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美男子サン・ジュスト〜フランスの窓から〜(3)

422 :世界@名無史さん:04/02/09 01:43
>>402
>この「美男子サン・ジュスト」がエベール派やダントン派を告発して粛正に
>手を貸したという事実は、一般常識といってもいい、そこら辺フランス革命の年表に
>も記載してあるあろう真実である。

革命の超過激派・エベール派の逮捕・処刑に関して、サン=ジュストの果たした役割は、
ダントン派の逮捕・処刑に関わるものよりも、さらに軽微である。

1794年3月11日、両委員会(公安委員会・治安委員会)は、ドイツ人部隊の士官ハインデル
から、エベール派が蜂起を計画しているという、次のような報告を受けた。
「まず、彼らは牢獄に押し入り、貴族政治家を惨殺し、ポンヌフと兵器工場を奪取、
アンリオと参謀部を殺害、両委員会を焼き払った後、一人の大判事(執行部を主催する
独裁官)を任命して、すべての権限を与え、造幣局と国庫にある金を人民に分配する
計画である」ハインデルは、自分をこの恐ろしい陰謀に引き入れようとしたアルマン、
ベイッセル等、エベール派の数人の名前をあげた。

陰謀の証拠を握った両委員会は、直ちに行動を起こした。3月12日、ビヨー・バレンヌ、
クートン、ロベスピエールらは、会議を行い、エベール派の告発内容を承認するための
決議を行った。翌13日、国民公会において、サン=ジュストが「告発報告」をする。
その夜から翌日にかけて、エベール派の逮捕…。
確かに「告発報告」のほとんどが、サン=ジュストの手によるものであったという。
しかし、エベール派の罪状は明白であり、「記述者・報告者」であるサン=ジュストが、
事実無根の罪をでっち上げ、多くの無実の者を粛清した残虐な独裁者であるかのごとき
印象を持つことは、明らかに間違っている。

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