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清王朝について語るスレッド

1 :世界@名無史さん:03/11/12 18:45
清王朝298年間の歴史を、何か語ってください。

2 :世界@名無史さん:03/11/12 18:47
>>1
前スレくらい貼れよ

★☆ 清 朝 ☆★
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1027552099/


3 :世界@名無史さん:03/11/12 18:56
18世紀に乾隆帝によって揚州・嘉定の虐殺というのが行われたけど、
漢民族はいまでもこのことを怨みに思っているというのは本当ですか?


4 :世界@名無史さん:03/11/12 19:14
>>4-1000スレが荒れないよう慎重に行こうよ

5 :世界@名無史さん:03/11/12 22:03
清朝298円の歴史と読んでしまったヨッパライの漏れは逝ってよしですか?

6 :世界@名無史さん:03/11/13 13:00
つまんね>>5

7 :世界@名無史さん:03/11/13 22:09
前スレには入りづらかったので質問スレで聞いたのですが
答えてもらえなかった質問です。

清の順治帝とハムレットの類似性についての話題は、
どこかのスレですでにガイシュツなのでしょうか?

8 :世界@名無史さん:03/11/13 22:34
院生Bさんカマーン!


9 :世界@名無史さん:03/11/13 22:35
シェイクスピアがフリンを知っていたわけねーだろ。


10 :世界@名無史さん:03/11/13 22:38
逆にドルゴンがシェイクスピアを知っていたとも思えん罠。

11 :世界@名無史さん:03/11/13 22:40
>7
類似性は無い。終わり。ハムレットは創作で歴史でない。
文学板に行こう。

12 :校長が強盗:03/11/13 23:06
この事件は報道されていません。教育委員会も校長を処分しません。
 皆様の力でこの事件を広めてください。
被害者先生のサイト
 http://www.geocities.co.jp/NeverLand/8595/
 事件究明を求める署名サイト
 http://chiba_273.at.infoseek.co.jp/
   ∧_∧
  (  ^^ )< ひろめよう


13 :世界@名無史さん:03/11/14 00:02
院生Bの降臨まだか?


14 :世界@名無史さん:03/11/14 00:39
3代目のフリン以後は名前を漢族化したんですか?


15 :世界@名無史さん:03/11/14 01:00
>>11
文学板で清の順治帝の話を持ち出す方がもっと板違いと思われ。
>>7
言いたいことはわからんでもないが、他のスレのことは知らない。

16 :世界@名無史さん:03/11/24 03:29
>>14
じゅんち帝は漢民族の文化にあこがれていたから。
こうき帝は最初は満人風の名前を子供につけていたが、
やたら早死にするので漢民族風の名前をつけるようになった。

17 :世界@名無史さん:03/11/24 12:05
康熙帝最高 俺も死ぬまでがんばって人のために働きたい。

18 :世界@名無史さん:03/11/24 17:07
俺にとって殷から明までの中国が「中華」で、清から現代の中国は「支那」という感じがする。
清でそれまでの服装と髪型の伝統が断ち切られてしまったからな。

19 :世界@名無史さん:03/11/24 17:20
「康煕王朝」DVDセット(約¥35000)は買いですか?
(別スレにあったと思ったが、ここで聞いてみる・・・)

20 :世界@名無史さん:03/11/24 22:07
>>16
(=<丶`∀´> <感謝ハムニダ!

21 :世界@名無史さん:03/11/24 22:11
>>18
元代は髪型変えさせられたっけ?

22 :世界@名無史さん:03/11/24 22:13
されたよ

23 :世界@名無史さん:03/11/24 22:34
>>22
特に強制はなかったはずだ。漢人で仕官の為にモンゴル人を装った場合は、モンゴル風の辮髪をした者もいたが、
純粋な漢人でない漢人(タングート、女真、契丹)には旧来の俗を守るように布告されているくらいだしな。タングート
はもみ上げと前髪を残して後は剃るという独特の髪型だし、契丹は、頭頂部を剃るし、女真は広大の満州族に近い
髪型だったわけだし。

24 :世界@名無史さん:03/11/24 22:46
>>7
ハムレットのモデルは、デンマーク王 Christian I です。
これは「欧州王侯の家系」の初代スレで既出です。
なお、清の順治帝の生年は、シェークスピアの歿年よりあとなので、順治帝がハムレットのモデルというのは絶対にあり得ない。


25 : :03/11/25 01:30
乾隆帝の時代の中国は本当に強かったのか?
ビルマに3回攻め込んで3回とも撃退されてるやんけ。

26 :世界@名無史さん:03/11/25 22:07
>>19
チェン・ダオミンがいい演技してるが、正直物語としては
平板なかんじ。


27 :世界@名無史さん:03/11/25 22:51
>>26 サンクス
ボーナスに余裕あったら買ってみまつ。

28 :世界@名無史さん:03/11/26 03:09
>>18
漏れにとっては魏晋南北朝時代に1回、大モンゴルの成立で1回というところだが。

>>24
モデルになったというのではなく、たまたま似ているという話だと思われ。

29 :世界@名無史さん:03/11/27 01:30
清王朝は現代中国人にとってもの凄く悩ましい存在らしいね。

歴代で最大の領土を誇った王朝、しかし漢民族の王朝ではない・・・

30 :世界@名無史さん:03/11/27 06:51
ある漢人官僚の述懐

「せめて満洲族がその習俗を漢民族に強制せず、
 逆に漢民族風の習俗を取り入れ、一字姓に変えてくれたら
 中華民族の仲間にしたのに・・・」

と言ってただろうなあ

31 :世界@名無史さん:03/11/27 06:54
>>30 いま、「中華諸民族のヒトツ」「中華人民共和国祖国大家庭の一員」っていってるよ。

知らないのか。

32 :世界@名無史さん:03/11/27 07:27
>>31
しかし鄭成功が英雄とされてることを考えれば
やはり敵と思われてることも確かだ。


33 :世界@名無史さん:03/11/28 00:16
中国人の知人に「鄭成功は日中ハーフだよね」と言ったら、
「それは日本人が信じてるウソ! 中国人はダレも知らないよそんなこと」
と一蹴された。

34 :世界@名無史さん:03/11/28 00:51
>>33
日本の教科書にはふつうに書いてるのに向こうじゃ違うのか


35 :世界@名無史さん:03/11/28 00:56
>>34
こないだの映画では島田陽子が母親役やってた。

36 :世界@名無史さん:03/11/28 01:11
台湾の人にとって鄭成功ってどうなんだろ。
やっぱり英雄なのかな。・・・子孫は満清に降伏して
禄を食んだが。

37 :ラーメンマン:03/11/28 01:26
>>1 屈辱の弁髪王朝。
>>18 そのとおり。
「馬掛」に「弁髪おさげ」の、いわゆる「チャンコロスタイル」が定着した時代。
(これによって漢民族は自尊心を大きく傷付けられ、
アイデンティティーの一部が崩壊、大きく変容した。)この時代に漢民族は堕落させられ
 現代中国人の一種投げやりな「没法子(メイファーズ)」精神は、おそらくこの300年間に
 形成〜完成されたのだろう。
>>21 23のとおり、有無をもいわさぬ強制ではなかったが、漢族の衣冠束帯の者は激しく
 差別待遇・冷遇された。
>>30 いや、だからね。。。

38 :世界@名無史さん:03/11/28 01:35
張騫の派遣されたのって西域のどこ?

39 :38:03/11/28 01:52
よくみたら漢じゃなくて清だった
スマソ

40 :世界@名無史さん:03/11/28 01:55
>>38
近代企業家にもいたな。

41 :世界@名無史さん:03/11/28 11:25
結局、清朝が終わってみれば
彼らの話す中国語が漢族のそれ以上に典雅なものという評価によって、
外国人に語学教師として雇われたりしたらしい。
彼らは料理の味を変えた代わりに独自性を失っていった、
いわば中華鍋にごった返す多様な食材へ向けて放り込まれた
調味料だったのかもしれない。


42 :世界@名無史さん:03/11/28 11:34
>>33
中国の捏造歴史教育の実態
南京大虐殺の露骨な捏造写真
 を広めよう

43 :世界@名無史さん:03/11/28 11:51
満州族に就いて

中国料理で満漢全席の功績は大きい。
それでいいじゃない。

44 :世界@名無史さん:03/11/28 14:59
中国の式典の下品なけばけばしい赤。
あれは中国本来の色でなく、満州人が持ち込んだと誰かが
言ってたな。中国家具もある種のものは品があるね。

45 :世界@名無史さん:03/11/28 22:00
清朝最大の功績は、女性の「チーパオ」でしょう。(デブには冗談キツイが。w)

46 :ty270410:03/11/29 00:19
大清帝国は一つの世界帝国でしたね!

47 :世界@名無史さん:03/11/29 05:32
支配した面積ではモンゴルより劣るが
しっかりと安定して広大な領域を支配できたことも考慮すれば
清こそ史上最大最強の大帝国だろう。

モンゴルの支配地域は世界の半分に及ぶが
その広大な領域を一元的に安定して支配できたわけではない。


48 :世界@名無史さん:03/11/29 21:26
テロ朝の溥傑ドラマ、時代考証台詞滅茶苦茶
当然反日!

49 :リバティ ◆dXgNZ2yJ32 :03/11/30 00:43
>>33
わたしが中国旅行したときの現地ガイドも知りませんでした。
>>35
タイトルきぼんぬ。
ところでこのスレに、わたし以外に李自成ファンいますか。

50 :世界@名無史さん:03/11/30 02:19
清王朝の役割は、本来日本がやるべきだった。
それをやれたのは信長だけ。
そして、そのまま軍事上の要衝・満州は日本人の植民地として発展し、
帝国主義時代の対露・ソ防衛の生命線となり、今日へ。
今頃、日本人は人口3億〜4億超ほどの堂々たる超大国。
アメリカ帝国主義の脅威については、最大の戦略物資石油の問題があるが、
満州土着化が進んだ日本人がターチン油田さえ発見できれば、あとは樺太、
尖閣諸島、東シベリア付近の油田を順次、採掘すればいい。

51 :世界@名無史さん:03/11/30 09:44
>>49

李自成に興味はあります。
彼はどうして同胞漢族を被支配民族に
陥れるようなことをしたんでしょうか?
結果論かも知れませんが。




52 :世界@名無史さん:03/11/30 09:46
>>51
その言葉は呉三桂に言え。

53 :世界@名無史さん:03/11/30 11:35
李自成に興味は無いが、李厳には興味がある。
・・・・・・と、ボケてみる。

54 :世界@名無史さん:03/11/30 20:43
そういや阪神のピッチャーにも似たよう名の奴が・・・

55 :世界@名無史さん:03/11/30 21:25
偽満アゲ

56 :世界@名無史さん:03/12/01 03:49
清王朝の末裔は、日本人?

57 :世界@名無史さん:03/12/01 10:15
>>56
要解説。

58 :世界@名無史さん:03/12/01 17:02
>>30
満州族に一文字姓ってないの?

59 :世界@名無史さん:03/12/01 17:41
関連スレ
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1069434044/

60 :世界@名無史さん:03/12/01 18:38
清朝の宮廷では、いつごろから公用語が満州語から北京語に変わったのですか?

61 :世界@名無史さん:03/12/01 23:43
>>60
公用語は最後まで満洲語だよ


62 :世界@名無史さん:03/12/01 23:53
>>57
浩の娘が男子を産んでたら、その子が皇位継承者。

63 :世界@名無史さん:03/12/02 00:13
>>61
じゃあ、溥儀や溥傑は満州語を喋れたの?

>>62
清朝は女系を介した帝位継承を認めていますか?


64 :世界@名無史さん:03/12/02 12:41
>>57
ああ、そういう意味ね。
「末裔」じゃなくて「皇位候補者」という意味だったら、
そうかも。

65 :世界@名無史さん:03/12/02 20:43
西太后・・・。
認めてたのかな?

66 :世界@名無史さん:03/12/02 23:50
今の中国では、孫文と日本との関わりも触れないようにしている。
英雄は日本との関わりなどあってはならない、ということなんだろうな。

67 :世界@名無史さん:03/12/04 05:34
関東軍が強引に認めさせたんじゃない?

68 :世界@名無史さん:03/12/04 05:36
魯迅についても日本人医師の毒殺説が出て来るぐらいだもんな。

69 :世界@名無史さん:03/12/04 05:39
歴史っていうのは、その時点の施政者にとって都合良く
解釈され流布させられるものだからな。
韓国見てるとよくわかる。中国も。
日本もそうかな?

70 :世界@名無史さん:03/12/04 06:34
>>66
中国の歴史教育偏向は、大々的に報じられるべき。

71 :世界@名無史さん:03/12/05 01:39
古森義久『日中再考』より引用

とにかく中国の歴史教育では日本は比類のない悪とされるのだ。中国領土を
占領した相手だから当然だとはしても、似たような行動をとった他の諸国と
くらべても「日本たたき」はケタはずれである。
たとえば一九〇〇年(明治三十三年)の義和団事件についても「中国歴史第三
巻」では北京や天津で外国人を襲う排外的な農民の宗教組織の義和団を鎮圧
しようとした八カ国の連合軍でも日本がとくに侵略軍として非難される。
日本はイギリスなどの懇請で部隊を出し、北京で義和団に囲まれて全滅寸前の
各国外交団を救った。日本軍が規律の正しさでも高い国際的評価を受けたことは
各種の記録に残っている。だが中国側では「北京の税務署などでは日本軍に
みな金庫類を奪われた」(中国歴史第三巻)と、とくに日本を非難するのだ。
日清戦争後の中国はドイツに膠州湾を租借され、ロシアには旅順と大連を
租借され、万里の長城以北と新疆を支配下におさめられていた。フランス
には広州湾を租借され、広東、広西、雲南を勢力圏とされていた。イギリス
には香港、九龍半島、威海衛などを租借されていた。だが中国の歴史教育では
この時代の「侵略」の非難の矢はもっぱら日本に向けられるのである。

↑いったいどっちが歴史を歪めているのやら・・・・



72 :ウナギ:03/12/05 01:58
>>63
 なぜ「じゃあ」以下となるのか意味不明だが、
 清朝では、滅亡にいたるまで、満洲語による公文書の作成が続けられていた。

73 :世界@名無史さん:03/12/05 14:27
>>63 >>72
儒教朱子学を体制イデオロギーとして
明朝から受け継いだ清朝にとっては
満洲人も漢人も「中華」の民でした。
よってどちらの言語とも、
「中国王朝」を自負した清朝にとって
欠かせない公用語だった訳です。
双方の言語をマスターする努力が払われる事が、
満洲人エリートにも漢人エリートにも
少なくとも建前としては常に期待されていました。
ただし清朝がもたらした新しい「中国人」像は、
満洲人自身の漢化と漢人側の伝統的な「夷狄」蔑視とにより、
文化的挑戦を受け続けるものでありましたし、
さらに清末における漢人ナショナリズムの高揚によって、
ひとたび否定される事になりました。

74 :世界@名無史さん:03/12/06 22:21
満洲族こそ中国人の本流。
馬鹿ウヨも漢族ナショナリストも
同じ過ちを犯している。

75 :世界@名無史さん:03/12/07 02:24
清朝を建てたヌルハチとイングランドを征服しノルマン朝を建てた
ノルマンディー公ウィリアムではどちらが偉いだろうか

76 :世界@名無史さん:03/12/07 04:24
で、溥儀や溥傑は満州語を喋れたの?

77 :世界@名無史さん:03/12/07 05:36
>>76
ある番組で溥傑自身が、自分は満州語はしゃべれないが、兄の溥儀は多少しゃべれたとインタビューに答えていたのを
見たことがある。

78 :世界@名無史さん:03/12/07 18:09
そりゃ皇帝なら儀礼として満洲語を喋らねばならないこともあるだろうからね。
儀礼で使う程度の満洲語の教育は受けてるだろう。

満洲語で自由に会話ができるほどの能力は無いと思うが。


79 :世界@名無史さん:03/12/09 14:49
256 :246 :03/11/21 14:51
>>254
すいません、「けなしていた」は言いすぎでした。

以前レポート自由課題で本を選択させたら、何人かが
『蒼穹の昴』を選んできたそうで、
「いまどきの学生は小説なんかをレポートに使いやがって・・・」
「大学のレポートは読書感想文じゃない!」
「そもそもあの小説は研究者から言わせてもらえば・・・」
みたいな感じで怒りがよみがえってきたらしいです。
「小説は小説として、区別しろ! あれはデフォルメされすぎ」
と最後に言ってました。


この小説家って実際の院生・研究者からみてどうですか?

80 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :03/12/09 15:15
>60,72,76,77,78
八旗の档案や公文書は清末まで満洲語で書かれていましたが、清の中頃から漢語との
併用になったり、漢語のみで書かれたものなども出てきています。
手元にある嘉慶帝時代の档案では満洲語部分をモンゴル人の書記に書かせたと記録されて
います。
溥儀氏、溥傑氏については77,78のおっしゃる通りです。
溥儀氏は天を祀る祭事と地を祀る祭事の重要な祭文は徹底的に教え込まれ、ある程度の読み書き
ができるようにはなっていたそうですが、その頃にはすでに生活言語ではなかったはずです。

溥傑氏は"eme"「母」、"ama"「父」、"buda" 「御飯」の3つしか満洲語を知らないと言って
いました。
10年以上前に溥傑氏の講演で直接お会いしたことがありますが、非常に流暢な日本語を使われて
いました。また、書家としても有名で満洲族関係の書籍の題辞をよく書かれていました。


81 :世界@名無史さん:03/12/10 18:08
満州語を母語としていた最後の清朝皇帝は誰ですか?

82 :世界@名無史さん:03/12/10 18:20
>>80
親戚のおっさんが、溥傑氏作という絵画を75万円ぐらいで、中国から買ってきたのですが
これって本物なんですかねえ?
溥傑氏って芸術方面の趣味があったのですか?

83 :世界@名無史さん:03/12/10 19:08
岡田英弘著『康熙帝の手紙』で取り上げていた
康熙帝の書簡は満州語だったっけ?

84 :世界@名無史さん:03/12/10 20:06
そう。康熙帝がモンゴル親征中に皇太子に送った手紙はばりばり満洲語。
どうでもいいが誰か『康熙帝の手紙』をよこせ。
どうにも手に入らん。

85 :世界@名無史さん:03/12/10 22:44
>>80
そんなに満州族の風習に思い入れがあるなら、自分から実践してみれ。
頭のてっぺんまでツルツルに剃りあげて残した後頭部は辮髪お下げにして垂らすと。
勿論、会社通勤にも上着は「馬掛」姿で出社!! wwwww
実は糞カキ人夫であるのがシャレにならず、恥かしがっているチミでも、
弁髪・馬掛の爆笑もののラーメンマン的チャンコロスタイルなら逆に恥かしくないと思われ。

それはそうとこっちのスレにはいつ書き込んでくれるのかな? ん〜? w
ほれ↓ほれ。↓
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1061019644/l50

だからぁ。盛んに吹聴していた例のイスラムに改宗したとかいう(大ボラ)話の経緯とか
書き込んだら、それこそホームランものの大ヒット間違いなしだろ。www
最低カーストのくびきから逃れるためにとか、なんとか。。。なんてなぁ。wwwww
それくらいに「インドの不可触賎民」とほぼ相通じる境遇で、しかも風貌までが
インドの糞カキ人夫で、おまけに性格までもが朝鮮賎民のペクチョンで、なによりも
実は出身がB民で、どこでも寝れる・どこでも食える・何でも食えるという、香港蛋民も
顔負けの、からだの芯からゴキB並みに出来ているチミなら、賎民スレに書き込むネタなら
尽きること無しなんだから。。 ほらほら、2chのみんなが待ってるゾ。wwwwwwwww
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww


86 :世界@名無史さん:03/12/10 22:53
関連スレ
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1069434044/

87 :世界@名無史さん:03/12/11 05:06
>>80>>84
嘉慶帝って康熙帝の曾孫だよね?
わずか3世代の間でそんなに簡単に言語って失われるものなのかな?
しかも、被支配民族ではなく支配民族の言語だよ、満州語は。
エジプトのプトレマイオス朝なんかは、建国から300年近くたったクレオパトラ時代でも、宮廷はギリシャ語オンリーだったっていうのに。

88 :世界@名無史さん:03/12/11 07:06
ギリシア語は支配者にとって全てを表現できる語彙を備えていたが、
満州語は中国を支配するにはあまりにも不足していたはず。

そういえばイングランドを支配したノルマン王家も百年戦争の頃までフランス語だったな。

89 :世界@名無史さん:03/12/12 00:00
>>79
正直、浅田次郎の『蒼穹の昴』で清史を知ろうというのは
素人か学部生。物語としてはすごくおもしろいけどね。
その先生が怒ったのも無理はない。

90 :世界@名無史さん:03/12/12 00:31
>>88
でも、遼、金、元などの過去の征服王朝は、その母語である契丹語、女真語、蒙古語を失っていないよね。

91 :世界@名無史さん:03/12/12 00:34
清朝が倒れた際、中国が立憲君主制になる可能性はあったのか?
皇帝が「国の象徴」になる可能性はあったのか?
しかし漢民族が大多数の国で満州族が象徴では...

92 :世界@名無史さん:03/12/12 01:19
満洲族が北京語を生んだ。
これで満語が黒板上の言語に成り下がった理屈通ると思うんだけど。


93 :世界@名無史さん:03/12/12 01:51
北京の旗人・松キンとその周辺の人物たちは
道光年代になってもバリバリ満洲語をつかいまくってますが、何か。


94 :世界@名無史さん:03/12/12 09:49
>>82
本物か偽物かはさておき、本人がそれを買って幸せだったら
それがものの価値というものです。

95 :世界@名無史さん:03/12/12 12:48
中国人の成り立ちは興味深い。

96 :世界@名無史さん:03/12/13 00:38
1、ヨーロッパ人の来航が明・清に与えた影響を経済と文化の両面から述べなさい。

2、清朝中期に始まった支配体制動揺の理由を人口・土地を中心に述べなさい。


97 :世界@名無史さん:03/12/13 01:43
>>92
入声の消滅傾向は五代十国時代くらいからすでに始まっている。
音節末鼻音の[n]と[m]の区別は元末くらいから曖昧になり始めている。

98 :世界@名無史さん:03/12/13 02:32
嘉慶、道光以降になって都市の駐防旗人が満文を使えなくなっていったそうな

皇帝は外国人と謁見する際は原則満語を使用するのだが、光緒帝が初めて
漢語を使用したらしい。

それとロシアとの条約文はほとんどが満文使用(リバディア条約とイリ条約は満文を使わなかった)

99 :世界@名無史さん:03/12/13 10:38
>>51
李自成は朱元璋同様新王朝を創設する気はあった。
それを反動の呉三桂が裏切った。

100 :世界@名無史さん:03/12/13 11:28
>>99
別に呉三桂は李自成を裏切ったわけではないだろう。
李自成につかずに崇禎帝の敵討ちのため清朝についただけ。

101 :世界@名無史さん:03/12/13 13:05
> 李自成につかずに崇禎帝の敵討ちのため清朝についただけ。

これは単なる大義名分だろうよ。
本当のところは李自成とドルゴンに挟まれたものだから、
どっちについた方が身のためかと計算した結果。

102 :世界@名無史さん:03/12/13 13:39
呉三桂は李自成の部将に奪われた自分の愛人を
取り戻すために清に投降したという話は後世の作り話か。

103 :100:03/12/13 17:28
>101
まあそんなところでしょうね。
きちんと政治機構を整えてある清朝と寄せ集めの流賊集団では勝ち目ははなから決まっているでしょう。

>102
『清史稿』とか各種伝記の呉三桂伝にも載ってる話だけど、呉偉業の「円円曲」から
影響を受けたんでしょうね。実際に呉三桂の愛人が奪われていたにせよ、それが
決定的な理由になったわけではないと思う。

104 :世界@名無史さん:03/12/13 20:57
>>74
私もなんかそんな気がします。
京劇やチャイナ服とか
今イメージする伝統的な中国って
みんな清朝のものだし

105 :世界@名無史さん:03/12/13 21:03
>>37
明朝末の政治腐敗はあまりにもひどかったので
満族の入城はむしろ庶民には歓迎されたとか・・

106 :100:03/12/13 23:53
>>105
入城時は歓迎されたけど、薙髪令が出てから反感を持つようになったらしいです。

107 :世界@名無史さん:03/12/14 02:09
>>104
文学作品のほとんどは明代ではなかろうか?

清朝はなぜ、満州の農業開発をしなかったんだろうか
現在の黒龍江省の発展を見る限り、どうも勿体無く感じる
満州族自身の農業技術はそんなに稚拙だったのか?

108 :世界@名無史さん:03/12/14 02:25
>>107
清朝発祥の地として、いざという時(中国本土で反乱等
があったとき)のために逃げ込んでおけるよう、漢族の立ち入りを禁止。
けど実際は漢人流入が激しかったとか・・・。

109 :世界@名無史さん:03/12/14 03:34
>>108
日本でも神社の裏山は伐採禁止だろ。
それと同じ理由。
祖先を祭る聖地という意味じゃ。

110 :世界@名無史さん:03/12/14 08:56
封禁の地に漢人の浮浪者達が
移入しはじめたのは
体制が崩壊しはじめた清末期から

111 :世界@名無史さん:03/12/14 09:43
真倭は西日本の小島を拠点とした武士団。
彼等がかかげた八幡旗、八幡神は武士の守護神であった。

112 :世界@名無史さん:03/12/14 15:21
>>93
>北京の旗人・松キンとその周辺の人物
彼らは北京官話と満洲語との双方を使いこなす
バイリンガルだったのだろうか?

113 :世界@名無史さん:03/12/14 15:36
>>112
当然バイリンガルでつ

114 :世界@名無史さん:03/12/14 15:37
>>107
なんどか貧窮化した旗人を送り込んでるよ。失敗したけど。

115 :世界@名無史さん:03/12/14 21:31
>>79
>正直、浅田次郎の『蒼穹の昴』で清史を知ろうというのは
>素人か学部生。物語としてはすごくおもしろいけどね。
>その先生が怒ったのも無理はない。

何をいまさら・・・


116 :世界@名無史さん:03/12/15 00:05
>>79さんへ
小説は歴史の事実とはかなりかけ離れているからね〜
耶律楚材も史実ではただのパシリダシ


117 :世界@名無史さん:03/12/15 03:32
>>110
嘉慶・道光年間くらいからでしょ?

118 :世界@名無史さん:03/12/15 11:24
>>116
杉山御大、こんなところで何を…?

119 :世界@名無史さん:03/12/15 19:05
満州にいる漢人は、基本的に山東省出身なんでしょ?

120 :世界@名無史さん:03/12/16 00:52
清朝の皇帝をランク付けすると、
名君:ヌルハチ、ホンタイジ、順治帝、康煕帝、雍正帝、乾隆帝
名君と普通の間:光緒帝
普通:嘉慶帝、道光帝
普通と暗君の間:同治帝
暗君:感豊帝、宣統帝(満州国皇帝)、

こんな漢字かな。

121 :世界@名無史さん:03/12/16 00:55
清朝の黄金時代は
 康熙帝60年
 雍正帝12年
 康熙帝60年の130年あまり

これはフランスの黄金時代
 ルイ14世 70年
 ルイ15世 50年
の120年とかぶるんだよね。

122 :世界@名無史さん:03/12/16 00:56
洪憲皇帝>>>>(越えられない壁)>>>康熙帝、雍正帝
>乾隆帝>>>>その他もろもろ

123 :世界@名無史さん:03/12/16 00:58
中華帝国>(越えられない壁)>>>清王朝>>>その他もろもろ
の王朝>>>現代

124 :世界@名無史さん:03/12/16 01:14
>>120

前も見かけた評価だけど、順治帝って名君なのかな・・?
前半はドルゴンにあしらわれ、後半は漢民族の文化に熱中した
っていうイメージが強い。

125 :世界@名無史さん:03/12/16 01:28
順治帝の本名は、フリン。

126 :世界@名無史さん:03/12/16 01:31
>>125
いやぁん、課長のえっち〜

127 :世界@名無史さん:03/12/16 03:49
フリンの母も不倫。

128 :世界@名無史さん:03/12/16 08:49
ドルゴンって結局ちゃんと葬式行ってもらえたの?
乾隆帝あたりが、名誉回復したとか聞いたことがあるんだが
お墓とかあるんかなあ

129 :世界@名無史さん:03/12/16 19:36
>>127

ふーりんかーさん。

130 :世界@名無史さん:03/12/16 20:22
今の中国では賛美されてる明の時代は
中国の暗黒時代だったという人もいる。

宦官がはびこり、政治が腐敗し、
秘密警察が横行して人民の尊厳がふみにじられ、
飢餓と流民蜂起が頻発し、飢餓のために
人食すらはびこったという。

そんな時、長城を越えてきたのが満蒙八旗軍であった。


131 :世界@名無史さん:03/12/16 20:32
当時、北京、南京でも、儀杖隊が城外まで迎えにいき
城内では文武百官が整列さ、市民は香をたき、
「大清順民」の黄紙をかかげ
満蒙八旗軍を大歓迎したという。
清朝の風俗改良の命令で、進んで弁髪を
たくわえ、旗服を
着用した。

それほど明末の混乱はひどく、八旗は救世主ととらえられたのだった。

132 :世界@名無史さん:03/12/16 20:37
清朝に改良されずに生き残った中国固有の
風俗といえば纏足や宦官など
ろくなものがない。

133 :世界@名無史さん:03/12/16 21:20
>>131
「大順」政権にケンカ売ってるのか?
ダブルミーニング??

134 :世界@名無史さん:03/12/16 22:58
>>131
北京住民が清軍を歓迎したのは李自成が散々好き放題やってたからだろ

135 :世界@名無史さん:03/12/16 23:55
>>130
明末は日本でも評価されてきてるよ。
暗黒時代だなんて一方的な見方はとんでもない。

136 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :03/12/17 00:24
>131
『揚州十日記』などを見ると全てが歓迎していたわけではないと思うが。

>135
明末と言えば、学問的に顧炎武や黄宗羲など大学者のかなり高いレベルの研究
も残っており、後の清代考証学につながっていますね。

137 :世界@名無史さん:03/12/17 00:28
>>128
ドルゴンが死んだ時は皇帝と同等扱いで葬られたけど、
無論、順治帝は生前も良くは思っていなっかたみたいですが、
噂になびいた行動をしてしまったのはその後じゃなかった?

138 :世界@名無史さん:03/12/17 01:57
>>130

岸本美緒を読め

139 :世界@名無史さん:03/12/17 01:59
>>131

漢人が進んで薙髪令を受け入れたっていうソースは?
かなり抵抗してるはずだけど

140 :世界@名無史さん:03/12/17 02:11
ドルゴンって、順治帝と仲悪かったの?

141 :世界@名無史さん:03/12/17 02:53
>140
ないがしろにしてただけさ

142 :世界@名無史さん:03/12/17 14:59
官は従い、民は従わず
男は従い、女は従わず
生者は従い、死者は従わず
  :
  :
あと何だっけ?

143 :(・∀・)ニヤニヤ:03/12/17 22:48

>>142 「生者は従い、死者は従わず」の意味するところは何か知ってまつか?

・・・と訊いてみたり。www

144 :世界@名無史さん:03/12/17 23:18
>>130
明朝は確かに暗黒時代だな。洪武帝の大粛清の後も、
皇帝が変わるたびに、側近の大粛清が行われてたし。

政体は完全皇帝独裁体制にとってたにもかかわらず、暗君だらけ。
政治は側近にすべて丸投げ。
宦官の専横もあったけど、所詮その宦官だって
皇帝の信任の上での専横であって、絶対に皇帝に逆らえない。

暗君の代名詞の万暦帝だって、25年間、朝廷に出ず、
贅沢三昧の生活に明け暮れてたても48年も帝位にいたわけだし。

よくも300年ももったもんだと思うね。

145 :世界@名無史さん:03/12/17 23:25
>>144
もっとちゃんと本を読んで勉強してからおいで。


146 :世界@名無史さん:03/12/17 23:27
王朝の評価だけで暗黒「時代」となるのは納得できませんな

147 :世界@名無史さん:03/12/17 23:37
>>145
チミはどれほど勉強したかしらんがな。
144は結構、的を射とるとおもうな。

チミの勉学知識をこの場で披露してくれたまえよ。

148 :世界@名無史さん:03/12/17 23:43
>>144=>>147っぽいなw



149 :世界@名無史さん:03/12/17 23:45
>>明朝は確かに暗黒時代だな。

今時、こんな一方的な評価下してるの
なんて流石の大陸でもいないと思うよ。

150 :世界@名無史さん:03/12/17 23:58
モンゴル史学者に影響されてるんだよ

151 :世界@名無史さん:03/12/18 00:24
今時、こんな一方的な評価下してるのなんて
流石の大陸にもいないとおもうが、日本にはいる。
「清朝は確かにすばらしいな。
  台湾をくれたし、賠償金くれたし
  朝鮮もくれたし、
  日露戦争も中立守ってくれたし。
  満州の権益は黙認してくれたし、
  軍隊の駐屯もみとめてくれたし」



明朝は
 

152 :世界@名無史さん:03/12/18 01:56
元朝は?

153 :世界@名無史さん:03/12/18 07:34
ゴシックは

154 :世界@名無史さん:03/12/18 09:29
ヒエログリフは?

155 :世界@名無史さん:03/12/18 11:29
ゴシックロリータは?

156 :世界@名無史さん:03/12/18 15:33
前スレは岡田信者とアンチ岡田の壮烈な撃ち合いでしめたが、
今スレは杉山信者とアンチ杉山の密かな鞘当てからはじまった。

157 :世界@名無史さん:03/12/18 21:16
清に抵抗しつづけたのは主に明の御用学者達。
彼等はその学論からして抵抗しないわけにはいかなかった。

たしかに頻発する内乱や対外戦争と
それにともなう重税や徴兵で
庶民にとっては明は厳しい時代であったであろう。

158 :世界@名無史さん:03/12/18 21:21
政治的にも宦官の専横や
秘密警察東廠による人民弾圧で
たしかに一般庶民からすれば暗黒時代でもあった。

159 :世界@名無史さん:03/12/18 21:28
144の意見は決して一方的な評価でなく
明、清の歴代皇帝を並べてみれば
両王朝の評価はおのずとわかるはず。

暗君の多い明に対して
清では暗君と呼ぶほどの悪政を行った
皇帝はほとんどいないと言っていいだろう。

160 :世界@名無史さん:03/12/18 21:33
皇帝ではないが、清には西太后ってのがいるな。

161 :世界@名無史さん:03/12/18 22:31
改革に燃える光緒帝を幽閉しやがったしな。
光緒帝は名君の素質があったのなあ。

162 :世界@名無史さん:03/12/18 22:44
すべての権力が皇帝一人に集中してるのに、
その権力を使いこなせる皇帝がほとんどいなかった
のは明王朝の悲劇。

とはいえ、その皇帝独裁のおかげで
王朝を300年をもたせたのかもしれない。
所詮、宦官も外戚も政治権力を委任されただけで、
皇帝を思いのままにあやつれなかったわけだし。

清王朝は、宦官を政治関与を完全に禁止して
滅亡まえ宦官が表舞台に出ることはなかった。




163 :世界@名無史さん:03/12/18 23:00
乾隆帝は実は漢民族の血をひきで、
祖父にあたる康煕帝がその英明さにほれ込み父のあたる
雍正帝を後継者にしたと呼んだことがあるが・・・

164 : ◆YqSyv9RcjY :03/12/18 23:38
>>157 ヨタちゃんハケーン。

 前スレのアンチヨタは、ヨタ(デタラメ・勘違い・デンパ)に対して
 アンチなだけで、べつに岡田信者でもなんでもないよ。

165 :世界@名無史さん:03/12/19 00:39
清朝についてはくれぐれも慎重に。

166 : ◆YqSyv9RcjY :03/12/19 00:55
>>165 定番のダジャレですな。

167 :世界@名無史さん:03/12/19 01:38
志位委員長

168 :世界@名無史さん:03/12/19 09:48
>>163
乾隆帝の母方が漢民族?

169 :世界@名無史さん:03/12/19 15:17
>>163
雍正帝は、親父の遺言状を改ざんしたんじゃなかったけ?
かなーり信憑性のある説らしいよ。今日の講義で先生が言ってた。
歴史家の間でも定説らしい。

170 :世界@名無史さん:03/12/19 15:36
>>163
はて。
康煕帝は皇太子選びですったもんだを繰り返した末に、臨終の床で雍正帝を指名したんじゃ?
んで雍正帝からは生前には皇太子を指名せず、「正大光明」額に後継者名を隠しといて、
崩御後にそれを開封して初めて後継者が明らかになる、としたんだから、
康煕帝が孫の英明さに云々ということは無かったのでは?

171 :世界@名無史さん:03/12/19 15:54
>>170

康熙帝が狩猟に出かけたとき、同行した孫のひとりが熊かなんかを
あやういところで仕留めて「この子には幸運がついている」とかなんとか
以後目をかけてあげた。それが後の乾隆帝。この孫を皇帝にしたくて、
その父親(康熙帝にとっては息子)の雍正帝を中継ぎで皇帝に。

172 :世界@名無史さん:03/12/19 16:30
あやめさん、出番です。

173 :世界@名無史さん:03/12/19 16:39
前に宮崎市定著『雍正帝』読んだけど、すっかり忘れちまったな。

174 :世界@名無史さん:03/12/19 17:00
ゴールデンレター
このスレを見た人はコピペでもいいので
30分以内に7つのスレへ貼り付けてください。
そうすれば14日後好きな人から告白され、17日後に
あなたに幸せが訪れるでしょう

175 :世界@名無史さん:03/12/19 18:00
>>174はいわゆる「幸福の手紙」という犯罪行為か。

176 :世界@名無史さん:03/12/19 19:48
光緒帝
康有為

による戊戌維新が成功していれば
清朝の崩壊はさらに遅れただろう。

177 :世界@名無史さん:03/12/19 20:45
>>176

鶴の一声じゃ官僚機構は変わらないよ。

178 :世界@名無史さん:03/12/20 05:15
>>169
雍正帝が遺書だが遺言だかを改ざんしたのは流布してる説だけど
定説というわけでもない。だが内外の研究者によれば極めて不自然な
状況で皇帝になったということは確かなようだ。即位を幇助した重臣が
多く殺されているらしい。

179 :世界@名無史さん:03/12/25 18:09
>>130-131
黄文雄厨房かな。
彼は漢族でありながら
漢族が嫌いなだけ。

180 :世界@名無史さん:03/12/25 18:38
満州族は、再び立ち上がる。期待して!

181 :世界@名無史さん:03/12/25 20:36
映像の世紀、清朝末期の映像があったが、辮髪していない男が映っていた。

「辮髪結っていないと死刑」は、清朝を通じて守られていたのか?

182 :世界@名無史さん:03/12/26 19:56
たしか末期の改革で弁髪を辞めようとしていたのがありますよ。

183 :世界@名無史さん:03/12/26 21:25
太平天国=長髪賊

184 :世界@名無史さん:03/12/26 22:27
このあいだ歴史の先生から清王朝の役人は金玉がないって聞きました。
これって本当ですか?本当だったらどうやって取ってたんですか?
昔だから麻酔とかもなさそうだし・・・。

185 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :03/12/27 01:30
>184
それは"宦官"のことです。別に清朝に限らず中国歴代の王朝には必ずと言っていいほど
いましたし、ヨーロッパやアフリカの王朝にも存在していたことがあります。
「宦官」や「去勢」で調べればいくらでも出てきます。

186 :世界@名無史さん:03/12/27 04:01
そもそも弁髪って、満州族にはいつ頃からある習慣なの?

187 :世界@名無史さん:03/12/27 08:17
宦官のことのHP
ttp://www.toride.com/~fengchu/intro3.html

188 :世界@名無史さん:03/12/27 08:19
>>187
結構生々しい文章だな。
つーか蒼天航路の一コマは意味が違うよな。

189 :世界@名無史さん:03/12/27 09:58
総理各国通商事務ガ門について熱く語ってください。

190 :世界@名無史さん:03/12/27 14:53
>>189
総理各国通商事務衙門ね。ちゃんとフォントあるよ。

191 :世界@名無史さん:03/12/27 22:43
http://www.toride.com/~fengchu/intro3.html


192 :世界@名無史さん:03/12/27 23:42
>>186
「満州族には」とか言ってる時点でちとずれてる。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000372/files/4271_6216.html
あたりを基本としたうえで、
http://www2s.biglobe.ne.jp/~xuan-he/benpatu/bebebebenpatu.html
でも読め!

193 :世界@名無史さん:03/12/29 01:26
きも・・・。

194 ::03/12/29 01:27
後清帝國の誕生は近い!

195 :世界@名無史さん:03/12/29 05:14
てか、明朝成立以後の元朝の子孫の王朝は「北元」なんだよね?
だったら、満州国もこれにならって「北清」とかって国号にしておけば、良かったかも。

196 :世界@名無史さん:03/12/29 09:05
「北元」は歴史上区別するための呼称であって自称は「大元」のまま。

197 :世界@名無史さん:03/12/29 09:18
同じく「南明」もあるわな。こっちも国号は「大明」のままだが、区別するためにそう呼ばれている。

198 :世界@名無史さん:03/12/29 09:37
>>195
満洲は具体的にどういう国にするか未定のままなし崩しにできたから。
当時は清朝復活なんて時代錯誤でとんでもないという風潮の方が主流だった。
それで「満洲国」が「満洲帝国」になってからも
国内の非満族(具体的には漢族)や長城以南の中国に配慮して
清とはせず地名の満洲(マンチュリア)のままにしたものと思われ。
もし今まで継続して存在していれば今頃は「大清帝国」にかえよう、という声が出てたかもしれないね。

>>196-197
劉備の蜀も本当は漢。松本零士の漫画で劉備の軍勢の旗に「蜀」と書いてあったのは思いっきり萎えた。


199 :世界@名無史さん:03/12/29 17:21
>198
溥儀以外の人間を擁立していれば
(「帝国」の復活など願わず、「執政」の肩書き供与&身分保障したら喜んで傀儡演じてくれる人)、
今日に至る誤解の種を蒔かずに済んだかもね。
漢族で分離主義的な満洲土着の有力者とか。

200 :ふぃ:03/12/29 18:53
愛新覚羅氏は、朝鮮人ではない。名前に使われた漢字の中に「新」と「羅」が、
あるばかりに、「新羅」と結びつける電波があるようだ。それは捏造ではないのか。
そういう主張をする連中を知っている。彼等の不明を糾すことが、今、求められている。

201 :世界@名無史さん:03/12/29 22:26
>>198
満洲は地名じゃなくて民族名
文殊菩薩に由来する民族の自称

202 :198ではない:03/12/29 23:14
>>201
モンゴルみたいに地名に転化はしなかったのですか。

203 :世界@名無史さん:03/12/29 23:33
一応、中共のいうところの中国東北部を指す広域地名として、「満州」という言葉はかなり一般的だったと思うよ。

204 :世界@名無史さん:03/12/29 23:41
今日書店で明代史のО崎先生の講義録みたいな本を見つけた。
この先生って一体・・・・!?

205 :世界@名無史さん:03/12/30 00:23
総理衙門の話はまだですか?

206 :世界@名無史さん:03/12/30 06:40
還珠格格って実在したの?

207 :世界@名無史さん:03/12/30 08:55
>>198
むしろ満洲国が国号を「清」にしてたら
今の政府は後継者だから全領土を相続するって論理は使えなかったんじゃないか?

今から見ればどうとでも言えるんだがw

208 :世界@名無史さん:03/12/30 08:57
明も元の全領土相続なんてしてないしね。

209 :世界@名無史さん:03/12/30 18:05
>>198
>もし今まで継続して存在していれば今頃は「大清帝国」にかえよう、という声が出てたかもしれないね。
満洲国は結局、1937年に日本語を第一公用語にしたりして、
朝鮮、台湾と違いテンポは緩やかだけど、同化政策を採用したからな。
目標はあくまで友邦国民としてのアイデンティティ育成だけど、日本とは不可分の関係となる。
だから現地人や満洲皇室が満洲国の実権を手に入れない限り、
成立の起源が日本とは無縁な「大清帝国」への国号変更はちと無理がある。


210 :世界@名無史さん:03/12/31 05:06
>>209
公用語は日本語だけ?
満州語は公用語の一つに成らなかったの?

211 :209ではない:03/12/31 08:03
とりあえず紙幣には満洲語が使われていたな。金額表記だけだが。

212 :世界@名無史さん:03/12/31 09:55
満州語はほとんど廃れた言語だったんでしょ?

213 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :03/12/31 13:37
>209
満洲国の紙幣に使われているのは満洲語ではなくモンゴル語。


214 :世界@名無史さん:03/12/31 17:42
女真族の氏姓苗字(?)にはどういうものがあるんでしょうか?
愛新覚羅、完顔、耶律くらいしかわかりません。
冬厨ですみませんが教えてください。

215 :世界@名無史さん:03/12/31 17:58
耶律は契丹人だろ。

216 :院生B:03/12/31 18:30
>>213
 圏点がはいってるんだから、満洲語だろうが。この無知め。

 これだから、マイナー言語をうれしそうにふりかざすヤツはダメだな。

 学部生のうちは、ひたすら漢文の習熟に努力していればいいのだ!
 

217 :世界@名無史さん:03/12/31 18:51
>>216
まだいたのアンタ?


218 :世界@名無史さん:03/12/31 19:20
>>203
「州」じゃなくて「洲」ね。字の意味自体が違うので「州」を使うのは誤りだそうだ。
で、中国で広域地名として認知されて他のかね、じっさいのところ。
欧米からはManchuriaと呼ばれているから、欧米からは認知されていたのだろうけど。
中国人からすれば「満洲」は支配民族の名称に過ぎなかったのではないだろうか?

219 :世界@名無史さん:03/12/31 19:42
>>213
いい加減アカポスをゲットしたら?
万年院生さん。

220 :世界@名無史さん:03/12/31 23:49
>>214-215
それより元朝の帝室の姓はなに?

221 :院生B :03/12/31 23:57
>>220  ボルジギン。
 モンゴル史の基本中の基本中だろうが。

 これだから、マイナー言語をうれしそうにふりかざすヤツはダメだな。

 学部生のうちは、ひたすら漢文の習熟に努力していればいいのだ!

222 :219:04/01/01 00:03
ぐわっ間違えた。
219のレスは院生B宛てです。
自転車小僧さんごめんなさい。

>>221
あいかわらずむかつく。

223 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :04/01/01 00:12
>院生B
満洲国の紙幣にあるのはモンゴル語です。清朝の銀貨には確かに満洲語が刻まれてますが。

224 :世界@名無史さん:04/01/01 02:36
>>217
どうせニセモノでしょw

225 :世界@名無史さん:04/01/01 15:27
満洲じゃなくて滿洲では?

226 :世界@名無史さん:04/01/01 16:08
いっそのことマンジュにするか。

227 :世界@名無史さん:04/01/01 16:19
>>223
清朝に銀貨はなかったと思うが。
銅銭のことかな?

228 :自転車小僧に非ず:04/01/01 16:53
>>227
銀貨はあったよ。
ttp://homepage3.nifty.com/moriokacoin/newpage20.htm

229 :世界@名無史さん:04/01/01 22:35
227>>228

ほんとだ。王朝最末期に鋳造したのかな?
情報感謝。

230 :世界@名無史さん:04/01/02 00:03
光緒・宣統が銭銘になっているから、王朝末期なんだろうね。
穴銭と違って打製だから表面がツルツルだね。


231 :世界@名無史さん:04/01/02 00:12
乾隆帝が、グルカ戦争のあと、チベットに流通していたネパール銀貨を駆逐するために
インド・ネパール系の銀貨を鋳造している。

232 :世界@名無史さん:04/01/03 02:43
初歩的な質問ですまんが、清朝の納税って現物と銅銭でするんだっけ?

233 :世界@名無史さん:04/01/03 04:02
宣統帝ってなんで謚号がないの?
哀帝でも献帝でもなんでもいいから、付ければいいのに。

234 :世界@名無史さん:04/01/03 11:21
>>233
付けるべき王朝が存在しないからです。民国も共和国も「王朝」ではありませんから

235 :世界@名無史さん:04/01/03 20:31
そもそも廃帝には謚号を付けないのでは?
それに宣統帝は庶人として亡くなったのでは?

236 :世界@名無史さん:04/01/04 09:07
流れを中断するようで悪いけど、清朝草創期にドルゴンとともに順治帝を支えた
鄭献親王ジルガランの評価ってどうなんでしょうか?


237 :世界@名無史さん:04/01/04 12:08
知るからん。

238 :あやめ:04/01/04 15:27
てゆうか謚号という封建遺制を維持しようというモチベーションが消失して
しまったからでしょう。
宣統帝は退位後に世間では「遜帝」などと呼んでいましたが、未崩の君なので
通称に過ぎません。それでも彼がおとなしく晩節を全っとうしていれば、或は
中華民國でも前代の天子に対する相応の礼を尽す意味で、然るべき謚号を撰び
上まつった可能性はあります。李氏朝鮮の高宗や純宗の廟号はたしか大韓民国
光復後に追上したもののように思います。
しかし溥儀が「偽満洲帝國」の皇帝になった時点で民国を裏切った漢奸とされ、
戦後も汚名は払拭されないまま庶民として死去したので、人民共和国では勿論
民國でも彼に対して贈謚しようなんて発議ははなから出なかったわけです。
「末代皇帝」という俗称は単に清朝の最後の君主という意味ばかりではなく、
始皇帝を初代とする「皇帝」の最終の人物というニュアンスが篭められています。

239 :世界@名無史さん:04/01/04 15:40
お、久しぶりにあやめさん見かけた。

240 :世界@名無史さん:04/01/04 17:13
謚号のない皇帝といえば他には南宋の趙えい(第九代皇帝)とかもいるな。
モンゴル族は南宋のことを「前王朝」とは認識していなかったのかな?

241 :世界@名無史さん:04/01/04 17:29
モンゴル人相手に道理を説くなよ。

242 :世界@名無史さん:04/01/04 17:59
アイゴー

243 :世界@名無史さん:04/01/04 20:24
>>241
ワラタ

244 :世界@名無史さん:04/01/04 21:09
>>241
朝青龍が先代高砂親方の葬式を無断欠席したのも、
人を葬らないモンゴル風の倫理だったのかね?

245 :世界@名無史さん:04/01/04 22:04
>>236
濟爾哈朗は入関後はぱっとしなかったから、別に評価はされてないんじゃない?
多爾袞死後の阿濟格粛清には一役買ったけど。

246 :世界@名無史さん:04/01/04 22:26
ジルガランにしても、あと康熙帝の取り巻きとかベイレとかその辺り
詳しい人いないのよ。ほんとにいないんだから。

247 :世界@名無史さん:04/01/05 20:14
満州人名は片仮名を併記してくれ。
わけわからん。

248 :世界@名無史さん:04/01/05 22:35
濟爾哈朗=ジルガラン
多爾袞=ドルゴン
阿濟格=アジゲ

249 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :04/01/05 23:28
亀だが、神田信夫先生が昨年12月30日に82歳で肺炎のために亡くなられた。
ご冥福を祈りたい。

250 :世界@名無史さん:04/01/06 00:22
>>249
それは知らなかった・・・
卒論で神田先生の論文にかなりの部分依拠したのにな・・・
ご冥福をお祈りします。

251 :もう帰らない…:04/01/06 21:36
ドルゴンとかジルガランとか、
まるで怪獣の名前みたいでカッコいいよな、
なんて思ってた厨房時代の夏休み。

252 :世界@名無史さん:04/01/06 22:04
アジゲとかアバタイとかマングルタイとかホーゲとかもね

253 :世界@名無史さん:04/01/07 00:22
清とビルマの戦争について語りましょう。
清はビルマに完敗したのに、教科書では侵略は成功し属国化した。なんて表現がされてるね。

254 :世界@名無史さん:04/01/08 01:48
19世紀以降の清王朝の衰退には『美』
のようなものを感じる。「幽遊白書」で
戸愚呂兄にしだいに体を乗っ取られていく
グルメのようだ。

255 :世界@名無史さん:04/01/09 02:23
>>254
清の衰退のどこに美があるんだ?
中国王朝でもっとも醜い衰退をだった。ラストエンペラーのせいかな。
むしろ衰退に美を感じるのは南宋や明のほうだな。

256 :世界@名無史さん:04/01/09 05:25
きれいはきたない
きたないはきれい

・・・・・・ってことで

257 :ウーミンチー ◆3/K9FjemwM :04/01/09 11:53
> 中国王朝でもっとも醜い衰退をだった。

明とか、六朝の宋のほうがもっと醜いよ。

258 :世界@名無史さん:04/01/09 13:07
まあ、清は最盛期がすごかっただけに衰退ぶりはひどく見えるな。
明なんか最初から醜いだろ。w

259 :食人スレからコピペ:04/01/09 17:41

清の順治9(1652)年、南に逃げた明の残兵が新会の県城を包囲し、
場内が飢餓に見舞われた際、清の官軍は住民を殺して食糧に当てた。
ある将軍が老婆を食べるために殺そうとしたところが、莫という婦人が老婆の
命乞いをした。将軍は老婆を解放し、かわりに莫婦人を煮て食べた。
李婦人は夫を兵士に連れ去られた。婦人が泣いて懇願することには
「夫にはまだ子供がありません。このままでは血筋が絶えてしまいます。かわりに
私を食べて下さい。」
兵士は李婦人を煮て食べ、骨をその夫に与えて埋葬させた。
またある時、周辺数百人の農民が保護を求めて城内へ立ち入ろうとした。
県令は許さなかったが、例の将軍は「城内に入れろ!いざというときは我々の
十日分の食糧となる。」と、彼らを城内に避難させた。
城は八ヶ月に渡って包囲され、一万人もの住人が清の官軍に食べられた。
戦乱が収まった後、将軍が道を歩いていると一人の男が彼を跪いて拝んだ。
訝しがって訊ねる将軍に彼は答えた。
「私の両親も妻も皆あなた様の腹の中で眠っております。彼らには墓がありませぬ
もうじき寒水節だというのにあなた様の腹を拝まなければ他の何を拝めば
良いのでありましょうか」
さすがに将軍は恥じ、逃げるようにその場を去ったという。


満州族にも食人の習慣があったのか?
それとも清に帰順した漢民族が人を食ったのか?


260 :世界@名無史さん:04/01/09 20:11
我々中国人は、人間を食べたりなんかしない。
異論がある香具師は、食ってやる。

261 :世界@名無史さん:04/01/10 13:29
>>259
出典はなに?お前の妄想?

262 :世界@名無史さん:04/01/10 15:29
>>217
 > どうせニセモノでしょw

いいえ。「院生B」は、もともと「★☆ 清 朝 ☆★ 」スレの309により、

 ・知識を振りかざして後輩を罵倒
 ・カンブンの習得を絶対視し、非漢語のアジア言語の習得の意義を矮小化

などによって後輩をスポイルすることを好む人物として設定されたキャラク
ターです。

上記の設定にしたがって発言すれば、あなたもホンモノの「院生B」です!!!

263 :世界@名無史さん:04/01/10 18:05
関西の図書館で、「清史稿」(漢字間違えてたらスマソ)を閲覧できる所は
あるのでしょうか?よろしければご教授ください<(..)>

264 :高校生:04/01/10 18:39
今日映画のラストエンペラーを見たら途中で寝てしまったが
やっぱり中国を一語でかたるとしたら「宦官」だなと思った

265 :世界@名無史さん:04/01/10 18:46
>>263
京大の文学部の図書閲覧室には入口を入って左手奥に『史記』、『漢書』から
『明史』、『清史稿』まで揃えた本棚があったな。
閲覧室までなら書庫と違って出入り自由だから、部外者でも
京大生のフリして入って見てきても怪しまれないだろうなw
コピーをするとなると事前に身分照会やなんやらの手続きが必要だけど。

266 :263:04/01/10 18:57
>>265
ありがとうございました。
大阪市大レベルの図書館じゃ置いてないでしょうね・・・

267 :世界@名無史さん:04/01/10 19:07
259の話のソースは、徳間書店「酷刑」だそうだ

268 :世界@名無史さん:04/01/10 21:51
列強が中国進出したとき、清朝だから中国は半植民地ですんだ。
もし明朝末期の用な状態だったら完全に植民地にされてた
ような気がする。

269 :世界@名無史さん:04/01/10 23:11
清朝だからってのは関係あるのかな
列強各国の利害関係だけでそうなったって気がしますが・・・

十全老人萎えsage

270 :世界@名無史さん:04/01/11 00:54
>>263
滋賀県は、湖南省と姉妹自治体の提携をしており、滋賀県立図書館の「湖南省
文庫」のなかに清史稿が入っているよ。瀬田駅から直通バスで20分。

京大から、今出川通を東にむかって移動、白川通との交差点のひとつ手前。紺
屋のところで右折し、最初の角をさらに右折、今手川通の一つ南の筋を、こん
どは京大方向にむかって進むと、左手に「朋友書店」という中国書籍点がある。

 そこへいくと、清史稿の中華書局版が、9000程度で買えるよ。

271 :263:04/01/11 01:42
>>270
貴重な情報ありがとうございます!
誠に厚く御礼申しあげます<(__)>

272 :世界@名無史さん:04/01/11 16:57
>>270
 滋賀県立図書館の蔵書検索で調べたが、正史でひっかかったのは史記くらいだぞ。
 所蔵しているけど未登録、ということもあるから所蔵の有無は不明だが、263は
 電話して確認してから行くように。

273 :世界@名無史さん:04/01/11 21:56
>>262
>>設定されたキャラクターです。

ライバル役の院生Cが自作自演していたことも多かったがなw


274 :世界@名無史さん:04/01/11 22:23
>>273
 院生Cもキャラ。

275 :世界@名無史さん:04/01/11 22:27
>>274
漏れは院生Bと院生Cをそれぞれ一回やったぞ(w
ちなみに>>216とかの一行空けの香具師は漏れじゃない。

276 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :04/01/12 00:59
>263
『清史稿』ならネット上でも読めるよ。ただし、校正がしっかりしていないのと外字処理
に難点があるところが多いんであくまでも参考でしかないけど。

熾天使書城(GB)
ttp://www.angelibrary.com/oldies/qsg/index.htm
亦凡書庫(GB)
ttp://www.shuku.net:8080/novels/history/qsgskym/qsg.html
百万書庫(GB)
ttp://www.millionbook.com/lszl/k/keshaomin/qsg/index.html
逸海書城(GB)
ttp://www.easysea.com/lishi/kesm-qingsg/index.htm

下の2つは校正が割合しっかりしている。
中央研究院 漢籍電子文献 瀚典(BIG5)
ttp://www.sinica.edu.tw/ftms-bin/ftmsw3
国学網站(GB)
ttp://www.guoxue.com/shibu/24shi/qingshigao/qsgml.htm

277 :世界@名無史さん:04/01/12 01:52
【海南】跪いて謝罪する「東条英機像」を製作(写真)
ttp://www.people.ne.jp/2004/01/10/jp20040110_35732.html

海南省のあるホテルに8日午前、日本のA級戦犯である東条英機が中国の人々に
跪いて謝罪する彫刻が登場し、市民の注目を集めている。

彫刻は、ホテル側が「現代の若者が歴史を忘れず、中華民族の再興という使命を
担っていくように」との願いを込めて特注したものという。(編集UM) 

「人民網日本語版」2004年1月10日


278 :世界@名無史さん:04/01/12 16:21
【河北】跪いて謝罪する「毛沢東像」を製作(写真)
ttp://www.people.ne.jp/2014/01/10/jp20140110_35732.html

河北省のあるホテルに8日午前、「大躍進」「文化大革命」等の失政
により3000万人の中国人民を餓死・迫害死においこんだ最高責任者であ
る毛沢東が中国の人々に跪いて謝罪する彫刻が登場し、市民の注目を集
めている。

彫刻は、ホテル側が「現代の若者が歴史を忘れず、中華民族の再興という
使命を担っていくように」との願いを込めて特注したものという。(編集UM) 

「人民網日本語版」2014年1月10日

279 :世界@名無史さん:04/01/12 20:32
明の皇族がフリン様に土下座する像キボンヌ

280 :世界@名無史さん:04/01/12 22:20
       ○
     /ヾ|>
_| ̄|○ .<

      ↑
    順治帝 

281 :世界@名無史さん:04/01/13 00:16
そういや明日までに清朝時代のレポートださにゃ。

いちおータイトルは「朝鮮と女真と明朝」

282 :世界@名無史さん:04/01/13 01:10
>>281
随分と厨な課題だな・・・。

283 :世界@名無史さん:04/01/13 01:13
松浦某教授の専門分野か。

284 :世界@名無史さん:04/01/13 01:15


285 :世界@名無史さん:04/01/13 01:32
ヘ:::::::::;;: -‐''''""( )1
 ゙、::::::::-‐''""" ̄"'i
  :V;;||:::: '~ニ=ッ, r='|
  i!f !:::::      ゙、i
  i!ゝ!::::     ‐/リ
  i::/:、 :::、  /''ii'V
  ̄ハ:::::\ "''il|バ''
 ショカツリョウ
 諸葛亮 曰く
 「284の身元がばれました」


286 :世界@名無史さん :04/01/16 08:46
やはり中国が一番良かったのは、眠っている間に勝手に皇帝にされた
酒好きのおっちゃんが作った時代だな。

287 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :04/01/16 09:15
>286
あ、宋。

288 :世界@名無史さん:04/01/16 17:03
       ○
     /ヾ|>
_| ̄|○ .<

      ↑
↑    ドルゴン 
順ちてい

289 :世界@名無史さん:04/01/16 18:04
>>287
変な駄ジャレを書くな。

290 :世界@名無史さん:04/01/19 11:26
       ○
     /ヾ|>
_| ̄|○ .<

      ↑
↑    オーバイ 
康熙帝


291 :世界@名無史さん:04/01/20 00:38
       ○
     /ヾ|>
_| ̄|○ .<

      ↑
↑    雍正帝 
明菜


292 :例の170 ◆vBOFA0jTOg :04/01/20 00:55
             .   ・ .ヽ○ノ
       ー○    . ,. _ノ
        ノヽ-=つ  ’'   (
         〈         ↑
         ↑      ヌルハチ
       遠嵩煥

293 :世界@名無史さん:04/01/22 03:17
http://www.people.ne.jp/2004/01/10/jp20040110_35732.html


294 :世界@名無史さん:04/01/22 12:50
       ○
     /ヾ|>
_| ̄|○ .<

      ↑
↑    和坤 
乾隆帝


295 :世界@名無史さん:04/01/22 13:26
雍正帝て、兄弟を投獄した挙句、犬とか豚て命名した人非人。

今も中国では、袁世凱の生家は公衆便所にされ、汪兆銘の像は唾を吐きかけるためにある。

罪人東条英機の像が、海南島のホテルにできたぞ。
大日本帝国軍旗を踏ますホテルだ。

296 :世界@名無史さん:04/01/22 13:27
犬や豚に人糞食わす国だぞ、中国は。

297 :世界@名無史さん:04/01/22 13:31
>>293

俺としては、東条英機より岸信介の像の方が面白いな。

298 :世界@名無史さん:04/01/22 13:32
裕仁に人糞ぶっ掛けようとしたオランダ人よりは考えているよな。

299 :世界@名無史さん:04/01/22 13:34
西太后の悪行てどこまで本当だったんだ?


300 :世界@名無史さん:04/01/22 13:40
しかし、一寸切りや皮剥ぎの刑は恐ろしいや。
禁書もね。

301 :世界@名無史さん:04/01/22 13:50
太平天国の最期に起きた事件が、元祖南京大虐殺です。

三光も、蒋介石に呼ばれたドイツのゼークト将軍指揮下の国民党軍が、
共産党側と目される地域で行いました。

302 :世界@名無史さん:04/01/22 13:51
墓を暴き、屍を鞭打つ。


303 :世界@名無史さん:04/01/22 20:09
>>291

雍正帝だけふんぞりかえってるのにワラタ

304 :世界@名無史さん:04/01/23 13:09
>>303
なぜ雍正帝が中森明菜をいじめているのかが分からないのですが・・・

305 :世界@名無史さん:04/01/23 13:32
             .   ・ .ヽ○ノ
       ー○    . ,. _ノ
        ノヽ-=つ  ’'   (
         〈         ↑
         ↑      例の170
    世界@名無史さん

306 :世界@名無史さん:04/01/24 16:19
中国ほど紀元前から食人をしていた国はない。
「喫人」という言葉さえあるからな。
飢えれば子供を交換して食べたほどだし、子路や韓信も処刑後その死体は
塩辛にされたと史記にちゃんと書いてある。

307 :世界@名無史さん:04/01/25 16:50
長崎のランタン祭ってなんですか?
この前ダイエーホークスの一選手が清朝皇帝の格好して皇帝パレードし
たみたいだけど。

308 :世界@名無史さん:04/01/26 14:19
>>306
日本でも首は塩漬けにするよ。

309 :世界@名無史さん:04/01/26 14:30
>>308
でも食ったわけでない。
子路や韓信の肉は細かく切られて配られた。
あと、地中海地方では首はオリーブ油付けにするね。

310 :世界@名無史さん:04/01/26 15:14
>>308
あくまでも首実検のため。終われば敵といえども返すか丁重に葬る。

311 :世界@名無史さん:04/01/27 19:47
>>310
飼い犬のエサにするのでは?

312 :世界@名無史さん:04/01/27 22:01
>>311
極めてありえない。
漏れが昔住んでいた宮城県仙台市に「蒙古の碑」というのがあった。
元寇で戦死した蒙古兵の首を弔ったもの。外国人でさえこうだから。
飼い犬のエサなんてのは大陸の発想だな。

313 :世界@名無史さん:04/01/27 22:56
>>312
仙台に「蒙古」?と思ってぐぐって見たけど
蒙古襲来とは関係なしって説もあるようですね・・・

清朝関係なしsage。

314 :世界@名無史さん:04/01/28 00:56
>>301
日本が最大規模で実行してしまったのは、
ちょっとやばかった。
皇軍が「人民解放軍」に成り損ねたのが残念。

315 :世界@名無史さん:04/01/28 02:00
>>304
雍正帝が自分の兄弟にアキナ、サスヘ(満州語で犬、豚)
という名前をつけて幽閉したから。
当て字でアキナ→明菜。

316 :世界@名無史さん:04/01/28 08:27
>>314 あんたの妄想の規模には及ばないけどな。

317 :世界@名無史さん:04/01/28 19:53
光=○○し尽くす
という使い方は、中国人は普通に使うらしいが、
日本人だと、カナーリ漢文に詳しい人以外は「(´д`)ハァ?」な用法。

318 :世界@名無史さん:04/01/28 22:10
つーか、漢文でも使う?「光=○○し尽くす」中国の俗語じゃないの?

319 :世界@名無史さん:04/01/30 00:29
304>>315
さんきう。中森明菜は中森ブタなのか。

320 :世界@名無史さん:04/01/30 02:18
>>317
いまよりずっとずっとそういう漢文に詳しい人が多かったことも事実。
小学校国語で『論語』読んでたくらいだし(ヘタしたら暗誦)。
今の小学生が少しでも論語の言葉そらで知ってたら賞賛するけど。

321 :世界@名無史さん:04/01/30 05:33
>>317
ようするに敵対陣営の戦術を批判して、
中国人が作った言葉。
日本人は原爆の残虐さと恐怖とを
「ピカドン」なる新語を作った。

322 :世界@名無史さん:04/01/30 05:35
誤記
>日本人は原爆の残虐さと恐怖とを
訂正
>日本人は原爆の残虐さと、それへの恐怖とを込めて


323 :世界@名無史さん:04/01/30 06:31
>ようするに敵対陣営の戦術を批判して、中国人が作った言葉。
ようするに自分らがやってるんだから「野蛮な」敵対陣営もやってるはず、と、
中国人が作った言葉。


324 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

325 :世界@名無史さん:04/01/30 08:31
おれさまは帝国陸軍を愛するがゆえ、
自分の地位と名誉と生命を守るため、
忠臣の東条英機をはじめとした
忠勇なる陸軍の将官たちを切り捨てた裕仁を憎む。
愛国者ながら日本に妥協した汪兆銘と異なり
蒋介石は何はともあれ祖国を勝利に導いたが、
裕仁はたんに破滅へ導いたのだから、
蒋介石と比べてもさらにレベルが下だ。

「陸軍独裁」なんて裕仁や自分たちの首を守るため、
海軍やら宮中の重臣たちがでっち上げた
フィクションに過ぎない。
裕仁という薄汚い偽善者の爺いには、
死んでも靖国で英霊と相対する勇気などあるはずもなかろうから、
裕仁が靖国へ参拝しなくなったことを嘆く人に組する気にはなれない。



278 :世界@名無史さん :03/05/26 09:25

326 :世界@名無史さん:04/01/30 23:14
>>323
で、やっちゃったんだから仕方がないよ。
ゼークト将軍のようなドイツ軍人にこそ、
日本軍人の理想像があったのだし。

327 :世界@名無史さん:04/01/30 23:56
生き埋めなんて中国人以外は誰もやらんよ。
日本軍兵士が三十万人なで斬りしたって話なら納得するがなw
(信用はせんが。)

で、何のスレだ?

328 :世界@名無史さん:04/01/31 23:25
>生き埋めなんて中国人以外は誰もやらんよ。
三光作戦とは生き埋め作戦のことじゃないが。
もちろん誇張されている面もあるだろうけど。
中国語だから、どうのこうの、のお馬鹿な理屈をこねる人は
原爆を否定する人ですかね?
スレ違いだからサゲとくけど。

329 :世界@名無史さん:04/02/01 04:14
最近世界史板も少々荒れてるねえ。
まっ、スレ違いに反応してしまう漏れも厨房。

三光は確かに中国側呼称だよ。
日本側では燼滅作戦などと呼んでいた。
華北のほうで共産ゲリラ狩りを名目に苛烈な村落襲撃をやってたんだな。
実態としては殺しまくり、焼きまくりだから中国語だからなんつうのは言葉遊びにしかならんよ。

330 :世界@名無史さん:04/02/01 05:17
上の話題と関係ないけど、清史関係の一般書で
書店で入手できるのって、他の時代に比べて少なくないか?


331 :世界@名無史さん:04/02/01 17:49
>>330
辛亥革命とかを含めれば唐宋元明よりは多いと思うが
史記三国志にくらべりゃどの時代も似たり寄ったりだと思う

332 :世界@名無史さん:04/02/01 17:54
まず何よりも「清史」が(ry

333 :世界@名無史さん:04/02/01 20:15
共に同じく漢人の大官僚であっても
雍正帝&乾隆帝とに仕えた張廷玉(すぐにピンとくる人とサシで語り合いたいものだ)
西太后の下で淮軍首領として政治資本を蓄積した李鴻章とでは、
勢力に雲泥の差があると表現して過言ではないのだろうか?


334 :世界@名無史さん:04/02/02 02:16
>>333
何が言いたいの?政治資本?
張廷玉の名前くらいこのスレの住人なら知ってんだろ

335 :世界@名無史さん:04/02/02 03:17
>>329
ゲリラの戦力、兵器、拠点をゼロ化する基本的な戦術だよな。
日本軍だって馬鹿じゃないから当然やっていた。
「日本軍はそんな残虐なことをしなかった!」なんてことを主張する奴がたまにいるが、
それって「日本軍はゲリラを野放しするような馬鹿だった!」と言うようなもんだと気付け。

336 :世界@名無史さん:04/02/02 04:06
>>335
そ。対ゲリラ戦ではどの国でもやってるね。悲しいことに、それしか有効な手段が
ないから。

ヴェトナムではアメリカ軍が表立ってやるのはなんだったので主に韓国軍がやって
たし、チェチェンではロシア軍がプーチンの元で徹底的にやってた。

337 :世界@名無史さん:04/02/02 05:16
おいおい簡単に肯定すんなよ。

そもそも西欧式の戦法はゲリラ戦には通用しないってとこから
逆ギレ的なDQN軍事行動だろ。

ベトナムも勧告軍もチェチェンも褒められた前例じゃないが。


338 :世界@名無史さん:04/02/02 06:17
対ゲリラ向けの殲滅戦を肯定はしてないけど、現実は認めないと。
相手に殲滅戦をさせることもゲリラ戦の目的となっているんだし。

1. 現地の傀儡政権の警察力で摘発
2. それが手に負えなくなると、正規軍を投入してゲリラと対峙
3. 泥沼化してゲリラの拠点と思わしき村落を殲滅

んで、殲滅戦でもゲリラが生き残り、国内で相手国への敵意を増し、
さらに相手国の国内世論や国際世論にうったえかけることができれば大成功。
これが中国やヴェトナム。

そのまま殲滅されちゃうと、失敗。これがチェチェン。


339 :世界@名無史さん:04/02/02 07:12
>>336
少なくとも中共の場合は相手に殲滅戦やらせる目的じゃなくて、
40年百団大戦で共産軍により手痛い打撃を被った日本軍が、
華北農村地帯に根拠地を築いた共産ゲリラの根絶を狙い、
今度は共産側がひどい目に遭わされた類のもの。
南京戦と違い、中立国の人間の目が行き届かない「闇の戦い」だった。
しかし終戦前に中途半端なところで手を引いてしまったため、
結果的に後から毛沢東が感謝したように、
「悪役」「反面教師」としての立場から、
一息ついた共産党の政治統合力増大へと貢献した側面もある。
いわば占領したソ連領土におけるナチス軍のパルチザン掃討に相当するもの。

日本側が華北で実施した敵対地区無人化構想は、
ベトナムでの米軍による戦略村構想に引き継がれたが、
悲しいかな、ってか、
日本側はアフターケアができなかった(物資が足らなかったのと、チャンコロに施す熱意薄いのと)ので、
あるいはそれが暗黙の目的だった(共産ゲリラの潜る「人民の海」を徹底的に干し上げる)かで
大量の餓死者とか凍死者とか流浪者とかを出したのが、
「三光作戦」呼ばわりされる羽目となった(あるいは光栄か)。
ただ惜しいかな、せっかく上に記したとおり
「未治安地区」の人口を急減させたのに、
(概説書に統計数値が出てたと思う。見つけたらレスする)
44年の華中、華南で大陸打通作戦やるためだったかな、
貴重な農村駐屯の兵力を抽出し、
そのおかげで後から戦略的成果が無に帰してしまったのだ。




340 :339:04/02/02 07:23
まあ中共としては蒋介石政府軍こそを
日本軍が徹底的に叩いて欲しかったのだが、
もし日本が蒋介石政権と軍事対決しつつ
中共の天下とりの可能性を
日中戦争期間中、終始一貫して認識していたらね。
当時の日本の為政者の発想からして、
はじめから最後まで「三光作戦」を徹底して遂行し、
日支共通の敵たる「共匪」どもを殲滅か衰弱せしめたかもしれない。
そして後から蒋介石総統に心中ひそかに感謝された可能性も捨てきれない。

まあ大東亜戦争に敗北したから、ここまで責められているのだが。

341 :世界@名無史さん:04/02/02 19:19
>>333
勢力なら李鴻章の方が上じゃないの?
雍正帝の下でそんなことできそうにないもの・・・

っつーかオマイラ清朝について語る気なんか微塵もないんだなw

342 :世界@名無史さん:04/02/02 23:31
強引に清朝の話に戻すと・・・
光緒帝の変法運動が成功していたら・・・
袁世凱が寝返りをしなければ・・・

立憲君主国家となって、中共勢力が大きな力を持つ根を摘むことが
できただろうか・・・?

343 :世界@名無史さん:04/02/02 23:40
巧妙に「三光」や「中国共産党の栄光」を刷り込ませる遣り方か・・・

344 :世界@名無史さん:04/02/02 23:46
日本軍が占領してはじめて治安が安定した地域の方が圧倒的に多い。
そんな地域や都市が日本軍の撤退と同時に共産党一色になったのは、
日本軍占領以前の軍閥国民党コンプレックス支配を嫌ったからだよ。
つまり日本に協力していた人達が丸ごと共産党に寝返ったから、
国民党は日中戦争後に再開された国共内戦で簡単に放逐されてしまった。

345 :世界@名無史さん:04/02/02 23:49
本来なら国民党の牙城だった華中華南の沿岸地域も、
ことごとくが地域の人の繋がりごと共産党に寝返った。
何故なら彼等の首領である陳公博などが無情にも処刑されたりしたから。
まず日本軍占領以前の無法状態には戻したくなかった。
次に自分たちが裏切者として処断される事を怖れたからだ。

346 :世界@名無史さん:04/02/02 23:57
中国人は勝った方を賞賛し、負けた方を徹底的に貶めた。
南京が問題になるのも、ここが南京国民党政府の首都だったからだ。
中国には蒋介石の重慶国民党政府と、王兆銘の南京国民党政府と、
確かに二つの政府が存在していた。
前者は巧みに自分たちの存在をアピールし、
後者は自分たちの存在を貶めてしまった。
だから今でも中国では蒋介石の墓は整備されているが、
王兆銘の墓は爆破されて跡形もない。

347 :世界@名無史さん:04/02/03 00:00
イギリスはこうした歴史的経過を、
中国人にアジア政策を任せてしまったがために、
事実として直視できなかったが故に戦後のアジア地域で大失敗をする。

348 :世界@名無史さん:04/02/03 14:43
国共内戦スレに行けよ〜。
そんなのあるのか知らないけどさー。
ここは辮髪マニアの集う場所だろぅ・・

349 :世界@名無史さん:04/02/05 13:18
>>343-347
ソースは黄文雄系バカは
スレ違いでキチガイ。

350 :世界@名無史さん:04/02/05 19:11
清朝で対ゲリラ殲滅戦というと四川か…

351 :世界@名無史さん:04/02/06 05:48
いままでよく明とか宋とか漢のスレ覗いてきたけど、清関係のが
一番レベル低いぞ。やっぱり異民族系統の王朝に関心を持つやつらは
ダメヤンですか?

352 :世界@名無史さん:04/02/07 03:05
ヒサビサにイイ(・∀・)煽り!

353 :世界@名無史さん:04/02/07 04:16
院生B? 修論は提出し終ったの?

354 :世界@名無史さん:04/02/07 06:11
ダメヤンってなに。
ダメヤン・ハーン?

355 :世界@名無史さん:04/02/07 08:10
ダメヤン・ハーン!切り返しも(・∀・)イイヨー

356 :世界@名無史さん:04/02/07 08:56
近現代ネタも院生ネタもいらん。

辮髪を熱く語れ!

357 :世界@名無史さん:04/02/08 23:49
清が漢民族に辮髪押し付けたのは愚挙だな。

358 :世界@名無史さん:04/02/09 00:22
ラーメンマン

359 :世界@名無史さん:04/02/09 00:59
でも、清が漢民族にチャイナドレスを押しつけたのは賢明だよな。

360 :世界@名無史さん:04/02/09 10:27
それによって、ゆったりした着物文化が無くなったのだぞ!

361 :世界@名無史さん:04/02/09 10:54
>>359
「男は従い、女は従わず」の祖法で強制はできないんじゃないの?

362 :世界@名無史さん:04/02/09 12:55
旗袍(チャイナドレス)は清朝旗人の家の女性の衣服で、
清の時代には一般の漢族が着用する事は禁じられていたはずだが。

363 :世界@名無史さん:04/02/09 19:22
日本が開国して間もない頃の話。
東南アジアのとある国に貨物船が着き、総髪でゆったりとした服を着たアジア人が船から下りてくると、その土地の華僑たちが「華は漢人の国に戻ったのか?」と歓喜の色を見せながら近寄ってきたとか。
相手が日本人だと知ると、ショボーンとしながらトボトボと帰っていったというのもあったが。

男は胡服系だったの?

364 :世界@名無史さん:04/02/09 19:27
というか満洲人はズボンはいてたはず。
足を露出するのは漢人のアレンジだろ。

365 :世界@名無史さん:04/02/09 21:00
馬に乗るかどうかで服飾は全く変わるよな。

366 :世界@名無史さん:04/02/09 21:01
宦官になるためチンコちょんぎってきまーす!

367 :世界@名無史さん:04/02/09 21:34
今のチャイナドレスは20世紀に入ってからできた物で
伝統的な旗袍とはデザインがかなり違う

368 :世界@名無史さん:04/02/10 00:27
明治初期の日本に来た清国人が、日本人の着物を見て
「ここにはまだ明の習俗が残っている!」と感激した話はよく聞くね。

369 :世界@名無史さん:04/02/10 00:39
朝鮮通信使の装束を見た江戸時代の文人も感動してたなー

370 :世界@名無史さん:04/02/10 00:42
明から清になったときに人口が1/6になったそうで。


371 :世界@名無史さん:04/02/10 00:43
四川省では明末、大量虐殺があったそうだね。

372 :世界@名無史さん:04/02/10 00:44
つーか、6000万人あった人口が1000万人程度になってる

373 :世界@名無史さん:04/02/10 15:02
李連英!!!!!!ゆfdgvdさfgb

374 :世界@名無史さん:04/02/10 20:36
清史はいつできるんだろうな?

375 :世界@名無史さん:04/02/11 00:04
蜀碧真に受けていいのか?

376 :世界@名無史さん:04/02/11 14:03
>>330
そうでもない。他の時代に比べても大差なし。
近代以降の関連書も含めると清が一番おおいと思うよ。
一番少なそうなのは明かな。最近明関係では長城関係の
本が2冊出たのが目を引くぐらいだし。政治史関係はやっぱり
洪武帝・永楽帝ばかりだよね。他の皇帝がバカばかりだってこともあるが。
K先生が精力的に著作を出しているけど、やっぱり一般の中国史好きの
間では明という時代はよく知られていないと思う。

377 :世界@名無史さん:04/02/13 16:43
中国の中央電視台が放映した、
「康熙王朝」や「雍正王朝」は
ハルピンや大連、済南で
視聴率80lにも達したと聞いた。
これらは華北や東北といった地域だ。
一方、香港映画だと清朝皇族がよく悪役出演しているような印象が。

中国では現在も、どちらかと言えば、北方の人たちの方が清朝好きなのだろうか?
もちろん現実の政治問題にまで発展するような嗜好ではないだろうが。

378 :世界@名無史さん:04/02/15 17:46
映画のグリーン・ディスティニーって清代が舞台だと
思うけど、いつごろなのかな?

379 :世界@名無史さん:04/02/15 21:53
名帝として知られる乾隆帝はモンゴルのジュンガル部に侵攻して平定、
数十万人のモンゴル人を虐殺しているが、このことはあまり知られていない。
やっぱ昔女真族の金をモンゴル人に滅ぼされた恨みがあったんだろうな。

380 : :04/02/15 23:18



    ヌ    ル    ヌ    ル    ハ    チ    ハ    チ
















381 :世界@名無史さん:04/02/16 07:46
ドルゴンとかホーゲとかの勢力争いとかむちゃくちゃ興味あるんだけど
史料が実録ぐらいしかないので困ってる。噂では北京の古文書室にたくさん
資料があるらしいけど、順治期の史料ってあるのかな。

382 :世界@名無史さん:04/02/17 23:56
>>381
東華録とか八旗通志初集とか伝記の類をこまめに見るしかないのでは

順治時代の政治史については『史林』の谷井俊仁「順治時代政治史試論」に
先行研究が簡単にまとめられていた。

383 :世界@名無史さん:04/02/17 23:59
>>379
そんなに殺してないよ。でたらめぬかすな

384 :世界@名無史さん:04/02/18 02:07
>>382
やっぱりそうですか。
谷井先生の論文は読みました。
うちの大学には清の時代の専門家がいないので
どうしても情報が少ないんですよ。

385 :世界@名無史さん:04/02/18 16:51
>>383
いや、かなり殺してることは間違いないよ。
平定後ジュンガル部の本拠地のあったイリはほとんど無人状態になったらしい。

386 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :04/02/18 17:06
>385
そこへ錫伯営を移住させたんだね。

387 :世界@名無史さん:04/02/18 17:41
四川でもかなりの虐殺行為しているんで、ジュンガルだってしている可能性は高いわな。
人口の差があるから、四川のほうが虐殺数ははるかに多いだろうけど。

388 :世界@名無史さん:04/02/18 18:56
『最後の遊牧帝国―ジューンガル部の興亡』(講談社)なんか読んでみると、
ジュンーガル部の全滅の原因については天然痘の大流行説もあるらしいが。

389 :世界@名無史さん:04/02/19 17:42
どっかの国みたいに「天然痘患者が使った毛布」とかやったわけじゃないよね?

この手のは中国の方が上手だからなぁ。

390 :世界@名無史さん:04/02/19 23:20
大量虐殺ってやろうと思ってもなかなか難しいんだよね。
ナチスとかソ連みたいにかなりシステマティックにやらないと
効率よく殺せないから。前近代における虐殺事案はかなり
割り引いて考えるべきだと思う。インフルエンザや天然痘などの
伝染病のほうが軍隊よりもよっぽど殺しているしね

391 :世界@名無史さん:04/02/20 00:21
清の場合は17世紀中盤なんで、結構システマティックにやれる時代だったりする。

392 :世界@名無史さん:04/02/20 21:25
定住民ならともかく、遊牧民はムリやんけ。

393 :世界@名無史さん:04/02/20 23:47
>>391
当時の清朝の動員能力を考えればシステマティックにはできんだろう

394 :世界@名無史さん:04/02/21 01:37
そもそも女真族って狩猟民族っていうけど、モンゴルの影響を受けた
騎馬的なとこもあるんだよな。モンゴルのハンに持ち上げられてるってことは。

395 :世界@名無史さん:04/02/21 01:51
よく知らなくてすみませんが、
ジュンガル平定の時って、
やっぱり清はモンゴル騎馬軍団を投入したんですか?
だったら虐殺もありかも。
でも、どこでも昔は虐殺なんて当たり前だから、
それほど言うほどのものではないような・・・。

396 :世界@名無史さん:04/02/21 01:54
ネルチンスク条約では清朝がロシア相手に優位に立ったと聞いたが、それは本当ですか?
康熙帝がピョートル大帝を凌いだ、と?

397 :世界@名無史さん:04/02/21 03:13
>>395
わざわざ財産となる部衆を虐殺する理由があるのかと小一時間・・・


398 :世界@名無史さん:04/02/21 13:42
>>396
対等だったという方が近いのでは?
ロシア人の作った城を落としたのは確からしいけど。
中国王朝が朝貢させずに国境を決めるということ自体、対等でなければありえないでしょ。

399 :世界@名無史さん:04/02/21 18:35
早稲田の吉田先生の著作読もう。
ロシアーモンゴルー清の総合研究は、早稲田の吉田ゼミの俊英たちが
ぴかいち。


400 :世界@名無史さん:04/02/21 18:47
>>399
探すから、書名その他もう少し詳しく


401 :世界@名無史さん:04/02/21 19:03
>>391
ロシアーモンゴルー清で1セット区分って専門家じゃ一般的なのですか?

露−蒙、蒙−清はわかるんですが・・・素人でスマソ。

402 :世界@名無史さん:04/02/24 03:36
>>401
早稲田の柳澤明なんかはまさにこの3つすべてに通じた研究者だと思われる。
まだ中堅だがとにかくズバ抜けた存在。

403 :世界@名無史さん:04/02/24 15:09
>>402
内陸アジア氏関係だとやっぱり早稲田が一番でしょうね。


404 :世界@名無史さん:04/02/25 10:58
エホナラ氏族は、愛新覚羅氏族に殆ど部族全滅に追いこまれた、
当時エホナラ氏族の酋長は、「エホナラに女一人でも生き残ったら、必ずや
愛新覚羅を滅ぼす」と」言い残したそうだ。
慈禧太后はエホナラ氏族の生き残りの末裔だから、やはり、
復讐は達成された。
「西太后」の映画のオープニングから・・・

405 :世界@名無史さん:04/02/25 16:23
ところで満洲=女真族ってどういう生活してたの?
半農半牧とか狩猟民族とかいうけどモンゴル族みたいなはっきり
したイメージがないのでよくわかんないんだけど。
要はモンゴル的遊牧民と漢族的農耕民族を足して2で割ったようなものなのかな?

406 :世界@名無史さん:04/02/25 20:14
>>404
これフィクションだろ。
ヌルハチはイェへの頭を殺しただけで他は皆徙民した。
なんせ満洲人は恒常的な人手不足で困ってたからね。

というかホンタイジの母親もイェへナラ氏だ。
二代目でさっさと滅ぼせよ。

407 :世界@名無史さん:04/02/25 22:19
>>406
半可通。

408 :世界@名無史さん:04/02/25 23:11
清って本来満洲族が漢民族を「植民地支配」した国だろ。
ヌルハチが戦死していなければ、清っていうか金は中国完全統一はしなくても
満洲族の民族国家になってモンゴルみたいに今でも「満洲共和国?」があっただろうに。
これを考えると歴史って皮肉だな。

409 :世界@名無史さん:04/02/25 23:45
>>400
もの凄い勢いでロシアがやってきそうなヨカーン。

410 :世界@名無史さん:04/02/25 23:57
>>409>>408?
だとしたら
要するに清帝国が露助の南下を食い止めていたわけか。
後に傾いてきたころは民族の故地まで差し出してロシアと妥協してるしな。
漢民族があのまま政権を持ってたら宋時代みたいな勘違い中華思想で
ロシアの南下に歯止めがかけられないかもしれないしな。
結局のところ満洲族はわざわざ異民族の漢民族を明の圧政から解放してやって、
中国史上最高の統治で中国を世界史上最強とまでいわれる帝国にしてやって、人口も増やして、
自らは漢族に同化されて、故地まで漢族に流入されて、崩壊したら早速目の敵にされて、
そんでもってみんな漢族に同化したという、何とも自己犠牲的な民族だな。
清を挟んだ二つの漢族統一国家、明、中共は暗黒時代なわけだし。
明は朱元璋の大粛清、万暦帝の暴政、宦官の横暴が酷いし、
中共は毛沢東の無茶な政策や革命運動でものすごい犠牲者出して文化が荒廃したし。
中国はもう一回崩壊してチベット族あたりの異民族に統治されればいいんじゃ?


411 :名無的発言者:04/02/26 00:25
明が続いてたら、中近東状態になってたかもしれない。
李自成が天下を取っていたら、インド状態だったかもな。

412 :世界@名無史さん:04/02/26 00:30
>>407
院政B?

413 :世界@名無史さん:04/02/26 00:33
明末の文化の発展は清にも受け継がれてると思うけど。

チベット族の統治ねぇ。そりゃ中国が非武装平和主義になってくれたら
日本としては大助かりだけど・・・。
つーかありえん

414 :世界@名無史さん:04/02/26 00:44
清の当初の政治・文化の舵取りはほとんど明末の漢人知識人が
リードしてたんではないの? 康熙帝も南書坊とかつくって
政治させてるし。満人が行政能力的に漢人に追いつくのは18世紀以降だろう。

415 :世界@名無史さん:04/02/26 00:55
>>414
康熙帝は4代目だろ・・・

416 :世界@名無史さん:04/02/26 03:11
>>414
 中国人の科挙官僚が担当したのは中国の統治のみ。

 中国以外の、満州・モンゴル・東トルキスタン・チベットの行政をに
 なったのは、清末ギリギリまで旗人のみが担当。

 中国の統治に中国人の能力が高かったのはある意味当然だが、
 中国以外の清朝版図に中国人の手を借りねばならなくなったのは、
 清の滅亡直前。

 旗人たちの行政能力は、清初ほど高く、支配民族として貴族化する
 にともない、低下していったのである。

417 :世界@名無史さん:04/02/26 13:00
「幕友」のような私的スタッフなら、
清末以前から満洲・モンゴル・東トルキスタン・チベットへ
漢人も赴任していたよ。
あと旗人も「中国人」を自称していたのだから、
漢人と共に中国人扱いすべきだろう。
清初は「体育会系」の集団だった旗人が、
漢人の価値観を受容していく過程で、
「科挙官僚」は彼らにとっても立身出世の有力なルートとして浮上してきた。
ただし最後まで官界では漢人と比べ、遥かに優遇されていたと言って良いようだ。


418 :世界@名無史さん:04/02/26 14:19
>あと旗人も「中国人」を自称していたのだから、
> 漢人と共に中国人扱いすべきだろう。

その「自称としての『中国人』」とやらについてですが、

(1)旗人同士で、自身の属性を示す自称として用いた実例があったら挙げてください。

(2)旗人が、モンゴル人・チベット人・東トルキスタン諸民族に対して用いた事例があったら挙げてください。

(3)旗人が個々の漢人との会話・書簡等において自称として用いた例があったら挙げてください。

以上の例がないようなら、「旗人の自称」としては一般的ではない
のは明らかなので、「漢人と共に中国人扱い」することは、却下。

419 :世界@名無史さん:04/02/26 16:57
ところでモンゴル人・チベット人・東トルキスタン諸民族に対しては満洲人
の次に偉くて漢人より上、つまりモンゴル=元時代の北方民族ほど優遇するみたいな
措置は清にはあったのですか?

420 :世界@名無史さん:04/02/26 18:57
院生Bはマダ〜?

421 :世界@名無史さん:04/02/26 19:24
いらんものを召還するな

422 :世界@名無史さん:04/02/26 20:57
満人とかは漢文読めなかったやつが多かったのでは。

423 :世界@名無史さん:04/02/27 00:19
>>422
乾隆あたりになると満人が満文読めなくなってる。

424 :418:04/02/27 00:24
乾隆の後半から嘉慶にかけて活躍した祁韻士あたりは、満洲人よ、満洲
語を学べとアジる本を満語で書いてるよ。

425 :世界@名無史さん:04/02/27 01:20
>>420

ふたりとも来ているヨカーン。

今回演じているふたりはとても電波度が低いけど、
 満人の非中国的要素を矮小化しようとしている>>414= >>417が院生B、
 満人の非中国的要素を重大視しようとしている>>416= >>418が院生C、
の役割を、いちおうきちんと分担しているな。

中国史における非中国系諸民族の影響を否定・黙殺・矮小化につとめるよう
努力すれば、だれでも「院生B」になれるよ?

キミも、目指せ!院生B!!

426 :世界@名無史さん:04/02/27 01:42
>>424
でもほとんどの満人は読めなかったでしょ。翻訳科挙の有様を見れば・・・

427 :世界@名無史さん:04/02/27 10:22
417ではないけれど・・・
>>418
満洲旗人の文康の手になる
清代の北京在住旗人を描いた
長編小説『児女英雄伝』の表現を見れば、
明らかなんじゃないの?
邦訳は抄訳しか無いようだけど。
著者本人の価値観だけではなく、世相をも反映している作品だし。
白話小説らしく講釈師風の語り口だったけど、
文康その人自身が「わが中国」とか、そんな感じ。
主人公と父親との間で満洲語の会話もちょびっとあるけど、
その文脈で漢人への警戒心は語っていたが、
自分たちの事は、中華の人間と自負している人たちだった。

428 :世界@名無史さん:04/02/27 10:33
郭布羅氏婉容はかわいそうだ!歴代帝后寝宮に祭られることもなく、大栗子溝
で、ボロ雑巾みたいになって死んでしまった。
大婚前、景山で遊ぶ彼女は、とっても美人。
額爾得徳氏文綉は、特段美人でもなさそうだが、割り切りの良い人だったから、
多少生き延びれたとおもう。
一番許せないのは、宣統本人で、臣下に下った後、李淑賢と結婚している。
自分の妻が哀れな最期だというのに。
漏れ個人的には、「我が全半生」は皇后とともに、臣下に下ることキボンヌ



429 :世界@名無史さん:04/02/27 21:57
>>425
414だがおれは院生Bじゃないぞ。
ふつうに考えて初期の政治は漢人知識人が舵取りしてたと思うが。
まあ、漢軍を満人にカテゴライズするなら事情かわるかもしれん。
タテマエは満・漢人並列だとしても。

430 :世界@名無史さん:04/02/27 23:34
>>429
確かに投降漢人である洪承疇の功績は大だね。

431 :世界@名無史さん:04/02/28 01:07
>>429
漢軍八旗の日常会話はやっぱり漢語なんだよな・・・
三藩の呉三桂らは漢軍八旗に分類されるの?

>

432 :世界@名無史さん:04/02/28 01:14
老舎は貧しい満州旗人の家の生まれと聞いたことがあるけど、
実際どのくらいのランクだったのげすか?

433 :世界@名無史さん:04/02/28 01:33
久々にカキコ。
漏れは初代院生B、つか、
院生Bを初出して院生B本人扱いされた香具師だが、
今院生Bって何人居るの?
曲がりなりにも名物コテハン作ったことになって、なんか誇らしげな気分♪

434 :世界@名無史さん:04/02/28 01:48
>>431  順知期以前に降伏したから漢軍八旗。

>>433 院生Aは誰?

435 :425:04/02/28 01:50
>>429
 いやいや、君の演じている役割そのものが、「院生B」なのでつ。
 世界史板の議論である立場をとると、本人の自覚がなくとも、
 自動的に その人は「院生B」になってしまうのでつ。

 君の場合は、「院生B 的電波度」が著しく低いけど・・・。

 もっとエキセントリックに旗人とか清朝体制における中国的要素のタクエツを指摘し、
 なおかつ議論相手をアホ・デンパ・厨房などと罵ってくださると、「院生B」 のキャラ
 の理想型にいっそう近づくことになります。

 今dat落ち中ですが、サンプルは↓コチラ。「院生B」誕生の場でもあります。
 ★☆ 清 朝 ☆★
  http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1027552099/


>>433
 誰でも演じられるみんなの鼻ツマミ者の名物共有コテハンを生み出したアナタの功績は、
 世界史板においてその不朽の功績を末永く讃えられつづけるでしょう・・・。


436 :世界@名無史さん:04/02/28 02:01
みれないなー。
よく分からんのだが、中国的要素のタクエツって、儒教的思想の
浸透度とか漢字文化に対する清の受容の話なの?

437 :世界@名無史さん:04/02/28 02:09
>>436 多分、漢族王朝の明と、満族王朝の清はちがう!
   ということを積極的にとりあげていく方法論を否定
   してるんだろう。


438 :世界@名無史さん:04/02/28 02:11
↑ 院生B的視点のことね。

439 :世界@名無史さん:04/02/28 02:35
>>431
呉三桂は漢軍には編入されていない。呉三桂の平西藩は八旗とは別枠の
科挙を行っていたので独立旗扱いだったと思われ。
尚可喜の平南藩と耿精忠の靖南藩は三藩の乱後に漢軍佐領編入だったはず。
孔有徳も含めた三順王がホンタイジ時代に漢軍に編入されたという史料もあるが
それは誤りであるという研究がされている。

440 :世界@名無史さん:04/02/28 02:37
>>439 そうなん? 概説書で読んだ気がしたが。その論文教えてくれ。

441 :世界@名無史さん:04/02/28 02:42
>>440
細谷良夫「後金国・清朝に来帰した漢人の様相」『中国―社会と文化』2,1987


442 :世界@名無史さん:04/02/28 02:44
>>441 サンキュー、でもおれが読んだ概説書、たしかこの人が書いてた
   気がするぞ。山川(?)のやつ。

443 :世界@名無史さん:04/02/28 02:49
>>441 詳しそうな人と見込んで質問があるんだけど。
   漢軍八旗の人間はやっぱり満・漢人の区別で言うと満側ですか?
   内閣・六部の行政部門における満・漢勢力は、やっぱり漢側が
   実権を持っていましたか?

444 :441:04/02/28 03:06
>443
学部生なのであまり詳しくはないですけど・・・

漢軍に関しては藩部統治からははずされていたのでその点では漢人扱い。
翻訳科挙でも対象が滿洲と蒙古旗人に限定されていたので、その点でも漢人扱い。
普通の科挙では旗人対象の科挙を受験したので旗人扱い。
満人というよりは旗人というくくりで考えたほうがいいと思います。

行政部門のポストは藩部以外は満漢同数が原則だったので数の上では同列。
実際には満人も漢人もいろんな勢力が絡み合ってたので単純に満人か漢人かの
どちらかが優勢と言うことはなかったと思います。胥吏や地方官レベルになると
人口比から漢人の数が圧倒的なのは事実です。


学部生レベルの知識で書いたので間違っているかもしれませんが参考までに

445 :世界@名無史さん:04/02/28 03:25
>>444 学部生の方ですか!(おれ一応院生なんだけど・・・)
   いや、参考になります。どうもありがとうございます。
   本によっては「漢軍八旗」とあったり「漢人八旗」とあったり、
   よく分からないもので。漢軍八旗は、おもしろそうですね。
   満・漢人の接着剤的役割を果たしたところが。

446 :441:04/02/28 03:34
>>445
いえいえどういたしまして。
ちなみに「漢人八旗」という表記は見たことがないのですが、
どの本にありましたか?

ちなみに私は「八旗漢軍」と「漢軍八旗」という呼び方の違いの意味が良くわからないです。
いまさら教授に聞けないし・・・知ってる人がいたら教えてください。

447 :世界@名無史さん:04/02/28 03:37
>>446 多分中央公論の明清(?)だったかな。
    カラー写真多用の概説書です。専門の先生に習ってるんですか、
    うらやましい。うちの先生は微妙に専攻外れてるので細かい
    ことが??なんで。

448 :世界@名無史さん:04/02/28 04:13
           ワハハハ
ハハハ                             
   ∧_∧    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ハライテ-       ゲラゲラ
.  ( ´∀`) <  ヌルハチだってよ!!  ∧_∧       モウ カンベン
.  ( つ ⊂ )  \_______   (´∀` ,,)、        シテクダサイ
   .)  ) )   ○  ∧_∧      ,, へ,, へ⊂),     ∧_∧ ○,
  (__)_) ⊂ ´⌒つ´∀`)つ    (_(__)_丿    ⊂(´∀`⊂ ⌒ヽつ
          タッテ ラレネーヨ
           ワハハハ


449 :世界@名無史さん:04/02/28 04:18
アジゲ、ドド、ジルガラン、ホーゲ、ドゥドゥ、ネチン、アバタイ、マングルタイ・・・・

450 :世界@名無史さん:04/02/28 04:21
ダイシャンとかホンタイジとかも笑えるぞ。

451 :世界@名無史さん:04/02/28 04:23
_| ̄|○  ← シュルハチ

452 :世界@名無史さん:04/02/28 04:42
(´・ω・`)ショボーン ←本名シュルガチ

453 :世界@名無史さん:04/02/28 04:51
緑営の事じゃないかと>漢人八旗

454 :世界@名無史さん:04/02/28 05:24
なあ、一年かけて500もいかないスレなんだから、もっと知性ある書き込みしてくれよ。
久しぶりに世界史にきて結構レスついているなと思って楽しみにしてスレ開いたら
なんとしょーもないレスの山・・・・・・。

455 :世界@名無史さん:04/02/28 12:03
>>454
だったら443とか446の質問に答えてあげれば?


456 :世界@名無史さん:04/02/28 15:45
>>436-437
 院生Bが初めて登場したときは、
  学部の間は漢文だけやっていればよい。
  満洲語、モンゴル語・チベット語・・・をやる必用はなく、
  漢文もロクによめない香具師が、得意げに「マイナー言語」の史料
  を使ってレジメを切ってくるなど、ナマイキでムカツクから許さぬ。
  だから、ゼミ発表でおもいっきりイジメてやった・・・

という体験談を語っていました。

457 :世界@名無史さん:04/02/28 19:21
>>456
1年かけて話題をループさせるのはやめてくれ!

458 :世界@名無史さん:04/02/28 19:44
じゃあ、そろそろ「中国」の呼称問題について岡田信者とアンチヨタの登場をw

459 :世界@名無史さん:04/02/28 23:49
>>444
要するに清王朝は満人を頂点として北方民族を優遇した王朝には変わりないということでしょうか?
数の上で圧倒していた漢人の影響力が末期になるにつれて
伸長してくるのを抑え切れなかったのは確かでしょうが。

460 :世界@名無史さん:04/02/29 14:09
>>456
うへえ、それうちのセンパイかも。


461 :世界@名無史さん:04/02/29 15:14
その人が院生Bさんですね。
ぜひ2chをおしえてあげてください!

462 :世界@名無史さん:04/02/29 16:45
すでにそのセンパイはアカポスげっとして、いないけどね。
漢文もできずないくせに他の言語にうつつぬかすなっつーのが
持論でした。まあ、ここの院生Bじゃないと思うがね。

463 :世界@名無史さん:04/02/29 16:49
>>462
 いや、まさに「院生B」そのもののキャラですな。それは。

 てゆーか、チミがその人を前スレで「院生B」として描写した
 ことから、この共有コテハンが誕生したんぢゃあないか(ワラ

 

464 :世界@名無史さん:04/02/29 18:13
「院生B」的なキャラは大学院スレに
わんさかいるけどな。


465 :世界@名無史さん:04/02/29 19:01
清朝スレではなくて院生Bスレだなw

466 :世界@名無史さん:04/02/29 20:10
>>453
緑営は旗人じゃないじゃん。そもそも漢人八旗という言葉が史料に出てくるのかと

467 :世界@名無史さん:04/02/29 20:29
名無しさんはujen coohaをとなえた。
しかしなにもおきなかった。

468 :院生C:04/02/29 23:43
>>467
烏真超哈、漢軍、清天聡八年定随固山額真行営之旧漢兵為烏真超哈、順治十七年定烏真超哈漢名漢軍。

469 :世界@名無史さん:04/03/01 16:50
その出典なに? 

470 :世界@名無史さん:04/03/01 17:59
院生Bはすでに就職したのか・・・

471 :世界@名無史さん:04/03/02 03:17
_| ̄|○ おれは院生B以下かいっ!

もう学振の年齢既定もブッチギッチャタヨ

472 :世界@名無史さん:04/03/02 05:05
緑営って緑の旗使ってたんじゃないの?

473 :世界@名無史さん:04/03/05 16:40
使ってはいたが緑営は旗人じゃないと思うよ。

474 :世界@名無史さん:04/03/05 16:51
清の軍隊の装備ってどんなものだったの?
同時代の西欧と比較してみて。

475 :世界@名無史さん:04/03/05 19:21
>>472
初期には正確には使ってない。
明の信牌の色が緑色だったから、漢人部隊を緑営と呼んだ。

476 :世界@名無史さん:04/03/05 20:17
八旗満洲、八旗蒙古、八旗漢軍という普通のくくりと、
チャハル八旗とかソロン八旗との関係がわからん。
それと八旗蒙古ってどこにいたモンゴル人が編入されたの?

477 :世界@名無史さん:04/03/05 20:37
塞涯のことは分からん。
緑営の高級指揮官には満人もモンゴル人もいたが。

478 :世界@名無史さん:04/03/05 21:58
>>471
この世界をあきらめて国へお帰り。
県庁所在地の中小企業で芋姉ちゃんと
結婚してトヨタカローラをローンで買って
一姫2太郎でいいじゃねえか。

479 :世界@名無史さん:04/03/06 00:12
>>477
緑営は漢民族オンリーじゃなかった?

480 :世界@名無史さん:04/03/06 02:29
>>477
高級指揮官というのは提督・総兵官レベルってこと?


481 :世界@名無史さん:04/03/06 02:57
>>476
ソロンは黒龍江に住んでたツングース系諸民族とともに康熙帝が八旗満洲にリクルートしてきた連中で新満洲と呼ばれていたと思う。
八旗蒙古については同じ地域でも八旗に編入された連中とジャサク旗にされた連中がいるのでいまのところ良くわかってないらしい。

482 :世界@名無史さん:04/03/06 18:05
八旗ってそんなに種類があるのか。

483 :世界@名無史さん:04/03/07 18:21
旗本だからな。

484 :世界@名無史さん:04/03/07 18:32
ということは貧乏八旗はやはり長屋で傘貼りの類の内職をしているわけか。
八旗の中の人も大変だな。

485 :世界@名無史さん:04/03/07 18:42
八旗が旗本という比喩はよくみかけるが正確なのか?

486 :世界@名無史さん:04/03/07 18:46
ここで院生Bならぬ社会人Bさんどうぞ↓

487 :世界@名無史さん:04/03/07 18:55
どっちも英語じゃbannermen。
食ってけないから表向き禁じられてるけど内職やってたのも同じ。

そんな漏れは工学部。

488 :世界@名無史さん:04/03/07 19:16
八旗は内職何やっていたんだ?
長屋の傘貼り、草履編みは日本固有だろう。
大陸の内職って何よ。

489 :世界@名無史さん:04/03/07 20:07
八旗退屈男

490 :世界@名無史さん:04/03/07 20:10
紙銭とか紙製の馬車とか紙の家とかの副葬品。
(葬式の時に燃やすやつ)



・・・だったら嫌だなあ・・・。

491 :世界@名無史さん:04/03/07 20:19
天下御免の向こう傷

492 :諸賢!質問!:04/03/07 22:51
ドルベット部はいつ清朝の勢力下に入ったのでしょうか?
乾隆期でよいのですか?

おしえてチョンマゲ!

493 :世界@名無史さん:04/03/08 00:03
ドルベット?
もしかしてトシェートのこと?

494 :>493:04/03/08 00:17
トシェートってなんだっけか?
明朝時の呼び方でしたか?
俺のいうドルベットとはウリャンハイとトルグートの間にある
地域の事っす。

おしえてチョンマゲ!

495 :世界@名無史さん:04/03/08 01:17
つーかおめー史学のレポート提出で悩んでいるんだろ?
出汁につかおーつーんならおまえも俺らにネタだせよ。
話はそれからだ。

496 :世界@名無史さん:04/03/08 01:51
>>492
ジュンガル平定のときじゃないの?

497 :世界@名無史さん:04/03/08 02:00
モンゴルに遠征したのはホンタイジと康熙帝と乾隆帝のときだから
そのどれか

498 :世界@名無史さん:04/03/08 04:00
>>495
そんなマイナーなテーマでレポート課す大学はないよ〜

499 :世界@名無史さん:04/03/08 06:28
ドルベトは「地域」のなまえじゃないだろ、部族名のはず。
清朝への服属は1755。

  _, ._       >ドルベット?
( ゚ Д゚)ハァ?    >もしかしてトシェートのこと?


>>495は、投稿者にからむのが趣味なだけで、
「清王朝」についての知識などミジンも持っていないアフォ。

500 :世界@名無史さん:04/03/08 13:18
>>492
「清史稿」の列伝310藩部6をみようね

501 :世界@名無史さん:04/03/08 13:38
俺に命令するな


502 :世界@名無史さん:04/03/08 13:58
>>500
「清史稿」を翻訳して日本国内で売り出してください。

503 :世界@名無史さん:04/03/08 15:17
>>502
502さん。その言い草は何ですか?
親切に出典あげてくれてるのに。
漢文を勉強しなさい。

504 :世界@名無史さん:04/03/08 15:36
>>503
492,494,501,502は厨房っぽい。
もとより「清史稿」を出すのが間違い


505 :世界@名無史さん:04/03/08 16:49
さっさと翻訳してWEBでうぷきぼんぬ

506 :492:04/03/08 18:38
どうでもいいけど501は俺じゃあないですよ。
答えてくれた方々、特に499氏 baniha!!
めちゃくちゃ助かりました。
所持してる本どれも乾隆期の最大範図は描かれていても
それに至る経緯を判り易く描いてくれている本がないも
ので、困っていました。
どもです。

507 :世界@名無史さん:04/03/08 19:00
『清史稿』列伝310藩部6
杜爾伯特部、金山の東烏蘭固木の地に遊牧す。薩拉陀羅海、納林蘇穆河に東し唐努烏梁海に接す。




いちいち打ち込むのマンドクサ

508 :世界@名無史さん:04/03/08 19:33
500さん、「清史稿」は日本のどこの出版社から出てるんですか。
ぐぐっても中華書局しか見つからないんですが。

509 :世界@名無史さん:04/03/08 19:36
  _, ._
( ゚ Д゚)ハァ?


510 :世界@名無史さん:04/03/08 19:39
喧嘩腰のスレですね

511 :世界@名無史さん:04/03/08 19:50
『二十五史』全体はココ、
瀚典: 【二十五史】
ttp://china.ic.daito.ac.jp/cgi-bin/handy/ftmsw3?ukey=2051899402&tdb=%A4G%A4Q%A4%AD%A5v
『清史稿』はココで読める。
瀚典: /新校本清史稿
ttp://china.ic.daito.ac.jp/cgi-bin/handy/ftmsw3?ukey=-1460207604&path=/26

512 :世界@名無史さん:04/03/08 19:57
偉そうに・・・( ゚д゚) 、ペッ

513 :世界@名無史さん:04/03/08 19:59
(´,_ゝ`) 브

514 :世界@名無史さん:04/03/08 20:02
おれは院生Bだぞ・・・( ゚д゚) 、ペッ

515 :世界@名無史さん:04/03/08 20:07
(´,_ゝ`)부。。。。

516 :世界@名無史さん:04/03/08 20:14

この顔文字野郎なんかムカツクね 在日か?

517 :世界@名無史さん:04/03/09 05:00
明清研究者って、資料集め大変だろうな。
むちゃくちゃたくさんあるんでしょ、史料。

518 :世界@名無史さん:04/03/09 06:22
(゚Д゚)ハァ?
(゚Д゚)ハァ?
(゚Д゚)ハァ?


519 :世界@名無史さん:04/03/09 07:03
http://nijinooyatsu.homelinux.net/niji/msg_ecchi_00463_21.html

520 :世界@名無史さん:04/03/09 13:02






日月

シ青

521 :世界@名無史さん:04/03/09 17:52
万里の長城には清朝時代には軍が駐屯していたのでしゅか?

522 :世界@名無史さん:04/03/09 18:04
いたにはいただろうけど、国境警備隊ではないだろう。
大清の支配領域は長城より遙か北・今の露蒙国境までだから。

523 :世界@名無史さん:04/03/09 18:13
非歴史オタの一般人で明清時代に興味ある人間っているんだろうか?

524 :世界@名無史さん:04/03/09 18:20
興味のない人には明清の順序さえわからんだろう。

525 :世界@名無史さん:04/03/09 18:23
観光地としてコスプレ明軍の(鞭髪結った)格好した警備員が
いたとおもわれ。

526 :世界@名無史さん:04/03/10 01:21
一般人は清のことなんか知らないだろうね・・・
映画「ラストエンペラー」くらいじゃないの?あとは授業で習う程度でしょう

527 :世界@名無史さん:04/03/11 00:48
以前うちの大学の東洋史科目のオリで、「中国史で関心ある時代書け」と
アンケート書かせたら、1位が三国時代、2位が秦・漢、3位が宋だったよ。
明はゼロ、清は1名のみ(しかもアヘン戦争時期)。

528 :世界@名無史さん:04/03/11 01:31
宋ってのは、要するに岳飛と水滸伝ですな。

529 :世界@名無史さん:04/03/11 01:34
横光か田中芳樹に取り上げてもらえなければ
(中国史に関心を持ってもらうのは)難しい。

530 :世界@名無史さん:04/03/11 03:26
>>523

>>526氏がおっしゃる通りなのと、西太后でも知ってるでしょう。
あと、中華料理の満漢全席?

531 :世界@名無史さん:04/03/11 05:36
>>527
ヌルハチだけはやたらインパクトあって高校生にも大人気。

532 :世界@名無史さん:04/03/11 14:47
ヌルポだったらよかったのに・・・

533 :世界@名無史さん:04/03/11 18:08
ギョーチャンガとかヤルガチとか

534 :世界@名無史さん:04/03/11 18:44
>>528-529
楊家将、三侠五義をはじめとした包青天もの、平妖伝、
萬花楼演義(北宋名将、狄青もの)、飛龍伝(北宋初代皇帝、太祖もの、つかこうへい逝ってよし)
もその内、レパートリーに入って貰えれば良いのですが。

日本人は三国時代に興味偏りすぎ。
中国人にとって、かの物語はワンオブゼムに過ぎない。
中国人にもピンと来ない、日本人も登場しない、
あんな大昔より明末清初、清末民初の方がどれほど
現在の日本や中国との絡みでも、「物語」としても興味深いか。
と思いっきし、独断と偏見を晒す。

535 :世界@名無史さん:04/03/11 18:55
国姓爺合戦も戦後第一世代ころまでは人気だったんだけどね。

536 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :04/03/11 19:11
『紅楼夢』だとか『老残遊記』だとか『鏡花縁』だとかも清朝なんですが…。

537 :世界@名無史さん:04/03/11 19:13
ジャッキーチェンはよく清末を舞台にしてまふな。

538 :世界@名無史さん:04/03/11 20:36
残念ながらそれが現実。教養部の講義の手伝いしたことあるけど、
明代の講義だと、受講者は前期の漢代の講義の半分以下。

539 :世界@名無史さん:04/03/11 21:01
>>534
三国志の本場は、もう日本といってもおかしくないしな。

540 :世界@名無史さん:04/03/11 21:04
今はどうか知りませんが、昔の漢文の授業は内容的に漢から唐。
日本史も唐の影響は強調されるけど、それ以降はあまり触れられない。
となれば、良い悪いは別として興味をもたれないのは当然じゃないですか。

541 :世界@名無史さん:04/03/11 21:32
シナに学ぶ事は無い。


542 :世界@名無史さん:04/03/11 21:36
そういう狭い視野の連中が・・・

543 :世界@名無史さん:04/03/11 21:47
日本をシナ人から救う!

544 :世界@名無史さん:04/03/11 23:12
>>531
ワンヤン・アクダも人気あるよね。
完顔阿骨打という当て字がすごいし。

545 :世界@名無史さん:04/03/11 23:35
>>540
大漢和も使えるのは唐代までだしな。
一般教養としての中国文化は唐までなんだろうな。

546 :世界@名無史さん:04/03/11 23:40
>>544
ヌルハチの魅力にはかないませぬ。

547 :世界@名無史さん:04/03/12 00:05
http://lion.zero.ad.jp/aguda/

http://www.google.com/search?num=100&hl=ja&lr=lang_ja&q=%8A%AE%8A%E7%88%A2%8D%9C%91%C5
女真族
ここは中国史のサイトではありませんマンガ描き 完顔阿骨打
のサイトですコンテンツに18禁のものを含んでおります 2001
年8月1日 建国あなたは 番目のお客様です. お知らせ, ...


っていうかこのエロマンガ家は昔東洋史やっていたんだろうか。
ドジンシカッテイルケド 





548 :世界@名無史さん:04/03/12 00:05
ヌルハチって濃い名前だよな。どういう意味なの?

549 :世界@名無史さん:04/03/12 00:25
ヌルハチの語源は日本語。幼少期日本で育ったヌルハチは、
ぬるぬるの石の上を歩いていて転んだときにハチの巣を
揺すってしまい、ハチに刺された。
それを笑った教育係がふざけて「ヌルハチ」という名を考えた。
少年ヌルハチは気に入り、満州に帰った後も終生大事にその名を守ったらしい。

550 :世界@名無史さん:04/03/12 00:41
このスレ見てると、明清が人気ないのも納得。

551 :世界@名無史さん:04/03/12 00:50
西太后や満漢全席は有名だけど清と結びついてるかは微妙だw
辮髪=清代くらいは一般常識なのだろうか・・・

552 :世界@名無史さん:04/03/12 01:05
>>551
某小説家の匈奴の描写に、「辮髪を風になびかせ、チーパオと呼ばれる
乗馬用衣服をまとい云々」とあった。所詮一般人の認識はこの程度。


553 :世界@名無史さん:04/03/12 01:14
漢の匈奴族は辮髪だったの?
殷代の羌は辮髪だったそうだが。

554 :世界@名無史さん:04/03/12 01:19
>>553
それよりも、つっこむべきところは「チーパオ」だと思う。

555 :世界@名無史さん:04/03/12 01:29
まあ、匈奴の服は「胡服」といって乗馬しやすい仕立てだったそうだが。

チーパオは「旗袍」、満州族の旗本の服だったな。

556 :世界@名無史さん:04/03/12 02:34
>>552
誰?

557 :世界@名無史さん:04/03/12 03:13
チャイナドレスキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!

558 :世界@名無史さん:04/03/12 11:40
ところで辮髪って馬に乗るとき髪が邪魔にならないようにするんだよね。
日本のちょんまげも一種の辮髪なのかな?

559 :世界@名無史さん:04/03/12 11:48
辮髪の編み下げは乗馬と関係あるかも知れないが
剃り上げるのは兜で蒸れないようにするためだろう。

「ちょんまげも一種の辮髪」は世界的にはその通り。

560 :世界@名無史さん:04/03/12 11:55
髷に結えば充分邪魔にはならないように見えるが・・・?

561 :世界@名無史さん:04/03/12 23:34
カツラみたいな、つけ辮髪があったってほんと?

562 :世界@名無史さん:04/03/12 23:54
雍正帝がつけてたやつ?

563 :世界@名無史さん:04/03/13 00:06
そりゃ違うカツラだろ

564 :世界@名無史さん:04/03/13 00:41
清の領土って、西はどこまでですか? 

565 :世界@名無史さん:04/03/13 03:11
新疆。

566 :世界@名無史さん:04/03/13 04:02
>>565
(゚д゚lll)ガーン!!!


567 :世界@名無史さん:04/03/14 04:27
皇帝以外に有名人がいないのが清王朝の悲劇。

568 :世界@名無史さん:04/03/14 04:57
>>567
呉三桂・鄭成功・林則徐・曽国藩・李鴻章ぐらいかな。有名なのは。
みんな漢民族だあね。

569 :世界@名無史さん:04/03/14 12:05
>>567
一番有名な西太后は皇帝じゃないし。

570 :世界@名無史さん:04/03/14 19:59
皇帝以外の有名人しかいないのが後漢皇朝の悲劇(スレチガイ)

571 :世界@名無史さん:04/03/14 21:27
>>568>>567 キミが無知なだけ。

 

572 :世界@名無史さん:04/03/14 21:29
>>568>>567

  ↑

 「ボクチャンが知っている」かどうかを「有名人」かどうかの指標にするDQN ハケーン(ワラ

573 :世界@名無史さん:04/03/14 21:56
>>567
太平天国の乱を起こした天王 洪秀全も有名だろう。

574 :世界@名無史さん:04/03/14 23:23
清王朝が人気無いのは、やはり辮髪と、そんなに豪華ではない衣装に問題がある。
それまでの中国の髷を結った頭にゆったり衣装には中国嫌いの俺でも「おお!」と感心する。
ベン冠被った皇帝の勇姿にはひれ伏しそう。

しかし辮髪頭は滑稽にしか見えない。

575 :世界@名無史さん:04/03/15 06:17
>>571 572
だったら有名人挙げてくれ。

576 :世界@名無史さん:04/03/15 07:04
有名人を知らない>>571が無知じゃん。


577 :世界@名無史さん:04/03/15 15:15
だれだっけ、蒼穹の昴に出てきた宣教師。
あれも有名人。

578 :世界@名無史さん:04/03/15 19:28
上で出てる有名人っつーのは、マニアしか知らんのじゃなくて、
一般の中国史ファンでも聞いたことのある人物のことだろ。
571や572は読解力あんの?

579 :世界@名無史さん:04/03/15 20:02
両把頭は豪華だと思うんだけれど。簪挿し放題だし
辮髪は人気ないけどそんなに駄目?
梁家輝の咸豊帝はかっこよかったよ

580 :世界@名無史さん:04/03/15 20:10
やっぱり衣装はゆったりしているほうが風格がある。
満州人の衣装は漢民族より身にぴったりだから、あまり風格無く見えるな。

まあ、見た目で判断するのは問題だが。

581 :721:04/03/15 22:27
>上で出てる有名人っつーのは、マニアしか知らんのじゃなくて、
>一般の中国史ファンでも聞いたことのある人物のことだろ。

フフン。
「一般の中国史ファン」の「一般」とはなにかね。

どうせ、キミは、自分のしらない人物が提示されたら、

「有名人」ではなく、「マニアしか知らんの」

に認定するであろう。

キミが無知であることは、あくまでも単に「キミが無知」であるにすぎんのだがや。


582 :世界@名無史さん:04/03/15 22:58
辮髪だから清が好きってのは少数派ですか。むぅ・・・

583 :世界@名無史さん:04/03/15 23:19
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/7553/keikoku.html

↑Voice誌3月号で堺屋太一氏が、かつて中東を支配した13世紀モンゴルと
現代アメリカの共通点を明らかにしています

また堺屋氏は2006年のチンギス・ハーン生誕800周年に合わせて
「何か」をやるという・・・

584 :世界@名無史さん:04/03/15 23:26

>>536」と、南方土民顔なドラヴィダ系インドの糞カキ人夫が申しております。


585 :世界@名無史さん:04/03/16 00:06
堺屋太一って信用できるのか? 

586 :世界@名無史さん:04/03/16 05:43
581よ、四の五の言わずにあんたが知ってる有名人挙げなよ。
それとも知らんのか?

587 :世界@名無史さん:04/03/16 07:20
だとしたらどうだってんだよ。
何が望みなんだよ。いい加減粘着やめようぜ。

588 :世界@名無史さん:04/03/16 13:56
( ゚д゚)、ペッ

589 :世界@名無史さん:04/03/16 17:47
721ってだれよw

590 :世界@名無史さん:04/03/16 18:40
>>586
アラビア数字3文字もロクに覚えられない香具師が漢字の人名を覚えられるとは思えん。
ただの春厨の荒らしだから気にスンナ。

591 :世界@名無史さん:04/03/16 20:13
皇帝以外の有名人なら、ドルゴンとかオーバイとか生態号か?

592 :世界@名無史さん:04/03/16 22:34
恭親王も入っていいんじゃないか
映画とか小説にメインで出てきて
教科書にゴシック体で表記されたら有名人
でもドルゴンよく知らない・・・

593 :721:04/03/17 00:19
スンユーン。

594 :世界@名無史さん:04/03/17 12:01
>>580
しょーがないだろう。満洲族は男女とも騎乗するのが日常だし、
漢族の士大夫が着るゆったりした服じゃ巧く馬を扱えん。
ゆったりした服は本当の体より大きく見せる効果もあるから、580の
言う通り風格貫禄を感じやすいな。

清王朝は元王朝の正式な後継を自認してる為か、漢族の政界中央進出を
非常に用心したそうだ。徹底した差別政策もあったし。
皇帝が漢族の衣装を着るのを避けたのも、その政策の一環だそうで。

595 :世界@名無史さん:04/03/18 00:24
>>582
少数派だけれど、孤独ではない
(・∀・)人(・∀・)ナカーマ

596 :関西タヌキ:04/03/18 09:30
年羮尭。

597 :34:04/03/18 15:25
>辮髪だから清が好きってのは少数派ですか。むぅ・・・

海外のマンガに出てくる日本人が江戸時代のサムライなのと一緒で、マンガに
出てくる中国人ってのは、たいてい辮髪に満服ですな。

とくに、鳥山明のマンガには頻出する。


598 :世界@名無史さん:04/03/18 19:56
でも漫画だと、禿頭に申し訳程度に三つ編みがくっついた辮髪がほとんどだよ
耳の前まで髪をそって後は残す、程よく太めで長い辮髪萌え
油塗って梳かしてつやつやしてたら尚よし。房とかも結んであったら最高

599 :世界@名無史さん:04/03/23 21:50
行政区画?で庁ってのがありますけど、
あれは府ないし州の支庁みたいなものですか?
長官というか責任者は同知、州同、通判、州判とかでしょうか?
行政区画としての格は県より上?下?どちらでしょう?
どなたかご存知だったら教えてください。

600 :世界@名無史さん:04/03/24 23:05
>594
後世、特に普段着で帯を省略するようになったのは漢人の影響で
「近年、浮華文弱の風に染まる輩多くして祖風を忘れ・・・」と嘆くくだりが
あったっけな、何の一説だったか・・・

601 :世界@名無史さん:04/03/27 02:17
>>599
府の下の行政区画だな
たしか臨時に設けられた単位だっけ?

602 :世界@名無史さん:04/03/27 02:38
清王朝の講義をする教授がいる大学に入学が決まったっす。
大学院進級も視野に入れて最近関連書を読み漁りました。
もうワンランク上の知識をゲットしたいので、お勧めの本ありませんか。
陳舜臣は大体読破しました。


603 :世界@名無史さん:04/03/27 06:48
ってことは中国史の概略はおさえてるわけか
大学図書館で内藤湖南と宮崎市定の全集があると思うから
それでてきとーに読むよろし。

そいでもってとりあえず興味のある王朝・年代・人物・物事が
見つかるのを祈る

604 :世界@名無史さん:04/03/27 12:37
私も”庁”に疑問持ってます。
州や県とどうちがうの?
長官の同知や通判は知県より地位が高いんで州レベルの大きさなの?って思いきや
一県から分離して設けられてる場合もあるし(県より小さい場合もあるんですね)
”庁”ってどういう目的で設けられたのでしょうか?


605 :世界@名無史さん:04/03/27 13:19
>>602
清代に興味あるのかな?
だったら中公や山川の概説書を読んでみよう。
清単独の概説書としては、宮崎市定・石橋隆雄

606 :世界@名無史さん:04/03/27 17:45
図書館に行ってアジア歴史辞典見てみましたけど庁の項目はありませんでした。
府や通判の項目にも庁に関する解説なし、同知の項目も存在せず。

大漢和辞典の庁のところには府の下級行政区画、
長官は撫民同知・通判、理民同知・通判とのみありました。
これだけでは良くわかりませんね。 

607 :世界@名無史さん:04/03/27 19:04
>>602
605さんの本に加えて、
 増井経夫『大清帝国』講談社学術文庫
 三田村泰助『明と清』河出文庫
 宮崎市定『雍正帝』中公文庫
なども簡単に入手できる。かなり古いものが多いけど、
まだまだ現役で頑張っている本です。でもまだ学部に入ったばかりなら、
清代にかぎらず幅広く概説書読んだ方がいいよ。



608 :世界@名無史さん:04/03/27 19:14
石橋崇雄『大清帝国』(講談社)

609 :世界@名無史さん:04/03/27 19:19
河内良弘・清瀬義三郎則府『満洲語文語入門』(京都大学学術出版会)

610 :世界@名無史さん:04/03/27 19:30

>清瀬義三郎則府

コイツ何者??

611 :世界@名無史さん:04/03/27 19:31
内藤湖南『清朝史通論』(東洋文庫)

612 :世界@名無史さん:04/03/27 19:46
なんだかんだ言って、みんな優しいよな。

613 :世界@名無史さん:04/03/27 20:05
まあ、上のほうのレスにもあったけど、清王朝って人気ないからさ。
この時代に興味を持つ数少ない若者にはやさしくしてやらにゃあ。
個人的には岸本美緒の『東アジアの近世』(山川リブレット)が
入門者に最適かと。

614 :世界@名無史さん:04/03/27 20:18
岸本美緒『清代中国の物価と経済変動』(研文出版)
岸本美緒『明清交替と江南社会―17世紀中国の秩序問題』(東京大学出版会)

615 :世界@名無史さん:04/03/27 20:35
若松寛『奴児哈赤』(新人物往来社)
松浦茂『清の太祖ヌルハチ』(白帝社)

616 :世界@名無史さん:04/03/27 20:40
岡田英弘『康熙帝の手紙』(中公新書)
岡田英弘『皇帝たちの中国』(原書房)

617 :602:04/03/28 02:35
おお〜!!
アドバイスありがとうございますっ
入学したら早速図書館で借りて読みます。
清のなかでは呉三桂の悲恋物語に興味があります。

618 :世界@名無史さん:04/03/28 03:51
ク    ク   || プ  / ク   ク  || プ  /
  ス  ク ス _  | | │ //. ス ク ス _ | | │ //
  / ス   ─  | | ッ // /  ス   ─ | | ッ //
  / _____  // /          //
.  /   l⌒l l⌒l \  ))   ____
. / / ̄| ,=| |=、| ̄ヾ   / ____ヽ
/ ̄/ ̄.  ー'●ー'  ̄l ̄ |  | /, −、, -、l  ))
| ̄l ̄ ̄  __ |.    ̄l ̄.| _| -| ,=|=、 ||
|. ̄| ̄ ̄  `Y⌒l__ ̄ノ ̄ (6.   ー っ-´、}
ヽ  ヽ    人_(  ヾ    ヽ    `Y⌒l_ノ
  >〓〓〓〓〓〓-イ   /ヽ  人_(  ヽ
/   /  Θ  ヽ|  /    ̄ ̄ ̄ ヽ-イ


619 :世界@名無史さん:04/03/28 06:29
 >まあ、上のほうのレスにもあったけど、
おまえのジサクジエン。

 >清王朝って人気ないからさ。
おめえが嫌いなだけなことを、「人気がない」とはいわねえ。。

620 :世界@名無史さん:04/03/28 17:00
宮脇淳子「最後の遊牧帝国 ジューンガル部の興亡」講談社選書メチエ

621 :世界@名無史さん:04/03/28 17:22
>>606
>長官は撫民同知・通判、理民同知・通判
漢字の意味からすると、今まで服従してなかった共同体を新たに加える感じですね。
満蒙以外の非漢族の新規獲得土地に割り振られた臨時行政区かな?

622 :世界@名無史さん:04/03/31 09:35
>>621
河南や湖北・湖南にも庁は存在していたから微妙なところやね
正直よーわからんわ。
直隸庁と散庁の二種類あったようだし

623 :世界@名無史さん:04/03/31 12:39
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1040990563

姉妹スレの西太后専門スレッド

112番あたりから、万へぇーな非公式情報がのってた。さしずめ「レイプ オブ 北京」って
とこか。けっこう面白かった。

624 :世界@名無史さん:04/03/31 13:03
本当にサッチー系のババアであろう西太后をレイプしたアメ兵がいるんだろうか?

625 :世界@名無史さん:04/03/31 18:40
>>622
河南は不明だが、両湖には今も少数民族があちこちに住んでるね。
その対策慰撫に設置された機関じゃないか?
直隷庁は呼んで字のごとく。直隷から派遣された官僚と軍兵駐屯地。
府より小規模なので庁と。散庁は官僚派遣で兵士のみ地元調達。

626 :世界@名無史さん:04/03/31 22:39
この場合の直隷庁は直隷省に属する庁ではなく、省に直隷する庁の意味ではないでしょうか?
確か府の管轄下になく、省に直属する州を直隷州と称したはずです。

本来直隷とは短に直属する意味で、中央政府に直属の省が直隷省(明は南北直隷有り)、
元代なら路に直属の州が直隷州といった使い方をしたようです。

627 :世界@名無史さん:04/04/02 21:54
すると散庁はその反対?

628 :世界@名無史さん:04/04/03 20:22
大漢和辞典当たってみました。

直隷州、府に属さず布政司に直隷する州。
直隷庁、府に属さず布政司に直隷する庁、
      長官は同知、又撫民同知、海防同知等有り。

散州、府に属する州、県を管轄しない。
散庁、項目なし。直隷庁以外の庁=府に属する庁と推定。

明清代には他にも○○同知、○○通判と言うのがいろいろいます。
○○中には水利、督糧、捕盗等任務名が入ります。
つまり本来は府の下で特定の任務を分担する同知、通判の役所を
庁と称したのではないでしょうか。
で中には異民族地域等統治が面倒な特別な区画を担当するものもいて、
その区画自体も庁と称するようになったとか勝手に推定しています。
 

629 :世界@名無史さん:04/04/05 20:07
同じ州でも散州は重要な県。
直隷州はさほど重要でない府といった感じを受けますね。

630 :世界@名無史さん:04/04/12 02:56
過去ログ
耶律阿保機だけど (49)
http://mentai.2ch.net/whis/kako/1002/10024/1002465424.html

631 :世界@名無史さん:04/04/12 04:39
このスレ、たまにマニアックになるな・・・
清朝行政マニアが在住してるのかな。>>直隷州

632 :世界@名無史さん:04/04/12 20:14
すみません庁の話題を持ち出したものです。
清朝行政マニアと言うより官職オタクなんです。

633 :世界@名無史さん:04/04/12 21:56
手元には「清代地方官制考」と「清代国家機関考略」があるのだが忙しくて読む暇がない。
庁についていろいろ書いてあったので参考にしては?

634 :あやめ:04/04/22 16:56
「廳」は概して言えば新開の土地に置かれる行政機関で、辺境少数民族地区にあることが
多いのですが、内地でも諸般の事情で土地が開拓され人民が蕃殖してきた場合に建置され、
直隷廳と散廳に類別されます。
清代の直省統治地区(戦前の日本では支那本部と呼んでいました)の行政機構は省>府>縣の
3級が基本として統合されていたのですが、これと別に州と廳が設けられることがあって、
州・廳ともに省の布政使に管理される直隷州・直隷廳と府に管理される散州・散廳があります。
州と廳の区別は大体は地域としての重要度によるわけですが、直隷州が属縣を領しているのに
対し直隷廳には原則として属縣がありません。例外として四川の叙永廳は永寧縣を管属し、
廣西の百色廳は恩隆縣を管属しています。また辺境の直隷廳は土司・土縣を所管していることが
多いようです。
機関の格としては府>直隷州>直隷廳>州>縣>廳といったところでしょう。

635 :あやめ:04/04/22 17:23
官員としては直隷州は長官が正五品の知州と佐貳官の州同・州判が、また
直隷廳は長官として同知または通判が置かれています。散州には從五品の
知州が、縣には正七品の知縣または縣令が、散廳には同知または通判が
置かれています。

636 :世界@名無史さん:04/04/25 10:31
あやめ様ご丁寧な解説ありがとうございます。
長年の疑問が解けてすっきりしました。
しかし清代の州は特例的存在だったんですね意外でした。

637 :世界@名無史さん:04/05/07 20:06
だれか映画「グリーンディスティニー」の時代がいつかわかる人居る?

638 :あやめ:04/05/07 20:48
清朝、ただしどの皇帝の時代かまでは不明です。

639 :世界@名無史さん:04/05/07 21:15
清代の県というのは日本の県と同じくらいの面積なんでしょうか?
それとも規模・ランク的には日本の郡くらいの感じなんでしょうか?

また、府というのはいくつかの県を包括する行政区画と考えていいのですか?
それとも、府も県も日本の府県のように同じくらいの規模の行政区画にすぎず、
その長が他のいくつかの県を統括している場合を府というのでしょうか?

640 :あやめ:04/05/07 21:27
王度盧の原作「臥虎蔵龍」を読めば判るかもしれませんが、金庸や古龍みたいな
有名作家じゃないらしく日本の中文書店にも見当たらないみたい。
電影版と電視版は微妙に登場人物が違うとか、グリーンディスティニーという名剣の
原名が電影版では碧銘剣なのに電視版では青冥剣となっているそうです。
日本版ヴィデオでティエ長官となってるのは原名が鐵貝勒となってるそうなので、
清朝であることは服装などからもまちがいないでしょう。

641 :あやめ:04/05/07 21:54
>>639
面積と訊かれると返答に窮するんですが、乾隆の初年ころは直省統治地区の縣の
総数は1219、散州の総数は162でしたが、光緒年間には新彊が建省されたことも
あって縣が1366で、散州が150で散廳が78となっています。これで大体の見当を
つけてください。「日本の郡くらいの感じ」というのは粗ぼ当たってるかと思います。
府と縣などの関係は>>934を読んでください。

642 :あやめ:04/05/07 21:56
ごめん、>>634でした。

643 :世界@名無史さん:04/05/07 22:08
ご説明ありがとうございます。ただ、疑問が残ったので再度お尋ねします。
省→府→県ということは、「府」の領域の中に下級行政区画としての「県」が
あるということでよろしいのでしょうか?
それとも、知府は近隣のいくつかの県に対する監督・命令権を持っているだけで、
「府」自体の領域には「県」は含まれないのでしょうか?

644 :あやめ:04/05/07 22:09
634じゃ判らないわね、再度ごめんなさい。
省の下に府・直隷州・直隷廳があります。府の下には散州・縣・散廳があります。
直隷州の下にも若干の縣がありますが直隷廳は原則として下級行政機関が
ありません。

645 :あやめ:04/05/07 22:25
まだ説明不足かな。
府は直接は人民に臨まず隷下の散州・縣・散廳を統轄し、上意下達と監督巡察が
仕事です。直隷州の場合は自身の受持ち地域を治め、且つ属下の縣を統轄します。

646 :世界@名無史さん:04/05/07 22:40
>府は直接は人民に臨まず隷下の散州・縣・散廳を統轄し、上意下達と監督巡察

それで現代の中国には「府」に相当する行政機関はないわけですね。

647 :世界@名無史さん:04/05/08 10:40
>ティエ長官となってるのは原名が鐵貝勒

あやめさん、サンクスです。
衣装から清代は間違いないんでしょうけど、鉄貝勒だけじゃわかりませんね。
新疆が出てきたけど、もうすでに征服されてたのかな・・・

648 :あやめ:04/05/08 11:10
回部が清朝の領土として粗ぼ安定してくるのが乾隆の中期くらいですから
それ以後の時代設定ということになりますね。「新疆」という言い方をして
いるとすれば光緒八年の建省以降ということになります。

649 :世界@名無史さん:04/05/08 15:34
質問なんですけど
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/nikkan1.html
↑ここに書かれている「朝鮮駐箚官」という役職または駐箚官的な役職は清代を通じてあったのでしょうか?
思いつく駐箚官といえば袁世凱しか思いつかないのですが。


650 :あやめ:04/05/08 17:59
清朝が朝鮮に常駐の大員を置いていたことは無いと思います。朝鮮は属国で
藩部ではありませんので内政は自主自律していたはずです。光緒三年に偶々
朝鮮の外交文書に清朝を「上國」と表現した文句があったことを捉えて日本が
詰責したので、總理衙門から「朝鮮は久しく中國に隸す、而れども政令は則ち
其の自理に歸す、其の中國の所屬たるは天下皆な知る、即ち其の自主の國たるも
亦た天下皆な知る」と回答しています。光緒八年に朝鮮がアメリカと通商条約を
締結した際には朝鮮から立会いを要請されたので清からは馬建忠を派遣しており、
東学等の乱では袁世凱が駐紮したくらいしか思い浮かびません。
朝鮮に駐箚官を置くなら越南や琉球にも置いてなければおかしな話でしょう。
「清史稿」の「職官志」にもそれらしい役職は見当たりません。仮に國王よりも
実権を持った人物であるなら朝鮮史上に絶大な存在感を示していなければならない
はずですが、そんな事例は聞いたことがありません。藩部のチベットに常駐した
駐蔵大臣だって普段はモニター機構以上のものではなかったようです。

651 :世界@名無史さん:04/05/08 19:23
駐紮朝鮮総理交渉通商事宜は袁世凱が初代。
それ以前はただの商務公署で総弁は陳樹トウ。

と小説で読んだ・・・

652 :649:04/05/08 22:30
あやめさん、お答えくださりありがとうございます。
おかしいとは思っていたのですが、これでスッキリしました。

653 :世界@名無史さん:04/05/09 00:16
>>649
そのサイトの内容はトンデモ系です。というよりむしろ電波です

654 :世界@名無史さん:04/05/09 04:45
>>640
鐵貝勒って日本語訳したら長官なの?

655 :世界@名無史さん:04/05/09 09:38
鐵貝勒の鐵は鉄として、
貝勒は満洲語のbeile。
満洲人の皇族やモンゴル人諸侯の称号。

656 :世界@名無史さん:04/05/09 12:06
>>655
鉄っていうのは固有名詞なのでしょうか?
それとも「鉄のように強い〜」という意味?

657 :世界@名無史さん:04/05/09 12:34
モンゴルの鉄木児(ティムール)とも関係あるのかな?>鐵貝勒

658 :世界@名無史さん:04/05/09 15:54
あやめさんもう来ないそうだよ

659 :世界@名無史さん:04/05/09 17:03
>>658
えーなんで?

660 :世界@名無史さん:04/05/09 17:27
にせものが出てるとかゆうことらしい。
このスレじゃないけど。
どっかで粘着されてたのもあるんじゃない?

661 :世界@名無史さん:04/05/10 13:53
ニセモノって・・・
あやめさんの書き込みなんてそうそう真似られないと思うが。
かむばっく。

662 :世界@名無史さん:04/05/11 00:18
ところで清朝内部におけるモンゴル貴族の影響力はどれくらいあったのでしょうか?

663 :世界@名無史さん:04/05/11 20:50
直接的な解答ではないですが、楢木野宣著「清代重要官職の研究」風間書房によると、
重要官職在職月数の蒙古比率2.8%(満州36.6%、漢軍14%、漢人46.6%)
内大学士4.1%、軍機大臣6.6%、部院大臣(尚書)3.5%、総督1.6%、巡撫1.7%
なお後半の方が多少比率が高くなるようです。

664 :世界@名無史さん:04/05/12 00:55
>>662
歴代皇后はほとんどモンゴル人

665 :世界@名無史さん:04/05/12 07:12
内蒙古自治区や新疆ウイグル以外の中国「関内」に、蒙古族はどのくらいいるの?
蒙古八旗として中国「関内」に移住した蒙古族は多かったの?
そうした人たちの子孫は清朝崩壊後、蒙古に帰ったの?それとも「満族」を名乗っているの?

666 :世界@名無史さん:04/05/12 16:37
>>663
横レスですいませんが、その場合のモンゴル人は
蒙古八旗に編入された人々が全員か、あるいは全員に近いものがあるはずですよね。
いや、昔、それ読んだりして部分コピーもありますけど。
少なくとも、それでは断定できないんで、推測なんですけど。

>>664
康熙帝の代までじゃ、ありませんか?
それって。


667 :世界@名無史さん:04/05/12 20:25
>>666
そもそも八旗以外のモンゴル人が高官になるのはほとんど不可能に近いでしょう。
科挙に合格するとは考えにくいです。元と違ってモンゴル語で受験できるわけでもないですし。
すると軍人か売官で知県になるくらいが関の山では。

668 :世界@名無史さん:04/05/13 21:46
藩部の人に科挙応試資格あるの?

669 :世界@名無史さん:04/05/14 05:48
朝鮮人で科挙受けたものも居たのでは?

国籍という観念は無かったはず。

日本人も受けることが出来た可能性があったのでは?
西洋人がマカオに限定居住だったのは海賊予備軍と見なされたからか?

670 :世界@名無史さん:04/05/14 13:02
>朝鮮人で科挙受けたものも居たのでは?
え!!マジ??実例あげて

671 :世界@名無史さん:04/05/14 14:34
>>668
大清会典を見たのですが、郷試合格者(挙人)の定員が載っている欄に
藩部の地名は見受けられませんでした。
あと『清代職官年表』も見たのですが、郷試考官年表に藩部はございません。

672 :世界@名無史さん:04/05/14 16:10
>>671 あやめ様?

673 :671:04/05/14 18:56
>>672
ではないですが・・・文体似てます?

674 :世界@名無史さん:04/05/14 19:46
文体もだし
知識の出し方がなんとなく

675 :世界@名無史さん:04/05/14 20:27
科挙はあくまで内地向けのものでは?

676 :世界@名無史さん:04/05/14 21:11
sage

677 :世界@名無史さん:04/05/15 01:18
崔致遠

幼くして唐に留学し、874年に科挙に及第。まもなく黄巣の乱が起こると、その討伐軍に参加しすぐれた檄文や上奏文を書いて文名をあげた。885年、新羅に帰国すると翰林学士に任ぜられたが、理想を果たすことができずに官を辞す。晩年は海印寺に隠棲したと言われる。

多くの優れた漢文、漢詩を残し、李氏朝鮮時代に朝鮮漢文学の祖として孔子を祀る文廟に合祀された。



678 :世界@名無史さん:04/05/15 01:29
唐代にいるんですね。

清代にはいないのかな?

679 :世界@名無史さん:04/05/15 02:47
新羅は640年ころから唐に盛んに留学生を送ったらしく、
科挙合格者も820年代に金雲卿がはじめて賓貢科に合格してから、
唐末期に至る80年余りの間に58名が合格したそうです。
その中でいちばん著名な人が>>677さんがあげた崔致遠です。

680 :世界@名無史さん:04/05/15 13:10
>>671
藩部は一種の自治国みたいな所だっけ?
藩部政府は清の皇帝に朝貢するけど、内政の干渉を受けない立場だったような。

藩内で科挙が行われても不思議はないですよね。
それならわざわざ遠い国へ行かなくても藩内で受ければ充分なような気がする。
一種の外国だから清代職官年表に藩部の郷試考官年表が載ってなくても違和感ないかと。
本当の所はどうなんでしょうか?

681 :世界@名無史さん:04/05/15 15:37
科挙の受験資格というのは
本籍地の知事が保証人であること?

682 :世界@名無史さん:04/05/15 15:43
だから、制度的に「外国人もしくは異民族差別」はしなかったはずだが、
儒教文化民族というべき中央からの流官たる(土司は駄目)の知事が居ない地域を本籍にする人間は
(単に住んでいるというだけでは駄目で、賄賂かなんか使って中央直轄地の州県の籍に入らない限り)
「夷」だけでなく流民も、
科挙資格アウトということですか?


683 :世界@名無史さん:04/05/15 17:17
>>680
>藩内で科挙が行われても不思議はないですよね。
>それならわざわざ遠い国へ行かなくても藩内で受ければ充分なような気がする。
>一種の外国だから清代職官年表に藩部の郷試考官年表が載ってなくても違和感ないかと。
科挙を実施するには学政(各省に派遣されている教育行政長官)、考官(試験官)が必要です。
学政や考官は中央から派遣されるので、仮に藩部の学政や考官が任命されていたとしても、
載っていないもしくはそれに関する言及がないというのは考えにくいと思います。

藩部で行われなかったからといって、藩部の人に応試資格がないとは私の知る情報だけでは
断言できないです。最寄りの試験地に何等かの形で赴いて受ける可能性もありますから。
暇があれば調べてみます。

>>682
>だから、制度的に「外国人もしくは異民族差別」はしなかったはずだが、
確かに異民族枠(苗族・猺族・回族等)はありました。但し内地でのことです。

684 :世界@名無史さん:04/05/15 23:00
流れに逆らい、且つ又枝葉末節のことなのですが疑問点があります。
清史稿の兵志を見ていたら経制外委という官名らしい物がのっていました。
額外外委に対する経制(制度上のあるいは正式)の外委、
つまり後の外委千総・外委把総のどちらかあるいは両者の総称のことかなと思ったのですが、
大修館書店の大漢和辞典で経制をひいてみると外委の上把総の下の武官のようです。
そうすると経制外委とは経制と外委の意味であり、
各々後の外委千総、外委把総に相当するのでしょうか?

685 :世界@名無史さん:04/05/15 23:03
世界帝国が建前(世界全体が皇帝の治める所)の清帝国と、
西洋人限定居住(家族と住めるのはマカオだけ、唯一寄航許可の広州は西洋人女性来航禁止)とは、
理念的に矛盾しないのか?

西洋人など海外渡来者は「倭寇」扱いであったわけか?
満州族だから「国境」意識に近いものがあったわけか?



686 :世界@名無史さん:04/05/16 07:08
>>684
大漢和辞典が間違えているような気がします。
例えば清史を熟知していない編者が、
「・・・把総経制外委額外外委・・・」のような文を見て
”経制外委”よりは”外委”という語の方が一般的ですから
4つに分けて解釈して”経制”を一つの武官と勘違いしたとは考えられないでしょうか?
第一『欽定大清会典』の武官職品級一覧には”経制”という官職はございません。
またこのサイト↓には
ttp://bbs4.xilu.com/cgi-bin/bbs/view?forum=wave99&message=7477
経制外委千総、経制外委把総という語が明記されてますので
経制外委はその総称とみたほうが自然かと思います。

687 :世界@名無史さん:04/05/16 11:25
>>686様丁寧な回答ありがとうございます。
ただ一応引用文があってそれに基づいた説明のようですので、
辞典編者の誤りということはないと思います。
図書館で読んできたうろ覚えの記憶なのですが、
たしか装備を整えてきた者はまず外委に昇格させ続いて経制、更に把総に昇進させると
言うような文面でした。
従って間違えたとしたらその原文の方であり、辞典編者ではないと思います。
あるいはその資料では、経制外委を経制、額外外委を外委と約しているのかもしれません。
そもそも清史稿でも参・遊・守・千・把等の省略が見られますし。

688 :世界@名無史さん:04/05/18 18:00
大漢和辞典をチェック
 経制@国家を治める制度、A治め制する、B制度を治める
    C清代、卒伍の一種、把総の次の級
      「清代行政法汎論」武官 行伍
      凡そ緑営の兵士はまず坐糧になり服役後幾年で歩糧に進み、
     更に馬糧→外委→経制→把総と進むのが昇進の順序。
     (概ねそう言う意味のことが書いてありました)
    D以下は無関係なので省略

それで坐糧、歩糧、馬糧も調べてみると。
 坐糧 糧食の輸送を任務とする兵、輸卒(根拠は同上)
 歩糧 緑営の二等卒(根拠は同上)
 馬糧 馬のえさとかそんな意味、職名としてはあがっていない。

結局は「清代行政法汎論」なる本の信頼度如何でしょうか?

689 :686:04/05/19 01:49
>>688
>結局は「清代行政法汎論」なる本の信頼度如何でしょうか?
そういうことになると思います。

一応『清国行政法汎論』を見てみました。
第四編第三章武官の第一節に大漢和辞典に書かれてる部分を見つけましたが、
第二節第一款武官品級を見ますとやはり”経制”なる官職は見当たりませんでした。
ということはここでいう”経制”はおっしゃられるように経制外委のことであり、
”外委”は額外外委のことを指している可能性はあると思います。
『大清会典』兵部にも「馬兵内酌派給予頂戴者。為額外外委。」とありますので
そのように解釈してもおかしくはないのですが、一つ腑に落ちないのは
『大清会典』で”外委”と書けば外委千総・外委把総のことを指しますので、
研究者が額外外委を”外委”と省略して書くとは考えにくいということです
(額外外委を額外と省略することはあります)。
緑営兵の兵種を坐糧・歩糧・馬糧と馴染みのない語を使っていますし(普通は守兵・戦兵・馬兵)、
どのような文献を読んでこのように書かれたのか気になりますね。

690 :世界@名無史さん:04/05/19 20:09
>>689様、重ねての丁寧なご回答ありがとうございます。
 当方は県立図書館の本利用がせいぜいの素人ですのでわからないことが多く、
こうして教えていただけるとありがたい限りです。
 本当にありがとうございました。

691 :世界@名無史さん:04/05/19 23:47
>>666
公主はモンゴル人に嫁いでる


692 :世界@名無史さん:04/05/21 23:13
東北にある公主嶺という町は由緒あるの?

693 :世界@名無史さん:04/05/22 02:22
「異民族、外国人」って満洲人にとっては漢族ももともと異民族の外国人だったわけだが。
成立の過程からしてモンゴル系貴族は優遇されていたはずだが、むしろ
それがなくなるほど漢化してしまったのか?

694 :世界@名無史さん:04/05/22 06:17
自分の領民である牧民の牧地に、
漢族の小作人を入れて働かずに楽しようとしたのだから、
満州人、独立できた今のモンゴル国以外のモンゴル人が
漢族に土地を取られたという面もある

695 :世界@名無史さん:04/05/22 08:41
>>694
わかりにくい文章だな。

696 :世界@名無史さん:04/05/22 16:26
モンゴル貴族が自ら自分の領地に漢族農民を小作人として入れたということらしい。

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