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ビスマルク以上の政治家はいるか?!

1 :世界@名無史さん:03/11/22 14:29
ヨーロッパの平和安定をはかる一方国内統治を強化し、ドイツを強大国に育て上げた。
引退したら、たちまち世界大戦…

2 :世界@名無史さん:03/11/22 14:40
大和

3 :世界@名無史さん:03/11/22 15:50
大久保利通は?
一国を作り上げたという点では同格かと


4 :世界@名無史さん:03/11/22 15:56
4?
金に知性

5 :世界@名無史さん:03/11/23 06:19
>>1
謀略・裏切り何でもありだからね。
それが優秀な政治家の条件とも言えるのだが。

俺はタレーラン。腰の座ったコウモリぶりに一票!

6 :世界@名無史さん:03/11/23 07:41
>引退したらたちまち世界大戦

1890年に引退して世界大戦は1914年では?

7 :世界@名無史さん:03/11/23 12:44
康熙帝。
ヤシはまさに神。

8 :世界@名無史さん:03/11/23 14:57
3-5が同一人物なのはメールアドレス一緒だからいいとして、
それ以外も素でジサクジエン臭いんですけど。

まあほっといても20くらいで沈むスレですな。と予想してみる。

9 :世界@名無史さん:03/11/23 18:13
2chでメールアドレス晒す剛気者だから許してやれ。

10 :校長が強盗:03/11/23 19:34
この事件は報道されていません。教育委員会も校長を処分しません。
 皆様の力でこの事件を広めてください。
被害者先生のサイト
 http://www.geocities.co.jp/NeverLand/8595/
 事件究明を求める署名サイト
 http://chiba_273.at.infoseek.co.jp/
   ∧_∧
  (  ^^ )< ひろめよう
ここはまじめなサイトです。事件をひろめるために
 このコピーをあちこちにはってください。<(_ _)>

11 :世界@名無史さん:03/11/23 22:14
>>6

「たちまち対立が深刻化した→そして世界大戦へ」
でしょうな。

12 : ◆JBLouujzww :03/11/23 22:37
ヒトラー

13 :世界@名無史さん:03/11/24 06:40
まず、どんな政治家を高評価とするのか。

世界全体に大きな影響を与えたなら、ナポレオンやスターリンの方が上だろう。
一つの国に平和と繁栄をもたらしたなら、ハールーン=アッラシードや徳川家康も。
強大な国家を作り上げたなら、歴代中国の初代皇帝にはかなわないのではないか。

ビスマルクの能力は外交調整の巧みさ、それでいうなら6のようにタレーランか、
パーマストンも同等程度の政治家といえる。


14 :世界@名無史さん:03/11/24 08:02
ビスマルクのやり方の反動で皇帝がああなちゃって
結局帝国もあぽーんになってしまったわけだが、
臣下としてはあれが限界だったのかな
直接関係ないがサッカーのトルシエとジーコの関係に似ているような

15 :世界@名無史さん:03/11/24 08:15
>>14
トルシエとジーコの関係?
サッカーのことよくわからんので解説キボン

16 :世界@名無史さん:03/11/24 08:27
ウィルヘルム2世はどうしようもなかったな。
軍国プロイセンなんて近代では彼だけでしょ。
英国やフランスの方が余程軍国的。

17 :世界@名無史さん:03/11/24 08:56
>>15 トルシエ現カタール監督のコメントだけど

Q:トルシエ日本の遺産はどうなる。
A:私は利子で仕事をする。ジーコは元金に手を付ける。
元金は10年もすればすっかりなくなるだろう。


18 :世界@名無史さん:03/11/24 20:06
近代以前の政治家だと、どうしても君主の意向を実現させるために働く、
(それか君主自身が有能な政治を司る)というイメージが強く、
国家を繁栄させるためとか国民の平和を守るため、という現代の価値で言う
有能な政治家を挙げるのは難しい。

ということで19世紀以降に限った話とすると、ビスマルク以上・・・
戦時中=チャーチル
平和時=ゴルバチョフ
両方において次点=ラーマ5世
なんてどう?

19 :世界@名無史さん:03/11/24 20:29
チャーチルというのはどうでしょう?
単なるパフォーマーという感が強いが。
ラーマ5世はある意味偉大かもね。


20 :世界@名無史さん:03/11/24 20:53
楽しいスレだね〜

たとえば今の政治家なら誰が歴史に残るのでしょう?
もちろん良い意味でね。

21 :世界@名無史さん:03/11/24 21:09
コール首相はドイツ再統一の実現では評価されるのでは?



22 :世界@名無史さん:03/11/24 21:22
何人いてもレーニン

23 :世界@名無史さん:03/11/24 21:47
ベネット大統領

24 :世界@名無史さん:03/11/24 22:50
>20
圧倒的にゴルバチョフとケ小平
この2人の現役時代をリアルタイムで経験したけど
本物の大政治家だったな

25 :世界@名無史さん:03/11/24 22:59
今から考えるとゴルバチョフは思いきったことを実行したよなー。
当時は漏れはガキだったからわからなかった・・・。

26 :世界@名無史さん:03/11/24 23:03
ゴルバチョフは最後が振るわなかった。
シュワルナゼもだが。

27 :世界@名無史さん:03/11/24 23:04
エリツィンのファミリーは政権から追放しないとね。

28 :世界@名無史さん:03/11/25 00:57
レーガン、ゴルバチョフ、サッチャー時代はダイナミックだったよね。
 脇役にもカダフィとかノリエガとかマルコスとかオモロイのがいたし。

 個人的には、ヨルダンの故フセイン国王にすごい興味あるんだわ。
 もっと大きい国をまかせてみたい人物だったと思う。

29 :世界@名無史さん:03/11/25 06:28
ゴルビーは当時ロシア国内では、「国家をバラバラにした張本人」ってんで
人気が低かったようだけど、自由主義が定着した今になってのの評価は
また違ったものがあるのかな。

国内外とも意のままに操ったビスマルクの方が凄みは感じる。
世界に与えた影響力はゴルビーのほうが上だとしても。


30 :世界@名無史さん:03/11/25 07:53
>>28
ヨルダンのフセイン国王は凄いね。
生き残りのために、そのときそのときで何処と結ばなければならないか
わかっていた。

サッチャーは今日どう評価されてるの?

31 :世界@名無史さん:03/11/25 13:46
宗男

32 :世界@名無史さん:03/11/25 19:34
>>30
全体的には強権的だったサッチャリズムに懐旧の念を抱いているんじゃないかなあ。
労働党でベトナム反戦世代のブレアがあれだけタカ派的な言動になっていると
いうことは、世論の「国益のために派兵OK」という意識を感じているんだろう。

日本の社民党もこのくらい柔軟だったら良かったのにね。
あっでも村山政権下では、自民党以上に対米&財界追従だったっけ・・
結局、与党になると保守になる、ということか?(平和時においては)

スレ違いだったゴメソ


33 :世界@名無史さん:03/11/25 19:39
48 名前: 鉄道板から 投稿日: 01/12/03 00:15
ビスマルクの鉄血政策
カ ラ オ ケ 記 憶 法
次は、芦澤廣明氏作曲「ギザギザハートの子守歌」にあわせて歌っ
ておぼえましょう。
            『鉄血ハートの子守歌』
「ちっちゃなころからユンカーで エルベ以東に住んでたよ
統一ドイツを目指しては 阻む国皆傷つけた
ああ議会の反対押し切って こんなに軍備広げたよ
ララバイララバイおやすみよ 鉄血宰相ビスマルク

ヴィルヘルムと二人して 64年にデンマーク
シュレスヴィッヒを口実に 力まかせに攻めこんだ
二年後の普墺戦争も サドヴァで戦い勝利する
プラハの和約でおやすみよ 鉄血宰相ビスマルク

マイン以北の22の 国をまとめた北ドイツ
スペイン王位をきっかけに 普仏戦争始めたよ
ナポレオン3世挑発し セダンの戦い捕虜にして
アルザス・ロレーヌ奪い取る
鉄血宰相ビスマルク

ヴィルヘルムが死んだのさ とってもいい奴だったのに
次の2世と対立し 帝国あばよと去ったのさ
ああわかってくれとは言わないが 鎮圧法が悪いのか
ララバイララバイおやすみよ 鉄血宰相ビスマルク。」

34 :世界@名無史さん:03/11/25 20:16
鉄血宰相で思い出したけど、ウチの先生は
「鉄血政策、つまり血の出るような犠牲のもとに
鉄道を敷いたということだな」なんてのたまってた。
アンタそれ泰緬鉄道と間違ってない魁?と小1次間(ry

35 :世界@名無史さん:03/11/25 20:44
どんな教員だ
3B政策と混同してるのか?

36 :世界@名無史さん:03/11/26 00:26
世界史の華『ビスマルク外交』
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1040302798/


37 :世界@名無史さん:03/11/27 18:50
>>3
大久保がビスマルクをまねたんでしょ?

岩倉使節団の一員として訪欧しビ宰相と会見、
「万国公法も対戦時には関係ない、大国の論理が勝つのだ」
とか言われ(あいまいですが)激しく衝撃を受けた。
それ以降、ドイツが明治政府の手本になったとか。
大久保のヒゲもビスマルク真似だったような。

38 :世界@名無史さん:03/11/27 19:48
>>32
悪いが、イギリスじゃサッチャーは過去の人だよ。


39 :世界@名無史さん:03/11/29 11:19
俺は3ではないが、軍事国家としてほぼ完成されていたプロイセンを
継承してドイツをまとめあげたビスマルクと、封建社会を叩き壊して
全く新しい(モデルはあったものの)国家を作り上げた大久保を同列に
論じることはできないと思う。

もちろん大久保がビスマルクを尊敬していたことは事実だし、目的の
ために手段を選ばない非情な采配を振るったところも彼の影響を受けた
のだろうが。ただ明治維新で大久保が担わなければならなかった役割は
決してビスマルク以下ではなかったはずだ。

40 :世界@名無史さん:03/11/29 13:48
ビスマルクと言えばよく連れているあの犬、
名前はなんていうのでつか?

41 :世界@名無史さん:03/11/29 14:04
ただサッチャーがいなかったら
いまだに泥沼に沈んでる状態だったろうな。

42 :世界@名無史さん:03/11/29 14:52
>>40 名前はわからないけど…
この犬かな

http://www.wan.ne.jp/zukan/great_da.htm





43 :世界@名無史さん:03/11/29 15:53
大久保利通の「命懸け」政治はビスマルク以上。
真似の領域を越えているさ!

44 :世界@名無史さん:03/11/29 17:20
>>43 そんな貴方に
http://academy2.2ch.net/history/kako/1002/10025/1002505133.html



45 :世界@名無史さん:03/11/29 20:23
大久保とビスマルク、
西郷とガリバルディはよく比較されるね。
言葉を替えれば「冷徹と情熱」ってとこかな?

サラディンなんかは両方そなえていそう。

46 :世界@名無史さん:03/11/29 22:38
チャーチルに比べ低く見られがちなチェンバレンは
かなりしたたかな政治家だと思う。
「宥和政策」なんて弱気な顔ばかり見せておいて
ドイツとの対戦時期を遅らせ、その裏でしっかり軍備増強。
強面外交だけが政治家じゃない、ってことだ。

47 :世界@名無史さん:03/11/30 00:15
チェンバレン>チャーチル はあくまでヒトラーにとってでしょう。
同様に、スターリンにとって
ルーズベルト>トルーマン だったろうな。
どちらも扱いづらいヤツに替わっちまって
「やるかゴルア!」になってしまった… 

48 :世界@名無史さん:03/11/30 01:01
>47
同様に、将軍様にとって
クリントン>小ブッシュ
金丸・土井>小泉
南鮮はまだどれもいいカモ


49 :世界@名無史さん:03/11/30 01:26
将軍様以上の政治家はいるか?!

50 :将軍様マンセー:03/11/30 02:50
めっそうもございません、将軍様は我等の偉大な領導者でございます…

50げと

51 :世界@名無史さん:03/11/30 13:12
将軍様は、自分のこと政治家って思っているのかなあ。
自分の地位と体制を守るための諸策であって、
国家や国民のことを考えているようには思えない。

支配者であっても政治家でない場合がある一方、
宗教家や財界人であっても政治家になりうる、ということか。

52 : ◆RlujhF6VrA :03/11/30 13:16
ビスマルクの最大の欠点は、自分の後継者を育てていなかった
(或いは、敢えて育てなかった)ことだろうな。
恐らくは権力志向が強すぎた。
この点でリシュリューやカウニッツに劣る。
(実はメッテルニヒを引き上げたのがカウニッツ)

53 :世界@名無史さん:03/11/30 14:47
宥和政策を行っていた時期のドイツとイギリスではイギリスのほうが軍事
的に強大だったといえるのではなかろうか。



54 :世界@名無史さん:03/11/30 15:07
メッテルニヒって、ヒステリックな自治厨って感じするね。
ビスマルクはきっと後継を育てる方針はあったんだけど、
自分マンセーの皇帝が出てきて計画がつぶれてしまったのと思われ。


55 :スターリン:03/11/30 16:18
>>53
それはそうなんだろうけど、自分の国ばっか対策立てといて
潜水艦建艦は認める、ラインラントもオーストリア併合もOK、
果てはズデーデン逝ってヨシ! なんて勝手な宥和やってるから
俺としては不可侵結ばざるを得なかったんだゴルア!
ニポーン人に悪いことしたね。恨むならチェンバレンへ。

56 :世界@名無史さん:03/11/30 16:59
結果論であり客観性には欠ける発言だが、第二次大戦を回避するには
ドイツの軍事力か脆弱な時期に制裁を発動することが適切であったであ
ろう。
フランスを降伏させヨーロッパの支配権をドイツが掌握したことにより、ア
メリカの参戦が必要とされたことを考えるとチェンバレンの行動は賢明だ
ったのであろうか?

57 : ◆RlujhF6VrA :03/11/30 19:45
そのために必要な、イギリスの軍事力がなかったんだろう。
だから自前の軍備の増強に専念せざるを得なかった。
仮にヒトラーの侵攻が一年遅れていたら、その辺
どうなっていたか分からない。
それに、日本の真珠湾攻撃まではアメリカは、表向き
本格参戦という風ではなかったしね。


58 :世界@名無史さん:03/11/30 21:14
ラインラント進駐はヒットラーにとって大きな賭けであったことから察する
に、この時期のドイツはフランスにすら大きく劣る戦力だったのではなか
ろうか?
また、チェコ併合の際も、表向きは恫喝であったがチェコ一国と戦って勝
利する公算すらなかったようである。

つまり、当時のフランスとイギリスはドイツの軍事力を過大評価していた
と考えるのが適切だと思う。また、このようにイギリスとフランスにドイツ
の軍事力を誤認させたのはドイツの巧妙な宣伝によるものだと思う。
大戦勃発後も、リンドバークはドイツの空軍力を過大評価する演説を
行っていたようだ。

59 :ダラディエ:03/11/30 21:16
>>55
大体僕はミュンヘン会談に君も呼ぼうって言ったんだよ。
でもチェニーの奴が妙に君と僕の関係を気にするんだ。
宥和だって心から賛成していた訳じゃなく、国内資本家が
「ブルム引き摺り下ろしてお前据えた理由わかってんなコラ」
って戦争回避させようとするから仕方なく…


60 :チェンバレン:03/11/30 21:23
>>59
あれ、俺ばっか悪者にするの?
みんなヒトラーの「領土要求はこれで最後だ」ってゆうの信じたじゃん。
世界恐慌やっとくぐり抜けて経済安定して来た時に、誰だって
戦争に突入したくないよ。
あんた達は共産主義と仲良くしすぎ。いくらドイツ憎いからって
バランスってもの考えなきゃ。

61 :ムッソリーニ:03/12/01 21:31
ストレーザ戦線があぼーんした時点でもう
「イギリスやる気ねーな」って分かったよ。
だから枢軸組んだわけだが、40年来の念願だった
エチオピアは取れるし、連盟の経済制裁なんて
痒くもないし、やっぱ強気に出たモン勝ちだね。
ちゅーことでアルバニアももらっとくよ。文句ねーだろ

62 :平沼騏一郎:03/12/02 19:50

・・・( ゚д゚)ポカーン


63 :59-60:03/12/02 20:23
>>62

あっ この落ち、もっとネタが伸びてから
俺が書こうと思ってたのに〜

64 :世界@名無史さん:03/12/02 20:48
この流れなら、そりゃこのオチヘ行き着くだろ。
ところでダラディエは本当にスターリン擁護の立場だったの?

65 :世界@名無史さん:03/12/03 20:22
社会主義勢力の強いブルム人民戦線内閣を警戒して
ブルジョワ層がダラディエを擁立したんだから、
彼は反スターリンを明確に示さねばならなかったはず。
だから英仏結託してソ連排除に動いた。
それが独ソ不可侵条約につながったといえるのでは?


66 :世界@名無史さん:03/12/05 22:10
ビスマルク時代の終焉

http://sports.yahoo.co.jp/headlines/20031205/20031205-00000226-kyodo-spo.html

67 :世界@名無史さん:03/12/06 03:39
ビスマルクが現代の政治家だとしたら、
国益を考えてアメリカと連携を強めるだろうか。
それともユーロの中心としての地位を固める
ことを優先し、アメリカ主導のグローバリズムには
抵抗を示すだろうか。
あるいは、先の大戦の結果を重視して、
一国平和主義の立場を遵守してゆくだろうか。

68 :世界@名無史さん:03/12/06 05:16
当時彼がめざしたのは、国家の統一とその後の平和安定。
ナポレオンやヴィル2世のように対外膨張主義はとらなかった。
だから現代だったら今の勢力維持に努めるだろうね。
東西分裂期ならあるいは大胆な行動に出たかも。

69 :世界@名無史さん:03/12/06 05:46
偉大な政治家は動乱期に現れる、ってことすか。
平和を維持するのは地味で目立たないからね…

70 :世界@名無史さん:03/12/06 06:01
日本板「ビスマルク宰相」
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1070115123/



71 :世界@名無史さん:03/12/06 06:15
本当は偉大な能力を持つ為政者が平和時にあって
あえて無力なふりをしているというよりも、
激動の時代に直面して初めてその能力が引き出されるのではないか。
坂本竜馬なんか、あの時代に生まれなけりゃ
ただのお気楽者で終わったかもしれない。

72 :世界@名無史さん:03/12/06 06:23
じゃあ、今の日本はやっぱり平和なんだ。
偉大な能力、見当たらないもんね。

…でも、所詮人物の評価が定まるのって
ずっと後の事だから、今の政治家たちも
あと何十年かしたら、
それなりの人物に格上げされちゃうかも

73 :世界@名無史さん:03/12/06 08:07
>>70
ビスマルクは浜口雄幸を殺しちゃうほうだろ

74 :世界@名無史さん:03/12/06 09:29
ところで「首相」であるべきなのにどうして「宰相」と格下げして呼ぶんだ?

75 :世界@名無史さん:03/12/06 09:49
>>74
prime ministerではなく、chancellorだから?

76 :世界@名無史さん:03/12/06 13:06
国民に対してでなく、皇帝や天皇に仕える立場の為政者だからでしょう。


77 :世界@名無史さん:03/12/06 13:37
>>76 ??
「首相」と「宰相」の違いを知ってる?

78 :世界@名無史さん:03/12/06 13:56
>>77
首相は、首席の大臣。大臣のトップ
宰相は、閣議を主宰する大臣。
普通、トップの大臣が閣議を主宰するから、同じだろう。

79 :世界@名無史さん:03/12/06 14:21
は?
”宰相”とは3省6部の長官で、御前会議のメンバー。
”首相”とはその宰相たちの首席、首座のひとをいうんでは?


80 :世界@名無史さん:03/12/06 14:38
ビスマルクって言えばサッカー選手って言ったら、友達に馬鹿びされたんで
ビスマルクについて勉強しようと思ってるんですけど、おすすめの本か
なんかありませんか?真面目の勉強してレスしますんで教えて頂けませんかね。

81 :世界@名無史さん:03/12/06 14:54
俺は中学校のときサッカー選手のビスマルクは知らなくて鉄血宰相のビス
マルクだけ知ってた。
ビスマルクはドイツ人だと言うと、周囲は怪訝な顔をしていたな・・・

>80
清水書院 人と思想 「ビスマルク」が入門用として最適だと思う。


82 :世界@名無史さん:03/12/06 15:11
>81
おっ!ご親切にどうも。
清水書院の人と思想ですか、なんか普通の本屋には置いてなさそうですね。
ちょっと大きめの本屋探して早速購入してきます。
何故かわからないけど、ビスマルクが心に引っ掛かってるんで、この気に
勉強してみます。
確か凄まじい政治家なんですよね?

83 :世界@名無史さん:03/12/06 15:19
>確か凄まじい政治家なんですよね?
というよりは、すべてを任され、すべてを処理した
近世〜現代の先進国では希有な政治家。

84 :世界@名無史さん:03/12/06 15:23
んで、おぼっちゃま皇帝ウイルヘルム2世は政治は任せっきりで
狩りばっかりやっていた。

85 :世界@名無史さん:03/12/06 17:55
>84
?????誰のこと言ってるの
マジレスしていいのかな

86 :76:03/12/06 18:02
遅レスだけど…
少なくとも東アジアでは歴史的に言って、
「宰相」は天子の補佐役として政務をおこなう責任者を指すんだよ。
>>77こそ、この板で発言して大丈夫ですか?

87 :世界@名無史さん:03/12/06 18:13
>んで、おぼっちゃま皇帝ウイルヘルム2世は政治は任せっきりで
>狩りばっかりやっていた。

モウスコシベンキョウシテカラカキコミマショウ



88 :世界@名無史さん:03/12/06 18:28
>>76
日本では歴史的に宰相とは権中納言のこと。

太政大臣>左大臣>右大臣>内大臣>大納言>権大納言>中納言>権中納言=宰相

だから天子の補佐役ではあってもその責任者じゃない。
「少なくとも東アジアでは...」というのは間違い。

89 :世界@名無史さん:03/12/06 18:30
ごめん、偉そうなことかいてて間違えた。
宰相=参議で、権中納言のさらに一段下の役だった。
スマソ。

90 :世界@名無史さん:03/12/06 18:56
>>88
日本で内閣できたときに、内閣総理大臣は太政大臣に相当するところ、三条実美が着くべきと考えられていたが、結局は伊藤博文がなった。
問題はなんで内閣総理大臣を宰相とか首相とかと称するのかだな。

91 :世界@名無史さん:03/12/06 18:58
「宰相=参議」なら、明治以降では立派に中心的責任者じゃん。
わざと曲解して難癖つけてる感じだね。

92 :世界@名無史さん:03/12/06 19:02
>>90
伊藤はじめ明治の元勲達は江戸時代でいえば下級武士。
形の上だけでも元大名や上級公家達を上位に置いて、
事実上の政権支配をとったのでしょう。

93 :世界@名無史さん:03/12/06 20:56
ビスマルクに戻るとして、

プロイセン王国ではビスマルクは首相なんだけど、
ドイツ帝国では宰相なのは♪なんでだろう?
別に首相がいたのかな。

94 :世界@名無史さん:03/12/06 21:00
>>93
確か、プロイセン首相が帝国宰相をかねると憲法にある。
帝国首相より帝国宰相の方が言いやすいからかな?
それとも、帝国では首相といわず宰相というように慣習ができたのかもしれないが。

95 :世界@名無史さん:03/12/06 21:55
ドイツ帝国には帝国宰相と政務官しかおらず、内閣がなかったからかな。
帝国政府は実質的にプロイセン政府の二枚看板だったし。

96 :世界@名無史さん:03/12/06 22:34
>>71に同意。
ビスマルクは、ドイツ統一達成以降はできるだけ穏便にことを進めたがった
感じがするね。目立ちたがりやのナポレオン3世とは好対象というか、
「自分に対する評価はどうでも良く、国家利益だけをしっかりいただく」
したたかな印象。だから平和な時代ではあまり目立たなかったでしょう。

97 :世界@名無史さん:03/12/07 06:59
問題なのは、その「自国の利益」に貪欲になりすぎて
普仏戦後フランスに大きな恨みを持たれるだろ?
自分がいる間は大丈夫だって思ったのかもしれないけど、
恨みの感情は世代を超えて継承される事を考えると
やっぱりやりすぎだったといわざるを得ない。
おまけにベルサイユ宮殿で皇帝即位式やったりして
そりゃフランスも「いつか見てろ」の思いを持つって。

98 :世界@名無史さん:03/12/07 07:38
歴史上、大政治家として認められてる人は多いけど、政略、外交、政策の
どれもが優れた政治家はそうそういないんじゃないかい?
曹操もそうそうたるメンバーの補佐役がいたし。<-スマソ言いたかっただけ。w

だいたい、ビスマルク以上の政治家とは言っても観点の違いでいくらでもいるだろ?

99 :世界@名無史さん:03/12/07 07:58
ビスマルク以上の政治家なんてなかなか李承晩、いやいません。

100 : ◆RlujhF6VrA :03/12/07 09:48
>>97
ただ、どこまで彼の発案だったかは微妙なものがあるんだな。
普仏戦争のやり方にしても、彼自身はパリの兵糧攻め&入城には
反対だったが、軍部の作戦に余り口を出せずにああなったらしいし。
(軍にすれば普襖戦争でウィーン入城を止めさせられたから、
今度は自分たちの好きなようにやらせてもらいたいということ
だった模様。結局駆け引きがあったらしい)

しかしフランスは、パリ・コミューンのことは都合よく
忘れてるんだよなあ。フランス政府がプロイセン軍に支援されて
鎮圧したという、あの社会主義運動。
市民は「フランス政府が」鎮圧したということを忘れ、
政府は「プロイセン軍に支援されて」鎮圧したことを忘れている。

ナポレオン三世がセダンで降伏した後、政権交代が上手くいってれば
その後の展開が違ったかも知れんのだが。

101 :世界@名無史さん:03/12/07 10:44
>100
レスありがとう、勉強になります。
ついでに聞くけど、じゃあベルサイユ宮殿での即位式は
どういう意味というか、背景があるの?
あれはどう見ても、死人に鞭打つ、勝者の傲慢に見え
あんまり配慮のある行為とは思われないのだが。


102 :世界@名無史さん:03/12/07 12:02
ビスマルクには大モルトケがいた。
2人の仲は個人的にはあまり良くなかったようだが、
政治家と軍人の関係としては理想的といえる。


103 : ◆RlujhF6VrA :03/12/07 12:10
>>101
詳しく調べてみたんだが、
ナポレオン三世が退位した後に「国防政府」が成立して
プロイセンとの戦争継続を決定した。
これと戦うことになり、1870年の秋頃からプロイセン軍は
パリ包囲のために本陣をヴェルサイユに置いていた。
どうやら、この頃国王がフランスに来たらしい。
即位式の頃には、まだ正式には普仏戦争は継続していた。
(講和条約締結が即位式から約一ヶ月後の二月下旬)

更に、国王自身は実は「ドイツ皇帝」になりたくなかった。
要は「プロイセン」に誇りを持ち、固執していた。
結局バイエルン国王などが帝冠を提供するという形で皇帝に
なったんだが、この付近を考慮すると
国王がヴェルサイユにいるうちに(つまり本国に帰る前に)
やってしまいたかったんでないかと思う。

実はビスマルク・ドイツ関係の本読んでも、この辺の理由について
明確に書いてないんだ。
フランスにすれば敗戦そのものとアルザス・ロレーヌ割譲と
賠償金の方が重要らしく、戴冠式自体はどうも余り重要視されて
ないらしい。
ナポレオン三世後の政府が早期講和をしていれば、
ヴェルサイユで戴冠式を挙げることもなかったかも知れない。

104 :97:03/12/07 18:16
>103 丁寧な解説サンクス!
確かにヴィルヘルム1世は帝国皇帝就任に乗り気ではなかったね。
ビスマルクとしては、フランスに屈辱感を与えるためというより
とにかく帝国ドイツを早く完成させてしまいたかったわけか。

いや、第1次大戦後の「ヴェルサイユ条約」が、なんか普仏戦争の
恨みを晴らす場として(実際にその目的を果たしたんだけど)
あまりにも象徴的な気がしていたもんで、結果的に大きな賠償を背負いこむ
ドイツがあの時戴冠式をやった事を後悔したんじゃないかなー、
と勝手に思い、ビスマルクの選択を疑問に感じていました。
その疑問も解けました。本当にありがとう。

105 :世界@名無史さん:03/12/08 06:38
バイエルン国王は、よくドイツ統一に応じたね。
ビスマルクが武力をちらつかせたりしたのかな?

106 :世界@名無史さん:03/12/08 06:41
>>105
謝金していたもんで。
国家統治よりはお城作っている方が楽しいし。

107 :世界@名無史さん:03/12/08 06:47
今のドイツでは、経済でもバイエルンが優位に立ってるようだな。
旧東独のブランデンブルク州の企業誘致は相次ぐ失敗。

108 :世界@名無史さん:03/12/08 10:15
バイエルンはプロイセンとは手を切り南ドイツ国家を造るべきなのです

109 :世界@名無史さん:03/12/08 13:27
>>108
今はそう声高に主張する人も多いね。

でも、そのチャンスのあったWW1後は逆にヒトラーが台頭したのが
面白いところ。

110 :::03/12/08 15:28
神聖ローマ帝国♪

会社で抜いてしまった(汗

>ヤフーのブロ番ガイドで見つけた。
>クリスタル映像のAVがあったので、ちょいラッキー
http://www.crystal-online.tv/CRL_Showpage.asp?I=NIF&F=TOP


111 :世界@名無史さん:03/12/08 17:01
もともと美意識の高いローマ・カトリックの文化圏でありドイツで最も豊かなバイエルンは、ドイツの他の貧乏州から独立した方がいいだろう。

>>109
世界恐慌の波をもろに被って財産をなくした中産階級が多かったから。

112 :世界@名無史さん:03/12/08 23:47
資本主義の初期段階ではウェーバーの指摘どおりカトリック<プロテスタントだったが、
現代のような成熟段階では明らかにプロテスタント<カトリックとなっている。

113 : ◆RlujhF6VrA :03/12/09 00:32
とは限らないと思うが。アメリカはプロテスタントが多数だし。
だが、ブランド・デザインとか芸術とかはカトリック国家の方が
いいとは思う。ノイシュバンシュタイン城然りだ。
これもウェーバーの指摘通りかな? 確かにそういう傾向が
教義にあるそうだが。

114 :世界@名無史さん:03/12/09 11:46
ヨーロッパの自動車産業は全てカトリック圏だが。
(ちなみにボルボやジャガーはフォード、サーブはGMで、実質アメ車)
プロテスタントの車はアメ車だが、おしなべて時代遅れ。
カトリックのダイムラー・ベンツはクライスラーを吸収した。

115 : ◆RlujhF6VrA :03/12/09 12:22
何かプロテスタントって「自動車なんて贅沢な。歩け歩け」
って感じだもんな。
いや、ウェーバー読んだ限りの個人的印象だが。
アメリカは広いから、自動車が必需品みたいな感じで
発展してるんだろうけど。
必需品としての自動車と嗜好品(なくても生活していける品)
としての自動車だと、やっぱり嗜好品の方が品質良さそうだ。

116 :世界@名無史さん:03/12/09 12:29
資本主義初期の時代は産業革命と相まって何でもかんでもイケイケドンドン働け働けの「量」の時代でプロテスタント的だが、
>>112の言う成熟段階に達するとモノでもサービスでも「質」や個性を追求するようになって来る。
するともともと美的感覚の優れたカトリック圏が強くなるのは当たり前の話かもしれない。

117 :世界@名無史さん:03/12/11 07:41
>ビスマルク
意外にも愛妻家だったらしいな。
この人、いまいち性格がよくわからん。

118 :世界@名無史さん:03/12/11 21:00
他スレで「映像の20世紀」について話してるけど、ビスマルクの映像って
残っているのかな? NHKのその番組ではたしかヴィルヘルム2世は
何度か出てくるけど…
もっとも、1890年で引退させられる事を考えると、僅かの差で
映像の時代には間に合わなかったといえるか。

119 : ◆RlujhF6VrA :03/12/11 23:13
>>117
ビスマルクは母親に冷たく当たられたらしい。
そのせいかどうか知らんが、学生時代はよく決闘する、
仕事に就いてからも長期欠勤する、
色恋沙汰も四つくらい(うち一つは不倫!)あるという、
かなり問題の多い青年時代だったらしい。

で、そういうのを経て落ち着きたいと思った時に選んだのが妻のヨハンナ。
彼女はある意味純粋で、人によっては「幼い」とも思われたようだ。
また、人前に出るのが嫌いで、親しくなれば丁寧にもてなすが、という風。
ビスマルクも実は結構苦労したそうだ。


120 :世界@名無史さん:03/12/11 23:32
>>119
そうやね。
はっきりいうと平凡でかなりつまらん女。

政治生活では無節操と利己主義を旨とした男が、
そんな女を相手に誠実な家庭生活を全うした(ように見える)のがよくわからん。

121 :世界@名無史さん:03/12/12 00:00
そういえばウィルヘルム二世も母親から冷たくされたんだよな・・・

122 :世界@名無史さん:03/12/12 00:18
>>120
変節漢の中の変節漢、フーシェだってそんな感じやん。
まあ、これまた変節漢の中の変節漢タレーランは漁色家だったけど。

123 : ◆RlujhF6VrA :03/12/12 00:19
>>120
ある意味、そういう女だったから良かったのかも知れない。
ビスマルクは、政治方面では有能な人間を追い出して
イエスマンだけを残したから、家庭でも下手にできる妻だと
かえって疑ってしまって、上手く行かなかったような気もする。


124 :世界@名無史さん:03/12/12 21:33
>>120
「政治生活では無節操と利己主義を旨とした男が」

すいません、自分は不勉強でよく分かっていないのかもしれませんが、
ビスマルクほど目的のために(手段は問わないものの)首尾一貫した行動をとり、
また自己を殺して国家のために尽くした人物はいないと考えていましたが…
よかったらどの辺が無節操で、どの辺が利己的だったのか教えてもらえませんか?


125 :世界@名無史さん:03/12/12 22:19
>>118 引退後の、犬とたわむれる映像を見たことがある。
表情ははっきりしなかったが。


126 :世界@名無史さん:03/12/12 22:23
>>124
煽りと呼ぶには余りにも面白くない
もっとひねってくれ

127 :124:03/12/13 06:22
??煽っているつもりは毛頭ない。
世界史全般を平均的に知っているつもりでしたが、
ビスマルク政治の捉え方を誤っていたかなあと思って。
特にドイツや彼のことについて詳しい人からきちんと聞きたい。
それにしても、このスレッドで話している人達にとって
こんなこと(ビの政治は無節操かつ利己的)は常識なのかな。

128 :120:03/12/13 12:25
>124
なんせトライチュケにまで「道義心無さ過ぎ」と言われてるくらいやからね。

>ビスマルクほど目的のために(手段は問わないものの)首尾一貫した行動をとり、
>また自己を殺して国家のために尽くした人物はいないと考えていましたが…
ここなんだけど、この人、基軸になる理念なり目的なりがあったんかいな?
確実にドイツ民族主義者ではないだろうし、プロイセン王室に対する忠誠は一貫していると言えば言えるけど、王族にはずいぶん侮蔑的な発言を残しとる。
あと何より、政治的パートナーを頻繁に変えてるでしょう。器が大きいとか視野が広いとか言えるのかもわからんが。
「国家理性」というのは便利な言葉で、何でも包容するからね。
結局、極めて優れた政治的賭博者、卓越した機会主義者だったんじゃないかな、と。まあ漏れにもよくわからんのやが。

129 :124:03/12/13 13:27
120さん、レスありがとうございます。
そうか…ビスマルクというとマキャベリズムの権化にように
「ドイツ統一・発展のためなら何でもやるぞ!」というイメージだったのですが、
かなり自身のプライドも高く扱いにくい(ユンカー出身らしい)人物だったのですね。
尤も、そうでもなければヴィルU世と対立してあっさりと引退することもなかったか。
彼ほどの政治能力なら、自分が引退した後の「新航路政策」がどんな結果をもたらすか
も見えていたはずだろうからね。


130 :世界@名無史さん:03/12/13 20:59
ビスマルク「以上」の政治家、実際に挙げてみよう。
例えばスターリンは?
とんでもなく悪人だけど、新国家を大国に育て上げたのも、
世界的に大きな影響力を持ったのも、ビスマルク「以上」とは
言えないだろうか。

131 :世界@名無史さん:03/12/13 22:50
むかし、友人にビスマルクを尊敬してる
のがいて、どこで手に入れたんだか知らんが
ビスマルクの肖像画を額に入れて飾ってたヤツが
いた・・・。

132 : ◆RlujhF6VrA :03/12/13 23:10
>>130
ある方面では上、というのはあるだろうけど、
複数の面で上となると、リシュリューとかカウニッツとか
ナポレオンとか、そうそうたる面々になるだろうな。

スターリンの場合、統一という問題を考えなくて良かったから、
そこは割り引く必要があると思う。
戦争にしても受け身だったし、その経緯からして読みの甘さは
かなりあったろう。

133 :世界@名無史さん:03/12/14 00:03
>>131
いいなーそれ、漏れもビスマルクの肖像画を飾ってみたい!

134 :世界@名無史さん:03/12/14 00:11
アレクサンドロスやチンギス・ハーンの方が偉大だろう。

135 :世界@名無史さん:03/12/14 02:11
スタを言うなら毛はどうよ?毛は?

136 :世界@名無史さん:03/12/14 06:49
>>ビスマルクとスターリンの比較

時代背景が違うのでどうやったって無理があるのだが、
ヒトラーみたいなロシアに領域を広げることを至上命題とする君主がいたとして、
ビスマルクは当時の英仏宥和政策を最大限利用するだろう。
もちろんラインラントには手をつけないだろうし、スペイン内乱にも首を突っ込まない。
ひたすら東方を向いてチャンスを待つ。あるいは相手を刺激してそれを作り出す。

さてスターリンがうまく挑発に乗って対戦となる。
ポーランドは気の毒だが戦場となり、電撃戦に強いドイツが占領するだろう。
一つ確実なことは、ビスマルクはナチスのような失敗は絶対にしないだろう。
つまり同盟国がバルカンで苦労していても、自身の立てた計画を変更させてまで
救出に向かうことは絶対にしない、ということだ。

ビスマルクは必ず、ロシア最大の味方「冬将軍」がやってくる前にモスクワを陥落させる。
その目算が無い限り戦争は始めないだろうし、君主が強行しようとすると自身が降りてしまうに違いない。
モスクワ陥落、ソ連国内の動揺を見越して講和を持ちかける。
ソ連もブレスト=リトフスク条約でいったん手放した程度の領土ならば応じるはず。
世界対戦への波及を恐れる英仏は、共産国の敗北ということもあって「この程度なら」と黙認。
かくしてビスマルク=ドイツの圧勝に終わる。

137 :スターリン:03/12/14 07:49
勝手な絵ェ描いて喜んでんじゃねーぞゴルア!
「首都モスクワが陥落したら講和」ってなんだよ。
モスクワが落ちたらスベルトロフスク、オムスクと
中へ中へ首都移転していってやるよ。
戦争長期化で反戦ムードなんてそれは帝政時代。
チェカがしっかり目を光らせてるから、反戦デモなんてできやしねぇ。
おっと、もうKGBに作り変えたんだッけ。
冬さえこれば…お前もナポ公の二の舞だ!

138 :毛沢東:03/12/14 08:12
ボス、国民はみな兵士です。いくら死んでもかまやしませんよ。
ウチこそ最強、二億死んでもまだ六億いますから。

139 :世界@名無史さん:03/12/14 12:54
ビスマルクの良い点は成功しても有頂天にならなかったことだね。


140 :世界@名無史さん:03/12/14 20:05
スターリンみたいな性格はね、国内では大胆不敵に振舞うけど
対外的には実に繊細で用心深いもんだ。
国内の支持を得るためにやたら外に突っかかっていったナポレオン3世とは、
その辺が正反対だな。
したがってエムス電報事件みたいな釣りに簡単には引っかからない。
じっくりと自分の権力基盤を整えて、コミンテルン通じて細胞を各国に増やして…

もしドイツがあからさまな挑発を見せるとしたら、
スターリンは初期ナチスに対したような甘い態度はとらず、
SPD・ドイツ共産党協力しての革命運動を徹底指導するだろう。
ビスマルクが鎮圧法を厳守し必死で封印している下から
社会革命の気運が立ちあがってくる可能性が高いんじゃないか。

もちろん産業育成にも長けたビスマルクのことだから、
社会不満は簡単には臨界点に達しない。
双方にらみ合いのまま開戦のきっかけをつかめず、東方進出の計画は頓挫。
そして失意のビスマルクが政界引退をした後、戦争強硬派が実権を握って…
あとはWW敗戦国の運命に向かって転がり落ちてゆく、お決まりのパターン。


141 :世界@名無史さん:03/12/14 20:51
ビスマルクの退位後どうしてああも見事にプロイセンは孤立主義を歩んだの?

142 :世界@名無史さん:03/12/14 22:13
フセイン大統領タイホか…

アメリカは彼を何の罪で裁くのかね?

143 :世界@名無史さん:03/12/14 22:53
お得意の人道に対する罪。

144 :世界@名無史さん:03/12/14 22:58
>>141
海軍力の増強の結果、植民地の既得権益を犯そうとしているとみなされ
イギリスやフランスと対立したから、

145 :世界@名無史さん:03/12/15 00:05
>>141
何処の国とも中途半端に付き合っていたから、
何処の国とも直接的に敵対しない変りに、何処の国とも友好関係を築けなかった。
卓越した外交手腕をもつものがいて、始めてとれるバランスだったので、
ビスマルク亡き後あのようになるのは、当然の帰結。

もっと言えば露西亜との農業問題、英国との建艦競争、
そして仏蘭西とは昔から仲悪い。


146 :世界@名無史さん:03/12/15 09:22
>>143
んで、G・ブッシュは車道に対する罪。

147 :世界@名無史さん:03/12/15 21:41
スターリンとの比較、もう他に意見でないかな…

ぢゃあ次のお題=「ナポレオン1世」はどうだ?
どっちをどっちの時代に持ってきても、細かな背景設定も全部自由。
おもしろい見かたを示してクレ!

148 : ◆RlujhF6VrA :03/12/16 01:11
>>147
ビスマルクなら、プロイセン一国でナポレオンに立ち向かうなどという
アホなことはしない。
中立は中立でも、軍備を強化しつつ裏でイギリスやオーストリアやロシアと
交渉して、最低限の援軍は(偽装してでも)送ったろう。
ここで問題は戦争になった場合にどっちが勝つかだが、
これはナポレオンがビスマルクの時代に来るか、
ビスマルクがナポレオンの時代に来るかで大きく変わる。
何故なら、後者ではモルトケがいないから。
モルトケがいれば勝つ可能性は十分あるし、いなければ負けるかも知れない。
いずれにしても、ナポレオンは史実よりは苦戦したろう。

で、最悪負けたとして、転んでもタダでは起きないのがビスマルク。
これを機に改革断行。
勝てば他国と協調して一気に反転攻勢。
ビスマルク抜きの史実でもナポレオンに勝ってるから、
どのみち結局は勝つんでは?
問題はその後の会議。ザクセン完全に滅亡しそうだ。

149 :世界@名無史さん:03/12/16 06:37
ナポレオンは実際に対仏大同盟を何度も破ってるからねぇ。
モルトケやシュリーフェンがいくら計画を練っても
(当時の、騎兵と大砲を主体とした戦闘方法であれば)
ロシア遠征前のナポレオン軍を食い止めるのは難しかったんじゃ?
むしろライン同盟つくりにせっせと協力して、
自らもそれに加わり、ナポレオン没落後その枠組を利用して
スムーズにドイツ統一を達成したかもしれない。

…「ナポレオン=天才」という思い込みがあるので、発想の飛躍ができないな〜


150 :世界@名無史さん:03/12/16 16:26
少し脱線するが、1世じゃなくて3世の方は意外にもビスマルクと立ち位置が近い。

ビスマルク体制は、しばしば政治学的にはボナパルティズムの一種として見なされる。
独宰相による普選の導入も、農民・労働者大衆は君主を支持するだろうという一君万民的な見通しがあってのこと。

また、仏皇帝の政治手法は、同時代人には独宰相のそれに近いものと思われていたし、
宰相もある時期までは皇帝を己の先行者と見ていたフシがある。
(なんせ一介のプーが皇帝にのし上がったわけだから。
 権謀術数の達人と見られていたわけやね。
 ・・・普仏戦争で「大政治家」と「負け犬」に明暗がわかれたが。)

151 :世界@名無史さん:03/12/16 18:02
>>149
ナポレオンの場合、同時代に天才性を発揮した人がなかなか出てこなかった
からというのも大きい。もし、プロイセンにフリードリヒ大王クラスの君主
がいたら…

152 :世界@名無史さん:03/12/16 18:37
>>151
ウェリントンやネルソンでは役不足でつか?

153 :世界@名無史さん:03/12/16 19:44
>>151
「なかなか出てこなかった」が読めてる? あと、役不足の意味を調べてこようね。

154 :世界@名無史さん:03/12/16 20:08
面白い! こんな面白い内容話てるんだから、上げ進行しようよ。
150さん、ボナパルディズムとビスマルク体制の類似性というのは
私にとって全く新しい発見です。
ビスマルクならそのくらいの(政敵を参考にする)したたかさも
あったかもしれませんね。
でもナポレオン3世がドイツ宰相を見習ったというのはちょっと
想像しにくい…

155 :世界@名無史さん:03/12/16 21:05
ナポレオンとビスマルクの最大の違い、それはビスマルクが
「勝てないケンカは絶対にしない」慎重タイプなのに対し、
ナポレオンは「勝てないケンカを勝つ」偉大なカリスマだという事だ。
ビスマルクの時代もそれなりに近代軍が整備されていただろうが、
ナポレオン軍の「皇帝のためなら命も要らない」精鋭たちとは
(あの時代の接近戦が主体の戦いではでは)比べ物にならないだろう。
戦いそれ自体の能力を比べたら、ビスマルク+モルトケも敵でないと思われる。

…ただ、外交は戦争だけじゃないんだよね。

156 :世界@名無史さん:03/12/16 21:21
http://www.nsjap.com/marco/marco1.html

157 :世界@名無史さん:03/12/16 21:22
http://www.nsjap.com/marco/marco1.html

158 : ◆RlujhF6VrA :03/12/16 21:55
>>155
謀略とか交渉とかはビスマルクの方が得意そう。
ロシア遠征の冬将軍とは形態が違うが、ナポレオンを
消耗戦に引きずり込めば、いつの間にかフランスの方が
形勢不利ということもあり得る。

軍事面はビスマルク個人ではいかんともし難いが、
彼は必ず外交でイギリスを味方に引き込むだろうし、そうなれば
戦力的にも互角以上になるかと思われる。
ナポレオンは史実で結局負けてるからなあ・・・。

>>152
ナポレオンは我々が持つ「英雄」のイメージに合う
最後の存在だと思う。
これ以降は細分化・専門化して、軍事指揮と政治が共に一流、
という人物はほとんどいなくなる。
ウェリントンやネルソンは単なる軍人で、政治家ではない。


159 :世界@名無史さん:03/12/16 22:06
ウェルズリー公は政治家じゃなかったのか・・・

160 :世界@名無史さん:03/12/16 22:11
>>153
実は二人ともエジプト遠征あたりからすでに暴れているという罠
歴史群像あたりの知識だけで語るのはやめよーね

161 :世界@名無史さん:03/12/17 11:00
>>160
レッテル付けと苦しい言い訳。典型的なアレだな、お前。

162 :タレーラン:03/12/17 19:25
あの男はちょっと欲張りすぎたようだ。
このまま、あの成り上がり者にフランスを任せてはおけない。
ロシア皇帝とはもう密かに話をつけてあるが、
プロイセンの宰相が協力してくれるというなら、組もうじゃないか。

163 :世界@名無史さん:03/12/17 19:47
張儀&蘇秦こそ最強。
ビスマルクなんて屁。

164 :フーシェ:03/12/17 20:59
好色貴族がまた何か企んでいるようだな。
あの男は全く虫が好かないが、しかし私ももはや陛下にはついていけない。
私の情報網で集めた、陛下のすべての秘密を
どなたかに託す時が来たのだろうか。

165 :世界@名無史さん:03/12/18 00:59
結論:ビスマルク以上の政治家はいねえ。

このスレ終了〜

166 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :03/12/18 01:14
ちょっと待て。リシュリューやらカウニッツやら、
外交で名高い連中との比較がまだだ。

まずはリシュリュー。時代背景・設定その他自由で
やり合わせてみるとどうなるか?


167 :世界@名無史さん:03/12/18 06:27
http://radio-on.hp.infoseek.co.jp/sanjushi/rakugaki/ric_ekakiuta.htm

168 :世界@名無史さん:03/12/18 06:53
大変な謀術家という点では共通しているけど、
リシュリューが「ブルボン家命!」一点に集中するあまり
一般大衆の生活や権利を抑圧しているのに対し、
ビスマルクは広く国民の支持を(社会主義者を除いて)得ているだろう。
まあその辺が時代の差というべきなんだろうが。
グルメで病弱なリシュリューはアンシャンレジーム下にあって
初めて才能を発揮できる、ひ弱な秀才タイプ。
タフで多方面から国家育成を考えることができたビスマルクの方が
力量は上だと見ます。

169 :世界@名無史さん:03/12/18 11:06
ビスマルクもお世辞にも健康とは言えないような気が。
タフはタフなんだろうけど、逆の意味で異常。

「ナポレオン三世の宰相がリシュリューなら」、
個人的には、ビスマルクのドイツ統一が史実ほど
上手くいかなかった可能性は高いと見る。
リシュリューもバイエルンに資金援助して、自陣営に
なびかせる程度はするだろうし。
三十年戦争の経緯を見れば、その程度は想像がつく。
北ドイツ連邦状態のままか、そこだけがドイツ帝国に移行して、
バイエルン、オーストリアとの三国鼎立になる可能性は
意外とありそうに思う。


170 :世界@名無史さん:03/12/18 13:06
リシュリューvsビスマルク

ガチでやったらビスマルクだろうな。
かたや、偏頭痛持ちの病身、かたや、決闘マニアの大男。

プロイセン宰相時代にヒットマンに襲われ胸を撃たれるが、屈せずに逆に下手人を手込めにする。
(この時彼は50の坂を越えていたはず。
 柔道技を駆使して、密室で賊と格闘した我が国の宮沢喜一元首相あたり、いい勝負かもしれん。)

171 :世界@名無史さん:03/12/18 18:23
>>170
喜一はそんなことしてるのかw

詳しい話きぼんぬ

172 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

173 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

174 :世界@名無史さん:03/12/18 21:12
ビスマルクはリシュリューに感謝してるんじゃないの?
プロイセン独立のきっかけを与えてくれたってことで。
それにしてもリシュリューって、赤塚不二夫の描くイヤミにそっくり。
ドラマで演じる時は、ぜひ「ザンす言葉」を使ってほしい。

175 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

176 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

177 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

178 :せっかくの良スレが…:03/12/18 21:32
反日左翼にのっとられてしまったのでしょうか

179 :例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/12/18 21:34
このスレは俺様チャンの巡回ルートに入ってるから安心汁。

180 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

181 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

182 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

183 :世界@名無史さん:03/12/18 22:11
コヴァの自作自演ハケーン ププ

184 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

185 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

186 :世界@名無史さん:03/12/19 07:12
極右小泉政権が追いつめられていることに悲鳴をあげている右翼の自作自演スレッドはここですか

187 :世界@名無史さん:03/12/20 03:26
…嵐は去ったかな?

ぼつぼつ再開しますか。
ビスマルクとリシュリューの比較、
◆RlujhF6VrA さんの意見が聞きたいところなんだけど。


188 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

189 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

190 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

191 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

192 :世界@名無史さん:03/12/20 09:40
なんでキチガイに荒らされているの?
荒らしているのは160か?

193 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

194 :世界@名無史さん:03/12/20 17:42
>>192
あんたも荒らしの同類ですよ

 || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
 || ○荒らしは放置が一番キライ。荒らしは常に誰かの反応を待っています。
 || ○重複スレには誘導リンクを貼って放置。ウザイと思ったらそのまま放置。
 || ○放置された荒らしは煽りや自作自演であなたのレスを誘います。
 ||  ノセられてレスしたらその時点であなたの負け。
 || ○反撃は荒らしの滋養にして栄養であり最も喜ぶことです。荒らしにエサを
 ||  与えないで下さい。                  Λ_Λ
 || ○枯死するまで孤独に暴れさせておいて   \ (゚ー゚*) キホン。
 ||  ゴミが溜まったら削除が一番です。       ⊂⊂ |
 ||___ ∧ ∧__∧ ∧__ ∧ ∧_      | ̄ ̄ ̄ ̄|
      (  ∧ ∧__ (   ∧ ∧__(   ∧ ∧     ̄ ̄ ̄
    〜(_(  ∧ ∧_ (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧  は〜い、先生。
      〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)
        〜(___ノ  〜(___ノ   〜(___ノ


195 :世界@名無史さん:03/12/20 17:43
せっかく落ち着いてきたのに>>192みたいなヴァカがいるから・・・・

196 :世界@名無史さん:03/12/21 11:38
様子見age

197 :世界@名無史さん:03/12/21 12:08
図星でファビョった195がいるスレはここですね。

198 :世界@名無史さん:03/12/22 17:15
ビスマルクのかっこよさが最大限に描かれてる書籍をおしえてください

199 :世界@名無史さん:03/12/22 21:59
「時代の中心的問題は、演説や多数決では決定されないのであり・・・ただ鉄と血が決定するのです。」
この鉄血演説として知れらる発言は、
憲法紛争を収めようとオリーブの小枝まで議会に持ち込んだビスマルクの、実は「失言」だった(らしい)。
(盟友・ローン陸相も私的に苦言を呈したと言う。)

それが、なぜかビスマルクの政治哲学を象徴するものとして流布されるようになったわけだが、
まあ、失言(?)に人の本質が現れているということもあるし。
・・・これはトリビア向きのネタやね。

200 :世界@名無史さん:03/12/24 20:56
あぼーんありがとう!
削除屋さんの頼もしさを実感しました。
変なレスを本当に苦々しく思っていたのでスッキリした!!

さあ、気分も新しく再開しましょう。
とりあえず200get

201 :世界@名無史さん:03/12/24 21:01
>あぼーんありがとう!
>削除屋さんの頼もしさを実感しました

merry X'mas!


202 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :03/12/24 21:40
えーっと、上の方で
「リシュリューがナポレオン三世の宰相だったら」
というのがあったので、今度は
「三十年戦争当時にビスマルクが生きていたら」というのをやります。

どこの国に生まれるかで違うと思うが、ブランデンブルク領内に
生まれたとして、意外と若い頃は戦場に出ていそう。
あの体格だし、決闘も強いし。
そのまま将軍かな?
仮にヴァレンシュタインやグスタフ・アドルフと同時代なら
「知将型の名将」として名を残すだろうし、もう少し下れば
「大選定侯の片腕」だろうな。
ウェストファリア条約をもっとこちら優位に持っていって、
ハプスブルク家の勢力を削減しそうだ。

リシュリューと直接対決するとしたら主君はフェルディナント二世だが、
彼とビスマルクは激しく性格違うし、仕えるのは願い下げだろう。
仕えればヴァレンシュタインの二の舞になりかねない。
これが息子の三世の方なら、「外交戦」で結構面白いと思う。
もっと適当なところで妥協して、諸侯への影響力を保持しつつ
和平をまとめたろう。皇帝の諦めが悪すぎたのがああなった理由の一つ。
ビスマルクなら、余力を残して和平し、その後のフロンドの乱に
逆に介入したと思う。


203 :世界@名無史さん:03/12/25 07:05
当時ブランデンブルクは新教旧教どちら側で戦ったのかな?
ビスマルクは宗教にとらわれることはないだろうが、
それ以上にハプスブルク家に仕えて戦うというイメージがわかない。
あくまでも自領を拡大させる方針で、
神聖ローマ帝国を解体させる方向に力を注ぐのではないだろうか。
(…あ、Ryujuさんもそう書いてるか)
従ってグスタフ=アドルフやリシュリューとはむしろ協力し合い、
より早くこの大戦を終結させることができたと考える。
ひょっとしてフランスが介入してくるより早く終わらせたかも?
ドイツ領内は史実ほどには荒らされることなく、
分裂状態も深刻にならず、オーストリア&プロイセンを中心としたドイツ連合
という形がいち早くできあがるだろう。
そうするとフランスは三十年戦争をバネに国力充実という図式にならず
17世紀の繁栄はもっと小規模なものとなり、絶対王政もそれほどの権力を持ち得ない。
従って市民階層の不満も蓄積されず、啓蒙思想は発展せず市民革命も起こらない。
フランスはスペインのような地味に安定した王国として存続しつづける、とこうなる。


204 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :03/12/25 17:19
ブランデンブルクは新教側だった。
と言っても、後の方では「宗教的寛容もしくは無関心」
の傾向が強くなる。
ビスマルクがカトリックを弾圧したのは、そういう意味での
プロイセンの伝統に反するんだが。
何で弾圧したのかねえ?

205 :世界@名無史さん:03/12/25 17:25
中学の時、図書館でまんが世界の歴史(学研の)見て以来ビスマルクファンとなって
しまった。特にビスマルクがウィルヘルム2世から引退を勧告された時に
潔くそれを受け入れる場面がかっこよかった。だけど、実際こんなにあっさり
と政界から身を引いたのかな?

206 :世界@名無史さん:03/12/25 19:32
>204
やはり国家統一事業を成し遂げた直後だから、反対派の引き締めに
力を入れるという政策もやむをえないでしょう。
何より神聖ローマ帝国時代、カトリック教会を気にかける「イタリア政策」のため
分裂状態を引き起こした、ということを歴史の教訓としているのでは?
まあ結局、より手ごわい社会主義勢力を抑圧するために
協会側とは妥協するわけだが。

207 :世界@名無史さん:03/12/25 22:24
>205
2世とはあまりにも方針が違いすぎたからね。
2世自身も、「いつまでも古い船頭にこの国を任せておけない」
と言って自ら新航路政策の陣頭指揮を取ったところからすると、
ビスマルクの側には引退のほか選択の余地がなかったのでしょう。


208 :世界@名無史さん:03/12/26 04:23
ブランデンブルク辺境伯領ってのは、元を正せばドイツ騎士団領だよね?
スペイン・ポルトガルのような宗教的情熱でもって国家を切り開いていった
はずなのに、いつしかカトリックから離れていってしまったわけだ。
それだけローマ教皇がドイツ地方に対してあくどい収奪を続けていたのか。

とにかく新教は旧教に比べ組織力に欠ける、よく言えば個人の自由が保障
されているイメージが強い。
三十年戦争は宗教対立というより(初めはそうだったのだが)領地争いだから
ドイツの領地をどこがどれだけぶん取るかで争われていたはず。
とすれば、たとえビスマルクがその時代に戦争の舵取りをしていたとしても、
新教側の宗教的結束を促してハプスブルクに対抗する勢力をつくり上げた
というのはやはり無理ポではないだろうか。

やっぱり当時の段階ではどうあってもドイツ領内は散々に荒らされ
グロティウスがルールなき戦争を嘆く、という流れは変えられない。
あ、ビのことだから当時の「やったもん勝ち」戦争を充分利用し尽くす
だろうなあ。フランスとの同盟も当然ありうるだろう。

209 :世界@名無史さん:03/12/27 01:23
>>205
>潔くそれを受け入れる
宰相は皇帝にのみ責任を負う、という原則を強調してきたビスマルクの自業自得やね。

自分とそりの合わない人物が皇帝になったときどうするか?
彼も国制上の問題点に気づかなかったわけでなかったが、議会に依拠することも今更できなかった。
(社会主義者鎮圧法のゴリ押しで議会の多数派を失う。)
だから、クビ通告されたときには、ビスマルク体制はいろいろ行き詰まっていたというのが実状でしょう。

あと、ポイントはヴィルヘルム2世がそれなりに有能で覇気のある人物だったこと。
第二帝政みたいなシステムじゃ皇帝親裁の建前がいつでも現実に変わりうる。
(同様の国制を取る戦前の日本でも、大正天皇や昭和天皇は凡庸で大人しい人物だったが、
後醍醐タイプの人間が即位していたら・・・・と考えるとちょっと面白い。)

逆に言うと、(自らの凡庸さの自覚の上に)基本的にビスマルクを信頼し彼に万事お任せしていた
ヴィルヘルム1世はもっと評価されていいと思います。

210 :世界@名無史さん:03/12/27 08:05
>社会主義者鎮圧法のゴリ押しで議会の多数派を失う

当時はそんなに社会主義勢力が強かったのかね?
各種社会保険制度の導入で、労働者階級の不満を
かなり解消していたと聞いたが。

211 :世界@名無史さん:03/12/27 09:55
エリザベス

212 : :03/12/27 11:49
カルデナスはいい政治家だ
有能という面ではビスに劣るだろうケド

213 :世界@名無史さん:03/12/27 21:16
なんだかなー…
荒らされやすいスレッドだこと。

214 :世界@名無史さん:03/12/28 09:27
あれ、変なレス消えたね

215 :世界@名無史さん:03/12/28 12:06
>>210
社会主義者自体は(議会内で)弱小だったが、
90年に更新されるはずの社会主義者鎮圧法が極度に反動的だったため、
ビスマルク与党の中道右派にそっぽを向かれる。
さらに選挙で、中道左派+中央党(カソリック政党)が躍進。
おまけにヴィルヘルムはここぞとばかりに「貧者の皇帝」を気取る。

政権末期には、彼のジャグラーとしての冴えも失われつつあったように思える。

216 :世界@名無史さん:03/12/28 20:02
なるほどねー、ヴィルヘルムUは広く国内の支持を集めたかったんだ。
ビスマルクにあしらわれて自滅したナポVみたいだ。
国内の人気を維持するために外に向かって突っかかっていった点も
その結果体制崩壊に至ってしまう点も共通するな。
さしずめ「ビスマルクの呪い」といったところか。

217 :世界@名無史さん:04/01/10 10:11
ヒンデンブルクはヴィルヘルム2世の亡命後
革命政府のもとでよく大統領になれたね。
それだけ国民の支持が大きかったということか。

218 :世界@名無史さん:04/01/10 14:15
ルター、ナポレオン、ビスマルク、ヒトラー
世界史の教科書でたくさんページが使われている人物4傑。

219 :世界@名無史さん:04/01/11 14:38
マッチョで頭脳明晰な政治家というのも珍しいのではないか。
近代以前は軍事力=政治能力という面が強かったから、カエサルとか
アレクサンダーとか劉邦とか、優れた軍人が優れた統治者になっているが、
政治機構の専門化・細分化した19世紀以降ではなかなか見うけられない。
マッチョに憧れて自滅した小説家はいたけど…

220 :世界@名無史さん:04/01/12 15:34
マッチョで有能な政治化=森喜郎

221 :世界@名無史さん:04/01/17 14:20
カストロはそうとうマッチョだよ。
毛沢東も、ティトーも…
革命戦士から政権を担うようになった20世紀のリーダーは
みなマッチョで有能と言えるだろう。
どこかの独裁者のように、革命戦士「伝説」を粉飾しまくっている場合もあるが。

222 :世界@名無史さん:04/01/18 08:35
以前ここで書かれていたような架空対談や力量比較みたいな内容を
もっとやってくれませんか?
…私自身は知識が少なくてできません。

223 :世界@名無史さん:04/01/18 10:39
もういいネタがないなー

「ヒトラー政権下のビスマルク」なんてどうだろう。
でもなんか徒党を組むイメージじゃないね。

224 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :04/01/18 10:56
誰か「カウニッツVSビスマルク」書いてくれ。
自分も書こうとしたが手が止まった。
フリードリヒとビスマルクはうまが合わないだろうし、
カウニッツをビスマルクの時代に生まれさせるとしても、
どういう形での対決になるか難しい。


225 :世界@名無史さん:04/01/18 12:14
ビスマルクがフリードリヒ大王時代の宰相だったら
当然、オーストリアとフランスの接近を防ぐため
(ちょうど1880年代に露仏同盟を阻止し続けていたように)
無理やりにでもフランスとの友好関係を保とうとするだろう。
つまりカウニッツの役割をいちはやくビスマルクが気づいて補完する。

その為にはまず大王とヴォルテールの仲を積極的に取り持って
喧嘩別れさせることなく、フランス上流階級のマナーやエスプリを学ばせる。
ルイ15世やポンパドゥー夫人なんて華奢なお上品世界は、
質実剛健好みの大王・ビスとも気に食わないだろうけど。
ロシア・フランスと友好関係を維持してオーストリアを孤立させれば、
七年戦争を迎えることなくシュレジェン地方を自領として確定し、
あるいはヨーゼフ2世の代になって更に領土を奪い取った(平和的に移譲させた)か。
うまくするとナポレオン登場前にドイツの統一を成し遂げられたかもしれない。





226 :世界@名無史さん:04/01/18 21:23
1871年1月18日。133年前の今日。
ドイツ統一万歳!

227 :世界@名無史さん:04/01/19 21:50
>225
フリードリヒ2世は女性受けが悪かったようだから…
マリア=テレジア、ポンパドゥー、エカチェリーナに囲まれて
散々苦しめられる運命からは逃れられまい。
ビスマルクがその時代宰相だったら、むしろどんどん戦争に打って出るだろう。
ちゃらちゃらした貴族文化なんかクソ食らえ!
そんなドイツ魂を見せつける武骨な宰相であってほしい。

228 :世界@名無史さん:04/01/20 20:23
>むしろどんどん戦争に打って出るだろう。

統一前は現実にそうしてますね。
この七年戦争時も実際オーストリアには勝つわけだから(運も良かったが)、
孤立化政策など必要ないでしょう。

229 :世界@名無史さん:04/01/21 19:31
次の指導者と世論の慢心がなければ、もっと経済と文化が発展したろうに、残念だ。

230 :世界@名無史さん:04/01/21 21:49
唯我独尊のビスマルクが、同時代の政治家で一目置いていたのはディズレイリ。
人間性に対するシニシズムとか、政論における華麗な修辞(≒毒舌)とかを共有してたから。

逆にグラッドストンは忌み嫌っていた。
これは単に個性・信条の違いどーとかゆーよりも、
プロイセンにグランドストンのシンパによる自由主義政権が成立することを極度に恐れていたため。

231 :世界@名無史さん:04/01/23 20:57
外交上の駆け引きという点ではパーマストンの方が近いかも。
(時代的にはやや早いが)
フランスを孤立させるやり口なんてのはエジプト事件における
彼の手法をまねたのかな。

232 :世界@名無史さん:04/01/23 21:36
>227
フリードリヒ2世を苦しめた3枚のペチコートは
オーストリア=マリア・テレジア
フランス=ポンパドゥール夫人
ロシア=エリザベータ1世

フリードリヒ2世とエカチェリーナ2世は仲が良かった。

エカチェリーナは上の3人とは違って、女性的というよりも男性的な
性格なんで気があったんだろう。


233 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :04/01/24 00:18
というかエカチェリーナはドイツ出身だし。
確か彼女の結婚自体も、フリードリヒが絡んでいた。

234 :世界@名無史さん:04/01/24 12:19
3枚のペチコートって、どんな話なのでしょうか

235 :世界@名無史さん:04/01/24 12:31
毘公マンセー。

236 :世界@名無史さん:04/01/24 16:29
ドイツ人って、洒落が通じないよね

237 :世界@名無史さん:04/01/25 11:51
>234
最初はオーストリア継承戦争で
プロイセンとオーストリアと争っていたんだけれど、
後に、この戦争にオーストリアに同調したフランスと
ロシアが加わった。

同盟を結んだ3国ので一番の権力者が女性だったんで
女性の下着のペチコートにちなんで、3枚のペチコートといわれた。

フランスとロシアの参戦理由は、政治的思惑もあったからなんだけれど
一番の理由が、フリードリヒ2世がポンパドールとエリザベータの悪口を
言ったから・・・
というのがあったらしいんだわ。

フリードリヒ2世はロシア軍に追い詰められ、遺書まで書いたほど。

しかし時が彼に味方をしてくれた。
ナイスタイミングでエリザベータが死去し、そのあとをフリードリヒ2世を
父ともしたうパウエル1世が即位して、即座に軍を撤退させてくれたのだ。

以後、女の恐ろしさを知ったフリードリヒ2世はエカチェリーナ2世とは
仲良くしたという(ワラ



238 :世界@名無史さん:04/01/27 19:44
へー!×10
「ナイスタイミングで○○が死去し、追い詰められていた△△が助かった」
って話、なんか他にも聞いた事がある気がする
でも、大王はいったいどんな悪口を言っちまったのかね。

239 :世界@名無史さん:04/01/31 03:27
ビスマルクは所詮ブルジョワ帝国主義の信奉者に過ぎない。
より一般大衆に益をもたらした政治家のほうが「優れた」と言えるのではないか。
民主主義を成長発展させた政治家としては、
結果的に失敗に終わった社会主義革命の担い手を除いても
ネルー・ケネディ・ワレサ・ゴルバチョフなどが挙げられる。

240 :世界@名無史さん:04/01/31 10:32
スターリンや金日成は論外としても、社会主義革命を打ちたてた人物は
多くは純粋に民主政治の実現を目指していたんだと思いたい。
結果的に社会体制を守る為、つまり手段が目的化してしまって
不自由な社会になってしまったのだけど…
カストロなんか、評伝を読むと(もちろん美化されてはいるんだろうけど)
今、同時代を生きているのが不思議に思えるくらい奇跡を成し遂げてきた
大ヒーローに思えてきます。

241 :世界@名無史さん:04/02/01 06:38
優れた政治家=国家を発展させた人物でいいんじゃないの
高い理想に振りまわされるなんてまっぴら

242 :世界@名無史さん:04/02/01 07:50
その国の発達段階に応じて、優れた政治家として求められる資質が異なってくる。
市民階級の成長が不充分な封建社会では、優れた領主がそのまま政治性を発揮するし
産業発達が未熟な社会では、市民権の充実を後回しにしても国家の育成を優先せねばならないだろう。

マルクス理論は、資本主義が成熟すると自然に社会主義体制を求める声が高まり革命に移行すると説いたわけだが、
その論拠が唯物史観であり、上記のような国家と政治の変遷を示している。

243 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :04/02/01 09:55
それでも、普遍的に見て優れた人物には合理的思考があると思う。
単なる伝統に縛られ、また個人的感情に基づいて判断するのは、
優れた政治家のやることではない。


244 :世界@名無史さん:04/02/01 10:20
例えば卑弥呼は当時では並ぶべき者のいない偉大な統治者であり、
政治家といっていいだろう。
現代とは全く違う手法で国家を統治する人物を「普遍的に」評価する事が可能だろうか。
我々は現代の価値観で人物を捉えてしまうことにもっと注意深くならなければならない。
その時代に高い評価を受けていたことをまず認めて、背景を分析することが大切だ。

245 :スターリン:04/02/03 06:47
優れた政治家とは、マキャベリズムに徹することのできる者を指すのだよ。
高邁な理想の為には、多少の犠牲をためらってはならない。
大衆はおろかで無力であるから、強いリーダーに統治されたがっている。
民主主義の幻想を信じている奴らには、所詮大したことはできないのだ。

246 :始皇帝:04/02/03 13:55
1000年後、2000年後、ビスマルク、スターリンの名前を世界中の多くの人が知っているという状況が存在するんだろうか。
いや、存在しない。マイナーすぎるよ。せめて私くらいの知名度が欲しいね。手腕は認めるけどね。


247 :釈迦:04/02/03 20:13
あのね、知名度で話せば私にかなう人いないの。
ましてあんた悪役でしょ?
いろいろ後世にとってためになることもしたのに、
正しく評価されなくて可哀想ね。
私は、皆さんずいぶん慕ってくださるけど、
なにやらいろいろ付け加えられすぎちゃってね…
どこまで本当の私か分からなくなっちゃった。

でも政治家ってことになると、うちの国からでた
マハトマ=ガンジーが一番尊敬されているんじゃないの?


248 :ヒトラー:04/02/03 21:01
千年、二千年の後でも余の名前は不滅である。

249 :ナポレオン:04/02/04 00:02
貴様の場合、どのみち悪名だろうがな。
予は祖国の英雄であればそれでいい。

250 :世界@名無史さん:04/02/04 00:27
>>249
2千年したら、フランスという国家は歴史の教科書にしか
残っていない可能性もある罠。

251 :世界@名無史さん:04/02/04 00:45
アレキサンダー大王
ユリウス・カエサル
ナポレオン
すべて制服組、これ最高。
しかも痛快。
軍服脱いだワシントンも偉大。


252 :世界@名無史さん:04/02/05 23:26
カヴールvsビスマルク

共にナショナリズムを上手く利用した現実主義政治家の代表。
ただ、カヴールははっきりとした穏健自由主義者〜議会制君主主義者だから
ビスマルクより「進歩的」に、つまり我々にとってわかりやすく見える。
たとえビスマルクに1870年代前半の自由主義者との一時的な提携があるとしても、
カヴール的な路線は、ドイツの文脈ではビスマルクの警戒の対象だったろう。

もう一つカヴールの「開明性」ということで言うならば、
多分、カヴールの方がビスマルクよりも経済通。
私的にも優秀な企業家・投機家だったカヴールに対して、
地主としてのビスマルクの手腕はお寒いものだった。(本人、やる気もなかったろうけど。)

253 :世界@名無史さん:04/02/05 23:29
私生活ではどちらも賭博好きの傾向あり。
(たぶん彼らの政治的〜外向的資質と関係するのだろうけれど。)
ただビスマルクは返せないほどの借金を若い頃負ったせいか、後年はすっぱり足を洗った。

女性関係。
ビスマルク・・・カミさん大事の一穴主義。
カヴール・・・病的な女好き。

総じて、徹頭徹尾プロイセン人だったビスマルクに対して、
カヴールの方がよりコスモポリタン的であり
(彼はイタリア語よりフランス語のほうが得意だった)、
メッテルニッヒ、タレイランといった、より古い世代の貴族たちと
(政治思想ではなくて)趣味・教養・生活様式を多く共有していたように思われる。

254 :世界@名無史さん:04/02/06 00:26
リンカンvsビスマルク

いわゆる「いい人」vs「悪い人」対決。
共通点は一個もねーべ、という意見もあるかと思うが、

1.共に戦争を通じて強力な国民国家を作った。
2.謀略(と言って悪ければ政治的術策)と多数派形成の達人。
(リンカンのサムター要塞問題処理の手口は、エムス電報事件の上を行くべ。)
3.個人的信条と、自らが生み出した政治的成果の乖離。
ビスマルク:保守的なプロイセン君主主義者⇔「上からの革命」による近代国家ドイツの成立
リンカン:個人主義と自助努力とを旨とする農本主義者⇔連邦権力の強化と「組織化の時代」の到来

・・・のように、両者は十分に比較の対象に成りうる。

死に時を得たことと、自己の政治的神話化に成功したことを併せれば、
リンカン>ビスマルク
という評価もありだべ。

255 :世界@名無史さん:04/02/06 06:39
>254
付け加えれば、

4.強烈に印象的な演説をぶつことによって国家の運命を大きく変えた。

もあるね。



256 :世界@名無史さん:04/02/06 20:00
リンカンの場合は国家の命運がある程度決まった後の演説だろ。

それより、カヴールとビスマルクの比較は面白いね。
確かに共通点満載だわ。
ただ、イタリア統一のガリバルディに相当するのが誰か…

257 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :04/02/06 20:40
ビスマルクを「カミさん大事の一穴主義」というのは
ちょっと違和感が。
若い頃にかなり遊んで、三十五過ぎてやっと落ち着いたという印象。
何しろカミさんを紹介したのが前の恋人という話で。
まあその恋人には婚約者がいて、更に結婚する前に死んでしまった
んだけれども。
結婚してからも、他の女性との多少のお付き合いはあったみたい。
まあ、どこまで進んだかは知らないけど。
前世紀のマリア・テレジアみたいなのを想像してると
ある意味幻滅するかも。

・・・そう考えると、カヴールとますます似てくるな。
まあ時代背景もあるか。

258 :世界@名無史さん:04/02/07 03:10
上杉鷹山はすっごい政治手腕だぞ。

259 :世界@名無史さん:04/02/08 21:07
カヴールはガリバルディを利用した点こそがビスマルクと大きく異なるんじゃないか。
つまり共和主義と妥協できるかそうでないか。
その後の発展ぶりを見るとビスマルクに軍配を上げたくなるが、
252も指摘している通り、現代的な視点ではカヴールの方が適応力があると言えそうだ。
もっとも、サルディニアとプロイセンの持つ体力の差と言ってしまえばそれまでだが。


260 :世界@名無史さん:04/02/08 22:45
>>258
ヴァカだろ、お前なんか誰も必要としていないから氏ねよ

261 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :04/02/08 22:53
ただ、カヴールはイタリア統一直後に死んだせいもあって
「統一後」のことが彼の評価になり得ないのが微妙というか。
ビスマルクだって、ドイツ統一直後に死んでいたら
評価変わっただろうし。
統一の立役者としての美名だけ残っていた可能性は高い。

つーかビスマルク、あんまり死にそうにない性格だよな(w
いざとなったら人を殺してでも生き延びそう。決闘強いし。

262 :世界@名無史さん:04/02/09 20:16
>245〜249
後世に名を残すことが「偉大さ」の証明なのでしょうか。
その功績も社会状勢によって受け取られ方が違うだろうし。
かつての共産圏のリーダー達を見ていると、その評価があまりにも
大きく変動してしまっているのが不思議に思います。


263 :世界@名無史さん:04/02/09 23:01
>>261

(w←いまだにこんなの使っている奴いるんだ

264 :世界@名無史さん:04/02/10 19:44
偉大な政治家は国家の枠組さえも超えて理想社会を実現に近づける。
私にとっては、チェ=ゲバラ・トロツキー・坂本竜馬 の3人が
もっとも偉大な政治家です。

265 :チェ=ゲバラ:04/02/10 20:02
フィデルはキューバのために戦い、キューバのために指導力を発揮した。
彼は立派な政治家である。

私は社会主義者ではない。政治家でさえあろうとしたわけではない。
私は何よりもラテンアメリカ人であることを意識し、
この世界の自立を達成させることを目標として
キューバで、アルゼンチンで、ボリビアで戦った。
私が今なお国家の枠を超えて多くの人に信奉されているのも、
そして目標の半ばで挫折を味わったのも、
私の存在がひとつの国家にとどまっていなかったことに原因があるのだろう。


266 :世界@名無史さん:04/02/11 07:35
しかしよくもこんなスレタイ考えたもんだなあ。なんでもありじゃんかYO


267 :世界@名無史さん:04/02/11 08:29
最近やたら文句つけ野郎が常駐している模様。
自分の意見は無いようだが…

268 :世界@名無史さん:04/02/11 09:17
「世界市民」ですか…
私は竜馬より高杉晋作を評価する。
人はどこかに所属しなければ生きていけないと思うし
誰かのために働くことで自分の存在意義を見出せると思うから。
あまりに抽象的な理想は独善に陥りやすいしね。

269 :世界@名無史さん:04/02/11 21:01
>>259
たしかにカヴールにはガリバルディがいた。・・・が、モルトケはいなかった。(笑)

ビスマルクはしばしば優れたチェスプレーヤーに例えられるけど、
プロイセンの富と軍事力を資源に、より主導権を発揮できた彼に対して、
カヴールは流動的な状況に対して、よりあなた任せに、より即興的に対応しなければならんかった。
チェスと麻雀の差?

ピエモンテは、ロンバルディアでの対墺戦争では軍事力をフランスにおんぶにだっこだった。
腐りかけたブルボン朝ナポリ王国に対しては威力を発揮した赤シャツ隊も、
オーストリアやフランスの正規兵には歯が立たなかった。
(基本的にはガリバルディも一揆主義の人なんでしょうな・・・)

逆説的にも、リソルジメントが完遂されたのはビスマルクのドイツ統一のおかげとも言える。
(普墺戦争でプロイセンに味方してヴェネツィアを回復。普仏戦争で仏守備隊が退去したドサクサにローマを回復。)

こうしてみると、「弱兵」+「日和見」+「漁夫の利」という「ヘタレア」っぷりは
建国当時すでに確立されていたことがわかりますな。

270 :sage:04/02/11 21:16
>>267
わーい、釣れた

271 :世界@名無史さん:04/02/14 20:46
>私にとっては、チェ=ゲバラ・トロツキー・坂本竜馬 の3人が
>もっとも偉大な政治家です。

プッ

272 :世界@名無史さん:04/02/14 22:19
ビスマルクが社会主義者はもちろん共和勢力全般に睨みを効かせていたのは
分かるんだけれど、昔から学生運動・改革勢力の盛んだったあの地域で、
よく「社会主義者鎮圧法」を成立させることが出来たと思う。
また彼の引退後、手のひらを返したように社会主義勢力が活発になることを
考えると、彼の政治手腕のすごさを改めて感じます。

273 :世界@名無史さん:04/02/15 11:46
保守の立場から力を発揮したことを凄いと言ってもね…
彼の本当の実力は外交で発揮されるわけだがそれは別スレになるか。


274 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/02/15 11:48
ビスマルクは嫌いです。

275 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/02/15 11:51
ウィリアム・ピットとかカウニッツはいかがでしょうか。

276 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :04/02/15 18:36
ビスマルクの場合、確かに80年代以降はその政策が
時代に合わなくなってきたと言えるだろう。
ただ、その付近の「時代への適応能力」や「政策の良し悪し」と
「政治的実行能力」はまた別物。
こいつはかつて別スレでやった議論だが、
国民を不幸にするような有能さ(権謀術数能力だけがやたら高く、
政権の獲得や維持は出来るが、他の方面はさっぱりで
国民は飢えに苦しむ)というのも確かに存在する。

カウニッツの場合、合理的思考や適応能力では
ひょっとしたらビスマルク以上かも知れないが、
いかんせん「政治的実行能力」が一段落ちる。
主君二人の調整役に追われて、自分が構想していたことの
少なからぬ部分が実現できていないようだ。


277 :世界@名無史さん:04/02/16 18:15
ウィリアム・ピットって「大」? 「小」?

話はちょっとずれるけど、
キッシンジャーの「外交」を読むと、
小ピット(←1806年に死んでるけど)のことを、
ウィーン体制の青写真を描いていた人物として高く評価している。

キッシンジャーの見取り図だと、
リシュリュー・・・・「国家理性」外交の祖
18世紀英国・・・・アド・ホックな勢力均衡政策の追求
ピット&メッテルニヒ・・・・貴族主義的な共通の価値観に基づく勢力均衡システムの構築者
ビスマルク・・・現実主義的な力の認識に基づく勢力均衡システムの改変者
ということになっている。

卒論だか博論だかのテーマに選んだというメッテルニヒはともかく、
小ピットをこのポジションに置くというのはかなり面白い。

278 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

279 :世界@名無史さん:04/02/28 20:41
ビスマルク時代の共産主義・社会主義なんてもんは
そんな害ってほどのもんじゃなかった。
ここを勘違いしがち

280 :世界@名無史さん:04/02/28 22:01
20世紀の政治家ランキング
(評価基準は影響力のみ)
S レーニン ゴルバチョフ
A スターリン ヒトラー 毛沢東 ケ小平
B レーガン ルーズヴェルト
C チャーチル
D 昭和天皇

・・・こんなとこか?




281 :世界@名無史さん:04/02/29 22:59
>280 
影響力って世界に対する?
判断基準が良く分かりませんが

282 :世界@名無史さん:04/03/01 01:10
>>280
いつから昭和天皇が政治家になったんだよ

283 :世界@名無史さん:04/03/03 07:15
>>280
S レーニン 毛沢東
A スターリン ケ小平
B レーガン ヒトラー
C チャーチル ルーズベルト ポルポト 金正日
D 昭和天皇 


284 :世界@名無史さん:04/03/03 20:11
ランク付けしたいのならよそのスレでやってくれないか・・・。
それか三戦板あたりのコーエーにこの政治家を追加スレとかそんな名のスレで。
誤爆しているようにしか見えないのだよ。

285 :世界@名無史さん:04/03/13 13:23
ビスマルクが第一次大戦後に登場したら…

SPD全盛の中では難しいかもしれんが、国内資本家層の支持で政権を取れたとする。
ヴェルサイユ条約を遵守する一方、社会主義化の不安を英米にあおって
借金返済の負担を大幅に縮小してもらう。
不満に思ったフランスがルール占領など挑発行為をしてもじっと我慢し、低成長の時代を乗り切る。
(この時不満爆発させたナチスは結局、ビスマルク監視下に置かれ政治参加のチャンスを失う)
とにかく協調外交+赤化の脅威を前面に押し出して、敗戦の負担をできるだけ英米にも背負ってもらう。
ヴェルサイユ賠償環が成立していたからこそ出現した20年代アメリカの黄金時代、
これがなければ世界恐慌は起こらず、Fルーズベルトも登場しない。
出現するのは、20年早い東西冷戦だ。(ムソリーニは勝手に失脚するだろう)
フランスとソビエトを(史実でのビスマルクの役割とは逆だが)巧みに接近させ、
英米に「ドイツの自由体制を守るためには再軍備やむなし」と結論させる。
こうして、仏ソvs英米独という国際対立が生まれる。
あとはラインラントにおける衝突でもいいし、ポーランド回廊を巡る緊張でもいい。
戦いの火蓋は切られ、結果ドイツは、ルールはもちろんアルザス・ロレーヌまで取り返す。
ソ連は解体し、今よりはちょっと大きめのロシア共和国が成立する。
中国は蒋介石+周恩来による非共産・中道政権が樹立、
日本は強大な軍事力を保持したまま浜口〜幣原内閣を中心とした平和路線が踏襲され、
ソ連崩壊後になって朝鮮独立を承認し、半島から敬われる。

ビスマルクのおかげで日本の尊厳は守られ、
「プラハの春」も「文化大革命」も「ポルポト」も、無論「キム王朝」もない
平和な国際社会が実現するのだった…。
フランスにはチョト気の毒だが。


286 :世界@名無史さん:04/03/13 13:44
ビスマルクのおかげで日本の尊厳は守られ、
「ベ平連」も「日教組」も「小田実」も「どいた過去」もない
平和な日本が実現するのだった…。
捨民党にはチョト気の毒だが。

287 :世界@名無史さん:04/03/14 06:01
>日本は強大な軍事力を保持したまま浜口〜幣原内閣を中心とした平和路線が踏襲され、
>ソ連崩壊後になって朝鮮独立を承認し、半島から敬われる。

なぜここまで飛躍?
ビスマルクと関係ない気がするが…
ってマジレスする必要ないか。



288 :John Doe ◆0WsIEmknHQ :04/03/15 14:35
(時代が違うので比べようが無いですが)
私はチンギス・ハンが凄かったと思う

289 :世界@名無史さん:04/03/15 20:13
このスレは時代の違いを無視して比較するところに面白さを見つけてるんですよ。
でもチンギスハンと比べるのはさすがに難しいね。

290 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :04/03/15 21:04
チンギスハンその他は、功績に軍事的能力が大いに影響するからなあ。
敢えて言うなら実は軍事的能力では大したことなかったらしい
フリードリヒ大王とか。
個人的にはエリザベス一世の宰相ウィリアム・セシルなんて
比較相手としてどうよと思うが、生憎自分でどうこう言えるほど
詳しくないんでコメント求む。


291 :世界@名無史さん:04/03/15 21:08
リシリューは既出?

292 :スターリン:04/03/16 06:52
>>285
あっ!いつの間にかまたこんな勝手なレスをつけおって。
なにが「戦いの火蓋は切られ」だ。先の対戦で、我々が膨大な犠牲を払って
ブレストリトフスク条約を結び、即時停戦を選んだのを知らんのか?
ビス何とかがいくら下工作をしたって、英米相手に簡単に戦争を決断するほど
浮かれた指導者ではないぞ。それよりヒトラーが出てこないのなら
コミンテルンを通じて大量の細胞を動かし、ドイツ内で赤色革命を起こしてやるよ。
とにかく我輩が、存命中に敗北する可能性なんぞ、欠けらもないのだ。

293 :世界@名無史さん:04/03/16 07:11
河井継之助と小栗上野介のこそ最高の政治家!

294 :世界@名無史さん:04/03/16 21:22
>>293
激しく同意
というよりも薩長侵略主義の手本になったビスマルクごときと同列に扱うことじたいがおかしい

295 :世界@名無史さん:04/03/18 15:41
司馬厨ジサクジエン

296 :世界@名無史さん:04/03/19 19:48
>>295
薩長厨が必死になってます プッ

297 :世界@名無史さん:04/03/20 08:16
陳水扁がんばれ
台湾がんばれ
…でも俺はコヴァじゃないぞ

298 :世界@名無史さん:04/03/20 22:10
ヴィントホルスト

299 :世界@名無史さん:04/03/24 19:50
世論が支持するのは石原慎太郎だ!

300 :世界@名無史さん:04/03/24 22:18
>>1
君と余だ!!

301 :世界@名無史さん:04/04/04 08:25
薩長厨による反論がないようなので河井継之助が世界最高の政治家と決定しますた

<完>

302 :世界@名無史さん:04/04/09 17:40
今回のイラク日本人拉致事件では政治家の度量が問われる事になるね。

303 :世界@名無史さん:04/04/09 17:44
朱元章>>>>>>>>>>>ビスマルク

304 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :04/04/10 00:22
朱元璋は単なる「政治家」というより、アレクサンドロスとか
ナポレオンとかと同類の「英雄」のような気が。
ビスマルクは軍の指揮官ではないから、そこを外して考慮しないと。
この二人の直接対決というのも想定しにくいし。
そういう前提で、個別能力で比較した場合、内政では朱元璋の方が上だろうが
外交能力はビスマルクの方が上だと思う。
ただし、当時の中国に外交能力は余りいらなかったろう。
一番はっきりしてるのは「部下になって働きたい度」で、これはビスマルクの方が上。
というか朱元璋は間違いなくワーストだろうな。

305 :世界@名無史さん:04/04/10 07:25
朱元璋は確かに裏切りや謀略を重ねて帝位に就いたわけだが、
はたして人徳は皆無だったのだろうか?
「自分で何でもやってしまう」スーパーマンだったから、
有能な部下は必要なかったかも知れないが、
それでも人々を従わせるカリスマ性が無いとあれだけの帝国の
基礎は築けなかったと思う。

翻ってビスマルクだが、こちらの方が性格や度量を自らの職務に
反映させる必要が少ないのではないか。
ご指摘のように近代前の「英雄」が国を束ねる時代とは違い、
国家事業が分業・専門制になっているからこそ、個人の性格は
その果たした業績とのかかわりは薄くなっていると思う。

…と小難しく言ったがつまりビスマルクだってヤな奴だったろうってこと。

306 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :04/04/10 10:55
私が言ってるのは、主に即位後の大量粛清事件のことだ。
ビスマルクだって部下に責任押しつけたりはしてるが、
それで殺されるまでは行ってない。

明の二代目が長続きしなかったのも(五年くらいで終わっている)、
その粛清事件で有為の人材が多数失われたことにあると思う。
ビスマルクの退任後も、特に政治面で人材難が指摘されるが、
それでも二十年は保った。
それに比べて、建文帝の政権は余りにも短い。

307 :世界@名無史さん:04/04/23 11:00
古代でも「政治家として」有能だった人はいるよね。
例えばアテネのペリクレス。
特に外交能力はたいしたものだと思う。

308 :世界@名無史さん:04/04/24 06:40
?ペリクレスは私腹を肥やす悪徳政治家で(それでも国益が高まれば
有能と言ってよいのだろうが)、デロス同盟に対する周囲ポリスの
反発を強め、国内においては衆愚誠治を引き起こした、アテネ亡国の
張本人なのでは。

309 :世界@名無史さん:04/04/24 15:47
近代国家成立以前の歴史からも、ビスマルクとの比較に耐えうる
「純粋な」政治家が見つけられるということだ。

私は中国史に暗いが、古代から官吏制度を発達させたかの国では
もっと様々なタイプの政治家を例に出すことができるのではないか。
少なくとも朱元璋よりは適切な例をね。

310 :世界@名無史さん:04/04/26 17:47
商央

311 :世界@名無史さん:04/04/27 23:09
ヨーロッパ史で言えば、やっぱリシュリューかなあ。
成人した皇帝(王)がいたけど、事実上宰相の時代というのも何となく似ているような気もする。
まあ、ルイ13世とリシュリューと違ってビスマルクとヴィルヘルム1世との関係は結構微妙だった
らしいけどね。
中国史では誰だろう?外交という一点に絞って考えたら張儀なんてどうだろう?
もっとも、彼の話はどこからどこまで本当か分からないけどね。
後思いついたのは張居正。片や鉄血宰相、片や鉄腕宰相。

312 :世界@名無史さん:04/04/28 00:11
右翼的にはビスマルク。
左翼的にはハマーショルドかなぁ。
しかし悪人も入れればスターリンにかなう政治家はいないだろ。

313 :世界@名無史さん:04/04/28 01:44
>>309
中国は外交能力がほとんどの期間、必要なかった気がする。
大政治家にならへんなぁー

314 :世界@名無史さん:04/04/28 12:09
>>313
五胡十六国や五代十国などの分裂期は結構長いよ。

315 :スターリン:04/04/28 17:19
>>312
お前をカーメネフ&ジノヴィエフの後釜に据えてやろう

316 :世界@名無史さん:04/04/28 23:19
スターリンも確かに凄いね。共に徹底した現実政治家だったけど、ビスマルクに比べて
国内問題では妥協する必要があまりなかった(ように思う)分、ビスマルクの方が上かな
とかとも思う。はっきり言って贔屓目もあるけど。
後はインドのネルーなんてどうかな?外交でもしたたかだったし、あの複雑なインドを
何とか統治したのは凄いと思うんだけど?

317 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :04/04/29 01:03
>>314

それでもああいう時代の場合、ちょっと前提が違うような。
基本的にはいずれ統一することが大前提で、その前提に則った
「食うか食われるか、いつ滅ぼすか/滅ぼされるか分からない」
という状態の中での外交。そこでは常に武力による滅亡の可能性がある。
ビスマルクのように、諸外国の存立を前提とした(彼はオーストリアや
フランスを滅ぼす気はなかった)敵対国封じ込めと戦争最小化・回避の
ための外交とは、手法がかなり違うんでないかと。


318 :世界@名無史さん:04/05/01 03:40
「エムス電報事件」で、マスコミに意図的に情報をリークして
国民感情を対仏開戦支持に持っていったという話があるけど、
具体的にどのような記事になったのか知っている人いますか?

319 :世界@名無史さん:04/05/01 21:15
エムス電報事件、最初に聞いた時はすごい技だなーって思ったけど、
よく考えると今普通に行われているメディア操作・世論操作だよね?
今回のイラク人質事件なんて、大騒ぎの中どこまでが自分独自の考えで、
どこからがマスの見方・政府の持って行きたい方向なのか
なんだかわからなくなっちゃったよ。

そう考えるとメディア戦略を考えたビスマルクはやっぱ偉大だと思う。



320 :世界@名無史さん:04/05/08 07:08
ナポレオン3世はビスマルクの引き立て役になってしまった印象があるけど
実は内政外政ともに優れた政治家だったのではないでしょうか。

321 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :04/05/08 10:40
>>320
外交に関してはメキシコでも失敗してるし、日本でも幕府の方に肩入れしてるから
ちょっと疑問だけど、内政に関しては確かに悪くなかったと思う。
ビスマルクの先鞭とも言える労働者への保険立法もやってるしね。
外交の凡人が外交の天才に負けたというだけの話なのかも知れない。

322 :世界@名無史さん:04/05/09 01:41
>>320

確かにナポレオン3世は、それなりに有能な政治家だったと思う。
外交ではチップ外交なんて言われてイマイチ評判悪かったようだけど。内政では
見るべきものもあったのでは?
相対した政治家が悪かったね。ビスマルクとはやはり役者が違うだろう。
自分を本気で社会主義者だと思いこむような、ちょっとラテン的(?)な脳天気
さも株を下げる要因と言えば要因かな?

323 :世界@名無史さん:04/05/12 13:46
GaiusJuliusCaesar。マチガイナイ。

324 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :04/05/12 14:48
>>323
いや、彼は軍人としての能力も業績にかなり寄与してるから「ここ」では外れる。
敢えて比較するならアウグストゥスの方。
あとローマで言うなら共和派のキケロとか・・・あれよりビスマルクの方が上だろうな。

325 :世界@名無史さん:04/05/14 15:18
むしろシーザーよりもクレオパトラの方が外交手腕を発揮していると言えよう。
武村「バルカン」政治家を彷彿とさせる寝業師だ。

326 :世界@名無史さん:04/05/22 08:12
金正日は、あの状況で大国を引っ張りまわして自体制を存続させている
したたかさは、現代ではちょっと並ぶものがないのではと思う。
もちろん国民の多大な犠牲を思うと、政治家として大いに問題があるのは
わかっているのだが。軍部や他の指導者層も、彼以上に既得権を守れる
存在がないために彼を支持しているわけだし、やはりある意味「優秀」と
言えるのではないか。

327 :世界@名無史さん:04/05/22 15:25
しかし今日の日朝会談もエラソーだったね。
会談終了時、なぜ小泉さんは退出するジョンイルを直立不動で見送ってたの?


328 :世界@名無史さん:04/05/22 17:59
スターリン大人気だけど、あれだけ強権的なことができたのは
皇帝=教皇である東ローマ帝国から引き継がれた支配形態と
ロシア土着の風習に根ざしたツァーリズムという
特有の伝統に負っているところが大きいんじゃないの?

まあそんなこといったら時代背景無視した比較などできないというのは
承知しているつもりだけど。

329 :世界@名無史さん:04/05/23 01:56
インドのネルーなんてどうだろう?

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