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死と葬礼、墓の文化史

1 :世界@名無史さん:03/08/20 22:18
大皇帝でも奴隷でも、人間いつかは必ず死ぬ。
畳の上か、はたまたベッドの安らかなる死。もしくはあえ無い事故死惨死。
死ねば葬送。土葬火葬水葬ミイラ、鳥につつかせ死体消滅。
墓は殉死と副葬品の山、宝狙って墓泥棒。墓泥棒は考古のあけぼの。

古今東西、「死」に関連するあらゆることについてうらめしく語ろうではありませんか。

103 :世界@名無史さん:03/10/23 15:55
日本ではとりあえず火葬場に持っていって焼いて嵩を減らしてもらえるし、
火葬場に骨を置き去りにしてくることもできる。それでも安価だ。
葬式には金がかかるが、最低限の死体の処分はそれほど金はかからない。

対して、アメリカのような「小さな政府」のところは、公共サービスが薄く
自助努力。
貧困層は、死体をもてあましてしまう。葬式が出せる出せないの前に、死体の
始末に困る。
だから、簡単に死体を研究機関などに渡してしまう。

104 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/10/23 22:58
>>101
平安時代の日本の「哭す」というのは具体的にどういう状況だったのでしょ
うか・・・『江家次第』他に出て来ていたでしょうか。どうも儀礼は苦手で
して。「臥しまろび泣く」(『三宝絵詞』、『注好選』ほか)という仕草な
ら普段からあったようですし。
近代に採集された「泣き女」の例は日本列島をぐるりと取り巻いていますね。
辺境に残されたものか島伝いに伝播したものかについては未だに結論が出て
いない。余談ながら『東方見聞録』にも登場していたはず。
>>102
それで良かったはずですが。

105 :96:03/10/23 23:08
誰か俺の疑問に答えてください。

二b以上の雪を掘り起こして地面を出し、さらに墓穴掘るのはしんどいし、
雪の上で野焼きは無理だし...

106 :世界@名無史さん:03/10/24 07:29
>>96
須藤功『葬式―あの世への民俗』(青弓社、1996年)には新潟県
山古志村での大雪の中の葬式が多くの写真とともに紹介されて
いますが、
○死の直後に、近所の手伝いの人たちが家から棺を出すための
雪道をつけ、また別の人たちが雪の下にある墓を掘り出す。
○葬式の前日には火葬場まで雪道をかんじきで踏み固める。
○火葬場は山の中腹にあり、その上の山頂で引導を渡すので、
そこに囲い(四方門)を作る。これは地面ではなく雪の上。
○葬列では棺はソリで運ぶ。
○引導を渡すと下の火葬場にソリで運ぶ。火葬場は屋根付きの
建物で、野焼きではない。焼いた骨は火葬場の前の雪の上に
トタン板を置き、そこにスコップですくった骨を置いて、家族が拾骨
する。
○骨箱は墓(雪の下から掘り出してある)の前に置いておき、
雪解けを待つ。
○彼岸の墓参りの時は、どの墓も雪の下なので、墓の上に雪洞
を作り、中に蝋燭をともす。

こんな感じですね。

107 :世界@名無史さん:03/10/24 07:41
>>101
日本の文献史料では哭女はあまり出てきませんが、古代にはあった
ようで、たとえば古事記の天若日子の話では雉を「哭女」(なきめ)に
したとあります。日本書紀では鷦鷯(ささぎ)となっています。
日本書紀、允恭天皇42年正月条には、天皇の崩御を聞いた新羅の
使船の一行が、道すがら哭泣しながら難波に至り、殯宮にも参会した
ともあります。これは珍しいので記録されたと考えれば、古代から
日本より朝鮮でこの習俗が盛んだったのかも。
天武天皇などの葬儀の記事では、殯宮で「発哀」「発哭」が行われて
いました。
これは平安時代には挙哀と呼ばれますが、(どの天皇の時からだった
かちょっと失念しましたが)挙哀を停止するよう遺詔が出てそれが先例
になり、以後は行われなくなったと思います。
ただ親の葬儀で「孝子」が儀礼的に泣くのはあったようで、醍醐天皇の
葬儀では重明親王が喪庭の帳のところで「拝哭」したとあります
(李部王記)。

108 :世界@名無史さん:03/10/24 09:16
エジプトのミイラ保存の秘薬は杉の油だった=ドイツ学者が定説覆す
http://news.msn.co.jp/newsarticle.armx?id=612845

109 :世界@名無史さん:03/10/24 12:44
>>106

ありがとうございました。
北陸で火葬が早くから普及していたのは浄土真宗の影響と申しますが、
では浄土真宗伝播以前はどうしていたのでしょうか。雪中に遺体を埋めて
春を待ったのでしょうか。
また、火葬でも、屋根付きの火葬炉が整備される以前はどのように焼いていたのでしょうか?
石川県のある村では、雪の積もらない崖下の岩陰で焼いていたそうですが。

日本以外の、ほかの雪国も気になります。

110 :アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ :03/10/24 13:11
>>104山野野衾さん
「栄華物語」「讃岐展侍日記」その他に、貴人の死の場面で盛大に泣き喚く
場面が出てきますので。あれは、哭す、としか表現できません。
「泣」とか「H」は声を上げないでなく泣き方だったと記憶します。
勝手に押し付けてごめんなさい。
>>107
ありがとうございました。

111 :106:03/10/24 17:12
>>109
北陸で真宗が普及する以前というと、中世のそれも戦国時代より前という
ことになりますね。
その頃でも、もし村に葬送の互助組織が確立していれば雪を掘ることは
出来たでしょうが、ちょっとそれはわからないですね。
鎌倉時代までですと、豪雪地帯かどうかを問わず庶民の間ではまだ風葬が
普通だったでしょうし。
現在の新潟県で最近まで土葬だった地域では、やはり村人が協力して
雪を除けて穴を掘ったようです。野焼きの場合の豪雪時の火葬施設の
作り方は知りませんが。

112 :世界@名無史さん:03/10/24 17:38
宋美齢が死んだそうですね、106歳

国民政府が陵墓荒らししまくった件について、このスレではどう思ってんだろう?
死蔵されてた美術品や金が市場に出回るようになったと喜ぶべきだろうか

113 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/10/24 22:18
>>107
そうでした。天若日命の例を忘れていました。『続日本紀』に出ていましたね。
>>110
どちらも読んではおりますが、死者に対する「礼」として見てよいものかどうか。
『日本国語大辞典』では「哭する」は
@声をあげて泣きさけぶ A中国で、死者をとむらう礼として泣きさけぶ
と書かれていますが『平家物語』や『十訓抄』の例は前者、『論語』の例は
後者のものとして挙げられていますね。
『平家物語』−11・剣
「村南村北に哭する声たえず」
『十訓抄』−1・天魔為報恩現丈六仏事
「不覚の涙落ち、音をあげて哭す」
『栄花物語』などの「さながら泣きとよみあひたり」云々も前者かと思われるのですが。
>>111
考古学板の古代・中世スレに書き込ませていただいた事ですが、鎌倉時代にはまだ村内
に相互扶助組織は出来ていなかったようです。戦国時代になっても藪に棄てたり土にた
だ埋めることが多かった。夏ほど悪臭がする訳でもなし、適当に済ませたのでは。

114 :アマノウヅメ ◆2atuWPtiaQ :03/10/24 23:18
>>113
儀礼としての「哭」でしたか。
すみません。仕事の合間に書いてたものでして。

115 :山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/10/24 23:23
成る程。お陰で納得出来ました。
それと>>113の『続日本紀』に出ていたというのは「哭す」云々という
記事のことです。

116 :世界@名無史さん:03/11/05 20:06
豪雪地帯の葬礼、気になったので調べたら、佐渡島のガクガクブルブル火葬を発見した。

佐渡島、場所は不明だが、死者は浜に運んで火葬にした。
冬の積雪期でも露天で火葬。しかし雪のせいでうまく焼けないので
「遺体を鍬で斬って竹に刺して焼いた」、という。ガクガクブルブル。
しかしそれでも上手く焼けないときは「海に捨てた」とのこと。
嗚呼!

117 :世界@名無史さん:03/11/08 09:46
>>116
それは仕方ないだろ。
燃料も乏しいだろうしね。


118 :世界@名無史さん:03/11/14 01:10


119 :世界@名無史さん:03/11/15 13:56
寒い地域の葬送の話。
田中喜芳『シャーロッキアンの優雅な週末』という本は盗用か何かで
今は絶版になっていますが、その本の312〜313頁に出てくる、
ダートムアのワーレン・ハウス・インという旅館の話。1845年に開業し、
はじめはニューハウスと言われていたそうです。

「当時も今も、ニューハウスの周囲には一軒の家もなく、丘の上から
見ると街道沿いにポツンと建っているのが印象的だが、旅籠ができて
間もなくの頃というから一八五〇年代の話であろう。冬のある寒い雪の
晩のこと、一人の旅人がニューハウスで一晩泊まることになった。
二階の部屋に通されホッとして、荷をほどこうと備えつけのタンスを
開けると、何と、中から出てきたのは塩漬けにされた老人の死体だった。
腰も抜かさんばかりに驚いた男は、大声で女主人を呼んだ。すると、
現れた主人はすました顔でこう言った。
「ただの死体ですよ」
聞けば、その老人が亡くなって以来、ずっと激しい吹雪が続いたため
埋葬ができず、天候が回復するまで、こうやって保存して皆で待って
いるのだという。なるほどこのワーレン・ハウス(ニューハウス)は、
ほとんどが平坦地の英国にあっては珍しい海抜四百二十メートルの
高台にあるから、冬場の雪の厳しい時期には埋葬も難しいのであろう。
それにしても、幽霊伝説の地ダートムアならではの逸話である」

120 :世界@名無史さん:03/11/19 20:35
雪国の生活はこんなにも辛いのです!

121 :世界@名無史さん:03/11/22 14:30
いや、タンスに入れておかないで欲しい・・・。


122 :世界@名無史さん:03/11/22 18:40
そうだな。
せめて、棺桶とかに入れて(これは無理か?)客室とは別の場所に保管してほしい・・・。

123 :世界@名無史さん:03/11/28 22:23

【社会】秦の始皇帝陵に「地下宮殿」発見
 【上海28日共同】中国陜西省西安市の秦の始皇帝陵(東西345メートル、
南北350メートル)を、同省文物考古研究所と中国地質調査局が、電気探査などの
ハイテク技術で調査した結果、墳丘の地下約30メートルの地点に巨大な「地下宮殿」
や墓室が存在することを28日までに確認した。
 地下宮殿の存在はこれまでのボーリング調査などで予測されていたが、具体的な規模や
構造が判明したのは初めて。飯島武次・駒沢大教授(東洋考古学)は「世界最大の『地下宮殿』
であり、これまでの調査を一歩前進させた」と評価している。
 始皇帝陵の発掘は、巨額の費用がかかる上、保存技術が不十分なため、実現の見通しは
立っておらず、今回は始皇帝陵の保護計画を制定するための調査という。
 同研究所などによると、地下宮殿は東西170メートル、南北145メートルの規模で
、中央には石灰岩でつくった墓室(東西80メートル、南北約50メートル、高さ
15メートル)があるとみられる。
 また、地下宮殿には大量の水銀が流し込まれていたことも判明。司馬遷の史記には
始皇帝陵について「水銀の川や海がある」との記述があり、これを裏付ける結果だ。
 このほか、墓室を守るように周囲には厚さ16−22メートルの頑丈な壁が巡らされ
ており、内部の墓室は壊れていないとの測定結果も出た。
 同研究所の秦始皇陵考古隊の段清波隊長は「始皇帝陵の研究に初めて総合的な科学的
データを提供した」と話した。
 調査は昨年11月から実施。地表から電流を地中に流し、地下の構造物や地層の変化で
異なる導電率を計測する方法など地球物理学のハイテク技術を応用して行われた。


124 :世界@名無史さん:03/12/14 05:39
アテネでは、真夜中に埋葬された。

125 :世界@名無史さん:03/12/29 22:02
以前、世界火葬協会?なる組織があり、
地下水汚染や河川汚染、伝染病の原因である土葬や水葬をやめて、
火葬にしようと啓蒙する団体の話を小耳に挟みました。(ネタ?

それによると日本は90%以上が火葬の非常に優秀な国家だそうです。

諸外国では、火葬は大悪人の刑の一つに挙げられるほどに忌み嫌われていますが、
日本でこれほどまでに、火葬が広まったのはなぜでしょうか。

126 :世界@名無史さん:03/12/29 22:20
>>125
滅びの美学…と言うのは嘘で
単純に湿度の問題でしょう
日本において発酵食品が発達した理由のひとつに高温多湿の気候が関係するそうですから
やっぱ、親兄弟の死体が腐っていくのはあんまりいい気分じゃないでしょうし
イザナギさんもびびってますし

127 :世界@名無史さん:03/12/30 16:24
なるほど。
腐りやすいから、焼いてしまおうと。

うちでは昔、骨にした後、墓を掘って、ゴミを捨てるように遺骨を投げ入れていました。
当然、どれが誰のか分からない頭蓋骨が後から出てきたりと・・・

128 :世界@名無史さん:04/01/04 15:38
北朝鮮のように洪水で流されるというのもすごいな
これも或種の水葬?

129 :世界@名無史さん:04/01/15 23:37


130 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/15 23:58
>>124
日本でもそうでしたね。
>>126
でも近世になってもまだ死体が野や川に遺棄されることはあったそうですよ。
時代劇ではいちいち川辺に死体を引き上げていますが、変死体でもない限り
はそのまま海へ流されたとか。
手間もかかりますし・・・衛生云々がどうこう言われる以前に火葬が多かっ
たということは無いんじゃありませんか。真宗では多かった様ですが。
>>128
「葬」ではなく単なる災害でしょう。なお北朝鮮の葬儀は三日間で一年の喪
があり、旧暦八月十五日には墓参りもあるそうです。
(マイナー国家の葬儀についてご質問がおありでしたらどうぞ。)

131 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/01/16 23:06
英国で火葬を容認している宗教・宗派を挙げておきます。
アルメニア正統教会→容認。但し積極的ではない パブテスト教会→黙認
クリスチャン・サイエンス→遺族に任せる 
クリスチャン・スピリチュアリスト→死後数日後が望ましい
英国国教会→どちらでもよい クライスト教会→普通は土葬
組合教会→遺族に任せる エリム教会→司法者の判断に任せる
英国自由教会→遺族に任せる フランス・プロテスタント・ユグノー教会→遺族に任せる
エホバの証人→遺族に任せる ルーテル教会→特に反対はしない
メソジスト教会→水葬も可 モラビアン教会→土葬中心だが火葬・水葬も可
キリスト教福音教会→遺族に任せる プリマス教会→あまりよくないが黙認も
ローマ・カトリック教会→1963年以降許可されるようになった
ロシア正教会→教会は認めないが可能 セルビアン教会→水死者のみ可
セヴンズディ・アドベンチスト→許される フレンズ教会→容認
スウェーデン・ボルグ教会→容認する ユニテリアン自由キリスト教会→許される
仏教→火葬が多い ヒンドゥー→火葬が原則 ユダヤ教→自由ユダヤ教では増加

厳しいのはスコットランド自由プレスビテリアン教会やイスラームなど。

132 :自転車小僧 ◆IBmI/K76EY :04/01/16 23:53
アメリカでは州にもよるが火葬は認められている。
カリフォルニア州の場合、オークランドに1ヶ所火葬場があり、火葬できるが
日本と違い家族の立会いや骨拾いなどはない。
葬儀が終わってすぐに火葬できるわけでもなく、順番待ちになるため1ヶ月近く
待たされることもしばしば。
完全に灰になるまで焼かれ、灰については遺族に引き渡される。遺族は墓地に埋葬
してもよいし、許可をとって飛行機や船で散骨しても良い。
食べてもいいし、オークションに出してもいい(実際に出たことがある)。
ゲージツ家などは灰を彫刻や絵の具に混ぜて作品を作ったりもしている。

カリフォルニアの墓地はキリスト教と仏教が同じ敷地で区画を分けている。
ユダヤ教徒の墓地は他の宗教の墓地とは道路を挟んで別の敷地になっていた。
イスラム教徒の墓地はまた別の敷地。
それ以外の宗教はキリスト教墓地の中に区画を切られている。

133 :世界@名無史さん:04/01/22 15:45
自分の遺灰をフリスビーにした人の話ってがいしゅつだっけ?

134 :ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y :04/02/14 01:04
鈍色(にびいろ、にぶいろ)
藍を帯びた薄墨色、濃いねずみ色。平安時代以来の公家の喪服に用いられた色のひとつ。

トーガ・プルラ
古代ローマの喪服で、黒や灰色のトーガ。喪服。

135 :世界@名無史さん:04/02/16 11:09
s

136 :世界@名無史さん:04/02/17 01:55
古代ギリシャ、ゲルマンは火葬だったそうだね。

137 :世界@名無史さん:04/02/29 19:34
>>136
ローマもそうだったよ。

138 :世界@名無史さん:04/02/29 22:56
なんでキリスト教化したあとは土葬になった?

139 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/02/29 23:05
>>136
最後の審判の時のためでしょう。
裏切り者や脱走者の死体は木に吊るされ、卑怯者や破廉恥罪を犯した者は頭
から簾をかぶせられて沼に沈められたといいますね(『ゲルマーニア』)。
前者は死体を木の実と見做して再生させる機能を備えていたともいいます。
オーディンが逆さ吊りにされて知識を得たのもその行為により「生まれ変わった」ため
であったとも。
最初の方でも書かせて頂きましたが、日本・朝鮮半島で横死者に対して行われた
樹上葬と古ゲルマンのそれの比較が藤原良章先生によって行われています。

140 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/02/29 23:11
>>139>>138宛てでした。

141 :よろずこ:04/03/01 01:00
>>139
>最後の審判の時のためでしょう。
これのソースがほしい。
どこかで読んだことがあるのだが、忘れてしまった。
最後の審判のとき、死者が土中より復活すると。

それとも、所与のことなのか?

142 :世界@名無史さん:04/03/03 13:34
【社会】葬儀社社員、火葬場の遺灰から金歯を売りさばく…愛知

1 :☆ばぐ太☆φ ★ :04/03/03 11:32 ID:???
★遺灰の金歯を換金 葬儀社社員 愛知

・愛知県半田市の知多中部広域事務組合が運営する「半田斎場」で、
 火葬業務を請け負っていた「知北公益」(同県知多市)の社員5人が、
 火葬場に残った遺灰から金歯などの貴金属類を集めて売りさばいて
 いたことが3日、分かった。

 同組合によると、5人は14年までの約3年間、火葬が終わり遺族らが
 帰った後、遺灰の中から主に金歯を回収。これを14年10月、約16万円で
 貴金属業者に売却して5人で分けたという。2月末、同組合に告発があり
 発覚した。

 同社は半田斎場での業務の受託を4月から辞退することを決め、懲戒
 解雇など関与社員の処分を検討している。

 社員らの行為は組合の規律違反に該当する可能性があり、組合への
 違約金の支払いも検討している。
 知北公益の竹内勝博社長は「監督不足により関係者に大変な迷惑をかけ、
 深くおわびしたい」と話している。
 http://www.sankei.co.jp/news/040303/sha055.htm


143 :世界@名無史さん:04/03/15 02:16
ジプシーのマヌーシュ族では、死んだ人の存在を話したり思い出したりするのはとんでもないタブーあり、
人が死ぬとその人を思い出してはいけないので所有していたすべてのものを焼却、または外の人間に売却してしまうんだそうだ。
一応死んだ日から三日三晩何もしないという葬式のようなことや、
一年間はラジオ、テレビ、音楽などを禁止するという服喪みたいなことはするらしい。

144 :世界@名無史さん:04/03/16 19:58
アイヌの場合も、
「死者がいて悲しませてはいけないので、他人に家族のことを聞いてはならない」というタブーがある。
似た名の者が死んだときは、すぐに改名した。
「本来自分に行くはずの不幸があの人に行った、この名は不幸に好かれた名だ」という意味で。


145 :世界@名無史さん:04/03/21 00:35
いかりやさんがお亡くなりにならはった・・・

146 :世界@名無史さん:04/03/22 22:00
>>145 レインボー・ブリッジから東京湾に投げ込んでみるテスト

147 :世界@名無史さん:04/04/17 00:51
3馬鹿の処刑、葬礼方法は?

148 :世界@名無史さん:04/05/13 17:16
age

149 :馬と鹿:04/05/19 13:32
ここ、墓の文化史とあるんで一生懸命よんだけどつまらん。

バカの壁って本が流行ったけど
ココに書いている人、知識を並べただけで、全然自分が無い。

普通、文化といえば、ああ思う、こう思う
しかし、こういう事例があるからこの場合はこうだろう?
なんて話になりそうだが?

ココに書いている人に、じゃ、自分はどうしたいの?と聞いてみたい。
ま、興味本位じゃ文化は見えてこない。

人間と動物の違いは何だろう?
後期ネアンデルタール人が墓に花を添えたと言われるが
衣食住に子孫繁栄の本能(性欲)など、自分のメリット以外に心を動かした
ネアンデルタール人の行いってとても心を引かれる。
もしかしたら「愛」という概念の始まりかもしれない。
お墓を作り、花を添える、それが動物から人間に進化した一つの起点かもしれない。
後に、前頭葉が発達した「知恵」を持つクロマニオンに滅ぼされたようだが
それも、人間の歴史の始まりとして、とても興味をもつ。


150 :よろずこ:04/05/19 23:00
>>149
2ちゃんねるに何を期待する?

遊び場だぞ。

151 :馬と鹿:04/05/21 09:54
>150
返しに心の遊びを期待する。
文化だ!!文化。

素直にはまるな!!

152 :世界@名無史さん:04/05/21 11:52
ブンカ ブンカ ドーンドン♪ とくらあ。

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