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絶頂期の国同士の戦争ってあるの?★

1 :世界@名無史さん:04/05/02 03:21
なんていうか絶頂期の帝国VS衰退期の帝国の戦争て
多くないでつか
どっちも絶頂期同士で国力十分の、がちんこの戦争てあるんでつか

2 :世界@名無史さん:04/05/02 03:25
オスマン帝国対サファヴィー朝、ってのは絶頂期同士という訳でもないか。

3 :世界@名無史さん:04/05/02 03:26
2

4 :世界@名無史さん:04/05/02 03:26
>>1
絶頂期同士って、時代的にはいつごろを想定しての問い?

5 :世界@名無史さん:04/05/02 03:28
>>3は2ゲット戦争に敗北したか。世界板では多くない戦争だが。。。

6 :世界@名無史さん:04/05/02 03:28
イスラム軍VSササン朝ペルシア

7 :世界@名無史さん:04/05/02 03:30
覇権国Aが新興国Bと戦争し、覇権国が勝った場合、
その覇権は安泰であり絶頂期が続く。

新興国が勝った場合、
覇権国Aが得ていた権益が新興国Bに流れ、Bの力がますます高まり、
それが絶頂期への第一歩となる。

っていうふうに考えてみると、各国史における「絶頂」が重なることって、
案外ないかも・・?

8 :世界@名無史さん:04/05/02 03:33
>>3
ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーかぁ( ´,_ゝ`)

9 :世界@名無史さん:04/05/02 03:37
時代設定は変わるがチンギスハンモンゴル軍VSスレイマン期のオスマン帝国みたいなw



10 :7:04/05/02 03:56
ちょい補足。
ひとつのリージョンで絶頂期にある覇権国が2つ存在し、ガチンコでぶつかるっていうのは少ない気がします。
同一リージョンならば、覇権国vs新興国となるのでは・・?というのが>>7で言いたかったの。

覇権国同士がぶつかるのは、リージョンが違う場合になるのかなぁ?
>>9さんの、中央アジアvsアラビア、みたいな。
(それぞれが絶頂期に会ったのかは詳しくないので知らないですが)

あと、同一リージョン内なら、弱小国(その国にとっては絶頂だったかもしれない)同士ならありえるのかも・・?

文章下手でごめんなさい。

11 :世界@名無史さん:04/05/02 03:56
太平洋戦ry

12 :世界@名無史さん:04/05/02 04:26
未発生だが、明対チムール

13 :世界@名無史さん:04/05/02 05:59
新興アッバース朝vs大唐帝国・・・は、だめかな?
だめですか、そうですか、だめですか。

14 :世界@名無史さん:04/05/02 07:17
オスマン朝とティムール帝国は・・・
新興同士のほうがあってるか・・・
イスパニアとイギリスもイギリスはここからが絶頂ぽいし・・・
>>14どうよ?

15 :世界@名無史さん:04/05/02 09:08
ローマ対パルティア


16 :世界@名無史さん:04/05/02 09:22
第一次世界大戦の欧州
以降、アメリカに覇権を握られる

17 :世界@名無史さん:04/05/02 12:22
モンゴルvsコラズム・シャー朝
ってのはどうでしょうか?

18 :世界@名無史さん:04/05/02 12:38
オスマン帝国スレイマン1世vsハプスブルグ帝国カール5世は?
けっこうガチンコな気がするが。

19 :世界@名無史さん:04/05/02 12:40
WW1とWW2なんてまさにこれじゃねえ?

20 :世界@名無史さん:04/05/02 12:43
>>19
WW1は確かに絶頂期王朝同士の戦いだが、WW2は別にそうじゃあ
ないような・・・

21 :世界@名無史さん:04/05/02 12:48
>>20
独ソ戦があてはまった気がしたんだけど、だめかな?

22 :世界@名無史さん:04/05/02 12:49
社会主義と全体主義の絶頂同士の戦いだった気はするな

23 :世界@名無史さん:04/05/02 13:09
>>21
独ソ戦! なるほど〜っとうなりました。
当時のソ連、スターリン体制としてはかなりの絶頂度なようにも思います。
(ソ連史における絶頂かどうかは、冷戦時の他国に援助しまくれた頃を絶頂とも考えられるので、
その点は微妙だけど)

太平洋戦争時の米国が、米国の絶頂と考えるのはきびしいかも。

エジプト新王国vsヒッタイトってのはどうでしょ。
新王国の領土拡張と、鉄器をもったヒッタイトがぶつかったやつ。
古代史は詳しくないので高校世界史のうろ覚えだけども。

24 :世界@名無史さん:04/05/02 13:26
絶頂期から一気に瓦解したのは
マケドニアvsペルシャでのペルシャだっけ?

25 :世界@名無史さん:04/05/02 13:39
>>23
他国に援助をしまくれてた時期より米英から援助を搾り取れてた時期のほうがソ連にとっては絶頂な気がしたのよ
あなたの言うとおり、スターリン体制としては絶頂だと思うしね

26 :世界@名無史さん:04/05/02 13:56
セックスは、絶頂に達した男と女がバトルする戦争です。

27 :世界@名無史さん:04/05/02 14:07
絶頂に達したらやめると思うんだが

28 :世界@名無史さん:04/05/02 14:46
男→一気に衰退
女→ゆっくりと昏睡

29 :世界@名無史さん:04/05/02 14:49
オスマン=トルコは女でペルシャは男だったのか

30 :世界@名無史さん:04/05/02 20:34
ローマ帝国とアルサケス朝パルティア

ローマ(ビザンティン)帝国とササン朝ペルシア

これらは絶頂期同士・・・と言うか存続期間殆ど全て戦い続けたが
一時的にトラヤヌスとホスロー一世が優位に立った以外あんまり目立った動きが無いな・・・。


時代に制限が無いならエジプト第19王朝とヒッタイトとかも最盛期に戦ってるように思う。




31 :世界@名無史さん:04/05/02 20:51
漢 対 匈奴
明 対 オイラート

32 :世界@名無史さん:04/05/02 21:46
ペロポネソス戦争

33 :世界@名無史さん:04/05/02 22:44
イランイラク戦争は?

34 :世界@名無史さん:04/05/02 23:24
湾岸戦争

35 :世界@名無史さん:04/05/02 23:44
米ソ冷戦みたいになると思うなぁ。
本国同士の戦争はリスクが多いから、衛星国なんかに代理戦争やらせたり、軍拡競争して牽制し合ったり。

36 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/05/02 23:49
元寇もなかなか。これ以降どちらも衰退して行きましたが、言いかえればこ
の辺から落ちていったとも言える(鎌倉政権の絶頂期はもう少し後かな?)。

37 :世界@名無史さん:04/05/02 23:54
モンゴルvs.マムルーク朝は…
新興国同士か。

38 :世界@名無史さん:04/05/03 00:34
覇権国同士の戦争と絶頂期同士の戦争ってどっちが多い?

39 :世界@名無史さん:04/05/03 01:33
ペルシア帝国はアケメネス朝もササン朝も衰退期に入ってないのに
新興国に滅ぼされたw一体なんなんだ、ペルシアって  やる気あるのか。。


40 :世界@名無史さん:04/05/03 22:16
WW1

41 :世界@名無史さん:04/05/03 22:24
太平洋戦争。

 太平洋を挟んで国力を伸ばしてきた西の大国アメリカと東の大国大日本帝国。
伸張期の両国のガチンコ対決。

 ドイツ第三帝国でさえ空母を持てなかった。太陽の沈まぬ帝国の英国でさえ小型空母数隻しか持てなかったのに、日本は6隻の空母機動部隊、アメリカは大量の空母機動部隊を編成し空前絶後の大海戦を何度も繰り返した。

 

42 :世界@名無史さん:04/05/03 22:31
そうさねー
太平洋戦争以来、まともな海戦なんてないしね

43 :世界@名無史さん:04/05/03 22:32
>>41
米の絶頂期じゃないし

44 :世界@名無史さん:04/05/03 22:34
大東亜戦争は新興国家同士の戦いであり、絶頂期同士ではないだろう
現に戦勝国であるアメリカは、戦争終結から現在に至るまで伸び続けてる

45 :世界@名無史さん:04/05/03 22:35
ティムール対オスマントルコ

ティムールと戦うまではオスマントルコは破竹の勢いで拡大していた。
絶頂期同士の戦いだが、ティムールのほうが圧倒的に強かった。


46 :世界@名無史さん:04/05/03 22:36
ナポレオン対イギリス

絶頂期どうしの戦いだとおもう。

47 :世界@名無史さん:04/05/03 22:44
>>45

そうそう。バヤジッド1世は、ティムールさえいなかったら「無敵の
征服王」として名前が残っただろうね。「上には上がいた」の歴史的
実例として貴重。

48 :世界@名無史さん:04/05/03 22:44
アレクサンドロス大王 vs アカイメネス帝国

49 :世界@名無史さん:04/05/03 22:54
フランス第二帝政 VS プロイセン

50 :世界@名無史さん:04/05/03 23:01
大日本帝国 VS 大韓帝国

51 :世界@名無史さん:04/05/03 23:23

  ルイ14世 vs オレンジ公

・・それにしてもフランス軍ってこのころから弱かったのか?

52 :世界@名無史さん:04/05/03 23:33
ティムールと明が激突してたら(北元説はおいといて)
まさに絶頂期&覇権国同士でかなり希有なケースになったかも。

53 :世界@名無史さん:04/05/03 23:36
>>51
オラニエ公は孤立してないから、このスレにはあてはまらないと思われ。

54 :世界@名無史さん:04/05/03 23:42
北方戦争はどうよ?

55 :世界@名無史さん:04/05/03 23:44
>>54

ロシアは絶頂かなあ

56 :世界@名無史さん:04/05/03 23:44
タラス河畔だな

57 :世界@名無史さん:04/05/04 00:05
こういっちゃなんだが、
絶頂期で隙のない国に戦争を仕掛ける物好きはそうはいないんじゃ。

58 :世界@名無史さん:04/05/04 00:18
ぽえに戦争

59 :ジャン=クロードガンダム:04/05/04 01:25
アテネVSスパルタ。
ギリシアポリス史上最高の絶頂期国同士の戦争だと・・・。
・・・規模小さい・・・。(おぃおぃ)

60 :シャーごはん:04/05/04 01:31
ニハーヴァントの戦いとかそんな感じ


61 :世界@名無史さん:04/05/04 01:38
カルタゴvsローマ

ローマが絶頂期ではない?

62 :世界@名無史さん:04/05/04 02:48
オスマンVSスペイン

63 :世界@名無史さん:04/05/04 03:28
アトランティス(クレタ)vs津波

64 :世界@名無史さん:04/05/04 06:38
>>59
スレタイに忠実にいくと規模は関係なくなるよね。

65 :世界@名無史さん:04/05/04 09:17
>>59
規模小さいか?

66 :世界@名無史さん:04/05/04 09:54
大明帝国 対 豊臣朝日本

67 :世界@名無史さん:04/05/04 10:00
大戦争になればなるほど、
勝った方→その後ますます栄える→「戦争時は絶頂期ではない」となる
負けた方→その後一気に衰える→「戦争時は下り坂に入っていた」とみられる
となるから、>>1の想定する条件を満たすのは難しいのでは?

68 :世界@名無史さん:04/05/04 12:40
信玄vs謙信

69 :世界@名無史さん:04/05/04 15:51
>>39
アケメネス朝もササン朝も衰退期だったはず。
アケメネス朝はアルタクセルクセス1世時代既に衰退モードで、前4世紀は
明らかな衰退路線。ササン朝の場合、ホスロー2世が国力を使い果たし、末期に
突厥の干渉を招いて衰退していたところにアラブの一撃。
ホスローとユスティニアヌス戦、ヘラクレイオスとホスロー2世戦は比較的
国力充実同士の戦いかも。

70 :世界@名無史さん:04/05/04 15:54
既出だが、アッバース朝と唐が戦ったタラス河畔の戦いはまさに絶頂同士の
戦いかと思うが、比較的あっさり終わった。これくらの規模の帝国になると
大抵の周辺国に敵はいなくなってしまうので、あまり利害の関係ない
遠方の国家との戦いになってしまう。

71 :世界@名無史さん:04/05/04 15:57
絶頂期同士でガチンコ勝負をし、その後両方とも衰退していくとかいうのはないかな?
独ソ戦なんかはドイツは負けるしソ連は米英と冷戦に突入してしまうしで
当てはまるような気がするんだけど。

72 :世界@名無史さん:04/05/04 15:57
70についか。似たような例で、セレウコス朝とマウリヤ朝がカンダハール
あたりを巡って対立したケースがある。インド軍は60万の兵士を動員した
とか。全面戦争にはならなかったらしいが、小競り合いくらいはあった
だろう。このケースではセレウコスが折れて、アフガニスタンは
インド領となった。

73 :世界@名無史さん:04/05/04 16:00
既にででたっけ?
カール=フェリペ時代のハプスブルク家とオスマンの抗争。
1529年のウィーン包囲も1571年の海戦もいづれも両国ピークの時代の
激突だったと思う。

74 :世界@名無史さん:04/05/04 16:05
シメオン2世とビザンツ帝国の抗争。第1次ブルガリア帝国最盛期とマケドニア朝
隆盛期の争い。あとサムイルとバシレイオスの抗争も比較的絶頂期同士。
後進国と先進国の戦いだが、従来こうしたケースの場合、野蛮な周辺が
先進国を制するケースが多く、ブルガリアの勝ち目もあったと思うのだが。。
(マケドニアがギリシャを破ったケースや中世イタリアに対する周辺各国とか)

75 :世界@名無史さん:04/05/04 16:13
アンティオコス3世とローマが戦ったマンティネイアの戦い。
この一戦さえなければ、アンティオコスは文字通り大王として
「ローマに対抗できたのは彼の時代のセレウコス朝だけかも」と史書に
記されたかも知れないが、結果として東方の「大王」がたいしたことが
無いことがわかってしまった。

76 :世界@名無史さん:04/05/04 16:16
ペルシャ戦争とぺロポネス戦争もうでてたっけ? あれこそまさに最盛期同士の戦いだったと
思うんだけど。

77 :世界@名無史さん:04/05/04 16:35
宋と遼も絶頂期同士の戦いやってませんでしたか。絶頂期の割に宋は他の
王朝と比べ弱かっただけであまり印象に残りませんが、11世紀の当時、
両国とも最盛期だったことは間違いないのではないでしょうか。

78 :世界@名無史さん:04/05/04 16:38
フランク王国とイスラム帝国の抗争。ツール‐ポワチエは
絶頂期の一戦では?(とはいえアラブにとっては辺境のちっちゃな戦争
だったと思うが)

79 :世界@名無史さん:04/05/04 16:39
規模は小さいけど、セレウコス朝とプトレマイオス朝の抗争も絶頂期同士の
激突だったと言えなくもない。

80 :世界@名無史さん:04/05/04 16:45
唐と新羅も絶頂同士。新羅が併合を狙っていた唐を追い出したくらい。
高句麗を滅ぼした唐も征服できなかったのだから大した物では。

81 :世界@名無史さん:04/05/04 18:43
南詔という国が唐にめり込んでいるが、あれは何なのだろう?
唐と南詔も一応絶頂期同士の関係なのでは?戦争があったかどうか知りませんが。
叶蕃と唐の関係も絶頂期同士の抗争なのでは?

82 :世界@名無史さん:04/05/04 18:51
国力的には兎も角、軍事的には絶頂期だった北宋と遼。

83 :世界@名無史さん:04/05/04 20:47
>>80

百済の義慈王の攻勢に押されまくっていた新羅の武烈王・金春秋は、高句麗に
手を焼く唐に取り入り、自ら属国となった。「高句麗を倒すには、まず背後の
百済を叩くべし」と盛んに吹き込み、ついに唐の大軍を引き出すことに成功。
百済を滅ぼした。

唐の属国になったおかげで朝鮮を統一できた新羅。「絶頂期同士の戦い」とは
言えまい・・・。


84 :世界@名無史さん:04/05/04 21:32
ホラズム対モンゴルは?

ついでに
>>43
絶頂期ってのを衰退期の直前と定義したら、話が全部無理になる。
よって成長期も絶頂期に入れていいだろ。


85 :世界@名無史さん:04/05/04 21:42
>>84

世の中は、常に動いているからね。衰退と成長は世の常。「今が絶頂だ」
と決めるのは難しい。

そんな中で、漏れが押すのはヤパリ、オスマントルコのバヤジッド1世
vcティムールだね。

両者とも、「無敵の征服者」の名を欲しいままにしてた。両方とも強い・・・。


86 :世界@名無史さん:04/05/04 21:50
>>84
話が難しいからこそ、どんな戦争があるのかを探したり検証したりするのが楽しいんじゃないか

87 :世界@名無史さん:04/05/04 22:42
>>83
 高句麗滅亡前の事情は確かにそうだったかもしれないが、その後、
旧百済領を併合し、唐に征服されなかったのも外交的にへつらっていた
からなのでしょうか?

88 :世界@名無史さん:04/05/04 23:43
レパントの海戦は?
トルコがちょっときちゃってるかな・・・

89 :世界@名無史さん:04/05/05 00:10
個人的にはエジプト中王国のラムセス二世とヒッタイトの
ムワッタリシュ王が戦ったカデシュの戦いなんかはどうかと
思うんですが
あとはタラス河畔の戦い(アブ・アル・アッバース:アッバース朝と
玄宗:唐)はどうでしょ。唐も相当国力の強い時季(これ以降がたがた
だけど)だし、アッバース朝は領土がとても大きくなっているときだし。
>>88
ちょっと厳しいのでは・・スペインとトルコの国力にはかなりの差が
あったと思いますよ。


90 :世界@名無史さん:04/05/05 01:18
タラス河畔ねえ
建国一年目のアッバース朝に敗北する唐って・・・

91 :世界@名無史さん:04/05/05 01:30
>>89
それはトルコ優位という事ですよね?
結局、地中海はトルコの海になったわけですし・・・。

カデシュの戦いは確かにそうかも。
エジプト、ヒッタイト共に後も栄華を誇りましたし。
でもエジプトの最盛期がいつなのかが検討が付きません。(笑)

トラファルガー海戦なんて、双方共に最盛期と言えるんじゃないでしょうかね?
イギリスがヴィクトリア朝以前なのがネックですけれど。

92 :世界@名無史さん:04/05/05 01:32
絶頂期のソ連と米が戦争しなくてよかったと月並みな感想

93 :世界@名無史さん:04/05/05 01:43
>ちょっと厳しいのでは・・スペインとトルコの国力にはかなりの差が
>あったと思いますよ。

バルカン半島を征服し、ウィーンを包囲し、イタリア上陸作戦を敢行し、
とめどなく膨張する勢いだった16世紀のオスマントルコ。レパントの海戦は、
ヨーロッパがトルコの勢いをなんとか食い止めた戦いだよ。

トルコ海軍の指揮官が無能だったから敗れただけ。だが、絶大な国力を
誇るトルコは、すぐに海軍を再建した。


94 :世界@名無史さん:04/05/05 02:01
レパントの海戦の意義は大きいよ。
これで西地中海の派遣はハプスブルクのものになったんだから。
オスマントルコの地中海支配の野望を打ち砕いた戦争だ。

95 :例の170 ◆vBOFA0jTOg :04/05/05 02:11
まぁ平気の平左でキプロス島が獲られたりしてるんで、レパントの敗戦などオスマン
帝国にとっては所詮「髭を焼かれただけ」という見方も有力ではある。

この時期のオスマンvsハプスブルク帝国は、既出のレパント、第一次ウィーン包囲、
あとはプレヴェザを追加して、あとはもう無いかな?

96 :世界@名無史さん:04/05/05 05:25
>>81
南詔と唐は、唐の玄宗時代に唐が10万の軍を送りこみ、6万を損失するという
敗北を喫している。他にも吐蕃やタラスで負けているし、玄宗時代の唐は
実は既に弱かったのでは????? 最盛期というのは平和と繁栄と意味し、
軍事的には弱かったのかも。

97 :世界@名無史さん:04/05/05 05:50
最盛期 鎌倉幕府VS元軍

98 :世界@名無史さん:04/05/05 06:55
明vs太閤軍は?

99 :89:04/05/05 08:37
>>91
ただ、国力的にはややフランス優位かと思います。
陸軍はフランス革命後ブルボン王朝以来の傭兵制度から脱却して
国民からの徴収兵で戦争ができるようになり、強化されました。が、
逆に海軍は将校がほぼ「貴族階級」であったので、共和制への移行と
ジャコバンの擡頭などですっかり没落してしまい、脆弱化しました。
>>98
兵站線が続けば、おそらく明軍よりも太閤軍の方がつよかったと
思います。当時の記録から織田・羽柴(豊臣)軍の鉄砲保持率は
世界の軍隊の中で抜群です。士気・統率力とも少なくとも
明軍よりは高いと思います。ただ、一つきになることが・・
織田信長以降軍隊が「常備」になったことです。当時まだ武士階級が
農業と別れていないので、常備兵ということになると寄せ集めの
兵隊・土地を守るというモチベーションゼロの軍隊ができるわけで・・
そうすると戦争に弱い気がします

100 :世界@名無史さん:04/05/05 10:36
明といえば、ティムールの遠征が実現していたらまさにスレタイだったろうと
はよく言われていますね。
ティムール対永楽帝。どちらが勝ったんでしょうか?

101 :世界@名無史さん:04/05/05 11:01
常識的には、チムールだと思うけど。
チムールの戦跡を見ると一目瞭然。
燕王の靖難の変は、最後の最後の大逆転だったし、
モンゴル高原への親征も、相手の内乱に乗じたところがあるし。
陳とかは、永楽帝に違いないと自著で吼えていたが。

102 :世界@名無史さん:04/05/05 11:08
>>99
その当時の日本の記録だと、大陸の気候の厳しさを難じているものが多いよね。
川が凍っているとか。
ソウルの1月の平均気温が-4℃、平壌だとマイナス-9℃くらいになる。
朝鮮戦争のときもアメリカ軍を悩ませたもののひとつに寒気があったそうだし。
半島で戦うという前提だときついような気も


103 :世界@名無史さん:04/05/05 11:16
金vsモンゴル
康熙帝vsピョートル1世
サファビー朝vsオスマン朝


104 :世界@名無史さん:04/05/05 12:50
>>69
アケメネス朝衰退論はギリシア人側の偏見などによるものの可能性あり、とどっかで読んだ。

105 :89:04/05/05 12:57
>>102
そうですね。当然当時の兵隊がきっちりとした防寒具を持っていた
とは考え難いし、、ただでさえ食料保存技術のない中で
冬場に戦争したらお決まりの「壊血病」で戦争どころではない
のでしょう。
>>101
禿同、チムール軍と明軍・・勝負になりませんよたぶん。

106 :世界@名無史さん:04/05/05 13:44
>95
マルタ島大攻囲戦も、トルコVSスペインではないかと。
マルタは騎士団に貸してただけのスペイン領だし、最後にはちゃんと介入してる。

107 :世界@名無史さん:04/05/05 21:33
蜀と魏

108 :世界@名無史さん:04/05/05 21:33
ハンニバルとスキピオ

109 :世界@名無史さん:04/05/05 21:34
ベトナムとアメリカ

110 :世界@名無史さん:04/05/05 21:34
30年戦争

111 :世界@名無史さん:04/05/05 21:35
ばら戦争

112 :世界@名無史さん:04/05/06 01:02
>107
蜀と呉の方が適当でないかな?
蜀は劉備の敗戦で
途方もない痛手を受けているし。

113 :世界@名無史さん:04/05/06 01:41
サファヴィー朝vsシャイバーン朝

114 :世界@名無史さん:04/05/06 02:50
>>111
内戦やんか

115 :世界@名無史さん:04/05/06 03:28
応仁の乱

116 :世界@名無史さん:04/05/06 04:32
絶頂期同士の戦争といっても、勝った方は大抵さらに強力になる訳で、
そうすると、その戦争時はまだ絶頂でなかった、って事になりそう

117 :世界@名無史さん:04/05/06 10:57
>>116
戦力均衡のため和睦って終わり方してたら、注目っぽくない?

118 :世界@名無史さん:04/05/06 16:36
これって「勝負はつかなかった」「双方ダメージなし」ってことにならないと
>>116の論理のとおり成立しなくないか?

119 :世界@名無史さん:04/05/06 17:41
既出だがWW1

120 :世界@名無史さん:04/05/06 18:35
ポーランド=リトアニア連合王国とドイツ騎士団との戦い(グルンヴァルド=タンネンベルクの戦い)は絶頂期同士のガチンコ戦争じゃないか?
ポーランドからは国王が直接出て行き、ドイツ騎士団からは騎士団長が出てきた、というまさに決戦。
騎士団長が殺されて決着がついた。以後ドイツ騎士団はポーランドの属国となる。

121 :世界@名無史さん:04/05/06 21:18
英蘭戦争(1次〜3次)も絶頂期同士と言えなくもないか。


122 :世界@名無史さん:04/05/06 21:30
>>118

いやむしろ、「発展してきて国力の絶頂を迎えた国同士が激突して、
両者ともに深く傷つき、その後、両方とも衰退していった・・・」という
方が、本当の意味で「絶頂期同士の対決」でしょう。

123 :世界@名無史さん:04/05/06 21:45
朝鮮戦争

おしつおされつってのがガチンコっぽいよね

124 :世界@名無史さん:04/05/06 22:21
ソドムとゴモラ

125 :世界@名無史さん:04/05/06 22:47
甲斐国の武田信玄と越後国の上杉謙信

126 :世界@名無史さん:04/05/07 17:30
中国の王朝って他の文明圏との戦争に弱すぎますよね。。。
中国が負けた国・・・高句麗 ウマイヤ朝 西洋列強国
         結局 明も日本軍を敗退させるまではいってない
一体なんなの、中国w


127 :世界@名無史さん:04/05/07 17:50
>>126
諸異民族も追加して下さい。
匈奴、鮮卑、モンゴル、女真……。
いずれも、人口で言えば中国より遥かに少ない筈なのに、ものの見事に負けている。
今アメリカと戦ったら、勝てるのかな?負けるのかな?純粋な戦争だけで、経済とかは関係なく。

128 :世界@名無史さん:04/05/07 17:56
そういうこと言うと打通さんが出てきますよ

129 :世界@名無史さん:04/05/07 18:08
インカvsスペイン
アステカvsスペイン


130 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :04/05/07 20:37
>>127
第二のイラクになるだけの予感。


131 :世界@名無史さん:04/05/07 21:00
WW2のアメリカはソ連が原爆完成させるまでは唯一の核保有国だから世界に対する影響力はそんときが絶頂期じゃない?

132 :世界@名無史さん:04/05/07 21:08
いや、今のアメリカの力があれば、朝鮮戦争が引き分けに終わることは
ありえませんね。

ベトナム戦争だって、絶頂期のソ連と共産中国が支援していたから
ベトナムは戦うことができた。今だったら、ベトナムを支援する国
はないでしょうな。

133 :世界@名無史さん:04/05/07 21:11
結局のところ
1402年のアンカラの戦いに尽きるのではないかなあ。


134 :世界@名無史さん:04/05/07 21:42
当時のアメリカの軍事力は今みたいに相互破壊確証?(核撃ったら核で反撃される奴)が無かったのでもしマッカーサーが本当に中ソに核攻撃してたら?
(当時のアメリカの核保有数が分かんないけど)
今と軍事力で勝負したら負けるけど当時は確実に覇権を握っていたんじゃないかと

135 :世界@名無史さん:04/05/07 22:07
そう考えると、2発だけ落として後は我慢したアメリカは偉いな。

136 :世界@名無史さん:04/05/07 23:23
へぼいがベネチア対ジェノバとかじゃない?
ハプスブルクのルドルフVSボヘミアのオットカルとかも。

137 :ヘレニズム狂:04/05/09 01:21
やや亀レスですが。

>79
規模大きいですよ。
紀元前なのに5万とか6万とかの軍隊が激突してますから。
それも百年間に5回ばかりぶつかって、時には相手の心臓部まで攻めて行ったり
していますから。

>104
最近のアケメネス朝研究では、アケメネス朝は滅亡時まで強力だった、とする説が
有力だったみたいですね。そういった動向を読むなら、
岩波講座世界歴史2『オリエント世界』1998年
もしくは、洋書ですが
From Samarkhand to Sardis,Sharwin-White&Kuhrt,1993
が良いとおもいます。ただ、後に挙げたモノはひょっとしたら絶版かも。
同じ著者による他の著作を探した方が良いかと思います。



138 :世界@名無史さん:04/05/09 01:59
幻の終わったけど、ティムールと永楽帝なんて完全に絶頂期同士の戦いだったのではないかと。


139 :世界@名無史さん:04/05/09 11:44
ティムール自身は老齢だったけど勢力自体は絶頂期だったな
その後あっというまに衰退していくけど

140 :世界@名無史さん:04/05/09 11:55
やはりアインジャルートの戦いでしょ。世界最強モンゴル軍VSプロの傭兵軍団マムルーク朝。
やはりプロのほうが強かったか〜てな感じでつ。

141 :世界@名無史さん:04/05/09 11:58

傭兵軍団っていうと語弊があるかもしれないから訂正
プロの軍人奴隷軍団マムルーク朝でつ

142 :世界@名無史さん:04/05/09 12:49
オゴダイの死でモンゴル軍は撤退中でマムルークはモンゴルの残存部隊相手に
大軍をかき集めて破ったというのが実情らしいが。


143 :世界@名無史さん:04/05/09 13:29
エジプトはモンゴルとの戦闘へ突入。先遣隊を率いたバイバルスは幸
先よくガザからモンゴル軍を駆逐した。1160年、ヨルダン川西方のア
インジャルートで主力同士の戦闘がはじまった。主力といってもフラ
グの部下・キトブカ率いるモンゴル軍の数はさほど多くなく、エジプ
ト軍のほうが多く、また、バイバルス率いる精強なバフリー・マムル
ーク軍団がいた。バイバルスはモンゴルの戦い方を研究し、とりいれ
ていた。マムルーク軍団は騎兵隊であり、人種もモンゴルと同じであ
る。モンゴルをうちやぶったのは、モンゴルであった。かつてモンゴ
ルが捕虜にし、奴隷商人に売り払った男が成長し、モンゴルの前にた
ちはだかりモンゴルの戦法を用いてそれを打ち破ったらしいです。

144 :世界@名無史さん:04/05/09 16:06
ペロポネソス戦争は、正に絶頂期にある都市国家同士の雌雄を決する戦争という気もするけど、
どうだろう?
実際はアテネに何度も勝機があったのに結局衆愚政治が全部パーにしたんだってね。


145 :世界@名無史さん:04/05/10 11:06
>>143

ガザとか、ヨルダン川西岸とか、いまイスラエルの撤退問題でモメてるとこ
ばかりだな。

十字軍とモンゴルを倒したバイバルスはモンゴル系だし、十字軍からエルサレム
を奪回したサラディンはクルド人。当時の中東はトルコ系領主ばかりだし、
アラブ人は活力を失ってたようだな。

146 :世界@名無史さん:04/05/10 12:12
規模違いすぎますけど


ロードス島攻防戦


は、どっちも最盛期では・・??

147 :世界@名無史さん:04/05/10 13:11
太平洋戦争

日英間に限って言えば共に絶頂期……か?

148 :世界@名無史さん:04/05/10 16:31
>>147
イギリスは既に斜陽ですな。 何気に絶頂期同士の戦いとなると

第一次大戦の英仏米露日vs独墺

第二次大戦の米ソvs日独

この二つが史上最大にして最後な気もする。

149 :世界@名無史さん:04/05/10 17:15
>>145
バイバルスはもろトルコ系だと思うが・・・。漏れの勘違い?

150 :世界@名無史さん:04/05/10 19:21
>>146
ロードス島のヨハネ騎士団の全盛期はパレスチナに
十字軍国家があった頃では?

151 :世界@名無史さん:04/05/11 07:26
タラス河畔の戦い

152 :世界@名無史さん:04/05/11 07:55
シ肥水の戦い

東晋の絶頂期はもうちょっと後かな?

153 :世界@名無史さん:04/05/11 21:01
>>149
そのへんはあやふやだろうな。

154 :世界@名無史さん:04/05/16 01:26
もう出つくしたかな?

155 :世界@名無史さん:04/05/16 04:16
彗星帝国vsヤマト

156 :世界@名無史さん:04/05/16 10:42
漢の劉邦と匈奴冒頓単于の戦いもうでたっけ?
統一したばかりの中国王朝は比較的強力なことが多いが、それを凌駕した
匈奴。

157 :世界@名無史さん:04/05/16 10:45
理想的なパターンは統一直後の中国王朝を征服する多民族国家という
パターンがあったら、まず絶頂同士といえるんだろうね。

逆のパターンはあるかも。突厥は6世紀後半に成立し、7世紀前半、全盛期を迎えて
いたが、唐に滅ぼされた。興隆初めて早いうちにたたかれたから
目立たないが、実はこれは絶頂期同士の戦いだったのでは。

158 :世界@名無史さん:04/05/16 12:31
太宗〜高宗のころだね。
ちなみに高宗在位期には東突厥の他に百済、高句麗も滅んでる。
軍事的に唐の最盛期は高宗の頃だと思う。



159 :世界@名無史さん:04/05/16 14:44
クリミア戦争なんかもそうじゃない
イギリスは言わずもがな、ロシア帝国もあの時代が一番輝いていたような
うーん、でもロシア帝国は微妙だよなあ・・・
エカチェリーナ2世の時代が最盛期かなあ?
結局戦争に負けるということは最盛期を過ぎたという扱いになるもんなあ

160 :世界@名無史さん:04/05/16 14:49
>>159
それを言うなら

ナポレオン1世のフランス 対 アレクサンドル1世のロシア

161 :世界@名無史さん:04/05/16 15:00
>>160
なるほど。ただロシア帝国はくせものでしょ。
誰の時代が絶頂期かわからない・・・

162 :世界@名無史さん:04/05/16 15:04
七年戦争の末期は
プロイセン(フリードリヒ大王)VSロシア(エカチェリーナ2世)

163 :世界@名無史さん:04/05/16 18:15
>>156
前漢は高祖・劉邦が統一した時点では秦の時代より国力が低かった。
五百年の及ぶ内乱の末に「中国」が誕生してから十年そこらしか経っておらず、
未だ地方勢力の独立色が濃いなかでやっとこさ再統一できたばかりで、最盛期とは言えんのでは。
それに、白登山の戦いは無類の戦下手・劉邦と、中華が混乱していた最中に辺境で勢力を蓄え
万全の体制で戦争に臨んだ匈奴史上最高の名将・冒頓単于の戦いだからなぁ・・・

どうでもいいが、この戦争の際に官軍陣営には陳平がいた。
陳平は劉邦が包囲されたときに奇策を持って和平に漕ぎ着けたが、
包囲されるまでに劉邦に諫言をしたなどと言う話は伝わっていない。
このようなことから考えるに、陳平という策士は切羽詰った状況ではセオリーを無視した発想が出来るが、
創生期から並び称されてきた張良のような局地的戦術眼はあまり持ち合わせていなかったようだ。

164 :世界@名無史さん:04/05/17 00:55
エチオピアVSイタリア
勝敗は無論・・・・

165 :世界@名無史さん:04/05/17 01:51
陳平は軍師でも戦略家でもなく、策士、あるいは陰謀家でしょ。

166 :世界@名無史さん:04/05/17 02:02
後に宰相やってなかったけ?
政治は得意だったんだろうなぁ。
陰謀なら任せろ!って感じで。

167 :世界@名無史さん:04/05/17 21:37
>>162
もっと勉強しろ

168 :世界@名無史さん:04/05/17 22:42
>>166

宰相やってた頃、周囲の人々にとって彼の陰謀力(?)は脅威で、怖かった
だろうねえ。三国時代の魏に例えれば、賈翔に似てるかな?

169 :世界@名無史さん:04/05/18 00:18
>>167
これは失礼しました。

170 :世界@名無史さん:04/05/21 03:22
>>148
考えてみれば異常な時代だ。
人類の破壊力の絶頂期という意味では破壊力なんか中世とはケタは違うし、
世界のほぼ全部が絶頂期で激突するなんてのは恐らく史上唯一だろうな。

何げに寒気がする。ガクガクブルブル

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