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疎外論をめぐって

1 ::03/05/17 04:15
若いマルクスによる
経済学哲学草稿の疎外について
1、通説によれば疎外=産業社会、資本主義の発達による非人間化である。
鮭秀美によるとアルチュセールはこのころの若いマルクスとその後のマルクスには認識論的断絶
があるといい、廣松渉は経哲は古典的労働疎外論だがドイツイデオロギーからは断絶がある
ということをテキスト実証的に示した。
それに対し
2、小室直樹説によると疎外=人間の意思では変えられない社会法則であるという。
若いマルクスとその後のマルクスは社会科学的という点で
一貫性がある。
さてどっちが正しいのでしょうか?


2 ::03/05/17 04:17
小室説をとるのは小室直樹氏と小室学派の副島隆彦先生の約2名となっております

3 ::03/05/17 04:47
鮭秀美先生によりますと
若いマルクスは実存的、人間主義。
参照文献
ニッポンの知識人
アメリカの秘密
論理の方法
原著を読めばわかるはなしではある

4 ::03/05/17 04:50
小室説は明快で面白い
しかし内容は書いてあるも都合で実証が書いてない


5 ::03/05/18 04:11
そがいー実存問題であり
そこから主体的な回復をめざす
というのが主体的マルクス主義だったそうだ。
主体思想とやらのネーミングはここから思いついた発想だろう。
ファン書記は日本に留学経験があるとか聞いた事があるし
いかにも誠実で真面目、疎外論にはまりそうなタイプだ。

6 ::03/05/19 04:10
このスレは疎外されている。
バイトで延々荷物を一人で機械的に
やらされ、精神的にまいるという悩みを聞いた事があった。
これはまさに労働疎外的問題だ。

7 :1はばか:03/05/19 04:48
1はばか

8 : :03/05/19 17:08
 初期マルクスと後期のマルクスの間に問題関心の変化があるのは確かに
事実だろうな。アルチュセールはその点を綿密なテクスト読解で明確にし
たが、ただしその論証は綿密すぎると言えなくもない(マルクスが考えて
いた以上のことをテクストから読み取ろうとしているという意味で)。

 問題関心の転換はあったとしても、初期と後期の間にある種の一貫性が
あるのは確かだと思うから、その点に注目するのはそれはそれで「あり」
だと思う。初期マルクスには初期マルクスなりの意義があるのだし、やは
りそれは認めないといけないでしょう(ただしその問題点も見据えた上で)。

 そういえば見田さんは「マルクスの思想的核心は疎外論にある」という
ようなことを言っていたな。

9 :かおりん祭り:03/05/19 17:09
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10 :aaa:03/05/19 17:26
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11 ::03/05/23 03:33
見田ゼミ生ですか。

12 : :03/05/24 07:03
時代は物象化論だよ。

13 :pg:03/05/27 11:41
つまり、物象化現象ですね。サイババの。

14 : :03/05/28 02:50
なつかしいな

15 :んb:03/05/28 02:51
秩父と言えば自殺の名所。街全体から醸し出される異様な雰囲気から日本の怪奇映画のロケ地としてよく使われる。人口の割の伝統的な祭りが日本一多く、どの祭りも異様にテンションが高いあたりは閉鎖的で半廃墟化した街並に対して不気味でさえある。


16 :山崎渉:03/05/28 14:50
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

17 : :03/05/28 19:13
へえ。

18 : :03/05/31 09:31
ほう。

19 :ageru:03/06/10 15:27
dannko

20 :ケンジ:03/06/10 22:13
まあ読み方によって、なんとでもよめるわな。
マルコヴィッチ(プラクシス学派)や城塚登は、疎外論中心でマルクスをとらえる。
サルトルもそうだ。そして疎外論から物象化論へと連続的にとらえるのだな。
これは最終的に「人間」への還元というのがある。
言い換えれば、人間ないしは人間の実践というものを根底に据えるわけだな。

 アルチュセールは、そうではなくて、社会的諸関係・構造という次元で思考する
(構造論的因果性)。疎外論は、人間還元論・主体のプロブレマッティク、
哲学的人間学、要するに表出的因果性でだめだというわけだ。

 どちらの立場も、マルクスのテクストに真理が内包されているという護教論的
立場にとどまっている。



21 :_:03/06/22 15:00
疎外論は、有機体的ホーリズムであろうとリベラルなアトミズムであろうと、
しょせん普遍的実体という形而上学の罠を逃れられない。
構造主義は広松渉の関係の第一次性論であれアルチュセールの構造的因果性であれ
マルクス主義の労働・生産過程を前提とする人間主義を残している。
その意味で価値実体に対する価値形態論の意義を明らかにした宇野弘蔵こそ
完全に疎外論を克服した唯一の理論家といえるだろう。

22 :ケンジ:03/06/22 16:30
だいたい労働価値説というのが、
「表出的因果性」じゃあないですか。
「価値実体」なんて神秘的なモノを想定したりして。
これじゃあ経済学を「労働の哲学」にしてしまうことになる。
マルクス主義の場合、搾取を批判するために
古典派経済学から、「労働の哲学」を導入したわけだな。

宇野弘蔵とやらもそういう限界をこえてないのじゃないのかな。
読んだことないけど。
まあマルクス主義というのは、根底的には、「社会主義の哲学」ないしは
「哲学的社会主義」だということになる。


23 :_:03/06/22 19:41
宇野はマルクス的価値実体論も社会主義の必然性も『資本論』では
論証不可能なものとして否定した。それは、読みようでは
アルチュセール以上の科学主義ではあるが、>>22ケンジのいう
「表出的因果性」を完全に免れていることは確かだ。
わが国で疎外論批判を語るなら、宇野理論くらい勉強しといた
ほうがいい。


24 : :03/06/23 21:33
広松は?

25 :_:03/06/23 22:59
広松は、アルチュセールと同様に初期マルクスと後期の認識論的切断を
はかり、これを疎外論から物象化論への転換として理解した。
この関係の第一次性論によるマルクス解釈はアルチュセールをはるかに
超えた世界的水準にあるといってよいだろう。
しかし広松は唯物史観(マルクス主義)の確立については、エンゲルスの
主導性を認めており、『資本論』や社会主義に関する理解では、
非常にオーソドックスなロシア的・正統的な理解にとどまっている。
労働生産過程を前提とした価値実体論や、その否定の否定による
弁証法的な社会主義の必然性を肯定している。
疎外論を本当に克服しようと考えるなら、広松的関係主義を
はるかに早く、しかもより徹底的に完成したものとして
宇野理論を読み込むべきだろう。

26 :   :03/06/24 02:33
宇野ちよ 宇野こーいちろう とかなら読んでもいいけどな。

27 ::03/06/24 09:47
大塚先生の社会K学の方法を読むと
P11、P15あたり
まるくすの言う疎外とはなにかとかたっている。
これが小室説そのまんま。というより大塚先生起源なのだろうね。

28 : :03/06/24 13:18
米国系Web
http://pleasant.free-city.net/


29 ::03/06/25 12:12
大塚先生の釈迦方みんな読んでるはずなのに、おおつかせつを知ってる人はほとんどいない。
マルクス疎外概念に関し単純な労働疎外論というのが大方の理解である。
ところで、経哲から社会科学的方法についての努力が見られるが
一応の形で成功したのはドイツイデオロギーからだとある。
つまりアルチュセールや広松と同じことを指摘している。
まあ社会科学的視点から見れば誰でもそう思うのではないかという感じもするが
大塚先生は1964の時点でこうシテキシテイル。
あるちゅせーるや広松より早いかもしれない。


30 ::03/06/25 12:26
話は変わるが、後半p208から209にかけてにしべすすむ風の伝統概念
の誤り、不都合性を指摘していて、これに西部風の伝統主義者は勝てない
とおもわれる。
さて西部進は社会科学者であり、この本は当然読んでいたはずだが
身についていなかったようである。その点宮台は、まったく同じことをいって
西部を批判していた。

31 :さろとさる:03/07/03 00:12
1.小室は大塚の押し掛け直弟子である。
2.>社会科学的視点から見れば誰でもそう思う・・・1964年の時点で・・・
 ルカーチやフロムなどの疎外論=初期マルクス評価は露西亜マルクス主義の
 主流に抗して出されたのであり、主流派の見解は初期マルクス無視だった。
3.スターリン批判後の実存主義的マルクス主義に対して廣松やアル中セールが
 弁証法的?に登場したのである。
4.大塚は実存主義的文脈とはまた異なった主流派批判の流れで読まれていたが、
 宇野派はそれが資本主義の本質=労働力商品化を見失っていると批判していた。
 →降旗節雄など、1960年代後半
5.廣松が〈価値形態〉の対自対他的四肢構造で否定したのが価値<実体。説ではないのか?

32 :誤字訂正:03/07/03 00:16
西部進→西部邁
<実体。説→<実体>節>>31

33 :山崎 渉:03/07/15 12:37

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

34 : :04/01/14 19:04
隔世の感。

35 : :04/01/14 23:49
疎外論が持つimplicationは、現代社会でもそれなりに生きていると思うけど。
見田さんも、「マルクス思想の核心(疎外論)は近代が終わるまで有効であ
る」といったことを言っていた。これに対して、桜井さんは、初期マルクスの
意義はその批判的なimplicationであって、見田さんが言うような「ロマンティ
シズム」ではないと言っていた。

いずれにしても、やはり隔世の感がするのも事実かも。

ただ、最近仏ではマルクスの初期論稿を巡る哲学的研究が行われていて、
それはそれで、アクチュアルな問題なのかもしれない。ただ、仏には仏の
特殊な事情があったりするんだけど。

36 :_:04/01/19 01:41
>35
見田さんとどのようなご関係で?
そういうエピソードもっと聞きたいです。
あと、桜井さんって誰です?

37 :  :04/01/19 02:22
 何年か前に出ていたクレアかなんか?(失念)の「私の進める5冊」みたいな
企画で、見田宗介氏は、柳田の著作とともにマルクスをあげていて、そうしたこ
とを言っていました。私が読んだのは、情況の社会学特集だったと思います。>
桜井洋氏まちがっていたら、ごめんなさい。

38 : ◆.EDMOUBKE2 :04/01/22 16:02
あー、どうも俺はノケ者の立場でないと落ち着けねぇ(笑

39 :学校へ行こう:04/01/23 00:36
クレアってなーにー?

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