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山の民について知ってる方

1 :名無しさん:2000/01/28(金) 22:28
以前ここで 山の民 がそんざいしてたって読んだことがありますが
詳しく教えてください。以前ビデオで 瀬降り物語 と云うのを見たことが
有りますがあれは、舞台が四国の山中だったと思います。本州にも存在してたのですか。 

2 :ロビー准将:2000/02/01(火) 04:45
もしかして、サンカの事ですか?
柳田邦夫の本に出てくる・・・・

3 :名無しさん:2000/02/01(火) 04:47
山の人って言う奴ですね。
明治時代まで狩猟を生業とする定住しない
民族が良く捕らえられたと聞きます。
骨格自体がアイヌのようで、非常に気味が悪かった・・・・
と聞きます。

4 :>3:2000/02/01(火) 12:33
(誤)柳田邦夫…ジャーナリスト
(正)柳田国男…民俗学者

5 :矢切の私:2000/02/02(水) 21:39
「瀬降り物語」は、サンカを題材にしています。
サンカは、どちらかと言えば川辺の民です。
山の人とは、山伏とマタギのどちらでしょう? 

6 :名無しさん:2000/02/03(木) 00:09
川辺の人のイメージがあるけど、実際は川の上流の山の中を集団で
移動していたんです。サンカの中には川とは関係なく山中を移動
する集団もあります。
山の人イコールサンカというわけでなく、山の人というカテゴリー
の中にサンカやマタギや山伏が含まれるという感じです。
サンカはマタギとはルーツを異にするようです。山伏というか
修験者とも交流というか関係はあるようですが、ルーツは違う
様です。いわゆる忍の者とは同根の可能性が高いです。

どなたか居付サンカの中から生まれたらしい「シノガラ」という
秘密結社についてご存じありませんか?

7 :名無しさん:2000/02/07(月) 20:00
中曽根元首相はそうみたいですね。
自分でもおっしゃってますけど。

8 ::2000/02/08(火) 02:34
中曽根がそうだったとは知りませんでした。田中角栄や旧社会党の
田辺がそうだったらしいという噂しか知りませんのでビックリという
感じです。「戒厳令の夜」や「風の王国」のモデルになったもの
なのに世間に全然知られてないのは不思議。

9 :中曽根さんは:2000/02/12(土) 21:00
かつて公演で「日本は単一民族だからうまくいっている」云々の発言で
米国の黒人団体と日本のアイヌ民族団体から抗議を受けて、後者の抗議
に対して「私も関東だからエミシの末裔で、アイヌと血統は近いはず。
ほら毛深いし」とやったせいで益々反感を買いました。全部当時ブレーン
にしていた京大の梅原某の受け売り。「山の民」は出てこなかったんじ
ゃないかな。それとも梅原氏が「山の民」についても何か吹き込んだの
かな。ありうる。

10 :名無しさん:2000/02/18(金) 19:12

森美夏+大塚英二の漫画で「北神伝奇」←字が違うかもしれないけど

それに少し山人が出てきます。

かなり面白いですよ。

11 :名無しさん:2000/02/21(月) 04:36
俺は2chでサンカを知ったんだけど結局はトンデモ系のたぐいみたいです。
以前、2chでサンカについてのサイト(管理人はトンデモ系で有名ってきいた)
が貼られたんですがアドレスは忘れました。

12 :名無しさん:2000/02/22(火) 00:51
>11
ここの他のトピックスを読んでよ。全部が全部トンデモじゃないよ。
三角寛や佐治のせいでまるで伝奇物の世界に誤解されたり、全共闘
世代のロマンチシズムでとんでもない方向にイメージされたけど、
定住しない漂流民はかつていたし、柳田だって自分がその末裔じゃ
ないかという意識があったから研究したんじゃないのか。
ほんの戦前まで実在していた存在をトンデモ系の一言でかたづけよう
とする事の方がとんでもないよ。

13 ::2000/02/26(土) 21:06
俺サンカ
でも掟によってサンカのこと話せない。
話せば殺される。絶対に。

14 :名無しさん:2000/02/27(日) 00:13
サンカに限らず、漂白民は定住民にとってなにかと異様な存在だった
から、色々とトンデモ的伝説が流布してしまっているからな。
金堀りとか木地師とかにもへんな伝説とか多い。
もちろん全部トンデモじゃないだろうけど、トンデモ的伝説が多いから
まっとうな学者は敬遠してしまっている分野じゃないの?

15 :名無しさん:2000/02/27(日) 01:40
60年代までは存在が確認できたらしいね。


16 :プー:2000/02/27(日) 03:59
>13
マジレスっすか?
マジなら初めて聞くサンカの肉声(?)なんすけど。
でもサンカは自分らのことサンカとは言わないって聞いたような‥‥。
>14
いや、基本的に戦中までの「大和民族は一つ!」のかけ声の影響から
まだ脱してないだけなんでは。
下手に扱うと、差別とかの問題で糾弾されちゃうし。
もちろん定住民にとっては畏怖と尊敬(裏返し)の対象であったことは事実でしょう。
トンデモ伝説も多いかもしれないけど、木地師の椀貸し伝説なんて、いろいろ尾ひれがついてるけど、
事実だったと思う。
サンカは犯罪集団みたいな扱いをされた悲しい時期があったし、
三角に始まる一連のサンカ小説(もちろんフィクション)の影響がまだ残ってるんだろうね。
12さんも書いてるけど。


17 :名無しさん:2000/02/27(日) 11:53
サンカもインターネットやる時代になったのか。

18 :名無しさん:2000/02/27(日) 23:25
13さん。
自分達こそ本当の日本人じゃないかって、おもっても
いいぜ。

19 :2.4:2000/02/28(月) 02:11
この板はいらないね

20 :名無しさん:2000/02/28(月) 04:09
>15さん
ということは、現在は絶滅(言い方悪いかな)したと
考えられているのでしょうか?
検索かけると、こんなの↓引っかかりましたが

http://www.valley.ne.jp/~morisaki/sketch/sketch3.html

21 :名無しさん:2000/02/28(月) 19:21
↑私も子供の頃、神社の裏山で見たことあります。<小屋
木の枝等を巧みに使った小屋で
紐の物干しとかもありました。
最初見つけた時は洗濯物とかも干してあって
「乞食」の家かと思っていましたが、次に行った時は
もう既に人の気配は全くありませんでした。


22 :>21:2000/02/28(月) 21:21
何年頃、どこでの話ですか?

23 :名無しさん:2000/02/28(月) 23:13
>22
昭和50年代
三河地方です。

神社は熊野系の神社でした。

24 :14です:2000/02/29(火) 00:04
>16さん
たしかにまともな伝承もあるのはわかるけど、問題は山の民自身では
なく、山の民をうさんくさく思ったり、逆にへんに畏れる人々が勝手
に作り出したと思われる伝承が多すぎるということなんですけど。

>下手に扱うと、差別とかの問題で糾弾されちゃうし。
でも山の民は被差別部落とは重なっていないのでは?それとも
部解は部落以外の差別にも糾弾とか行うのですか?

25 :22:2000/02/29(火) 02:27
>23
うひぃっ!
私ぁ昭和49年三河生まれです(^^!

私は岡崎ですが、さすがに 23さんは岡崎じゃないでしょうね?
三河で山窩がいても不思議じゃないとなると、
設楽郡、加茂郡、額田郡方面でしょうか?

26 :プー:2000/02/29(火) 03:32
>24さん
その山の民をうさんくさく思っている人たちが作り出した伝承とはどういうものなんでしょう。
鬼とか妖怪とかそういうやつですか?
どうであれ、現代の感覚からしておかしくても、当時の庶民はそのように感じたわけだから、
それはそれで研究に値する項目だと思います。
もちろん遡って勝手におかしな事に決めつける姿勢には気をつけないといけないと思いますが。

差別のことですが、糾弾という言葉を使ったのが良くなかったようです。
山の民といってもサンカやら木地師やらマタギやらタタラやら‥時代によっても色々ありますよね。
山の民=被差別部落民ではもちろんありませんが、共に限定職業と言う意味で、
差別の視線にさらされるおそれがあるのではということです。
そうでなくとも、日本人の国民性として差別のタネを見つけたがりますから。


27 :23:2000/02/29(火) 21:25
>25
!!!!!!!!!!!!!
な、なんと・・
私も昭和49年
しかも、岡崎に限りなく近くです。   額田郡

で、今考えたのですが神社の裏山だったんですよ。
だから、日本の各地の山奥の神社とかって
そういう山の民たちと何らかの関係があるんじゃないかって
思うんですが。どうでしょう?

28 :25:2000/03/01(水) 01:01
>27
……げに恐ろしきは世間の狭さよ。
額田郡で山窩、ということは幸田町じゃなくて額田町ですね。

高校(岡崎北)時代、同級生に額田人がいたので
1度か2度、樫山・夏山(多分)あたりまでは遊びに行った事があります。
更に奥に登れば確かに山窩がいてもおかしくない雰囲気です。

>↑私も子供の頃、神社の裏山で見たことあります。<小屋

子供の頃、ってことはその神社は家のごく近所ですよね
額田のどの辺でしょうか?
ちなみに、私は岡崎は小呂町あたりです
かなり山遊びをしていましたが、小屋は見た事ないですねぇ。

>だから、日本の各地の山奥の神社とかって
>そういう山の民たちと何らかの関係があるんじゃないかって

その神社には先祖代々勤めている神主さんとかいたんでしょうか?
熊野神社の神官って布教のためにかなり全国行脚した結果
そこに居ついてるはずですから山岳修験道やら
山窩やらのネットワークとつながっていてもおかしくないですね。

ローカルネタうぜぇ!という皆さんすみません。
↓このへんの事です。
http://www.mapion.co.jp/cgi/m?no=3091767500188000000



29 :プー:2000/03/01(水) 04:13
>28
サンカかどうかは別として、山の民と修験者・山岳信仰は切っても切り離せないでしょう。
とくにタタラの民(金掘り)と修験者の関係は密接だったようです。
そういったところから生まれた信仰が、後の(聖徳)太子信仰へとつながります。
このタイシ(太子)といえば、川の民とされるのですが、山の民と川の民は
時代の変遷とともにかなりダブってきます。
そういえば、川の民の仕事の一つに箕つくりがありますが、これはサンカの
職業として有名です。

30 :名無しさん:2000/03/01(水) 21:56
>このタイシ(太子)といえば、川の民とされるのですが

え?そうなんですか?太子講のタイシのことですよね?
ものの本にはやはり聖徳太子または弘法大師に対する信仰だと
あるんですが
それともこのタイシ信仰を広めたとされるタイシのことですか?

31 :名無しさん:2000/03/02(木) 21:48
>28
もう場所はこの辺で勘弁してください。
知っとるやつが見たら、一発でわかってしまいます。

しかし、その神社は神主は常駐していません。
地域全体で管理しているって感じです。

ちなみに私も高校は岡崎のほうに通っていましたが、
岡崎北にはちょっとかないません。

32 :訂正:2000/03/02(木) 21:50
ちょっとじゃなくてだいぶかも・・

以上ローカルネタ失礼しました。

33 :プー:2000/03/02(木) 23:13
>30
ぼくの書き方がまずかったかな。
太子信仰(王子信仰)をしていた川の民(山の民)タイシのことです。
でもなぜ民タイシがタイシと呼ばれるようになったかは、太子信仰が元なのか
よくわかりません(調べ中)。
タイシは「退士」という字を当てることもあります。
いずれにせよ賤民視されていたようですから、それゆえの王子信仰となり太子信仰
と名が代わったようです。
とはいえ、ぼくもまだよく分からないので、どなたか詳しい方に教えてもらいたいなぁ。


34 :>プーさん:2000/03/02(木) 23:41
井上鋭夫『山の民・川の民』によると、越後にタイシと呼ばれる川の民
がいたそうですが、もとは山の民で鉱山の労働者であったと。かれらを
監督して鉱山労働をさせていたのが修験者で阿弥陀様とかを信仰していた
が、労働者にはひとつ位の低い太子を信仰させたとあります。
どうなんでしょうか、真偽の程はわかりませんが?

あと遠野には太子像をかたどって「オクナイサマ」を祭る習慣がある
そうですが、遠野にも鉱物を扱う山の民がいて、関連があるのでは
ないかともわたしの手持ちの資料には書いてあります。

35 :プー:2000/03/03(金) 04:26
>34さん
井上氏のこの本、ぼくも参考にしてます。
氏の研究には色々異議をとなえている人がいるそうですが、
ぼくとて、よくわかりません。
この鉱山労働をしていた人たちの賤民的位置づけが太子信仰となった
というのは個人的にはうなずけるのですが。
とはいえ、この太子信仰は聖徳太子でもなく弘法太子でもなく、
起源はもっと古い大陸の信仰からくるので、賤民ゆえの信仰はおかしいと
いった説もどこかで読んだ気がします。
どっちにせよ現代の感覚では自分の地位の高低が信仰の対象まで左右するとは
考えにくいので、昔の価値観をシュミレーションしないといけません。

東北といえばすぐ「オシラサマ」を思い出しますが、この「オクナイサマ」というのは
どこから来たのでしょう?

36 :34:2000/03/03(金) 22:11
>プー さん
>オクナイサマ
どうなのでしょうね、オシラサマと同じなのかどうかわたしにもわかりません。

山の民のなかで鉱物を扱っていたひとびとは、タイシ信仰よりも
八幡神(金屋子神)信仰と結びついているみたいですね。とくに
西日本では。このあたりのこと知っておりましたら、よろしくお願い
します。

37 :プー:2000/03/04(土) 05:05
>34さん

>オクナイサマ
これはどうやら「奥内様」のようで、「オクダイサマ」とも呼ぶようです。
基本的にはオシラサマと同じで、木箱に納めて家内安全のため小神棚にまつり、
毎年その衣代えをします。
男女1対になってるのも同じはずです。

>八幡神(金屋子神)信仰と結びついている
そうですね、奈良時代、大仏鋳造に際して宇佐八幡宮から託宣を受け、
渡来系の金鉱技術者(タタラの民)が平城京に集まりました。
そのあたりから八幡神がそういった民から信仰されるようになったようです。
この八幡神をもう少し掘り下げてみると、もともと神功皇后と応神天皇の
「母子神」を祀るとされます。
で、神功皇后といえば三韓征伐を思い起こすのですが、これが史実かどうかは
別にしても、何かしらその時代から大陸と関係があったことは確かでしょう。
その時に金鉱技術が人と共に入って来たとしたら、八幡神へのこういった信仰は
より理解しやすいのですが‥‥。
宗教はまだまだ勉強不足で、中途半端なレスですいません。

38 :34:2000/03/07(火) 00:13
>プーさん
どうも詳しくありがとうございます。

>何かしらその時代から大陸と関係があった
わたしとしては、タイシ信仰よりもここらへんのことについて非常に
興味があります。とくに鉱物技術集団と熊野山系との関わりについて
ですが。金屋子神は女嫌いの神様だそうですが、山の神だからという
こともあるのでしょうが、なにか農耕の神とは違う感じがします。
山伏の異様な格好や天狗とかもこのような鉱物技術集団として、鉱物
探索を担った人々だったのではないかと思うのですが、どうでしょうか?

39 :読者:2000/03/07(火) 12:03
おお、とんでもないところから、ここに来ちゃった。
なんか、「青い鳥」の心境。
山の民(山窩)がイコールタタラの民(製鉄業)というのは
当たらない様に思います。
山窩自体は昭和頃まで存在した漂白民への蔑称である気がします。
「窩」なんて字を当ててね。
中世に製鉄力を持っていた人々が関東から北の地域に居て、
移民(奴隷?)させられて誘致された場所を「別所」と言って
居たようで、ちょっと面白いのは「千代田城」(今の皇居)も
別所の跡地に建っているという史料があるようです。

漂白民に対しての差別感は、漂白民の価値観を理解できなかった
近代人の思いあがりを感じます。現代の相互尊重を基とする
民族学の光が、差別意識を超克して彼等の存在を復権させるとすれば
価値のあることですね。

40 :名無しさん:2000/03/09(木) 03:13
彼らだけの神様もあるんじゃないだろうか。

41 :プー:2000/03/13(月) 02:17
>38の34さん
レス遅れてすいません。
金屋子神がよく分からないのでうまくコメントできませんが、
鉱物技術集団が祀る神の性質として火を祀るという点が挙げられると思います。
拝火教とでもいいましょうか。
そう考えると熊野には熊野切火祭がありますね。
これは鎮火の祭ではなく火を起こす祭という点でも珍しいと思います。
一般的には出雲族が紀伊に入植したときに、祖神を熊野大社に分祀したと言われてますが、
熊野灘が黒潮が突き当たるところということから、拝火宗のものが漂着してきたことによる、
このような信仰とみる見方もあるようです。

>39さん
>山の民(山窩)がイコールタタラの民(製鉄業)というのは当たらない
山の民(山窩)というのが当たらないと思います。
サンカはあくまでも山の民の一種で、タタラもまたその一種ということですよね。
>「別所」
別所や散所、院地などの発生については、なかなか複雑でいろんな説がありそうです。
はっきりしていることは覇者によって強制的に移住させられ、それらの民は限定職業にしか
就けなかった(もしくは限定職業だから移住させられた)ということなんでしょうか。
それらが今にまで続く差別につながっていったのは、悲しいかな、事実として見極めなければなりません。
>「千代田城」(今の皇居)も 別所の跡地に建っているという
この史料はぼくは知らなかったのですが、江戸時代以前の関東を考えると全然不思議じゃないですよね。
でもこのことを皇族と被差別部落の類似論にもっていけるかは分かりませんが。

42 :ワタシダ:2000/03/13(月) 04:07
この話題についてはまず正統?民俗学の成果のみアリとするか、
菊地山哉の研究をアリとするか、
八切止夫の著作をアリとするか、
派生した太田龍だの佐治芳彦だのの半オカルト本をアリとするかによって
相当見解が違ってきません?

43 :38:2000/03/13(月) 23:34
>プーさん
どうもありがとうございます。民俗学にお詳しいようなので、伺いたいのですが、
天狗というはどういう由来があるのでしょうか?なにか大陸(西域)の作のような
印象があるのですが。トンデモかもしれませんが、天狗や山伏は頭に経文の入った
小箱を結んでいますが、同様の慣習がユダヤ教にもあるそうです。顔形も東洋人
とは思えないし、といって架空の面貌とも思えないし。あの赤さも金属の精錬をする
際に焼けたとか跡だとか想像をたくましくしてしまいます。


44 :名無しさん:2000/03/14(火) 05:01
赤鬼、青鬼というのも、異民族をモチーフにしたものなのでしょうか。


45 :名無しさん:2000/03/15(水) 13:42
鬼の角ってバイキングの兜を想像しちゃうよね。

46 :名無しさん:2000/03/17(金) 02:05
腐乱死体だと聞いたことがある<赤鬼、青鬼

47 :名無しさん:2000/05/22(月) 14:30
縄文直系と認識し、リスペクトしてます。>山の方

48 :名無しさん@島根県民:2000/07/31(月) 21:29
金屋子神社についてですが
島根県能義郡広瀬町に本祠の金屋子神社が在りあますね
手元に資料(島根県の歴史散歩 山川出版社)が有りますので其れによりますと
タタラ製鉄の神で『鉄山秘書』(1784年)は
「太古ある旱天(ひでり)の日、土民が雨乞いをしていたところ、播州宍粟郡岩鍋
【岩から鍋が出来る 即ち鉄鉱石が取れると言う事でしょう】に高天原から一神が
降臨し、金属器の製鉄方を教えた。神は更に西方へと飛び、出雲國能義郡比田の
黒田に至り、休んでいると、たまたま狩に出ていた安部氏(後の神主)の祖正重
なるものがこれを発見し、やがて神託により朝日長者なるものが宮を建立し、
神主に正重を任じ、神は自ら村下となり、朝日長者は炭と粉鉄【砂鉄の事でしょう】
とを集めて吹くと、神通力によって鉄が限りなくわきでた」とあります
金屋子神社は近世に急速に発展し 諸国に分祠を造ったそうです
現在判明してるところでは 出雲 伯耆 備後 石見などで22社在るそうです
其の他諸国の鍛冶・鋳物師の間でもその職場には必ず金屋子神を勧請し 本社の
祭礼の時には遠近を問わず足を運んだそうです

ちなみに熊野大社を出しておられますが出雲の本祠熊野神社の祭神は
ヤマタノオロチ退治で三種の神器の一つの草薙の剣を取った素戔鳴尊ですから
製鉄と関係ないとは言えませんね
別所について無知ですが愛媛の別子(べっし)銅山も何か関連があるような気が
しないでもないですがどうなんでしょう?

49 :名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 00:02
中国山地にはタタラ跡が多いです。そうなると、製鉄技術を持っていたとされる古代吉備王国との関係もまたぞろ研究したくなるんだよね。

50 :名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 12:18
被差別部落とサンカの関係は無いであろうというお話が前の方で
出ていましたが、やはり全く関係ないのでしょうか。
被差別部落にいまだに大幅な納税猶予が設けられている場合がある点など、
何かしら納税兵役などと無縁であったサンカとの共通性が感じられたりします。

51 :名無しさん:2000/08/10(木) 01:49
ずーとサンカのことを知りたいと思っていました。
いろいろ、目に留まる物は読んだのですが、事情で
本が手元に無いのが悔やまれています。
サンカ文字の事、伝説、事象など、知識をお持ちの方は
教えてください。
私が読んだ本で、大正期のサンカの生活がかかれていた本が
あったと記憶しているのですが・・・。
今、どんどんと全てが過去の物となり、知る人もいなくなっていく山の民。
アイヌ文化があるように、サンカ(もちろん、他の道、他の名前も)を生きた山の民の人々も)
にも独自のすばらしい、文化、生き方があったのではないかと思うのです。




52 :信じられない・・・:2000/08/14(月) 03:00
ついに三角寛の全集が現代書館から発刊されるぞ!!
本当に完結出来るのか?とっても不安だ・・・

ここを見て↓
http://www.gendaishokan.co.jp/column.htm

53 :名無しさん@1周年:2000/08/16(水) 00:13
すまん。全集じゃなくて選集だ。
八切、朝日とことごとく失敗してきた『サンカ社会の研究』と『同資料編』の
出版。今度も圧力で潰れないか注目しよう。

54 :名無しさん@1周年:2000/08/17(木) 02:09
うおお!!はじめてここに来て52を読んで驚愕!
あの「サンカ社会の研究」が復刻ですか!!
52さん情報ありがとうありがとう!!!

55 :名無しさん@1周年:2000/08/19(土) 23:54
age

56 :名無しさん@1周年:2000/08/20(日) 00:40
とりあえず、三角の主張するサンカの組織や文字については、
無条件に信用しないほうがいいよね(周知?)。

元ネタは上記らしいという説が結構有力だったり。
その為、遺族は研究資料をだせない、と。

57 :54ですが:2000/08/20(日) 02:50
マンガネタですが杉浦日向子の「百日紅」其の三十にも
山人の親子が出てきます
「北神伝綺」よりも柳田邦男の「山の人生」のイメージに
近い感じがしますね

58 :名無しさん@1周年:2000/08/20(日) 03:08
もちろんです。批判的に見ていかないと。
過去ログでもそのことは話題に出てます。
ただ、遺族のせいで「サンカ社会の研究」が復刻できないから
資料の検証もできないなんていう状態よりは遥かに良いでしょう?
滅多に見つからず、値段も十万円以上じゃねえ・・・
上記もそうですけど、隅田川一からの影響の方もどの程度なのかも
考える必要がありそうな。


59 :名無しさん@1周年:2000/08/20(日) 12:50
サンカのスレッド、一本化してくれないかなぁ。

分散してるのって、勿体無いですよね?

60 :名無しさん@1周年:2000/08/21(月) 04:39
畑中純のマンガ「まんだら屋の良太」にけっこう出てくるよサンカ。
たしか「雲取り一族」とかなんとか。
あと、歴史作家(?)八切止夫は半サンカと著書で告白。
戦前、名古屋市内のサンカ集落で暮らしていた頃のことを
細かく著書で語っている。題名は忘れたけど、出版元はもちろん
「日本シェル出版」


61 :名無しさん@1周年:2000/08/22(火) 01:18
小学生の時図書館で借りた椋鳩十の動物小説で
サンカの存在を知りました。なつかしいなあ。

62 :名無しさん@1周年:2000/08/22(火) 15:03
>>60
「サンカ生活体験記」ですね。
持っています。倉庫の奥に眠っている。
確か訳あってサンカ部落に預けられたんだと思う。

63 :騨佐ェ門:2000/08/23(水) 09:59
そーいや 白戸三平の’カムイ伝’にも出てきたな
このスレ面白い もっと盛り上げましょう

64 :名無しさん@1周年:2000/08/24(木) 06:15
五木寛之の「戒厳令の夜」「風の王国」はどうかな?
小説だけど、なかなか感じるものがありました。

フィクションだけどお勧めです。学術書でなくてゴメン。


65 :名無しさん@1周年 :2000/08/27(日) 23:32
age

66 :名無しさん@1周年 :2000/08/28(月) 20:40
グリコ森永事件が総会屋じゃなくて
サンカがらみだって噂があったんですけど
これ書くとスレ消えちゃうのかな

67 :83 :2000/08/29(火) 22:43
20年ほど前なのですが、群馬の高崎・安中近くにある小林山(ダルマ市で有名)のふもとに
ある川(名前失念)の橋のたもとにバラック小屋が沢山あり結構な人数が住んでいました

地元の人はそこに住む人達のことを、「川原コジキ」と呼んでいましたが、
同時に「彼らはスゴイ金持ちである。戸籍がないから税金を払わなくてよいのだ。」、と
言うような事をいっていました。子供心に不思議に思っていました。
今に思えば、あれがカワラモノだったのかも知れません。



68 :騨佐ェ門 :2000/09/03(日) 19:33
67 名前:83 のかたは群馬県に在住の方ですか?
私は以前 群馬にすんでいたのですが
ここで川原コジキとよばれている人たちは
いわゆる(川原者)と呼ばれる人たちで被差別部落かなんかと
関係はあるかもしれないけどサンカとはあまり関係ないのではないかと
思うのですがいかがでしょうか? まー確かに群馬は山だらけだし
被差別部落騒ぎはあまりきかないので・・・・・

69 :名無しさん@1周年 :2000/09/03(日) 23:40
「川原者」「川原乞食」と呼ばれた人達なら、そりゃサンカそのもの
ですよ。ウメガイ持ってるか調べてみたいくらい

70 :名無しさん@1周年 :2000/09/04(月) 03:05
>68>群馬は山だらけだし被差別部落騒ぎはあまりきかないので・・

昭和十年中央融和事業協会の未解放部落調査によると、
群馬県内の未解放部落人口 約3万人 県内の人口比率2.4%
(相当の調査漏れあり)

愛知以東の都道府県で人口では2位、人口比では1位。
>68>いちおうイロハぐらいは調べてから書いてね。



71 :83 :2000/09/04(月) 10:17
生まれてから20年ほど群馬にいました(今は神奈川)。
実家は群馬郡ですが、被差別部落バリバリあります。
帰化韓国人の方々へも同様です。
私の親の世代(60〜)では、平気であの家は「四つだから」、
見たいな事をいいます。古い人たちには、苗字で分かる模様。

そう言う発言を聞くたびに、私の中にある自分の親の評価がさがるの
です。大変悲しいことです。


72 :83 :2000/09/04(月) 10:38
68さん>
普通のレゲエの方々が川原に住んでいたのかもしれません。
確認する手段も今となってはありませんし、時代的にもちょっと最近すぎますし。

ただ、地元の人たちの「彼らはスゴイ金持ちである。戸籍がないから税金を払わなくてよいのだ。」、
については、そのような人がいたのかもしれないのかな?と思う次第です。
もちろんサンカやカワラモノかどうかの確証もありません。


73 :騨佐ェ門 :2000/09/04(月) 18:52
>70さん
失礼しました ぜんぜん知りませんでした
ところで現在はどうなんでしょうか?
群馬在住の友人に聞いてもまったく聞かない
とのことでした。


74 :瀬降り瀬降りてしなどの谷は :2000/09/04(月) 20:22
説教強盗

75 :名無しさん@1周年 :2000/09/05(火) 03:03
>68.73さん、かえって失礼しました。
「関東には差別問題はない}などと言い放つ人がいるので、つい。
たしかに関西にくらべると潜在化していますが、
最近は本田豊氏らが関東を足で歩いて調査していますので、
そのルポなどを書店か図書館でごらんください。

もともと日本人の約7ー8割は被差別部落とつながりがあります。
あとはたぶん渡来系の支配層。
強烈な差別者は自分についてそれを知っているので
差別することでそのつながりを隠そうとする。
そんな不思議な現象がありますね。

ヒトラーにはユダヤ人の血が何分の一か入っているという説があって、
人間の業としてありうるなあ、という気がします。


76 :83 :2000/09/05(火) 09:37
>73さん
少なくとも今でも、私の実家方面や安中方面では差別がありますよ。
結婚する際に(相手が部落民か)調査する事も結構あり、結果によっては
結婚話そのものがNGになってしまうケースすらあります。
私の親戚の女性も相手が被差別部落の方ということで年よりの大反対に
あって結婚をあきらめてしまいました。
逆に私の友人は、相手が被差別部落の方でしたが結婚しました。
口かさの無い年よりは色々言いますが本人は全く気にすることは
ありません。

おそらく73さんやその御友達は、年齢的にその手の話を聞かずに
育ってこられたか、周囲の人達が(良い意味で)無頓着であったのかと
思います。

被差別部落等に関しては人権板があることですし、これ以上ここでは
言及しないようにしたいと思います。

77 :ジーモン@ケー二ヒスベルク :2000/09/05(火) 21:27
青森県津軽地方北部や北海道道南地方南端の「被差別部落」は、
混血アイヌの末裔の人々というのは本当なのかな?

78 :名無しさん@1周年 :2000/09/06(水) 01:11
なんか話が脱線してるような・・・
たしかサンカは被差別民を見下してたとかいう話を何かで
読んだような気がするが・・・あと東北人も。東北地方も
化外の地呼ばわりしてましたよね。


79 :名無しさん@1周年 :2000/09/06(水) 09:26
このスレッドを見て五木寛之の風の王国を読んだのですが
後書きかなにかに説教強盗とサンカがどうのこうのと書いてありました
なにか関係あるのですか?

80 :荷主さん :2000/09/06(水) 09:32
このスレッド見て五木寛之の風の王国を読みました
あんまり小説としては面白くなかったけど
後書きかなにかに説教強盗がサンカと関係あるように
書いてありました。なにか知っている方いらっしゃいますか?

81 :名無しさん@1周年 :2000/09/07(木) 00:19
そのものズバリ、「サンカと説教強盗」(批評社)というのが
出てます。説教強盗の犯人は犯罪集団のメンバーで、三角はその
事件の取材をもとにして、犯罪集団を、放浪する古代から続く
なぞの民族に仕立て上げたというのが著者の主張です。当然
東洋大に出した論文もでっち上げだという事になります。箕など
を作って農村などをまわっていた集団は「サンカ」ではなく
漂泊民の一種に過ぎないとなります。
これに対して、昨年だかに、名前を忘れたんですがある民俗学系
雑誌に反論が載りました。仮にも東洋大の学者達が論文を審査し、
サンカ集団を直に視察して確認しているのだから、三角の虚言癖を
差し引いても、論文の内容には信用性があるはずだといった内容
だったと思います。
決着は・・・たぶんまだついてないと思います。

82 :名無しさん@1周年 :2000/09/07(木) 21:13
上記(ウエツフミ)と三角の関係を明らかに出来ない今となっては、
決着をつけるのは難しそうですね。
三角の残した資料の中から、上記関連文書でも出てくればある程度の
決着はつくのでしょうけれど、遺族が…。

83 :名無しさん@1周年 :2000/09/07(木) 21:34
確かに風の王国は、フィクションと考えれば大したこと無いけれど、
かなりそれに近い実話をオブラートに包んだものと思って読むと、
その普通さが生々しく感じられます。


84 :名無しさん@1周年 :2000/09/08(金) 12:26
>83
「風の王国」は未読なのですが、予備知識がないとつまらないって事ですか?
読んでみようと思っているのですが、新たな知見が得られないのであれば
お金の無駄(ケチですね(藁))になってしまうので、逡巡している所なのです。

目安として、2ちゃんのサンカ系スレッドで読む以上の新知見があるか否か
なのですが・・・。
83さん、お暇な時で結構ですので、よろしかったら教えてください。

85 :83 :2000/09/09(土) 17:54
いえね、私も大した知識はないんですよ。
でも小説の言い回しに、サンカに関する知識があることを
前提にして進めている部分があるように思います。
どの企業が当てはまるかとか、登場人物が誰をモチーフに
しているかとかまでは、私にはわかりません。
ただ、かなりの奨学金をもらっていた人のことなどを聞くに及び、
夢物語ではなさそうに思えています。

86 :割り込みだが :2000/09/12(火) 11:50
日本史板にこういう質問がきてたのでここを紹介しといたので宜しくね。

http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=history&key=968719145&ls=50

87 :名無しさん@1周年 :2000/09/12(火) 22:42
83さん、どうもありがとうございます。
探して読んでみますね!
どもどもっす!

88 :名無しさん@1周年 :2000/09/12(火) 23:57
78さんのレス見て思ったけど、サンカってやっぱり西日本臭いよな〜
隙あらば自分より下の軽蔑の対象を見つけようとしているあたりの
いやらしさが。
東北では例えばマタギはプライドが高くて、周囲の人たちから畏敬の念
で見られていたそうだぞ。
西のほうはそういうおおらかさがなくて、ギスギスしてる。


89 :名無しさん@1周年 :2000/09/14(木) 14:27
またぎは職業集団として考えられたりはしないのでしょうか?
さんかについては確かに西日本にはいたという話が多い。もっと情報下さい。

90 :名無しさんMe :2000/09/14(木) 16:21
無断リンクになっちゃいますが

//www.sysken.or.jp/Ushijima/yamanotami.html#anchor1047296

箕作りの人達について、興味深いことを書いておられます。
個人的には「乞食同然の生活をしているが後の始未も見事、
何の跡も残さずお堂の花も新しく代へてある。」
というくだりが妙に印象に残ってます。



91 :名無しさん@1周年 :2000/09/16(土) 22:21
>90

なかなか面白いweb pageを教えてくださってありがとう!

92 :名無しさん@1周年 :2000/09/21(木) 23:20
オカ板でこんなん発見。
http://piza.2ch.net/test/read.cgi?bbs=occult&key=969258602&ls=50

93 :名無しさん@1周年 :2000/09/22(金) 00:27
そういえば、サンカが使うといわれている文字とインドのサンカリピ文字が似ているという話があったなあ。

94 :サンカすることに意義がある :2000/09/29(金) 13:51
律令体制やその後の支配システムに組み込まれることを拒否した人々、またはシステムから
阻害された人々は多数いる。戦後もいたと言うし、今もいるかも知れない。
それらの人々が半定住、半放浪を続けたとしてもさほど不思議ではない。
サンカと言う民族がいると言うより、それら社会の呪縛から比較的自由な、それが故に貧しい人々を
各地で山人とかサンカとか呼んでいるだろう。



95 :サンカリア :2000/10/05(木) 16:35
一般世間と商売する人のことを「世間師」とか言い、
集落周辺に定住することを「居着く」とか。
イツキって……

96 :天之御名無主 :2000/10/14(土) 14:57
木地師って何ですか?
サンカと関係あるんですか?

97 :サンカ :2000/10/19(木) 10:28
サンカの出てくる小説というと隆慶一朗とか…

98 :酔生夢死ジーモン@アンチ・レイシズム :2000/10/20(金) 20:46
サンカとは無関係だが、平安時代に入り、律令体制が崩壊してくると、
斑田農民から徴兵するのが不可能となったので(また、健児制も
機能しなくなったので)
朝廷―と言うより武官貴族―はそれに代わり、
兵(つわもの)と共に山地狩人(屠児之輩)を
徴兵し始めた。
その前に、地方の国司が、農民反乱や土豪(富豪之輩)の攻撃から身を
守る為の用心棒として、
また、農民からの徴税人として、山地狩人(屠児之輩)を
採用した。
山地狩人も兵(つわもの)も、都の武官貴族(もののふ)―その長は
征夷大将軍―や源氏と主従関係を結ぶようになり、
「中世武士団」を形成していく一翼を担ったそうだ。
また、山地狩人も兵(つわもの)も徴税請負人兼用心棒兼殺し屋(ヒットマン)
、さらに山賊・盗賊であり、肉食を平然とするので、
農民には激しく嫌悪されていたそうです。


99 :天之御名無主 :2000/10/21(土) 07:29
日本原住民としての山人と、職業集団としての山人って別?


100 :名無しさん@1周年:2000/10/28(土) 00:19
サンカの文字って、豊国文字にかなり類似(というかそのもの)しているけど、
このサンカ文字に言及しているのって、ほとんど三角だけですよね?
少なくとも学者関係の著述では文字についての言及がなかったような。
となると三角が学者やマスコミに引き合わせたサンカの人って・・・?

101 :名無しにゃーん:2000/10/29(日) 01:49
少なくとも東京オリンピックの頃(昭和39年)まではごく普通にサンカ(・・多分)
の人いましたよ。
ウナギを獲る竹製の罠とかザルなどを売りに1年に1度、山を下りて来てました。
メジロを捕まえて売るのが本職みたいでいつもトリモチを持っていました。
周りの大人たちは「はなしジジィ」とよんで大変仲良くしてました。「はなし」と
いうのはメジロの方言での呼び名です。
ちなみに場所は鹿児島県の大隈地方です。「はなしジジィ」は桜島方面から
来ると聞いた記憶があります。



102 :腐れ外道:2000/11/04(土) 02:18
サンカについては、現代書館の「マージナル」という季刊誌でかなり詳細に特集されていましたよ。
但し、10号ぐらいでこの本自体が終了しましたが。
五木寛之の「戒厳令の夜」などの小説にも、まつろわぬ人々が登場していましたが、一般人から見れば、
怖くもあるが、憧れる対象でもあるのですな。

103 :キンマンコの真実,,,:2000/11/04(土) 02:20
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=koumei&key=960177839&ls=100

104 :天之御名無主:2000/11/07(火) 01:37
10日発売予定だった現代書館の三角寛選集第1巻
延期になっちゃった・・・。
本当に心配になってきた。

105 :天之御名無主:2000/11/07(火) 01:46
誰か「マージナル」創刊号の三角遺族へのインタビューを
持ってる人います?具体的にどこまでが真実なのかまたは
嘘なのかについて言及してる部分の要約を教えていただけると
有り難いんですが。地元の図書館どこ捜しても「マージナル」
無いんです(笑)。田舎ではやっぱ駄目だわ・・・

106 :天之御名無主:2000/12/02(土) 08:22
このスレ面白いのであげときます。

上のほうで額田や幸田町が話に出ていましたが
愛知県岡崎市ふきんは、ちょうど三河山地から平野への出口(入り口)に
あたるらしく、サンカの一つの拠点にもなっていたと
聞いたことがあります(伝聞推定)。

昭和の時代でも行商人が大勢行き来していて、
そのような人々を専ら泊める宿屋が多数あったとか。
JR岡崎駅前に、なにやら古い一画が残っているのを
見たことがありますが、その名残でしょうか。


107 :PN:2000/12/02(土) 20:10
>105
『マージナル』ですが、ネットで購入できるみたいですよ。
ココ
http://www.gendaishokan.co.jp/C1303101.htm


108 :天之御名無主:2000/12/02(土) 22:36
サンカからちょっと外れるけど「隠れ里伝説」って
平地人が山の民の村へ紛れ込んだ経験が民話化した
ものなのでしょうか

109 :天之御名無主:2000/12/03(日) 01:03
へェ・・・ここじゃサンカ論は「アリ」なんだ。
いや、馬鹿にしてる訳じゃないよ。
オイラもいたんじゃないかって思ってるし。

でも「サンカ論」を挙げるのに最も大きな壁は、
南方熊楠の論だよね?
純粋な学術的興味から聞くけど、皆さんはこれをどう捉えてるの?
昔からオイラ、これについての対抗論を考えてるんだけど・・・


110 :天之御名無主:2001/01/01(月) 15:40
カムイ伝にも出てきたな

111 :名無しさん@1周年:2001/01/01(月) 22:18
>>109
ドキュソな俺にもわかるように解説キボンヌ。
何で「「サンカ論」を挙げるのに最も大きな壁は、
南方熊楠の論」なんだ?
南方熊楠についてはNatur掲載論文数が日本人トップ、
粘菌の研究、少昔年ジャンプに伝記が連載されていた、
ぐらいしか知らん。


112 :奥さまは名無しさん:2001/01/02(火) 03:42
うーんと、ホントにうろ覚えなんだけど、サンカというか漂泊民
というか・・・はどこからやってきたとかいうことで柳田と対立
したことがあったとかそんなのだったような・・・
詳しい方訂正してください。恥ずかしい。思い出せない。

113 :ブライアン:2001/01/02(火) 04:48
ここで見るといいよ。
http://www.kumanolife.com/History/kenshi1.html#Anchorまずはじめに


114 :名無しさん@1周年:2001/01/02(火) 07:55
>113
読みました。なるほどよくわかりました。
しかし、肝心の南方熊楠のことが書いてない。
なにかこのほかに資料をご存じですか?

115 :天之御名無主:2001/01/02(火) 08:32
http://www15.tok2.com/home/lycos/top.html

際殿関連情報掲載中

116 :天之御名無主:2001/01/02(火) 23:52
>113

そこのHPの掲示板読んだら驚いた。

117 :ブライアン:2001/01/03(水) 00:27
すごいでしょ?ここ。
かなりまじめにとりくんでるよ。

118 :109:2001/01/03(水) 02:12
昔から日本では山に住むサンカの存在が語られてきた。
で、それを学問として追求したのが、日本民俗学の祖といわれる
柳田国男。柳田は「山人論」を展開し、サンカの存在とその民俗につい
て研究してた。

ところが、民族学者としても名高い南方熊楠はこれに真っ向から反発。
柳田に送った書簡の中では、「アンタの言ってる山人論は、別に山人と
して独自の民族がいるわけでなく、ただ何らかの事情でやむを得ず山に
入った人々を山人と言っているだけのことだ」としたわけ。
つまり南方は、サンカをただの乞食と同じとしたんだな。栄養も無いか
ら背丈も低く、髪も抜け落ちるから別の民族に見えただけだ、と。

なんとか山人論を確立しようとした柳田は、昭和9年より弟子達と共に
サンカの足跡をたどる全国山村調査に乗り出したが、サンカの物と思わ
れる痕跡を一切発見できなかった。
で、それ以降は柳田もまったく山人について触れることはなく、南方の
論が全国的にも確立した・・・というわけ。

簡単に書いたけど、こんなところ。


119 :天之御名無主:2001/01/03(水) 04:26
確立してないんじゃ?柳田が「常民」に逃げて、
南方は忘れられて、そのままという感じでは?
漂泊民集団が西日本周辺を周回してたのは痕跡に
入らないのかな?

120 :公威:2001/01/12(金) 03:57
村という形態を取っているが同一性ばかりの村は、村ではない。
これが、サンカ部落。
芸能界、学者、金融、建設業は、サンカの牙城
竹細工等の郷土工芸品はサンカの独占
人間国宝は、限定職業で、サンカとは別、歌舞伎は非人
リクルート事件はサンカ狩り
建設疑惑もサンカ狩り
怪人21面相事件もサンカ同士の内ゲバ
サンカの大本は米国に下り、出っ歯でめがねの日本人像はサンカの特徴
二世部隊が活躍したのは元々反日的だから
書きすぎた!

121 :公威:2001/01/12(金) 04:11
柳田国男は折口信夫との男色関係を脅されて書かなかっただけ!
三角某も金をタップリ貰い誤魔化した!
八切某も取次店に圧力がかかり、倒産した!
吾郷某は、既存の本を集めて、細々儲けている!

122 :天之御名無主:2001/01/12(金) 13:01
年末にウラジロや七五三縄を売り出す屋台が
出てたんですが、いわゆるテキ屋さんたちは
どうなのですか。

123 :公威:2001/01/12(金) 15:17
ヤクザは被差別部落、在日、サンカの混成部隊
テキ屋さんも現在では、混成で、断言できませんね。
縄は元々非人の限定職業でしょう。

124 :天之御名無主:2001/01/12(金) 15:31
大江が地元の四国の山の民の話を昔よく題材にして
ましたね。

125 :公威:2001/01/12(金) 16:31
親の因果が子に報いとは、言いも言ったり!

126 :名無しさん@そうだ選挙にいこう:2001/01/15(月) 01:57
上のほうでもすこしでてきている大塚英志原作の『北神伝奇』を読んでみたのですが
これにでてくる『山人』って「サンカ」とよむのか「さんじん」と読むのが正しいんですか?
それと、この本の内容で、日本人の祖先は南方のどこぞの大陸(ムー大陸?)から漂着した民族で
山人という先住民族がそのまえからいたとか柳田國男が唱えたとでてくるのですが、
じっさいどこまでが柳田が実際唱えた説とかどこまでが実際の内容かとかわからなくなってしましました

127 :名無しさん@1周年:2001/01/16(火) 13:41
柳田は後になってサンカについては否定論に変わったのではなかったでしょうか?

128 :名無しさん@1周年:2001/01/18(木) 19:10
ようやく三角寛サンカ選集第一巻『山窩物語』を読みましたっす。
かなりアヤシイ。取材記など、かなり脚色されているようで、
読み物としては面白いですが、どこまで本当なのやら判断がつきませんでした。

129 :八切止夫:2001/01/18(木) 20:31
三角?
そんな本私の著作に比べたら、話にならん。
サンカの歴史を読みたまえ。

130 :名無しさん@1周年:2001/01/18(木) 20:49
>>129
書名、出版社、ISBN教えて。買うから

131 :129:2001/01/19(金) 01:23
著者破産、死亡の為すべて絶版。
古書価格暴利増加中・・・・・
駄本もあるのでつかまされないで欲しい。
私は予言した。三角よりも高くなると。
その時が来たのである。
所々曖昧にしているのは、差障りがあるためである。



132 :天之御名無主:2001/01/22(月) 09:17
>131
あらら。そんな状態なのですか。

今となってはサンカの直接検証はできないでしょうから、
生態(といっては失礼か)の解明は出来ないまま、伝説だけが
一人歩きして行くことになりそうですね。
ああ。なんか悲しいっす。

133 :天之御名無主:2001/01/29(月) 23:20
スレ違いだったらごめんなさい。
五木寛之著「風の大国」に登場するニ上山の山頂で、
なぜか山頂を踏むのにお金を徴収している人がいるそうです。
これもサンカの末裔なのでしょうか?

134 :八切止夫 :2001/01/30(火) 02:23
左様。
サンカの大本はアメリカにいそうだ。
五木とは、サンカの居付きの意で、
ダムに沈められた「五木の子守唄」もサンカ村。
商売のことしか考えぬ、パクリ屋の吾郷の本は、信じてはなりません。


135 :どきどき名無しさん:2001/02/09(金) 11:48
佐治はどうよ?

136 :八切止夫 :2001/02/09(金) 22:20
佐治は、私が著作権を放棄していることを良い事にバクリまくりのようだな。
吾郷、鹿島に比べれば、マシじゃろうが、商売気を出しすぎている。
でも売れていないがな。

連中の本を読むなら「カムイ伝」の方がマシじゃ。

137 :四角 寛:2001/02/10(土) 22:26
三角寛のサンカ小説、なかなか面白いでしょう。
内容が『かなりアヤシイ』?
そんなこと三浦寛子の『父・三角寛』を読めばわかるでしょう。
人間性と著作物の出来は違うんだから。
アッ、本題はサンカの存在性か?どうなんだろうか、長年、
農業普及改良所長を務めていて、農山村社会に造詣の深かった義父に
以前質問したら、話は聞いたことはあるが、実際に会ったことも見た
こともないという回答だったが・・・・・。

138 :すんげー遅レス:2001/02/21(水) 03:47
>>126
あの漫画は話半分以下にみといたほうが
いいと思います。
面白いのは間違いないですが。

139 :天之御名無主:2001/02/25(日) 07:21
肥後の石工はどうなんでしょう。
日本中の石橋(石垣も結構作ってる)つくって、山の中で牛飼ってた。
なんで、木の文化の日本で
石による建築技術を持つ集団がいたのかって気になりません?

140 :名無しさん@そうだ選挙にいこう:2001/02/26(月) 03:37
郷土研究社の『山の人生』初版って貴重?大正15年出版のやつなんだけど・・・
いくらくらいで買えるかな?

141 :天之御名無主:2001/02/26(月) 13:05
>106
徳川家の先祖も山奥の松平郷から岡崎までおりてきています。

142 :天之御名無主:2001/02/26(月) 13:11
ちなみに、武田軍団が山から続々とおりてきた時、
その姿をみた平地の人々は震え上がったといいますが、
案外、長野県や山梨県の人間自体が山の民の末裔、または
関係があると考えるのは短絡的でしょうか?


143 :天之御名無主:2001/03/18(日) 01:46
道祖神などと山窩は関係あるのでしょうか…
長野は松浦党の山入りした民族がなかったですか?。
安曇郡とか・・・

144 :天之御名無主:2001/03/21(水) 00:20
松浦とか言い出したら、
某県には、山の中なのに「船坂」という地名が一杯あるけど、
関係を疑りたくなる!

145 :どきどき名無しさん:2001/03/28(水) 00:38
内陸部の安曇は阿曇水軍が船底塗料の鉱物採取で地名が残ったのでは?

146 :世界@名無史さん:2001/04/09(月) 03:58
「サンカ社会の研究」発売あげ

147 :天之御名無主:2001/04/20(金) 09:15
私も三角説などにひかれた口ですが、
最近では江戸後期以降の流民だと思ってます。
近代化の波からはじき出された人々が、山で集団化したなどと。
自らの素性を古く尊く見せかける「口伝」ってのは、よくあることですからね。

マタギのように縄文語を伝えているわけでもないし、木地師のように墓が残っているわけでもない。
さほど古い発生とは思えない。

148 :理解できない。:2001/04/20(金) 17:32
信濃はどちらかというと海の民の末裔らしい。

149 :あるケミストさん:2001/04/29(日) 19:36
>>147
私も147さんの意見に同意です。

上記(うえつふみ)が最初に世に出たのって何時頃でしたっけ?
天保くらい? そのあたりに組織化したのではないかと思うです。

150 :名無しさん:2001/04/30(月) 07:02
『サンカ社会の研究』が再発された理由は、ほかでもなく、三角寛の遺族が経済的に逼迫しているからでしょう。すこしでもお金(印税)が欲しかった。

三角は、朝日新聞を辞めて著述業に転進しますが、太平洋戦争後、著述も辞めて「人世坐(人生坐)」の経営に専念するようになった、ということは知られています。ここが立てた映画館が「文芸坐」(池袋ビックカメラ裏)です。
(三角が生きていた頃に人世坐は閉館し、)三角の死後は三浦大四郎氏(三浦寛子の夫。ということは三角家の婿)が「文芸坐」の経営にあたります。
http://members.tripod.co.jp/Accord/BIGLOBE/SANKA/nip08382.htm
(『マージナル』1号4ページ以下参照)
が、(マージナルの発売以後ですが)「文芸坐」と「三浦氏」は以下のような運命をたどるのです。

1997年3月6〜7日 「文芸坐」が休館
         土地建物を在日韓国人の企業(MARUHAN CORPOLATION)に売却
1997年9月9日  三浦寛子死亡
1997年10月20日 三角寛の遺産「文芸坐」倒産
2000年     三浦大四郎逮捕
2001年03月15日  三浦大四郎に有罪判決。懲役1年、罰金2200万円(執行猶予つき)
http://saki.2ch.net/news/kako/963/963396377.html
逮捕の理由は「脱税」。文芸坐の土地建物をMARUHANに売ったときの所得を脱税したというものですが。
この際に「脱税工作」を指示していた税理士もどき(もぐりの無資格税理士)のグループが「ネオギルド」というグループで、政界・官界・芸能界を巻き込む大スキャンダルに発展しました。
http://www.kinyuu.co.jp/news/uwasin0004.htm
(わかっているだけでも、ネオギルドは、複数の自民党議員秘書に計3400万円を渡したほか、大蔵省幹部にも200万円の資金を提供していた)
(また、ネオギルドの客には「鈴木あみ所属の芸能事務所」もあり、この社長も三浦大四郎とともに逮捕されています。社長逮捕が、「鈴木あみ引退・芸能界追放?」の直接の原因となっています)
http://216.218.132.100/news/kako/983/983989313.html

ちなみにネオギルドの社長の苗字は「木下」。そしてネオギルドは日本の支配層に見えない裏のネットワークを張り巡らせていたこと。また、三浦氏は(日本ではマジョリティではない)韓国企業に土地建物を売ってお金を調達したことなど、三角のバックボーンを考える上で非常に示唆的だと思います(なお、MARUHAN自体は非常に良い会社です。渋谷のone-oh-nineの有名なオシャレなパチンコ屋さんがMARUHANです)。
とすると、三角の子である三浦大四郎・三浦寛子両氏が三角の著作の復刊に反対しつづけたのはやっぱり自身のルーツをあからさまにされるのを避けたいと思っていたからかも…。上で書いたことと矛盾しますが。

151 :天之御名無主:2001/04/30(月) 12:39
どこかの銀行の社章が箕に似てた。あそこ潰れた?
>>150
>ネオギルドの社長の苗字は「木下」
木下藤吉郎が山窩だと言うね。
三角は親が山窩じゃなかった?

広義の山の民と正真正銘の山窩の違い、全然わからん。
山窩は総人口数千万とも言う。もう何がなんだか。
めんどくさいから、藤原家以外は被差別民でOK?

152 :天之御名無主:2001/04/30(月) 15:27
>>151
http://asyura.addr.com/sora/bd3/msg/544.html

153 :天之御名無主:2001/04/30(月) 19:20
>152
これ?
http://www.tokyosowabank.co.jp/images/hlogo.gif
たしかに竹を編んだように見えなくもないね。

154 :参考スレ:2001/05/01(火) 05:57
ネオギルド関連。
http://saki.2ch.net/test/read.cgi?bbs=news&key=988647748

155 :147:2001/05/01(火) 14:04
菊池山哉なんか読むと、サンカを古代エミシ出自として扱ってるなあ。
自らサンカ出身と名乗っていた八切止夫は、どうも山哉説をだいぶトレースして、
なおかち自分流にハチャメチャ化しているみたい。
八切説の胡散臭さが、山哉説にまでドロを塗ってるのはいやだなあ。

中世の箕作り、山の民と、江戸期以降のサンカには、確かに伝承や社会組織などの連続性が
あるのでしょう。だからと言ってサンカが古代民族とは限らない。
独特のサンカ言葉も、「業界用語」ととれなくもないし。
マタギ語と縄文ないしアイヌ語の関連ぐらいのものが、サンカ語と古代語にあるのだろうか。

誰か知らない?

156 :名無しさん@おなかいっぱい:2001/05/02(水) 01:58
山の民かどうか知らないけど、竹とか木の枝で作った
家のようなものに住んでる人がいました。山の中にです。
ひとつ気になるのが、彼がコンビニの袋を持ってたの
でただの浮浪者かも知れません。

157 :日本@名無史さん:2001/05/02(水) 02:12
海民っていうのは何なんでしょう?山窩ほど注目はされてないけど。

158 :天之御名無主:2001/05/02(水) 03:08
>>155
八切という姓が江戸期の被差別民の名前(通称?)だとか。
三角にしろ八切にしろ、自分の先祖の口伝を元に書いてる。

>>156
荒川中流河川敷で見た。自転車で散策中、獣道ぐらいの細い道を見つけて
茂みの中に入っていくと、テントぐらいのが。でも多分浮浪者。

>>157
海賊?

159 :155:2001/05/02(水) 09:25
マタギに聞くことを「またぎき」と言う。

どっかに西垣内と言う希名の弁護士が、八切先生について書いていて笑った。
何故か実家に、著作をお送りいただいていたことを憶えている。
生前お会いしたかったなあ。

三十パーセントぐらいホンマと思うけど、やっぱりとんでも。
山の民についてはやはり、三角説を批判的に取り扱ったほうがいいのでは?
批評社の本はおもろいけど高いなあ。なんとかならんか。

160 :天之御名無主:2001/05/09(水) 00:26
漫画家の水木しげるが戦地からもどってきた後の話が気になってます。
復員組数人で共同生活していたときのこと、
部屋の隅にいつのまにか竹のざる(籠だったっけ?)が積んであって
それを売り歩いてしばらくしのいだとのこと。
売ったざるは補充されてたとのこと。
仲間内の1人がサンカの相互扶助のネットに支えられてたのかもしれません。


161 :困った子たちだね。:2001/05/09(水) 02:02
三角寛のサンカ論はデタラメばかり。実際のサンカとはまったく別。信じちゃだめだって。

柳田の「山人」は民話上のもので現実に存在していたとは考えられない。
これは柳田本人も認めたこと。

それと「きこり」とか「またぎ」とかの山岳住民は昔から存在してるが、
サンカは厳密にいうと純粋な山岳民じゃないんだよ。

162 :山野タミ:2001/05/09(水) 09:30
公園にいるホームレスが「定住」して独特の社会組織を作り、それなりの職能を
発展させれば、100年ぐらいして「草の民」とか呼ばれないかな。
独自の伝承を発達されて、
「俺達は明治政府に追われ、人里を捨てた武士の子孫だむとか言いだしたりして。

163 :天之御名無主:2001/05/09(水) 10:31
>>157
よく言われる「海民」ってのは、古代に、漁労を主生業にしてた(と思われる)部族の総称、でよいと思います。

塩焼きが生業なこともあります。海女を抱えた部族は海民とみなされますよね。

塩とか海産物をヤマト朝廷に朝貢してた、またはすることを強制されてた部族、または氏族ね。
古代の話なので、サンカのような注目のされ方はしないと思います。

ついでだから
>>96
木地師ってのは、轆轤や漆を使って、もっぱら生活民具を作製してた職能民、及び職能民集団のことです。
こっちは職能民集団としての実在、少なくとも中世までは史料でも確認されます。

半定住で、拠点をローテーションで巡回してった、って考えられてるけど。その辺はわたしあまり詳しく知りません。
サンカとの関係も不明。
総称としての「山人」の一派とはみなしてもよいのかもしれません(ちょっと自信ない)。

伝奇ロマン的な話題としては、鎌倉時代に北条氏と関係した木地師集団が、伝承上の風魔(忍者譚のアレね)のルーツ、って説を唱えてる人もいます。
まぁ、こっちはおもしろいお話に、そーゆーのもあるよ、ってことで(ワラ

164 :天之御名無主:2001/05/15(火) 17:44
思い出せば私が小学生の頃(25年位前)、下校時に校門前でゴザ敷いて竹細工で
笛やら紙鉄砲やら弓矢とかをその場でそれは見事に作って売ってたのはサンカなのか?
その作った玩具の扱いも極めて巧かった。いつ頃か見なくなったなあ・・・。

165 :天之御名無主:2001/05/17(木) 00:48
九州の田舎生まれの叔父が、現在の朝倉ダムの下あたりは
かつて「サンガ」のテントがいつでも見られたといっていた。
昭和10〜20年ごろのことではないか。

166 :天之御名無主:2001/05/17(木) 09:50
サンカと山科,関係ある?

167 :天之御名無主:2001/05/18(金) 21:53
tabunn,nai.

168 :161:2001/05/19(土) 06:14
だからさあ、>>164でいってるようなのが“ほんとの”サンカなんだよ。

169 :164:2001/05/21(月) 13:15
ちなみにそのオジサンだけど歳は4・50、顔は日に焼けて浅黒く、服装は作業着っぽい?
まあ洋服です。言葉は日本語、どう見ても一癖ありそうな御方でありました。
あの即売?風景をもう一度見てみたいもんです。

170 : :2001/05/22(火) 04:10
じゃあ、サンカって別に神秘的な人達じゃなくて、
道端でアクセサリー売ってる怪しい外人みたいな存在だったってことでいいの?

171 :天之御名無主:2001/05/22(火) 07:08
実際の所はわからん。
しかし>>164はサンカ生活の一風景ということであって全てではないということだな。

172 :日本@名無史さん:2001/05/22(火) 09:19
>>170
そんな感じですよね

173 :天之御名無主:2001/05/22(火) 09:21
今のフリーターとかもあんまし税金とか納めてないやつとか
多いし、戦前だったらサンカのように思われるんじゃないのか?

174 :天之御名無主:2001/05/22(火) 11:44
全く違うって

175 :一等陸尉:2001/05/22(火) 11:58
山窩 が 現在の日本でなにをしているか御存知かな?

皆さんホテルにお住まいなんですよ。

176 :天之御名無主:2001/05/22(火) 13:56
何処のホテル?

177 :一等陸尉:2001/05/22(火) 15:37
既に御存知では?

178 :天之御名無主:2001/05/23(水) 00:10
わからん第三者もいるので教えてください。
そういや東京相銀の長田一族は〇サンホテルに金出してたなあ。

179 :一等陸尉:2001/05/23(水) 09:19
それは、お金の組織的な流れのことでしょう。
まっそれはそれで興味深いところですが。

私どもは、一部の「元山窩」の幹部/専門用語は使用しない
の、資金力と組織力に関心を持っております。

具体的なホテル名など出したところで無意味でしょう。
同一ホテルに定住してるとは限らないから。

180 :天之御名無主:2001/05/25(金) 09:02
>>179
ホテルって素直にホテルと受け取っていいのかなあ?
なんでまたホテルなの?

181 :天之御名無主:2001/05/25(金) 10:53
定住の地を持たない。
お金に困らない。
身を隠し易い。

182 :名無しさんの主張:2001/05/25(金) 12:53
この間二子玉川の高島屋の紀伊国屋書店でサンカの本見たよ。
写真が沢山付いていたんでサンカがどんな民族か分かったんだけど
アイヌとはまた違うような顔立ちだったよ。どっちかって言えば
モンゴル人のような感じだった。日本の祖先がモンゴル人だって
いう説を裏ずけるような顔してたな。女の人はみんな色じろで
スタイルも昔の人にしては良くて結構きれいだったなあ。
なんかテントみたいなの張ってアマゾンの部族のような暮らしをしていたよ。
多分あれは日本人の原型だろうと思うよ。アイヌはアイヌで原日本人とは
違うと思う。縄文人がモンゴロイドだっていうのは100%間違いない
だろう。文字なんかの写真もあったんだけど、まんま象形文字だよ。
サンカが日本の何処に分布してるか書いた地図もあった。
多分サンカの人達は今の日本人に溶け込んでるからほとんど消滅してるん
じゃないかな〜?本物のサンカなんてもう一人もいないんじゃ・・・
サンカの一人が皇學館で勉強してる写真みて、「ああ、これじゃどんどん
サンカは普通の生活に取り込まれて民族自体消滅してしまっただろうな〜」
って思ったよ。

183 :天之御名無主:2001/05/25(金) 18:17
表面上の組織体が消滅した

というのが正しい。

184 :天之御名無主:2001/05/28(月) 08:07
全く同意

185 :天之御名無主:2001/05/30(水) 15:13
竹細工作るのが商売ならサンカなの?

186 :天之御名無主:2001/05/30(水) 15:42
んなワケねーよ。

187 :天之御名無主:2001/06/03(日) 01:53
小泉がサンカって本当?

アブナイネタ掲示板への倉田さんの投稿より

「小泉首相はサンカ出身、サンカと客家は酷似する」
という内容で、宇野正美氏が講演を行います。
東京は、
6月19日18:00 JAビル9階ホール 2100円、予約不要

大阪の日程は、お問い合せ下さい。
0795−52−7082リバティ情報研究所

「石笛」22号も発売してます。
特集 闇鬼魍魎
日本秘史関連です。

tp://www.tcup3.com/cgi-localbin/315/himitsu.cgi

188 :天之御名無主:2001/06/03(日) 03:00
小泉純一郎さん、田中真紀子さんのルーツはともにサンカで、だから彼らは仲が良いそうです。

あの血筋の末裔の小泉さんの「天下盗り」は、豊臣秀吉太政大臣、田中角栄内閣総理大臣に続く快挙といわねばなりません。

189 :天之御名無主:2001/06/03(日) 04:23
ひょえー、角栄以来かー。

○ウムと山口敏夫の関係も、なんか匂わせるんだけど
あれはどうなんだろ?何年来の疑問。

190 :天之御名無主:2001/06/03(日) 13:48
よくわからんが
山人のことかしら
飛鳥時代にはもういたよ
朝廷権力に属さない、山に居住する一族
朝廷に従わず独自の政治を行っていたため(当然文化も異なる)
狩られたりしてたような
戦後にもいたなんて初耳だ
サンカの子孫ってのならわかるが
サンカそのものはかなーり古い時代になくなってなかった?

191 :天之御名無主:2001/06/04(月) 07:46
このスレを熟読してください

192 :天之御名無主:2001/06/05(火) 00:20
鹿島昇氏が亡くなったそう。いや、山の民には直接関係ないけど・・・
なんか寂しくなっちゃったよ。

ttp://www.pavc.ne.jp/~ryu/wjn/13/186-1.html

193 :天之御名無主:2001/06/05(火) 13:00
オツ邯ハ。ヨソョヌサ。ラ、テ、ニ、オ、セ、ォ、キウ靂、キ、ス、ヲ、タ、テ、ソ、ヘ

194 :天之御名無主:2001/06/05(火) 13:28
サンカ、なんかよく解らないけど・・・
かぐや姫のおじいさん、竹取の翁をイメージしました。
山に住む放浪者(もしくはバラックに住む)で合っているのですか?

195 :天之御名無主:2001/06/06(水) 00:32
竹取の翁 = サンカ で よろしいんじゃないですか。

196 :天之御名無主:2001/06/06(水) 11:10
宇野正美は「トンデモ本の世界」に取り上げられた人だから信用できないと思うぞ。

197 :天之御名無主:2001/06/06(水) 15:48
>>192
お知らせありがとう。知らなかった。
最晩年の『裏切られた三人の天皇』
女子高生が寝ころんで読み出しのに、急に座り直して
居ずまいを正して読み始めたという話がどこかにありましたね。
論の当否については人それぞれでしょうが、その命がけのド迫力。
ご冥福を祈ります。

198 :日本@名無史さん:2001/06/07(木) 23:30
>>192
新国民社って鹿島さんの会社だったのか・・・。
納得。

199 :天之御名無主:2001/06/09(土) 18:11
オカ板の某スレで見た「天狗新聞」ってのはもしかするとこういう人たちの連絡手段だったのかな?


200 :天之御名無主:2001/06/12(火) 23:51
と学会は左翼と売れない作家です。
志茂田かげき氏にも嫉妬して噛み付いています。
御注意を。

201 :天之御名無主:2001/06/13(水) 06:45
と学会に噛みつくやつってさ…(言わんとこっと)

>志茂田かげき氏にも嫉妬
んなやつぁいるわけがない。つーか、あんなもんに「氏」つけるか?

202 :天之御名無主:2001/06/15(金) 11:19
と学会age!

203 :天之御名無主 :2001/06/15(金) 13:40
 あまり詳しくは言えませんが、父の代まで全国
回っていました。父はサンカを生業としていた訳
ではありませんが、過去の風習に従い転々として
いました。そして母と出会った地に定住しました。
今でもテレビなどで、どの地方が放映されても
懐かしがってます。
父の兄弟もまた、全国に分散しております。
 数年前、なぜか全然縁のなさそうな地方に新しく
墓を建立しました。一度だけ行った事がありますが
随分山の中にあり、そして交通手段の乏しいところです。
老後、または死後に一族はみなその土地に戻って行くのです。


204 :国やぶれてサンカあり。違うなあ。:2001/06/15(金) 14:13
こんなのありました。

http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=min&key=991634884&ls=50

3 名前:酸化に会いたい。名古屋人。 投稿日:2001/06/13(水) 18:07
賛歌みたいな人の噂を聞きました。
全然関係ない話ですが、聞いてください。
鈴鹿市北部に、四日市市と境を接する町で国分町と言うところがあります。
ここに十年以上も前から、ビニールテントを張って住んでいる一人の老人がいます。
彼は日雇い労働者ですが、竹篭細工が得意で、数千円で近所の人に作ってあげてるそうです。
噂ですが、かなり確かです。
詳しいことは、国分町の田中理容店の店主さんに聞いてください。
店に竹細工があります。
ーーーーーーーーーーーーー以上ーーーーーーーーーーーーーー

どなたか近所のかた調査お願いしまし、たいです。

サンカって私自身は、人ずての話しか聞いたこと無いんです。
太平洋戦争中も、戸籍がなかったんで徴兵されなかったとか。
その他、不思議な魅力を秘めた人々のように思います。

205 :百太郎:2001/06/15(金) 21:49
三重県ってサンカのメッカなのね。

地名に「安」「昼」「光」等が付く所ってサンカに関係ありという噂。

三重県北部にある藤原町ってサンカゆかりの町みたいね。
藤原氏と関係あるの?

206 :大阪@名無史さん:2001/06/16(土) 08:08
調査頼む、近い人>>204
情報確かなら、俺も会いに行きたい。

207 :天之御名無主 :2001/06/16(土) 08:12
サンカは朝鮮起源です。

208 :天之御名無主:2001/06/18(月) 14:22
ウリナラage

209 :天之御名無主:2001/06/18(月) 18:49
インドじゃないの?
サンカリピ文字

210 :天之御名無主:2001/06/22(金) 08:23
は?

211 :縄文の血:2001/06/22(金) 15:26
三重県菰野町田光。タビカと読む。

212 :鹿児島県人。:2001/06/23(土) 08:35
そこに酸化が居たのか?。

213 :天之御名無主:2001/06/27(水) 09:46
山幸彦age

214 :天之御名無主:2001/07/03(火) 22:08
ん? 今、来週のNHKのプロジェクトX「白神の森を守った・・・」の予告で
山の民がうんたらかんたらと言ってましたね。
サンカというかマタギのことだと思いますが、ちょっと見てみたいですね

215 :天之御名無主:2001/07/04(水) 00:06
それと遅レスで恐縮ですが、竹取の翁とサンカについて、
岩波新書の『竹の民族誌 - 日本文化の真相を探る -』 沖浦和光 著
(ISBN4-00-430187-4)に、結構まともな考察がのってましたので、
参考にしてみてはいかがでしょうか?
この沖浦氏というのは、東京大学の方のようですが、部落問題とかの方が
専門なんですかね。
氏の著作読んだことがある方がいたら感想希望。

216 :ぃιヵヮ っょι:2001/07/04(水) 00:41
Dark Side Japan 8月号
読んだー?? ヽ(´∀`)ノ

217 :天之御名無主:2001/07/04(水) 02:27
なんか美少女とかそういう方向に行くのは
三角寛的だしなあ・・・とか思って
立ち読みしませんでした。反省。

218 :天之御名無主:2001/07/09(月) 01:35
age。

219 :天之御名無主:2001/07/09(月) 22:34
三重県は私の出身地です。
インディアン風のいでたちの人が
私の家に竹細工を売りにきたこともあります。
オヤジが適当に断ってたみたいだけど、
着てる服の生地も独特だったような・・・・。
ひっそり暮らしている人をそっとしておいてあげたいので
詳しい地名はいわないが、
夕闇に山へむかって帰る彼らに(といっても人数少なくて
単独行動、2,3回しかみたことない)
消防の俺もなんかロマンを感じたな。

220 :天之御名無主:2001/07/11(水) 12:07
>>214
>NHKのプロジェクトX「白神の森を守った・・・」の予告で
マタギが出てましたね。
雪山を滑り降りるシーンとか…映像で見るとやっぱスゴイや。

221 :天之御名無主:2001/07/11(水) 14:23
>>220
見た。山の民と川の民。いいなあ・・・。

222 :天之御名無主:2001/08/03(金) 13:13
昨日の毎日新聞朝刊で五木寛之氏の記事があってサンカについて少し語ってたね。

223 :天之御名無主:2001/08/03(金) 22:11
>>222さん
どんな内容だったか教えて下さい。お願いします〜。

224 :天之御名無主:2001/08/05(日) 07:04
>>222さん
どんな内容だったか教えて下さい。お願いします〜。

225 :っっ:2001/08/16(木) 18:10
>215
でてすぐのころざっとよみました。あまり覚えていませんが。
沖浦氏は東大時代は(草創期)全学連の幹部ですよ
以後桃山学院大学教授として主に部落問題に取り組まれたようですが,わたしも部落がらみの面から「竹の民俗誌」を手に取りましたから
東南アジアでは竹には超常的な力があるような話から,コノハナノサクヤヒメの話,竹取の翁の話
そして部落の方で先祖がサンカから竹細工を教わったという現代の竹取の翁の話
そういえばかぐやひめは(コノハナノ)サクヤヒメから来ているんでしょうね?

226 :えっと、、、:2001/08/17(金) 00:37
宮沢賢治の作品には、よく「やまおとこ」が出てきますよね。
金色の目玉をしてるとか、山の中を凄い速さで駆け抜けるとか。

「やまおとこ」もサンカと考えてもいいものでしょうか?
それともまったくのべつもの?

227 :ひでよし:01/09/07 09:27
以前吉野地方の林業地帯で、昔は山の上のほうの木は木地師のために
残しておいたという話を聞いたことがあります

山人と里人の関係についてのいい資料だと思います

228 :天之御名無主:01/11/02 00:07
『山の人生』を書いた時点での柳田國男は、
山人の現存を信じていたんでしょうか?
また、異種族としての山人の起源を、
歴史的な事実だと考えていたんでしょうか?

229 :天之御名無主:01/11/02 02:50
>>228
柳田は最期まで山人の存在を信じていたらしいという説も。
日本の先住民=山人?

230 :ヴァンドール皇帝:01/11/08 10:59
俺は所謂“山の民”について何か憧れのようなものを抱いている。自然と共に生きる、これほど
素晴らしいことがあるだろうか

231 :天之御名無主:01/11/08 23:58
キジシの子孫ですが、おじいちゃんが金山でコキつかわれて40で死にました。

232 :天之御名無主:01/11/25 21:53
ところで「〜倉(蔵、椋)」は木地師の苗字であると死んだジイさん
(大工)が言ってました。

>>175はそのこと?

因みに私の苗字はX倉で、祖先は木地師です

233 :天之御名無主:01/11/25 23:39
柳田は存在を信じていたどころか、自分はその末裔だと
信じてたはずだけど

234 :天之御名無主:02/01/22 20:16
そうなんだ

235 :天之御名無主:02/01/28 17:15
山姥とかとはカテゴリー違うんでしょうか?

236 :天之御名無主:02/01/28 21:37
滋賀県にある小椋神社は確か木地師をまつったものでは・・・
筒井さん、小椋さんは私の地方では木地師の子孫といわれてます。

237 :天之御名無主:02/04/09 00:55
age

238 :天之御名無主:02/05/02 16:19
結局、木地師ってどんなかたなんでしょうか?

239 :天之御名無主:02/05/02 17:48
小倉 小椋

240 :天之御名無主:02/05/04 21:43
age


241 :天之御名無主:02/05/05 00:18
>>238
素直に知らないから教えれと言えよ(w
木から椀などを作る流浪の民。

242 :天之御名無主:02/06/16 23:38
保守

243 :天之御名無主:02/08/21 03:38
さらに保守

244 :天之御名無主:02/10/09 18:59
ageときます

245 :天之御名無主:02/10/10 02:13
2年くらい前の雑誌ダークサイドじゃパンの記事はけっこう面白かったです。
でもかなり若者向けにPOPに書いてあった。
記者は杉沢村仕掛人の赤木太陽ですた。

246 :天之御名無主:02/10/20 23:49
仙台の山奥に牡牛一族というヤバイ連中
が今でもいるらしい。

247 :天之御名無主:02/10/21 00:04
ほう!
終に山人の実在が証明されましたね!

248 :天之御名無主:02/11/18 16:12
サンカスレってよく立ってるけど、ここは古いね

249 :天之御名無主:02/12/09 20:28
あげてやるよ

250 :山崎渉:03/01/11 03:12
(^^)

251 :天之御名無主:03/01/13 15:21


252 : :03/03/16 03:49
いいかげんシノガラの事やろうよ。どうしてこうルーツの方にばかり関心が
行ってそれで終わり、になっちゃうの?
少なくともシノガラは三角の妄想じゃないのに。

253 :天之御名無主:03/03/16 10:06
東北にいたマタギは山人ですか?


254 : :03/03/16 10:41
             ∩
        ∧_∧   | |   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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255 :天之御名無主:03/03/16 12:04
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256 :天之御名無主:03/03/16 23:02
>>253
サンカとは関係ないけど、たしかに山人のひとつに入るみたい。



257 : :03/03/30 05:39
沖浦氏よ、シノガラの存在まで虚構にしたいようだが、旧東〇相和銀の
長◯一族について調べたこともないのか?角栄は?小佐野は?旧社会党の田辺は?
あんたこそ実はサンカの存在を歴史から隠してしまいたい勢力の御用学者
なんじゃないのか?

↓ここの
ttp://kintai.hp.infoseek.co.jp/990615.html

「・・・昭和二十五年二月、平和勧業、東京殖産、東京興産の三つの無尽会社が
合同して東京協和殖産無尽株式会社として設立され、翌二十六年十月、相銀法
の制定・施行と共に東京相互銀行となった・・・」

って相互扶助組織が拡大発展していったという例の話そのものじゃないのか?
そしてこの相互銀行こそサンカ逆差別の噂があったところだ。

258 :天之御名無主:03/03/30 05:45
    _,,...,_
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259 :天之御名無主:03/04/01 23:58
age

260 ::03/04/02 17:35
こいつらを
退治せよ!

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261 :天之御名無主:03/04/05 21:05
age

262 :あぼーん:03/04/05 21:40
   ,.´ / Vヽヽ
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    i l l.´ヮ`ノリ <先生!こんなのがありました!
    l く/_只ヽ    
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263 :d:03/04/05 22:04
最新情報です。
甘く見てると痛い目にあう典型みたいなヤツだな。w

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264 :天之御名無主:03/04/05 22:19
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265 :天之御名無主:03/04/15 15:18
川べりといえばつげ義春の紅い花という漫画を思い出した。
女の子が父親とふたりで川べりの小屋に住んでたけど
あれはサンカの話ですか?
あと、やはり川べりに住む女の子が川にとびこんで
イワナかヤマメになってしまう小説があったけど太宰だったかな。

266 :山崎渉:03/04/17 09:22
(^^)

267 :山崎渉:03/04/20 04:54
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

268 :山崎渉:03/05/21 22:45
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―

269 :八切氏:03/05/27 16:18
http://www2.odn.ne.jp/~caj52560/sanka.htm

270 :bloom:03/05/27 16:20
http://homepage.mac.com/ayaya16/

271 :山崎渉:03/05/28 14:50
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

272 :天之御名無主:03/06/08 17:31
>>96木地師はお椀なんかの原型つうか、そういうのを切り出してくる人
たち。仕事上、山の中で長期に渡って生活するわけです。

マタギや木地師は里山踏み越えて異界で生活することもあるくらいの香具師
らだけど、昔は山の中も豊かだったろうから山上生活者がいても不思議では
ないよね。
さすがに遠野物語みたいに青い目をした外人さんとは思えないが。

どうでもいいが、山の人が穀物の味が懐かしくて里に降りてくる系の話は
心からコワイ。

273 :天之御名無主:03/06/26 15:13
あげとく

274 :天之御名無主:03/06/26 16:22
マタギの事?サンカが実在していたかは知らんが、マタギはいる。近所の猟師達。
風習は廃れたから、すでにマタギとは言えないだろうが、まだまだ不可思議な風習を持っている。
場所は、岐阜の飛騨地方
それと、アイヌ=マタギではないみたいだぞ。
交流はあったようだが、習慣も言葉も違うそうだ。和人の狩猟集団みたいだな。
それと、マタギは普段から里に下りてきていた。交易や、害獣駆除などお互いに需要があったからな。

必要以上にマタギ=異邦人と言われたのは、ある種の旅行者なマタギと接触すると、旅行に憧れて村から出ていってしまう子供が出るからだとさ。
だから、交渉は既婚者やムラの役員たちの様に村から逃げる事の無い人間がやってたんだって。

学者が「マタギ=異邦人」を真に受けて、面白おかしく書いた『小説』が『サンカ』って言ってたぞ。

275 :tantei:03/06/26 16:31
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276 :天之御名無主:03/06/26 16:32
食い詰め者や河原者、徴兵逃れが山に入ってきた事も多かったらしい。
人目を避けていた、そう言う連中とマタギがごっちゃになったんじゃないの?

独自の文字っていってたけれど、マタギには文字は無い。使うのは日本語。
目印や宗教的な模様はあるらしいが、隠すようなモンじゃないって。

それと、共通の目印は無いってさ。商売敵にも分るような目印作るはずが無いだろうって。

ただ食い詰めや徴兵逃れとちがって、河原者は古いから、もしかすると秘密の文字を持ってたかもしれないって。
でもせいぜい暗号なんじゃないかって言ってた、昔話の忍者みたいにな。
会話は通じたらしいし、マタギも河原者も符丁は使うけれど、知らない言葉は話してなかったって。

277 :天之御名無主:03/06/26 17:14
>>276
> 商売敵にも分るような目印作るはずが無いだろうって。

マタギが共通の目印を持たない理由としては説得力に欠けるのでは無かろうか。

訪問セールスや新聞の拡張販売員は、敢えて商売敵にも分かる目印を
訪問先玄関の表札やポストに書き入れる習性を持つことがよく知られている。
なぜなら、縄張りや穴場を商売敵に知られるリスクよりも、
お互いに情報を共有することで得られるメリットの方が大きいからだ。

もちろんマタギと訪問セールスは全く違うが、活動単位が個人である点や、
自分の縄張りを持つ点、穴場的な猟場を持つ点など、共通点も多い。

278 :天之御名無主:03/06/26 21:11
>>277
>説得力に欠けるのでは無かろうか
さあ、そこの所は解らないとしか言えない。
なんせ、俺はマタギじゃない。猟では食えない。撃つのも狩るのも好きだけれど、他県に狩りに行った事無い。
だから、他県の符丁や目印がどんな物か、あるのか無いのかも知らない。
いい加減な情報ではあるけれど、そんな話を聞いた事があるというだけ。

279 :山崎 渉:03/07/15 12:33

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

280 :天之御名無主:03/07/20 23:30
代表的な入手容易な文献。
三角寛・サンカ選集 全7巻 2000.11〜 現代書館
http://www.gendaishokan.co.jp/C1303201.htm

281 :天之御名無主:03/07/21 12:13
人気サイト
http://pocket.muvc.net/

282 :天之御名無主:03/07/21 12:51
まだあったのか。このスレ。

283 :恐怖の人種劣等化工作:03/08/04 06:37




毎年、約1万組の日韓結婚。
それに伴なう朝鮮化した混血児。
年間、美しく清らかな日本の新生児約100万人のうち、
毎年、約1〜2万人の新生児に
容赦無く劣等人種の血が流し込まれている。

目的は日本人の朝鮮化(不細工・低脳・犯罪者化)だ。







284 :ゴルビー皿うどん:03/09/22 02:02
サンカってコサックに似ていますね。独自の民族であるようなないような。独自の文化のあるようなないような。
私は一応現代ではどちらもそれぞれ日本人、ロシア人(民族という意味での)のサブグループ程度だと思いますが。
でも中国の回族みたいな例もあるから独自の民族にもなりえるでしょうか。(特にコサックは)

285 :A大学院生:03/09/22 08:34
サンカの研究に関して、最近は学術の領域に既に達しています。
多くのフィールド派の学者が参加されて、それぞれの資料をもとに、
サンカの学的な考察をされてみ得ます。
「歴史民俗学」(批評社)を出している研究学会が、東京にあります。
従来のいい加減な、ライターによるサンカ記述ではない、この学会はかなり、
ハイレベルなサンカ研究論をしてみえます。ご参考にして下さい。

286 :天之御名無主:03/11/19 01:05
うちの父系、室町時代には家紋が梅鉢の変形で金山開発の監督してたらしい。
同姓の本家は柏紋なのに。梅鉢サンカがテクノラートとして取り込まれて
準一門みたいな扱いにしてもらったのかな、と妄想。…ちょっと鬱。

287 :天之御名無主:04/04/14 09:04
サンカの山に近づくと弓で頃されるってほんと?
昔オカ板でみました。

288 :天之御名無主:04/04/14 09:48
都営三田線巣鴨駅の古川和代さん、かわいい。

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