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新・大衆論スレッド

1 :本和:04/03/25 17:13
オルテガを始め、色んな思想家・知識人が大衆社会の弊害に
ついて論じております。
ただ最近では、高度情報化社会の出来によって「大衆」の内
実もかなり変化してるのではないかと思われます。
そろそろ、新しい大衆論を展開する機会なのではないかと思
い、このスレッドを立てた次第です。

2 :205フェチ:04/03/25 17:39
体臭萌え

3 ::04/03/25 20:20
加勢大衆

4 :4:04/03/25 21:53
「高度情報化社会」というのは「大衆社会」と背反する
概念なんだが。
「高度情報化社会」なんて幻想で、結局やはり「大衆社会」
なんだという話なら分かるし、ある程度同意する。

5 :1:04/03/25 23:30
>4
まぁ、そこら辺もひっくるめてこのスレで話していきましょう。

6 :2のい:04/03/25 23:56
エネマグラ連続耐久記録世界一に挑戦中。
ドライオルガスムスがキマりすぎて、
もう廃人になりそう。申請なんかできないかも。
ボクの顔で春川ますみと市原悦子が
かわるがわるスティンクフェイスして
いまつ。 (;´Д`)ハァハァ。

7 :考える名無し仔猫さん:04/03/26 19:25
 情報インフラなんて所詮、道具に過ぎないから、利用する側の
レベルが低ければ意味ないんだよね、・・・とか、もっともらしい
ことを言ってみるテスツ

8 : :04/03/26 20:09
大衆社会の弊害を説く脳足らず(西部某みたいなね)の弊害については
まったく考えが及ばなかったオルテガだかマッシュだかもその程度ってこった。

9 :考える名無し仔猫さん:04/03/26 20:19
とりあえず、何の根拠もなしに、自分だけは皆とは違うと思い込んで
大上段から説教するぞ、ゴルァ

10 :>8:04/03/27 00:33
西部とオルテガはともかく、ド・トクヴィルとアドルノはじめ
フランクフルト学派は今こそちゃんと読まないといけないと
思うけど。

こんだけフリーターとかが出てきてる時、「虚偽意識」概念
なんかを頭から否定できる奴は、まだ80年代的な多幸感に
包まれてるんだろう。

11 : :04/04/02 00:01
>>8
大衆論を踏み台にされたというわけだな。

12 : :04/04/06 23:43
西部邁さん
出番ですヨ

13 : :04/04/06 23:55
確かにいま社会構造が大きく揺らいでる時だと思うけど、フランクフルター
って基本的には戦前におけるナチの研究だったわけでしょ、それでも適用
できそうな考えってあるのかな、あるなら詳細希望。

14 : :04/04/07 00:43
そもそも日本の学者なんか
アドルノが想定する教養層でもなんでもないって。

15 :10:04/04/07 02:14
>>13
いや、まあおれも適当に書いてるんだけどね(笑)。

言いたいことは、大衆文化の自律性に可能性を見ようとする
カルスタ原理主義&80年代的消費文化論の生き残りとかは、
現代を論じるにはむしろ有害なこともあるってこと。

たとえば「バンドやりたい」と定職につかない奴がたくさん出て
きた時、その「バンド」自体に意味を見出していっても仕方ない
でしょ。本人だって困ってるんだから。
こういうこと言うと「大衆文化蔑視だ」とか下らないこと言う人が
ちょこちょこいるんだけど、じゃあその「大衆文化」って何なんだと。
そういうこと考える時、アドルノとかももう一辺読み直さないと
いけないんじゃないのと。そんだけのことっす。

16 : :04/04/07 02:16
別に有害でもいいよ
世の中にはカルスタを真に受けるアホが出るような、
そんなトラップに満ちているからこそ面白いと思う。

17 :10:04/04/07 04:15
>>16
いやいや、まあね(笑)。おれはもうちょっと真面目っちゅうか
正義漢なとこあるんで(笑)、アホに同情しちゃう自分を何とか
抑えるのに必死な訳ですよ。

18 : :04/04/07 12:55
tp://pweb.sophia.ac.jp/~n-anraku/fscale/fscale.html

F尺度測定

私は一般人でした。

19 :  :04/04/07 13:05
tp://www.let.osaka-u.ac.jp/~irie/mori/great/adorno.htm

テオドール・W・アドルノのプロフィール

20 : :04/04/07 13:09
おまけ

tp://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/4-7885-0805-2.htm

ほんの紹介文ですが、フランクフルト学派の概要

21 : :04/04/07 15:42
ほんの→本の

22 :考える名無しさん:04/04/07 16:24
宮台は吉本の大衆論を高く評価してるよね。

23 : :04/04/07 16:45
その消費を担える層が縮小しているのが現状では?

24 : :04/04/07 21:20
俺はオルテガなんぞ読んでないし、アドルノも学部の講義で聞いたっていうくらいだから、
詳しいことは知らんけど、国は借金で火の車、人口は左前で、これまでに無く労働者が虐げられていて、
正規雇用の椅子も減少していて、10年後はどうなるか想像できないような生活をしている人が、
急増している、そんな状況下における心理状態(?)をフランクフルト学派の理論で援用できるものがあるのであれば、
ぜひ10氏にお願いしたい。


25 : :04/04/07 21:21
なんか改行マズったみたい。

26 :10:04/04/07 22:23
>>24
死ぬほど暴力的に要約すれば、
「そんなひどい状態なのに、なぜ労働者に政治意識が芽生えて
革命が起きないのか」
を考えていたのがアドルノなんじゃないの。だからあなたの
関心とむしろ近いと思うんだが。知らんけどね。

そこから派生することがいろいろあるが、たとえば大衆文化
は哲学的深みをもたないし、消費者は大企業に踊らされてる
だけだから、革命につながるような政治意識の涵養にまったく
役立たない。よって大衆文化は「虚偽の快楽」であり有害
なんだ、とされた。

革命うんぬんを現代でそのまま援用することはできない。
でも経済生活の地金がはがれてきている現代、アドルノを
批判しつつ大衆文化に意味を見出していく方向性もかなり
怪しい。どこを捨ててどこを救うかの問題ですね。

27 : :04/04/07 22:52
大衆論というよりこれからの日本で熱くなるのは階層論の方だと思う。

28 : :04/04/07 23:14
まず、「大衆文化に意味を見出していく方向性の怪しさ」
について話してみてよ。
カルスタがうさんくさいというのだと弱杉。
もっと大衆文化内在的な弱点を挙げて欲しい。
アジアには大衆文化しかないという実感があるんだよね。
特にアドルノの問題意識を考えようとすると。

アドルノに親しい一例を挙げると、
東アジア圏が仮にクラシック演奏者を多く輩出していようとも、
そこには職人しか見いだせない。

29 :>>28:04/04/08 00:37
お、君、結構真面目だね(笑)。おいらも真面目にカキコします。
実はおれも似たようなことに関心があるのだ。

要するに、支配的価値への「抵抗」(=サブカルチャー論)
とか、差異の消費ゲーム(=消費文化論)とかいうのは、
経済的な豊かさと、ポピュラー文化における利益構造=産業
の確保を前提としていた。これが崩れているのが現状。
というか元々幻想だったのかもしれないが。

1)差異のゲームなんかハナから参加できないし、「抵抗」
以前に生活でキュウキュウの人たちが大量に出てきている。
2)文化の産業化なんていい加減だったから、若者は夢の
達成(=音楽とかで金を稼ぐこと)の方法も困難さも何も
知らない。「普通の生活」への違和感の先がない。
アノミーしかもたらさない=産業なき消費文化の弊害。

そして、産業なき消費文化がもたらす若年層のアノミー
と、グローバル資本主義下の階層分化というのは、実は
日本だけじゃなくて全アジア規模で進んでいる。
もちろん国別に細かい文脈はいろいろあるけどね。

その背景にあるのは、80〜90年代初頭のアジア高度成長と、
その一環として進んだメディア・グローバリゼーション
(=アメリカのポピュラー文化とかが直に流入するように
なった)。
こういう地盤整備の上で、アジアの諸都市はアメリカとかイギリス
でパンク勃興以後30年かかった変化を、4〜5年でぐぐっと圧縮して
体験してる。「圧縮近代」ならぬ「圧縮ポストモダン」(笑)。

30 :>>28:04/04/08 00:38
しかも、元々の英米では不況と階層分化が進んだ70年代後半の、
しかも労働者階級の文化だったものが、「高度成長の夢」=
「欧米へのキャッチアップ」という文脈で流入している。
「やっとおれたちもバンドやったりクラブ行ったりできる
ようになったんだ!」ってことね。でもそれは果たして
良いことだったのか?

サブカルチャーってのは大体、元々貧乏な若者の必死の自己表現
だったものだ。しかも数十年の蓄積の中で、英米には堅固な産業
がある。貧乏な若者がヒップホップとかバンドとかでいきなり大金
持ちになる「夢」を達成できる、制度的基盤があるってこと。

アジアにはそれがない。日本ですら、あんまりない。
アジアのヒップな若者は短い夢に踊り、直後に世界的な階層分化
の波に巻き込まれて下降移動していっている。消費社会化が90年代
で後発だったから、「夢」の行き場が整備されていない。
大衆文化がもたらす「夢」って何なのか?そういうの考えること
なしに、たとえば韓国政府がボアとか支援してるのは本当に危険だ。
韓国でも「働きたくない若者」がすごい増えてるし。

おれに言わせると、アジアの共感ってのは一緒に大衆文化の夢に
踊ることではない。80〜90年代の消費社会って何だったのか?
そこに後発で参入した我々に見えることは何か?ハードなグローバル
資本主義がアジアにも波及したってことは、大衆文化っていう観点
からはどう考えられるのか?そういうことだと思う。

ちょっと分かりにくくなって何だが、まあそんなとこです。

31 :>>28:04/04/08 00:48
ん?今書き込みを見て思ったのだが、君が言っているのは
「アジアには高級文化がない」ということ?
なーんだ全然違うじゃん(笑)。

おれは正直、その手の文明論にはあんまり興味がない。
たとえば「アジアには高級文化がない」ことを証明して、
一体何の役に立つのかよく分からない。
つーことで誤爆すまん。

32 : :04/04/08 00:56
>>31
アジアにハイカルチャー云々と書いたのは、
あんたがアドルノの問題意識を持ってきたから。

階層分化は文化論を必然的に巻き込むと思うけどね。

イギリスのカルスタが分析したパンクやヒップホップの話で言うと、
日本でメジャーなDJが結局富裕層であることは、
お決まりのひずみの一例だと思うわけです。

「アジアに高級文化がない」などという矮小な話をしたつもりはないよ。
むしろ「教養」を支える基盤そのものが危ういと考える。


33 : :04/04/08 01:01
で、続けると、
若者が音楽やったりカルスタやったりするのに危惧を感じるという、
あんたの問題意識は、
大衆論との関係で言うと、最終的にどこに着地点を持つのだろうか?
「真面目に働け」的なものじゃなくて。

日本で現状対抗文化がありえない、という暫定的結論は
すでに誰しもが抱いている直観だと思うんだよね。


34 : :04/04/08 01:05
>>32
横レスすまそだが、それをいうなら西欧にも教養なんて実在しないと思う。
西欧のクラシック奏者だってほとんどが"職人"でその時々の情勢にあわせて
ナチまんせーとか民主主義まんせーとかしていただけだし。

それからアドルノと80年代日本で流行った?サブカル論者って相反するも
のではないと思う。アドルノの音楽論もアドルノが持ち上げたシェーンベルクの
音楽論もオタク的に古典を分析して薀蓄を披露して、古典へのオマージュとして
"前衛"作品を生み出すというものであって、日本のサブカル論者はそれを
アニメとか漫画に適用しただけに見える。

アドルノも日本のサブカル論者も労働や経済の闘争の現場から離れて
自分の趣味の世界で薀蓄を傾けることが社会的に意義のあることだと
という欺瞞を広めた点で同罪ではなかろうか?

35 : :04/04/08 01:10
>>34
それは極論じゃない?
人文系が全部価値ないことになるね。

芸術研究としてみると、
アドルノは社会的側面と作品の内在分析の両方やっているから面白いんだけど。

36 : :04/04/08 01:11
>>35
漏れ最近「極論」が正しいんじゃないかという気がしてしょうがないんだよ(w


37 : :04/04/08 01:16
>>36
マジレスすると、社会学者が人文ウザイと思うのは簡単すぎるぜ?
なんせ周りに半端な趣味人しかいないから。
カルスタが軽いという実感は嫌というほどわかるが。

けど友人にまっとうな芸術研究者がいるから、
俺はそう簡単に人文叩くつもりはないね。
本格派はそれなりにいるよ。
藁人形叩きにならないようにしたほうがいいよ、マジで。

38 : :04/04/08 01:30
>>37
ベートーヴェンの楽譜の校訂だとか、旧日本軍の資料の散逸を防くとか
人文系の人文研究は誰かがやらなければならない大事な仕事だと思うけどね。

半端な趣味人はなあ。理系でも法律家でも、クラシック音楽やサブカルが
"出来る"とか"詳しい"とか"専門家はだし"という人間は掃いて捨てるほど
いるわけだから。

39 : :04/04/08 02:40
10氏に質問。

まず、「英米でパンク勃興以後30年かかった変化」という所なんですけど、

社会状況的には、すごく大ざっぱにまとめてしまうと、英は80年代に、
不況のどん底でIMF管理化におかれましたよね。そんでサッチャーが改革に
乗り出して、経済面では規制緩和を推し進めて、国内の銀行全部潰して外資
導入した。また、それまでのケインズ主義的福祉国家政策も変更して、社会保障もどんどん
大幅に削ってしまった。これらの改革によって国内の産業(製造業)はガタガタに
なっちゃったけど、マクロ的な経済は上向いてきてこないだまで(いまもか?)
ロンドンは景気がいいみたいなことが言われていたと思います。

この変化でおそらく雇用は流動化しただろうし、失業率も上昇したと思われますが、
その間の若者含め一般人のありかた、考え方はどのように変わってきたの
でしょうか?



40 : :04/04/08 03:26
あと「「普通の生活」への違和感を感じつつも、産業なき消費文化のなかで
アノミーに陥る若者」とありますが、アジア地区ではポップスやドラマ、
世界的規模でビデオゲームやアニメといったソフト産業が大きな市場を形成
してますよね、韓国にしてもこの流れに乗るためにコンテンツビジネスを
国が積極的にバックアップしていると、NHKのドキュメンタリーで見た覚えが
あります。冬ソナもその一環らしいっす。

これって結局国家戦略としての文化輸出ということになると思うのですが、
「夢の行き場」にはなりえませんかね。

自分で書いてて無理があるなと思いましたが…

41 :10:04/04/08 03:46
>>33
いいね。最終的な着地点は、だから「文化には産業が必要だ」
ということです。音楽とか文芸とか社会学とか(笑)やるん
だったら、ちゃんと金を生むシステムを作り上げないといけない。
そういうの考えなくていい富裕層の子弟だけがサブカル・エリートに
なったらつまらない。かといってその状態のままで普通の若者を
巻き込んでいっても、大量のフリーターを生み出す役にしか立たない
ということです。
つーか、君は何でそんなに喧嘩腰なんだ?(笑)

もうちょっと言うと、ここにおいて、多くのサブカルチャーに含まれる
「反主流文化」、「反商業主義」というイデオロギーはむしろ邪魔に
なる。後発消費文化は、すでにある産業的中心への反発から発したもの
を、その産業的中心なしに輸入します(e.g.オフ・ハリウッド映画、
「オルタナティヴ」ロック等々)。「ポストモダン的価値観」とか
いっても、それを支える経済的基盤がなかったら仕方ないということ。
こういう後発消費社会化が含む問題と、今の日本の若年層が置かれた
苦しい状況を串刺しにして考えたいというのがおれの関心です。

>>39
おれは80年代のイギリスに住んでいた訳じゃないんで、その辺はおれにも
はっきりとは分かりません。すまんね。ただひとつ言えるのは、当時の
イギリスと今の日本は似た状況なんじゃないかと。いよいよ日本にも、
ホンモノのカルスタが出てくる頃かと(笑)。
カルスタって正に、この状況下のイギリスで「若者含め一般人のありかた、
考え方はどのように変わってきたの」かをテーマとしていた。階層分化
とかいう問題がまだそれほどハードに現れていなかった、90年代半ばの
日本に輸入された時に一部DQN化しただけ。一概に下らないとは全然言えない。

42 : :04/04/08 03:56
>>41
単なるカルスタ冷笑派以上の意見を聞きたかった。
けど意見はほとんど一致してるんじゃないか?
今後ようやく本物のカルスタが可能になるだろうというのも同感。

漏れ自身がDQN階層出自なので、
どうにも熱くなる傾向があるようだ。
最近本当に貧乏階層の院生が減ったと感じる。
もはや公立高校出身はほとんどいないね。
本格的にヤバイだろう。チャンスでもあるんだろうけど。

43 : :04/04/09 19:52
age

44 :名無しさん@社会人:04/04/26 16:19
>>18
ボクも一般大衆でした。

45 :名無しさん@社会人:04/05/04 02:47
>>18
自由主義者でした。1.86

46 :名無しさん@社会人:04/05/04 03:06
社会学の定義であり弱みは人間をマスでしか捉えられないこと
大衆がどうか重要だけど大衆の中にあって自分が生き残る方法は何なのかを考えた方がいいのでは・・・
と思わされる書き込みばかりですた
サブカル擁護もいいけど、論文のネタにはなるけど、就職してから先が見えないなぁ

47 :名無しさん@社会人:04/05/04 09:56
ちなみに宮台の大衆概念は吉本と同じ。
宮台いわく、そういう認識は「吉本だけだった」。
「そういう」というのは、おそらく大衆という概念も幻想論ということか?
大衆は自らを定義し得ないから、自らを定義し得ない最大公約数的な部分を
指して「大衆」という、かな?

48 :名無しさん@社会人:04/05/04 10:06
CSがダメ扱いされ、社会学が軽んじられることがあるとすれば、原因は?
「マス」や「大衆」の定義ができてないことだろ。
マル経の基本的認識のように大衆やマスというあやふやな概念を却けて、
現存在、労働者、消費者として個人をめぐる属性を徹底した認識がない
というわけだ。
行為としてのCSや社会学は正しいと思うのだが、認識としてはどうかな?
というのがオレの意見だな。マルクス主義なんて行為としちゃ間違いだもんな。


49 :C.Wright Mills:04/05/04 18:16
漏れも大衆論の本を書いたけど、今はエネでドライに
いきまくってマス 大山 神の手まそこ。
ドライにMYれぼりゅーしょん!!
シュインシュインシュインシュイン。カウバーカウバーカウバー。
korede あんぜんに前立腺フォーマットできるように
なったら、日本は滅びるね。快感が炸裂する。
馬路やばいよ。

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