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♪【精強】♪♪オーストリア海軍♪♪【帝国】♪

1 :フェルディナント・マックス:04/04/04 01:34
え〜でるわぁいす♪ えぇ〜、出るわぁ〜♪

いまは内陸国になってしまった、美しき国の海軍について語る場です。

ちなみに小生は子供のころ、サウンド・オブ・ミュージックのトラップ男爵が
海軍大佐であった背景が理解できませんでした。

2 :世界@名無史さん:04/04/04 01:36
リッサ海戦
http://www31.ocn.ne.jp/~tactic/lisa.html

3 :世界@名無史さん:04/04/04 01:39
ハンガリアのなんとかっちゅう湖にお舟を浮かべて優雅に遊んでたりしてたらしいね。
あとは今のスロベニアとかクロアチア辺りのアドリア海にもかな・・・
でも強くはなさそうだよな。


4 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :04/04/04 02:04
軍事板に
http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1053514975/l50
というスレッドがあります。
タイトルは2次大戦ですが、オーストリア・ハンガリー海軍について
も話題になっています。
こちらで聞かれた方が早いのでは??

あと、トラップ大佐に関するスレッドもあります
http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1054126496/l50

>3
ドナウ川に部隊はいましたが、ハンガリーの湖というとバラトン湖か
と思いますが、ここにも部隊がいたのですか?

5 :世界@名無史さん:04/04/04 03:48
オーストリアスレはもう何本もあるだろ。
終了



6 :世界@名無史さん:04/04/04 04:08
T大戦後、海がないのに海軍がある萌え。

7 :世界@名無史さん:04/04/04 12:01
明らかな陸軍国の海軍に負けたイタリア海軍の査問会を開催すます。

8 :■ホルティ・ミクローシュ■:04/04/04 13:27
1919年10月ベラ・クソもといベラ・クンの左翼革命政府をルーマニア軍の力で潰した後、
王様のいない王国の摂政にして、海のない海軍提督となったハンガリーのホルティ閣下が一番ね!

9 :世界@名無史さん:04/04/04 15:19
ホルティ提督って晩年はポルトガルに亡命したようだけど、
当時の独裁者であったサラザール博士や、提督同様晩年を
ポルトガルで過ごした石油王グルベンキャンとは親交があ
ったんだろうか?


10 :世界@名無史さん:04/04/05 19:55
ウィーン軍事史博物館はオモロかった。海軍関連の模型も展示していた。
日本では第二次大戦モノが好きな人が多いが、オーストリアじゃ19世紀
から第一次大戦こそが関心をよぶのだろうか。

11 :\(^■^ ラ 【卍】:04/04/05 22:03
実は余も1932年までオーストリア国籍だったんだな。
初めて海を見たのはフランダース戦線に従軍していた1917年だったな多分。

12 :世界@名無史さん:04/04/10 21:25
東欧史研に来なさい!

13 :ハウス:04/04/18 23:29
・・別スレでもレスしましたが・・ 

 【第一次世界大戦勃発前夜のオーストリア・ハンガリー海軍】

第1戦闘艦隊〔マクシミリアン・ンジェゴバン提督〕
 ド級戦艦(艦隊旗艦)フィリブス・ウニーティス〔アントン・ハウス提督(艦隊総司令官)〕、テゲトフ、プリ
 ンツ・オイゲン(第1戦艦隊)準ド級戦艦エルツヘルツォーク・フランツ・フェルディナント、ラデツキー、ズリ
 ーニ(第2戦艦隊)
第2戦闘艦隊〔フランツ・ローフラー提督〕
 前ド級戦艦エルツヘルツォーク・カール、エルツヘルツオーク・フリードリヒ、エルツヘルツォーク・フェルデ
 ィナント・マックス(第3戦艦隊)ハプスブルク、アルパード、バーベンベルク(第4戦艦隊)

巡洋艦隊〔ポール・フィードラー提督〕
 装甲巡洋艦サンクト・ゲオルグ、カイザー・カール6世、マリア・テレジア、軽巡洋艦ツェンタ、アスペルン、
 シゲトヴァール
第1水雷艦隊
 軽巡洋艦サイダ、駆逐艦12隻、水雷艇10隻 
第2水雷艦隊
 軽巡洋艦アドミラル・スパウン、駆逐艦6隻、水雷艇18隻
 
沿岸守備艦隊
 海防戦艦モナーク、ウイーン、ブダペスト(第5戦艦隊)防護巡洋艦カイザー・フランツ・ヨーゼフ1世、
 水雷巡洋艦パンター


14 :ハウス:04/04/18 23:30
各軍港に配備
 □トリエステ
   水雷艇4隻
 □ポーラ(現クロアチア領プーラ)
   装甲艦マルス(旧テゲトフ)、駆逐艦3隻、水雷艇15隻、潜水艦6隻 
 □セベニコ(現クロアチア領シベニク)
   水雷艇10隻
 □カッタロ(現セルビア・モンテネグロ領コトル)
   砲塔装甲艦クロンプリンツ・エルツヘルツォーク・ルドルフ、水雷艇6隻
その他
 □フューメ(現クロアチア領リエカ)にて、
   ド級戦艦セント・イシュトヴァーン、軽巡洋艦ヘルゴラント、ノヴァラ〔⇔ホルティ・ミクローシュ
   提督)が建造中
 □中華民国・青島にて
   防護巡洋艦カイゼリン・エリザベートが寄港中


15 :ハウス:04/04/19 20:21
※上記補足

各軍港に配備
□ポーラ(現クロアチア領プーラ)
   装甲艦マルス(旧テゲトフ)、駆逐艦3隻、水雷艇15隻、
   潜水艦U1,U2,U3,U4,U5〔艦長ゲオルグ・フォン・トラップ〕,U6
      +U12(まもなく竣工)



16 :世界@名無史さん:04/04/19 20:24
>>13
ネタ元はなんですか?

17 :世界@名無史さん:04/04/19 20:38
まあ、ンジェゴバンじゃなあ・・・

18 :世界@名無史さん:04/04/19 23:03
>>13-15
オーストリア海軍、艦船の名前がすげぇカコイイ!!
「防護巡洋艦カイゼリン・エリザベート」とかさ、「エルツヘルツォーク○○」とか、
王朝の優雅な名前と近代の戦闘艦のとりあわせがいいね。名前を並べただけで壮観に
見えてしまう。


19 :世界@名無史さん:04/04/19 23:26
”ンジェゴバン”は”ニェゴヴァン”では?

20 :世界@名無史さん:04/04/20 02:10
>>18
皇后エリザーベト号に大公・・・号なわけですか。
沈むかも知れない船に人の名前を付けるのって、付けられる側としては
どうなんでしょうね?確か日本やアメリカでも同様の議論が持ち上がってたと
思うんですが。
マクシミリアン大公が望みどおりに海軍を任されていたら、やっぱり大拡張
されてたんでしょうかね?
でも皇帝が頑固一徹の陸軍好きだったみたいですし無いのかな?

21 :世界@名無史さん:04/04/20 02:21
>>20
それ以前に国の名前をつけることだってあるがな。
イタリアとかドイッチュラントとか・・・後に改名されたが。

22 :20:04/04/20 02:40
>>21
国の名前ですか。他国の名前だったりしたら国際問題になりそうですね。(笑)
今、>>13を見てて思ったんですが、ド級戦艦があるのに皇帝・皇后の名を冠しているのが
両方とも防護巡洋艦なのは何ででしょう?旗艦の方が相応しいような気がしますが。
皇帝の陸軍好きと何か関係があるのでしょうか?
ご存知の方、いらっしゃいましたら申し訳ないですがご教授頂けませんか?

23 :世界@名無史さん:04/04/20 05:38
日本もやろうぜ
イージス艦ヒロヒト
とかな。

24 :世界@名無史さん:04/04/20 05:55
神武とか後醍醐とか。

25 :世界@名無史さん:04/04/20 10:30
ヒロヒト大破、撃沈されました!

26 :世界@名無史さん:04/04/20 11:28
原子力ミサイル巡洋艦「ピョートル大帝」

27 :世界@名無史さん:04/04/20 11:41
韓国駆逐艦「広開土大王」「忠武公李舜臣」ってのもある

28 :世界@名無史さん:04/04/20 21:43
日本も「宣仁親王」級とか、「依仁親王」級だったらサマになるね。
でも、「朝融王」級はなんだかいやだ。

29 :世界@名無史さん:04/04/20 22:13
戦艦承子女王しかないでしょ。

30 :世界@名無史さん:04/04/20 22:41
戦艦承子女王、超弩級戦艦清子内親王号の衝角体当たり攻撃で轟沈。

31 :ハウス:04/04/20 23:15
おおっ、スレが何かいい感じになってきてるねぇ。・・というわけで、

>>16
The Naval Policy of Austria-Hungary 1867-1918 の第一次世界大戦に関するところ。この文献はお
すすめでつよ。

>>17
ごもっとも。この部分の読み方は自信がなかったでつ。

>>19
サンクス。以前ギシュクラ・ヤーノシュ氏より、Szigetvarの読み方(→シゲトヴァール=jを教えて
いただいた事から、19氏の読み方がより正しいかと思われます。
名称が Admiral Maximilian Njegovan なので、ネゴヴァンとも読めそうだけど・・。

>>23,24
ワラタ。





32 :世界@名無史さん:04/04/21 11:57
モンゴル海軍について語るスレはここですか?

33 :世界@名無史さん:04/04/21 22:18
みなさん多分このサイトご存じと思いますが、

http://www.asahi-net.or.jp/~BF5K-ISN/krieg6.htm

 ドイツ海軍(ゾンダーアウステルング)
 エステライヒ海軍(クリークスマリーネ)  という記述があります。

独海軍=クリークスマリーネですよね。ってことは「ゾンダー〜」は
墺海軍の通称と考えていいのでしょうか?


34 :世界@名無史さん:04/04/21 22:33
戦間期のオーストリアの政党軍事組織について語るスレはここですか?

35 :世界@名無史さん:04/04/21 22:43
リッサ海戦の旗艦フェルディナント・マックス大公ってプラモにならないかなぁ。

36 :世界@名無史さん:04/04/21 23:05
オーストリア海軍て、士官以上と兵卒の格差が激しくて、士官室は豪華で快適だったのに
対して、一般兵の部屋とかはひどかったとか。
営倉には猫ムチまであったらしいし。

37 :ハウス:04/04/21 23:24
>>22
オーストリア・ハンガリー海軍のド級戦艦(艦隊旗艦)フィリブス・ウニーティスの艦名は、皇帝フランツ・ヨーゼフ
1世が政治のモットーとして掲げた、「帝国内の諸民族が一致協力しあって」に由来するものであり、旗艦にはふさわ
しい名称なのではないかと思われます。

あと、江村洋『フランツ・ヨーゼフ ハプスブルク家「最後」の皇帝』東京書籍、内にこんな一文があります。
<〜中略〜最も彼(フランツ・ヨーゼフ)は海軍そのものには、実弟マクシミリアン大公や皇太子ルドルフほどには興味
を抱いていない。メキシコで暗殺されたマクシミリアンは海を愛して世界の大洋を航海し、また皇太子が海軍少将の軍
服を愛用し、それを誇りとしていたのとは違って、皇帝はやはり海軍よりは陸軍が好みだった。フランツ・ヨーゼフは
一度も海軍士官の制服を着用しなかったし、それに興味を示さなかった。彼の関心はあくまでも帝国陸軍にあった。>
 
 ・・だとすると、
砲塔装甲艦クロンプリンツ・エルツヘルツォ−ク・ルドルフ(1887年竣工)→以後の近代戦艦の祖
防護巡洋艦カイザー・フランツ・ヨーゼフ1世(1889年竣工)→以後の近代巡洋艦の祖
 であるのもわからなくはないんですが、実際の理由はどうなんでしょうね?


 









38 :世界@名無史さん:04/04/22 00:47
フェルディナント・マックス艦ってその実弟からとった艦名なんでしょうが、
いちおう外国の君主だった人の名を使うのって変なかんじ。

39 :世界@名無史さん:04/04/22 22:49
戦艦サーヤ、和田司令官率いるスーフリ駆逐艦隊にかこまれ無理撃ち魚雷攻撃を受けますた。

40 :ハウス:04/04/23 00:43
>>35
そうですね。
あとプラモではないですけど、個人的にはウイーンの軍事史博物館に展示されている
(行ったことはないけど)ド級戦艦(艦隊旗艦)フィリブス・ウニーティスの精密な
大型縦断面模型がホシイ(世界の艦船1994・4号の134Pに出ているやつ)

>>36
たしか下のサイトにそんな内容がありましたよね。
合衆国軍艦「ラデツキー」
http://www.d3.dion.ne.jp/~ironclad/USSRadetzky/radetzky.htm


41 :10:04/04/25 11:53
そのウィーン軍事史博物館はぜひおすすめ。
大型模型の展示のほかに、手のひらサイズ(1/1250ぐらい)の
全艦隊(数十隻なのでたぶん)の洋上模型がずらっと並んで「欲しい」と
思いました。観光客も少なくてマターリできます。ちなみに館内のお土産店でも
模型は売っていませんでした。

42 :ハウス:04/04/25 21:57
>>41
ま、マジですか?
以前エキサイトの翻訳検索(キーワードオーストリア海軍=jで引っかかったサイトからは、
同国海軍のミニサイズの模型写真がズラズラと出てきましたが(13〜15にあるような各種艦艇
がいっぱい・・・なんか汽船や水雷母艦まであったような記憶が・・)、ひょっとしたらそれ
が10氏の言う洋上模型なのかしらん?
 ・・・いずれにしても、その洋上模型もホスィ!

43 :世界@名無史さん:04/04/25 22:47
>>42
そのことと思います。
1m×3mぐらいの台の上に並んでいました。

小西製作所の日本海海戦モノのように金属模型かと思いましたが、金属ではなく
1品モノの手作り模型のようでした。なので、商品ではないと思います。

同博物館は、ほかにもサラエボ事件で被弾した車や、オーストリア軍の軍服も
たくさん展示してありました。

44 :世界@名無史さん:04/04/27 17:08
>13
マリアテレジアですが「カイゼリンウントケーニギンマリアテレジア」では
無かったですかね?
>42、43
日本でこそミニスケール軍艦模型のスタンダードは700分の1プラモですが
海外では1250分の1のアンチモンとかの金属製が一般的です。
参考まで下記覗いてみてくだちい(二重帝國艦はあまりなかったと思うけど)。
www.steelnavy.com/1250.htm
www.1250ships.com/models/hai/hai457.htm
日本でも専門店はあった筈。


45 :世界@名無史さん:04/04/28 21:51
ラデツキーって海の人でないのまで艦名につかうのね。

46 :世界@名無史さん:04/04/28 22:39
んなこと言ったらシャルンホルスト、グナイゼナウ、ブリュッヒャー、プリンツ・オイゲンなども

47 :ハウス:04/04/28 23:08
>>44
装甲巡洋艦マリア・テレジアの正式名称は、Kaiserin and Konigin Maria Theresiaといい、Kaiserinは
皇后゜oniginは女帝≠意味します。皇后&女帝の部分は文献によって書かれていたり省かれていた
りといろいろです。・・・で、自分はKoniginをコニギン≠ニ読んでいるのですが、はたしてこれでよい
のかしら?ご存じの方がおられましたら、是非教えてくださいませ。

あとせっかくなので、同艦の経歴について簡単に触れさせていただきます。装甲巡洋艦マリア・テレジアは
、1893年にトリエステのスタビリメント・テクニコ・トリエスティノ造船所にて竣工しました。そして98年
の米西戦争時には、自国民の保護を目的としてスペイン植民地キューバに派遣され、1900年の義和団事件(
北清事変)では、防護巡洋艦カイゼリン・エリザベート 軽巡洋艦ツェンタ、アスペルンなどとともに中国海
域に展開、この時期同軍艦の艦長を務めたのがアントン・ハウス提督でした。

その後の第一次大戦では目立った活躍を見せませんでしたが、1914〜17年まではセベニコの防衛艦、17〜18
年はドイツ潜水艦部隊の停泊施設として利用されて終戦をむかえました。

・・さて、2つのサイトを覗いてみましたが、いろいろとあっておもしろいですね。13〜15にないモノとして
装甲艦クストツァ、砲塔装甲艦クロンプリンツェシィン(kronprinzessin)・ステファニー、未成の超ド級戦
艦エルサツ(Ersatz)・モナークを見つけますた。

48 :\(^■^ ラ 【卍】:04/04/28 23:10
何で、第三帝国の航空母艦がグラーフ・ツェッペリンなのか?って、疑問持ったことあるかね?

49 :カラジチ ◆mWYugocC.c :04/04/28 23:17
>>47
ドイツ語っしょ?
Koniginは正しくは"Königin"で、ケーニギンと読むと思われ。
öは「舌の位置はeだけど唇は丸くする」という、日本語にはない母音ですが。

50 :カラジチ ◆mWYugocC.c :04/04/28 23:17
っと、"Königin"は「女王」って意味です。

51 :世界@名無史さん:04/04/28 23:49
>>50
という事は帝妃並びに女王マリア・テレジア号って事ですね。
この場合はボヘミアではなくて、ハンガリーですかね、やはり。

52 :世界@名無史さん:04/04/29 02:20
ケーニギンというと魔笛の夜の女王が思い浮かんじゃうな。

53 :世界@名無史さん:04/04/29 04:29
>45
日本にも信濃があったじゃん。

54 :44:04/04/29 09:25
>47
ツェンタ級は正確には防護巡洋艦になりますね。狭義の軽巡洋艦は軽度の舷側
甲帯を持つものなのですが、ツェンタ級は舷側甲帯を持たず防御甲板に防御を
頼ってますんで。

北清事変の頃に第一線にいた人がWW1では司令長官級なんですねえ。英国も
確かジェリコ&ビーティコンビが行ってたような記憶があるんですが。

55 :ハウス:04/04/29 21:27
>>49-50
なるほろ!大変勉強になります。
というわけで正式名称は、カラジチ氏と44氏のご指摘どおり
kaiserin und Königin Maria Theresia
カイゼリン ウント ケーニギン マリア・テレジア
(皇后) 並びに (女王)
でよろしいでしょうか?
(※and×→und, Konigin×→Königinですたスマソ)
>>52
それは小説でつか?それとも映画でつか?
>>54
ラジャー。ツェンタ級を防護巡洋艦カイザー・フランツヨーゼフやカイゼリン・エ
リザベートと同じ種別に分けている資料もあります。

>北清事変の頃に第一線にいた人がWW1では司令長官級なんですねえ。
WW1中のホルティ提督なんかもそんな感じでは?
ついこの間まで軽巡洋艦ノヴァラの艦長として最前線で働いていたのに、いきなり
少将の身で司令長官に抜擢されたりなんかして・・・あ、ちと違うかな?

56 :54:04/04/30 00:33
>55
まあ19世紀末頃の艦種類別は華盛頓体制の戦間期以降とかと違って伝統的
分類(砲門数は排水量による等級)や技術的必要上(装甲巡洋艦と防護巡
洋艦等)もあれば各国の必要上ってのもありしかもそれに技術発展の異常
なまでの速度の早さもあって、名前は同じでも内実が違うなんてのもあり
(1880年代頃と20世紀に入ってからの装甲巡洋艦は技術的に全く意味が違
う部分があります)かなりの専門家かこの頃の軍艦好きという物好きでな
いとこのへんの分類は判りにくいもんでして、記述が混乱するのは仕方な
いところですね。

57 :ハウス:04/05/01 14:50
〜思い出したのでちと補足〜
>>54
北清事変の頃に第一線にいた人がWW1では司令長官級なんですねえ。英国も
確かジェリコ&ビーティコンビが行ってたような記憶があるんですが。

オーストリア・ハンガリー海軍はモンテクッコリ&ハウスコンビでつ。
ルドルフ・モンテクッコリ提督は、この時防護巡洋艦カイゼリン・エリザベートの
艦長で、その後ハウスの前(1913年以前)に海軍(艦隊)司令長官を務めますた。

58 :56:04/05/03 11:15
未来の海相?&司令長官歴任コンビだった訳ですな。
そういえば「モンテクッコリ」なんて名字そうそう無いと思うんですが、
伊海軍の軽巡「ライモンドモンテクッコリ」のもとはご親戚か何かなんで
すかねえ。
何気に「エウジェニオ、ディ、サヴォイア」なんて「プリンツオイゲン」
と事実上同じハプスブルク帝國所縁の名前を伊海軍が使ったりしてる例も
ありますし。


59 :世界@名無史さん:04/05/04 04:02
ライモンドモンテクッコリは三十年戦争時の神聖ローマ帝国の将軍にして作家だそうです。


60 :世界@名無史さん:04/05/04 04:05
まぁ明らかにイタリア系の名前ですが、二重帝国のモンテクッコリ提督は
イストリアかダルマツィア出身ですか?
ロンバルディアとベネチアも、普墺戦争までオーストリア領でしたが…。

61 :世界@名無史さん:04/05/04 16:11
>60
葛飾柴又の生まれ

62 :世界@名無史さん:04/05/04 17:12
中川二映る夕陽をめがけて♪

63 :世界@名無史さん:04/05/04 17:18
ホルティ=ミクローシュ提督について語ろうというスレはここですか?

64 :世界@名無史さん:04/05/04 17:49
いいえ違いM巣

65 :AIRSHIP:04/05/05 12:59
>>55
52が言ってるのは、モーツアルトのオペラ「魔笛」の『夜の女王』でしょう。
『夜の女王のアリア』は、『パパゲーニャとパパゲーニョのアリア』と共に
一度聞いても良い一曲です。

66 :ハウス:04/05/05 20:54
>>65
お、オペラっすか?
関心はあるけど全然知識が・・・
それにしても、文化水準の高い知的な方でつね。

オーストリア海軍のモンテクッコリ提督について少々・・
Admiral Rudolph Montecuccoli (1843-1922)
After he graduated of the Nautica, entered the Navy as an officer. Took
part in the wars of 1859 and 1866, and in 1882, suppressing the revolt
in Cattaro. From 1895 deputy, later commander of the naval depot of Pola.
Two years later counter-admiral. During the boxer-rebellion (1900), c
ommander of the Austro-Hungarian peace-keeping fleet squardron. After
he returned, appointed to be the chief of the naval group in the Minis
try of War in the rank of vice-admiral (1903). From 1904, commander of
the fleet, just one year later admiral. During his command were built
the first semi-dreadnoughts, modern torpedo-boats, cruisers and submar
ines. Resigned and retired in 1913, in the age of 70.

あと別のサイトに、Montecuccoli had family roots in both Austria and Ita
ly, とありますた。ライモンド・モンテクッコリとの関連性の有無はよくわからな
いのでもう少し調べてみまつ。・・余談ですが、上記にあるように彼はリッサ海戦
(1866年)にも参加しておりまつ。乗艦したのは汽走フリゲイト「アドリア」でつ。

67 :世界@名無史さん:04/05/05 23:54
この国の海軍は、陸軍同様に将校=貴族ってかんじなのでしょうか。

68 : :04/05/06 04:10
>>22
単に建造順の問題かも
カイザー・フランツ・ヨーゼフ1世級防護巡洋艦の2番艦で
ポーラ工廠で1888.7起工90.9/25進水92.1/24竣工らしいが

>>35
木造模型ならあるんかもね
ttp://www2.odn.ne.jp/miyukikai/museum-navy2F.htm

>>42
数年前今は無き新宿イエサブミリタリーコーナーで
メタルミニチュアのエルヘルツォーク・フェルディナンド・マックスを見た


>>47
>未成の超ド級戦艦エルサツ(Ersatz)・モナークを見つけますた。

Ersatzは『代艦』の意で
海防戦艦モナークが旧式化したので
その代替の艦の事で正式な艦名では
なかったような



69 :ハウス:04/05/09 14:00
ふーむ、モンテクッコリ氏の出身地がよくわからないでつね。
個人的にはベネチアかロンバルディアの出身だと思うんだけどなぁ・・
なんか北イタリアにはモンテクッコリ伯爵家とかがあったみたいだし・・
(ちなみにハウス氏〔1851−1917〕はスロベニアのTolmein出身)

>>68
その他同海軍には、
Ersatz Zenta(ツェンタ代艦級)軽巡洋艦3隻→大戦勃発により起工中止。
Ersatz Tatra(タトラ代艦級)駆逐艦4隻→1917年竣工。
がありまつ。







70 :ハウス:04/05/09 16:59
〜13補足〜

【第一次世界大戦勃発前夜のオーストリア・ハンガリー海軍】
巡洋艦隊〔ポール・フィードラー提督〕
 装甲巡洋艦サンクト・ゲオルグ、カイザー・カール6世、カイゼリン ウント ケイニギン・マリア・テレジア、
 軽巡洋艦ツェンタ、アスペルン、シゲトヴァール(ツェンタ級3隻)
第1水雷艦隊
 軽巡洋艦サイダ、駆逐艦タトラ、バラトン、セペル、リカ、オルジェン、トリグラヴ(タトラ級6隻)他6隻
 水雷艇10隻 
第2水雷艦隊
 軽巡洋艦アドミラル・スパウン、駆逐艦6隻、水雷艇18隻
 
沿岸守備艦隊
 海防戦艦モナーク、ウイーン、ブダペスト(モナーク級3隻)[第5戦艦隊]防護巡洋艦カイザー・フランツ・
 ヨーゼフ1世、水雷巡洋艦パンター

71 :世界@名無史さん:04/05/09 17:56
Uボートエースのトラップ大佐は日本海軍地中海派遣艦隊と戦ったのかな?

72 :世界@名無史さん:04/05/10 21:48
>70
乗船すると美味しいコーヒーとチョコレートケーキを御馳走してくれそうな
優雅な名前が多いですな。

遠洋海軍でもないのに、巡洋戦艦があるのも妙な気がしますね。

73 :世界@名無史さん:04/05/10 22:38
例によってイタリアがヘタレだったので、あまり大きな戦いが起こらず、実力は分からず
じまいでしたね。

74 :世界@名無史さん:04/05/10 22:41
>>73
そのヘタレのはずのイタリア海軍に、港の中で沈められてるじゃん。

75 :ハウス:04/05/11 00:04
>>71
4のギシュクラ氏が紹介してくれているスレよりコピペ

27 :名無し三等兵 :03/05/26 01:14 ID:+JhWJ0su
トラップ大佐はサブマリンエースです。
オーストリア・ハンガリー海軍では第一次大戦前に潜水艦部隊が編成されると
伝統にとらわれない気風と高給により若い士官の関心を引きました。
開戦時7隻の近海用潜水艦しか持っていませんでしたがフォン・トラップ中尉は
その中の艦長の一人でした。
 海軍上層部の無理解によりオーストリア・ハンガリー海軍の潜水艦作戦範囲は
母港であるプーラ付近にのみ許可が出されていて、アドリア海南部での戦闘も
困難でしたので、1916年終了時点で中小型船を18艘しか沈めることが出来ませんで
した。
 しかし17年になりようやく考えを改めた海軍は、随一の長距離作戦が可能な
U-14と新型のU-10型2隻の潜水艦を南のカッタロに移動させて無差別潜水艦戦
を宣言しました。上のレスにあるオトラント障壁に対する打撃により地中海に
出撃可能となったU-14は2ヶ月で合計3万トンの船舶を撃沈する戦果を挙げました。
 戦勝ニュースに飢えていた新聞はU-14の艦長フォン・トラップを盛んに
エースとして取り上げ、国民的英雄扱いしました。
 映画「サウンド オブ ミュージック」のエピソードにありますように、
ドイツがトラップ大佐を自軍に招こうとしていたのは潜水艦戦のエースで
ある彼の実績と名声を欲していたからです。

76 :ハウス:04/05/11 00:06
※ゲオルグ・フォン・トラップ中尉は、1914〜15までは潜水艦U5の艦長
                  それ以降はU14の艦長

で、71氏の言われる日本海軍の艦隊は1917年4月から地中海に派遣されてい
ますがフォン・トラップ大佐(当時は中尉か大尉かな?)の潜水艦とは直接
には交戦されていないと思われます。
ただ同年の6月11日には、ギリシャ・クレタ島沖で活動を行っていた上記艦
隊の駆逐艦「榊」が、オーストリア潜水艦U27の襲撃・魚雷攻撃を受けて艦
首を吹き飛ばされる事件が起こりました。地中海での日本海軍とオーストリ
ア海軍との直接的なやりとりはこれっきりです。

77 :58:04/05/11 00:14
>59,ハウス様
軽〜い気持ちで振った話でしたがいろいろお調べ頂いてスマソです。
>72
二重帝國海軍は巡洋戦艦は保有した事ないでつ。計画だけはしてたよ
うですが。
>73
戦略的封鎖状況の割に結構頑張ってますよ。オトラント海峡で封鎖
されっぱなしも癪なのか時々出撃したりしてます。
確か防護巡洋艦ツェンタだったと思いますが、駆逐艦1隻をお供に
行動中、封鎖中の仏前弩級戦艦群(1隻や2隻なんてチンケな数で)
なく10隻くらいいた覚えが)と遭遇、ツェンタはその猛烈な砲火
を浴び撃沈されるも、駆逐艦は結局取り逃がし、仏艦隊は勝った事
よりその「拙劣(有能な指揮官のあやつる高速艦に当てるのは結構
難しいのであえて括弧つき)」な射撃技量にたくさん「?」マーク
がついた事の方が大きかったそうで。
まあ何より封鎖突破して暴れたのは潜水艦ですが。大物食いとして
は仏装甲巡洋艦レオンガンベッタ、伊装甲巡洋艦ジュゼッぺガリバ
ルディを食ってます。
>74
イタリア海軍のMAS(魚雷艇)やフロッグメンの部隊は世界中ど
こに出しても正真正銘恥ずかしくない、寧ろ世界でもトップクラス
の戦闘能力持ってますから「へタレ」とはちといえませんね。
現に沈んだ弩級戦艦二隻、フィリブスウニーティスはフロッグメン
シュツェントイシュトヴァーンはMASの戦果であってけしてイタ
リア主力戦艦部隊の戦果とかじゃないですから。

78 :世界@名無史さん:04/05/11 00:29
よく榊を攻撃したのはドイツ潜水艦と間違って書いた本があるよな。
ちなみに、軍事史博物館に第二次大戦関係がないのは、
オーストリアという国がいまだに自らを欺いて、第二次大戦で
オーストリアはドイツに併合された被害国という立場を取って
いるためだと思うよ。

79 :\(^■^ ラ 【卍】:04/05/11 12:24
オーストリア出身の軍人としては、余を筆頭に

オットー・スコルツィニー∬中佐
ワルター・ノボトニーLW中佐
ゴルドン・ゴロップLW大佐
なんかが有名だな。


80 :ハウス:04/05/11 23:15
>>72
なかなかオシャレな事をいいまつねぇ・・
なんかオーストリア軍艦に乗って、チョコケーキとコーヒーをほおばりながら至福
のひとときを過ごしたくなってきますた。
>>77
いえいえとんでもないでつ・・自分も77(58)氏のレスがきっかけでいろいろと興味
を持ちましたので・・。あと77氏がカキコされた大戦初期のオーストリアVSフ
ランス海軍≠ノついて少々書かせていただきまつ。

オーストリア海軍艦艇はサラエボ事件以来厳戒体制下に置かれ、7月下旬〜8月上旬
には駆逐艦と水雷艇の一部がポーラからモンテネグロ方面に移動し、8月8日には軽
巡洋艦(正式には防護巡洋艦でつが、ここではこれまで通り軽巡に統一させていた
だきまふ)ツェンタと姉妹艦のシゲトヴァールが、セルビアに味方したモンテネグ
ロ沿岸部の封鎖活動を開始しました。

だが味方であるはずのイタリアが局外中立を宣言したために海軍当局の方針に混乱
が生じ、その間にも英仏は8月12日にオーストリアに宣戦・即座に同海軍の行動を
妨害するためにアドリア海に艦隊を派遣してきました。そして8月15日には、モン
テネグロのアンチバリ沖で軽巡洋艦ツェンタと駆逐艦ウランが、フランスのド級・
前ド級戦艦部隊11隻と英国の水雷戦隊に遭遇・・これに対し駆逐艦1隻はカッタロ
方面へ回避したが、軽巡ツェンタは退路を遮断され、仏ド級戦艦ジャン・バールな
どの砲撃を受けて撃沈されてしまいます。

この時ツェンタの乗組員は、一部の戦死者や自力で岸まで泳いだ人を除き、大部分
が仏艦艇に拾われて手厚い?もてなしを受けたとのこと・・オーストリアはその時
はまだ英仏に対し宣戦していませんでしたが・・
8月22日にようやく英仏に対し宣戦布告し、同24日にはすでにカッタロへ移されて
いた海防戦艦モナーク、ウイーンがモンテネグロとその境にある英仏側の拠点を砲
撃しました。

81 :77:04/05/13 20:00
>80
あ〜。ツェンタの話ってかなり微妙な時期の話だったんですね。地方在住
だと二重帝國海軍の資料なんて殆ど手に出来る事は無く、ウロ覚えになっ
ていました。長文フォロー多謝です。

、、確かにザッハートルテでも出してくれそうなカフェハウスぽい風情の
名前もちらほらありますな。40レスで上がってたHPの写真みてたら装甲
巡洋艦以上くらいなら職人の一人二人軍属でのってそうなくらい豪勢だし。

翻って兵員区画が居住性悪いという話ですが、マル経系とかの人が喜びそ
うな身分制度云々以前に基本的に事実上アドリア海限定行動海軍であると
いう事で居住区画にまわす分を防御にまわした事が要因として大きいよう
です。具体的には遠出しないから作戦期間も短く居住区画は最低限でいい
普段は陸で生活すればよろしい。またその居住区画も多少使い勝手が悪く
ても横隔壁には交通路の穴をあけずに水密を保つようにした事で尚居住性
は悪化したようです。代わりに防御力はかなり向上したようで、戦艦クラ
スともなれば防御力については定評のある独逸と同格艦なら極めて近似値
にあったようです。部分的には上回る分野さえあったそうで(例えばダメ
ージコントロールについての教本、その訓練教本といったものを完備して
いたそうです。ラデッキ―での話ですのでおそらく平時から)。

82 :世界@名無史さん:04/05/14 15:02
つおい おかんだ ゾフィー ゾフィー!

83 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :04/05/14 23:19
>45
オーストリアの海軍関連の英雄というとテゲトフ提督以外だと
レパント海戦の司令官だったドン・ファン・デ・オーストリア
ぐらいでしょう。
セント・イシュトヴァーン(聖イシュトヴァーン)なんてハン
ガリーの初代国王で遊牧民族マジャール人の族長ですから、海
で溺れそうな気が・・・。

>70
そうですか・・。
古戦場の名を冠したシゲト・ヴァール(シゲト城)なんて
ハンガリー軍がオスマン帝国軍相手に篭城のあげく玉砕
(妻子を殺して、城門を開いて敵軍めがけて最後の突撃
を敢行)したような場所の名ですし、ズリーニはシゲト
城の城主でクロアチア太守だったズリーニ・ミクラーシ
ュ(クロアチアではニコラ・シュービッチ・ズリンスキ
ー)の名前に由来しています。
こんな縁起でもない名前をよくつけたなぁと・・・。
同じ古戦場でも奇跡の勝利を収めたナードルフェーヘル
ヴァール(ベオグラード)と指揮官だったフニャディ・
ヤーノシュにしなかったのが不思議です。


84 :ハウス:04/05/15 10:58
>>81
エキサイトの翻訳検索(キーワードオーストリア海軍∞オーストリア・ハンガ
リー海軍=jには二重帝国海軍のサイトがけっこう見られます。掘り出し物?なん
かもあったりするので、時間を見つけて「宝探し」をされてみては?

オーストリア軍艦の居住性が悪いとはよく聞く話ですが、士官と一般乗組員との差
がありすぎるような気が・・・。大戦勃発前には、戦艦は地中海全域、巡洋艦は大
西洋や太平洋まで遠洋航海に出ているので、その間に反乱とか起きなかったのだろ
うか?

あと遅いレスですが、77のカキコにある「レオン・ガンベッタ」撃沈はフォン・ト
ラップ中尉の戦果です。1915年の4月27日未明に、ゲオルグ・フォン・トラップ中
尉の指揮する潜水艦U5が、オトラント海峡の北イオニア海域で哨戒活動を行って
いたフランス装甲巡洋艦レオン・ガンベッタに対し魚雷攻撃を行い、10分たらずの
うちにこれを沈めます。これにより展開していた仏巡洋艦隊が退いたので、オトラ
ントの封鎖線が一時開放されました。

>>82
ゾフィー大公妃は、1914年6月にボスニア地方で行われた陸軍大演習視察の際、行
き帰りともにド級戦艦(艦隊旗艦)フィリブス・ウニーティスを利用されています
(トリエステ⇔ダルマチア間往復)。ただし残念な事に、帰りはご遺体としてです
が・・。

85 :ハウス:04/05/15 11:43
>>83
レパントの海戦の人物ですか?これはスペイン・ハプスブルク海軍の英雄
という事なのでしょうか?(名前しか知らないので早速調べてみまつ)

ドン・ファン・デ・オーストリアは、リッサ海戦時のオーストリア装甲艦
にその名を連ねていますが、確かにこの人とテゲトフ提督以外に海軍の英
雄名はみられないなぁ・・
まあこの2人物以外には、「スパウン」(ヘルマン・フォン・スパウン、
元海防戦艦ウイーンの艦長で、1897〜1904年に司令長官を務める←モンテ
クッコリ氏の前でつ)提督がいたりするけれど。

軽巡洋艦シゲトヴァール&準ド級戦艦ズリーニは、1915年の5月24日(イ
タリアの対オーストリア宣戦直後)には、他の多くの艦艇とともにアド
リア海沿岸部のイタリア都市砲撃作戦≠ノ参加しております。しかしそれ
以外にはこれといった活躍はなかったみたいです、まあ両艦とも終戦まで
生き延びておりますが。
(※ちなみに40レスにあるサイト「合衆国戦艦ラデツキー」には、絵葉
書より・砲撃する『ツリニー(ズリーニ)』≠ェあり、これはその時の絵
だと思われ)

ナードルフェーヘルヴァール&フニャディ・ヤーノシュですか?これは最
新鋭の軽巡洋艦や超ド級戦艦名に是非ほしかったでつ。

86 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :04/05/19 00:44
>85
基本的にハンガリーの英雄=ハプスブルグ家の敵または謀反人という
パターンが多いので命名には苦労するでしょう。
ズリーニ家もシゲトのニコラの孫の代で謀反を計画して露見し当主が
処刑されて絶えています。

問題がなさそうなのは騎士王と呼ばれたラースロー1世(列聖されて
セント・ラースロー)ぐらいですか。

87 :ハウス:04/05/19 23:48
>>86
ギシュクラ様、いらっしゃいませ。
これからもよろしくお願いします。
(すいません、言うのが遅くなってしまいました。)

オーストリア・ハンガリー海軍艦艇は、1クラス(級)3隻のうち1隻がハンガ
リーに由来する名称なので(シゲトヴァール、ズリーニ、アルパード等 ただし
一部例外もありまつ)、これらの地名・人物を切り口にハンガリー史を学んでみ
るのもおもしろいかもしれませんね。

ちなみに、ヘルマン・フォン・スパウン提督(アドミラル・スパウン、海軍の近
代化とその拡張化に尽力)もハンガリー出身でつ。

88 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :04/05/20 23:49
>87
いえ、二重帝国の海軍はほとんどわからないのでお役に立てないと
思います。
ハンガリーの名前をつけているのは都市の名をつけているブダペス
トと王家の名をつけているアールパード(ハンガリーの民族王朝)
ですね。
あとは皇族の名前なんで関連はなさそうです・・。



89 :☆質問でつ!:04/05/21 21:20
ウィーン少年合唱団の制服がセーラー服なのは、やはりオーストリア=ハンガリー帝国海軍と関係あるのでしょうか?
教えてエロい人…

90 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :04/05/22 02:39
>89
さて、何故でしょう・・・。
そういえばブダペストの高校で女子の制服がセーラー服のところ
があるそうですが、これも二重帝国海軍起源なのでしょうか・・・??

91 :ハウス:04/05/22 20:37
>>88
そうですか、それは残念。
ただ二重帝国海軍には興味がおありのようですから、
また気が向きましたら、レスをつけて下さいませ。
(すでにつけてくれていまつね)

二重帝国海軍というと、厳密には1867年のオーストリア・ハンガリー帝国成立
時〜1918年の帝国崩壊・第一次大戦敗北・海軍解体までになるでしょうが、
広義のオーストリア海軍は、1382年(ハプスブルク家がトリエステを獲得して
沿岸部に進出した年)〜現在まで(ドナウ川の河川部隊が存在)なので、
レスする方がそれぞれの視点・切り口から楽しめればそれでよいのでは?

話は変わりますが、このスレを立ててくれたフェルディナント・マックスなる
お方はいずこへ・・・?

>>89-90
漏れも知りたいでつ。

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