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死 の 大 天 使 サ ン ・ ジュ ス ト

1 :世界@名無史さん:04/02/22 18:02
うへへ

2 :ジェントル満 ◆MN7Ix1yMIM :04/02/22 20:49
2

3 :世界@名無史さん:04/02/22 21:30
3 ジャスト!!

4 :500:04/02/23 12:32
新スレおめでとうございます。「美男子」より少しはマシなスレになるといいけれど…。
簡単なものですが、サン=ジュストの略年譜(出生〜国王裁判まで)を書いておきます。
国民公会議員となってからの彼の活動については、フランス革命史の年譜を見れば明らか
ですし、データが多すぎて、ここに全部を記載することはできませんので、省略します。

1767年8月25日 中部フランス・ニヴェルネ州ドシーズにて、ルイ・アントワーヌ・
ド・サン=ジュスト誕生。父ルイ・ジャンはピカルディ出身の軽騎兵大尉。
(父50歳のときの子供)母マリ・アンヌは、ドシーズの公証人レオナール・ロビノの娘。

1771年まで、サン=ジュストは、名付け親であり、大伯父でもあるヴェルヌイユの司祭
アントワーヌ・ロビノのもとで育てられる。1771年9月、大伯父の死により、両親は
彼を引き取るが、再びドシーズの祖父レオナール・ロビノの許に彼をあずけ、二人の妹
とともに、ピカルディ地方のナンプセルに移り住む。(この頃より、サン=ジュストの
名には、祖父の名に因んだ「レオン」が付け加えられる)

1776年1月、祖父レオナール・ロビノ死亡。
   7月、サン=ジュストは両親、妹たちとともにピカルディへ。

1777年10月、父ルイ・ジャンはエーヌ県ブレランクールに家を買い、一家と共に移り住む。

1778年9月8日、父ルイ・ジャン死亡。

5 :500:04/02/23 12:32
1779年10月、ソワッソンのオラトリオ会経営のコレージュ、サン・ニコラ学院
(現コレージュ・ド・サン=ジュスト)に入学。

1781年8月16日、第五学級終了時、ラテン語講読で首席、作文で次席の賞を授与される。

1785年-1786年、消息不明。サン・ニコラ学院を放校になったという説、そのまま上級に
進んだとする説、パリのルイ・ル・グラン学院に進学したとする説などがあるが、有名な
ルイズ・テレーズ・ジュレとの恋愛事件は、1785年の夏の休暇で、ブレランクールに帰省
していた頃の出来事であるらしい。

1786年7月25日、ルイズ・テレーズ・ジュレ、公証人の息子、フランソワ・トランと結婚。
   9月15日、サン=ジュスト、ブレランクールを出奔。
   10月6日、逮捕され、ピクピュスのサント・コロンブ夫人経営の感化院に拘禁される。

1787年4月、ソワッソンの代訴人デュボワ・ドシャルムの第2書生となる。
   10月、ランス大学法学部に願書提出。

1788年2月14日、ランス大学法学部に入学。
   4月15日、法学士号を取得。

6 :500:04/02/23 12:33
1789年5月、パリで、長編詩『オルガン』を刊行。
   6月10日、『オルガン』が発禁処分となり、サン=ジュストは地下に潜伏。
   7月14日、バスチーユの牢獄の攻略。フランス革命勃発。
   7月末、自由の身となったサン=ジュストは、ブレランクールへ戻る。
   この頃、戯曲『道化師ディオジェーヌ』執筆。

1790年7月2日、サン=ジュストは、小郡国民衛兵隊の名誉隊長に任命される。
   7月14日、パリの連盟祭に出席。

1791年6月20日、『革命の精神』刊行。

1792年2月12日、ブレランクール国民衛兵隊の刷新、サン=ジュストは指揮官となる。
   9月2日、エーヌ県の国民公会議員選挙で選出され、最年少の国民公会議員となる。
   10月22日、ジャコバン・クラブでの初演説。
   11月13日、国民公会での初演説(国王ルイ16世に関するもの)
   11月15日、新憲法制定準備委員会のメンバーとなる。
   11月30日、国民公会執行部の刷新、サン=ジュストは書記の地位につく。
   12月24日、ジャコバン・クラブで議長を務める。
   12月27日、ルイ16世についての2回目の演説。

1793年1月19日、ルイ16世の刑罰についての議決。
   1月21日、ルイ16世処刑。

7 :世界@名無史さん:04/02/23 13:07
こういう香具師がいるから
世界史も腐女子のうわなにをするやめあqすぇdrftgyふじこlp;:@」「

8 :世界@名無史さん:04/02/23 19:08
ふじこ?

9 :世界@名無史さん:04/02/23 19:40
ベルサイユのバラのサン・ジュストってかっこいいよね。
おかまっぽいけど。

10 :世界@名無史さん:04/02/23 21:18
おサル(望)のAA攻撃に負けないでくださいね。
彼女のナリキリ攻撃は有名ですから。

11 :世界@名無史さん:04/02/24 01:30
>>5
当時の学制ってどうなってるんでしょうか
2ヶ月で学士号取得ですか。

12 :500:04/02/24 05:13
>11
当時、ランス大学の学位は買うことができたようです。
もちろん、大学に入学するためには、試験に合格しなければならなかったようですが、
ランス大学は「学問の府というよりも称号の取引所」(ブリッソー)と成り果てていた、
すなわち、「学位」そのものは形式的な称号にすぎず、簡単に「買う」ことができる
代物だったということです。

短期間で学位を取った(買った)ことを理由に、サン=ジュストを「あまり優秀では
なかった」と言いたがる人もいるでしょうが、彼と同じようにランス大学で「学位を取得」
した者の中には、ブリッソーをはじめ、ダントン、ロラン、クートン、メルシエ、
ペチヨン、シャボなど、後に革命で活躍する多くの国民公会議員が含まれていますので、
学位の取得までの期間そのものは、本人が優秀であったかどうかを検討する指標には
全くならないということがいえるでしょうね。

当時は、コレージュを出るだけの教養と経済力を持った青年の就くべき職業は、軍隊に
入るか、僧職につくか、医者か弁護士になる、という程度しか選択肢がなく、放蕩の挙句、
改心した様子を母親に見せねばならなかったサン=ジュストは、とりあえず、弁護士への
道を目指しているという素振りをみせる必要があったのだろうと思います。とにかく彼には
『オルガン』出版のために、再びパリへ出ようという野心があったのでしょうし、拘禁を
解かれた後、ブレランクールへはどうしても戻りたくなかった、そのためにランスに下宿し、
大学に籍を置いていた、ということになりそうです。

13 :世界@名無史さん:04/02/25 16:36
オルガンって内容見てみたい。どんな話なの?

14 :世界@名無史さん:04/02/25 22:50
>13
「成人向け奇想天外ファンタジー・ノベル」といったところです。
シャルルマーニュの遠征を舞台にしていますが、ギリシャ神話の神々や
キリスト教の聖人たち、歴史上の英雄や魔法使い、悪魔や精霊までが
入り乱れ、天界や地獄を巻き込んで、乱痴気騒ぎを繰り広げます。

主人公のアントワーヌ・オルガンは、眉目秀麗、武勇に優れた若き騎士。
高徳といわれたチュルパン大司教と美しい修道女アンジェラとの間に
生まれた私生児という冒涜的且つスキャンダラスな設定です。

オルガンという名は、「器官」という意味だとよく言われますが、実は
架空の人物ではなく、歴史書に名前のある実在の騎士だったようです。

15 :世界@名無史さん:04/02/25 22:53
>14
問題は小説のキャラは、テキストだろうが作者読者の間で
アニメキャラ風の二次元マンガ絵で再現されることだな

16 :世界@名無史さん:04/02/25 23:08
>15
おっしゃっていることが、意味不明なのですが…、歴史物叙事詩のポンチ絵風
カリカチュールという意味でしたら、まさにその通りですよ、『オルガン』は…。

17 :世界@名無史さん:04/02/25 23:14
>15
ちなみに『オルガン』は、初版も再版も挿絵なんか入ってないです。
「アニメキャラ風の二次元マンガ絵で再現される」とは、どういう意味なのか、
今一つわからない…。

18 :世界@名無史さん:04/02/26 01:25
『ベルサイユのばら』では、サン=ジュストの名を「フロレル」としている。
しかし、サン=ジュスト自身が、この名を用いたのは、生涯、ただ一度だけである。
しかもこのとき彼は、洗礼記録やブレランクールの住民録に記載されている3つの名、
父の名である「ルイ」、大伯父の名である「アントワーヌ」、祖父の名からとった
「レオン」のどれも用いず、ただ「フロレル・ド・サン=ジュスト」とだけ記している。
サン=ジュストの一族の中に「フロレル」という名を持つものは、他に一人もいない。
いったいこれは、何に由来する名前なのだろうか。

池田氏(もしくは木原氏)がこの名を持つ彼を、「花のサン・ジュスト」と呼んだことは
一考の余地がある。確かにこの名の語源は花(Fleur)、または花の女神フローラ(Flore)
であろう。しかし私は、もう一つの花、"Florence" (フィレンツェ)を思わないわけには
いかない。もし、名を隠し、フレンツェから逃れてきたという高貴な男が、中部フランスの
小村を訪れたら、村の人々は、その男を「フロレル」と呼びはしないだろうか。
そして、その男の子孫が、代々、その村の近辺に住み着いたとしたら、出生の鍵となる
名前を、密かに子から孫へと伝えはしないだろうか…。

…ほろ酔い気分で、ちょっとこんなことを考えてみた。

19 :世界@名無史さん:04/02/28 00:51
>12
説明ありがとうございます。
それにしてもそうそうたるメンバーですね。

当時は軍隊にはいっても貴族じゃないと昇進できないし、
法曹家や、医者などにブルジョアがあふれて
それこそバルナーブの言うように”道は八方塞がり”ってとこでしょうか。

20 :世界@名無史さん:04/02/28 17:27
>19
>当時は軍隊にはいっても貴族じゃないと昇進できないし、

そうですね。その弊害は、案外早くあらわれます。訓練を受けた幹部クラスの
軍人のほとんどが貴族だったために、革命が起こると、プロの軍人はさっさと
外国へ亡命してしまい、フランス軍は「素人集団」と化してしまっていたのです。
そのため、1792年4月20日にフランスがオーストリアに宣戦布告して、プロシアを
巻き込み、対ヨーロッパ全面戦争に突入した際、フランス軍は敗北につぐ敗北…、
惨憺たる有様だった。武器も、軍服も、軍靴も揃わない、オンボロ軍隊ですからね。

最下位の「騎士」とはいえ、一応貴族であったサン=ジュストは、人並みの軍事訓練
を受けていて、軍隊経験もあったため、脆弱なフランス軍の立て直しをはかります。
すなわち、国王裁判での華々しいデビューの後、サン=ジュストがまず着手したのは、
軍隊に関する問題だったのです。1793年1月25日に、軍隊組織に関する演説をし、
2月11日には、アマルガム(正規軍と義勇軍の合体)についての演説をしています。

サン=ジュストが「軍事的天才」であったことは、多くの歴史家が認めていますが、
もしもこの時、彼が「国王の軍隊」であった国民衛兵と平民の志願者で構成されて
いる義勇軍との合体を提案し、軍隊の組織化を図らなかったら、「革命フランス」は、
ヨーロッパの連合軍にあっけなく完敗し、消滅していたかもしれません。

革命の犠牲者たちをまつったパリのパンテオンには、”La Convention Nationale"
と題する巨大な群像彫刻が置かれています。自由の女神を中心に、むかって左側に
ダントン、ロベスピエール、マラーなどの国民公会議員、右側には革命軍の兵士達の
群像を配していますが、その軍隊の中に、ただ一人、騎馬姿で軍隊を指揮している
派遣議員サン=ジュストの像があります。

21 :世界@名無史さん:04/02/28 18:46
それは歴史的興味とは言えないのかもしれませんが・・・
興味深い人物であることに間違いありませんね
聞けば聞くほどもっと知りたくなります

22 :カメレオンT世 ◆5x.rm/pgdQ :04/02/28 22:45
>21
ジャン・コクトーの "LE LIVRE BLANC(白書)" に収録されている1947年の作品、
"Le Numéro Barbette(変わり者バルベット)" の中で、コクトーは、女装の曲芸師
バルベットの容姿を、サン=ジュストに譬えていますよ。「透き通った身体」
「陽気な若い悪魔」「死への担い手(御者)」…などという感じですね。

『白書』には、マン・レイの撮った写真が添えられているのだけれど、女装している
ときのバルベットの髪型が、サン=ジュストそっくりな巻き毛で、その姿はとても
男性とは思えないほど美しい…。

コクトーがフランス革命に興味があったとはあまり思えないので、歴史的興味ではない
関心をサン=ジュストによせた人は、フランス人にも多かったようですね。

23 :世界@名無史さん:04/02/28 23:32
コクトーがニジンスキーを変な男としか評価できなかったのは
結局ロシアバレエの鬼才ディアギレフに突き放されたからだったのでしょうか。
それならまだいいのですが。
サン=ジュストは目の前の天才を認識できないような文学青年に
好んで偶像化されがちな人物でもありますよね。
>>20のようにサン=ジュストの骨太な実務家としての側面を伺うと
目が覚める思いで、逆に興味をかき立てられるのです。

24 :世界@名無史さん:04/02/29 00:05
サン・ジュストって怖いの?優しいの?
肖像画見るとにやにやしてる感じdakedo




25 :カメレオンT世 ◆5x.rm/pgdQ :04/02/29 00:06
>23
ニジンスキーに関する記述も同じテキスト"Le Numéro Barbette"に出てきますが、
コクトーの「変な男」という表現は、最大の賛辞でもあるんですよ。
バルベットに対する "Le Numéro" も「変人」という意味ですから…。
天才ニジンスキーもバルベットもサン=ジュストも同列に置いて、「変な男」と表現し、
絶賛してもいるわけです。

しかし、コクトーは決してサン=ジュストを偶像化などしていないと思いますよ。
もし、そう感じさせる作品があるのでしたら、教えてください。
それに、コクトーは1889年生まれですから、この文章を書いたときは「文学青年」とは
言いがたい年齢だったのですがね…。

26 :世界@名無史さん:04/03/10 05:13
>25 コクトーは彼がラディゲやマレーを偶像化(天使化)したのと同じように、サン・ジュストをも
  歴史学的な視点から全く切り離して、コクトー独自の偶像として昇華させています。
  彼のエッセイにはしばしば出てきますよん。(同様にジャンヌダルクも詩人の中では偶像)『存在困難』とか『職業の秘密』とかにあったかな?
  

27 :世界@名無史さん:04/03/10 05:15
>25
ちなみに 23とは別人です。

28 :カメレオンT世 ◆5x.rm/pgdQ :04/03/10 12:22
>26-27
「偶像化」という言葉を広義に解釈するなら、おっしゃる通りですね。
しかし、コクトー自身の感覚の中では、サン=ジュストとの距離感は、「偶像」と
その「崇拝者」という立場よりも、もっと近いものだったのではないでしょうか? 
『鳥刺しジャンの神秘』の中に、ラディゲと並んでサン=ジュストの名も出てきますが、
そこでは、「星きらめく友(mes amis étoilés) 」と呼びかけ、さらに「合流したい」
と書いていますからね。親しい友人であったラディゲと同列に置いているということは、
ジャンヌ・ダルクに対する想いとは、少し異なっていたように感じます。

マレーやバルベットにしてもそうですが、手を触れ、直接話をすることのできる人間に
対する憧れや愛情は、木石から成る「偶像」に対するものとは明らかに異なっていると
思います。相手にも心や感情があるのだから、詩を書いたり、言葉を投げかけたりすれば、
何らかのリアクションがあるわけですからね。
もし、コクトーがサン=ジュストと同時代に生まれていたら、彼らは親しい友人であった
かもしれない、…というより、コクトーは、歴史上の人物であるサン=ジュストを、現実の
友人であったラディゲやマレーに近い存在として感じたかったのではないでしょうか。
その感覚は、たとえ象徴的な意味であっても、「偶像化した」というのとは少し違うの
ではないか、というのが俺の印象です。

>>23の、「サン=ジュストは目の前の天才を認識できないような文学青年に好んで
偶像化されがちな人物」というのは、ちょっと納得できなかったので、何を読んで
そう思われたのか聞きたかったのですが、思わぬレスで、嬉しかったです。

余談ですが、昨日、一昨日と連続して武道館(デヴィッド・ボウイ:実に良かった!!)
に行ってきたのですけれど、彼も「偶像化されがちな人物」だなぁ…と思ったりして…。

29 :世界@名無史さん:04/03/10 15:11
>カメレオンT世さん
あー・・確かにジャンヌダルクとサン=ジュストを歴史的な人物という要素だけで同列に
置いたのは浅はかだったかもしれないですね・・・。コクトーの偶像、天使は非常に多義的
で、読者によってとらえかたは様々になってくるとは思いますが。。。(スレ違いになってきた
のでこれ以上はやめますが・・・)いずれにせよ興味深い話題でした☆

30 :カメレオンT世 ◆5x.rm/pgdQ :04/03/11 00:51
>29
フランスの文芸批評家サント=ブーヴ(1804-1869)は「美しくも怖ろしいサン=ジュスト」
「その一言一言は、まるで運命の言葉のように落ちたのだった」と記し、1850年頃、
ある種の「サン=ジュスト信仰」とでもいうようなブームが存在していたことを伝えて
います。一群の青年たちが、こぞってサン=ジュストの服装や物腰を真似ていたという
ことですが、コクトーがバルベットを「夢のサン=ジュスト」と評した背景には、この
1850年代の「サン=ジュスト・ブーム」へのやや懐古的な憧憬をさえ感じるのです。

「サン=ジュスト信者」の「文学青年」たちにとって、彼は確かに「偶像」であった…。
(従って、>>23は、ことコクトーに関しての記述でなければ、あながち外れてはいないと
思いますが…)しかし、コクトーにとって、サン=ジュストは単に崇拝するだけの「偶像」
ではなく、友人、あるいは、「魂の朋輩」とでも呼ぶべき存在ではなかったか…。
…そして、コクトーはサン=ジュストの「魂」に出会い、「ウルトビーズ」という名の、
彼だけの「天使」を手に入れた…。

「天使」に出会うことのできる人間は僅かである。しかし、「天使」に出会い、その声を
聴き、生身の肉体に触れることのできた人間にとって、「天使」はもはや「偶像」などでは
なかったのだろうと思います。

またまた余談ですが…、東京都現代美術館でやっている「球体人形展」の四谷シモンの
人形(「澁澤龍彦に捧ぐ」というキャプション付きの天使)の顔は、サン=ジュストに
どことなく似ていませんかね?

31 :世界@名無史さん:04/03/12 02:30
>>20
>”La Convention Nationale" と題する巨大な群像彫刻が置かれています。

写真でしか見たことがないのでアレですが、確かに大きく扱われていますね、
どういった基準でああなったかは知りませんが、アレを創ったのはダヴィット・ダンジェでしょうか。


32 :20:04/03/12 11:38
>31
作者は、Sicard 父子 となっています。1912-24年の制作です。
「フランスの彫刻家」のサイト ttp://www.libertys.com/bronzej.htm に名前のある
François Sicard (1862-1934年)が父の方だと思いますが、子の Sicard については、
詳細はわかりません。David d'Angers (1788-1856年:上記サイトにも名前があります)
より100年ほど後の時代の作家ですね。プティ・パレやカルナヴァレ博物館の胸像、
ランの美術館にあるメダイヨン等の作者である David d'Angers は、熱心な共和主義者で、
サン=ジュスト像を制作するにあたって、ルバ未亡人のもとを度々訪れて話を聞き、
サン=ジュストの実像により近い作品となるよう努めたということです。もちろん
出来上がった作品の感想も聞いているのでしょうから、これらのことを考え合わせると、
David d'Angers の作品が、最もサン=ジュストに似ているのだろうと思います。

33 :世界@名無史さん:04/03/14 19:46
乏しい知識で書きこんだら間違ってしまいマスタ。ご教授ありがとうございます。
David d'Angersは共和派ですがボンシャン将軍の像も彫ってるんですよね。
共和派の兵士だったお父さんが彼に助けられたと聞きました。

>David d'Angers の作品が、最もサン=ジュストに似ているのだろうと思います。
それは彫像では、ということですか?
絵画なら実際顔を見て描いただろうジャック=ルイ・ダヴィッドの絵でしょうか?


34 :20:04/03/15 16:21
>33
「David d'Angers の作品が、最もサン=ジュストに似ている」と書いたのは、肖像画も
含めて、という意味です。確かにジャック=ルイ・ダヴィッドは山岳派の同僚ですから、
間近で本人を見る機会も多かったでしょうし、モデルとして、実際に画布の前に立って
もらうチャンスもあったかと思います。(ダヴィッド作とされている肖像画は、ダヴィッド
派の別の人物が描いたという説もありますが、直接本人を知っている人物の作であることに
変わりありません)
それでも、私はダヴィッド・ダンジェの彫刻の方が本人に似ているのだろうと思う。
彼のサン=ジュストへの熱心な想いが、既にこの世にはいないサン=ジュストの「魂」を
召還せしめ、彫刻家の前に立たせたのではないか、という気さえするのです。

ダヴィッドの肖像画は、まるでスフィンクスのような、謎めいた微笑をたたえています。
おそらく、ダヴィッドにとってサン=ジュストは「謎」であった。それが作品にも反映し、
「美しい」と感じさせると同時に、見るものによっては、嫌悪感をさえ抱かせる作品に
なっています。しかし、ダヴィッド・ダンジェは、生前、親しかったルバ夫人に話を聞き、
血肉の通った人間としての「サン=ジュスト像」を創り上げることに成功している。
ファンの多い、プルードンの肖像画は、サン=ジュストの女性的な美貌にのみ意識が
偏っている気がしますし、ゲラン作の横顔のデッサンは、「畏怖心」のせいか、冷酷な
印象を与えます。隣室に住んでいた「無名の女性画家」のデッサンは、まるで少年のような
あどけなさです。サン=ジュストの持っていたこれらの複雑な側面のすべて表現しようとし、
それに成功しているのが、ダヴィッド・ダンジェの彫刻であると、私は思うのです。

35 :世界@名無史さん:04/03/16 02:21
お答えありがとうございます。

しかし私には後の世で造られた物の方が、生きていたときに描かれた物よりも似ているという
ことがありえるとは思えないのですが。(本当のところは、革命期に書かれたものを比較して
大体この様であったろうとしか判断できないとは思っています。)

人間はそれほど昔に見た顔を克明に思い出せるか?というのもあるし、
絵の表情からその人物の性格を読み取ることは不可能というかひどく不確かで根拠がないように
思えます。ダヴィッド画の笑っているサン・ジュストは私にはただ普通に軽く笑っているように
見えます。

ぶっちゃけ貴方の好みの像がダヴィッド・ダンジェの像というだけではないかと。

36 :世界@名無史さん:04/03/16 04:26
なこといったら歴史を学ぶこと自体が無意味になっちゃうぢゃん?
ま、もともと歴史なんて学問とは呼べんケド

37 :世界@名無史さん:04/03/16 10:09
>>29
ローラン・バルトーだったかの「ミシュレ論」に「獅子座の流星群の乙女」という章があって、
ジャン・ヌダルクもサン=ジュストも一緒くた論じたのがあったはずだけど、
買っときゃよかった。「宝石のような青い目」しかおぼえていない。

38 :20:04/03/16 11:06
>>35
>ぶっちゃけ貴方の好みの像がダヴィッド・ダンジェの像というだけではないかと。

ふふふ…。その通りですねぇ。感じ方は、人それぞれでいいんじゃないでしょうか?
写真のない時代ですから、死んでしまった人の真実の顔なんて確認しようがないの
ですものね…。私は、ダヴィッド・ダンジェの彫刻が一番好きですが、それを人に
押し付ける気はありませんよ。そう感じられてしまったのでしたら、私の書き方が
悪かったのでしょう。ごめんなさい。もっとマッタリいきましょうよ。

人それぞれといえば、ブレランクールの「サン=ジュストの家保存会」の会員さんたちは、
少年のようなサン=ジュストの顔のデッサンを「友人である女性が描いたのだから、最も
似ている」として、絵葉書にしていますし、ダヴィッドの肖像画に関しては、「田舎者で
あるサン=ジュストが、こんな貴族的な高貴な顔立ちをしていたはずはない。このモデルは
他の人物か、サン=ジュスト自身だとしてもダヴィッド好みに美化された肖像画である」と
断言している学者さんもいます。

39 :20:04/03/16 11:08
>絵の表情からその人物の性格を読み取ることは不可能というかひどく不確かで根拠がないように
>思えます。

これは、反対です。絵の表情や書き残された文章から、我々は歴史上の人物の性格を
読み取っているのであって、そのような検証に基かない分析は不確かで根拠がないでもの
であるといえるでしょう。私が、ダヴィッドの肖像画を「最も似ている」としない理由は
以下の通りです。

(1)ダヴィッド作とされてはいるが、サインもなく、作者が確定していないこと。

(2)歴史家のDuruyが、バラスのコレクションの中にあったこの絵を買い取った際は、
「サン=ジュストであると伝えられていた肖像画」となっていた。
「ついにサン=ジュストの肖像画、発見!」と世間は浮き足立ったが、「これはサン=
ジュストではない」と断固として主張する学者も多い。(前述の通り)

(3)ダヴィッド・ダンジェが、このダヴィッドの肖像画を見るチャンスがあったとは
思えない。おそらく彼が参考にしたのは、ルバ夫人が持っていた、「無名の女性画家」の
デッサンだけと思われるが、彫刻は、どちらかというと、このデッサンよりもダヴィッド
の肖像画に似ている。

40 :20:04/03/16 11:26
もう少し補足…。画家や彫刻家は、モデルとなっている人物の性格を知った上で、それを
作品に反映しようとします。ダヴィッド・ダンジェは、サン=ジュストを現実に見て制作
したわけではありませんが、ルバ夫人に聞いたサン=ジュストの性格を、作品に反映
しようとした結果、偶然、ダヴィッドの肖像画と似ている彫刻が出来上がった。

制作年を考慮に入れると、むしろ、ダヴィッドの肖像画が発見された際、「ルバ夫人の
お気に入り」であるダヴィッド・ダンジェの彫刻にあまりにも似ていたので、これは
サン=ジュストの肖像に違いない、と騒がれたのではないでしょうか?

41 : ◆OQomYzRHWk :04/03/17 10:48
>>34
あの〜、横レスしちゃっていいですか?
>確かにジャック=ルイ・ダヴィッドは山岳派の同僚ですから、
>間近で本人を見る機会も多かったでしょうし、モデルとして、実際に画布の前に立って
>もらうチャンスもあったかと思います。

サン=ジュストが実際に画布の前に立ってモデルをつとめたなんてことは、有り得ません!
国民公会議員になって、サン=ジュストがパリへ出てきた1792年9月から、1794年7月に
死ぬまでって、たった2年足らずの間ですよね。その間、派遣議員としてあちこち飛ばされ、
激務に次ぐ激務で、休暇なんてロクになかったはずです。そんな日々の中で、画家の絵の
制作に付き合ってる時間的な余裕なんかあるわけがない…。

ダヴィッドにしても、この頃は、革命政府に依頼された『マラーの死』とか『バラの死』
とかを描くのがやっとで、個人の肖像画など描く経済的余裕なんかなかったはずです。
しかも、同僚のダントンやロベスピエールのデッサンを残してはいるが、サン=ジュスト
を描いたデッサンは一枚も残っていない。…第一、ダヴィッドは、サン=ジュストが嫌い
だったのかもしれません。

「最高存在の祭典」の際、サン=ジュストは「まるで茶番劇だ」と否定的な態度をとり、
総指揮を受け持ったプロデューサーであるダヴィッドのプライドを酷く傷つけたに違いない。
ダヴィッドとしては、サン=ジュストにも祭典に出席してもらって、「最高権力者」
ロベスピエールの傍らに守護天使のごとく寄り添っていて欲しかったのでしょうに…。

42 : ◆OQomYzRHWk :04/03/17 10:49
さらに、サン=ジュストが、実際にはダヴィッドの絵のモデルをしたのではないという、
決定的な証拠があります!

 【サン=ジュストは、「赤いチョッキ」を持っていなかった!!!】

これ、不思議でしょう? 意外と誰も考えつかなかったようですが、サン=ジュストの死後、
競売に出された所持品リストの中に、そんな服は入っていませんからね。しかし、「赤」は
革命の色です。肖像画が革命家のものであることを意識し、作者は実際には着ていなかった
赤いチョッキを着せたのだろうと推測することはできます。

以上のような理由から、ダヴィッドがあの肖像画を描いたのは、サン=ジュストの死後、
記憶を呼び起こしながら、描いたのではないか、というのが僕の意見です。

では、あの絵が、何故、バラスのコレクションに入っていて、「サン=ジュストの肖像」と
呼ばれていたのか? …もしかしたら、バラスがダヴィッドに依頼して、描かせたのかも
しれませんね。

43 :世界@名無史さん:04/03/21 21:11
池田理代子がサンちゃんの本かいてたっけ。
知ってる?

44 :世界@名無史さん:04/03/25 23:23
>38
書きこんだ後ずいぶん失礼な書きこみをしたもんだな、と後悔しました。
すいません、別に煽ろうってわけではなかったんですが。
文章からならともかく絵から性格を読み取れるとはどうしても思えなかったので…

45 :世界@名無史さん:04/03/29 02:51
上で偶像化うんぬんという話が出てきたけど、サン・ジュストの偶像化っつーか、
サン・ジュストブームなんてのが本当に存在したんならそれが起こった理由が知りたいなあ。

彼の歴史上の姿よりなぜそんな風に持ち上げられたのかのほうが興味がある。

46 :世界@名無史さん:04/03/29 11:48
>>45
バルザックにも大デュマにもヴィクトル・ユーゴーにも頭が切れて有能な若い美形が
ワンサカ出てくる。
他所の国の文学じゃ若くて地位のある(世襲は別ね)美形はいやしない。
「レミゼラブル」じゃはっきり「アンジョルラスはサンジュストのようだ」と書いてるし。
>>41
その時代のダヴィッドは、自分の身内やらダントンの奥さんやら、ずいぶん描いてますけど?

47 :世界@名無史さん:04/03/30 01:14
アンジョーラがサン・ジュスト的なのは奴がロベスピエールに私淑しているっつー設定だからじゃない
んですかね、コンドルセが好きな副リーダーとあわせて六月暴動(7月、2月革命も)フランス革命の記憶が
深く影響している、ということをあらわすためにあんな書かれ方をしたんだと思う。
んで革命期は若い奴が結構活躍しているんだからそのあとの小説で若者が活躍するように
なったんじゃないんですかね、でもそれ直接サン・ジュストと関係あるか?


48 :世界@名無史さん:04/03/30 17:16
ジュリアン・ソレルもサン・ジュストっぽいし

49 :世界@名無史さん:04/03/30 22:33
カラマーゾフのイワンも。

50 :世界@名無史さん:04/04/05 01:54
若くて有能なだけでサン・ジュストと関係あル賭するのは無理あり杉じゃ?

51 : ◆OQomYzRHWk :04/04/08 01:03
>>46>>34さんですか? 亀レス失礼します。
>その時代のダヴィッドは、自分の身内やらダントンの奥さんやら、ずいぶん描いてますけど?

少し言葉が足りなかったようですね。画家が肖像画を描く場合、まず注文主がいますよね。
革命前なら、貴族が次々と家族の肖像画を依頼するので、画家は仕事にあぶれることは
なかった。しかし革命が起こると、肖像画を注文する貴族がいなくなった。…僕が言いた
かったのは、画家が、注文されてもいない肖像画を描く場合、モデルは、自分の家族や
親しい友人に限られてしまうだろうということです。依頼されてもいない、買い取り手の
いない肖像画を描く「経済的余裕はなかったはずだ」と…。

つまり、サン=ジュスト自身が、自分の肖像画をダヴィッドに注文したのでないかぎり、
モデルが生前のサン=ジュスト本人であった可能性は少ないと思うのです。二人が親しい
友人であったなら、画家が自発的に肖像画を描く可能性もある。しかし、ダヴィッドと
サン=ジュストが、特に親しかったという情報はほとんどないし、油彩画を描くための
下絵となるデッサンは一枚も残っていない。(ダントンの奥さんの場合、美人の若い妻の
肖像画が欲しくて、ダントン自身がダヴィッドに依頼したものでしょうが…)

52 : ◆OQomYzRHWk :04/04/08 01:04
僕が>>42で、あの肖像画について、「バラスがダヴィッドに依頼して、描かせたのかも
しれませんね」と書いた理由は、もう一つあります。それは、サン=ジュストの死後、
ルバ夫人は、サン=ジュストの住居の隣室に住んでいた女性画家を訪ね、赤チョークで
描かれたデッサンを、「思い出のために」貰い受けています。ルバは、ダヴィッドの
同僚でもあったわけですから、もし、サン=ジュストが生きているうちに、ダヴィッドが
肖像画を描いていたのなら、ルバ夫人は、当然、そのことを知っていたでしょうし、
その肖像画を手に入れたいと思い、ダヴィッドを訪ねただろうと思います。
隣室の女性が描いたデッサンは、やや稚拙な作品ですが、サン=ジュスト自身をモデルに
して描いていることは確かです。ルバ夫人は、どうしてダヴィッドの油彩画ではなく、
この素人画家のデッサンを欲しがったのでしょう? 他に「思い出」となる肖像画が、
存在しなかったからではないでしょうか? おそらく、ルバ夫人は、ダヴィッドの描いた
「サン=ジュストの肖像画」の存在すら知らなかったのではないかと僕は思います。

53 :世界@名無史さん:04/04/10 19:42
>>45
サン・ジュストが祭り上げられたのは、ちょうど中国で「白毛女」が
祭り上げられたのと同じ政治的プロバガンダ。
17世紀に革命も穏和に納め、議会優位で経済的にフランスよりはるかに上位に立った
イギリスへの対抗意識がそうさせたのではないかと思われ。
日本で話題になったのは、1にも2にも「ベルバラ」のおかげである。
洋の東西を問わず、サン・ジュストに惹かれる人間は、精神的にアウトサイダー的
意識が強い者が多いのが特徴。例に上げるならカミユなどはサルトル相手に大げんかを
して、疎外感が強かった。日本では渋澤が書いているが、有名でもやはり変わり者との
印象は逃れ得ない。おそらくサン・ジュストが残した遺稿に反映される疎外感に
シンパシーを感じるから群がると思われ。
そもそもサン・ジュストの功績など、こじつけ以外は不明な点が多い。


54 :世界@名無史さん:04/04/10 19:50
>>30
>「魂の朋輩」とでも呼ぶべき存在ではなかったか…。
「反骨の象徴」などといえば聞こえはよいが、ようするに今の不良がさかんに
不良的シンガーソングライターを真似るようなものだ。
あるいは、今の欲求不満な若者が一種、酒鬼薔薇を偶像化している様にも似ている。
ごく一般的な社会のレール(学校を卒業→就職→幸福な結婚)からはずれた者、
はずれていると「感じている者」が反抗の象徴として、たまたま目立ちたくて革命
に飛び込んだ1人の若者に自分を重ね合わせて美化しているともいえる。

55 :世界@名無史さん:04/04/10 19:53
>>30
>またまた余談ですが…、東京都現代美術館でやっている「球体人形展」の四谷シモンの
>人形(「澁澤龍彦に捧ぐ」というキャプション付きの天使)の顔は、サン=ジュストに
>どことなく似ていませんかね?
妄想だ、レディ。まだ間に合うなら「現実」の恋愛をし給え。


56 :世界@名無史さん:04/04/10 21:33
>あるいは、今の欲求不満な若者が一種、酒鬼薔薇を偶像化している様にも似ている。
                           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
?????

57 :世界@名無史さん:04/04/10 22:23
>>56
ネットサーフィン(死語w)しているとわかる

58 :57:04/04/10 22:30
と、書いたがわかりにくいと思うので付け足しする。
とあるサイトで酒鬼薔薇を汚れた社会に対するアンチテーゼ的ヒーロー
として持ち上げていて、しかもそういったサイトがいくつもあったことに
から連想した。(スレタイとは離れるが)
生首を社会に対する反抗として晒した点も似ている。
もっともこれは「象徴的な」表現だが。フェチが来て「何月何日何時何分
サン・ジュスト様が生首かかげたんですかー!?」などと愚問を呈されても
困りものだがw


59 :世界@名無史さん:04/04/10 23:09
別に犯罪者の偶像化なんて珍しくもない
マリリン・マンソンとかさ

60 :世界@名無史さん:04/04/11 00:05
オスカルもアンドレのことちゃんと医者に見せたらいいのに(どうも見えてないのわかってるんだから)
見せたら治ったかもしれないしゃないか、という思いが消えない。
いやーあーゆーラストに持っていきたいのはわかるんだけど強引過ぎないか。

61 :死の大天使@冬のソナタ:04/04/11 00:20
>52
面白い議論が続いてるようなので少し参加させてください^^
以前から気になってたのですが、隣室の女性のデッサンがサン・ジュスト本人を
モデルにした、という根拠はあるのでしょうか?どうも私には一市民にすぎない
素人画家が、公安委員サン・ジュストにモデルを依頼したというのは考えにくいんです。
まあこの二人がどんな仲だったのかにもよりますが・・・色々想像してしまう。

ルバ夫人が何故ダヴィドから肖像画を貰い受けなかったか。
これは貰わなかったのではなく、貰えなかったのでは?
ダヴィッドの肖像画がバラスのコレクションなら、敵方のルバ夫人が
手に入れられるわけがありませんよね。








62 :世界@名無史さん:04/04/11 00:28
>>60
すいませんすいません、誤爆をいたしました。首吊ってきます

63 :世界@名無史さん:04/04/11 01:51
よりによってここでベルばらかよw

64 :世界@名無史さん:04/04/11 08:06
>>60
一瞬我が目を疑った。そして妙に納得してその後「いやいや…なんでベルばら…w」

65 :世界@名無史さん:04/04/11 12:31
何でベルばらじゃサン・ジュストとベルナール(カミーユ・デムーランがモデル)が
遠縁なんでしょうか?
タニス・リーの小説でもサン・ジュストとデムーランがモデルの主人公が従兄弟って
設定なんだが偶然か?

66 :世界@名無史さん:04/04/12 22:52
>>53

アウトサイダーも何も、
恐怖政治時代当時、サン・ジュストは思いっきり体制側の人間ですぜ。
彼は政敵や反革命容疑者を処刑したが、現代の我々の目から見てそれがいかに残酷に見えようとも、
当時としては「合法」だったわけだ。
スターリンや某国総書記にたとえるならまだ分かるけど、サカキバラとはね……

67 :世界@名無史さん:04/04/12 22:54
それと、サン・ジュストが好きだということと、自分とサン・ジュストを同一化することは
また別のことだと思う。
私はアントワネットが好きだが、自分を彼女に重ね合わせているかと問われたら答えはノーだし、
ああいう人間になりたいとも思わない(笑)

こんな言い方をしたら怒られるかもしらんが、サン・ジュストのファンのほとんどは、
美貌の若者が革命に身を投じ、若くして活躍し、そして若くして死んだ、
そういうところにミーハー的に惹かれているだけなんじゃないの?
オスカルにあこがれるのと同じような感覚でね。
だいたい、歴史ヲタがある特定の人物を好きになるのに、たいした思想的裏付けがあると思うか?

68 :世界@名無史さん:04/04/12 23:01
澁澤が「変わり者」だというのも首肯しがたいな。
友達の三島なんかに比べたらはるかにマトモな人じゃないか?
本人自ら「オレっていやんなっちまうほどノルマル」と言ってるし、
周囲の人の証言を見ても、「変わったものがすきなフツーの人」という印象。

69 :世界@名無史さん:04/04/14 16:34
>67ちがうちがう!!あんたサンちゃんの
いいところわかってないねーー!!「あはん」だよ!
あの言葉をいうところがかっこいいんだよ!!

70 :世界@名無史さん:04/04/14 21:40
>69
ベルバラオタクはカエレ。

71 :世界@名無史さん:04/04/14 22:55
>69
「あはん」はアンドレだって言ってるじゃん!
いっそアンドレファンに転向汁!!

72 :世界@名無史さん:04/04/14 23:46
釣られてんなよ

73 :71:04/04/15 00:13
つい…

74 :世界@名無史さん:04/04/15 18:33
>71
いや、サンちゃんも文庫本ベルばら4巻で
あはんっていってんだよ。

75 :72:04/04/15 20:25
いや70に言ってんの。。。71いい人だな

76 :71:04/04/15 22:04
>74
あ、「アンドレだって言ってるじゃん」は「アンドレ“も”言ってるじゃん」の“だって”です。
書き方が悪かった…

>72
ありがと。

77 :世界@名無史さん:04/04/22 00:09
age

78 :世界@名無史さん:04/04/22 23:57
ベルサイユでポン!

79 : ◆OQomYzRHWk :04/04/28 03:21
サン=ジュスト語録

《俺の心臓を抉って食え。そうすれば諸君も今の諸君とは違ってくるはずだ。偉大に!》

80 :世界@名無史さん:04/04/28 10:05
サン・ジュストって肖像画見たけど
全然かっこよくないじゃん。
あごがアイーンって感じだしこれのどこが
死の大天使??

81 :世界@名無史さん:04/05/05 11:21
今日は三部会が召集された日です。
そしてナポレオンの命日。黙祷

82 :死の大天使:04/05/06 00:24
マクシムお誕生日おめでとうという事であげときます。

83 :世界@名無史さん:04/05/07 14:10
サン=ジュスト語録  戯曲『道化師ディオジェーヌ』より

アルルカン:
  人間は風見鶏、風にまかせてくるくる変わる。
  欲しがると同時に望まなかったり、心はいつも浮き沈み。
  俺は不安定な運命を辿ってきた。
  ブルジョワ、貴族、町で、宮廷で、
  海へ、陸へ、はるか彼方、「月の国」で!
  カメレオンだ、
  そうさ、数多の人が俺を見ただろう、
  仕事についたかと思うと、
  新しい気まぐれのために放り出し、
  コンゴに駆けつけるのにパリを離れ、
  海で気ままにのらくら過す。

84 : ◆OQomYzRHWk :04/05/14 11:28
サン=ジュスト語録  戯曲『道化師ディオジェーヌ』より

アルルカン:
   俺の心は自由だ。鎖を断ち切り、
   人間の愚かさからも解放されて、
   踏みにじってやる、快楽を、愛を…

85 :世界@名無史さん:04/05/17 09:09
>>67
禿同。特にこの部分
>だいたい、歴史ヲタがある特定の人物を好きになるのに、たいした思想的裏付けがあると思うか?
まったくだ。「度が過ぎる」歴史オタが論文集めて、やたら詳細な知識語り
たがるのも、キモ男がエロゲーのフィギュア集めて、オタクネタに詳しいのと
同類に見える。少なくとも第三者の目から見たら、それに近いものがある。
「歴史」とつくだけで偉くなったと思うところが笑止なわけだが。
だいたい自分が好きだからって、他人が同じ資料を読んだら同じように好きになるはずだ
と固く思いこんでいるあたり、自我境界線が不明瞭で精神的に大人になりきれて
いない証拠だ。サン=ジュストに疑似恋愛するのは自由だが、キモイので脳内
でやってくれ。そんなものは学問とは何ら関係ない。

86 :世界@名無史さん:04/05/18 01:44
>85
あの、特定の誰かに語りかけたいのなら、メールでもなんでもお出しになって、
直接おっしゃったらいかがですか?
マターリな雰囲気の中で貴女のレスだけ妙に刺々しくて浮いてるんですけど?



87 :世界@名無史さん:04/05/19 10:43
>86
あの、サルが特定の誰かに語りかけていると思うなら、メールでもなんでもお出しになって、
直接おっしゃったらいかがですか?
マターリな雰囲気の中で貴女のレスだけ妙に刺々しくて浮いてるんですけど?


88 :世界@名無史さん:04/05/19 23:08
やはり85=サルか。

87も

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