あやめさんに失礼だろ!


381 :世界@名無史さん:02/08/22 01:38
北条政子もいいけど、やっぱり女戦士は強い方がいいね。
北条政子とかジャンヌダルクってのは指導者としての素質があったってだけでしょ。
それに比べて巴御前は敵の首をねじりきっちゃったりするからいい。
やはり歴史上の人物でオナーニできるのは巴たんしかいない。ハァハァ。

382 :世界@名無史さん:02/08/22 01:42
XENA

383 :世界@名無史さん:02/08/22 02:13
>>381
巴御前は平家物語などの登場人物であって
当時を記録した歴史書には名前が出てこない罠

384 :世界@名無史さん:02/08/22 22:03
>381
 ねじ切ったなんて嘘だろう?実際は脇差しを押し当てたヘッドロック見たいな
状態で相手の馬の尻を蹴ったら、首を落とされた死体を乗っけたまま馬が走って
行ったそうだよ。その後別の武将が巴御前の袖を掴んだけれど、ちぎれて取り
逃がしたんだそうな。

385 :世界@名無史さん:02/08/23 08:59
マルコ・ポーロの『東方見聞録』に載る話。

モンゴル皇帝オゴデイの孫カイドゥ汗にアイ=ジャルクという王女がいた。
彼女はとんでもなく強剛な人で、屈強剛腕で聞こえたモンゴルの戦士たち
百人余りが求婚したのだが、組み討ちしては尽く打ち負かしたという。
曰く「自分を力業で打ち負かす者のみが我が夫である」
交戦多年のカイドゥ汗は戦場に幾度と無く王女を同伴させ、
王女は激戦中も敵陣に突撃し、よく敵の勇武の騎士を力ずくで捕縛したという。

ペルシア語諸史料を見ないと実在したかは確認出来ないが・・・
結局婿は見付かったのか?

386 :世界@名無史さん:02/08/23 12:35
>>381
確かジャンヌ・ダルクは戦場で騎士達の士気を盛り上げただけで、部隊の指揮はやって
いないと聞いたが。

あと、ジャンヌ・ダルクは1人も人を殺さなかったとか。

387 :世界@名無史さん:02/08/23 13:43
>>386
そうだよ
でも、明代末期の女将軍であった秦良玉は、実戦部隊を指揮したらしいよ


388 :世界@名無史さん:02/08/23 13:50
>>387
秦良玉以外にネタないよね。>女将軍

389 :世界@名無史さん:02/08/23 14:02
>>388
激しく同意!
たしかに、秦良玉とジャンヌダルクに女将軍のネタはないよね。
もしかして、秦良玉はジャンヌダルクに似てるのかな?


390 :世界@名無史さん:02/08/23 16:33
>>388-389
このスレを1から読みなさい。

391 :世界@名無史さん:02/08/23 17:11
>>390
でも、最近は>>389が言う通り秦良玉とジャンヌダルク以外に女将軍のネタはないのは事実だよ。
ただし、ジャンヌダルクの存在を知らない>>388は勉強不足だけどね<笑>


392 :あやめ:02/08/28 18:14
明の萬暦二十三年に秦良玉は石柱宣撫使の馬千乘に嫁しました。良玉の年齢は正に二十二歳、
千乘より少きこと二歳でした。良玉の父の秦葵が許嫁を軽諾しなかったことは前回に述べた
ところですが、「蜀龜鑑」には「馬千乘は其の文武の才を聞き、禮を以て聘す焉」とあり、
秦葵も彼の器量を愛娘の配として相応しい人物と評価したものでしょう。宣撫使は兵部に属し
土司中では宣慰使に次ぐ従四品の高官です。兵部の職事官で対比すると正三品の侍郎の下で
正五品の郎中の上に位置します。勲階では騎都尉に当り散階では宣武將軍などに当ります。
しかも出世には転勤が必須の一般官僚=流官と異なり、代々その地方一帯の絶対君主も同然で
家柄権勢とも申し分のない嫁入り先と言うべきでしょう。
当時の石柱司の事情は次回に述べることとし、今回は土家族の婚俗について少し触れます。
よく知られているように漢族の社会では同姓不婚が厳重に守られています。しかし土家では
こうした習俗はありません。女権家族制度の名残なんだそうです。「雍正保靖縣志」によると
「同姓にして婚を爲し、婚嫁に轎を用ゐず、背に新人(花嫁)を負ひ、男女混雑す」、「鶴峰
州志」には「土司の親を娶るは同姓を論ぜず、或いは婚約に凭(よ)らず、一言にして議定し、
名づけて『放話』と曰ふ」とあって重親を嫌うということはありません。そればかりではなく
重親の深化が習俗を成してすらいます。「民國永順府志」には「土司の舊例には、凡そ姑家の
女は必ず舅氏の子に嫁す、名づけて『骨種』と曰ふ、年の大小を論ずること無く、竟(つ)いに
姑家の女の年長ずること十餘歳なる有れば、必ず舅氏の子の成立を待ちて婚配す」とあって、
父の姉妹または母の兄弟の娘は母の兄弟または父の姉妹の子との結婚が既定されているわけで、
三十歳前後でやっと半分ほど年下の外従弟と結婚という事例も見られたとか。
またレビレート婚の習俗もあり「永順府志」には「兄亡すれば嫂(あによめ)を収め、弟亡すれば
弟ソク(女偏に息、よめ)を収め、之を『座床』と謂ひ、或いは『填房』と曰ふ」とあり、もし
弟が兄嫁と「座床」するのを断った場合のみ、兄嫁ははじめて別家に改嫁することができると
いう風習だったそうです。
また男女の交際は漢族に比し甚だ自由で「永順府志」は「土司の地は萬山の中に處り、凡よそ
耕作出入には男女同行す、親疎に拘すること無く、道路に相遇へば男女を分かたず、歌を以て
姦淫の媒と爲す、親父の前に當ると雖も畏避する所無し」とあります。この歌垣風俗は一般に
西南少数民族に屡ば見られるものです。
良玉は読書人の家庭に成長した女性なので、上記のような漢族的良識から外れた婚礼は恐らく
挙げていないでしょう。しかしこのような自由な交際風俗の環境と女権の強い社会制度が、
彼女の剛毅勇邁な性格の形成に与かっていることは確かでしょう。   続きます

393 :世界@名無史さん:02/09/10 21:30
ネタ切れ?


394 :世界@名無史さん:02/09/10 22:46
>>391
ラクシュミー・バーイーもインドでは崇敬されているけど
イギリス軍にはいちころだったからなあ。

395 :世界@名無史さん:02/09/11 02:26
>>394
そりゃ、パックスブリタニカ全盛期の英国にインドの
一土侯が刃向かったのだから、イチコロなのは当然。
根性無しの皇帝バハードゥルなんかに比べりゃ、セポ
イの乱のインド側の人物としては善戦した方だよ。

396 :あやめ:02/10/01 19:56
>>393
ネタ切れってゆうよりイキ切れですう(泣)
9月中はチョー多忙になっちゃって......
そろそろ再開します

397 :あやめ:02/10/01 20:02
石柱宣撫使司は現在の四川省東部のフ(倍の人偏を三水に入替)陵地区管内の石柱縣に相当し、
北緯北緯29.9度・東経108.1度(数値は地図出版社刊「中国地名録」による)に当ります。
なお石柱の「柱」字は当時の文献では石偏に作っているものが多いのですが、現在の地名は
木偏で当時の文献にも同様の例を見かけますので、フォントが無いことでもあり以下は全て
木偏に従っておきます。「石柱」の地名の由来については2説あります。「石柱郷土志」は
「石幢關」と「柱蒲關」の2関から得たとしており、「明史」の「四川土司傳」もこの説を
採っています。「石柱廳志」には「縣の東南六十里に高峰ありて直上し、状は柱に類す」と
述べられており、今日では後説が一般に通行しているようです。
「土家族土司簡史」(中央民族学院出版社刊)によるとここに初めて土司が置かれたのは宋の
建炎二年(1128A.D.)で、南賓縣の一部を分って「石柱安撫司」を設けてからとしています。
しかし清の顧祖禹の「讀史方輿紀要」は宋の景定年間としており、「明史」の「四川土司傳」も
宋末としています。元代には安撫司を軍民府に改め更に軍民安撫使司に昇格し、元末の乱に
四川に拠った明玉珍は安撫使司とし、明の洪武八年(1375)には宣撫使司に改められるという
沿革です。
続きます

398 :あやめ:02/10/01 20:05
石柱宣撫使職は当初から馬氏が歴代継襲していますが、「馬氏家譜」や「馬氏源流碑記」など
馬家で編著した文献には漢の伏波将軍として武名の高い馬援の後裔と自称しています。勿論
信ずるに足りない無根の伝説に過ぎず、また「馬氏家譜」や「石柱郷土志」などの書に馬援の
三十九代の遠孫の馬定虎が南宋の初頭に五渓蛮の苗族が四川・湖廣の境を擾乱した際に、高宗の
召に応じ四川に入り反蛮を戡定し、建炎七年に石柱安撫司に封ぜられたとする所伝も信用ある
文献には見えません。やや確実な載籍としては顧炎武の「天下郡國利病書」に「渝州志」を引き
「宋の景定中に蠻酋の大蟲馬什用は向士壁と師を率ゐ大いに元兵を破り、繼いで九溪の洞夷を
平らぐ、鎭國上將軍・領銅牌鐡印・石柱安撫大使を授け、世々其の土を守らしむ」とあり、この
ころから土着の少数民族勢力としての馬氏の支配が確立したと見られます。なお馬什用の渾号の
「大蟲」というのは虎のことです。唐の高祖の祖父の諱が「虎」だったため唐では虎のことを
「大蟲」と言い替えていたもので、宋代になっても俗語として通用していたもののようです。
「馬氏家譜」には元末に九渓十八洞の土司が乱に乗じて治安が不穏になった際、石柱安撫司を
襲位した馬克用は明の太祖に徴招され、兵を領して施州衛を破り麻子隴・石溪山など一帯の地を
鎮定し、洪武帝から鎭邊將軍・石柱宣撫司を授けられたと述べています。「明史」の「土司傳」
にも洪武七年に克用がその子の付徳を入朝させ方物を献じたこと、翌八年には石柱を安撫司から
宣撫司に昇格させたことを伝えています。    続きは来週?

399 :世界@名無史さん:02/10/03 14:01
http://www05.u-page.so-net.ne.jp/wa2/solo-mon/joseiheisi.jpg
http://www.tokyo-np.co.jp/toku/new_world/nw010519/0520sekai3.jpg
http://www.interq.or.jp/white/ishiyama/image/kitty9.JPG
http://www.fushou-miyajima.webis-ya.com/shigoto/htdocs/11/htimages/000080.1013137183.jpg
女性兵士の写真

400 :世界@名無史さん:02/10/03 15:43
400 400

401 :世界@名無史さん:02/10/03 16:24
http://slam.canoe.ca/TorontoPecotaImages/warrior.jpg
http://www.arts.adelaide.edu.au/personal/DHart/Images/WarriorsAndHeroes/JoanofArc/Delpech1430.jpg
http://www.arts.adelaide.edu.au/personal/DHart/Images/WarriorsAndHeroes/JoanofArc/CoffinWW1Poster.jpg
女戦士の絵

402 :世界@名無史さん:02/10/03 18:06
 あやめさん、頑張って下さい。 ・・・・ろくに読んでませんけど。

403 :世界@名無史さん:02/10/04 16:51
女戦士は立ちション可能か?

404 :世界@名無史さん:02/10/04 17:48
>>403 女戦士に限らず、女性も立ちションは可能です。

405 :世界@名無史さん:02/10/04 19:41
あずみ(ビッグコミックスペリオール連載中の)は立ちション可能か?


406 :404:02/10/04 20:27
>>405 だから、女性は皆、立ちションをしようと思えば、出来るのです。

 日本でも、昔は、女性も皆、立ちションしていたと言いますし、東京オリン
ピックの際には、女性用の立ち小便器(サニスタンド)が設置されたとの記録も
残っています。

 肩幅程度に両足を開き、上体を少し前屈みにすれば、女性の おしっこ は、
後ろ30度の方向に飛んでいくと言いますから、これで、十分に立ちションが
できます。

407 :アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/10/04 20:40
この話題、前にどこかのスレにありましたよね。
可能であることを証言します。
幼少のみぎり、やったことがございますので。
後ろ30度は、信じられませんが。

408 :404:02/10/04 20:45
>>407
「後ろ30度」・・・・腰部から垂直下方を0度とした場合の、後方30度。

409 :世界@名無史さん:02/10/04 20:50
>>406
「普通の女」ではなく、「女戦士」の放尿姿勢が論点なのです。

410 :404:02/10/04 20:57
>>409 女戦士の放尿姿勢を論ずるには、先ず、前提として、「女性はに立ち小便
をし得るか。」について解決する必要があります。仮に、この点について、「生理的
に不可能。」との結論が出れば、「女戦士は座ってせざるを得ない。」となる訳です
から。
 よって、女性一般が立ち小便をし得るか否かについて論ずる事は、本件論点に
必要な議論であり、これを「趣旨違い」とする あなたの発言は、失当とせざるを
得ません。

411 :世界@名無史さん:02/10/04 22:18
>>409
>「普通の女」ではなく、「女戦士」の放尿姿勢が論点なのです。
最終的には、そういうことだけど・・・
>>410
>女性一般が立ち小便をし得るか否かについて論ずる事は、本件論点に
>必要な議論であり
たしかに、これは必要だ!


412 :世界@名無史さん:02/10/04 22:21
>>403-411
そういう話題は、こっちのスレで論議して下さい!

★★★女戦士はどうやっておしっこするの?★★★
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/1033438108/l50


413 :世界@名無史さん:02/10/04 23:18
>>412 お言葉ですが、トイレの問題を無視して、建築物を語る事が出来ないのと同様に、
排泄の問題を無視して、女戦士を論じる事は出来ないでしょう。

414 :世界@名無史さん:02/10/04 23:30
>>413
放尿の話題については、あちらのスレの方が適切だと思いますよ。


415 :世界@名無史さん:02/10/04 23:33
>>414
激しく同意!
立ちションの話は、あっちのスレでやれ!


416 :世界@名無史さん:02/10/05 11:17
>>409
>女戦士の放尿姿勢を論ずるには、先ず、前提として、「女性はに立ち小便
をし得るか。」について解決する必要があります。仮に、この点について、「生理的
に不可能。」との結論が出れば、「女戦士は座ってせざるを得ない。」となる訳です
から。

「普通の女」と「女戦士」は同じ“女”でも別のマターク生き物と見なしては考えられないか?


417 :世界@名無史さん:02/10/07 14:39
鶴姫たんハァハァ

418 :世界@名無史さん:02/10/12 18:31
女戦士といえば、やはりジャンヌダルクだよ。


419 :世界@名無史さん:02/10/12 18:43
【中国の四大女傑】
花木蘭・穆桂英・梁紅玉・秦良玉


420 :世界@名無史さん:02/10/15 20:25
スキタイを滅ぼしたサルマート族の女戦士
19世紀のアフリカのダホメー女族戦士部隊も有名

421 :世界@名無史さん:02/10/15 21:09
強い女将軍といえば、水滸伝なんかどうだ?

422 :世界@名無史さん:02/10/16 10:15
>>421
激しく同意!


423 :世界@名無史さん:02/10/21 15:06
梁紅玉ってピンインでどうかくんだっけ

424 :世界@名無史さん:02/10/30 10:14
日本の戊辰戦争でも女性は戦っております。
特に会津では藩の人員を総動員して戦った為、多くの女性が参戦、戦死しております。
会津鶴ヶ城(著 阿井景子 成美堂出版)では中野優子(十六歳)や依田菊子(十八歳)、平田小蝶(十六歳)など二十に満たない女性が薙刀で参戦していたらしい。

425 :世界@名無史さん:02/10/30 10:17

>>420 スキタイを滅ぼしたサルマート族の女戦士

←どなたか、この史実の詳細を御存知の方、いらっしゃいませんか?


426 :世界@名無史さん:02/11/06 00:27
ネタ切れ?


427 :世界@名無史さん:02/11/11 18:18
ネタ切れ?


428 :世界@名無史さん:02/11/13 18:41
ネタ切れ?


429 :世界@名無史さん:02/11/15 23:29
伊達政宗は子供の頃からおとなしい性格でおとなになってからも文化人タイプ。
それから片目ではなく両目あったという説は今でも一部の学者が主張していること。
政宗は疱瘡の毒が目に入って失明したことになっているが
旧仙台藩内の民間伝承では竹の棒っ切れでチャンバラごっこしてて
過って目を潰したという。

そこで「片目の猛将」というのは実は愛姫のことで、
子供の頃ちゃんばらごっこで目に刺さったというのも彼女の子供時代のことではないか、
彼女は子供の頃からきかんぼうというかおてんばでおとなになってからも
家臣の奥方たちや娘たちに鎧を着せ自ら率いて毎回合戦に出ていた、
小田原参陣の時に強硬派の愛姫の首をみやげに秀吉に降伏。
政宗がはじめて眼帯したのはこの時から。
これ以来「片目の猛将」の活躍は史上から消え、
穏健な文化人大名伊達政宗が登場することになった。という説。

430 :世界@名無史さん:02/11/15 23:30
429の続き

この説を題材にした小説では、結婚式の初夜で
まだ子供同士の政宗と愛姫がセックスの意味がわからず
愛姫が政宗の顔の上に立ちションして小便ひっかけるシーンがあった。
結婚初日以来、性格がきつくて癇の強い愛姫に、
政宗はおどおどしながら尻に敷かれる日々。という設定だった。


431 :世界@名無史さん:02/11/16 00:04
それより、この質問に誰か答えてくれよ。
      ↓
425 名前:世界@名無史さん :02/10/30 10:17

>>420 スキタイを滅ぼしたサルマート族の女戦士

←どなたか、この史実の詳細を御存知の方、いらっしゃいませんか?


432 :世界@名無史さん:02/11/18 21:57
>429
伊達政宗の片目は余りにも有名だが本人はそれを酷く嫌っていて、
肖像画にもわざわざ両目を描くよう言明したそうな。遺言にもそう
言い残したとも伝わるが?。


433 :世界@名無史さん:02/11/25 00:09
ネタ切れ?


434 :世界@名無史さん:02/11/27 01:26
>>429,>>430
それは漏れが三国戦国板で書いたやつの無断コピペだな(w
むこうではまったく無視されたのに誰かよろこんでくれた奴がいたのか(w
コピペしてくれたのは嬉しいがネタ元かけよ。

>>431
サウロマタイという部族は、スキタイ人の男と女戦士の種族アマゾンとの混血。



435 :あやめ :02/11/27 11:39
サウロマタエはヘロドトスによってアマゾンがスキタイの男と交わってできた民族とされています。
女子が男子と同じ服装で戦闘や狩猟に従事していたとも伝えられ、女権の強い社会だったと思われます。
その文化はスキタイとの親縁関係が著しいものの、スキタイが騎射による戦闘を主としていたのに対し、
彼らは短剣や槍を主たる武器としていたようです。近年における考古学的調査が進んでいるようですが、
それにょると女性の墓から鉄の鏃が発掘されているそうで、これが女戦士伝説を裏付けると見る説も
出ているようですが、反対する研究者もいます。
角田文衛さんの「古代北方文化の研究」という本が詳しいらしいのですが読んでいません。

436 :世界@名無史さん:02/11/27 11:41
>>434-435
 レス、サンクス。

437 :世界@名無史さん:02/11/27 16:32
中国人民解放軍の高級軍人で、朝鮮戦争の時には中国人民志願軍
政治部秘書長を務め、その後、中国人民解放軍検察院副院長を務めた
中国人民解放軍少将の李貞は、中国女性として初めて国軍の将官ポスト
に任じられた、偉大な女戦士です。

438 :あやめ :02/11/27 18:06
この人は果して前線で戦闘の指揮を実践したことがあるんでしょうか?
ベトナム戦争のときの北の作戦を統括していたグエン-チ-ビン(阮氏平)のような
立場の後方指揮官ではないでしょうか。
女戦士といってよいものか疑問です。

439 :世界@名無史さん:02/11/27 21:20
「政治部秘書長」とか「検察院副院長」なんて後方どころか、ほとんど文官じゃん。

440 :世界@名無史さん:02/12/02 12:21
>>439
>「政治部秘書長」とか「検察院副院長」なんて後方どころか、ほとんど文官じゃん。
たしかに女戦士とはいえないね?


441 :世界@名無史さん:02/12/02 12:38
 李貞は、中国人民解放軍の全身である中国労農紅軍にいた
際は、江西省、湖北省、湖南省の中国共産党の革命根拠地
を国民党政府軍から防衛する戦いで、ゲリラ部隊の現場指揮官
として、自ら銃を手に戦闘に参加した人です。そして、朝鮮戦争
に際しても、軍政治部秘書長という文官的職務はそっちのけにして、
朝鮮人民軍と共に対米ゲリラ活動を行い、多くの米兵を殺害したと
いわれる人です。だから彼女は女戦士と呼ばれる資格はあると思います

442 :世界@名無史さん:02/12/02 13:28
>多くの米兵を殺害したといわれる人です

「したと言われる」って・・・。
明確な証拠はないんですか?


443 :世界@名無史さん:02/12/02 13:34
>>441
なんか必死になってるけど、君、もしかして軍事板や自衛隊板で女性士官に
こだわりまくってた女軍ヲタ?



444 :世界@名無史さん:02/12/02 13:36
そういやあ、中国って今でも女性にも兵役義務があるんだったよね。

445 :世界@名無史さん:02/12/02 14:02
 女軍ヲタではございません。李貞については、中国軍事史人物
辞典という中国で刊行された書物と、日本で刊行された中国人民
解放軍関係の文献に、現代中国が誇る女戦士として載っていたので
紹介しました。現代中国の軍人については、公式発表されている
伝記と、非公式な伝記の間にかなりのギャップがあり、伝聞の真偽を
調べようと思ったら、とうの本人に聞くしかないのが現状です。李貞は
今年まだ生きていれば、九十歳前後なので、もし生きておられれば、
なんとかして李貞本人とコンタクトを取って、書面で彼女に米兵殺害の
有無についてインタビューしたいです。

446 :あやめ :02/12/02 15:40
突っ込み入れた責任上、google検索して調べてみました。
http://www.csonline.com.cn/big5/content/2002-03/29/content_11512.htm
[李貞](1908—1990)解放軍調節級將領。長沙府瀏陽人,甘泗淇夫人。
幼にして童養媳となる。1926年革命に参加、翌年加入共産黨に入る。瀏陽地区中共支部書記として
秋收暴動に参加。後に紅六軍團組織部部長に任ぜられ、国民党軍の圍剿に対する戦闘と長征に参加。
支那事變後は八路軍婦女干部學校校長等の職を歴任。解放戰爭時期には西北野戰軍直屬政治部主任。
晉西解放區を開拓する闘争に参加。
中華人民共和國成立後には解放軍軍事檢察院副檢察長等の職を歴任。1955年少將の肩書を授けられ、
當時中國唯一女將軍となる。
ということです。旦那の甘泗淇という人も同郷のたたき上げ軍人で、最終軍歴は解放軍総政治部副主任
なお童養媳(トンヤンシー)というのは貧乏な家庭の娘が、将来その家の嫁(実態は奴隷同然)とする
約束で養女に売られるという、昔はよくあった話で今も無くはないという風習です。

447 :世界@名無史さん:02/12/02 16:01
 ボルヘスの、汚辱の世界史、という作品の中でも取り上げられている
清朝の嘉慶年間に、中国南部の沿海部を荒らしまわったあげく、有利な
条件で清朝と講和し、女貴族になって安楽な老後を過した女海賊鄭夫人
も、女戦士だと思います。

448 :あやめ :02/12/02 16:15
↑「翌年加入共産黨に入る」は「翌年共産黨に入る」の誤記です。
そこで実戦経験ですが、
http://bbs.ee.ntu.edu.tw/boards/Military/9/10/11.html
17歳で勇敢にも厚い封建勢力の邪魔を突き破り革命道路を進み我が軍の史上
第一位女將軍と成る。
あるとき瀏東游擊隊の士兵委員長であった李貞は眾を率いて敵兵を狙擊していたが、
敵は多勢で我は無勢、李貞の彈丸は尽きてしまい刀や石ころで敵に向かう。遂には
李貞ら5人崖の上に追い詰められ、彼女は死んでも降参なんかしないぞと叫んで一人
崖から身を躍らせたが、奇跡的にも絶壁に突き出してた木の枝に引っ掛かった。
李貞はこの時すでに4ヶ月の身重、その場で流産してしまう。意識が戻ってから
彼女は穴を掘って流産した子を埋め、傷で弱った体を引き摺りながら原隊に戻った。
そういうことなので若い時分にゲリラやってたころは、戦闘現場で活躍してたのは
確かのようです。

449 :世界@名無史さん:02/12/02 16:20
 中国共産党軍の女ゲリラ戦士として活動した人には、
他に張琴秋、趙一曼がいます。


450 :あやめ :02/12/02 16:37
張琴秋などについてはここ見てね
http://www.pladaily.com.cn/big5/nbtd/2000/12/27/20001227011007_zgnbfc.html

451 :世界@名無史さん:02/12/04 14:24
12世紀の北宋末期に起きた宗教秘密結社喫菜事魔による武装反乱
方ロウの乱で、反乱軍の将軍に、方百花という女戦士がいます。
彼女は、反乱軍首領方ロウの娘または妹といわれており、反乱軍の
元帥として兵を率い杭州を攻めた際は、自ら刀を手に取って先陣きって
宋軍と戦った勇敢な女性です。

452 :世界@名無史さん:02/12/04 14:29
 1920年代の山東省で、数万人の土匪軍を率い
省内を荒らしまわった土匪の女首領趙マーマについて
詳しい伝記をご存知の方は、ご教示ください。

453 :あやめ :02/12/04 16:25
方臘については「宋代三次農民起義史料彙編」(中華書局刊)に110ページに亘り
関連史料を網羅しています。しかしその中には「方百花」という人物については
片影をも留めていません。反乱軍のメンバーの固有名詞としては鄭魔王・呂師嚢・
八大王・仇道人・陳十四など、ごく少数の人名が断片的に挙げられているだけです。
方百花というのは後世の小説−おそらくはここ数十年内の作品の架空の登場人物
ではないかと想像しています。なお杭州ははかばかしい抵抗も示さず、知州が
逃亡して反乱軍の手に陥っています。

454 :あやめ :02/12/04 16:40
上記の外に方臘の身内としては妻の邱氏と子の方毫二、宰相としていた方肥など
が出てきます。

455 :世界@名無史さん:02/12/04 16:52
 方百花については、中国の出版社、科学技術文献出版社が
刊行した中国軍事史人物辞典という人名辞典に掲載されていた
記述を日本語に訳して、書きこんだものです。

456 :あやめ :02/12/04 17:57
検索してみると方百花は杭州の民間故事中の人物のようです。
http://qt123.8u8.com/hzstory/story41b.htm
農民起義英雄の遺跡というのは近来各地で発生しています。
村の党書記「あちこちに起義英雄の名所というのが出来てるみたいだな
村の幹部「うちも村おこしに必要ですな
党書記「この辺には起義の歴史ってものは何かないのか
幹部「宋代に方臘起義というのがありましたな、水滸傳にも出てますよ
書記「それでいこう、どこがいいかな
幹部「鳳山門のとこに点将台とかいう小高いとこがありますから、そこあたりどうすか
書記「それでいいがどういう故事があったんだい?
幹部「判りませんが名前から言って、昔誰か閲兵したんじゃないすかね
書記「なら方臘がそこで閲兵したということでどうだ
幹部「どうせなら女英雄の方が人が呼べますぜ、方臘の妹の百花が閲兵した、と
書記「ほう、そんなのがいたのか、初耳だが
幹部「いたことにしましょう



457 :あやめ :02/12/04 18:06
どこだったかにも洪秀全の妹の洪宣嬌の閲兵台というのもあったように記憶します。
「方百花」で検索するとズラズラ出てきます、「新水滸後傳」という連続テレビドラマが
放映されて有名になったみたいです。

458 :あやめ :02/12/04 18:13
>>452
趙媽媽についてはここに名前だけ出てますが、匪賊とあるだけで詳細不明です。
http://www.infosakyu.ne.jp/~sekkan/lady.htm

459 :世界@名無史さん:02/12/20 12:54
age

460 :世界@名無史さん:02/12/20 13:22
あ、武装した女性ならたとえば
1791年10月5日のパンよこせ軍団とか。
どうですか?

461 :世界@名無史さん:02/12/20 13:58
米騒動はだめ?

462 :世界@名無史さん:02/12/20 18:32
あ、あやめだ。久々に見た

463 :世界@名無史さん:02/12/23 16:13
鹿島神宮ゆき 特急「あやめ」
本数が少ないなあ・・

464 :あがれ!:02/12/23 22:20
秦良玉の事を解りやすく知りたけりゃ、井上佑美子女史の「女将軍伝」を読むこった。


465 :世界@名無史さん:02/12/24 13:21
 19世紀のイギリスで性別を男性と偽って軍に入り、最終的に
軍医中将にまで出世したジェ−ムズ・バリ−ことジェ−ン・バリ−
という女性について詳しくお教えください。

466 :アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/12/24 14:17
ここ、結構詳しいですよ。

http://www05.u-page.so-net.ne.jp/kd5/e_shoji/history/england/barry.html

467 :あやめ:02/12/24 17:46
>464
井上さんは藤水名子さん辺りに比べると割りときちんと調べてますね。
あやめの秦良玉の連載はストップしてますが、そのうち書き継ぐつもりです。
年明けからは女戦士について新シリーズを始める予定でいます。
それまではチョット一休みします。

ということで皆様あやめに今年もお付合いくださって有難うございました。
楽しいイヴと幸せな新年をお迎えください、そして今後もあやめを宜しくねm(__)m
それじゃ暫くはバーイ(*⌒ー⌒*)/~~

468 :世界@名無史さん:03/01/04 17:21
保全あげ

469 :世界@名無史さん:03/01/08 16:31
>>377
射撃に長けているセイラ=マス

470 :世界@名無史さん:03/01/10 12:05
保全あげ

471 :山崎渉:03/01/11 12:51
(^^)

472 :世界@名無史さん:03/01/13 00:16
笹沢佐保の宮本武蔵に、薙刀一本で城を守った烈女の話がのってたけど、
実際にいたんかなage?

473 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/13 09:51
>472
甲斐武田家や播磨別所家が滅亡する時に鎧を身にまとって戦った女性が居まし
た。女鎧(胸の部分が太く、腰の部分が細く作られたもの)だったのでしょう。
別に珍しい現象だったわけでは無い。頻繁に見られたわけでもありませんでし
たが。

474 :世界@名無史さん:03/01/14 20:46
age

475 :世界@名無史さん:03/01/16 15:48
女戦士ってなぜいつも半裸だったり露出が多かったりするのでしょう?
理にかなった説明ボキーン!

476 :世界@名無史さん:03/01/16 23:33
>>475
誘惑に決まってんだろ

477 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/01/16 23:35
>475
ゲームや漫画の中だけです。

478 :世界@名無史さん:03/01/16 23:58
>>475
伯爵である夫が重税で庶民を苦しめている。
妻は重税を課すことを止めるように夫に懇願。
「お前が素っ裸で馬に乗り、町中を走り回ったらお前の希望をきこう」。
妻は夫の言葉を信じて、素っ裸で馬に乗った・・・。

というゴディヴァの話がありましたね。
戦場の戦士ではないが愛の戦士。

479 :世界@名無史さん:03/01/17 05:17
ベルギーのチョコレートメーカーとして有名な「ゴディヴァ」という
会社名が、このゴディヴァ夫人の名に由来するのは言うまでもない。

480 :475:03/01/17 10:01
ゴディヴァ...(藁
ありゃねらってんだろうな。
ベルギー人あなどりがたし。

481 :世界@名無史さん:03/01/17 10:47
>>478

│     
│∀・)ミタヨー ←ピーピングトム 



│(((;*∀*)))メガチブレター

482 :世界@名無史さん:03/01/17 19:27
これがホントの裸馬乗り

483 :世界@名無史さん:03/01/18 23:25
age

484 :世界@名無史さん:03/01/19 01:07
女戦士萌え

485 :トム:03/01/22 22:34
何でも伯爵夫人が全裸で木馬責めと聞いて覗いて見たのですが眼が潰れました。

486 :sekai:03/01/22 22:37
>478
それで希望は聞き入れられたんですか!?

487 :世界@名無史さん:03/01/22 23:18
>486
渋々税を軽くしたので、領民は喜んだということです(全て伝説ですが)。
ちなみにゴディバの画像。見ると目が潰れるかもしれませんが。
http://www.illusionsgallery.com/godiva.html

488 :世界@名無史さん:03/01/24 00:47
でもゴディヴァ夫人、本当は見られたかったんじゃないか?

489 :世界@名無史さん:03/01/24 00:58
濡れてたんでしょうなぁ

490 :世界@名無史さん:03/02/11 20:01
age

491 :世界@名無史さん:03/03/02 17:59
http://www.geocities.com/normlaw/wmnarmor.html

492 :世界@名無史さん:03/03/03 15:18
タイで1785年にビルマ水軍を撃退したターオ・テーパカサットリー
とターオ・シースントン姉妹。
および、1826年、ヴィエンチャンからの軍勢を撃退した、
ターオ・スラナーリー。
彼女らについて詳しく知ってる方、いらっしゃったら、
教えてください。

493 :あやめ:03/03/05 12:27
スラナーリー・スリヨータイ・テープサットゥリー姉妹というのはタイの4大女傑と
言われて切手にもなったりしてるんだそうです。
スリョータイは昨年だったか映画にもなりましたが、日本にも来てるのかしら?
1785A.D.のミャンマー軍の侵入は大規模なものだったのですが、結局のところは
タイ側の勝利に帰し、マライ半島北部におけるタイの勢力の伸張を見た戦争です。
この際にテープサットゥリー姉妹が活躍したようですが詳細は知りません。
スラナーリーはラオス軍がコーラートに進攻した際に、同地の副太守が不在の折で
夫人のスラナーリーが計略で撃退したのだそうです。コーラートには彼女の銅像も
あり観光名所とのこと。なお彼女の映画も計画されていたのですが資金計画が難航
とりやめになった模様。下のサイトに銅像が見れます。
http://member.nifty.ne.jp/sawadee_thailand/THAI_0/Korat/Korat_2.htm#Yamo

494 :x:03/03/05 12:43
◆ピンクエンジェル◆↓↓↓↓↓↓↓↓↓
http://www.pink-angel.jp/betu/index.html

495 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :03/03/05 15:11
日本には小正月の夜に来訪神が町中を歩くが(醜いなどの理由から見られる事を嫌
う神なので)見てしまうと祟られるという伝承があり、かつては決められた日の夜
には家を出ず外を見る事もありませんでした。
欧州にも来訪神の伝承がありますが、ゴディバ夫人の話もそのあたりから来たもの
では?目が潰れたというのもそれらしいですし、裸で馬に跨る女というのも魔女的
というか異教的。

496 :世界@名無史さん:03/03/06 09:38
http://news2.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1046899261/l50
【国際】ロシア軍が女性兵士を対象に「ミス将校」コンテスト



497 :山崎渉:03/03/13 13:19
(^^)

498 :世界@名無史さん:03/04/08 15:49
保守age

499 :世界@名無史さん:03/04/08 16:16
【クレジットカードのショッピング枠を現金化!】

クレジットカードで買い物をすると、商品代金の80〜90%のキャッシュバック!!
10万円の買い物をすれば8〜9万円の現金がお手元に!!

■■朝日カード■■
http://www2.pekori.to/~ryu/asahi/


500 :世界@名無史さん:03/04/09 00:14
>>492
ターオ・スラナーリー(ヤー・モー=モー夫人)
男たちが出張で不在の町に攻めて来たラオス軍。
スラナリーは敵地に乗り込み、酒を振舞う。
敵を油断させ、その間に攻撃の手はずを整えラオス軍を撃退。

>>493
映画「スリヨータイ」はタイではヒットしましたが、日本公開の話は
未だ具体的ではないようです。

タイは女系社会でバリバリ活躍する女性が、賞賛されるお国柄。


501 :世界@名無史さん:03/04/09 23:54
>>500
>タイは女系社会
現代は、そうでもないらしい

502 :山崎渉:03/04/17 09:37
(^^)

503 :山崎渉:03/04/20 04:56
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

504 :あやめ:03/04/25 14:43
東南アジア大陸部の女戦士の話題が出てるとこで島嶼部からも
現代のインドネシア民族運動の中でもアチェ地区の分離独立運動の激しさは顕著な
ものがありますが、こうした傾向はオランダ支配時代における抵抗運動の粘り強い
継続にも見られました。1873A.D.から40年以上にも亘るアチェ戦争での特に中期
以降のゲリラ戦です。
チュッ-ニャ-ディン(CutNyakDhienまたはTjotNjaDhien)はアチェ王国の4大貴族の
一つのナンタ(Nnta)家に生まれ、10歳で貴族トゥク-イブラヒム(TeukuIbrahim)に
嫁ぎました。イブラヒムは対オランダ闘争の指導的戦士でしたが1878A.D.に戦死し、
彼女は夫の志を継いで配下を率いて戦いましたが、数年後に抵抗戦争の指導者の一人
トゥク-ウマール(TeukuUmarまたはToekoeOemar)と再婚しました。
オランダ側はオランダ人イスラム学者ヒュルフローニェ(SnouckHurgronje)の献策に
従い、それまでの武力弾圧からウレバラン(Ureebalang)と呼ばれる封建領主たちを
懐柔する方針を採り、ムラボー(Meuraboh)地方のウレバランであったウマールまで
帰順して、オランダから大将軍の称号や多額の月給を受けて反乱鎮定に従事するに
至り、同志から裏切者の罵声を浴びたばかりか妻ディンの不満を買うことになりました。

505 :あやめ:03/04/25 14:46
チュッ-ニャ-ディンは夫ウマールを支えながらも抵抗運動への復帰を説得しました。
1896A.D.ウマールは遂に大量の銃器弾薬を携え再びオランダに反旗を翻したのです。
しかし裏切者の世評を負った彼に同調者は乏しく、孤軍奮闘の末3年後に戦死して
妻のディンが配下を引継ぎ抗戦を続けることになりました。その後6年間も山岳の
密林地帯を根城として戦った彼女も1905A.D.オランダ軍に捕らえられてしまいます。
その間の戦闘の実相は神出鬼没の遊撃戦と言うよりも、圧倒的に優勢なオランダ軍の
装備やセラウェシやモルッカなどの現地兵で補強した兵力に敵しかね、掃蕩戦の隙を
掻い潜る散発ゲリラというのが偽りのない姿だったようです。彼女自身も健康を害し
失明してしまっており、見かねた側近が療養の保証の下に彼女をオランダ側に売り
渡したのが、捕虜となるに至った事情における一種の「美談」として語られています。
その後オランダは彼女をアチェの首都クタラジャ(Kutaraja)即ち現パンダアチェに
移し療養させますが、その後アチェ以外の土地に移送しないという投降条件を無視し、
西ジャワのスメダン(Sumedang)に流刑し1908彼女はそこで生涯を終えました。

506 :世界@名無史さん:03/04/29 11:04
15世紀に与那国を支配したサンアイ・イソバ。
身長2b40a。肩幅90a。乳房4つ。
宮古軍が攻め込んできたとき、敵の大将の両足をつかみ持ち上げ、
足を引き裂こうとし、宮古軍を降伏させる。

507 :山崎渉:03/05/22 00:52
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―

508 :第20軍団兵:03/05/22 01:51
ローマの剣闘士には女性がいたそうです。下着姿同然で戦ったそうですから。
その時競技場は別の方向で盛り上がったかもしれませんね。

509 :世界@名無史さん:03/05/22 15:09
「女戦士」ではないので心苦しいのですが、
マムルーク朝の初代皇帝は女性だったと聞いたのですが、本当ですか。
本当なら、彼女はお飾りでなれたのか、それとも彼女の政治的軍事的手腕で
皇帝になれたのでしょうか。

510 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/05/22 18:28
シャジャル・アッドゥル(確かこんな名前)上げ。

511 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/05/22 18:45
ラズィーヤ(こちらも奴隷王朝。但しインドの)なんてのも居ましたね。
ttp://www1.neweb.ne.jp/wb/kaname/reina/list-1c.html

512 :世界@名無史さん:03/05/22 23:58
>510.511
どちらも非業の死を遂げてますな。

>509
シャジャル・ドッルはアイユーブ朝スルタン サーリフの愛妾。
サーリフが病死したとき、ルイ9世率いる十字軍が攻めてくる。
シャジャルは王の死を隠し、国を統率。
50日間の攻防の末、ついにルイは降伏、捕虜とされる。
新スルタン予定者は殺害されアイユーブ朝は断絶(黒幕はシャジャル)、
シャジャルが女王(スルタナ)に推戴される。
女王としての初仕事はルイの処遇。多大な身代金と引き換えにルイを釈放。
即位70日後、マムルークのアイバクと結婚。
しかしアイバクには権力を渡さず、夫妻は対立。
アイバクの権力が強くなるのを恐れたシャジャルは、アイバクを風呂場で暗殺。
しかしその三日後、シャジャルはアイバクの先妻の命により女奴隷に木靴で殴り殺される。
ちなみにSHAGAR EL DORRの意味は「真珠の小枝」。


513 :世界@名無史さん:03/05/23 19:30
>>487
萌えますた。

514 :世界@名無史さん:03/05/24 16:26
>>512
す、凄いな・・・
政治的手腕のある美女だったんだね。ここまできたら少女マンガか宝塚だ。

515 :山崎渉:03/05/28 15:11
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

516 :世界@名無史さん:03/06/03 18:42
保守age

517 :世界@名無史さん:03/06/03 19:52
ヘドリアン女王、銀河無宿アマゾンキラー、王女キメラ、女将軍ゼノビア・・・

518 :世界@名無史さん:03/06/04 16:52
アハメス様も入れて

519 :世界@名無史さん:03/06/09 20:31
>>508
むしろガチガチに布巻いた上に防具をつけたらしいが…

520 :あやめ:03/06/22 19:22
今日お仕事のついでに立ち寄った本屋さんで「女海賊大全」(東洋書林刊)というのに
目が留まりました。買うほどの本でもないので暫し立ち読み。
東洋書林は既に「海賊大全」というのを出してるので男女共同参画とやらの実践?(笑)
でもって奥付をチェックすると何と「2003年7月1日発行」という未来志向!
女海賊って「大全」作れるくらい目白押しで歴史に登場してるのかしらと、些か疑問を
感じて目次を見ると、掠奪されて海賊船で働いてた女性とかも含めてのことらしい。
有名な女海賊ではアイルランドのグレース-オマリーにかなりの紙幅を割いていました。
支那の事例では鄭一嫂と通称されてる石氏も詳説されてましたが、ソースはどうやら
袁永綸の「靖海氛記」の英訳本"History of the Pirates"に専ら依拠したものらしい。
石氏の事跡は鄭廣南著「中国海盗史」(華東理工大学出版社刊)にもかなり何箇所に亘り
触れています。そのうち暇が出来たら書きます。(あてにしないで)

521 :世界@名無史さん:03/06/22 20:30
>>520
これだけ伏線をはっておきながら「あてにしないで」とは無責任だな。

522 :山崎 渉:03/07/15 12:53

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

523 :なまえをいれてください:03/07/17 18:17
ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。

524 :世界@名無史さん:03/08/08 08:07
age

525 :世界@名無史さん:03/08/08 11:48
検索にまったく引っかからんのだが、最初の方に名前出た
佐々木留衣ってどうゆう存在なのか教えてくれませんか?
実在?架空?

526 :T・S:03/08/08 12:00
>>525
ごめんなさい……字が間違ってました。
正しくは「佐々木留伊」です。
検索してみたら、こんなのがありましたので御参考のほどに
ttp://w3.shinkigensha.co.jp/books/4-7753-0132-2.html

527 :世界@名無史さん:03/08/08 13:46
佐々木留伊って池波正太郎の「妙音」の創作キャラじゃないの?

528 :T・S:03/08/08 13:50
山岡荘八の「越後騒動」にも出てますよ。

529 :あやめ:03/08/09 14:13
佐々木留伊の事跡は天保時代に澁井徳章が著わした「責而者草」という本に出ている
とのことです。「責而者草」は「せめてはくさ」と読みます。池波さんが「せめても
くさ」と読んでいるのは間違いです。国史研究会編「日本偉人言行資料 」という大正
時代の叢書に入ってるそうです。但しうちにはありません。
留伊を取り上げた小説では「姿三四郎」の原作者の富田常雄の「女やわら抄」という
作品あたりが最初でしょうか。昔に読んだ記憶を辿って粗筋を書きます。
若くして関口流の柔術を極めた留伊は名を揚げるべく江戸に出ます。道場を構えますが
期待した武士は入門せず、若い女体と揉みあいたい職人とか、投げ締められる快感に
痺れたい商家の若旦那とか、不真面目な弟子にウンザリの日々が続きます。
そこで知名度を上げる話題つくりに喧嘩を売りまくることにします。盛り場の往来で
なるべく強そうな武士にいきなりビンタを食らわす。相手は怒りますが女のしたことと
判ると苦笑して立ち去ろうとします。そこをもう一つ張り飛ばすと相手は本気で憤激し、
腕を拉って懲らしめようとするのを逆に投げ飛ばす。こういう派手なパフォーマンスで
江戸中の噂の種にはなりますが、結局のところ腕に覚えのある武士からは避けられて
道場経営に大した足しにならない。彼女の思惑では一つは大藩からの召抱えの話とか
期待していたのでしょうが、武芸の教授はやはり男の専門職種で女は精々が別式女の
口くらいしかありません。

530 :_:03/08/09 14:14
http://homepage.mac.com/hiroyuki45/

531 :_:03/08/09 14:14
http://homepage.mac.com/hiroyuki45/jaz09.html

532 :あやめ:03/08/09 14:17
佐々木留伊が江戸で名を揚げることによる期待は今一つ、己に立ち優る武芸者に出会い
妻に迎えられるという夢でした。人並みに劣らぬ容姿を具えていても男に過ぎる体格と
腕力のため、彼女はそれまで縁遠い青春をかこってきたのでした。
彼女は成人の武士を弟子とすることを諦め、元服前の武家の子弟に柔術の手ほどきを
教授することにしました。そうした幼年の弟子を着飾らせ市中を連れ歩くことで些か
鬱を散じていたのです。今でいうショタコンですかしらね。ある日のこと寵愛の弟子を
伴って花見に出かけ、弟子に団子など振舞うため茶屋に立ち寄ります。すると奥の方に
酒盛りしている一団の侍たちが聞こえよがしに彼女のショタ振りをからかう。話頭は
段々と猥雑になってゆき「あのような女は定めて大味であろうわえ」などと品評する。
居たたまれなくなった彼女は弟子を促して帰宅し、以後はショタ遊びも止めにします。
こうした欲求不満の年月が続いたある日のこと、水戸家だったか大藩から家中の若者に
柔術を指導してもらいたいという話が来ます。もっとも就職に繋がるようなものではなく
家中の腕自慢と立ち会ってくれという見世物的な申出です。     続きます。

533 :世界@名無史さん:03/08/09 14:26
あの・・・あやめ先生、女海賊の話>520は・・・?

534 :世界@名無史さん:03/08/09 15:31
昔の戦隊物の悪の女幹部って、世界史にネタ元があるの?

女将軍ゼノビア(ダイナマン)
レー・ネフェル(フラッシュマン)

535 :あやめ:03/08/09 15:42
水戸家の邸に向かった留伊は掛かってくる若侍を次々と投げ退け無敵の腕前を
示します。最後の対戦相手として現れたのは水戸家の柔術指南役の某でした。
(某じゃ気分が出ないでしょうけど名前を失念してしまったんです。好きな名を
代入しておいてください)立ち会って間もなく留伊は彼が恐るべき敵手である
ことを覚ります。彼は留伊がそれまでに試合した武芸者の誰よりも優れた手練の
持主であり、彼女自身の技量をも遥かに凌駕する至術を具えた強敵でした。
しかもそのような技前を全面的に展開するのではなく、彼女の仕掛けに対応して
程よくあしらってくれるのです。そこで傍目には技量の伯仲した対戦者同士が
互に秘術を尽して争っているかのように見えてしまうのです。居並ぶ観戦者は
龍攘虎搏の好試合に酔えるが如く見とれるばかりです。しかし留伊としては
終始彼の腕前に翻弄されるうちに経過してゆき、やがて検分役の藩士の「双方
互角無勝負」の声に、荒い息のまま身を支えて一礼するのがやっとの思いでした。
彼の方はといえば微笑みながら「御指南かたじじけのうござった、さすがは
佐々木氏じゃ、拙者如きの及ぶところではござらぬ」と留伊を賞讃しました。
留伊としては恥ずかしくて消え入るばかりです。彼女は初めて自分より優れた
男に出会ったのでした。

536 :あやめ:03/08/09 16:56
留伊と試合った某は既に中年に差し掛かっていたのですが、魁偉な容貌のため
未だに妻帯するに及んでいませんでした。彼に相応しい相手として留伊に想い
到った藩の重役は、某の意中を叩くとやはり彼も留伊を家内に迎えたく密かに
想っていたのでした。水戸家から意向を尋ねられた留伊も否やはありません
でした。女性に対して優越感もコンプレックスも持たず、自然な配慮を示せる
男に生涯を託す決意をするのに、何のためらいも無い留伊なのでした。
ということでめでたしめでたしな結末のストーリーです。なにしろ随分と昔
読んだものなので細部の記憶があやふやです。
検索してみたら昭和33年に富田作品の時代物短編集に収録されているようです。
高校生のとき中間小説系文芸誌に時代小説傑作選みたいな特集で読んだもので、
なぜか印象に残った作品でした。
山岡荘八作品の「越後騒動」も文庫になったのをちょっとだけ覗いたことあって、
留伊と女形の山村三七郎のクロスジェンダーな色模様のシーンが記憶に残ってます。

>>533
ゴメン、もうちょっと待ってネ

537 :あやめ:03/08/09 17:18
山岡作品の「越後騒動」に出てくるのは山村三七郎じゃなく山村七三郎でした。
留伊も柔術家じゃなく女剣士という設定になってます。

538 :世界@名無史さん:03/08/09 18:37
いい話だ。

539 :世界@名無史さん:03/08/15 22:31
>>169
すんごい昔のレスを蒸し返して悪いんだが
女桃太郎って言うのを見て
岐阜県のどっかの高校の演劇部で上演された
「桃太郎 ジェンダーフリー版 」
を思い出してしまった。噴飯ものの内容だった。

540 : :03/08/26 22:18
>>534
>女将軍ゼノビア(ダイナマン)・レー・ネフェル(フラッシュマン)
ご推察の通り、それぞれパルミュラのゼノビア女王、
古代エジプトのネフェルからとったそうです。

541 :世界@名無史さん:03/09/17 11:41
米海軍の女性提督ホッパー・グレース・マリは既出?
戦士じゃなくてエンジニアですが、軍人という事で・・・

542 :世界@名無史さん:03/09/17 14:48
韓国軍にも女性の将軍がいるらしい。ただ、看護師だけど。
こういう後方勤務ではなく、本格的な女性の軍人が出るのは
もうちょっと時間がかかるかな。

543 :世界@名無史さん:03/09/20 16:04
ユダヤ人の歴史本に出てきた女戦士デボラ。
連合軍を指揮してカナンの軍勢を破ったうえ、逃げた敵将軍のこめかみに
杭を打ち込んで地面に突き刺して殺したそうだ。


544 :名無し猫:03/10/13 11:46
age

545 :世界@名無史さん:03/10/13 16:05
>>534
戦隊モノの女幹部が通例になったのは、
どう考えてもヘドリアン女王様がすごかったからだろ。
二つの組織のトップに立つなど、男を交えても前代未聞の快挙だからな。
つか、それだけ見れば世界史レベルの偉人だw

546 :あやめ:03/10/14 19:49
>>543
デボラの話は「旧約聖書」の「士師記」に出てますが、敵将に杭を打ち込んだのは
彼女ではありません。「士師記」ではカナンの王ヤビンの将軍シセラが攻めてきたので、
女士師のデボラはこれを迎え撃つべくナフタリのアビノアムの子バラクを励まし、
バラクの要請で軍に同行したのです。バラクに打破られたシセラは徒歩で逃亡し、
ケニ人ヘベルの妻ヤエルの天幕に逃げ込みます。ヤエルは彼にミルクを飲ませた上
毛布を被せて熟睡させます。そうしておいてヤエルは天幕の鉄の杭と槌を持って
密かに疲れきって寝ているシセラに近づき、彼のこめかみに杭を打ち込んで地に
刺し通したのです。そこへシセラを追って来たバラクにヤエルは「貴方の捜してる
人を見せましょう」とシセラの亡骸を見せたのでした。
ヤエルはデボラの別名という説もあるようですが「士師記」の叙述からは伺えません。
第一デボラの夫はラビドドということになっててヘベルではありません。
この話は「聖書外典」のユディトを連想させるものがあります。

547 :あやめ:03/10/14 19:59
ユディトが敵将ホロフェルネスの首を切取るところは色んな画家が描いてますが、
ヤエルがシセラに鉄杭を打込むとこは誰か絵にしたものがあるのかしら?
御存じの方は教えてください。

548 :あやめ:03/10/15 13:18
ユディトを描いたものの中でも最も凄惨なのがカラヴァッジオのこの画です。
http://art.pro.tok2.com/C/Caravaggio/Caravaggio00.htm

ユディトにせよヤエルにせよ男を騙して熟睡させ、抗拒不能の状態にした上で
殺すわけですから、「女戦士」と言うには些か問題があるかもしれません。
だって亭主のDVに堪りかね酒喰らって大鼾の体に乗じて紐巻きつけて絞殺という
昨今の手口とちっとも変らないんですものね。

549 :あやめ:03/10/15 13:32
>>539
だいぶ前ですけど台湾で桃太郎の映画を作ったことがあります。台湾では
旧に本領時代の名残で老人でなくても桃太郎のことは知ってるそうです。
でもって桃太郎を演じたのは可愛い系の女優でした。
それにしても「ジェンダーフリー桃太郎」って!! そのうち「ジェンダー
フリー金太郎」というのもありかしら。おかっぱに腹掛けの女生徒が熊さんと
相撲とるとことか(笑)

550 :世界@名無史さん:03/11/13 06:49
age

551 :世界@名無史さん:03/11/13 10:47

ttp://member.nifty.ne.jp/amatumikaboshi/jyoseiheishi.htm

552 :世界@名無史さん:03/11/17 00:33
>>541
グレース・マレー・ホッパーってアメリカ海軍に入隊した後、世界最初の
コンピューター開発チームに参加して「プログラム」を開発した人ですよね。
子供の頃から機械好きで、子供の頃一番好きだったのは目覚し時計の分解。



553 :世界@名無史さん:03/11/18 20:11
なんかパルミラのゼノビアがあっさりと流されてしまったのがカナスイ・・・

忍城攻防戦の時は成田氏長の娘「甲斐姫」が有名だが
忍城持田口の戦いでは女武将として出陣し真田勢を敗走させているそうだ。
・・・どの資料でも大変な美貌とある。萌えハアハア


554 :世界@名無史さん:03/11/23 10:55
漏れがゼノビアについて知ったのは、星野宣之「妖女伝説」だった。
あのシリーズはゼノビアで終わりだったが、もっと続けて欲しかった。
権力と若さと美しさを追い求める女達。

555 :世界@名無史さん:03/12/06 16:51
>>554
あれは漫画だったが激しく良かった・・・
星野宣之はアフタヌーンでSFを描いているが終わったら是非歴史物を描いて欲しい物だ。

蛇足 同誌で連載中の「ヒストリエ」の主人公にエウメネス選択する辺りは渋い。

556 :世界@名無史さん:03/12/06 19:55
アマゾネス

基本的には伝説の存在であるアマゾネスについて。
http://www.net4you.co.at/users/poellauerg/Amazons/rider3.jpg
この図を見て欲しい。
騎乗するアマゾネスの像だが、馬がやけに小さく見える。
もうひとつ、馬を調教するアマゾネスの絵を書いた壷。
http://www.net4you.co.at/users/poellauerg/Amazons/taming.jpg
これは昔のものだから縮尺が誇張されているのだろうと思うかもしれないが、そうではない。
元々馬というのは非常に小さい動物で、人間が乗れるようなものではなかった。
その為ヒッタイトはチャリオットという形で馬を利用する事はできても、騎乗した騎兵には
ならなかった。
トロヤ戦争と言えば前1200頃、丁度ヒッタイトが滅亡する頃だ。
アマゾネスの故郷であった黒海沿岸は母権社会であり、女性が武器を持つ事は不思議ではない。
そして丁度その頃の馬は、男には騎乗が難しくても、小柄な女なら騎乗できたと言う事になれば、
騎兵という利点は女性としての筋力などの不利を十分に補ったであろう。
そしてまた女性部隊が騎兵隊として編成されていたならば、女だけで編成される事になる。
騎兵といっても必ずしも騎乗で戦うものではなく、武田騎馬軍団同様移動手段としての利用
だったとしても、弓を使ったとすれば女性としての欠点はかなり無視できる。
こう考えると、世界最初の騎兵部隊としてのアマゾネス軍団という事も在ったのではないだろうか。

ちなみにWolfgang Ledererの記述(The Fear of Women、1968)によれば、
古代の人はアマゾネスが馬を飼いならした最初のものと考えていたらしい。

557 :世界@名無史さん:03/12/06 20:01
アマゾネス騎兵集団だったのか

558 :世界@名無史さん:03/12/07 01:36
ある意味において姉妹スレ

【武闘派】(;´Д`)ハァハァ姫武将統合スレ【癒し系】
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1069664344/l50

559 :世界@名無史さん:03/12/08 01:47
昨日、「アーリー・レインズ」っていうアニメビデオを観たんだが、女保安官候補と
女盗賊(正義役)の西部劇はマジで格好良かった・・・。
映画ジャンヌ・ダルクを観た時、「フォロミー!!」って叫んだ時に、俺も一緒に突撃
したくなっちまった。

560 :世界@名無史さん:03/12/08 02:10
>>424 薙刀なら、男相手でも十分に戦えるからね。江戸幕末では、バカみたいに
刀で戦ってたから。前に剣道の大会で、親善試合ということで女性薙刀剣士に
剣道の高段者がコテンパンにされてた。武器の優劣って恐ろしいと思ったよ。

561 :世界@名無史さん:03/12/08 02:21
そういえば、旧ソ連って、第二次大戦でも、狙撃兵とか爆撃機にも
女性がいたけど、士官・将軍って印象がないんだけど。いたっけ?

562 :世界@名無史さん:03/12/08 05:02
たくさんいた。あと、女性下士官が新米兵士を性のおもちゃにするのは日常茶飯事。
日本陸軍の捕虜も女性兵士に強姦された例が多い。(詳しくは軍事板でどうぞ)

563 :世界@名無史さん:03/12/10 02:13
ついでに、美人だったらいいが、美人にはちゃんと相手がいるので、
新米兵士を喰いにくる女性下士官は目も当てられない怪物ばかりという現実。


564 :世界@名無史さん:03/12/10 16:14
美女が醜男にオモチャにされる事に興奮を覚える趣味はあるが、逆もまたあるのかな?

565 :世界@名無史さん:03/12/29 10:50
現代よりもそれ以前の方が
夢があるし装いもきれいなケースもあるから
より萌えるね。


566 :世界@名無史さん:03/12/31 04:53
ねぇねぇ〜女兵士って、いつもどういう姿勢でオシッコしてるの?知ってる人、教えてYO…。

567 :世界@名無史さん:04/01/10 19:15
>>554-555
遅レスだが星野氏の文庫版『妖女伝説』第一巻所収「砂漠の女王』でつな。
あの作品だとクレオパトラやサロメに比べ、
ゼノビアは大人の女という感じがよく出ていて
そこがポイント高し。
彼女も描写からすると残酷な権力者なのだが
(キリスト教徒への腕チョンパとか旦那暗殺の際の台詞とか息子への愛情の低さとか)、
前出の二人に比べてよほどカコイイし、
なぜか爽やかさを強く感じる。

568 :世界@名無史さん:04/01/11 17:07
漏れも「砂漠の女王」は好き。
考えたら、これってハガードの「洞窟の女王」をひっくり返した話だな。
永遠の命と鋭い知性を持った美しく残酷な女王が、
自分を永遠に愛してくれる男性を待っているのが、「洞窟の女王で」
男たちをもてあそぶのが、「砂漠の女王」

あの話は、20世紀の砂漠を歩く「砂漠の女王」で終わっていたが、
後継者はいなかったのだろうか。>>510のシャジャル・アッドゥルなんかは、
十分に資格があったような気がするが。

なんか、「世界史お勧め漫画スレ」になっちゃったな。ごめん。

569 :世界@名無史さん:04/01/14 20:51
唐代の平陽公ってのが娘子軍を有してとあるが。

誰が詳細きぼん

570 :世界@名無史さん:04/01/20 21:41
ジャンヌ・アシェットなる人物について詳しい方おられませんか?
百年戦争の最〜〜後の方でルイ11世側について活躍した女戦士だそうです。


571 :世界@名無史さん:04/02/15 05:47
ほしゅ

572 :Cipher:04/02/15 10:39
>553
何せ秀吉が落城後、城兵全て許すから妾になれというくらいの美人だったしね。
美貌もそうだが、子供の頃から武芸百般に秀でていて氏長が
「男に生まれておれば立派な跡継ぎになれたのに・・・」と嘆息するぐらい
だったそうな。



573 :世界@名無史さん:04/02/15 14:18
騎士だった夫を殺され、イギリスに味方して、海賊行為してたジャンヌもいたね。

574 :世界@名無史さん:04/02/15 14:19
嬢子軍について、誰か知識のある人はいますか?
本当にあったのでしょうか?

575 :あやめ:04/02/16 15:57
>>569 >>574
それは「平陽公主」のことでしょう。
隋の天下も末年には群雄割拠の様相を呈してきます。突厥への防備のため太原留守の
任に在った唐公李淵は、次男の世民の勧めに従い乱世を廓清するために挙兵します。
そして河東に寄留していた長男の建成と三男の元吉を呼寄せます。また長安に在った
三女の夫の柴紹をも招きました。紹は妻の李氏に向い「お父上が義兵を挙げられた。
わしは駆けつけたく思うが共に行くのは難しい。独りで行くのも後が心配じゃ。何と
致したものか?」すると李氏は「あなた構わずに速くお行きください。私は一婦人の
身ゆえそのとき次第で身を隠すのは容易いこと、自分の考えで始末するつもりです」
かくて柴紹は間道を取って太原に赴きます。一方で李氏も鄠縣(長安の西南)の荘園に
帰りました。
建成・元吉・柴紹はそれぞれ太原に辿りつき、李淵の羽翼として長安に進撃します。
鄠縣に身を潜めていた李氏は遂に家財を散じて、付近の山中に避難していた豪傑を
招き集め数百人の武装集団を結成します。鄠縣の山中には李淵の従弟の李神通も隠れ
住んでいて、長安の大侠客の史萬寶と挙兵していました。また西域の商胡の何潘仁も
司竹園(長安の西500kmほどの地)に数万人を擁して蟠拠していました。 (続く)

576 :あやめ:04/02/16 16:00
李氏は家奴の馬三寶を何潘仁のもとに遣わし、李神通に合力するように説得します。
潘仁はこれに応じ神通の勢とともに鄠縣を攻め落とします。李氏はまた三寶を遣わし
有力者の一族で群盗となっていた李仲文・向善志・邱師利などを説き、彼らもそれぞれ
数千人を率いて配下に参じます。
大勢力となってしまった李氏を脅威と感じた隋の西京(長安)留守は屡しば派兵して
攻め寄せますが、その度に三寶や仲文に撃退されてしまいました。李氏は更に付近の
諸縣を攻略しチュウ(執の下に皿)厔・武功・始平など長安の西方を平定しました。
李氏は軍中の法令を厳しくし兵士を戒め虜掠を禁じましたので、遠近の衆は奔って
その下に赴いてきて、七万の衆が配下に加わるに至りました。
李淵の四女の夫である段綸も藍田(長安の西方の縣)で万人を集めており、李淵の軍を
迎える体勢は強固に成立し、李氏はその中核と言うべき推しも推されもせぬ地位を
占めました。李世民の軍九万が陽に営したのを迎え、李氏は精兵万余を率い渭北に
会しました。李淵は柴紹を遣わし南山の近傍で李氏を迎えさせ、紹と李氏にそれぞれ
幕府を置くことを許しました。幕府というのは軍政を処理するためのスタッフを置く
機構です。長安が平定され李淵が皇帝となり(唐の高祖)唐朝を創めると、李氏の功を
賞して「平陽公主」に封じました。

577 :あやめ:04/02/16 16:03
この李氏の軍団を営中の衆人が号したのが「娘子軍」という呼称です。「娘子」とは
当時の俗語で「おっかさん」といったところです。「むすめっこ」ではありません。
もちろん若い女の子ばかりで編成した軍隊という意味でもありません。がっかり?
戦前ではいわゆる「からゆきさん」などのように集団で海外に稼ぎに出かける女性を、
「娘子軍」と多少の差別感情をも篭めて比喩的に呼んでいたそうです。
さて平陽公主の当時の年齢は史料上は定かでありませんが、当時の李世民(唐の太宗)が
十九歳くらいですから、これよりお姉さんだとしても彼女は20歳代で恐らく三十歳に
なってはいなかったでしょう。それで数万の将士を心服させる貫禄と機略を有していた
女傑だったわけで、関中で独立して群雄に伍することも望めば可能だったでしょう。
彼女の勇姿については西域の画工の尉遲乙僧が描いた肖像があったそうで、「鞍に據り
櫜鞬を佩ぶ」と「緯略」にありますので、自ら軍装していたことは確かなわけです。なお
「櫜鞬」は弓矢を収めて背負うことのできる袋です。
彼女が武徳六年に薨去すると高祖は特に詔して彼女の葬儀に対し、前後部羽葆鼓吹・大輅・
麾幢・班劍四十人・虎賁甲卒の殊礼を賜いました。太常(礼官)が「婦人には鼓吹を用いる
前例がありません」と反対すると、高祖は「公主が挙兵した際に親しく金鼓を執ったのに、
葬儀に鼓吹を欠くわけにはいくまい」と従いませんでした。

578 :世界@名無史さん:04/02/16 16:46
凄いな。
この人の伝記か歴史小説ってないかな。

>もちろん若い女の子ばかりで編成した軍隊という意味でもありません。がっかり?
>>569でも>>574でもないけど、ちょっとがっかりした。史実の娘子軍の方が面白いけど。

では、外敵に襲われた時とか農民反乱のとき、女性だけで組織した軍隊と言うのは、
なかったのですか?確か太平天国の乱の時は、女も戦ったと聞きましたが、
この軍隊は「娘子軍」とは呼ばれなかったのですね。

579 :世界@名無しさん:04/02/16 18:21
ナチスに女将校っていたのかな?
金髪美女がssの黒服を着ていたらかなり萌える(*´Д`)

580 :世界@名無史さん:04/02/16 19:04
ラス・カサスの「インディアスの〜」にスペイン人を苦しめた女戦士たちについて記述がありました

581 :世界@名無史さん:04/02/17 16:46
神武記に男軍(をいくさ)女軍(めいくさ)ってのが出てくるな。
あと中央アジアの方でアマゾネスの遺跡がでたとかなんとか・・・・

582 :世界@名無史さん:04/02/18 21:50
古代中国では、戦いの時は、まず最前列に巫女(眉女)を並べて、にらみ合い、
つまり眼力で戦わせて、負けた方の眉女たちがバタバタと倒れてから、
武器を持った兵士達の戦いが始まった、と聞いたなあ。

これも、一応は、女戦士の中に入るかな。

583 :世界@名無史さん:04/02/19 04:00
>>582
それって明治まで薩摩でやってなかったかい?

584 :世界@名無史さん:04/02/29 23:39
>>579
Men's Adventure Magazineでぐぐれ

585 :世界@名無史さん:04/03/01 00:05
ネヴィル・クロスの戦いでイングランド軍を指揮してスコットランド軍を撃ち破ったエドワード三世妃フィリッパもええニャ。
白馬にまたがり兵士を叱咤激励するフィリッパ王妃もええニャ。

586 :世界@名無史さん:04/03/01 05:53
ザスーリッチ

587 :世界@名無史さん :04/03/19 11:52
保守あげ

588 :世界@名無史さん:04/03/20 13:19
保守あげ

589 :世界@名無史さん :04/03/25 11:52
保守あげ

590 :世界@名無史さん:04/03/25 22:38
高句麗の鹿足(ロクジョク)夫人。
生んだ双子が行方不明となり、夫を亡くし、乙支文徳の軍に男装し入隊。
講和のため単身隋に乗り込んだ乙支文徳。
交渉は決裂し、真夜中の清川江に逃げる。それを追う隋の騎兵隊。
川に浮かぶのは小さな一艘の船。船を操るのは鹿足夫人。
「帰ってからお前たちの将軍に言うといい。
乙支文徳将軍は天から仙女が降ってきて、故国にお連れしたと」。
再度、隋との和議が持ち上がり、使者に選ばれたのは鹿足夫人。
男装し敵陣に出向く。隋の代表は彼女と同じ名前の鹿足将軍。
鹿足夫人は将軍に将軍の身体の秘密を伝える。
そう、鹿足将軍は鹿足夫人の息子だったのだ。
鹿足将軍は母親とともに隋と戦う。

伝説ですが。


591 :世界@名無史さん:04/03/27 23:58
こんな本が出てるよ。ソ聯邦婦人英雄列伝。

ttp://www.historyofmilitary.com/Heroines_of_the_Soviet_Union_194145_Elite_90_1841765988.html

リュドミラたんやリディアたんもいいけれど・・・
重傷を負って、女性の相方と「別れのキス」を交わしてから自爆攻撃かましたNatalya Kovshovaたん激萌え。

592 :例のにゃあにゃあ:04/03/28 02:22
イギリス王ジョン欠地王の重鎮の一人、ウェールズの領主ウィリアム・ド・ブラオーゼの妻マチルダさんだニャ。
マチルダさんはジョン王のためにウェールズ、イングランド国境を守って、
幾度となく自ら軍を率いてウェールズ諸候を幾度となく叩き潰してるニャ。
「イングランドで最も屈強な男達、百人に城を攻められても一ヶ月間はチーズだけで持ちこたえてみせる」
と豪語するほどの猛者だニャ。
だけど、1209年に旦那がジョン王に対して反乱を起こして逃げ出してしまい、
ジョン王に捕まってウィンザー城に監禁されて餓死してしまったニャ。

593 :世界@名無史さん :04/04/12 22:01
保守あげ、と

594 :世界@名無史さん :04/04/19 12:24
晒しAGE

595 :世界@名無史さん:04/04/26 10:53
アッコンでフランク側に「緑のマントの女」というのが現れて、
弓矢で多くのイスラム兵を射殺して活躍したそうだ。
イスラム側の記録なので、名前が不明なのが残念。

596 :例の170 ◆vBOFA0jTOg :04/04/27 22:39
>>595
アバン夫人か。

597 :世界@名無史さん:04/05/11 12:03
>>51
結局彼女はBf109との空中戦で戦死したんだっけか

598 :世界@名無史さん:04/05/11 13:52
このスレに載って無いネタを一つ。
古代ローマの遺跡に、女剣闘士のレリーフが有る。
胸を隠す様に胸当てを付けていたので、非人道的きな剣闘でも、公衆の場で胸を晒すのは不道徳と見なされていたらしい。
最も、閲兵式でアマゾネスを模した騎兵隊が、寸劇をした事実も有る。
髪を伸ばし、胸を強調した胸当てで、女装させられてただけという可能性もある。

599 :世界@名無史さん:04/05/12 01:28
それよりもハイレグアーマーの有効性について語ろう。

600 :世界@名無史さん:04/05/19 12:55
日本各地で近日公開予定の
ブラピ主演「トロイ」。
http://www2.troy.jp/phase2/menu.html

ペンテシレイアたんは、出てこないんだろうな。

190 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)