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私はサンカ系?

1 :孤児:2001/06/04(月) 15:08
私の出身は三重の藤原・鈴鹿山脈の麓の部落です。
町名が「さざらい」というのですからサンカでしょうね。
親族は長身で色白で毛深く日本人離れしているので、
昔から、私は変な視線をを受け育ち、母は結婚差別を
受けたとか(内容は語らない)。下の記述はその根拠と
なるでしょうか?


 一帯を開いたのが藤原氏の後裔だったから藤原と名付けられたと考えるのが自然だが、調べてみると、藤原岳の名の方が古いと思われる資料も多い。
 藤原氏は「源平藤橘」四姓の実質筆頭であって、日本史上、最大の祖姓である。私は、4〜7世紀頃、天皇家の先祖とともに朝鮮半島から集団でやってきた鉄器と騎馬文化をもった民族の後裔と考えている。彼らは九州北部〜若狭に至る山陰地方に上陸して拠点を置き、九州・山陽道・関西・東海道に強大な勢力を広げ、米作文化をもたらした中国江南系の先住弥生人と激しく争いながら権力の主導権を奪い、円墳を遺した弥生人系ヤマト王朝から、方形墳を遺した騎馬民族系大和王朝に権力を移し変えた。その血筋は、一貫して天皇家とともに日本の貴族・武家支配階級の本流にあった。
 だが、藤原氏の祖とされる中臣鎌足が、高千穂降臨の案内役たる猿田彦命の随臣の第23世子孫と称したことは、藤原氏の出自に微妙な陰影を与えている。「大化改新」に大功のあった鎌足は、669年、天智天皇から居住地の奈良県高市郡藤原の地名をとって「藤原」姓を与えられ、これが全国の藤某姓の発端となった。
 藤原以外にも藤のつく佐藤、伊藤、近藤、武藤、斉藤、藤井、藤田、藤村、また黒田、落合、星野などの姓も藤原氏の変姓と考えられている。いずれも日本史に頻繁に登場する最大級の姓名で、武家の先祖は大抵、この一族に行き着くのである。
 かつて、私の仕事先に二之湯さんという珍しい名字の方がいて、出生地を聞いてみると藤原町であった。員弁街道沿いに同名の酒屋があった。この方は港でトラック運転手をしておられたが、風貌は人品骨柄卑しからず、濃い眉、優しく大きな目、エラの張った堂々とした人相で、剛胆にして沈着、まさしく古武士の風格をもった方であった。
 過去に、私は藤原氏の子孫とされる遠州の京丸藤原氏や平泉藤原氏のご子孫も拝顔したことがあるが、いずれも上に書いた特徴をもち、古武士を連想させる風格をお持ちであった。天皇・秦氏・紀氏など騎馬民族・貴族系の人相は薄い眉、切れ長の一重瞼が特徴なのだが、私の知る藤原氏の後裔と思われる人々は、どういうわけか目が大きい二重瞼の人が多く、天皇系の血筋の外見的特徴と似ていない。あるいは蝦夷の血が入っているのであろうか。

2 :りーまん:2001/06/04(月) 16:01
四日市市Y町ですか? 私の三重の出身なんで。
確かに山間の谷に存してますね。
素麺がおいしいところではなかったかな?
江戸時代より蕃がよく変わる集落ですよね。忍蕃、桑名蕃、
幕府直轄、化粧領とも言われた(この意味はわからん)


3 :酸化に会いたい。名古屋人。:2001/06/13(水) 18:07
賛歌みたいな人の噂を聞きました。
全然関係ない話ですが、聞いてください。
鈴鹿市北部に、四日市市と境を接する町で国分町と言うところがあります。
ここに十年以上も前から、ビニールテントを張って住んでいる一人の老人がいます。
彼は日雇い労働者ですが、竹篭細工が得意で、数千円で近所の人に作ってあげてるそうです。
噂ですが、かなり確かです。
詳しいことは、国分町の田中理容店の店主さんに聞いてください。
店に竹細工があります。

4 :俺は百姓の伊藤:2001/06/13(水) 20:53
思いっきり朝鮮顔だ。

5 :天之御名無主:2001/06/16(土) 12:17
でも、山窩って、定住しないんじゃないですか?
いつき山窩はそんなに古くないはずでは?その集落が江戸時代からあるとすれば
違うんではないでしょうか? 間違ってたらすみません。

6 :天之御名無主:2001/06/16(土) 18:42
山窩かどうか分かりませんが・・・
養子にきたという父方の祖父の実家に連れて行ってもらっことが一度だけあるのですが、とんでもなく山奥の集落で皆同じ姓(私の家とは違う姓でした)で親戚だったと記憶しています。
小学生の低学年(たしか2年生の夏)だったこともあり細かいところは思い出せないんですけど、当時住んでいた町から車で1時間離れた町を流れている川の支流をかなり遡って行くと、谷間の
支流に沿ってその集落がありました。
それぞれ山奥の集落とは思えないくらい立派な家でした。
当時私の住んでいた町には親戚も多く住んでいて、私の家が本家と呼ばれ、もう一軒、元本家と呼ばれる家があったのですが、どちらも男子が絶えると前述の集落にある家から養子をとっていたようです。
特に印象的だったのが、その集落の親戚が遠く離れた山梨のやはり山の中にいるという話です。
その詳しい場所は忘れてしまいましたし一度も行ったことはないのですが、当時は車で行けないような所だと聞いた記憶があります。

これは山窩と関係があるのでしょうか?

7 :6:2001/06/16(土) 20:49
書き忘れましたが、私は長野県出身です。
私は母に似たのか170センチそこそこですが、祖父、父、叔父、叔母、弟はみな長身です。
他の人と比べて特に毛深いとは思いませんが、顔の彫りが深いとよく言われます。


8 :名無しさん:2001/06/21(木) 17:03
サンカ(山の民)と呼ばれる人々の出自由来に
ついては、最近もさまざまな研究がなされているようです。
 従来民間に喧伝されているような、縄文以来の原日本民族ではなく
一種の被差別民だったようですが・・・。わたしも三角寛氏の書などで
抱いていた多少のロマンが、最近少々こわれつつあるところです(^^;。
 こちらが詳しいようです。↓但し膨大です。
ttp://members.tripod.co.jp/Accord/BIGLOBE/sanka.htm

9 :天之御名無主:2001/06/21(木) 17:14
あのぉ、小泉純一郎総理大臣は山裔だと噂で聞いた事があります。
ほんとでしょうか?

10 :8:2001/06/22(金) 13:53
あ、なんか別スレで超がいしゅつだったようですね。。。(上のサイト)
はづかし・・・スマソ。

11 :にゃ?:2001/06/23(土) 03:13
あげはちょう

12 :天之御名無主:01/10/26 23:33
登山板で
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi/out/1003549026/

13 :天之御名無主:01/10/27 00:22
私もサンカには興味を持っています。私は平氏の落人の出身なのですが、このことの為に何百年も山に篭りきりの部落となっておりました。
私の村には神社があって、平氏の祖先を祭っています。
瀬戸内海にも近いせいもあって、私は海が大好きです。山の民と海の民という言葉があるのなら、私は海の民だと思います。
私の村の人間はみな、同じ風貌をしていて、他の部落からはすぐそれとわかるそうです。

14 :天之御名無主:01/10/27 00:26
わたしのチンポはサンカの特徴をもっていて、カリのエラがとても張っています。
最近は黒人のように黒くなってきました。
毎日、女のあそこを突付いて愛液まみれになっています。

15 :私はサンカ:01/11/26 22:48
13>平家落人といっても、侍の敗者などもありますが、東北から
 俘囚として強制移住された「日本人」が多いようで、東北以外で
は別所の者といいます。地名は別所だけでなく、色々あります。
 この板では無理でしょうが苗字と地名が分ればおおよそ判定できる
場合もあります。おおよその地名は?平氏の祖先?同じ風貌とは?

16 :私はサンカ:01/11/28 23:04
2>瞼は大切です。『シーボルトと日本』の手書き図に一重瞼や二重瞼
 により、先住民、中華系、朝鮮系、南方系の区別をしています。
知人にはそのプロがいて、瞼の下がり具合で日本にいる高句麗、新羅、
百済、渤海系などの区別をしてました。『サンカ選集』にも子供の顔
写真があります。ただし、瞼は17〜18歳までで、それ以外は変形
することもあり、当てにならない事が多いです。瞼以外にも判定基準
があります。漢人と百済人の系統は相当はっきりすることがあります。

17 :私はサンカ :01/12/02 21:11
1>この引用文はどなたの文でしょうか。どの本にあるのでしょうか?
 ほっておこうかと思いましたが、気になります。いい加減さや偽りが。

18 : :01/12/09 16:42

沖浦 和光『幻の漂泊民・サンカ』(文芸春秋社、2001年11月25日、)
http://bunshun.topica.ne.jp/search/html/3/57/94/4163579400.html

19 : :01/12/09 16:56
>>18について、中国新聞の記事より

かつて山野を漂白し、サンカと呼ばれた人々がいた。比較文化学者の沖浦和光・桃山学院大学
名誉教授は、最近の中国地方での調査から、なぞに包まれたその実像に迫る著書「幻の漂白民
・サンカ」(文藝春秋)を出版。近世末期に飢饉で荒廃した山村からの流民を起源とする仮説
を明らかにした。

20 :木地師か?:01/12/20 22:03
6>恐らく木地師でしょう。しかし小倉姓など苗字が分っても、木地師で
なくサンカかもしれません。居付きサンカも木地師として戸籍登録をし
ますので判別は難しいのです。個人情報wを上のメールに下さればある
程度の事はお知らせできます。木地師の風俗は鳩椋十の「サンカ調」と
つく小説を精読して下さい。

21 :-:01/12/20 22:48
うちは山奥じゃないが、思いっきりじいちゃんが濃ゆーい顔しとったぞ。
縄文か弥生っていったら弥生顔。朝鮮人には絶対いないタイプ。
あえていうなら東南アジア?でも肌の色は白かったそうだ。私も白い。
外人かと思った。でも先祖代代遠州っコ。なんじゃらほい。

22 :天之御名無主:01/12/21 11:49
なんのこっちゃ?

23 :天之御名無主:01/12/21 12:03
>>21意味不明だぞ。

24 :天之御名無主:01/12/21 23:24
夏目さんって名前は山窩ですか?

25 :天之御名無主:01/12/27 19:11
24>夏目雅子は百済系。
 理由は胸より下でなく上を見て下さい。
 漱石もそう。でも彼は自分を知らなかった。

26 :ヒロヒトラー天皇:01/12/27 21:59
朕は国家なり。

27 :ヒロヒトラー天皇:01/12/27 22:00
チョンと入り組んだ関西人よりはいいだぴょーん

28 :天之御名無主:02/01/06 03:42
先月号かその前の号の部落解放同盟の機関紙に
サンカ特集やっとるどえ。
サンカの人のインタビューものっとる。

29 :ひでよし:02/01/06 09:56
『部落解放 11月号』の「漂白に生きた人びと」ですね
僕もそれを読みました

沖浦和光氏は松平定信の『宇下一言』という自叙伝に

「天明のとし、諸国人別改められしに、まえの子のとしよりは、
諸国にて百四十万人減じぬ。この減じたる人、みな死にうせしには
あらず、ただ帳外れとなり、又は出家・山伏、又は無宿となり、又は
江戸へ出て人別にもはいらず、さまよいありく徒と成りにける」

とあることから、これらの「さまよいありく徒」の中から、「山野河川に
臥して瀬降り生活を営む「サンカ」が生まれたのではないか」という
説を書いておられます

30 :訂正です:02/01/06 09:58
「漂白に生きた人びと」 → 「漂泊に生きた人びと」

31 :天之御名無主:02/01/28 15:49
age

32 :天之御名無主:02/01/28 16:00
>>30
今更だがワラタ<漂白に生きた人々
クリーニングみてーだ

33 :ひでよし:02/01/28 16:57
言い訳をするわけではありませんが、「漂白」と「漂泊」って、
よく間違えませんか?もしかして、僕だけですか?

まあ、その話はこっちに置いといて、

沖浦氏は「サンカ」という語の初出が安政2年(1855)に広島藩の
文書であり、それ以前には山中を漂泊し、竹細工と川魚漁を生業と
するような存在が記録として見られないことを指摘しています
幕末期には度重なる飢饉のために都市へと流入する「にわか非人」
が急増したといわれていますので、その一部が山中へと逃散したと
いう可能性は高いと思います

しかし、「サンカ」が発生するより以前から、竹細工や川魚漁を生業と
する者もいたはずですし、山中へと逃散しても生活に適応できたのか
など、不明な点も数多くありますので、即断はできません

34 :天之御名無主:02/01/28 18:17
サンカには天皇より古い、宗教体系があるみたいなの!
もう一つのスレヲ見てチョ。

35 :天之御名無主:02/01/28 19:02
古来「鬼」と呼ばれた人たちは関係してるのでしょうか?
吉野の国栖とか葛城(土蜘蛛)とか..

36 :東沢美史:02/01/28 19:14
>>1の孤児さん、はじめまして。
去年からあなた様の書き込みを何度も読んでいて何らかのヒントに
なればと思って書かせていただきます。

私の家は東北安部家を祭祀するウズメ(サンカのようです)の信仰者です。
八幡太郎義家と戦ったこの安部一族の血筋に平泉藤原氏があります。

この地区の方は背丈があり、色が白くて目が大きいなどの特長はあります。
また、そういう方は一般イ多くいます(私自身はそうでないけど)。

鈴鹿近辺と奥州平泉藤原氏の地域と歴史的に人の交流はありましたし、
信仰の面でいえば明治の頃ですが私の家でさえありました(伊勢参りだけじゃなく)。
三重では大おじは車引き、大おばは巫女の口寄せの世話などの仕事してました。
その前から東北と三重県、私の家の場合鈴鹿の南のほうですが
そちらには受け入れる態勢があったのではと思います。
それが、部落とかサンカとか正確にはいえませんが。

また私の町など忍者の屋敷や地中に深くトンネルが
中世のお城に掘り廻らされてるところが多くある地区でして
伊賀の忍者との関係はありそうなんで関連調べたいとおもってます。

特に地元では今でも芭蕉の立ち寄った地をめぐって激論を交わす人が多
いのですが、芭蕉は伊賀の忍者だから仲間のいた地域を、朝廷に歯向かった
平泉をヒイキしたなどという考えを持つ人が東北では多いです。

それから>>33のひでよしさんの書き込みが気になりますが、
私のウズメ仲間の多くの信仰者は修験が禁止になった【廃仏毀釈】や
そのずっとあとの住みついた山々の御神域やお堂から追出される
【神社合祀令】が「サンカ」のように漂泊するようにになった
一番の原因だとおもっていました。

でも、サンカ関連の書籍を読む限り、サンカの発生に
「廃仏毀釈」や「神社合祀令」を原因とするような記述は読んだことが
ないので私共の地域だけかもしれませんが。

それでも、しかしなんですが、
三重県の場合は平成の今でも柳田や熊楠などの書籍の
出版があるように、この神社合祀令あたりを郷土史の文献などを参考に読めば
あるいはヒントがでてくるのではないでしょうか。

自然のめぐみを抱える豊かな山々のご神域はサンカが自由に生活できる
広大なものでありました。
しかし日本の府県で一番厳しく神社合祀令という名の、山に自然に住んでた
人々の追出し政策が行なわれたのが三重県でした。
一般にサンカ研究では触れられていないようですが、鈴鹿にいた、おお伯母の
話しから三重県の特殊な歴史事情もあるかとおもいましたので・・・。

37 :天之御名無主:02/01/28 22:19
>>33
ワラタってのは2ちゃんでは基本的に褒め言葉だから言い訳せずに素直に喜んでおいた方がいいと思うよ、
たといそれが変換ミスでも

38 :ひでよし:02/01/29 09:48
せっかくレスしてもらったので、返事だけはしておこうかなと
思っただけですので、別に気にしているわけではないんです
沖浦氏の説の続きを書いておいたほうがいいかなと考えて
いた時でしたので、いいきっかけになりました
(なんか、言い訳してるみたいだな・・・・)

まあ、その話はこっちに置いといて、

文久3年(1863)に備後国恵蘇郡で郡内の村に宛てて出された
「盗難防止のため見廻り組を作りさんかの者の追払いヲを命ずる
書付」が残されています

そこでは、最近は盗難が頻出しているが、それを捕まえてみれば、
「何れも山家之族」であったとし、見廻りを強化して「見当り次第」に
捕まえて調べることを命じています
それに続けて「山家」となった「無宿者」は、「所業之善悪ニ不相拘
男女老幼無差別坊主ニいたし、元来之坊主ハ両眉剃落」ようにと
命じています

39 :ひでよし:02/01/29 09:55
@「山家」が盗賊と同一視されていること
A「無宿者」が「山家」になったと考えられていること
B「男女老幼」とあることから、性別、年齢が幅広い集団であること
C「元来之坊主」とあることから、僧形の宗教者も含まれていること

これらの点に注目するべきなのではないでしょうか

40 :備後国:02/01/29 13:52
文化文政期、尾道で財をなした豪商に「灰屋」がある。当家は金融業として
知られているが、他家に先んじて文人墨客をもてなした。頼山陽、田能村竹田
と密に交流のあった、橋本竹下は特に有名。菩提寺は遊行で知られる時宗。

灰小屋、橋本旅館(橋の下)、竹細工、旅の文人、遊行の僧とサンカのキーワ
ードとの関連が多いのに驚いています。

41 :天之御名無主:02/01/29 23:22
21>>一説に東南アジヤ経由で日本に入った古代ペルシャ・イスラム系
というもいわれます。目がパッチリで色白で、美男美女が多いとも
聞きます。本来出雲族も朝鮮半島経由で入ったとの説もあります。天の
日槍を祀る新羅系を「朝鮮人」と嫌っている方もいるそうです。
 分りやすく言えばオスマビン・ラディンのようなタイプかもしれませ
ん。鈴木宗雄氏のようなのがいてもNPOの努力で、あちらでは日本人
を尊敬してるようですが、歴史的背景もあるようです。

42 :天之御名無主:02/03/08 10:29
ageとく

43 :天之御名無主:02/03/10 02:19
つうかさ、前の天chanが「漏れ挑戦系、、」と
いいそうになったが部下が止めたという話を聞いたことがある。
当時の幹部の話らしい。
詳しい人よろしく、、。

44 :天之御名無主:02/03/10 11:53
どう考えても、サンカの発生は江戸後期だと思うなあ。
漏れも「サンカ古代民族末裔説」にロマン感じていろいろ調べた結果
そんなこたぁない、と思い出した。

45 :天之御名無主:02/03/11 16:25
説教強盗の正体が「サンカ」だという説についてはどう思う?

46 :サンカ還元:02/03/11 20:31
ありゃ否定されたみたいよ。
江戸前期の「箕作り」といわゆるサンカ、一部重なってると
思うけど、「古代民族末裔」はちょっとなあ。
三角野郎の実態もわかってきたし。残念だけど
幕末発生説を今では信じてます。

47 :ひでよし:02/03/26 17:32
>>45
礫川全次氏は『サンカと説教強盗』(批評社、1992)で、特殊な道具・技能を用いる
窃盗犯を指す「山窩」が定着し、各地で「オゲ」「ミナオシ」「ポンスケ」などの様々な
名称で呼ばれていた竹細工や川魚漁を行う集団が「サンカ」と呼ばれるようになった
のではないかと書いておられます

それを踏まえた上で、「サンカ」の発生は近代以降とする説を書いておられるのです
が、沖浦氏の研究によって江戸時代後期に「サンカ」(「山家」と表記されることが多
かった)について書かれた史料があることが明かにされていますので、近代発生説
には問題があるようです

48 :ひでよし:02/03/26 17:37
礫川氏は倒幕によって活動の場を失った忍者が「サンカ」集団に流入した
可能性についても書いておられるのですが、忍者の実態にも不明な点が
多くありますので、即断はできないのではないでしょうか

49 :天之御名無主:02/03/27 13:53
ほのかに電波な匂いがするんで、古代人末裔説ってのも嫌いではないんだけどな

50 :天之御名無主:02/03/29 23:05
きょう、萩原健一主演「瀬降り物語」をレンタルビデオで見ました。
戦時中のサンカの暮らしぶりを描いたものでしたが、驚くべき内容でした。
これは概ね本当なのでしょうか?
このような人たちはいつまでいたんでしょうか?
今ではもういないのでしょうか?
ご存知の方、教えてください。

51 :ひでよし:02/04/03 11:38
昭和30年代ぐらいまでは山中を漂泊し、川魚漁や竹細工を行っていた
集団が全国各地にいたのは確かなようです
『部落解放 11月号』の特集(「漂泊に生きた人びと」)には、「サンカ」で
あった方へのインタビューなども載っていますので、一読をお薦めします
「瀬振り物語」に関しては未見であるために断言はできませんが、「事実」
を誇張した部分も多いのではないかと思います

ところで、「瀬振り物語」は「作品」としては面白かったですか?
機会があれば見てみたいのですが、TUTAYAにリクエストしても断られ
そうだし・・・・どうすればいいんでしょう?

52 :p:02/04/04 12:33
サンカは日本版ジプシーのような物と考えて良いのでしょうか

53 :☆キュストリン☆:02/04/04 13:14
ひょえー、なんか面白いなこのスレというか賛歌って。
個人的には西アジア→東南アジア説がロマン感じていいなぁ。
人類が東へ東へと移動した果てのひとつの(完全なとはいわないが)
終着点だもんな。日本人混血民族マンセーですは。

54 :天之御名無主:02/04/05 00:10
山猿のような生活を送ってたのですか?

55 :天之御名無主:02/04/06 08:39
>>51
レスをありがとうございます。
私は以前からサンカに興味があり、2ちゃんねるのサンカスレにたびたび話が出ていた映画「瀬降り物語」をレンタルビデオショップで見つけたときには小躍りしたくらいです。
1984年の東映作品で、萩原健一、内藤剛志(二人とも若い)、殿山泰司、早乙女愛、藤田弓子(なんと全裸を披露)らが出演しています。中でも萩原健一が抑えた演技で良かったと思います。
ストーリーは、サンカと村人たちとの接触と軋轢を描いたもので、特にどうというものではありません。
それよりもこの映画は、サンカに関する習俗、風習、宗教、思想、生活などかなり多くの情報を提供してくれて興味津々でした。
(でも、あんな吹きっさらしのテント生活で、厳しい冬を乗り越えられるとはとても思えないのですが…)
昭和30年代頃までいたらしいとのことですが、すると、その子や孫らはもう一般人化してしまっているんでしょうね。
今なら、その人たちから真実の様子が聞けるかと思いますが、誰か研究している人はいないのでしょうか?
ビデオが手に入ることをお祈りいたしております。


56 :俺も「瀬振り物語」見て〜:02/04/06 15:08
ここスゴくいいよ
http://www7.ocn.ne.jp/~iyasi/isyou.htm



57 :ひでよし:02/04/09 17:26
「瀬振り物語」ではなくて、「瀬降り物語」ですよ、って僕も間違ってますね
これは失礼しました

「漂泊に生きた人びと」によると、「サンカ」が移動を繰り返しながら川魚漁
を行っていたのは春から秋にかけてで、冬は箕や箒などの細工と行商を
行い、羅宇の挿げ替えや春駒などの門付け芸も行っていたそうです

「サンカ」にもそれぞれ帰るべき家があり、春祭りが終わると家を出て、秋
祭りには帰ってきていたそうですので、完全な漂泊民だったというわけでは
なかったようです

58 :天之御名無主:02/04/09 21:06
>57
なんと、サンカも家を持っていたんですか!
うーむ、またわからなくなってきたぞ。

59 :天之御名無主:02/04/13 18:26
>>56
川太郎とか山人とか、なんか明かに違うんじゃないかという名前もちらほら…

60 :天之御名無主:02/04/21 08:57
過去ログ倉庫から発掘してきた

http://piza.2ch.net/log2/min/kako/947/947184480.html
http://piza.2ch.net/log2/min/kako/950/950269950.html

61 :天之御名無主:02/04/21 17:12
やっぱり、サンカは幕末ごろに集団発生した、逃亡農民の末裔と思う。
いっとき三角、八切の影響受けて調べたけどねえ。

62 :天之御名無主:02/04/22 22:30
幻の漂泊民・サンカの最後の方で元サンカの人が
三角に対してかなり怒ってたな
『自分の娘の裸を写真に撮らせる親がいるか!』みたいなことを言ってるの
読んで、それもそうだなと思ったよ

63 :ひでよし:02/04/26 16:34
江戸時代には宗門改制度により、百姓・町人から穢多、非人まで、
すべての人々が幕藩権力によって「身分」として把握されていました
現在の戸籍に相当する人別帳から外れた人々は、「無宿」「野非人」
などと呼ばれて取り締まりの対象になっていました

瀬戸内海から九州北部にかけて分布していた「家船」と呼ばれた海を
漂泊していた漁民も、人別帳に記載され、五人組を組織し、盆と正月
には根拠地へと戻って来るように定められていました

64 :ひでよし:02/04/26 16:41
江戸時代の身分制度の中に「サンカ」を位置付けようとすると、
そこにはいくつかの疑問点が浮かび上がってきます

その一つが、宗門改制度から逸脱し、漂泊を繰り返す「サンカ」に
対して、幕藩権力はどのような対応を取っていたのかという点です
それについて記した文献史料は幕末期のものを除くと、現時点では
発見されていないようです

それは「サンカ」には独自の組織・文化があり、他の人々とはまったく
触れ合うことがなかったからでしょうか
それとも、それ以外の理由があるのでしょうか

65 :天之御名無主:02/05/06 00:43
>>63
>瀬戸内海から九州北部にかけて分布していた「家船」と呼ばれた海を
>漂泊していた漁民...
漁労民は全国の沿岸地帯にいたのに、瀬戸内海から九州北部だけに「家船」形態が
あったの?。家財というか、生活道具はどこに保管していたの?
日本海側の丹後半島の舟屋形態とは、どう違うの?


66 :65:02/05/06 01:18
丹後伊根 ttp://www5.nkansai.ne.jp/com/tankai/tangohanto.htm

67 :天之御名無主:02/05/08 17:45
 私の妻(というより妻の一族)は賛歌系です。
 妻は典型的な賛歌の形質的特性を持ち合わせて
います。娘の顔も典型的な賛歌顔です。見る人が
見れば絶対わかるとおもいます。
 なかなか、核心に踏込むことはできないのですが、
形質的特長以外に、見え隠れする家族史や
いろいろな状況証拠が最近不思議と1本の線として
つながってきました。
 ほぼ間違いないと確信しています。
 結構デリケートな問題なのでなかなか踏み込めないし、
どーでもよいことといえばどーでもよいことなのですが、
愛娘の出自に係わることですので、非常に興味があります。
 私自身に差別意識等はまったくなく、純粋に知的好奇心というか、
民俗学的興味というか、私と縁続きになった人たちに対する
至極当然の如く湧出してくる興味といえましょう。

 実は、妻自身、自分の出自というか、自分の祖先のことを
知まったくりません。
ってゆうかサンカのサの字も知らないでしょう。
 祖先の歴史・生い立ちを、封印されたが如く知らないのです。
 実父の幼少年期の生活等についても、一般の家庭ではありえない
と思いますが、まったく知らされていません。

 もっと詳しく書けるとよいのですが、すみません。
やはり非常にデリケートな問題をはらんでいると思いますので、
個人、一族を特定するようなことはかけませんでしたので、
「だからなんなの」レスになってしまいました。
スマソ






68 :天之御名無主:02/05/09 09:54
>妻は典型的な賛歌の形質的特性を持ち合わせて
>います。娘の顔も典型的な賛歌顔です。見る人が
>見れば絶対わかるとおもいます。

それって、「サンカ」の血統は人種的に違うってこと?
このスレのここまでの流れで否定されてるじゃん

69 :天之御名無主:02/05/09 12:45
「日本人ばなれした」ってどうよ?


70 :67じゃないけど:02/05/09 15:30
>>68
三角寛も
サンカの顔は、一見して見分けがつくって
いってるよ。

71 :天之御名無主:02/05/10 11:39
顔だけで分かるようなのが、秘密の組織を持ってるの?
それじゃ、バレバレなんじゃないの?

72 :天之御名無主:02/05/23 05:55
 典型的なサンカ顔ってどんな顔?

 >>56のリンク先のサンカの異称に三上って出てるけど、
 ウチの母親の実家も三上って苗字なんだけど、サンカ系なのかな??

73 :  :02/06/04 22:27
>瀬戸内海から九州北部にかけて分布していた「家船」と呼ばれた海を漂泊していた漁民...
この区域に住んでる漁民だけど見たこと無いよ。親父に効いたけど見たことも聞いたことも無いとのこと。
ただ、瀬戸内の漁民は移動が多いですね。うちも移住した漁民ですね。


74 :天之御名無主:02/06/07 02:45
私の前世はサンカです! の世界じゃないの、このスレ。

75 :天之御名無主:02/07/10 21:58
>>73
「家舟」はいまでも残ってますよ。
住民票の関係で自宅を陸地に持っているけど、そこに帰るのは年に一二度。
あとは「家舟」で暮らしている人たちがいます。

76 :天之御名無主:02/09/23 18:19
サンカは民族とかではなく、無宿人の末裔に過ぎない。
妙な幻想は捨てなさい。

77 :天之御名無主:02/09/24 08:53
 山のあなたの空遠く 幸い住むと人の言う

 ああ われ人ととめゆきて 涙さしぐみ帰りきぬ

 山のあなたになお遠く 幸い住むと人の言う....




78 :天之御名無主:02/09/29 02:52
日本酒の「黄桜」のCMで、高島礼子の相手役の男優。
サンカ顔

79 :天之御名無主:02/09/29 16:46
田中角栄、秀吉、小泉はサンカの三大有名人。あと学者に多いな。しかしホームレス見てると流浪する事にロマンなんて感じないよ。ありゃ大変だぜ。

80 :山崎渉:03/01/11 03:21
(^^)

81 :天之御名無主:03/01/26 06:53
>>1
しゃしんウプ汁!

82 :天之御名無主:03/02/19 20:46
員弁郡藤原町のことと思うが、
「さざらい」なる町名は見当たらないぞ。

83 :天之御名無主:03/02/21 05:56
四日市市でしょう。漢字で書けば礫井。
でもこれが何故サンカだという証拠になるのか。
川の堰を管理していたというなら、むしろ非人部落ではないか。
素麺、菜種油が特産というのも非常に興味をそそる。

84 :天之御名無主:03/02/22 00:23
Y市ならば、麓との形容は当たらないでしょう。
北勢地域にはサンカ伝説があるけど、
物証を示して欲しい。

85 :天之御名無主:03/02/23 09:26
実際に四日市市には下さざらい町という町名があります。
調べた限り三重県でこれ以外に「さざらい」なる地名は見あたらないです。
しかしここは海に近いですから、おっしゃるとおり麓という形容は
当てはまらない気がします。
まぁ小字などで「さざらい」という地名があるのかも知れませんが
私はこの地域の人間ではないのでそこまでは何とも。

86 :土佐の山奥:03/02/24 21:38
[土佐・いざなぎ流に生きた人々]http://members.tripod.co.jp/juntarou/
の中にサンカ族の記述がある。
鉢が森と川ノ内との間に、日御子川という大変美しい川が流れている。
川ノ内側の近くに、お花淵と呼ばれている大きな淵がある。
その時、たまさか通りかかった徳次と繁樹は、遺体を引き上げ村人に知らせ
警察に連絡を頼んだ。しかし、なにぶん山深い土地である、
おいそれと車が通るような道ではない。
徳次と繁樹は、火を焚き、お花さんの通夜をしながら夜を明かすことにし
た。
とっぷりと日も暮れ、山深くせまりくる闇は焚き火とてお互いの顔が見える
だけの恐ろしい風景であった。繁樹は、不安で身の縮む思いだったが、
祖父 徳次のあげる通夜の経は、むしろ慰めとなった。
しばらくすると、山犬か、狼が何頭も見え隠れする。
恐ろしさに、繁樹は徳次にしがみつき震えるばかりであった。
徳次は、何の表情も変えず『怖くないよ』と火に薪をくべながら言った。
持っていた握飯をポンと投げてやり、
「一緒に伽をしてくれたら、赤い飯を食わすぞ」といった。
其れからは決して彼らの前に姿を見せることはなかったが、
常に気配はしていたという。
やがて朝が来て、遺体を警察に渡すと、二人は川ノ内への帰宅を急ぐことに
した。
すると姿は見えないが、ごそごそとあとをついてくるものがいる。
徳次は『心配いらん、赤飯を食わしてやるけん』と見えぬもの達に言った。
やがて川の内の家に戻ると、すぐ赤飯を炊いて藪の中に入っていった。
しばらくすると、空の器だけを下げて帰ってきた。
この徳次なる人物は、そんな山深い里で何をして暮らしていたのだろうか。
良くは理解できないが、今ではもう一般の人の中に溶け込んでしまった
サンカ族の一人ではなかったかと思われる。
繁樹の記憶では、芋や山のものを料理するとき、
銀のお鍋を使っていたことや、山の知識や獣に話し掛けるなど、
普通ではなかったらしい。


87 :山崎渉:03/03/13 12:59
(^^)

88 :天之御名無主:03/03/29 17:26
ちょっと質問があるんですけど、ここって人来てるの?

89 :天之御名無主:03/03/29 18:32
居る

90 :参加:03/03/29 23:08
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92 :88:03/03/30 01:00
>89
よかった。ちょっと気になっていることがあるんです。御意見お願いします。
今から十数年前、僕が小学2,3年ぐらいのときのことなんですが、
不思議な親子に出会ったんです。
父と息子の2人連れで、身なりはちょっと粗末な感じで普通とは違う仕立て、
変わった装飾があったように思います。でも不思議と外国人とは思いませんでした。
まず子供のほうを見かけて僕のほうから話し掛け、手を繋いで遊ぼうとすると
そこに父親とおぼしき人物が現れてその子を連れて帰って行ってしまいました。
その父親のほうはスラリとしていて、子供心にきれいな立ち姿だと思ったのを
憶えています。
たったこれだけのことなんですが、不思議な体験として妙に気になっています。
大人になって漂泊民というのがいるらしいと知ってから思い出したんですが
そういえば昔、祖母が「山には恐い人がいるから」とうちに来ても
山のほうを窺っていたこともありました。
ちなみに僕の住んでいる町に当時はホームレスはいませんでしたし、
今でも歩くには遠い駅前に一人か二人いるぐらいです。
場所は奈良と大阪の県境、生駒山の麓。山際にある住宅地です。

93 :天之御名無主:03/03/30 01:36
Hでしょ・・・もともとの奈良人ならだれでもしってるBじゃん

94 :88:03/03/30 01:58
>93
即レス感謝です。僕は大阪から引っ越してきたので地元の細かいことはわかりません。
昔のBはあんな感じなんでしょうか。
B地区はいくつか知ってますが、普通の身なりだと思うんですが。
Hって何ですか?

95 :山崎渉:03/04/17 09:28
(^^)

96 :山崎渉:03/04/20 04:51
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

97 :天之御名無主:03/04/27 02:38
民俗神話板ってどうしてレベルが低いんだろ…

98 :天之御名無主:03/04/27 11:20
その1 2ちゃんねるそのもののレベルが低い
その2 だれも興味を持たない過疎板
その3 文系なので2ちゃんねるを使いこなせる研究者が少ない
その4 民俗学自体レベルが低い

99 :天之御名無主:03/04/27 15:40
レベル低かろうがちょっとした経験談にも示唆的なものが有るって解らんのか?

100 :天之御名無主:03/04/29 04:11
僕ってサンカですか
1田畑や山を持ってますが部落です。戦後起業しました。比較的裕福です
2祖母の実家竹細工職人
3母の実家その昔河原の石を百姓に売ってた所らしい?
4祖父の時代に遠距離に血縁者がいます
5血縁者に部落なのに有力者も居たようです
6徳川系大名に付き従って居たぽいです。あと十手や刀があります。
7隠し名というか古い名前があります
8祖父はモロサンカでした。他に言い様がないよ・・・
9日常的に見た事のない親戚がよく訪ねて来たり・・・
そんななのに親が多くは教えてくれんのだよ!
あ、ちなみに今オラ無職・・・トホホ


101 :天之御名無主:03/05/03 04:16
>>100
忍者の子孫


102 :山崎渉:03/05/28 15:27
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

103 :山崎 渉:03/07/15 12:40

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

104 :天之御名無主:03/08/15 12:25
age

105 :山崎 渉:03/08/15 18:08
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

106 :天之御名無主:03/09/07 22:54
続報希望

107 :天之御名無主:03/09/09 10:50
宮崎にはサンカさんはいらっしゃるのでしょうか?
平家落人伝説の椎葉とか、五ヶ瀬あたりに多そうですし、
実際、宮崎市内中心部の裏路地で勝手に露店を開き、
何本も上積みした立派な鹿の角を売ってる人をみたことあります。
肌が真っ黒で痩せてながらも、スゴイ筋肉質の男性でした。
身なりは汚かった。
あれはきっとサンカだ!

108 :天之御名無主:03/09/15 04:04
滋賀県の山奥にも木地師が居たようですが、
電気がこないため昭和30年〜40年代に廃村となり
記録が失われつつあります。
多賀あたりだと、昔は三重県との繋がりが深かったらしいです。

109 :天之御名無主:03/09/28 22:38
質問ですが。蝮指が出きる人はサンカ系という話を聞いたのですが?蝮指と言うのは
指の第一関節?指先だけグキッと曲げる事を俺の地方ではそう呼んでます。
俺と親父が出きるんですが母はそれをやると凄く嫌がります。母は長野県出身です。
教えてください。

110 :109:03/09/28 22:40
母はなぜ嫌なのかは言わないんです。

111 :日本@名無史さん:03/09/29 16:47
あ!それ漏れもできるよ。
でもサンカ系ではないナァ・・。というかサンカってのを
初めて聞いた・・スマソ。
漏れ、九州だけどどうなんだろう?
家紋とかでも判るのかな?

112 :たか:03/09/29 20:14
すごいよかった…最高
http://navi-on.jp/0.php?p=24

113 :天之御名無主 :03/09/30 09:36
サンカ家系って家紋あるの?
それならわかりやすそうなかんじ。

114 :山崎 渉:03/09/30 19:54

    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン




115 :山崎 渉:03/09/30 19:56
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉




116 :山崎 渉:03/09/30 19:57
 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉


117 :山崎 渉:03/09/30 19:57

   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)




118 :山崎 渉:03/09/30 19:58
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―


119 :山崎 渉:03/09/30 19:58
(^^)


120 :天之御名無主:03/10/01 09:19
なんかさー、レスついてると思ったら
山崎渉だってのは激しくつまらないよな・・・。
あーあ。

121 :質問です。:03/10/11 20:56
日本人離れした…ということは
歌手の平井堅さんみたいな容姿?

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/13 18:52
縄文系とかとは藻ちっと離れた感じ・・・・なのかな?

123 : :03/10/13 19:02
<血液型O型のいかがわしい特徴> ( なんでも気を許していると調子に乗ってつけこんでくるぞ! )
■その道の達人をコケにして安心しようとする。多数派のときだけやたら強気。才能ある人間を歪んだ目でしか見れない。
■場所が変わると手のひらを返すように態度が豹変 ( あの連中の中じゃヘコヘコさせられてきたが、うちに来たら見ていろ! 礼儀を教えてやる。 )
■読みが浅い。粘着に睨まれる事を言っておいて関係ない人に振り向けバックレようとする姑息さ ( どうせ>>1さんはヒッキーでしょ? / 関西人だってジサクジエンしてるぜ )
■早とちりが多く、誤爆と気付いても釈明できない。イイ人を装って忘れる ( そういう土地柄だったのさ )  他人の勘違いは許せない。
■話題と関係ない個人攻撃で場の空気を険悪にする。なぜか次第に自分から耐え切れなくなりあきれて話題をコロコロ変える。
■いつの間に恩を貸してるように振舞うが、自分のためであると見抜かれる。恥ずかしさをごまかすために大袈裟にキレるが相手がキレると今度はビビる。
■顔が見えない相手と喋っているのに毒舌かつ強気。面と向かった相手には他人が言ったことに ( 俺が言ったんじゃないけど、Kさんがあなたをアホかとバカかと… ヒヒ) ネット弁慶。
■無理な人の真似をしケチをつけ、批判される所には現れない。観察される側になると極度に焦る( 直接対決が苦手。言い返されにくい状況を計算する )
■自分が企んでいるのに相手を悪人に仕立て上げて餌食にする。わざと攻撃を誘って自分の憎悪に酔いしれる。人の裏切りを許せないわりに自分の裏切りは覚えていない鈍感さ。
■世間に通用しないような事ばかりしつこく繰り返して自分に課した目標から逃げる。あげくのはてに相手にわからない方法でキレる。
■半端な人生経験で集団的にばかり相手を気にする ( 君のような人はウチでは… / ○さんによく似てるから駄目だろうね / 背が高い奴はどいつも… )


124 :天之御名無主:03/10/16 19:23

http://cgi.2chan.net/up2/src/f36919.jpg

125 :天之御名無主:03/11/19 00:44
梅鉢サンカってなんなんだろ?


126 :天之御名無主:03/11/24 01:09
私もそのナントカ手できます。
親が山窩の本読んでハマって「やってみろ」とか「蛇つかめるか。つかんでみろ。」とか言われて困りました。
北海道だからある意味気楽にサンカタクしてたのかもしれませんね。

だれがそんなやつに、
「あんたんちの二階の布団部屋の奥に蓑が2つつってあって、その用途は修理に出す為だ。」
とか
「はじめは一人だけ来ていたけどそのうち友達と称するやつが沢山来始めたので、
あんたの父親の後妻が慌てて縁切ったぜ。」とかおしえてやるもんかい。

127 :天之御名無主:04/01/16 01:30
うちの家は母方も父方も明治時代終わり頃に町に出てきて
薬売りやら漁師やら炭鉱マンやら職を転々と変え
今住んでるところに落ち着いたらしい
苗字は普通にそこら辺の地域にある苗字なので判別できないし
祖父が私のことを鬼と天狗の子供だからどうたらこうたらと言った事があったぐらいなので
サンカなのかそうでないのかよく分かんない
山奥って言っても炭焼き小屋とか色々あるし
ただ近親婚のせいか生まれつき片目が白内障みたいになってる(ノД`)シクシク

128 :天之御名無主:04/04/21 00:13
この板もこの有様か…

129 :天之御名無主:04/04/21 10:33
ここにもっと書き込みがあるといいなあと思ってるんだけど…
自分は全然サンカ系ではない。でもサンカにずっと興味があって
サンカの人の末裔がどうなっているのか本当に知りたいからさ。

130 :天之御名無主:04/05/09 01:45
俺の親父はサンカの末裔です。
平成の現在でも熊本の山奥に入り猪罠(いのししを原始的な罠で絞め殺す)を仕掛け取って来きます。
年に10頭前後は取れるみたいです。取れた猪は1頭12万前後で買い手が着くそうだ。
俺も帰省した際は必ず猪鍋を食べます。猪鍋はすき焼きより好物です。
たまに鹿が掛かる事もあるが外道と言い捨ててしまいます。
新鮮な場合のみ内臓(レバー)を生で食します。
鹿の肉も生刺しで食べた事があるが馬刺しよりさっぱりしてうまかった。
そんな親父ももうすぐ60だし山仕事がきつくなったと言っている。
そんな親父の息子の俺は東京でリーマンだ。


131 :天之御名無主:04/05/09 02:03
サンカの末裔と言っても俄かに信じがたいと思うので詳細をかく。
猪鍋の肉は、テレビで見るようなすき焼き風の薄切りではない。
毛を剃った痕が残る皮付きのぶつ切り肉を使う。
ほんとにうまいところは皮と皮下脂肪なのだ。
初めての人はとても食べられないだろうが小さい頃から食していれば皮のうまさを知っているので皮なしの肉は食べられなくなる。
夏は、川魚を取ってくる。うなぎやスズキなどこれも網など使わない。
親父はカナツキというがモリで取ってくる。
天然うなぎの油ののりは最高で1度食べると養殖物は食べられない。
鮎は投網(トアミ)でとる。天然あゆの相場を知ってる人は少ないだろうがこれが大き収入源だ。



132 :天之御名無主:04/05/09 02:33
>>130-131
ボヤキは雑談板へ。
>>1
癒しはメンヘル板へ。

此処は「学問・文系」の民・神板だ。
もっとあんたらに向いてる板は有るはずだが?


133 :天之御名無主:04/05/10 00:54
>>130-131

良レスですねえ!
こういったやや個人情報を含んだカキコというのは書きづらいところもあるでしょうけれど、
個人の体験であるだけに、やはり書籍などにはない活き活きとしたその場の情景が思われて、
都会で生まれ育った自分にも、なんだか懐かしいような熱いものが心に沸き上がるような感動を覚えます。

差しさわりがない範囲で結構ですので、またぜひお話を聞かせてください。


>>132

民俗学だからこそ、こうしたお話が有効なのだと思いますよ。
フィールドワークやインタビューがあったからこそ、今の民俗学に繋がっているのですから。

134 :天之御名無主:04/05/10 22:14
132はチェックのシャツの裾をズボンに入れて
でっかいレンズの銀縁眼鏡をぐいっと持ち上げてそうだな


135 :天之御名無主:04/05/11 18:35
>>130 いいなあ、猪鍋に天然ウナギ……(゚д゚ )

あ、そこじゃないか。話のポイントは。
以前、宮崎の椎葉村でのイノシシ狩のビデオを見た事があるんですが、
そのビデオはイノシシを捕獲した後、(収獲と無事を祈って)生のイ
ノシシ肉を神様に奉納したりしたんですが、130さんの地区では狩り
の前後に神事的なものを行ったりしましたか?

136 :(ε Д ε=З дЗ)メガネメガネ…:04/05/11 22:28
狩猟民族は差別されやすいの?
それとも農業をさせてもらえないから
狩りで生計を立てるしかなかったの?

137 :天之御名無主:04/05/11 22:53
>>136 サンカは狩猟民族ではない。江戸時代に誕生した集団。

138 :天之御名無主:04/05/12 16:22
>>130-131
へええ…。こういう話が聞きたかったんだよ!
お父さんは、一人で暮らしているのかな?
戸籍などはどうなっているのでしょうか?
今でもサンカ同士での連絡はあるのかな?
差し支えなければ、是非。もっといろいろ聞かせてください。


139 :天之御名無主:04/05/12 16:51
先祖は、山を降りて以来、馬の調教(・・・?と聞いたけど忘れた)を生業としていたらしい。
その後、馬の需要もなくなり山師(きこりの手伝い・狩猟)をしながら親父の代になる。
親父は、猟銃も所持している時期も合り猪狩りで生計を立てていた。
>>135の言うモノは猪の尻尾を山にささげると聞いた。
歳の初めに山に入る際は必ずお神酒をささげお祈りをしていた。

今まで食べた動物で後で知って驚いたのが、日本カモシカもだった。
臭みもなく筋張っていたがうまかった。

サンカは日本の秘境をしる最後の日本人だとおもう。
何も知らない愚民どもに差別される由縁はない。


140 :天之御名無主:04/05/12 17:59
おまえ3掛け?

141 :天之御名無主:04/05/12 23:06
馬の調教ですか。
馬喰(ばくろう。伯楽の転訛)でしょうかねえ?

いずれにしても情趣のある職業ですな。

142 :天之御名無主:04/05/13 03:59
一応聞いとくけど、>>133=>>138
で、自作自演ってことでいいよね?


143 :133:04/05/13 08:15
私は133だが、138ではないです。

私はあえて具体的な質問はしなかったんですよね。
プライベートなところに踏み込むようで気が引けたので、
ご本人の気の向いたときに差し障りない範囲で、って思ったので。

似たような内容のレスだけど、そこのスタンスが違いますね。

144 :天之御名無主:04/05/14 05:04
なんで偶に出てくる自称サンカってみんな偉そうなの?

145 :素朴な疑問:04/05/14 21:23
俺長身で毛深くて肌が浅黒いんだけど、俺ってどこから来たんだ??マジ疑問。
祖先は三重県と東北らしい。東北では武士だったとか。ちなみに苗字は藤原系
です。

146 :天之御名無主:04/05/15 06:31
ちょっと八切の影響受けて調べたことあったけど、
やっぱサンカ(世間師)ってのは江戸末期の流人に
狩人、木地師、世捨て人の一部が混入したんだと思う。
いろんな伝承はま、口承版「河原巻物」みたいなものか。

「太古から自然とともに歩んだ部族」てなものを期待したんだが。
あ、T元首相は「世間師」と言うか「バクロウ」みたいだ。

147 :天之御名無主:04/05/17 17:45
>>146
世間師=サンカと考えてしまっていいの?
宮本常一の本に出てくる世間師はサンカという感じじゃないと
思ったけど…

ところで、>>142-143
私が138です。133さんとは別人。

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