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■出雲神話■

1 :天之御名無主:2001/06/20(水) 12:00
出雲神話について語りましょう.

八重垣神社って知ってる?

2 :天之御名無主:2001/06/21(木) 15:10
どうなのよ?

3 :名無し:2001/06/21(木) 17:14
八雲立つ 出雲八重垣 妻篭めに 八重垣作る その八重垣を

4 :天之御名無主:2001/06/21(木) 22:13
スサノオによる日本の歴史上最古のクドキ文句ナンパの元祖ですな。

5 :天之御名無主:2001/06/22(金) 07:22
近所に住んでたよ

6 :天之御名無主:2001/06/22(金) 19:12
出雲風土記ってそのへんに売ってますか?

7 :天之御名無主 :2001/06/22(金) 20:57
平凡社で1500円の文庫が出てる

8 :花と名無しさん:2001/06/22(金) 21:01
>マンガで読んだ・・・欝だ

9 ::2001/06/23(土) 00:33
八雲
八島
八が付くのはナンとか言わない?

10 :天之御名無主:2001/06/23(土) 09:15
やまたのおろちとかも?

11 :天之御名無主:2001/06/23(土) 14:21
おろちは風土記にはないんだよね。

12 :天之御名無主:2001/06/24(日) 22:09
オロチ神話のルーツは中国にありますね。

13 :天之御名無主:2001/06/26(火) 23:40
大本教の神話とのつながりとかどうよ?

14 :天之御名無主:2001/06/29(金) 23:40
大庭ってなによ?

15 :天之御名無主:2001/06/30(土) 12:30
大庭は古墳が多いね

16 :天之御名無主:2001/06/30(土) 17:58
以前、出雲の風土記の出土したあたりの小学校に通っていて、
その校舎に出土品が一時的においてあったので
触ってしまった?

17 :天之御名無主:2001/07/01(日) 05:23
あっさり征服されたんなら、ヤマトに縁の地名が残ってるとか、
鎌倉時代に入ってまで、巨大神殿を復元したとか、おかしいこと
いっぱいない?

18 :名無しさん@1周年:2001/07/01(日) 15:08
八重垣神社のご神体はちんぽ!!ちんぽ像がいっぱい祭ってある。
子孫繁栄、豊饒の信仰。いいね。日本のふるさと。ちんぽだらけ。

19 :天之御名無主:2001/07/03(火) 01:32
そうそう、おばあさんとかが、なでなでして感謝してるよね
いつもありがとうございますとか言ってた
鏡池も神秘的だよ

20 :天之御名無主:2001/07/03(火) 01:34
>>17
地方にしてはかなり大きな勢力があったようだけどね。
鎌倉時代にもなにかしらの勢力があったのかな?

21 :天之御名無主:2001/07/03(火) 01:35
日本の神が集まるという出雲大社とかあるのも、
どうも不思議だ

22 ::2001/07/03(火) 02:36
出雲大社にまつわるお話が書かれているサイトがあります。
遡ること、大国主命とその妻ヒミコを奉るために建てられた説もあり
かなり興味深いです。
ちなみに注連縄は、大国主命がヒミコの束ねた髪を想い、奉ったそうで
実はそこには深い夫婦愛があるような気がします。
子孫繁栄、豊饒の信仰というのは
その辺から出てくるモノなのでは?
こちらのサイトの日本史の部分は全て読めますので
ごらんになりたい方はどうぞ。
「星からのメッセージ」
http://www.hoshinet.jp/hoshi/

23 :天之御名無主:2001/07/03(火) 07:08
ブラクラ?

24 :天之御名無主:2001/07/04(水) 20:07
そういえば、東出雲に黄泉の国の入り口があるけど,
行ってみた人いる?

25 :天之御名無主:2001/07/04(水) 20:09
記紀にでてくる出雲は、とかく冥府とか他界に関係があります。
イザナミの葬地を出雲と伯耆の境の比婆山にあると伝えたり、イザナキが黄泉から戻る途中の黄泉比良坂を出雲の伊賦夜坂と伝えたり、スサノオが最後に王者となる死者の国「根の国」が出雲から直接行ける場所として描かれたり、オオナムチも根の国に結びつけられて語られたり、またオオナムチと一緒に国造りをしたスクナヒコナも常世国よりきて常世国に去ったように描かれてます。
これは一体どうしてなのでしょうか?

26 :出雲の姓は関東の地名へ:2001/07/04(水) 20:16
 出雲古代史に詳しい朴(パクビョンシク)氏は、東部出雲の人の姓を電話帳で調べ、最も多い姓を次の3群に分けた。


@ 新井・荒木などの[アラ]グループ
A 足立・安達などの[アダ] 〃
B 有田・有馬などの[アリ] 〃
 その結果、鹿島町や玉湯町などでは上記3グループの姓が全世帯の70−90%もあり、この傾向は東部出雲で顕著であった。この3つの姓は、朝鮮半島の安羅伽耶から来た証拠という。すなわち@とBは安羅そのもので、Aは「安羅+ダル(地・国の意味)」で「アラダル」が縮小したものと説明する。出雲弁の「少し」を「チョンボシ」というのは朝鮮の慶尚方言の「チョム」が訛ったものだそうである。

 これら3グループの名前はそのまま関東にきわめて頻繁に現れてくる。とりわけ埼玉県秩父地方から東京北部を通り東京湾へ注ぐ荒川流域(支流域も含めて)に多い。郵便番号簿でアライ・アラキ・アダチの3つの名を今に残る地名で拾ってみると、次のようである。

 埼玉県では、

郡名: 北足立郡
村名: 荒川村
字名: 川口市新井宿・荒川町・新井町、川越市新宿(あらじゅく)、行田市荒木、深谷市新井、本庄市 新井、花園町荒川、栗橋町新井、大利根町新井新田、川里村新井
とあった。ほかに所沢市荒幡、吉見町荒子の名にアラがつくことが気にかかる。東京都では、区名で足立区・荒川区があり、日野市新井の地名もある。
 こうしてみると埼玉県にかなり集中していることが分かる。このことは県名からもうかがえる。埼玉は“さきたま”で、この名はサキを前とか先にあて、辺境を意味するという解釈もあるようだが、私は神の御心である“幸魂(さきたま)”に間違いないと思っている。これは大物主神が大己貴命(おおなむちのみこと)に“我は汝の幸魂奇魂(さきたまくしみたま)である”と答えた、というその幸魂である。

 たまたま出雲大社で買った小さな鈴は、“しあわせの鈴”と名付けられ、箱裏の説明には「大国主が国造りの大業を成し遂げたのは命の奥に潜む“幸魂奇魂(さきたまくしみたま)”の霊力であった。朝夕鈴の音色にあわせ“幸魂奇魂(さきたまくしみたま)守り給え、幸(さき)はえたまえと一心に念じれば明るい毎日を過ごすことができる」(要約)といったことが書かれていた。まさに、出雲人の関東への移住は、県名にまで及んでいたのである。

 明治天皇が東京へ遷幸されたのち、最初に詣でたのは埼玉県大宮市にある氷川神社であった。氷川の名は、斐伊川からとったといわれ、当社の祭神は須佐之男命・大己貴命(おおなむちのみこと)・稲田妃命の3神で、いずれも出雲の神々であることは言うまでもない。

27 :いやはや:2001/07/04(水) 20:33
南朝鮮には、元々倭人が住んでいたいたから交流があるのは当然
である。元々、現在の韓人が住んでいるとの前提で結論に結びつ
ける論理には付いて行けない。

28 :スサノオは朝鮮半島産?:2001/07/05(木) 00:02
『書紀』の一書の伝えでは、スサノオは子・イタケルを従えて、新羅の曾尸茂利(ソシモリ)の地に降り、そこから船で日本の紀伊に渡っている。また別の一書ではスサノオが熊成峯(クマナリノタケ)から根の国に渡ったとも伝えられる。このソシモリとクマナリは朝鮮の地名だとされている。
ソシモリを、韓語のSopur(都城)と結びつけて解釈している学者もいる。
また熊成峯については、近年、朝鮮の地名久麻那利だとする説もある。任那の熊川や百済の都の熊津は古くは久麻那利と呼ばれていた。

スサノオと朝鮮との関係は古くから意識されていたらしく、すでに『古事記』にこの神の子孫として、山城の渡来氏族秦氏が奉じていた韓神や曾富利神がいると記され、『書紀』ではスサノオは朝鮮製の剣である蛇韓鋤剣を持つと記されている。また『備後国風土記』逸文に見える蘇民将来伝説では、疫病をもたらす蕃神・武塔神や祇園・牛頭天王がこの神と同一視されている。

スサノオがもとは新羅の蕃神(外国から渡来した神)とする説は、江戸時代から主張されており、新羅第二代王・南解王次次雄がそれだといわれている。次次雄は、慈充とも表現され「巫覡」を意味するsu-sungという語と同系のものらしい。
またスサノオは普通、素戔鳴とか須佐雄とか表記されるが、これを読もうとしたときスサウまたはスサヲとしか読めないものもある。日本の古語の漢字表記法では、ngの音をウで表すのが建て前であった。従ってもとの発音がsu-sangだとすれば、su-sungとは極めて類似した発音となる。ある学者はこれを一歩すすめて、スサノオを朝鮮系の巫覡の奉じる神とし、渡来系の「韓鍛冶部」に関連づけている。これが出雲に土着して須佐の神になったというのだ。

この神の蕃神的要素を否定できないが、この神の前身をまったくの蕃神だとすることに疑問をいだく学者もいる。彼らはスサノオと韓土の結びつきを5、6世紀ごろ韓土と往復した海人の活動によって神話に反映したと考えている。

29 :天之御名無主:2001/07/07(土) 01:31
出雲風土記は毅然として記紀を否定してるように見えるね。

30 :天之御名無主:2001/07/07(土) 16:59
記紀とは?

31 :天之御名無主:2001/07/07(土) 17:32
ここまでを読むと、
出雲族が畿内勢力より古い、ということは
想像出来るかもしれんね。

32 : :2001/07/07(土) 23:11
>>24.出雲大社からほそーいくねくね道を山中に登って、島根半島の裏の海岸
にある洞窟です。入り口には漁船がおいてあります。
中は暗くて狭くて、どこまで続いてるかわかりません。はっきり言って
雰囲気はちょっと怖いところです。

33 :天之御名無主:2001/07/08(日) 03:17
古事記や日本書紀と出雲風土記の違いの説明に関しては、
(1)政治理念による作為説
(2)信仰的世界観における二元観に基づくという説
(3)出雲即他界の方位説
(4)史実中核説
(5)出雲即巫覡のセンター説
等があります。

ちなみに「出雲民族説」、「出雲朝廷説」などは(4)に含まれます。

34 :天之御名無主:2001/07/08(日) 05:42
>>33
うー、すごく難しい。お手数ですが参考文献など
教えて下さいませんか。

35 :天之御名無主:2001/07/08(日) 06:19
>>32
だれか中に入ったのかなぁ

36 :天之御名無主:2001/07/13(金) 21:16
出雲で面白い場所とは?

37 :天之御名無主:2001/07/14(土) 00:32
近頃,子供の頃に教えてもらった
何気ない民話を忘れて行っている
ような気がして,さみしいです

38 :神話ずき:2001/07/14(土) 01:20
 神話には何か、夢があるような気がする。出雲か、、いいね。
 

39 :天之御名無主:2001/07/14(土) 03:26
>>38
みんな穏やかだよ

40 :天之御名無主:2001/07/14(土) 07:49
ところでさーー!
大国主と大黒天は別ものじゃあないの??

41 :天之御名無主:2001/07/14(土) 07:59
シヴァと関連あり?

42 :天之御名無主:2001/07/14(土) 12:56
>>40
ホントは別だよ
マハーカーラ(シヴァの暗黒面)=大いなる黒き神=大黒天

43 :天之御名無主:2001/07/15(日) 04:52
記紀に書いてあるのが出雲神話?
出雲風土記に書いてあるのが出雲神話?

44 :投稿日:2001/07/15(日) 04:55
>>43
両方とも、但し意味合いが少し異なる区別される。

45 :投稿日:2001/07/15(日) 05:00
具体例を上げれば出雲風土記にはヤマタノオロチやクシナダ姫などの記述がない。
またオオクニヌシが最高神となり、天皇の記述は一切ない、これは当然か。

46 :天之御名無主:2001/07/15(日) 10:05
ありがとう出雲大社

47 :天之御名無主:2001/07/15(日) 20:50
こらこら。
> マハーカーラ(シヴァの暗黒面)=大いなる黒き神=大黒天
ここでは「黒」とは空の青い色のこと。
日本でも緑信号を青信号といったり、方言で明るい色を全部「アカイ」
といったりするだろう。
マハーカーラとは「ぐれーと・ぶるー・すかい」のカミサマなのだ。

48 :天之御名無主:2001/07/16(月) 01:09
なんてすがすがしいんだろうね

49 :天之御名無主:2001/07/16(月) 01:16
マザスカイ〜♪

50 :天之御名無主:2001/07/16(月) 02:17
出雲風土記は地理書って感じよね。

51 :天之御名無主:2001/07/16(月) 02:30
またその出雲の神話も出雲内の地域によって
変わるそうじゃ。

52 :天之御名無主:2001/07/16(月) 13:33
大黒天は密教の神で、インドのシバ神が破壊の際に真っ黒になった姿とされ、
密教では憤怒の形相で、髑髏の瓔珞をつけ、山羊の皮を剥ぎ身に纏うなど恐ろしい姿をしている。
これが神道の大国主命がだいこく(大国)と読めることから同一視され、
七福神の大黒様の姿はもっぱら大国主の姿になってしまった。


53 :天之御名無主:2001/07/16(月) 13:47
>>52
チベット密教のマハーカーラ像はおっかねがったんが。
わらすに見したら、寝小便するろー。

54 :天之御名無主:2001/07/16(月) 14:37
紀元前〜6世紀、暴風神ルドラとしてバラモン教の世界に登場した(『リグ・ヴェーダ』)。
シヴァの別名にマハカーラという破壊神の呼び名があるがこれはルドラの頃の性質が強調されたモノらしい。
現在のシヴァ自身は、【破壊】【恩恵】【生殖】【創造】など多面的な相を持ち、
紀元前後からヴィシュヌ・ブラフマーと共に、ヒンドゥー教の三大主神となっている。

浅黒い肌で四本腕、額に第三の目を持つ。
頭部には三日月を頂き、首にコブラを巻き、虎の皮をまとっている。
彼が傍らに雄牛ナンディを連れる為、インドでは白牛が聖なる物として奉られている。

仏教においては大黒天と呼ばれ、
読みが似ている事から、大黒主命と同一視されるようになり七福神の一人に数えられるようにもなっている。

55 :天之御名無主:2001/07/16(月) 14:41
これもじゃ

http://homepage1.nifty.com/anecs/spirit/tera/hotoke/daikoku.htm

56 :天之御名無主:2001/07/16(月) 15:08
伽羅蕗(きゃらぶき)の伽羅はカーラ?

57 :天之御名無主:2001/07/16(月) 15:36
梵語(ぼんご=インドの古い雅語)のkalaguru からといわれてい
ます。伽羅色とは黒みかかった濃い茶色をいいます。

58 :56:2001/07/16(月) 15:40
>>57
thnx!

59 :天之御名無主:2001/07/18(水) 09:57
出雲とインドは関連あり?

60 :天之御名無主:2001/07/21(土) 04:42
なんで雲なの?

61 :投稿日:2001/07/21(土) 06:39
>>60
八雲立つ出雲から雲が美しく沸き立つさまより。
ただ語源については諸説あり。

62 :天之御名無主:2001/07/21(土) 06:57
>>61
宍道湖のことかな

63 :天之御名無主:2001/07/24(火) 19:22
出雲王朝は存在したのか?

64 :天之御名無主:2001/07/24(火) 23:46
したとおもう

65 :タイガー徳田はみかんもらわないヨ!:2001/07/26(木) 13:11
旧出雲大社は、でかすぎて4回倒壊したんだっけ。
壮大にして滑稽なはなし。
大好きです。

66 :『うぬ棒礼七』被処理委員会か・・・:2001/07/26(木) 13:20
 未完に住す・・・もうましものかな・・・

67 :天之御名無主:2001/08/02(木) 06:34
出雲神話で一番偉い神様って誰なんですか

68 : :2001/08/05(日) 08:15
出雲神話で一番偉い神様って誰なんですか

69 :天之御名無主:2001/08/06(月) 10:04
age

70 :天之御名無主:2001/08/06(月) 16:44
すさのお?

71 :天之御名無主:2001/08/06(月) 23:39
>>45に答えが書いてあった。失礼。

72 :天之御名無主:2001/08/07(火) 02:30
>>71
ほんとだ

73 :投稿日:2001/08/07(火) 07:54
名前は違ってたかな。大国主は名前複数持ってるから。
スサノウが偉くないのは神社より権威の有る大社に大国主
の方が祭られてる事からもわかるし、スサノウ自体出雲神話
には確か無いはず。

74 :天之御名無主:2001/08/07(火) 15:29
そうでしたか
失礼しました

75 : :2001/08/09(木) 04:24
スサノオがまつられている熊野大社は、出雲一宮といわれ、
出雲大社よりも格が上である。これいかに。

76 :『皇后陛下のお四国遍路』製作委員会:2001/08/09(木) 04:41
 「ヤーヴェーが来た・・・」がきたか、とふとふ北向くお山になりたる門戸も・・・はっ、デーワの山ンタカ帽子はっとー。では。

77 :天之御名無主:2001/08/09(木) 06:01
>>75
八雲村の奥にあるやつ?

78 :投稿日:2001/08/09(木) 09:33
>>75
熊野大社に祭られてる櫛御食野命が素盞嗚尊(スサノウ)であるとする
記述は先代旧事本紀と言う書で記紀についで古いものとされている。
聖徳太子撰録と明記されている事でも有名だそうでそれなりに
評価の高いものだがこの記述からだと出雲大社も素盞嗚尊と
書いてあり、疑問点も多い。熊野大社は天皇家側のもので形式上
出雲大社より上にしたのではないだろうか。実際、出雲大社の方が
過去、現在においても、立派な造りである事からも予測できる。
ちなみに、出雲国風土記では出雲唯二の大社であり
杵築(後の出雲)大社=国津神 熊野大社=天津神という分け方からも
窺い知る事ができるのではないだろうか。
蛇足として、素盞嗚尊が祭神として祭られている神社は何系統か有り
多い順に熊野、八坂、氷川神社などがあります。祭り方も単体で祭って
ある所もあれば、妻の稲田姫命(いなだひめのみこと)大国主と祭って
ある所などいろいろあります。また、地方の神と素盞嗚尊とを同一視
している場合も多々有るみたいです。
>>77
そうです、和歌山の熊野大社の方が有名ですが。
実は、これも出雲の熊野大社から勧請されてきたと言う説があります。

79 :天之御名無主:2001/08/09(木) 22:12
神魂神社

80 :天之御名無主:2001/08/10(金) 03:31
>>78
あの神社そんなにすごかったんだね
遊びに行ったことあるよ

>>79
いまもムササビいるのかなぁ
子供の頃に行ったよ
というか近くに住んでたよ

81 :天之御名無主:2001/08/10(金) 05:10
スサノオがオオクニの祖先である

八重垣神社、神魂神社が出雲大社より古い

日本一の宮は八重垣神社。
恵比寿さんの総本社は美保神社なのか西宮恵比寿なのか?
まぁ、格式、伝統からいって美保>>>西宮恵比寿だろ。
事代主命は出雲の神だから、本家は美保神社だ。

82 :天之御名無主:01/09/05 04:12 ID:aB4rZ3xI
あの神社好きです

83 :天之御名無主:01/09/05 17:06 ID:puvl7T.E
>>81
>スサノオがオオクニの祖先である
それは中央文献にしか見られない記述だろ。
風土記にはこの二神が血縁であることを示す記述はないよ。
在地では本来血縁でなかった神が、記紀の構想のなかでむすびつけられただけ。

>>78
>熊野大社に祭られてる櫛御食野命が素盞嗚尊(スサノウ)であるとする
>記述は先代旧事本紀と言う書で記紀についで古いものとされている。

あれは平安初期にできた偽書だ。まだ古語拾遺とかのほうが古い。
資料としての価値はあるが、そのへんのいかがわしさはおさえないと。

熊野大神(クマノカムロ・クシミケヌ)とスサノヲとを同一とみる説の根拠は、
出雲国風土記や出雲国造神賀詞のなかで熊野大神がイザナキの子とされており、
中央神話でのスサノヲの出自を思わせることにあるのだろう。が、これは両者が
同一であることを示す記述というよりも、こうした記述が原因で後世になって混同された
というのが本当のところだと思う。
出雲国風土記でも、スサノヲはスサノヲという名で熊野大神とは別の一個の神格として活躍しているし、
オホナムチに次いで風土記中多くの説話に名を出している。本来別神であったと考えるのが妥当。

熊野大社と出雲大社の関係については諸説紛々だしよくわからんですね。
出雲国造家の主祭神が本来的にオホナムチだったのかどうかっつう問題とも関わるし。

84 :ひでよし:01/09/06 10:24 ID:TOyit4Mo
>>83
たしか紀伊国風土記にスサノオが出てくる話があったと思う

スサノオが自分の毛を抜いて、杉や檜を作ったという話だったかな?
紀伊国の国名の由来を語る話だったような・・・・

ただし逸文なので信頼性は低いので注意してね

85 :83:01/09/06 16:51 ID:AunD09cE
>>84
手元の大系本や新全集で逸文の項見たけど、紀伊国風土記逸文にそういう記事は見つからないなぁ。
何に引用されてた伝承だろう。
似たような話が書紀の一書にあるから、なんかそれをそのまま流用した感じだね。
その書紀の記述には熊成峯だか言う地名が出てくるから、これを紀伊の熊野と関連させて
考える説もある(もっともこれは半島の地名だと考える説の方が強いけど)し、松前健みたいに
スサノヲの信仰自体本来は紀伊から拡がったって考え方も出て来るんだろうけど
あの記事自体スサノヲの神話の中でも異質な要素が多いから、位置づけが難しいんだよね。
播磨国風土記や万葉集にも出てくるオホナムチと違って、スサノヲの場合出雲以外での
信仰の状態を考える資料が少ないのが悩みどころ。

86 :ひでよし:01/09/06 20:13 ID:TOyit4Mo
>>85
風土記ではなく、日本書紀の一文でした

鈴木という苗字は熊野から全国に広まったということだけど、熊野神社は
全国にあるの?

出雲神話から話が逸れたけど、一応聞いておきます

87 : :01/09/19 16:52
八雲村の熊野大社は、いまではたったあれだけの広さだけど、
その昔は下宮内・上宮内地区を含めた膨大な広さだったらし
い。地区の名前はそこからきているということだ。

88 :天之御名無主:01/09/19 18:14
あのあたりの地形や風土が好きだなぁ
なんか落ち着く

89 :ひでよし:01/09/19 18:56
オオクニヌシの子供の一人として語られるタケミナカタはもともとは
諏訪地方の神だという説がありますね
この説では諏訪地方の神であったタケミナカタが何らかの理由で
出雲の神話に組み入れられたことになっていますが、その理由は
よくわかっていないようです

これを古代の出雲と諏訪に交流があったことを示す神話ととるか、
それとも編纂者の政治的な意図があったととるか
いずれにしても出雲神話は一つの神話ではなかったと考えるべき
ではないでしょうか

90 :投稿日:01/09/20 04:31
>89
それは逆の説もあるようだけど。
熊野神社と似てる感はあるね。
又は諏訪神社の土着神が習合したとは考えられないか。
諏訪の神主の守矢氏は相当古いと聞くがどうなのだろうか。

91 :天之御名無主:01/09/20 05:19
専門ではないのですが
二つの神社の地形的な距離はどれくらいなのか
ちょいと教えてください

92 :天之御名無主:01/09/20 05:36
新羅は出雲人の国
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=whis&key=980828553

新羅の始祖は倭人らしいのですが、本当なの?
もしかしてスサノヲかな?

93 :投稿日:01/09/20 05:51
>91
東京から大阪くらいの距離、かなり遠い。

94 :投稿日:01/09/20 05:53
やっぱり訂正、もっと遠いみたい。岡山くらいだ。
日本地図で適当な確認なんですまん。

95 :ひでよし:01/09/20 15:47
>>91
出雲は島根県、諏訪は長野県です
直線距離でも相当なものがありますが、間には山などもありますので
もしも交流があったとすれば、それは日本海を経由してのものだった
のではないでしょうか

96 :天之御名無主:01/09/20 17:07
91です
ありがとう
そんなに離れていても交流があるのかもしれませんね
東北の言葉と出雲の言葉がにているとも
聞いたことがあります

97 : :01/09/20 17:49
>96
似ていますよ。
中国地方では、岡山、広島、山口、島根・石見は関西っぽい
ようですが(鳥取はどんなんか知らない)、島根・出雲だけ
がズーズー弁の東北っぽいのです。そういえば、岩手の友人
の話によると、こじ○のことを「ほいと」というそうです。
出雲では「ほいた」といいます。

98 :天之御名無主:01/09/22 01:36
顔とかはどうなんだろう
関西人とかは特徴的だけど

99 :天之御名無主:01/09/22 14:38
●出雲地方出身の有名人
横浜Fマリノス・小村選手=濃いです
FC東京・
女優・江角マキ子=濃いです
ミュージシャン・竹内まりあ=濃いです
故・竹下登(濃いのか薄いのか分からない)

私=濃いです(有名人じゃないですけど)

佐野史郎=薄いです(もともとは信州の方らしいです)
田中美佐子=薄いです(隠岐の出身。隠岐は出雲弁ではない)

100 :天之御名無主:01/09/22 14:53
>>99
拙者、佐野氏の実家付近に実家があります

101 :ひでよし:01/09/23 21:04
何日か前の新聞で出雲大社本殿の心御柱が発掘されたと言う記事を
チラッと見たのですが、これについて何かご存知の方はおられませんか?

102 :天之御名無主:01/09/25 06:52
ほいよ
http://www.sanin-chuo.co.jp/tokushu/taisya/index.html

103 :天之御名無主:01/09/26 03:34
>>97
>ようですが(鳥取はどんなんか知らない)、島根・出雲だけ
>がズーズー弁の東北っぽいのです。そういえば、岩手の友人

鳥取も、西部(伯耆)はズーズー弁ですよ。
出雲と伯耆の言葉を総称して雲伯方言と言います。

104 :天之御名無主:01/09/26 04:42
そげですかね

105 :1:01/09/26 06:06
その画像ならココ
http://www.f2.dion.ne.jp/~impact14/

106 :ひでよし:01/09/27 16:51
>>102
情報ありがとうございます

先日、「北国街道殺人事件」(内田康雄の推理小説)を読んで新潟県に
出雲崎町と言う地名があることを知りました
その地名の由来を調べてみると、「出雲の大国主命の来臨と出雲との交流に
ちなむもの」(「角川日本地名大辞典」より)らしいことがわかりました
こういう地名が残っているぐらいなので、出雲との交流があったのでは?
と推測できそうです

その際にもう一つ興味深い事実も見つけました
出雲崎町内には諏訪神社という名前の神社が多いのです
出雲崎町は佐渡島の対岸に位置する港町で、そこから山を越えて
内陸部へと進むとちょうど諏訪のあたりに辿り付きます
このこのことも推測の傍証になるかもしれません

107 :天之御名無主:01/09/27 17:10
では、新潟もずーずべん?

108 :天之御名無主:01/09/27 20:39
ずーずー弁とは、ちっとばか、ちごわんさ。
まぁ、よそのしょには、わかんねかもな。

109 :天之御名無主:01/09/27 21:09
どーしょいのー どーしょいのー

110 :天之御名無主:01/09/27 21:54
新潟弁 らっけん、やらんがや〜
標準語 だから、いやだったんだよ〜

新潟弁と違うって?うそ?俺、元長岡住民なのに(泣)

ちなみに、新潟県長岡市は殿様&家来さんが三河出身
なので訛が変化しているとのこと。
でも、俺んとこは田舎の農家だから関係ないと思う。

111 :天之御名無主 :01/09/28 00:02
神有月

112 :天之御名無主:01/09/28 02:38
「よもつひらさか」に行ったことがある。
昔、夏に。車を二台連ねて。
松江から安来市にむかう辺りだったはず…
道路のたて看板に「ようこそ!黄泉の国の入口へ」とか書いてあったりしたと思う。
国道からわき道に入ると、こんもりした小さな丘があって、途中に駐車スペースがあったけど、
何にもなかった。
真夜中だった。虫の声がしてた。
獣道みたいなものがあったけど、ほかになんにもないから帰ろうか、ってことで、
車でさっききた坂道を下りかけた、そのとき、フロントガラスのところを
すごいスピードで白いものが、飛んだ。
どうせコンビニの袋か何かだ、気にしない気にしない、と思っていたが、
後で聞いてみると、少しおくれてきた後ろの車の友人たちも、見た、という。
坂道を下りかけた瞬間、というタイミングも同じだった。

113 :天之御名無主:01/09/28 02:43
つづき。
>32のレスの場所にも偶然行ったことがある。
かなり怖かったけど、そこも、そうなのか…
あと、八重垣神社の杜も、かなり不思議。
小泉八雲のエッセイにもあったけど、鏡の池ってのがあってね。
資生堂の花椿って、八重垣神社の連理の椿からとってるんだっけね。
奉納してあったよ。

114 :天之御名無主:01/09/28 03:50
>>113 あそこ静かで好き

115 :天之御名無主:01/09/28 03:51
>>112 そうそう!あれ行ってみたんだね

116 :天之御名無主:01/09/30 01:09
八重垣神社のご神体って、
男性のあれですか?

117 :天之御名無主:01/09/30 02:11
「よもつひらさか」って東出雲町じゃない?なんか安来方面にも
あるらしいけど、どっちが本当なのかな?おれは東出雲が
本物だと思う。

118 :天之御名無主:01/09/30 02:14
いっぱいおいてあるね

119 :天之御名無主:01/09/30 02:15
千家と北島の当主の奥様ってどういった家から嫁がれるのでしょうか?
北島家の当主の妻で最近お亡くなりになった方は三條西家出身
ですが。天皇陛下のいとこ。

120 :天之御名無主:01/09/30 02:15
くるくる寿司のちかくにあるね

121 :天之御名無主:01/09/30 02:17
古事記(講談社文庫)では現在の東出雲町がヨモツヒラサカだとある。

122 :投稿日:01/09/30 06:18
>119
北島家て明治天皇の内親王をお嫁さんに迎え、昭和天皇の内親王を
息子の嫁に迎えたという、皇室とはたいへん縁の深いとこだそうよ。

123 :天之御名無主:01/09/30 15:03
なにか特例とかあるの?

124 :天之御名無主:01/10/01 00:20
昭和天皇の内親王を
息子の嫁に迎えたという、

これはどうでしょうか?北島英孝氏の奥さんの北島洋子さんの
ことかしら。旧姓
は三條西で今上天皇の母方のいとこです。亡くなりましたが。

125 :天之御名無主:01/10/01 00:46
http://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=6I6N9+G9992A+CI+BWVTF

126 :投稿日:01/10/01 01:47
地元じゃ殿様と呼ばれてるが千家より格上て感じだな。
あくまで地元限定では有るだろうけど。
千家が全国的な出雲教、北島が地元の大社教を
それぞれ主催してるんだけ。

127 :天之御名無主:01/10/01 08:00
>>126
違う。千家が出雲大社教。北島が出雲教。

128 :天之御名無主:01/10/01 23:48
北島家て明治天皇の内親王をお嫁さんに迎え、昭和天皇の内親王を
息子の嫁に迎えたという、皇室とはたいへん縁の深いとこだそうよ。
↑コレマジ?
千家>北島じゃないの?

129 :天之御名無主:01/10/01 23:57
北島洋子(故人)は三條西家から嫁いできていた。
父親は三條西公正、母親が久邇家出身(久邇宮良子女王の妹)
今上とは母方のいとこにあたる。

>昭和天皇の内親王を
>息子の嫁に迎えたという、
これ初耳です。詳細を教えてください。

130 :投稿日:01/10/02 01:19
>>129
確かに内親王じゃ無さそうだね。妹と言うのは皇后の方の事か。
又聞程度の事を適当に書いて悪いね。

131 :天之御名無主:01/10/02 03:15
北島 洋子さん(きたじま・ひろこ=出雲国造北島家第七十九世・北島英孝氏の妻)28日午前2時5分、
呼吸不全のため島根県出雲市内の病院で死去、67歳。東京都出身。
自宅は島根県大社町杵築東194。通夜は29日午後7時から、
葬儀は30日午後2時から、大社町杵築東194、出雲教祖霊社で。
喪主は夫、英孝(ふさのり)氏。
 洋子さんは、香淳皇后のめい、天皇陛下のいとこにあたる。

132 :天之御名無主:01/10/02 03:17
千家と北島のステータス(地元での)そっちはどうですか?
私は千家>北島だと思っていました。

133 :投稿日:01/10/05 00:02
千家
学校の終業式にうんちく言う宮司のおっさん。
学生時代に千家の息子が居たがうーん。
別に特別視もされないし、普通の神社の宮司と言う感じ。
北島家
最近意識したいまいち存在感が薄い。
最近聞いたが地元では何故か殿様と呼ばれてるようだ。
まあ単純な比較は出来ない見たいね。私は千家の方が身近に感じる。
北島については私も地元の人間なのに北島の人間と言うのがいまいち
記憶に無いんだよね。家もどこにあるか分からないし。
まあ地元の人間にとってどうでも良いようなものの気がする。
北島や千家にしろ出雲大社にしろ学校でもまともに伝統文化について
聞いたためしも無いしね。まあ短過ぎるんだろうね。
ちなみにこれは私の独断と偏見が入り混じってるのであしからず。
戯言の話半分という事で適当にお願いします。

134 :天之御名無主:01/10/05 01:30
自分はまつえ出身だけど
聞いたことないねぇ

135 :天之御名無主:01/10/09 07:39
素朴な疑問。
一つの神社から二つの宗派(?) が分かれているの?
しかも神社神道でナントカ教って馴染みがないもので。

136 :天之御名無主:01/10/14 11:28
age

137 :投稿日:01/10/14 14:35
>>135
元々出雲大社の宮司を奪い会いしてて今の形に落ち着いた。
宗派かはともかく主催者が違う程度では。
特に教義もなさそうだし。まあ詳しくは知らないけど。
寺の檀家に近い気がする。

138 :天之御名無主:02/02/08 21:11
仲はいいの?

139 :天之御名無主:02/02/08 22:09
以前NHKでやってた
創建当時の出雲大社復元CGはどう思う?

140 :天之御名無主:02/02/18 03:33
>>139
 ほんとでかいし高い。でもアレは造った当時のですか?
それにしても、おおくにぬしのみことは優しい。(古事記)
古事記に優しく書かれてるひとはなんかデカイものが残ってるね。(仁徳天皇も)
大社の裏の山道もだれそれのほこらとかあって、思い出深かったです。


141 :宇都御魂 ◆m2MmHxX2 :02/02/22 05:16
 千家系の出雲大社教が主流派で、北島系の出雲教が非主流派って所でしょ。

>126
 127でも指摘があったが、他にも指摘すべき点がある。
出雲大社教は間違いなく全国展開しているし、
教派神道(「非神道」宣言した天理教を除く)のうち最大教派のはず。
それから、出雲教も地元限定ではないし。

>137
 つーか、かつては交代で祭祀を行っていたのが、
いつの間にやら千家家が独占したはず。

142 :ひっきぃ:02/02/27 15:26
>>140
確かに。


143 :天之御名無主:02/03/16 01:17
子供のころって言うより、今でもひそかに
邪馬台国って出雲にあったんじゃないかなあって
思ってます
そんな感じしませんか?

知識がある人の意見求む

144 :天之御名無主:02/03/16 09:04
当然だろう

145 :天之御名無主:02/03/22 22:01
「邪馬台国=出雲」説
それはないと思う。
ヤマタイとカナで書けばヤマト=倭=大和と思いっきりつながるじゃん。
国譲りと矛盾してくるよ。
「イヅモ」「キツキ」とかってワードとはつながらないと思うな。

私は知識ないけど(w


146 :天之御名無主:02/03/23 06:32
三世紀前半首長墓の分布
卑弥呼の直前の時代は東日本(東海)vs西日本(近畿)vs日本海(出雲)の戦いの日々でした
http://www.mirai.ne.jp/~kat/gisi/sannseikikofunn.gif

147 : :02/04/07 22:51
?

148 :天之御名無主:02/04/13 04:36
わかりあえることできるよ

149 :天之御名無主:02/05/31 06:07
突然ですが、村上春樹の「ノルウェイの森」に出てくる重要人物のキズキって、
出雲大社の所在地「杵築」に由来しているのではないでしょうか。

150 :天之御名無主:02/10/22 23:17
知識はないのだが、以前は、九州説、大和説、出雲説がの3説があったらしいが、
随分前に、出雲説は却下されている。

151 :天之御名無主:02/10/29 02:44
2年前にロングツーリングの途中で八重垣神社に寄った。
そこの巫女さんがもろにタイプで、激しく縁結びを祈願しますた。

152 :天之御名無主:02/12/07 03:37
やっぱ出雲だろ

153 :天之御名無主:02/12/07 16:34
なんとかのみこと

154 :天之御名無主:02/12/19 17:26
神話

155 :天之御名無主:02/12/20 22:15
>>133
第84代出雲国造の千家尊祐氏は
天皇のご学友だと思ったが

156 :天之御名無主:02/12/21 15:55
出雲国造は今何代目だ?

157 :天之御名無主:02/12/25 17:07
スレのレス数とsubbackの数字が合ってなくて気持ち悪

158 :天之御名無主:02/12/26 19:22
>>156
155氏のおっしゃっている千家尊祐(たかまさ)氏が現國造ですね。
ttp://www.izumooyashiro.or.jp/kokuso/kokusotop.htm

>>157
2ch専用ブラウザで見るとそういうこともあるみたいですよ。

159 :天之御名無主:03/01/01 14:37
天穂日命の子孫だった出雲国造家(天皇家の弟家、地上に降りたのは天皇家より早かったりする)が55代あたりで相続騒動があって
北島、千家両家に分裂。やがて「完全な対等」を条件に和解したが明治以降は千家家のみが大社の宮司をする
ちなみに分裂したときの状況から察するに正当なのは北島側。
単なる相続騒動ではなく、南北朝時代によくある南側、北側に利用された、もしくは「出雲」家を存続させるための一種の妥協と言う説も
ttp://www.harimaya.com/o_kamon1/syake/south/s_izumo.html

160 :山崎渉:03/01/11 04:23
(^^)

161 :天之御名無主:03/01/16 17:09
                     

162 :山崎渉:03/03/13 13:21
(^^)

163 :天之御名無主:03/03/16 13:40
>>14
>大庭ってなによ?

[大庭]などのニハ地名は斎庭(ゆにわ)などにも見られるように、神様のお祭りごとをする
場所のことを表わしているともいわれますね。

>>62
>宍道湖のことかな

宍道(しんじ)の語源は『出雲国風土記』にある、

「宍道郷(ししぢのさと)。大神様が追いなさった猪(いのしし)の像(かた)が南山に二つある。
また猪を追いかけた犬の像もある。石となって今も残るが、猪と犬にそっくりである。だから、
ここを宍道(ししぢ)という」

というように、元々は「ししぢ」と読んだらしい。宍戸錠・開の「しし」だね。


高速道開通(中国横断自動車道・尾道松江線・三刀屋木次IC〜山陰自動車道・宍道IC間)
& 松江レディースマラソン あげ

164 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

165 :天之御名無主:03/03/23 13:26
■出雲神話■ (本スレ)
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/min/993006016/

出雲文化について考える
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/min/994171651/

神秘の国・出雲
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1040726549/

出雲弁の起源て…
http://academy.2ch.net/gengo/kako/997/997013877.html

出雲大社VS住吉大社
http://travel.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/984125247/

166 :天之御名無主:03/05/10 18:06
>>32
>>24.出雲大社からほそーいくねくね道を山中に登って、島根半島の裏の海岸
>にある洞窟です。入り口には漁船がおいてあります。

激しく遅レスだけど、それは島根町の「加賀の潜戸(かがのくけど)」では。
>>24の東出雲町とは方向が違うし。


【洞窟】 ◇文化財指定◇ 天然記念物 名勝
『出雲国風土記』の中で、佐太大神の母が金の矢で射抜いて造ったと記される
海辺の海食洞窟。
新旧2つあり、旧潜戸(天然記念物・特別名勝)が高さ10m、長さ30m、新潜戸は
高さ30m、長さ200m。旧潜戸には親に先立った子供たちの霊が小石を積み上げ
るという賽の河原の伝説が伝わる。

ttp://www.rurubu.com/sight/SightDetail.asp?BookiD=A4303670

167 :天之御名無主:03/05/21 18:24
オレノ彼女松江出身
ベトナム人みたいな顔しとる。お母さんも。




168 :天之御名無主:03/05/21 19:39
>>167 はいはい。アオザイ着てもらったらどう?

出雲文化について考える
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/min/994171651/141
>141 :天之御名無主 :03/05/10 15:00
>オレノ彼女松江出身
>ベトナム人みたいな顔しとる。お母さんも。

169 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

170 :神門通りの竹之屋:03/05/21 20:46

神門通りの竹之屋は、出雲大社の正門前にある旅館です。
僕は、現在、そこに住んでます。
ちなみに社家の千家家と北島家とは仲良く情報交換してます。
吉田拓郎と結婚したババアの竹内まりやも元気にしてます。
代官町にも、よく飲みに行ってますが、女優・江角マキ子のそっくりさんと
ハメまくりもしたことがあります。
それと、茶道の家元の出雲三斎流の茶会の和服美人とも交際中です。
この風光明媚な出雲市に住めて幸せです。何でも知ってます。

171 :天之御名無主:03/05/21 21:03
出雲大社は出雲市ではありません。大社町にあります。

172 :天之御名無主:03/05/21 21:38
>>170
>吉田拓郎と結婚したババアの竹内まりや
山下達郎ですよ〜
それに竹野屋なら知ってるけど
前述のように大社町だし
>何でも知ってます。
まったくですねw

173 :神門通りの竹之屋:03/05/25 06:40
>171
172
すみません。一部を訂正します。「以前に住んでいました」「幸せでした」です。
ところで、あなたは、いたるところに出てきますが一体何者ですか?
やはり出雲大社と関係している神社の氏子さんとかでしょうか?
あるいは、もつとダイレクトに出雲大社の人なのでしょうか?
いたるところに出てくる、あなたの、その熱意に心から敬意をはらっています。

174 :天之御名無主:03/07/04 09:41
>>166
猪目洞窟遺跡やね。

 鵜峠浦行バスで出雲大社の裏山を越え、日本海側の平田猪目町海岸にでた所の
西よりにある大きな洞窟が猪目洞窟である。
 今は船溜りに利用されていて雑然とした雰囲気であるが、「古事記」伝承による
「黄泉の穴」といわれている。
 「出雲国風土記」に「磯より西の方に窟戸あり。高さ広さ各6尺許なり。窟の内に穴
あり。人入ることを得ず。深き浅きを知らず。夢にこの磯の窟の辺りに至る者は必ず
死ぬ。故、俗人、古より今に至るまで、黄泉の坂、黄泉の穴と号くるなり」とある。
 これを裏付けるように、ここから多数の人骨・土器・木器・貝輪など、弥生時代から
古墳時代にかけての遺物が出土している。

ttp://www.enjoy.ne.jp/~hisasi/tan-31.html

175 :天之御名無主:03/07/06 18:03
>>26
すんごい今更ですが
その玉湯町に十数年住んでおりましたが
そんな名字殆どおりません。
荒木はたまーにいますけど学年に一人いるかいないか。
足立とかは松江にそこそこいるような。
多いのは新宮(しんぐう)福間、渡部、勝部
これらで全体の3〜4割程度。
特に新宮、福間は多いです。新宮は新宮さんだけの祭りもあるとか。


176 :山崎 渉:03/07/15 12:28

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

177 :山崎爆弾処理班:03/07/15 22:35
保守中

178 :北のくま:03/07/29 23:11
邪馬台国は東出雲です。
「神魂神社」の祖祭神は須佐之男命です。
八間田(ヤマタ)の大室(オオムロ)は、邪馬台国の居城であり、
スサノオの命(難升米のこと・卑弥呼の弟)が登場しています。
「三国志」魏書・東夷伝にある倭の条(1942漢文字)に、
邪馬台国の30連合国が記載され、その紹介順位を解釈することにより、
出雲・邪馬台国が比定されます。
また、「神原神社」から発掘の“卑弥呼の銅鏡”が物的証明といえます。

179 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

180 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

181 :天之御名無主:03/08/08 03:39
カミムスビって何者なんだろう?
出雲風土記にも出て来るよねこの人。
もしかしたら出雲系の天地創造神だったのが記紀に取り込まれたのかな?

182 :天之御名無主:03/08/08 10:21
>>181
猿之助のスーパー歌舞伎「オオクニヌシ」(梅原猛脚本)では、
カミムスビはオオクニヌシの母親という解釈でしたね。

「古事記」ではオオクニヌシの協力者のスクナビコナがカミムスビの子供だったり、
「新撰姓氏録」では(オオクニヌシの子供の)カモタケツヌミが、カミムスビの孫と
されたりしていて、なにかと出雲と関係深い神様ですね。

183 :天之御名無主:03/08/08 14:06
山陰地方では海の女神として信仰されていたこともあるとか。>カミムスビ
でも別天津神って男か女かはっきりしないよねぇ。

184 :山崎 渉:03/08/15 18:29
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

185 :天之御名無主:03/08/17 11:45
 上田正昭氏は、カミムスビは『風土記』などで出雲系統の母神とされ、
島根半島に多く、その崇拝や御子たちの伝承がこの地方に集中していることを考えると、
日本海沿岸的な成立を示す神話の色彩をもつものとして注目される。

ttp://boat.zero.ad.jp/~zbd85319/tongari2.shtml

186 :天之御名無主:03/11/04 22:54
神在祭あげ

187 :天之御名無主:03/11/06 22:40
そいや神在月終ったね。

188 :天之御名無主:03/11/06 23:01
>187
旧暦だと今、真っ最中だよ。

189 :天之御名無主:03/11/06 23:17
今年の予定

11月3日 神迎祭

11月3日〜10日 神在祭

11月10日 神等去出

というわけで、現在八百万の神々は出雲に滞在中

190 :天之御名無主:03/11/07 01:49
ということは伊勢神宮の神様も出雲にいるんですかね?

今週末、伊勢参りに行こうと思ってたんだけど……

191 :天之御名無主:03/11/17 23:06
>>78
櫛御食野=素戔烏って先代旧事本紀のどこに載ってるの?
十巻本をあたってみたけど、見つけれなかった。
もしかして、大成経?

192 :天之御名無主:03/12/24 01:37
もうすぐ正月だな

193 :天之御名無主:03/12/30 00:17
初詣は、六本木の出雲大社です。

194 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

195 :天之御名無主:04/02/10 02:33
出雲神話に直接関係ないとは思うんだけど、隠岐一宮に祭られてる、玉若酢命神社ってのがあって、スサノオと他二柱(その二柱が何かはまだ調べてない。ごめんなさい)が一緒に祭ってあるんだけど・・・
突然すぎてすみませんが・・・
この神様に関わる文献ってみあたらなくて・・・
隠岐って、出雲国風土記にも記紀にも名前でてくるのにこの神様の名前ってでてこないなぁと前から不思議に思ってたんです・・・。
彼の神様は、隠岐国、大久の浜に、竜馬に乗って上陸されたとか。(その竜馬の足跡が残っている断崖絶壁は、現在竜ヶ瀧という名前で親しまれています)竜馬って言うあたりが凄く怪しく思えるんですが。
あとこの神様には水若酢命神社(五箇村)に祭られる弟神がいます。
ここからはかってな推測でしかないのですが、因幡の白兎は彼の神様なのでは、と思っています。

196 :天之御名無主:04/02/10 21:46
>>195
隠岐国一宮は一応瑞若酢命神社
http://www.genbu.net/data/oki/minawakasu_title.htm
もしくは由良比女神社
http://www.genbu.net/data/oki/yurahime_title.htm

玉若酢命神社は隠岐国総社ということになっているのですが
http://www.genbu.net/data/oki/tamawakasumikoto_title.htm


隠岐を代表する二神といえば玉若酢命、水若酢命のことでしょうか?

197 :天之御名無主:04/02/10 21:50
>>196

×隠岐国一宮は一応瑞若酢命神社
○隠岐国一宮は一応水若酢命神社

198 :195:04/02/11 01:10
あれ?一宮じゃなかったっすか>玉若酢(-_-#)
何にしても、玉若酢の方が祭祀が古いのが周知の事実で、水若酢の方は弟神と言えど怪しいなと思ってるんですけど・・・
どうなんでしょう?
このスレでは相手にされそうにない神様なんでしょうか?
隠岐では一番と言っていいほど祭られてる神様で六月の祭りも盛大なんですけどね。
ちなみに玉若酢の宮司さんはオキ氏(すみません、変換できませんでした)で、水若酢の宮司は忌部氏です。

199 :天之御名無主:04/02/11 01:44
億伎or意岐氏では?

水若酢神社は隠岐国一宮
玉若酢命神社は総社

200 :天之御名無主:04/02/11 08:12
>>195
偶然手元にある「島根の神々」という本によれば、
この二神は人格神として考えるか、自然神としてとらえるかの二説があり
前者は清水真三郎氏(「旧島根県史」)の、景行天皇の第五皇子、大酢別命が隠岐に分治され、その子が水若酢、玉若酢であるとの説
後者は志賀剛氏(「式内社の研究」)の、両者は「玉水湧かす」の意で、ともに豊富な地下水の神格化であり、「タマ」も「ミズ」も美称で「ワカス」に意味があるとの説
という事です。

ちなみに全国でも祭られてるのは隠岐だけ

201 :天之御名無主:04/02/12 02:57
友達に出雲大社の家計のやつがいるんだけどやっぱかなり金持ちなんだよね。親は医者だから本家ではないんだろうけど。海外にたくさん別荘があるんだってよ。でじーちゃんは世界飛び回って豪遊してるらしいよ。
オマエラノ奉納した金はこーゆー事に使われてるんだよ、欝になる罠

202 :天之御名無主:04/02/12 02:59
>>201
どっちかというと医者の収入のほうが多そうだな。

203 :天之御名無主:04/02/12 14:37
まあ貧乏になって没落されても困るんだけどな。

204 :天之御名無主:04/02/16 22:13
今度出雲っつーか島根県に遊びに行くんだけど、
これだけは見とけっていうオススメの場所あります?
なるべくマイナーな所を教えてもらえると嬉しいです

205 :天之御名無主:04/02/16 22:29
>>204
宍道湖か日御碕で夕日を眺めてみて下さい

206 :天之御名無主:04/02/20 13:05
因幡の白兎の神話はここでいいですか?
どうしてもわからないことがあるんです。
八十神はどうして兎に嘘を言って、ケガを悪化させたのですか?
神とはこのように気紛れでおそろしいものである、という教訓でしょうか。

207 :天之御名無主:04/02/21 00:35
八十神が怪我を悪化させた事より、大国主が彼の神(皮を剥がれた兎のようなもの)を助けたっていう事の方に、重点が置かれているのだと思うんだけど。
予言してるし。
その為のファクターでは?(あれ?ファクターという言い方はおかしい?)

208 :天之御名無主:04/02/21 02:45
たしかにこれはオオクニヌシの手柄話の一つなんだけど、べつにウサギが二度もひどい目に遭わなくても、
皮をはがれて泣いている時点で、ダイレクトにオオクニヌシが来てもいいじゃ
ないっすか。
八十神の行動はストーリーの中でトウマッチというか、意図不明です。
無意味におとしめられているというか・・・
いなくてもいいのにわざわざキャスティングされて、イヤな役を付けられています。
そこに違和感を覚えるんです。
この話の中で、正しいことをした神はたった一人しかいないわけです。
八十神を単純に八十人と数えた場合、1:80です。
「オオクニヌシだけが特異なのであって、神の本質は非情なものだ」
ということが主題とは思えないんですが、ではそれ以外の何が言いたいのか、
よくわからないんですよ。
それとも八十神に悪気はなかった(治療法をまちがった)んでしょうか。
だとしたらこの話は、神様とて万能ではない。まちがいもある。という寓話なのでしょうか。。。

209 :天之御名無主:04/02/21 03:29
もっと単純にオオクニヌシは偉い神様だ、が主題でええんちゃう?
もともと出雲の国津神なわけだから、大和民族に征服された側なわけでしょ?
そういう場合、井沢元彦の「怨霊論」じゃあないけれど、恨みをのんで湮滅した神々の逸話は
慎重にオブラートに包んで語られる傾向があるし、その後も篤く奉られるんだよね。

つまり、もともといた被征服民(イズモ民族)の神様が、征服民(ヤマト民族)に
祟りをなすんじゃないかと心配してるわけね。

この手の最たる例こそ、三輪山オオモノヌシの大直禰子(オオタタネコ)のエピソードでしょ。
オオクニヌシについても同様に考えられないかな。つまり、ヤマト神話においてオオクニヌシを
扱うときは腫れ物にさわるように丁重にヨイショして、納得づくで国を譲ってもらう必要があったわけだ。

210 :天之御名無主:04/02/21 04:48
>208
ストーリーというのなら、そもそもヤガミヒメを我先に娶ろうと、八十神達も大国主も急いでいたわけでしょ。
その中で大国主だけが、面倒くさがらず(というと語弊がありますが)兎に対応したと。
そしてヤガミヒメを娶るのも出雲を治めるのも貴神だと予言したと。
ストーリーを語るなら別に意味が分からなくもないのでは?
単純には209の言うように大国主を讃える話しだろうし。
出雲の末子相続を絡めたものと言えなくもないかと・・・

211 :天之御名無主:04/03/23 14:02
来年の初詣はどうするよ?

212 :天之御名無主:04/03/23 18:06
もち、出雲大社

213 :天之御名無主:04/03/24 21:32
大社教も出雲教も初詣は出雲大社でいいのかな?

214 :天之御名無主:04/03/25 11:52
>>213
もちろん
本殿は両方のものだから

215 :天之御名無主:04/03/28 20:57
二つの国造家の争い

216 :天之御名無主:04/03/28 22:16
室町時代からだったかな?>国造家の分裂

217 :天之御名無主:04/04/06 06:16
>>193
そんなのあるの?

218 :天之御名無主:04/04/06 09:51
>>217
【出雲大社東京分祠】 で検索してみよう。

東京分祠は、出雲大社八十代宮司で出雲大社教の初代管長である千家尊福公が、
東京及び東日本の御神徳宣布のため、明治11年1月11日に千代田区神田にある
神田神社社務所内に、東京出張所を設けたのに始まるらしい。

けっこう有名人が結婚式を挙げてるらしいから、知ってる人も多いんじゃないかな。

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