5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

フッサール『デカルト的省察』を読みたい!

265 :カッコ:03/11/11 03:53
●● 第十四節 ●●(岩波p.66 中公p.212)
思うことがもつ流れ。思うことと思われたこと

 ■1■
 ● 流れる意識の生
 ・それでは、「我思う」という分岐点から、デカルトが入らなかった道への歩みを進めていきましょう。
 ・それは、「(省察する)同一の我」で止まるのではなく、「流れる意識の生」へ向かって進むことです。
 ・なお、「流れる意識の生」の明証の必当然性がおよぶ範囲についてはまだ保留のままにします。
 ・「流れる意識の生」という、「同一の我」がその中で生きる、多様な「思うこと」、
  たとえば、感性的に知覚したり、表象したり、言表したり、価値づけしたり、意欲したりする生へ、
  反省のまなざしを向け、観察し、内容を解明し、記述(特質を完全に秩序づけて記載)することです。

 ■2■
 ● 「意識の心理学(心理学的意識研究)」と「超越論的現象学的意識研究」との区別1
 ・しかし、その記述は、心理学の記述とどこが違うのでしょうか?
 ・たしかに、「意識の心理学」は、「超越論的現象学的意識研究」と、ぴったりと平行するものですが、
  この二つを厳密に区別ことが必要です。
 ・この二つを混同することは、「超越論的な心理学主義(心理主義)」というものの特徴で、
  真の哲学を不可能にするものです。

 ● 「意識の心理学」と「超越論的現象学的意識研究」との区別2
 ・この二つの間の微妙な差を区別することは、哲学の正道・邪道を決定的に分けてしまうものです。
 ・私達が、たえず注意しておかなくてはならないことは、
  超越論的現象学的な研究全体には、超越論的還元を断固維持することが必要だ、ということと、
  この還元は、研究対象を「人間の心的な生」に抽象的に限定することではない、ということです。
 ・二の研究が、もし同じ所与を扱うことがあった場合、
  「意識の心理学」は、存在するものとして前提された世界の中のもの、
  つまり、人間の心を構成する要素として把握されたもの、として扱います。
 ・それに対して、「超越論的現象学的意識研究」は、そもそも世界というものを、
  現実としてではなく、ただの現実の現象としてしか通用させません。

157 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)