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人生最大の発見

1 :考える名無しさん:03/02/09 20:22
人生最大の発見は「原則」である。

個人のみならず、人類にとっても最大の発見であるだろう。
あと何十年もすれば、一般的にも認知されているのではないかと思う。

ひとまずここにスレを立ててみようと思う。

101 :1:03/03/27 22:32
ところで原則の話に少し戻りたいと思いますが、
原則が分かった人は、自分の知っていることと、知らないことがはっきり分かるようになると思います。
また、そこからイメージの沸きやすいものと、沸きにくいものとあるのではないかと思います。

そして、様々な自分の知らない情報をかき集めていくと、
様々なイメージが沸いてくるようなことが起きるのではないでしょうか。
さらに情報をかき集めていくとどうなるかは、予想はできても、
そのときの感覚は今現在にはつかめない不思議な感覚であると思います(不思議でなくても良いですが)。

ちなみに「情報」というのは、あらゆる刺激のことで、受けると脳にその情報が蓄積されて行きます。
物事を無視しようとするなら、その「情報」は得られないものとなります。
原則が分かっていない人は、知らずにうちに様々なものを無視してしまうのが普通です。

一例ですが、視野が狭いときに世界を知りたいとき、世界旅行に行くか、情報雑誌を読んだりすれば
様々な「情報」が得られて視野が広がると思います。

また一例として、ゴルフの初心者がスイングの練習を始めるとします。
初めはなかなかうまく行かないものだと思いますが、
一つ一つのスイングが脳にとっては「情報」になるのです。
「情報」が増えていくと、そのうちコツがつかめてくるのです。

そしてこれらの情報量がとても大事であるのが普通です。
そしてまた、情報量が増えていくと、そこから何かの法則が見えてくるように、
スッキリ整理ができるようになることもあると思います。

また、言うまでもないかもしれませんが、
今の時代、情報は無尽蔵に溢れかえっている時代です(役に立たない情報も多いかもしれません)。
これからは、それらの情報をうまく引き出すことも大事な能力だと思います。

目的が違えば、その情報のありかも様々に変わったりもします。
そして、その情報も様々な場所に転がっているかもしれません。

102 :1:03/03/27 22:32
ところで、「言葉」というものがどういうものなのか本当に分かっているでしょうか?
コミュニケーションの正しい方法というのをご存じでしょうか。

人間は確かに言葉を使って考えることもできますが、
本当は言葉を使って考える必要など全くないのです。
もちろん言葉を利用して考えることは普通にあり得ます。

実は「言葉」というのは伝達手段であり、記号に過ぎないのです。
「りんご」という記号には、あの食べ物の意味は全くありません。
外国の人には分かるはずもありません。

言葉のイメージが人によって違うというのはご存じでしょうか。
何故日本人が日本語を使えるのかというと、
今までさんざん日常生活の中で使ってきたから身に付いているだけなのです。
なので、その人が過去に使われてきたその言葉の趣旨で、
その人が無意識にその言葉のイメージを持っているものと思われます。

辞書などで統一しようという動きも大事ではあると思いますが、
それはただの便宜的なものでしかありません。
なので、子供は言葉をあまり使いこなせませんし、難しい言葉は大人でも知らないのです。

そして、いくら頑張ったところで「言葉」は単なる記号で伝達手段にすぎないことは変わりません。
また、その言葉の解釈・イメージは各個人で微妙に違うのが普通です(もちろん同じこともある)。

ちなみに、伝達手段は「言葉」だけではありません。

103 :1:03/03/27 22:33
そこで、「概念」というものを考えると都合が良いと思います。
それこそが、「言葉」という記号が表している内容のことです。

おそらく今までは「言葉」と「概念」がごっちゃになっていて、
それらを併せて言葉と呼んでいたのだと思います。
その違いは、言われてみれば分かるのではないか??とは思います。

「言葉」と「概念」がごっちゃになっているので、
大抵の人は言葉を使わないと思考ができないものと思いこんでいるのだと思います。
これらのことが分かれば、誰もが言葉を使わずに思考することができるのではないかとも思います。

言葉を使うのは、何かを伝達するときのみでいいのです。
もちろん言葉を利用して考えることも良いことです。

そして、過去の偉大な人物は言葉で思考をしていないことも多いです。
もちろんそれは時代によって変わることはありませんし、
当然芸術家などは言葉で作品を作り上げることなどしていません。

とりあえず「言葉」と「概念」の違いがはっきり区別できるようになると良いと思いますが。
分かりますでしょうか??

これからは「言葉」を覚えるのではなく、「概念」を学んでいくことが大事であると思います。
そして「言葉」で考えるのではなく、「イメージ」で考えることも大事であると思います。
専門用語などは、その「概念」をつかむことが非常に大事です。
言葉だけを知っていても使い物にはなりません。

イメージで考えることは「考える」という言葉には違和感があり、
「空想する」といった言葉の方がふさわしいかもしれませんが。

104 :1:03/03/27 22:33
一例ですが、「おいしい」という言葉は一つですが、
「おいしい」という概念は無数に考えられるかもしれません。
どう「おいしい」のか?という話です。

また、単語というレベルのみでなく、何かの状態を表す文章なども同じ事が言えます。
あらゆるものはイメージなのです。そしてそれが本質的です。
言葉というのはたんなる記号に過ぎないのですから。
ちなみに、イメージにも鮮明なものから、あやふやなものまで様々です。

ただ、イメージでは直接伝えられないので、「言葉」という記号に変換しているにすぎないのです。
他の表現方法も無数にあるかもしれませんが。
やはり言葉は伝達手段に過ぎません。

これらのことは日本語だけでなく、あらゆる言語にも当然のごとく当てはまります。


過去の時代は情報も少なかったので、ある意味当たり前だと思いますが、
もしかしたら、過去の人たちは今の人に比べてイメージ能力が相当低かったかもしれませんね。
さらにもっと過去になれば、深く考える人はほとんどいなかったのではないかと思います。
また、考えていることも今とは全く違い、視野もかなり狭かったのではないかと思います。

言葉というものも時が経つと進化したりもするのです。
基本的には人間がさらに様々な表現をしたいときに、言葉を変化させるのではないかと思います。
意図的にではない場合が多かったかもしれませんが。

そして、劇的ではないかもしれませんが、
言葉というものも生き物の様に様々に変わっていくものだと思います。

105 :1:03/03/27 22:33
これらのことが分かれば、本当のコミュニケーションとはどういうものかは分かると思います。
コミュニケーションとは、ある人が「何か」を相手に伝えたいからするのです。
そしてその「何か」というのは、実はイメージなのです。

そのイメージを伝えるために、相手に分かるように言葉に変換して伝えるのです。

つまり相手の言葉も、ただ言葉を勝手にこちらで解釈をするのではなく、
相手が何をイメージした結果の言葉なのかを考えなくてはならない(イメージする)のが原則です。

結局言葉は、伝達手段にすぎないということです。
このことが分かることは大事なことです。

つまるところ、ある人の頭の中にあるイメージを、
違う人にそのイメージを伝えようとすることが「コミュニケーション」です。

簡単なものであれば、何も考えずに行うことができますが、複雑なものを伝えるときは、
これらの基本が分かっていないと伝達することさえ一苦労になるのです。

まずは、何を伝えたいかをはっきりとしたイメージにして、
それを言語化して伝えるようにすれば良いのです。
場合によっては、身振り手振り、メモなどを使いながらということも考えられます。

最近コミュニケーションができない人が多いと言われたりもしますが、
すべては原則が分かってないから、ということも一理あるのではないかと思います。


「言葉」と「概念」の違いは分かったでしょうか。

106 :1:03/03/27 22:34
ここで一つ、ものを考え、作り出していくときの例を出してみたいと思います。
次の文は、「ハリー・ポッター裏話(静山社)」からの引用ですが、
私はJ.K.ローリングさんの話は、他のところでも拝見しています。

これらのことは何も小説の話に限らず、
何かの戦略を立てるような時や、他の様々なものにも同じような感覚が当てはまります。


『どのようにして物語を創り出していったのですか?』という章からの引用1

「どうしてハリーがそこにいるのか、どうして両親が亡くなったのかを解き明かしていくやり方です。
 私が創り上げていたのに、まるで調査でもしているような感じでした。あの列車の旅が終わった時に
 は七巻シリーズになることはもうわかっていました。まだ一冊も出版していない人間にしては、あま
 りにも傲慢な感じがするでしょうけれど、私にはそういうふうにしか考えられなかったのです。七つ
 の物語をひとつひとつ組み立てて、シリーズを構成するのに五年間かかりました。いつ、何が起こり、
 誰が登場するかわかっていましたから、書きながら、まるで古き友と再会するような感じがするので
 す。」

ハリー・ポッターはマンチェスターからロンドンに戻る列車の中で生まれたとのことです。
ハリー・ポッターが突然頭の中に現れたことからすべてが始まったとのことです。

そして、その列車から降りるときにはすでに大まかな考えは練られていたということです。
あとは調べ物をしながら、そのアイディアをさらに煮詰めていったのではないかと思います。

107 :1:03/03/27 22:36
『どのようにして物語を創り出していったのですか?』という章からの引用2

「登場人物について、必ずと言っていいほど完璧な履歴が出来上がっているのです。そんな詳しいこと
 まで全部物語に入れてしまったら、各巻がまるでブリタニカ百科事典ほどの大きさになってしまいま
 すね。書いている時私が気をつけなければならないのは、読者は私ほど細かいことまで知らないのだ、
 ということを忘れないようにすることです。シリウス・ブラックがよい例です。ブラックの子供時代
 については、完全にストーリーが出来上がっています。読者はその全部を知る必要はないのですが、
 私は知っていなければなりません。物語の中で登場人物を動かしているのは私なのですから、読者よ
 りもずっと詳しく知っておく必要があるのです。」

彼女の中では、おそらく頭の中にハリー・ポッターのストーリーが、完全にイメージとして
出来上がっているのではないでしょうか。
後は小説なので、うまい具合に言語化させて行くことによって
本が完成するということなのだと思います。

まずは頭の中でイメージを作るということが、何をするときにも重要なのです。

108 :1:03/03/27 22:37
もう一つ、『ビジョナリーカンパニー 時代を超える生存の原則』p375 より引用

この本の内容(「BOOK」データベースより)
時代を超え際立った存在であり続ける企業18社を選び出し、設立以来現在に至る歴史全体を
徹底的に調査、ライバル企業と比較検討し、永続の源泉を「基本理念」にあると解き明かす。

「ここできわめて重要な点がある。基本理念は、「つくりあげる」ことも「設定する」ことも
 できないのだ。基本理念は見つけ出すしかない。内側を見つめることによって、見つけ出す
 のである。基本理念は本物でなければならない。理念を模造することはできない。あるべき
 理念を理屈でつくりあげることはできない。基本的価値観と目的は心の奥底で信じているも
 のでなければならず、そうでなければ、基本理念にはならない。」


いきなり違うジャンルの話を持ってこられても困るかもしれないと思いますが、

「どうしてハリーがそこにいるのか、どうして両親が亡くなったのかを解き明かしていくやり方です。
 私が創り上げていたのに、まるで調査でもしているような感じでした。」(先ほどの引用部分)

ハリー・ポッターのこの部分と、基本理念を探し出すときの共通点が見つからないだろうか。
どちらも勝手に何かを作るのではなく、何かに従って生み出されたという感じを受けると思います。

そして、これらのような原則に従うという感覚を持つことも、
物事をなすときには不可欠かもしれません。
そもそも真実を追ってより良いものを目指せば、自然とそうなる可能性は高いとは思います。

109 :1:03/03/27 22:39
適当に頭に浮かんだものを闇雲に実行に移すのではなく、
今は想像すらできない、より良い状態なものを目指して、
情報の収集や考えを練るなどして、さらに頭の中のイメージを発展させて行こうとすることも重要です。


と、ここら辺でだいたい基本的なことは一通り書いたかもしれません。

そして、本質的には人間が情報を握っているという事実
(本や新聞の内容も人間の頭から出されたものと考えられる)、
あらゆる人工物は、初めは人間の頭の中で生み出されるという事実も、
ある意味納得できるのではないでしょうか??


続く

110 :考える名無しさん:03/03/28 03:15
1さんが親切に丁寧に説明してくれているのは分かる。たとえ話などは分かりやすいよ。
でも、一貫して論件先取を犯していて(前提と結論がループしていて)、説明の体を成していない。
それだとさ、「原則ってそんな矛盾にも気付かせてくれないのか」みたいな印象を与えかねないだろうな。


111 :68:03/03/28 09:48
いまださっぱり原則がわかりません。というか質問に応えて欲しいなー。
「原則的な悪影響」。
っていうか、ある事象のとらえ方は個々それぞれで、本質的な(言い換えれば原則的?)
あったとしても、それすらたくさんある中のひとつのとらえ方と見ることもできる。
そこまで原則にこだわるのはなぜ?しかもうまく伝えられないのはなぜ?
人が生きるうえで最も重要なのは幸福感だとおれは悟りました。別に不幸が悪いとも思わないし
幸せにならなければとも考えていません。積極的に「生きる」ために「いいなあ」という
感覚があると生きやすいと考えます。別にしにたければfuruoyaみたいに自害すればいい。
生きているのだから生きていることを楽しんだ方が生きやすい。そう考えます。
原則を知るとどんな利点がありますか、生きていく上で。


112 :92:03/03/28 13:54
文章は理解できるのですが、「原則」が何なのかさっぱり解りません。
>>105
まずは、何を伝えたいかをはっきりとしたイメージにして、
それを言語化して伝えるようにすれば良いのです。
場合によっては、身振り手振り、メモなどを使いながらということも考えられます。

ココに書いてある通り「何を伝えたいかをはっきりとしたイメージにして、
それを言語化して伝えるように」して下さい。


113 : ◆uTjBJd7ub2 :03/03/28 14:07
ちん毛はちんぽからじゃなくてちんぽの根元の周辺から生えてるんだよね

114 :素人意見だが:03/03/28 14:45
ところで原子というのも中性子やら核やらわかってきたわかえだが、
もっともっと細かい部分が見えるようになったらもっと細かく世界が広がっていたりしないのだろうか?

果てしない宇宙を見渡すように、このミクロ世界もまだすべて見えていないのではないか?
それに、それがどういう働きをするのか、どう作用して操作するのか。

原則というものがすべてに通じるものならば、どこか一つに於いて完璧に研究が進めば
そこからすべての答えに繋がると考えると、それはすべて数値化できるのではないか?

だけど、その原則自体発見してもきっと原則自体は変えられない。
人自体の意思は、やはりその人が決定するのだろう。

不可能が可能になり、ワープなんてできるようになったら世界の国々は別々の星へ移り住むのだろうか?
利権を取り合う戦争なんてやってないで、宇宙ステーション開発でもしてたほうがいいのに。

ってぜんぜん話がそれる始末。

115 :1:03/04/03 20:50
>111
>いまださっぱり原則がわかりません。というか質問に応えて欲しいなー。
>「原則的な悪影響」。

>78 と >100 を見てみてください、どうでしょうか。

>っていうか、ある事象のとらえ方は個々それぞれで、本質的な(言い換えれば原則的?)
>あったとしても、それすらたくさんある中のひとつのとらえ方と見ることもできる。

確かに原則が分かっている人の意見でも、他の人から見れば相対的なものです。
しかしその人にとっては絶対的な基準になるものです。
ちなみにそのことは原則の有効性のほんの一部です。

>そこまで原則にこだわるのはなぜ?しかもうまく伝えられないのはなぜ?

私にとっては、原則があるので無視することができないのです。
無視することも可能ですが。

伝えられないのは、原則というのは伝えられるものではないからです。
自ら原則を探し出すしかないと思います。
それは今すぐに分かるものではないかもしれません。
ちなみにスレ全体を読んでいないのであったら、読んでみてください。

>原則を知るとどんな利点がありますか、生きていく上で。

とりあえず原則を知れば、人生観は変わると思います。
原則を知った後の人であれば、原則を知らずに生きることを選択できたとしても、
それを選択することは、まずあり得ないことだろうと思います。
また原則を知れば、より良く生きて行けるのではないかと思います。

・・・まだ原則があると決まっているわけではありませんが。

116 :1:03/04/03 20:51
>112
>文章は理解できるのですが、「原則」が何なのかさっぱり解りません。

原則的にいえば、「言葉」から「イメージ」への変換ができなかったということですね。


言い忘れていましたが、相手が全く知らないものは言葉で伝えることはできないのです。
それは、相手が言葉からその概念に変換する元になる情報を脳に持っていないからです。

全く自分の専門外のことを話している人の会話を聞くと、
日本語なのに意味不明に聞こえてしまうのも同じ理由です。


「原則」についてはもう一度、次のところから読んでみてください。

117 :1:03/04/03 20:52
ところで「原則」についてですが、
原則自体は便宜的にそう名付けているだけではないかと思います。

やはり「原則」というのは自然の摂理というのと通じるものがあります。
その摂理をより理解していくと様々なことが分かってくるのです。
その結果、「原則」というように名付けられるものがあることを納得できるのだと思います。


思ったことですが、ほとんどの人はものの表面、
または、ある程度の深さでしか物事をとらえていないことが多いと思われます。

おそらく本当のことであると思いますが、
世の中には様々な「もの」や「こと」が存在していますが、
五感で直接知ることのできる情報は、それらの「もの」の1%未満(便宜的な表現)だろうと思います。
ものにもよりますが、これは全く大げさなことではありません。
どちらかというと、控えめすぎだったのですが。

人間というのは、それらのものの深さを理解することができるようになるのです。
また、自分はどのくらい理解しているのかということを、それなりに理解することもできるのです。

まずは、『自分が直接見聞きしているものは、それらのものの表面でしかない』
ということを認識しなくてはなりません。
このこと自体が分からなければ何も始まらないのかもしれません。

そして、何か一つのものを掘り下げて行けば、他のことにも通じることが分かってくると思います。

118 :1:03/04/03 20:53
「もの」というのは、時間によって移り変わって行きますし、
その奥深さというものも大変なものだと思います。

それは「ダンボール」一つにしても当てはめることが可能だと思います。
実はダンボールにも開発の歴史がありますし、材料なども様々に吟味されたりもするのです。
何に使われたものであるか?どうしてこのデザインなのか?
どこでどうやって生産されているのか?どのくらいの耐久力があるのか?・・・・・・
などと考えていけばキリがないような気もします。
そして、それぞれの問いの一つ一つも、さらに細かく様々な分類がなされると思います。
もしかしたら、その分類されたものも、さらにまた細かく分類されていくかもしれません。
しかし、普通は捨ててあるダンボールを気にかける人などめったにいないことでしょう。

このことは、身の回りにある大抵のものでも同じであると思います。
ものの深みを実感することが、「原則」を知る近道なのかもしれません。
それが身にしみて分からないようでは、「原則」からは遠いのかもしれません。

119 :1:03/04/03 20:53
この世の中には直接知ることのできないものは限りなく多いのです
(その種類はいろいろあるかもしれません)。
それらは感じ取ることしかできません(そうできないものもあるかもしれません)。
また、それらを徐々に深くまで感じ取れるようになる能力が人間には備わっているのです。
それは、一朝一夕にできものではありません。

世の中にあるものは、明らかに変化していないものは除いて、
一般的に『時の流れによって変化する』という認識の方が自然であると思います。
その時間のスケールはとてつもなく短いものから、途方もなく長いものまで様々です。
ただ、どんなものでもある一瞬(ものによってその時間の間隔は変わる)をとらえれば、
当たり前ですが変化(どのくらいの変化を基準とすることにもよる)しているようには見えません。

「時間的な感覚」と「(多角的な物の見方を含んだ)奥深さの感覚」を、
あらゆる物事に当てはめてみようとすることが、
原則にまた一歩近づくことになるのではないかと思います。

それほど大げさなものではないとしても、
「時間的な感覚」と「(多角的な物の見方を含んだ)奥深さの感覚」という意味が、
それなりに納得できるところまで行くのも良いかもしれません。

少なくとも、『そんなことはあり得ない』と考えているようでは、
原則を知ることなど到底不可能なことだと思います。

繰り返しになりますが、人間が普段直接知ることのできるものは、
それらのものの表面に現れていることくらいでしかないのです。
それも、時間経過のあるものの一瞬かもしれないのです。

120 :1:03/04/03 20:53
>114
せっかくなので、私の認識している範囲で回答してみます。

>ところで原子というのも中性子やら核やらわかってきたわかえだが、
>もっともっと細かい部分が見えるようになったらもっと細かく世界が広がっていたりしないのだろうか?
>
>果てしない宇宙を見渡すように、このミクロ世界もまだすべて見えていないのではないか?
>それに、それがどういう働きをするのか、どう作用して操作するのか。

そのとおりであると思います。
今はさらに詳しく分かってきているところだと思いますが、
もしもそれらの専門書でも読んでみれば、その疑問は確信に変わり、新たな謎が生まれるかもしれません。

そしてその謎も専門家はすでに解き明かしているかもしれません。
するとさらに新たな謎が研究者の前に現れてきます。
このように研究者は常に謎と解明とを繰り返しながら、追いかけっこをしているのです。

121 :1:03/04/03 20:53
>114
>原則というものがすべてに通じるものならば、どこか一つに於いて完璧に研究が進めば
>そこからすべての答えに繋がると考えると、それはすべて数値化できるのではないか?

私なりの答えですが、私はある一つについて完璧に答えを明かしたところ原則にたどり着いたのです。
そして私なりにですが、原則はすべての答えに通じることが分かりました(今のところ反例がない)。

数値化というのはコンピュータで問題を完全に解かせるということなのでしょうか。
とりあえずコンピュータで答えを求めることは、
とてつもなく優秀なコンピュータであっても不可能かもしれません。
コンピュータの手助けを得ると良い場合もあるかもしれませんが、その必要は基本的にありません。

何故不可能かといえば、コンピュータは離散的な量しか扱えないからという理由もあります。
では、連続量を扱えたらどうなるのか?
それでもおそらくダメです。何故なら完全なデータが手に入らないと思われるからです。
例えば、宇宙から普通に降り注ぐニュートリノとやらも様々なものに影響するかもしれないからです。
それにミクロの世界に行くと、物事を観測すること自体が物事に影響を与えてしまうので、
やはり完全なデータを手にすることはできないような気もします。
ちなみに、そういう「不確定性原理」なるものがあるらしいのですが、
私は、そのことは原則には反していないだろうと考えています。

とりあえず、原子以下のレベルから人間をシミュレートできても意思は持たないような気もします。

ただ、意味合い的に、どんな分野でも答えを求める方程式というのは存在します。
それらの方程式を見つけつつ、解きつつ進むことが人間にはできるのです。
人間は感覚的にもっとも優れたコンピュータとも言えるかもしれません。

122 :1:03/04/03 20:54
>114
>だけど、その原則自体発見してもきっと原則自体は変えられない。
>人自体の意思は、やはりその人が決定するのだろう。

原則の意味は分かっているのですね。その通りだと思います。
私の意見としては、人の意思は
原則が分かっているなら、その人の原則に基づいて決定するべきだろうと思います。

>不可能が可能になり、ワープなんてできるようになったら世界の国々は別々の星へ移り住むのだろうか?

なるほど、今の私の意見としては、おそらくワープでは人などが移動することは難しいような気もします。
情報くらいであればワープできるかもしれませんが。

>利権を取り合う戦争なんてやってないで、宇宙ステーション開発でもしてたほうがいいのに。

そうですよね、まったく。

123 :1:03/04/03 20:54
ちなみに、もう一つ大事なことがあります。
それは、見聞きした物事の様々な局面に自分を当てはめて考えようとすることです。
自分だったらどうするのか?と、考えることも大事です。

実は『なぜ原則を分かっていた方が良いのか?』
という問いがあったとすれば、その本質とも思われる答えの一つとして、
『物事をもっとも良くコントロールしたいから』ということが考えられると思います。
(そう思わなければ原則を知る必要はないかもしれません。)

では、『なぜ物事をもっとも良くコントロールしたいのか?』という問いがあるとすれば、
個人にとってみれば、それが『幸福につながる』からであり、
世の中全体でみれば、それが『世の中で生きている人々の生存と幸福につながる』からである。

もちろんこれは一つの答えである。
原則的には、うまくコントロールできることは「幸福」への手段にすぎないのかもしれません。

実際のところ、原則はその人なりに使えば良いものであると思われる。
原則というのは判断の基になるものである。
その基からどう判断するのかは、全く個人の自由なのである。

ただ、物事をもっとも良くコントロールすることができるということを
知っておくことも損ではないと思います。

大したことではないかもしれませんが、このことは後で書いてみたいと思います。

124 :1:03/04/03 20:58
本質的には、人間は物事に影響されるべき生き物なのではなく、
あらゆる物事に影響していくべき生き物であると思われます。

人間自身の、本当にあるべき都合の良さ(大小問わずどんな観点からでも)の為には、
それがどんな対象であろうと、どんな困難であろうと、
それらをコントロールして行こうとすることは、極めて重大な任務であると考えられます。

そして人間の本質的な欲望の一つに、物事をコントロールすることがあるのではないかと思います。
物事をコントロールできた美しい結果に、それを行ってきた人間は感動するのです。
その物事のジャンル、大小、見た目には関係ないのです。
それは、一つの山を登り切ったあとの充実感のようなものだと思います。
多くのものは山登りに例えたり、ピラミッドを構築するような表現に例えたりもされるものです。
ちなみに物事の大小は、直線的なものではなく、ピラミッドの大小のように考えると良いと思います。

小さなことであれば、どういう映画が面白いのか?どういう商品が売れるのか?
どうすればもっと物事の効率を上げられるのか?どうやったら良い点が取れるのか?
など、様々なことがあると思いますが、これらのことにも、やはり原則が支配しているのです。
少なくとも私は原則が関与していない事実を見聞きしたことがありません。

そして大きなことであれば、技術的には人間は地球も難なく破壊することが可能ですし、
未知なる生物を誕生させることも容易ですし、原子レベルで物事を操作することも可能です。
宇宙に人間が行けることは、もはや常識です。

125 :1:03/04/03 20:58
今はエネルギー問題などで、地球も危なくなっているのかもしれませんし、
様々な問題は今も溢れかえっているものと思いますが、
それらも誰かがコントロールして行かなくてはならないのです。

もしもこのまま何も考えずにいたら、近い将来地球は滅んでしまうかもしれません。
温暖化によって住むところも限りが出てくることも考えられますし、
食糧難になってしまうかもしれません。もしかしたら今から生まれてくる世代の人間は、
その地球規模の問題に直面するかもしれないのです。

人間は技術力を高めて来ました。しかし、その人間が成長していないのであれば、
中途半端な技術は、逆に人間の首を絞めてしまうことになるのです。

遠い将来ですが、いつかは地球も滅びてしまうのです。
技術がなければ人類もろとも滅びてしまうことでしょう。
もう後戻りをすることはできないのです。
せめて最高の努力くらいはできないものだろうかと思います。

126 :1:03/04/03 20:58
しかしながら、原則が分からなければ物事を正しくコントロールし続けていくことはできないのです
(本当のことをいえば、ひとまず世の中を動かしているトップにいる人が原則を分かればいいのです)。
これが私の嘆きでもあります。

尊敬を集めていた投資家であるウォーレン・バフェットという人は言ったそうである。
「市場は常に間違える。しかし、市場は常に正しい。」と。
あえて説明はしないが、これはダーウィンの進化論をまさに人間に当てはめたものであると考えられます。
つまり、一つ一つの動きはでたらめであったとしても、
結局最後に残ったものは理に叶ったものである、ということである。

しかし人間は、常に原則を頼りに理に叶った最良の道を探し出すことができる。
惰性的にではなく、意図的に物事をすすめることができれば、その効率の良さは計り知れない。
このことは個人一人にとっても、組織にとっても当てはめることができる。

人類の欲望の果てしなさは誰もが分かっている通りであると思います。
それらの何十億分の1はそれぞれの人に託されているのかもしれません。

本当は戦争をしている暇などないのです。
しかし原則が分かっていないのであれば、それも仕方のないことなのかもしれません。。


続く

127 :超真剣です!!!マジで聞いてください!!!:03/04/04 13:51
はんとの話です!!!!
女の子が40日間渡って監禁され、計100人ぐらいに強姦、朝から晩まで超暴力と超陵辱された。ヤクザ顔負けのリンチで、天井に血が飛び散っていた。(深くかかわったのは5,6人)
膣を灰皿代わりにされ、自慰(オナニー)を強制され、
真冬に裸で外(ベランダ)に出され、裸で踊らされ、手足を押さえつけられ、膣やお尻の穴に鉄の棒を突っ込まれ、20キロの鉄アレイを身体(裸体)になんども落とされ、瞼(まぶた)に熱いろうそくをたらされ、
手足を押さえつけて、膣にマッチ棒を入れられ燃やされ、膣の中のや裸体をライターで火あぶり、精液を大量に飲まされ、500ccの尿を飲まされ、基礎の他むちゃくちゃ。(生きてるか死んでるかわからないが)ゴキブリも食わされたそうだ。
女の声だが、人間とは思えない叫び声(悲鳴)(絶叫)を上げ続けた!
殺された彼女の親友が言うには、監禁され殺される一日前、幽霊(生霊)となって「助けて!」と親友に助けを求めたが、親友はどうすることもできず、泣きじゃくった。
「狂宴犯罪」は 一ヶ月以上 続いた 。
そして(失禁して)死んだ。(殺された)i78i78i78i
専門家によると自死(あまりのつらさに耐え切れず、脳が死ぬことを選択した。(命令した。)らしい。(死体にの脳は溶けていたらしい)
死体の顔は目の位置がわからないほど、変形し、親でも誰かわからず、原型をとどめてないほどで、性器のほうは顔よりもっとひどく完全に破壊されていた。死体には髪がなくなっていた。
40日間の監禁で極度のストレスのあまり全部髪が抜け落ちた
死体の膣(マンコ)にはオロナミンC2本、入っていた。
         
「裁判記録」は死ぬほどエグイ内容であった。「コンクリート詰め事件」で検索すればわかる。
(俺は何時間も涙が止まらず、夜も何日も眠れなかった。たとえ99.9%の人が幸せでも残る0.01%の人が(超)不幸なら、そんな世の中、絶対承認しない!!!!!そんな世界いらない!!!!!絶対、絶対いらない!!!!!絶対認めない!!!!!)
l;ok;l(私の心の底からの叫びでした。)
nん、ん、n

128 :考えるサル:03/04/05 00:43
全体を読んで来ましたが、「原則」というもので何を言いたいのかが、
いまいちよく分かりません。
いろいろ言いたいこと、聞きたいことがあるのですが、
とりあえず、今聞きたいことだけお聞きします。

>原則というのは考え方ではありません。(>>78
とありますが、
>「原則」というのはある種の考え方ゆえ、(>>14
とおしゃっていることと矛盾しないのですか。

>一例ですが、「おいしい」という言葉は一つですが、
>「おいしい」という概念は無数に考えられるかもしれません。
>どう「おいしい」のか?という話です。(>>104

どう「おいしい」のか?というのは、概念ではなく、観念ではありませんか。

>「言葉」と「概念」がごっちゃになっているので、
>大抵の人は言葉を使わないと思考ができないものと思いこんでいるのだと思います。
>これらのことが分かれば、誰もが言葉を使わずに思考することができるのではないかとも思います。(>>103

「言葉」と「概念」は切り離して考えることのできないものではないですか。
「犬という言葉」と「犬という言葉が表す内容」はカードの表と裏のようなものです。
何かをイメージする(つまり「空想する」)ことについて考えてみます。
例えば、「一匹の犬が道の真ん中に座っている」ということをイメージ(空想)します。
イメージの中で、道の真ん中に座っているのが「犬」であるというのはなぜ分かるのですか。
そもそも、「道」が「道」であること、「真ん中」が「真ん中」であるということ、
「座っている」ということが「座っている」ということとなぜ分かるのですか。
それは、それぞれの言葉が、まさにその事を表しているからです。
そうでないと、逆に「一匹の犬が道の真ん中に座っている」ということを、
イメージできません

129 :1:03/04/05 23:49
>128
>全体を読んで来ましたが、「原則」というもので何を言いたいのかが、
>いまいちよく分かりません。

私の言いたいことは >1 の通りです。
結局のところは「原則」というものが存在している、ということがいいたいのです。


>>原則というのは考え方ではありません。(>>78
>とありますが、
>>「原則」というのはある種の考え方ゆえ、(>>14
>とおしゃっていることと矛盾しないのですか。

「原則」というのは、そういうものがまずあるのです。
つまり原則というのは考え方ではありません。

また、原則があるとした場合の考え方というのを考えることができます。
なので、そういう考え方を「ある種の考え方」と言ったのです。

便宜的にそう言っただけで、あまり深い意味はありません。


>>一例ですが、「おいしい」という言葉は一つですが、
>>「おいしい」という概念は無数に考えられるかもしれません。
>>どう「おいしい」のか?という話です。(>>104
>
>どう「おいしい」のか?というのは、概念ではなく、観念ではありませんか。

とりあえず私にとってはあまり意味のない問題なので、そこら辺は適当です。申し訳ない。
ただ、「言葉」と「イメージ」の違いを言いたかったのです。

「イメージ」についても、様々な種類があるのかもしれませんね。

130 :1:03/04/05 23:50
>128
>何かをイメージする(つまり「空想する」)ことについて考えてみます。
>例えば、「一匹の犬が道の真ん中に座っている」ということをイメージ(空想)します。 ←
>イメージの中で、道の真ん中に座っているのが「犬」であるというのはなぜ分かるのですか。
>そもそも、「道」が「道」であること、「真ん中」が「真ん中」であるということ、
>「座っている」ということが「座っている」ということとなぜ分かるのですか。
>それは、それぞれの言葉が、まさにその事を表しているからです。
>そうでないと、逆に「一匹の犬が道の真ん中に座っている」ということを、
>イメージできません

上のことだけでは、思考の順序などが詳しく分からないのでなんともいえないのですが
(あやふやな箇所がいくつかあるので)。

つまり、本当のところは、イメージしたところで認識が完了しているのです。言語化はしません。
上の場合ですと、そのイメージのなかの犬を「犬」と言語化させて初めて認識が完了する。
そう読み取ることができます(「←」のところでイメージにはできているのですから)。
そうであったとしたら、言語化させて初めて人間がものを認識できるということなのですか?

そうすると、ボールが飛んできてもすぐによけることは難しいのではないですか。
「ボールが飛んできた現象が起こる」→「言語に変換」→「よける」
なんだか避けられない気もします。

それに、言語化させなければ認識できないとすると、
アニメや映画を鑑賞するときはわざわざ言語化するのでしょうか。
それですと、一本の映画を見るときは、本一冊くらいの分量を言語化していることになりますが、
実際のところはそんなことはしていないと思います。わざわざ言語化しなくても、いろいろと認識しているのです。

また、「ドラえもん」が青いのは誰もが知っていると思いますが、
わざわざ「ドラえもんは青い」と言語化させたことのある人は、めったにいないのではないでしょうか。

また逆に言えば、どうして今「ドラえもんが青い」ことが分かったのかといえば、
ひそかにイメージしたからではないのでしょうか。

131 :92:03/04/06 02:57
相変わらずさっぱり理解できません・・・???

>・・・まあ、今でもビッグバンはどうして起こったのかは分かりませんし、
当たり前のように存在している雪の結晶や、雲の様々な形、川の入り乱れている様子などでさえ、
科学的にはどうして作られるのかも解明できていないように、分からないことも多いですが、
それでも原則があると仮定した上で、原則に反した例は見つからず、
あらゆるものに因果関係がありそうなので、原則があることにも納得がいくようになったのです。

科学では解明できていない、「原則に則した」「具体的な例」を挙げて頂けると
少しは理解できるような気がするのですが、お願いできませんか?
4〜5個挙げて頂ければ、共通点から「原則」が少しは見えてくるか・・・と・・・。

132 :考える名無しさん:03/04/07 00:28
今全部読んだ。
文が分かりやすくてイイね。俺も原則というか自然の摂理ってのは在ると思う。
ただ>>1のように身に付ける事は本当に可能なのか?って思った。途方も無い感じがするよ。
これは>>1に言わせれば回路が無いと言う状態なのかな。

133 :考えるサル:03/04/07 00:41
イメージ云々については、また後で発言させていただきます。
とりあえず、再び読み返していて、ふと思ったので、
先にそれを書かせていただきます。
1さんの言う、「原則」って言うのは、
「結果」のことですか?
そう考えると、何かわかったような気分になるのです。

「たぶんそれは感じ取ることしかできないんじゃないかな。」(>>44
とありますが、それは、「マトリックス」という映画で、主人公のネオが、
最後に覚醒するシーンがあるんですが、そのような感じということですか。
この映画を見ていなければ、非常に意味不明な発言となりますが、
いかかですか。

134 :考える名無しさん:03/04/07 01:30
お前ここの1だろ

我々の認識は歪んでいる(仮定)
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1047042829/l50


135 :もっこり宇宙論参上:03/04/07 01:37
>>127
チェックターゲット。これ、どこかにまとめるようなスレ立てて一括削除依頼しません?

136 :考える名無しさん:03/04/08 02:57
(・∀・)1サンイナクナッチャッタノ??

137 ::03/04/08 02:58
⊂(゚ー゚*⊂⌒`つ≡≡≡ズサーーー

138 :考える名無しさん:03/04/08 03:00
(・∀・)イター

139 ::03/04/08 03:02
 |-`).。oO(バイバイ

140 :考える名無しさん:03/04/08 03:09
(・∀・)ウキョ

141 :考えるサル:03/04/08 12:57
>>130
>そのイメージのなかの犬を「犬」と言語化させて初めて認識が完了する。
言語化させるのではなく、もともと「犬」というイメージの中に、
「犬」という言葉やその概念が含まれているということです。
例えば、散歩している犬を見て、それを「犬」だと思うことができるのは、
それを「犬」という言葉で「猫」や「猿」と区別しているからです。

>また逆に言えば、どうして今「ドラえもんが青い」ことが分かったのかといえば、
>ひそかにイメージしたからではないのでしょうか。
そもそも「ドラえもん」を「ドラえもん」と分かるのはなぜか。
「ぼくドラえもんです。」のセリフを聞くなどして、
「ドラえもん」が「のび太」や「ドラミ」ではなく、
「ドラえもん」という言葉で区別された、
「『ドラえもん』だというもの」だと分かっているからです。
「青い」というのも同じです。

つまり、イメージするということは、
イメージされようとしている対象の「言葉」や「概念」をも含んで、
イメージしているということを言いたかったのです。
イメージを言語化するということではなく。
説明不足でした。

だから、私は、何かをイメージすることや何かについて思考することは、
言葉なしにはできないと思っています。
もしかすると、「原則」が分かれば、言葉なしの思考が可能になるのですか。

142 :考えるサル:03/04/08 13:07
これまでの発言の中で、
「原則的に」や「原則としては」という言葉がよく出てきますが、
これは、「1さんの提唱する『原則』に則って見てみれば」
という意味ですか。
それとも「原則としては土曜日は休みではありません。」
というような一般的な意味で使ったおられるのですか。

>「原則的な悪影響」とは「悪いこと」ということです。(>>44
というのは、プラトンの言う「イデア」のようなもの、
つまり、「悪い」イデアというものがあるということですか。

2回読みましたが、
1回目に感じた何か宗教のような感じが拭えません。
「感じ取ることしかできないんじゃないかな。」(>>44)
「自ら原則を探し出すしかないと思います。」(>>115)などから、
>>92と似ていますが、「原則」を「神」と置き換えても差し支えないのでは、
とも思います。

143 :考えるサル:03/04/08 13:10
余談ですが、
>>127の書き込みは、1989年の事件のことを言っているのだと思いますが、
この書き込みを読んで、前に読んだこの事件のルポ本を出してきて軽く読み返しました。
「計100人ぐらいに・・・」とありますが、
そんなにいるとは書いていなかったような気がします。
「20キロの鉄アレイ」というのも、「1.7キロ」と書いてあります。
それから「自死」とありますが、暴行の結果亡くなったようです。
この違いは何でしょうか。
本当に余談で申し訳ないです。

144 :考える名無しさん:03/04/08 13:32
原則ってのは、真理や定義を言い換えたもの、ということですか?>>1さん。

145 :92:03/04/09 03:36
原則と云うのは自然科学の「法則」とは違うのですか?
3回ほど読み返しましたが、どうしても理解する事が出来ません。
イデアのような事を言っているのであれば、なんとなく解るのですが・・・
個々の事例では「原則」があると云うことは理解できます。
ただ、その共通点が見当たらないのです。

>実際のところ、原則はその人なりに使えば良いものであると思われる。
原則というのは判断の基になるものである。
その基からどう判断するのかは、全く個人の自由なのである。
>小さなことであれば、どういう映画が面白いのか?どういう商品が売れるのか?
どうすればもっと物事の効率を上げられるのか?どうやったら良い点が取れるのか?
など、様々なことがあると思いますが、これらのことにも、やはり原則が支配しているのです。

「原則が支配しているのです」「どう判断するのかは、まったく個人の自由なのです」
上記からもわかる通り、文章が矛盾だらけなのです。
「支配」されている者に「自由」などあるはずが無いでしょう?
私の(スレを読んでいた)時間が無駄ではないことを祈ります。




146 :かおりん祭り:03/04/09 03:42
http://saitama.gasuki.com/kaorin/
〜oノハヽo〜 / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄                
  ( ^▽^) < こんなのがございまーす♪ 
= ⊂   )   \_______
= (__/"(__) トテテテ...

147 :あぼーん:03/04/09 03:42
 ( ・∀・)< こんなのみつけたっち♪
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku10.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku09.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku08.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku07.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku06.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku05.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku04.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku03.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku02.html
http://muryou.gasuki.com/moe/hankaku01.html

148 :考える名無しさん:03/04/09 03:47
原則には必ず例外が存在する。


149 :考える名無しさん:03/04/09 04:24
さらに「例外」の中にも「例外」がある。しかも「例外の中の例外」≠「原則」だ。

150 :ぴかぁ〜:03/04/09 04:26
おまえ何がいいたいんだよ。
例外がどうのって、厨房板のことわざスレでもいけよ。
バアアアアアーーーーーカ

151 :かおりん祭り:03/04/09 04:28
http://www.saitama.gasuki.com/kaorin/

  〜oノノハヽo〜
     ( ^▽^)/⌒\                       , −-
     ((ニ[二=(  こんなのがございま−−==≡≡す♪  ))
   /∧=:||  \_/                       `ー‐‐'
     じ/___/

152 :(σ・∀・)σ:03/04/09 04:47
http://www.k-514.com/
(σ・∀・)σ ゲッツ!!

153 :考える名無しさん:03/04/09 04:48
つまり中外胃腸薬ということなんですかね?

154 :1:03/04/09 21:11
>131
>相変わらずさっぱり理解できません・・・???
>科学では解明できていない、「原則に則した」「具体的な例」を挙げて頂けると
>少しは理解できるような気がするのですが、お願いできませんか?
>4〜5個挙げて頂ければ、共通点から「原則」が少しは見えてくるか・・・と・・・。

「原則」というのはあらゆるところに存在しています。
ここまでに「原則」の例をいくつか挙げていますが、普通の事例では難しいのかもしれませんね。

「原則」というものがはっきり認識できるのは、特殊な状況の方が良く分かると思います。
何も考えていないような日常生活のなかでハッキリ認識できる場面は少ないかもしれません。

(「勉強しない」→「試験の点数が下がる」などでは原則とは思われないと思いますので。
 ちなみに「原則」が分かれば、
 自分にふさわしい、もっとも理に叶った最善の王道で勉強していくことができます。
 本当に自分にとって、ものすごく大事なことは誰も教えてくれないのです。
 もっとも、今は世の中の誰もが知らないのですから、自分自身で見つけていかなければならないのです。)

・映像の原則―ビギナーからプロまでのコンテ主義
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4873765803/250-4998614-3769847
前に挙げましたが、こういう本を読んでみるのも良いと思います。原則についてはっきり書いてあります。

ちなみに、遠くまで飛ばすボール投げ競争があるとします。
小学生の場合、中には何も考えずにボールを投げる人もいますが、それは原則に反しているとも言えそうです。
同じ力の場合、だいたい水平に対して40°くらいの角度が良いのです(空気抵抗がなければ45°ですが)。
当たり前すぎる例だったかもしれませんが、勝手に何も考えずに行っては、良い記録はでないのです。

スポーツ選手の話を聞けば分かると思いますが、
彼らは自然の摂理というのを意識している可能性は高いと思います。
それは、自分勝手にやっていると記録は伸びないからです。
食事やトレーニング計画なども理に叶った方法でやっていると思われます。

155 :1:03/04/09 21:12
>132
>文が分かりやすくてイイね。俺も原則というか自然の摂理ってのは在ると思う。
>ただ>>1のように身に付ける事は本当に可能なのか?って思った。途方も無い感じがするよ。
>これは>>1に言わせれば回路が無いと言う状態なのかな。

感想ありがとうございます。
他の人がこれらのことをどう思っているのか、なかなか分からないので参考になります。

途方もない、、でも意外にそうでもないかもしれないですね。
今まで書いてきたのは一般的な「原則」についてで、
他のジャンルに行けば、そこにはそこの「原則」がある。

初め、初心者のうちは、ものの基本でさえ分からない。
だけどそのうち『軌道に乗る(何かがつながる)』ような感覚になることはないだろうか。
何かがひらめいてできるようになる、といったことです。

自転車は生まれて初めて乗って、いきなり普通に乗れる人はなかなかいない。何度も転ぶ。
そのうち突然(?)乗れるようになる。その後はまず転ばない。
これは他のジャンルでも似た感じではないだろうか。

そして、そのひらめいた(?)瞬間、初心者ではなくなる(中級者ということにする)。
しかし、そこから上級者になるためには、安定感や細かいところをつぶしていくことになる(一例として)。

例えば、この一般的な原則の場合。
原則の意味が分かって、原則を身につけるために動くことにすると、
そのひらめくところで初級、中級と分けられるのではないだろうか。中級者には意外と早くなれる(?)。

ちなみに実際に脳の回路としては、個別の回路がつながったのではないだろうか。
大抵の場合、一つのことは、いくつかのものから成る(一般的な原則については広そうであるが)。
まずは、それぞれ構成されるべき回路を作りつつ、
それらが曲がりなりにもつながると、そういうひらめきになる(コツがつかめる)のではないだろうか。

156 :1:03/04/09 21:13
>133
>1さんの言う、「原則」って言うのは、
>「結果」のことですか?
>そう考えると、何かわかったような気分になるのです。

違うのですが、、
「行動」→「原則によって変換」→「結果」と考えてみてはどうですか?(原則の一つの機能です)
「行動」は自由に決めることができます。

>「たぶんそれは感じ取ることしかできないんじゃないかな。」(>>44
>とありますが、それは、「マトリックス」という映画で、主人公のネオが、
>最後に覚醒するシーンがあるんですが、そのような感じということですか。
>この映画を見ていなければ、非常に意味不明な発言となりますが、
>いかかですか。

どんなのだったのでしょう、私には意味不明でした。(^^;

>134
そのスレは拝見していましたが、全く違います。

>141
>だから、私は、何かをイメージすることや何かについて思考することは、
>言葉なしにはできないと思っています。
>もしかすると、「原則」が分かれば、言葉なしの思考が可能になるのですか。

おそらく言葉なしの思考は可能になるのではないか?と、思います。
自分でいろいろと考えを巡らせれば、何かのきっかけでつかめるかもしれませんね。

ちなみに、言葉では表せないものって、世の中には意外と多いとは思いませんか?

157 :1:03/04/09 21:13
>142
>これまでの発言の中で、「原則的に」や「原則としては」という言葉がよく出てきますが、
>これは、「1さんの提唱する『原則』に則って見てみれば」という意味ですか。
>それとも「原則としては土曜日は休みではありません。」
>というような一般的な意味で使ったおられるのですか。

前者の方です。
「原則」という語を使うときは、それなりに気をつけているつもりです。
少なくとも一般的な意味で「原則」という語を、私はあまり使いたくはないですね。

>>「原則的な悪影響」とは「悪いこと」ということです。(>>44
>というのは、プラトンの言う「イデア」のようなもの、
>つまり、「悪い」イデアというものがあるということですか。

とりあえず >78 の説明の方が良いと思います。「悪い・良い」ということは忘れてください。
「イデア」については良くは分かりませんが、原則的な「概念」のことなのでしょうかな??。

実は、後で書こうと思っていたのですが、
原則があれば、「価値」というものを考えることができるのです。

目標や目的が変われば価値の判断基準も変わりますが、
「原則的な悪影響」というのは、「価値」を下げるような働きをするものです。
また、「良い影響」というのは、「価値」を上げるような働きをするものです。
(あまり関係ないですが、物事というのは波及効果が現れるのが普通です。)

環境破壊というのは地球の価値が下がりますよね。
また逆に、うまく世の中を動かせば、価値をより良く上げることができるということです。
技術の進歩も価値の上昇につながります(技術も誤って使うと価値は下がりますが)。

原則的には、こういうことだと思います。

158 :1:03/04/09 21:14
>142
>2回読みましたが、
>1回目に感じた何か宗教のような感じが拭えません。
>「感じ取ることしかできないんじゃないかな。」(>>44)
>「自ら原則を探し出すしかないと思います。」(>>115)などから、
>>>92と似ていますが、「原則」を「神」と置き換えても差し支えないのでは、
>とも思います。

とりあえず、自分の納得できない「原則らしきもの」に従うのは、そもそも「原則」に反しています。
そこが「原則」と「神」との決定的な違いです。

常に自分の分かる原則に基づかなければならないのです。

ただ、気をつけなければならないのは、「原則」が分かったつもりになってしまうことです。
その人に判断は任されていますが、慎重に慎重を重ねるくらいがちょうど良いのかもしれません。

ここらへんも後で書いてみたいところです。


>144
>原則ってのは、真理や定義を言い換えたもの、ということですか?>>1さん。

いえ、違います。
普段言葉として使われている「真理」や「定義」は、やはり言葉に過ぎません。

原則というのは言葉ではないのです。
ただ、その存在しているものを言い表すために「原則」という語を用いているのです。

159 :1:03/04/09 21:14
>145
>原則と云うのは自然科学の「法則」とは違うのですか?

違いますね。強いていえば、原則があるから「法則」が成り立つのです。
原則がなければ、自然科学の法則の一つも成り立つことはありません。
今のところは原則に反した例は見つかっていないのです。

>個々の事例では「原則」があると云うことは理解できます。
>ただ、その共通点が見当たらないのです。

とりあえず「原則」とは、単なる自然の摂理のことです。
世の中には、『矛盾していない因果関係があるという法則』があるということです。
分かりますでしょうか? 矛盾点は見つからないと思うのですが。

ある意味当たり前のことだと思います。しかし、その当たり前のことが実は一番重要なのです。
(これは特許の世界でも同じです。当たり前と思える技術の特許は強力です。)
今の世の中は、その当たり前のことさえ、ほとんどの人は気がついていない状態なのです。

>「原則が支配しているのです」「どう判断するのかは、まったく個人の自由なのです」
>上記からもわかる通り、文章が矛盾だらけなのです。
>「支配」されている者に「自由」などあるはずが無いでしょう?

地球は重力によって支配されていますが、人間は自由に動き回れます(制限があるとも言えますが)。
原則はあらゆる物事を支配していますが、人間には自由意思があるというのも原則なのです。
原則が分かれば、自由意思の有無についても分かると思います。

160 :1:03/04/09 21:16
>148
>149
それは、ここのスレでいうところの「原則」ではありませんね。
その原則というのは、「原則」ではなく、マーフィーの法則やことわざ的なものだと思います。

何故、そういうことわざがあるのか?という理由
何故、それらには例外があるのか?という理由

それらはすべて「原則」によって謎でもなんでもなくなるのです。
「原則」というのは、すべてを含んだ自然の摂理なんですから反例などないのです(少なくとも見つかってない)。

161 :考えるサル:03/04/11 14:47
1さんは「原則」を分かってらっしゃるのですよね。
でも、
>おそらく言葉なしの思考は可能になるのではないか?と、思います。
とおっしゃるということは、
1さんも今のところはできないということですか。
それとも、私が「原則」を理解すれば、
言葉なしの思考が可能になるということですか。
「原則が分かれば、〜だと思います。」
というような文がよく出てきますが、
その主語は、「(1さんも含めた)私たち人類」なのか、
それとも、「原則を未だ知らない人々」なのですか。

>>157でおっしゃった「価値」についての話をぜひ聞かせてください。

162 :考える名無しさん:03/04/12 01:07
一通り読み終わった。
この”原則”って物は、成功者の話に何か共通したものを
感じる何かってことなのかな。
皆が何か同じ事をしてるように感じる、流れっていうかベクトルというか。
そういうものが普遍的に存在してるってことかな。

163 :考える名無しさん:03/04/14 23:01
1は、どこへ消えた?

164 :考えるサル:03/04/15 14:28
>>163
5〜6日周期で書き込みにこられているようです。
もうすぐ、書き込みにこられるのではないですか。

165 :1:03/04/16 01:13
>161
>>おそらく言葉なしの思考は可能になるのではないか?と、思います。
>とおっしゃるということは、
>1さんも今のところはできないということですか。

私は、言葉なしの思考はよくやっています(もしかしたら年中かもしれませんが)。

>「原則が分かれば、〜だと思います。」
>というような文がよく出てきますが、
>その主語は、「(1さんも含めた)私たち人類」なのか、
>それとも、「原則を未だ知らない人々」なのですか。

後者の方ですね。

断定できないのは、データが少ないからであったり、
場合によっては本当にできない可能性も否定はできないからであったりするのですが、
たいていの場合は「〜である。」という命題は真であり、
それがそう思えていない人がいるとすれば、何かの原則を分かっていないからだと思っているからです。


>163
>164
そうですね。気が向いたときにカキコしにきます。
ちなみに私はチーズではありませんよ。

166 :1:03/04/16 01:13
>162
>一通り読み終わった。
>この”原則”って物は、成功者の話に何か共通したものを
>感じる何かってことなのかな。
>皆が何か同じ事をしてるように感じる、流れっていうかベクトルというか。
>そういうものが普遍的に存在してるってことかな。

その”原則”の解釈は、「原則」を162さんなりに解釈した結果のものですね。
ある側面的にはあっていますが全体像ではありませんね。
「原則」というのは、単に自然の摂理のことです。

「原則」というものはハッキリと認識できるものなので、
それが分かれば疑いの余地もない真実であることが分かるものだと思います。

とりあえず意味が分かればいいのではと思いますが、
このスレに原則を知る手がかりはいくらかあると思います。


ちなみに、成功者でもはっきりと「原則」が分かっている人は皆無ではないかと思います。
ただ、成功者達の話を集めていけば、何かが流れた後の形跡が見えてくるのです。
その形跡は原則によって作られたものであることは感じることができます。
ただ、それを感じることができても「原則」は分からないかもしれません。

また、「原則」が分かればあらゆる物事を原則に従って行うことができます。
ただ勘違いしては困ることは、原則に従っていれば全てがいきなりうまくいくというわけではないのです。
しかしながら、物事の成果をフィードバックしながら常に最善の道で進めていけば、
原則的な制限を受けない限りはいくらでも物事を進めていけるのです。

(原則的に言えば、「原則」というものが分かっても、
 ある程度は予測できたところで、個別の原則(詳細な事実)までは分かっていないからです。
 しかし「原則」が分かっていれば、個別の原則は必ず分かるようになるのです。)

167 :1:03/04/16 01:13
もう一度「原則」について思ったことを書いてみます。

話は飛びますが、各種の自然の法則がありますが、
例えばニュートン力学の「F=Ma:(力)=(質量)×(加速度)」という式があります。

それらというのは、そうやって表現すると物事を扱いやすいから
そういう式を作って扱いやすくしているのだと思います。
当然、人間界に「F=Ma」という式が知られていない時代でも自然の法則は存在していたと思われます。
つまり、あたかも「F=Ma」という式が存在しているように世の中が動いているわけです。

「原則」というのも同じで、あたかもそれがあるように世の中が動いているので
『「原則」がある。』と言っているのです。
そしてまた反例はないので、それを「原則」と呼べると都合がよいのです。

世の中には様々な「もの」や「こと」が存在していますが、
それらは必ず原則的な性質を持っているのです。

何故だかは分かりませんが(だから原則というのだと思いますが)、
世の中には、原則的な性質をもつ「流れ」というのが存在しているのです。
よく「人生を学ぶ」と言いますが、言い換えれば「原則を学ぶ」とも言えなくもないかもしれません。

個別に見ていても気がつかないかもしれませんが、
多くを見ていけば見ていくほど、その存在をよりよく認識することができると思います。
そして壮大なものであればあるほど、その存在が強く浮かび上がってくるのです。

原則が分かることの利点は様々ですが、ただ自分が分かっていることだけではなく、
その流れによる力までを借りることもできるのです。
一例ですが、方向性が全くつかめない時でも、原則的な流れによって進むべき道が見つかるときもあるのです。
意外と思われる事実も多く見つかるかもしれません。

168 :1:03/04/16 01:14
多くの人はまったく気がついていませんが、
様々な「もの」や「こと」は、「原則」という骨組みに表面をそれぞれ肉付け(装飾)してあるだけなのです。

ただ実際には、その肉付け(装飾)のされ方は様々であるので、
うまくコントロールしようと思ったら、
それらを個別に、カギとカギ穴を合わせるように緻密な対応をしていかなければならないのです。

ほとんどの人は、そのカギとカギ穴の種類の多さに混乱してしまうだけなのです。
そして、その表面に現れている多様さに惑わされて本質を見失ってしまうのです。
骨組みである「原則」に気がつけば、物事というのは非常に単純であることに気がつくはずです。

その単純な真理を少しずつ積み重ねていくのが理想的であり、そこから深い理解が得られるのだと思います。
原則的な考えというのは「急がば回れ」的であり、常に原則に従って進むべきであるのです。

人間というのは、その裏に隠された真理やルールを見つけて認識することができるのです。
それらの元になる真理を理解することができれば、無限の応用が利くようになるのです。

原則が分かっている人ならば、物事は単純であることを知っているだろうと思います。
そしてまた、その単純な事実が無限への広がりを見せることも知っているだろうと思います。


少し大げさだったかもしれませんが、このくらいの方が分かりやすいと思います。

169 :1:03/04/16 01:14
>>>157でおっしゃった「価値」についての話をぜひ聞かせてください。

そうですね。

その前に、「原則」というものが分かったとしても、普段はほとんど気にしていません。

例はありふれているので、あえて挙げませんが、
物事というのは、はじめ習得するまでは慣れない手つきで、一つずつ確認しながら覚えていきますが、
慣れてしまえば空気を吸っているようにこなすことができるようになると思います。
(これも回路の性質の一つだと思うのですが。)

つまり「原則」や「価値」というのもそうですが、普段はほとんど意識していないのです。

でも実はなのですが、優れた人というのは自然と無意識のうちに、
ある考えによって行動していることもあるのです。
それが「原則」であったり、「価値」であったりもするのです。

ちなみに原則が分かっている人は、彼らから優れた思考過程を拝借することを考えるのも良いかもしれません。
というより、常に人の考えから何かを得ようとすることは有益であると思います。
そのうち、考え方や思考過程という意味では分からないことがなくなるかもしれません。

また、新しい考え方や思考過程も数多くあることが分かると思います。
自分で必要な時に探ってみたり、新たな思考を生み出しながらやっていくと良いと思います。

一度それら「原則」の意味が分かれば、無意識にそれが身に付くこともあるかもしれません。
また逆に、いくら「原則」に近い考え方を無意識にしていたところで、
違った環境に置かれてしまったり、違うジャンルに行ったり、そのまま進んでいくと、
次第に考え方のベクトルが「原則」という軸から外れてしまうことも良くあることです。

170 :1:03/04/16 01:15
「価値」についてですが、実のところ
人間はありとあらゆるものを普遍的な基準によって価値判断(評価)することができるのです(できるようになる)。

言うまでもありませんが、世の中には様々な目標・目的を持つものがあると思います。
そのとき、どのくらい目標を達成しているか?という指標になる「価値」を考えることができると思います。

つまり、何故「価値」というものが考えられると良いかと言えば、
何かの目標に向けて動くとき、『その指標になる「価値」を高めればよい』という明確な基準ができるからです。
そして、無数にある選択肢の一つ一つが、その「価値」を基準とした何かしらの「価値」を持つことになります。

つまるところ、その指標である「価値」を効率よく上げるように、
お金や時間などの資源を使って、行動を選択して行けば良いのです。
(何度も言いますが、そうしたい人だけすれば良いのです。)

また、同じ対象に取り組むときでも、その基準によってはそれぞれの価値は変わりますし、
長期的か短期的かによっても変わるかもしれません。
どういう目標で、どういう基準の元で取り組むかを考えることも必要です。
(時には曖昧な目標や、曖昧な基準というのも考えられると思いますが。)

何かの発表会やコンクールがあるとします。それらを審査する審査員がいるのです。
そこで良い成績を出したいのであれば、彼らの基準で考えて価値の高いものを仕上げなくてはなりません。
普遍的に素晴らしい結果を出せたとしても、彼らが評価しなければ良い成績を出すことはできないのです。

と、そういう原則もあるのです。
何が基準であるかを考えることも必要かもしれません。

171 :1:03/04/16 01:15
ところで、戦争や、戦略ゲーム、各種スポーツでもそうですが、
価値を考えなくてはならない場面は非常に多くあります(日常茶飯事かもしれません)。

全てのことに当てはまることなのですが、もっとも重要な基本姿勢は、
『取ることのできる行動の中で、もっとも価値を上げるであろう行動を常にとり続ける』ということです。
価値判断の基準は当然原則です(ルールが変更になったりと、基準が変化していく場合もある)。

場合にもよりけりですが、常に全体像をとらえようとするところから始めなければなりません。
おそらく『全体像をとらえて価値を最大化しよう』と
試みたことのある人はあまりいないのではないかと思います。

条件が同じであるような2者が争う状況を考えてみます(戦術レベルでは互角とします)。
一方は原則通りに全体像をとらえて価値を最大化させてこようとします。
そうなると、他方はそういうことを考えなければ必ず負けてしまうのです。
ゲームを行う前から、原則に従う者の勝利であることはすでに分かっているのです。

囲碁や将棋で大局観が大事であるというのも同じ事です。
これもどこのジャンルへ行っても全くもって同じです。
ミクロで考えることも大事ですが、マクロの視点で考えることはことさら大事なことなのです。
つまり、目的に合わせた総合的かつ長期的な判断が必要ということです。
(ちなみにミクロの中でも、その中でマクロ的な総合判断は重要であり、そういうことの繰り返しであるのです。)

このことは、市販のゲームにも例外なくすべてに当てはまります。
対戦ゲームであれば、戦略ゲームにかかわらず全てのゲームに当てはまるのです。
むしろ条件が同じである市販のゲームの方が明らかに分かります。

また逆に、うまい人のやり方を見ていると同じような動きをしていることが分かると思います。
つまり価値が最大になる行動というのは、ルールが決められた時点ですでに決まっているのです。

172 :1:03/04/16 01:18
現実的な例を挙げてみます。

過去に国士無双と言われた軍略家である韓信という人物が中国にいました。
連戦連勝によって主君を天下統一させた実績を持つ大変優れた者でありました。

彼は、「自らの才を誇らず、いにしえの真の兵法に従うのみ」という方針でいたようです。
つまり「原則に従って判断していた」と、とらえても間違いではないと思われます。

実際『孫子の兵法書』など有名な書物がありますが、
私の分析の範囲でですが、過去の戦いでそれらを使いこなせた者というのは非常に少ないのです。
やはりそれらもテクニックとして用いるのでは、本当の効果というのは引き出せないのです。

ちなみに私の考えですが、『孫子の兵法書』は現在でも多くの人が拝んでいるかもしれませんが、
実際のところはそれほど高度な内容のものではないのです。
今の世の中は、過去に比べたら非常に高度な社会になっているということです。
(ちなみに『孫子の兵法書』とは、その時代においての軍事の原則とも言えます。)

つまり優れた軍略家は他にも多くが存在していますが、
彼らはただ原則に従っていただけであるとも言えるのです。
そして、原則に従っていない者が敗れてしまうのは、火を見るよりも明らかなことなのです。

余談ですが、原則に近い者同士が戦えば、接戦になってなかなか決着がつかないということになります。
どんなに優れた者でも原則を超えることはできないのです。

また逆に言えば、優れた人物というのは原則に近い行動を取ることができる故に優れているのです。
また、過去の優れた人物というのは例外なくそれなりの学習をどこかでしているのです。

続く

173 :考える名無しさん:03/04/16 23:27
まだ、いまいちつかめない。
カキコしてもらうために、思い付きを一つ。
この世界が、原則に沿っていくと世界はどうなる?
また、人が沿っていった場合どんな人間に?

174 :山崎渉:03/04/17 09:34
(^^)

175 :92:03/04/18 02:46
どうも、貴方が「原則」という言葉に与えている意味と
私達が「原則」という言葉から捉える意味が大きく違っているようですね。
貴方は「コツ」「法則」「掟」「原理」等の言葉をすべて「原則」の一言
でまとめているように思えます。
一つ一つの事例に上記の言葉を当てはめれば理解出来ますが、そんなことなら
誰でも知ってますよ。
質問です。
原則が解ればじゃんけんに必ず勝てますか?
それとも、グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つ
これが「原則」ですか?

176 :1:03/04/18 03:01
原則というものがある。それによって様々な現象が起こる。
これらの話は、その流れの一つのとらえ方で、それらのものの一部であることは前置きしておきたい。

おそらく、遅かれ早かれ必ず世界は原則的な動きをし始めるだろうと思われる。
関係ないが個人的には、このことは究極の自己組織化であると考えている。

原則的には、世の中というのは人間が動かしているということになる。
個々の人間が原則的な動きをし始めることによって、世の中が原則的に動き出すということになる。

もう少し具体的に、原則的に判断してみると、
おそらく全ての人間が原則通りに動くことは100年以上は先になるだろうと思う。
ただ、世界の奥地に住んでいる人や貧しい国に住む人達は、
それでも原則が分かるところまではいかないかもしれない。

初めのうちは、先進国から変わり始めるだろうと考えられる。
ちらほら原則が分かる人間が出始めて、その人数が次第に大きくなってくる。
おそらく原則が分かる人間であるなら、組織の上の方や、それなりのポストに行くであろうと思われる。
(全てがそうではないが、原則の分からない人よりも上に行きたくなるだろうと考えられる。)

つまり、先進国などの多くで、数多くの組織の上にくるような、
世の中を動かしている一部とも言える人たちが原則的な動きをするようになれば、
次第に世の中は原則的に動き出し始めたとも言えるだろう。

おそらく世界というのは、一人の人間や、一つの組織の支配になることはあり得なく、
一人一人、または一つ一つの組織が自律分散的なシステムの上に成り立ち、
かつ、遠目に見れば世界が1つの組織のように正確に動いている世界になると思われる。

組織は数多くの人から成る。
組織が原則的に動くことと、構成される人間がそれぞれ原則的に動くことには矛盾が生じない。
そして、数ある全ての組織が原則的に動くことにも矛盾が生じなく、それによって世界が原則的に動くことになる。

もちろんこれらはただの原則的な流れであり、大まかな図に過ぎないということではある。

177 :1:03/04/18 03:02
>173
>この世界が、原則に沿っていくと世界はどうなる?
>また、人が沿っていった場合どんな人間に?

まず思ったことは、人について言えば「原則に沿っていく」という表現よりも、
原則が分かれば「自ずと原則的な動きになってしまう」という方が正しいかもしれない。

何故かと言うと、原則的な動きをすれば、それが理想的であることを知っているからである。
わざと問題の答えを間違えることはしないのと同じことであると思う。

結局のところ、人間としては『余裕のある人間』になると、とりあえず答えておきます。
あとは、その人が思った通りのことをしていけるのではないかと思います。


世界については、原則的に言えば、絶対的な価値が確実な上昇をたどることになると思われます。
そして『現実的な楽園』になると、とりあえず答えておきます。

今の世の中は、まだまだ無駄が多いような気がしてならない。
原則的に動き始めれば、相乗効果的に価値が上昇することは目に見えているように思います。

そして、今は多くの人の満足度もそれほど高いものにはなっていないような気もします。
今の日本は物質的に大変豊かであり、非常に平和過ぎて、
逆にそれが焦燥感の現れの原因にさえなっている気もぬぐえない。
本当の満足を知る人が増えるのではないかと思います。


>175
>それとも、グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つ
>これが「原則」ですか?

それも原則の一つですね。

178 :92:03/04/18 13:24
私達の世界では、それ(じゃんけんの原則)を規則といいますが・・・・

179 :考える名無しさん:03/04/18 23:32
えーと、自分が思ってるよりはっきりしてるみたいだな。
かといって、今までの既定の法則ほどではない感じかな。
社会は共産主義に向かうといえるかな?
まあ、理想的な共産主義と限定しなければならないだろうけど。
この平等主義的な社会とは違うかな?
俺はそんな社会になればいいなと思えど、ならないだろうなと
思ってたわけだが、原則がわかれば考え変わるかね。
もう少し説明求む、どうして思いついたのか経緯がわかればね。

180 :考えるサル:03/04/19 21:44
>世の中には様々な「もの」や「こと」が存在していますが、
>それらは必ず原則的な性質を持っているのです。(>>167
「こと」が「原則的な性質を持」つというのは、何となくわかるのですが、
「もの」が「原則的な性質を持」つというのは、どういうことですか。
例えば、「りんごという『もの』」は、
具体的に、どういう「原則的な性質」を持っているのですか。

>>168
1さんのおっしゃる「原則」とは、
「客観」ということですか。
以前、「イデア」という言葉を使いましたが、
この世の様々な「もの」や「こと」には、
その本質である「客観」があって、
私たちは、それらを様々に肉付け(装飾)している、
つまり「主観」的に捉えている、と。

>原則が分かっている人ならば、物事は単純であることを知っているだろうと思います。
>そしてまた、その単純な事実が無限への広がりを見せることも知っているだろうと思います。(>>168
これは、
「りんごが落ちるという『こと』」は、
「落ちる」という本質に「りんご」という肉付けがなされている。
「落ちる」という単純な事実に、
「みかん」や「いちご」という肉付けによって、
「落ちる」という事実が無限に捉え方が広がっていく、ということですか。

181 :考えるサル:03/04/19 21:54
>言うまでもありませんが、世の中には様々な目標・目的を持つものがあると思います。
>そのとき、どのくらい目標を達成しているか?という指標になる「価値」を考えることができると思います。(>>170
すいません、具体的な例を出してください。
「様々な目標・目的を持つもの」って例えば、何ですか。
例えば、「りんごという『もの』が持つ目標・目的」とは何ですか。
人間に食べられるという目標・目的ですか。
でも、それだとりんごに意志があるということになります。
「原則的」には、りんごにも意志があるということですか。
それとも、それが自然の意志というものだということですか。
それから、「そのとき、〜考えることができると思う」となってますが、
どうしても、その前の文章からは「考える」ことができません。
指標になる「価値」とは何ですか。
具体的に例を出してください。

182 :山崎渉:03/04/20 04:33
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

183 :考える名無しさん:03/04/25 10:39
200足らずの過去レス読むのに、これほど時間食うスレッドもめずらしかろう。
1はマメだねw
原則を知るとマメで根気強くなるのかな。

184 ::03/04/25 11:16
詳しく捉えられたとは思わないが。原則とは成長ではないか。
跳躍というほうが好きだが。常にそれを意識した判断というところか。
それをすれば成長するかどうかを基準とした判断か。
成長せずにすむ言い訳からの成長ともいえるが。確かに楽するために
苦労するその場限りが多いからな。ところで、
成長も原則にかするとして、その無成長性をどう思う。
負の方向から見れば、神のごっこ遊びだが。>>1

185 :考える名無しさん:03/04/25 20:20
発見したよ。話してみよう!

186 :考える名無しさん:03/04/29 02:52
多々ある、理由を示さずに断定系で終わる文面くらいなら「傲慢」の一言でかたがつくが。

「(自分の考えは)そのうち一般的に認知される。
 たいていの人はまったくそれに気づいてない。
 今の世の中は、まだまだ無駄が多いような気がしてならない。
 人間は人間の特性についての理解がだいぶ欠如している」

そして、
「(自分の)人生最大の発見=人類最大の発見」
とまで言いきってしまう。

すごいんすねぇ、アンタは。

「謙虚になる」というのはアンタの「原則」に反することなんかね?

それで、どうしてときに、原則に従っているにも関わらず、
上手くいかないということがあってしまうのかが分かりません。
それって「反例」って言いません?
上手くいかないことがあるというのを原則で説明できるという意味も分かりません。

どのみち、原則が実生活に真に有効だと考えられるのは
92さんの言うようにジャンケンに必ず勝てるようになったときでなくては、と思いますが。
私だってこの世に因果があるくらい知ってますよ。
そうしてその因果関係を睨みながら考えられる方策を立てて上手くやってやろうと思ってる。
誰しもそうだと思ってましたがねぇ?私は。
一人一人聞いて回らなきゃ分からないから「断定系」にはしませんがw
ただそれは理想である原則に近づけても「同じではないから」失敗することがあります。
ジャンケンに毎回必ず勝つことができないのもそうです。

いずれにせよ、我々は有史以前から自然現象の因果を調べて、
その具体的な法則を発見しようと切磋琢磨してきたんじゃなかったんですか?
アナタが初めて気づいたことなんでしょうか?それは。

187 :1:03/04/29 23:02
>179
>社会は共産主義に向かうといえるかな?
>まあ、理想的な共産主義と限定しなければならないだろうけど。
>この平等主義的な社会とは違うかな?

ひとまず形式的には、現行のまま進むと思われます。
将来、原則という考え方が誰にとっても当たり前の時代になれば、
また違った形式の社会になる可能性はありますが、そこまではとりあえず私は考えていません。
それらのことは、後に原則が分かった他の人たちが考えていくのが自然ですしね。

>もう少し説明求む、どうして思いついたのか経緯がわかればね。

求められているものかは分かりませんが、説明を進めてみます。

とりあえず世の中が原則的な動きになっていくというのは必然的な出来事であると考えられるのです。
もちろんそれには様々な理由があってのことです。
>176 >177 のことは、本当に一言で言い表したに過ぎないことです。

私は自身は、巨大な組織が的確に動けるとすれば、それはどういう仕組みであるのか?
ということを考えていたわけです。そのとき原則をひらめいたわけですが、
そのことに驚いて、他のジャンルでも原則が存在することを確認していたわけです。

私の見た限りではありますが、あらゆる出来事と「原則」とを比較しても矛盾はありませんでした。
世の中には、あらゆる全ての出来事の謎を解くカギが存在していたということです。
それを「原則」と名付けているのです。
また、原則を知るヒントを伝えることはできたとしても、原則そのものを伝えることはできないのです。
それが知りたいのであれば、各個人が自ら探し出すしかないと思います。

地球が丸いことを実感することが難しいのと同じように、
すぐには「原則」を感じることはできないかもしれません。
世の中は誰もが気がついていないうちに、原則に従って動いていたのです。

188 :1:03/04/29 23:03
>180
その前に、「原則」というのは人間が利用するものというのが前提になる話としてみます。
この世の中のものすべてが原則の結果現れるものとすれば、
さすがにそれらをひとまとめにして表現することは難しいと思います
(しいて言えば、「原則がある」という一言になりますが)。

それがなんとか伝わるように解きほぐしているので、
一つ一つの説明は、曖昧な表現になることが多いと思われます。
また、一つ一つを納得する必要もないかもしれません。

でもそれでいいのです。
実は、普段は原則のことなどサッパリ忘れている。
それでいて物事が出てくれば、無意識に自然と原則通りに動いている、というのが理想なのです。
何かの物事をなさなければならないとき、そのとき原則を都合の良いように当てはめて使えば良いのです。

なので、一つ一つの文章にこだわる必要はないだろうと、とりあえず私は考えています。
もちろん、原則が分かった人がキッチリとまとめていくことも必要な作業なのかもしれませんが。

189 :1:03/04/29 23:04
>180
>「こと」が「原則的な性質を持」つというのは、何となくわかるのですが、
>「もの」が「原則的な性質を持」つというのは、どういうことですか。
>例えば、「りんごという『もの』」は、
>具体的に、どういう「原則的な性質」を持っているのですか。

「りんご」の件ですが、それもしっかり「原則的な性質」を持っています。
ただ、他のことでもそうなのですが、何かの目的がなければ何も始まらない場合もあります。
ある目的に見合った世界観を通して原則を適用するというのが、原則の基本であると思います。

「りんご」についてもそうですが、
『りんごの生物的な性質』という観点からりんごを見るか、
『りんごを開発する』という観点からりんごを見るか、
『消費者』という観点からりんごを見るか、他にも様々な観点が考えられると思います。
そして、それぞれの目的の都合が良いようにりんごを分析して行くのです。

例えば『消費者』という観点から、お皿の上にあるりんごを見てみるとします。
一般的には、そのりんごは『手頃な値段』であるからそこにあるのだと思います。
そのりんごは『おいしい』からそこにあるのだと思います。
そのりんごは『見た目が良い』からそこにあるのだと思います。

私はりんごの研究者ではないので分かりませんが、
『手頃な値段』『おいしい』『見た目が良い』という性質は、一般的なりんごの性質ではないと思われます。

りんごはいつ頃生まれた植物かは分かりませんが、
初めに生まれた野生のりんごなんかは、人間には不味くて食べられたものではないかもしれませんし、
大量生産されていなければ高価なものであったと思いますし、
『見た目がよい』というのも、農家の人たちの仕業であることも理由の一つだと思います。

つまり「もの」といえども、そこにその「もの」が存在しているのは、
それなりの理由があるから存在しているわけです。
今座っている、目の前に突然「象(ぞう)」が魔法のように出現することなどはないのです。

190 :1:03/04/29 23:04
>180
>1さんのおっしゃる「原則」とは、「客観」ということですか。

いや、とりあえず違います。
「原則」というのは、そういうものがあるのです。
確かに本当の「客観」でなければ、「原則」をとらえることはできないと思いますが。

>以前、「イデア」という言葉を使いましたが、
>この世の様々な「もの」や「こと」には、
>その本質である「客観」があって、
>私たちは、それらを様々に肉付け(装飾)している、
>つまり「主観」的に捉えている、と。

とりあえずそのことは、前に >63 辺りでベクトルや哲学を用いて述べたことですね。

「肉付け(装飾)」については、そういう意味で書いたわけではありません。
どんなに客観的に物事をみることができたとしても、
新たに無数に観点というのは導入することができるので、それらまで考えることはできません。

また逆に言えば、何か目的があって初めて、
物事をその目的にあわせて、客観的に見ることが可能になるとも言えるかもしれません。

>>原則が分かっている人ならば、物事は単純であることを知っているだろうと思います。
>>そしてまた、その単純な事実が無限への広がりを見せることも知っているだろうと思います。(>>168
>これは、「りんごが落ちるという『こと』」は、
>「落ちる」という本質に「りんご」という肉付けがなされている。
>「落ちる」という単純な事実に、「みかん」や「いちご」という肉付けによって、
>「落ちる」という事実が無限に捉え方が広がっていく、ということですか。

その通りです。
ちなみに「落ちる」という現象も、「万有引力」があるという事実から派生した一つの事実にすぎません。
ニュートンは「落ちる」という現象から「万有引力」を見いだし、そこから惑星の軌道の解析にも成功したのです。

191 :1:03/04/29 23:05
>181
>>言うまでもありませんが、世の中には様々な目標・目的を持つものがあると思います。
>>そのとき、どのくらい目標を達成しているか?という指標になる「価値」を考えることができると思います。
>すいません、具体的な例を出してください。
>「様々な目標・目的を持つもの」って例えば、何ですか。
>例えば、「りんごという『もの』が持つ目標・目的」とは何ですか。
>人間に食べられるという目標・目的ですか。
>でも、それだとりんごに意志があるということになります。
>「原則的」には、りんごにも意志があるということですか。
>それとも、それが自然の意志というものだということですか。
>それから、「そのとき、〜考えることができると思う」となってますが、
>どうしても、その前の文章からは「考える」ことができません。
>指標になる「価値」とは何ですか。
>具体的に例を出してください。

失礼しました。無生物には目的はありません(便宜的に目的を持つように考えることが有効な場合もある)。
とりあえず目的を持つものという意味は、人間が何かの目標に向かって行動するという意味です。

>「様々な目標・目的を持つもの」って例えば、何ですか。

何かで良い成績を残そうとすることもそうですし、良いものを作ろうとすることもそうですし、
目標を見つけるという目標や、視野を広げようという目標も考えられると思います。

192 :1:03/04/29 23:07
>181
>指標になる「価値」とは何ですか。具体的に例を出してください。

指標になる「価値」というのは、その目的の『現状の総合的な評価』のことです。
それは直接目で見ることはできないものであり、感じ取ることしかできません。難しいことではありませんが。

少し方向性がずれるかもしれませんが、例えば、ある数学の試験の点数が10点だっだとします。
その事実について、どう評価するのが一般的でしょうか。情けないことだと考えるのでしょうか。
原則的な答えとしては、「その数学の試験で10点を取った」というそれが答えです。
「フェルマーの定理を証明しなさい(100点)」という問題が出たら大抵の人が0点です。

誰もが多かれ少なかれ数学的な力というものを持っているのです。
数学の試験というのは、その本質的な力を『とあるフィルター』を通して映し出しているものにすぎないのです。
そして数学という目的があるとすれば、その指標になる価値というのは、その人の持つ本質的な数学の力のことです。

実際には、本質的な数学の力があっても、入試用の数学の力がなければ良い点を取ることはできないのです。
つまり受験対策であるなら、そのフィルターである基準に従って勉強していくことができれば効率的なわけです。
もちろん、それを基準とした「価値」というもので本人の力を評価することは可能です。

193 :1:03/04/29 23:07
ちなみに、数学というものもどんどん細かく分けていくことができます。
分け方も様々あるかもしれませんが、例えば分野ごとに分け、
さらにそれらを構成されているそれぞれにわけ、それらもさらに細かく分類していけば、
最後は足し算などの原始的なレベルにまで分けていくことができると思います。

他のことでもそうですが、すべてのものは一つ一つの積み重ねであるのです。
一つ一つをきちんと理解し、無意識のうちに使えるようにできると自然と応用ができるようになるのです。
また、自分がどこまで分かっているのかが詳しく分かれば、的確に分からない箇所を学んでいくことができるのです。

原則という考えは、「急がば回れ」なのです。
砂の山を築こうと思っても、砂が流れてしまって大きな山にすることは難しいのです。
大変ではありますが、レンガを一つずつ積むことによって初めて巨大な物事を達成することができるのです。
もちろん戦略的に、まずは砂の山を築いてからレンガに切り替えても構いませんし、それは自由です。
当然実際のところはケースバイケースなので、原則的にはそれぞれの目的にあった形で行えると良いかもしれません。

194 :1:03/04/29 23:08
>183
これらの文章もおおざっぱに原則に則って書いているところです。

>184
>詳しく捉えられたとは思わないが。原則とは成長ではないか。
>跳躍というほうが好きだが。常にそれを意識した判断というところか。
>それをすれば成長するかどうかを基準とした判断か。

確かに「原則」の一つのキーワードとしては、「成長」というものがあると言えると思います。
ただ原則については、「原則」というものとしてとらえなければ、
本当に納得し、真実をつかめた気分にはなれないと思います。


また、「原則」が分かれば真実というものがどういうものなのかはっきりするのではないかと思います。
それによって初めて、本当に自分が正しくものをとらえているのか、
または、それが思い込みなのかどうかが分かるものなのかもしれません。

少なくとも「AはBだからCだ」と、ただ思っているだけでは、
それ以上のものはありませんし、否定はしませんが思い込みにすぎません。
状況が変われば「AはBでもCでない」場合があるかもしれません。

何故「AはBだからCだ」という事実が成り立つのかという因果があるのです。
それらまでを想像し、納得できて初めてそれが事実らしきものであるという結論にたどり着くのです。

言葉は言葉に過ぎません、それらも状況を想像しなければならないのです。
そうでなければ、机上の空論になってしまう可能性も高いのです。
頭の中で、複雑に動く物事をシミュレーションしてみるのです。

後は感覚で物事を判断するのです。
とは言っても人間の感覚というものを侮ってはいけません。職人芸などは全て感覚であるとも言えるのです。
慣れてしまえば難しいことではないかもしれませんが、美的な感覚も要求されるのです。

195 :1:03/04/29 23:09
>184
>成長せずにすむ言い訳からの成長ともいえるが。確かに楽するために
>苦労するその場限りが多いからな。ところで、
>成長も原則にかするとして、その無成長性をどう思う。
>負の方向から見れば、神のごっこ遊びだが。>>1

ん?無成長性とはなんでしょう?
成長しようと努力した結果が報われなかった事実についてでしょうか。

その場合の答えをとりあえず答えると、
ひとまず、努力の方向性が間違っていたということが考えられます。
そのことを念頭において次の方向性を模索することができれば、
その無駄は無駄にはならなかったことになると言えると思います。

少なくとも、その方向は間違っていたという新しい情報が手に入ったことですし、
前進していると考えられるのではないのでしょうか。

196 :1:03/04/29 23:15
>186
>多々ある、理由を示さずに断定系で終わる文面くらいなら「傲慢」の一言でかたがつくが。

私は、事実を話す場合は断定で書いていると思います(すべては原則があると仮定した場合の話です)。
理由を示さない理由はいろいろありますが、
例えば「万有引力」があるという事実の理由などは分からないとも言えるのです。

>「謙虚になる」というのはアンタの「原則」に反することなんかね?

何を「謙虚」とするかは知りませんが、
私は「原則」を観測した結果を、なるべく客観的に書いていこうという方針です。

>それで、どうしてときに、原則に従っているにも関わらず、
>上手くいかないということがあってしまうのかが分かりません。
>上手くいかないことがあるというのを原則で説明できるという意味も分かりません。

「原則がある」という事実は明確です(何せ仮定しているのですから)。
前にも書きましたが、原則というのは様々なとらえ方が可能でもあるのです。
それは意味合いの問題ですが、とりあえず私は私なりに伝えているのです。

まず、様々な物事には原則があり、人間はそれを身につけることができるのです。
そして、その原則を身につけるまでは失敗もするわけです。

ここで意味合いなのですが、一般的な原則を分かっている人が個別の原則を身につけていく過程で
最善の道を進んでいくことを『原則的に動く』ということにしているのです。
その過程においては、それぞれのジャンルに対して原則的に振る舞っているわけではないので失敗もするのです。
個別の原則が身に付いて初めて、個別のジャンルに対しても原則的に振る舞えるようになるのです。

つまりいくら原則が分かっている超一流の人であっても、他のジャンルへ行けば素人になってしまうということです。
ただ、その素人でも最善の道をたどって原則を身につけに行く過程を、『原則に従う』と便宜的に言っているのです。
個別に原則が分かっている事実に対しては、上手くいかないことはないのです。
全く違う例ですが、どうあがいても上手くいかない状況が存在するのも、また事実です。

197 :1:03/04/29 23:16
>186
>どのみち、原則が実生活に真に有効だと考えられるのは
>92さんの言うようにジャンケンに必ず勝てるようになったときでなくては、と思いますが。

仕掛けのないじゃんけんであれば、それは魔法とも言えそうですね。
確かに技術が進歩して、脳の中を解析し、電気信号から直前に何を出すのかが分かって
瞬時にそれに勝つものを出すことができれば可能かもしれませんが、
原則というのは魔法ではないのです。
魔法ではない変わりに、それが分かれば誰もが使えるようになるのです。

>私だってこの世に因果があるくらい知ってますよ。
>そうしてその因果関係を睨みながら考えられる方策を立てて上手くやってやろうと思ってる。
>誰しもそうだと思ってましたがねぇ?私は。

つまり、私の言う「原則」は分かっていないということですね。
それに失礼ですが、186さんは千人に一人の知恵者でもないようですね。
原則が分かれば、今のところであれば万人に一人の知恵者にはなるだろうと思います。

>いずれにせよ、我々は有史以前から自然現象の因果を調べて、
>その具体的な法則を発見しようと切磋琢磨してきたんじゃなかったんですか?
>アナタが初めて気づいたことなんでしょうか?それは。

そういうことになるのかもしれませんね。
成功の法則を探求している人は多かったかもしれませんが、
この世の中で、原則を探求していた人というのは聞いたことがありません。
少なくとも、それを世の中に広めようとしていた人はいないと思います
(7つの習慣はそういう本でもありますが、はっきりと原則を認識しているわけではなさそうです)。

原則は偶然発見した産物でもあるのです。
私は様々なものの判断基準を考えていたついでに原則を発見したとも言えそうです。
成功の法則と、原則とは別物であり、原則が分かれば成功の法則の意味も分かります。
ちなみに自然現象は昔から探求されていますが、それらは原則によって現れる各種の仕組みを探求しているだけなのです。

198 :考える名無しさん:03/04/30 10:35
<<195
成長の無成長性とは、成長以外にすることが無いという不自由だ。
成長したくないお馬鹿さんという方向に理解されたようだが。
それはどうでもいい。つまり、成長は成長から成長できるのか。
成長以上はあるのかという問いだったのだ。
もし成長してもひたすら成長しかないのなら、
成長はいつまでたっても成長せんなあ。という捉え方だ。
つまり成長が成長であり続けるためには
成長は成長から成長してはならないということになる。
こういう意味での成長の無成長性をどのように捉えているのか。
それをお聞きしたかったのだ。成長にはそれ以上があると考えて
おられるのか。それも聞かせていただきたい。それと
成長を強制することをどう考えているかも聞かせていただけると
ありがたい。わたしは、無成長が休息であるなら、永遠にとって
必要なものだと、とりあえず考えているのだが。すくなくとも
成長の強制は害が多いと思っている。成長には無成長を
許容するだけの余裕があるのだろうか。それが成長にとっての
成長なのか。

199 :1:03/04/30 21:42
>198
>成長の無成長性とは、成長以外にすることが無いという不自由だ。
>つまり、成長は成長から成長できるのか。
>成長以上はあるのかという問いだったのだ。
>つまり成長が成長であり続けるためには成長は成長から成長してはならないということになる。
>こういう意味での成長の無成長性をどのように捉えているのか。
>それをお聞きしたかったのだ。成長にはそれ以上があると考えて
>おられるのか。それも聞かせていただきたい。

なるほど、とりあえずわかりました。
「成長以外にすることが無い不自由」と感じてしまうのは、
成長というのが直線的なイメージから来るのではないのでしょうか?

たとえば、世の中にあるようなエンターテイメントが将来どう成長するのか?といったら、
今あるものの延長上にある毛の生えた程度のものといったような。

実際のところは、そういう直線的なレベルの成長ではなく、
新たな分野の融合などで、新しい次元のものに置き換わっていくだろうと考えられます。

つまり直線的な成長というイメージではなく、掛け算的というか、相乗効果的というか、
3つの山だったのが、ふもとが同じ面積で1つの大きな山になるような、そういうイメージです。

そしてまた、様々な分野はさらにその土台になるようなところから変わってくると思いますので、
もうしばらくは、まだまだ世の中は変わっていくのではないかと思います。
これからの変わりようは、今までがハード的だとすると、これからはソフト的に変わっていくと思います。

このことは、世の中についての成長を考えてみたわけですが(つまり、まだまだ成長するだろうと)、
対象が、ある個人か、あるジャンルか、ある組織かによっても違う捉え方を考えることができると思います。

一般的に、ある確立したジャンル内での成長というのは、比較的早い段階で収束してしまいます。
新たなジャンルが生まれたり、様々なジャンルに細分化されていったり、土台が変わることによる革命だったり、
それらのジャンルが融合して(新たなジャンルが生まれる)いくことで大きく前進していくのです。

200 :1:03/04/30 21:43
>198
>成長を強制することをどう考えているかも聞かせていただけると
>ありがたい。わたしは、無成長が休息であるなら、永遠にとって
>必要なものだと、とりあえず考えているのだが。すくなくとも
>成長の強制は害が多いと思っている。成長には無成長を
>許容するだけの余裕があるのだろうか。それが成長にとっての成長なのか。

とりあえず、何にとっての成長かを考えないと話は進まなそうですね。
ちなみに世の中については、明らかに常に成長(変化)し続けていくものです。
世の中を成長させていく人や組織は常に存在しているのですから。

個人については、その成長は強制されるものではないと思います。
世の中の職種には変化の無いようなものから、劇的な変化が続くようなものまでありますし、
そのジャンルも様々なものがありますので、特に成長が必要になる職ばかりではないと思います。
また、世の中が原則的に動いているとしたら、
強制的に成長させられているというような場面はなくなるのではないかと思います。

ちなみに一つ思っていることですが、
今現在、世の中の変化に個人の意識が追いついている人はかなり少ないような気がします。

世の中を変化させているのは、世の中にいる一人一人であり、
一つ一つの組織であることは間違いないのですが、
そのうちの一つの組織の意図によって世の中が動いているわけでは全くないのです。

それらの一つ一つの原動力が束になって世の中を動かしているのです。
つまり、一人一人の意図の結果ではあるのですが、
世の中全体として見れば、『誰の意図でもなく世の中は動いている』とも言えるのです。
まずは、そのことに気がつくことが先決なのではないかと思います。

世の中の人の意識が、世の中の動きに追いつくことが早急に求められていることだと思います。
今や、世界の動きが身近なところまで影響してくる時代なのです。
世の中の人(特に世の中を動かしている人)は、世の中の動きにあわせて行動していかなければならないのです。

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