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北海道に昔話なんてあるの?

1 :-:02/07/28 09:41
北海道なんて出来てから100年でしょ?
  昔話なんてアンの?

671 :天之御名無主:04/03/27 02:06
また別の伝説では、北見の北見富士と雄阿寒の山は、ともに雌阿寒の山に恋焦がれておりました。
そしてそれが元で争いとなり、北見富士は雄阿寒に槍を投げつけたものの撥ね返され、
近くの雄阿寒の妾山に当たってしまいました。思いがけぬとばっちりを受けた妾山は
その場を抜け出し、知床半島にまで逃れてそこに鎮まりました。
それが現在の斜里岳、もともとあった場所がリクントの沼です。
このリクント沼のほとりには見事なアイヌ葱の群落がありますが、
これを採りに人間が近寄ると山の魂は昔を思い出して大泣きし、草も腐るばかりに
雨が降るのでこのあたりに近寄ることは堅く戒められておりました。

672 :天之御名無主:04/03/28 01:06
雄阿寒と雌阿寒は夫婦山でしたが、元来は雄阿寒と摩周岳が夫婦でした。
にもかかわらず雄阿寒は、雌阿寒を妾にしたのであります。
そんなあるとき、雄阿寒は友達の斜里岳と弓の腕比べをしました。ところがふとしたことで
流れ矢が本妻である摩周岳の腿を射抜いてしまったのです。
摩周岳は「妾を持った挙句に我を邪魔者あつかいし、こんなことまでするのか」と
悲しみ憤り、はるか国後にまで隠棲してしまいました。摩周岳の麓の赤い岩はそのときの血、
現在の国後の爺々岳が摩周岳の成れの果てです。
それ以来、釧路や阿寒のアイヌが国後に行くと山は昔の恨みで泣き悲しみ、天候が荒れるので、
必ず煙草を捧げて祈ったと申します。

673 :天之御名無主:04/03/30 00:53
その昔、石狩の山の峰続きにニッネヌプリという、魔神の住まう山がありました。
この山の魔神どもはいつも人間界に出没しては不埒な悪事を働いておりましたので、
ついに英雄オタストンクルが退治すべく山に分け入り、六日六晩もの間天地も崩れ落ちるばかりの
凄まじい戦いの末、多くの魔神を退治しました。しかし魔神の頭目との勝敗は容易に決せず、
なおも死闘は続きます。
しかし魔神は次第に劣勢となって峰から峰、川から陸と逃げ隠れておりましたが
そのつど意図も簡単にオタストンクルに発見されてしまう。進退窮まった魔神は
雄阿寒の山に助けを求めたところ、問答無用で雄阿寒に岩の拳骨で殴り倒されました。
そこで今度は雌阿寒の女神に助けを求めたところ、情にもろい雌阿寒はついつい
魔神に同情して、懐に隠してやりました。
しかしこれを知ったオタストンクルは大立腹、魔神を懐から引出して斬首の上、
雌阿寒に呪いをかけたのでした。
これ以来、雌阿寒の山肌は赤ハゲ、山頂からは臭い噴煙と硫黄の膿が出るのです。
コタンの衆も、魔神を殴った雄阿寒には酒を捧げますが、魔神の味方した雌阿寒には一切祈りなどしませぬ。

674 :天之御名無主:04/03/30 01:00
オタストンクルってかわいい響きですね。

675 :天之御名無主:04/03/31 00:45
別の伝説では、雌阿寒に隠れた魔神を追撃したのはオタストンクルではなく、
国々から選ばれた選り抜きの六十人の勇士だとされています。
六十人の戦士は十二日間の激戦の末魔神の手下を全て退治しましたが、その争いで
で戦士たちも傷つき仆れ、その数を十二名に減らしておりました。
結局最後に魔神を倒したのは僅か六名。この六名と他の神から談判をつけられた雌阿寒は
魔神を匿った罪を詫び、薬湯を沸かして斃れた五十四名の勇士を甦らせてあげたということです。
この薬湯が、現在の阿寒の温泉です。
アイヌ達は魔神を匿った雌阿寒を軽蔑して祀りませぬが、阿寒の温泉の薬功を知ってからは
また酒やイナウを捧げるようになったということです。

676 :天之御名無主:04/04/02 01:15
ある時、悪い魔神が雷神カンナカムイに追われ、逃げ回った末に雌阿寒岳に匿ってもらいました。
そこに一年余りも厄介になっておりましたが、いつも雷神カンナカムイが天空を鳴り騒ぎ通りかかるのが
気がかりで逃げ出したところ、目敏く雷神に捕まってしまいましたので雲を被って逃げ、
逃げて逃げて有珠山のところまで来て今度は有珠山に匿ってもらおうとしたところ、
雷神の投げた槍が魔神を掠めて有珠山に突き刺さりました。これが原因で有珠山が噴火したと申します。
辛くも逃げおおせた魔神が、数年後また阿寒に現われ、またしても雷神の追撃を受けました。
魔神は今度は雄阿寒に匿ってもらおうとしましたが、そこの土は石だらけてもぐりこめない。
マゴマゴしているいちに雷神の槍が天空を裂いて飛んでくる!と思ったらまた狙いを
はずし、そばの小山に命中!小山は訳の判らぬまま泣き喚き、そのままその地を
抜け出し、涙の大雨を降らせつつ日本海の方へと飛びさってしましました。
その山が現在の利尻島、山の痕がペンケ沼です。
このドサクサ紛れに、肝心の魔神はどこかへ姿をくらました、ということです。

677 :天之御名無主:04/04/02 10:09
コシャマイン
木と風と火の男 血 トチをふるわせ 風 みなみをめぐる
夕日 芭蕉布をそめ くれない 頭をつつむ

678 :天之御名無主:04/04/02 10:19
>>677
なんでアイヌのコマシャインが沖縄の芭蕉布で頭を包む?
アイヌと琉球を組ませて、大和民族のアンチテーゼにしたがるサヨのようだな。

679 :天之御名無主:04/04/02 12:23
>>678
沖縄料理は昆布をいっぱい使うので有名だろ。
昆布はどっから来てたと思ってるの?
江戸時代以前から交易はあったんだよ。
北海道で遺跡から沖縄産の貝殻が出土してる。
コシャマインが芭蕉布を纏っていたとは思わんが。
(単なるアイヌの英雄マンセーの文に邪推しすぎ)

680 :天之御名無主:04/04/02 12:29
>>678
ああそうだ、お前さん山丹交易って言葉しらないだろ。
アイヌの一部は遠隔商業もやってたんだ。沖縄も東南
アジアまで交易やってたのも学校で習わなかったのか?
日本の高校なら教科書に載ってるぞ。ミンジョク学校
では教えてもらわなかったのかもしれんがな。


681 :天之御名無主:04/04/02 12:45
>678
さよーな者ではありません。「クオンタインとシフク」を読んで
コシャマインを知り、適当に浮かんだ言葉を並べました。


682 :天之御名無主:04/04/02 12:47
じゃあコマシャインが清の官服着ていれば問題ないだろ。
芭蕉布着ているのは大いに問題ありだが。
第一昆布はアイヌが直接沖縄に持ち込んだものではないし。沖縄の貝も
琉球人が直接持ち込んだものと断定できるか?内地を中間点にしたものだろ?

やっぱり逆切れのサヨですかw

683 :天之御名無主:04/04/02 12:58
>677

念のため言うと、北海道には道南の一部を除いて栃の木は自生していないよ。
コマシャインは道南のアイヌだから問題はないけど。

684 :天之御名無主:04/04/02 13:01
コマーシャルのお時間ですが。芭蕉布って薄くてすごくきれいだなというのと
コシャマインはすごいなっというのが組み合ってなんか悪かったなと思います。

685 :天之御名無主:04/04/02 13:06
まあ、芭蕉布もアイヌのアツシ織も、繊維の質に似た所はあるけどね。

686 :天之御名無主:04/04/02 13:09
>683
ありがとうございます。

687 :天之御名無主:04/04/02 15:34
>>682
いや漏れは自民党(と横山ノック)にしか投票したことのないやや右だよ。
蝦夷地と沖縄の間にはペンチャイ(弁天船)という日本の商人が介在して
るんだが、まあ細かいことは省いたんだ。 少し足りなさそうなのに
詳しい説明をするとこんがらがるんじゃないかとね。

688 :天之御名無主:04/04/02 15:37
あ、そうそう、山丹交易をググったらしのは誉めてあげるよ。
えらいえらい。

689 :天之御名無主:04/04/02 16:50
煽り、荒らしはさりげなくスルー。
煽りや荒らしに反応するのも荒らしと同類です。

690 :天之御名無主:04/04/02 22:39
阿寒湖の東に屈斜路湖、さらに東に世界一の40数メートルの透明度を誇る摩周湖があります。
この湖の中心には岩山の小島があり、カムイッシュと呼ばれております。
カムイッシュとは、神のような老婆、という意味。伝説では、その昔道北にいた名高い長が、
騙まし討ちにあって非業の死を遂げました。長の母である老婆は孫息子を連れ、
辛くも逃れましたが、追手の追撃を逃れるうちに大切な孫と生き別れになってしまったのです。
精根尽き果てたまま道東まで逃れ来た老婆は、摩周湖の神に一夜の宿を求めました。
神は哀れに思い快く宿を貸しましたが、老婆はそこに落ち着くなり、疲れのあまり
島になってしまいました。これがカムイッシュの小島です。
それ以来、人間がこのカムイッシュに近寄ると、老婆は孫が来てくれたと勘違いして嬉し泣きするため、
どんな晴天の日でも必ず天候が崩れると申します。

691 :天之御名無主:04/04/04 15:28
また、別の伝説では

十勝の足寄のあたりに、狩人が住んでおりましたがこれが妾を囲い、
本妻を始終責めさいなんでおりました。
本妻はついに耐え切れず、子供をつれて出奔します。女の足で子供をつれ、疲労困憊。
それでも何とか分水嶺を越えて阿寒の地に逃れ、雄阿寒の山頂に登って神に救いを求めました。
しかし雄阿寒の神は「お前が男なら救ってもやるが、女だから出来ない。」とすげない返事。
あきらめて屈斜路湖に出。北岸の藻琴山に救いを求めますが同じ返事。
さらに西の摩周湖を目指すうちに雪が降り出します。それでも何とか摩周岳に上り、
息も絶え絶えに救いを求めるがまたしても同じ返事。
そうこうする内に雪は見る見る降り積もり、本妻は雪の中で瀕死の状態であります。
摩周岳の神は
「このままお前にそこで死なれては、我は頭を上げることが出来ない。この下の湖の主にしてやるがどうか」
本妻は朦朧とした意識の中、「どうにでもしてください」と答えますので
摩周岳は子供を背負ったままの女を摩周湖に投げ入れ、島の姿にしました。
そんなわけで、今でも島に人間が近寄ると、過去の恨みで泣くのであります。

なんとまあ、救いの無い話ではありませんか。

692 :天之御名無主:04/04/06 01:24
確かに救いのない話ですね。
本妻でそうということは、
アイヌ社会は相当の男尊女卑だったんですね。

693 :天之御名無主:04/04/06 08:38
一つの伝承例を社会全体にスーパーインポーズはできないと思うぞー
男尊女卑云々はどこの社会にだって多かれ少なかれあったと思うし。

694 :天之御名無主:04/04/07 01:27
その昔、摩周湖にはとんでもなく巨大なアメマスが棲んでおりました。
ところがある日のこと、このアメマスが湖水を飲みに岸に下りてきた牡鹿を一飲みにしたところが、
鹿の角が腹に刺さってしまいました。そして苦しんで苦しんでのた打ち回った末に死に、
その死体は湖底から地下水脈に乗って西別川源流の湧水に流れて行きましたが、
あまりの大きさゆえに出口に引っかかってしまったのです。そのために出口を失った
摩周の湖水は今にもあふれそう。
それをいち早く発見した郭公鳥の神があちこちのコタンに急を知らせます。
川上のコタンの衆はいち早く安全な高台に非難しましたが、川下のコタンの衆は神の忠告をまるで無視、
そればかりか、湧水に引っかかったアメマスを発見して「これで何人分になるべか!」などと
大喜びして皆で力を合わせ、アメマスを引っこ抜いてしまったのです。
そのとたん溜まりに溜まった摩周の湖水は大決壊、川下の衆も村も全て押し流されてしまいました。
このときの水流で全てのものが押し流され、出来たのが平坦な根釧台地です。
さて、このとき助かった川上の衆は逃げた高台を聖地とし、今でも篤い祈りを
捧げると申します。

695 :天之御名無主:04/04/08 19:57
摩周岳の東にある西別岳は古来、地獄ポクナシリがあると伝えられて恐れられ、
だれも近寄るものが有りませんでした。
ところがある日のこと、山麓の虹別コタンのトスムシという男が山中を歩いておりますと、
向こうから異様な風体の男がやってまいります。奇妙に思って立ち止まりますと、
男はトスムシに「これから二人でポクナシリに行くんだ!」と命令口調で誘います。
「何でそんなところに行くんだ!」とトスムシが狼狽しても男はやはり厳かな口調で先の言を繰り返す。
そうこうしているうちにトスムシは意識が朦朧となり、催眠術をかけられたかのごとく
男の後についていきます。辺りは昼間だと言うのに暗闇に包まれ、鳴き騒いでいた鳥の声虫の声も
ぱったりと止まります。と、突然男はトスムシを縛り上げ、高い木の上に吊るしてしまいました。
意識がはっきりしたトムスシは驚き慌て、もがき、必死に暴れますが山の中で助けは無く、縄は解けない。
疲れたままで意識をまた失い、やがて本当の夜を迎えます。
翌朝、虹別のコタンではトスムシが行方不明というので大騒ぎとなり、山に分け入って木の上で半死半生のトスムシを発見、
漸く助けました。トスムシをさらった男は死神だろう、と言うことになり、
それからは一層この山を恐れるようになったということです。

696 :天之御名無主:04/04/11 01:53
釧路と十勝の間にある白糠。この白糠を流れる音別川の上流にカラマという地名があります。
伝説によればその昔、厚岸アイヌがこの地にやってきて、木を削って魚の形を作り、それに魚の皮を着せて
川に投げ込んで皆で銛で突いて「カラマ カラマ カラマ!」と騒いでいると突如として山津波が発生、皆は
巻き込まれて水死してしまいました。
それ以来、この地に狩りや山菜取りのために野営すると、水中を走る水音、水を汲んで小屋にかける音、
大勢で騒ぐ声、木を伐る音などがして一睡も出来ないと申します。

しかし、筆者はこの伝説の真意がどうしてもわかりません。

697 :天之御名無主:04/04/12 01:00
>>696
霊魂が残って騒いでいるって事ではない?

698 :天之御名無主:04/04/12 01:04
>>697

「カラマ」と叫びながら魚の模型を銛で突く行為の意味が解らないんですよ。

699 :天之御名無主:04/04/12 10:00
何も根拠が無いのですが、アイヌをおびき寄せるための偽餌では無かった
んだろうかと思いました。

700 :天之御名無主:04/04/13 21:13
音別川の支流、尺別川のそのまた支流にパシウシペツという小川がございます。
伝説では、その昔この付近の海上でトドと鯨が争いました。死闘の末に鯨は劣勢となり、
この小川を遡って何を逃れたのはいいものの、あまりにも遡りすぎて身動きが取れなくなり
結局渇きでのた打ち回った末に無残な最期を遂げました。

そのときの悶絶で川の泥が真っ黒、炭の様になったので「パシウシペツ」(炭のある川)
の地名が生まれたのであります。

701 :天之御名無主:04/04/13 23:04
>>699
これのことですね?
ttp://www.tokachi.co.jp/kachi/jour/01.tokachi/9.html
厚岸勢が白糠勢との戦いで似たような計略を用いたという話。
ちなみにkarmaは「チョウザメ」。

702 :天之御名無主:04/04/13 23:38
しかし十勝厚内のオタフンペ伝説は、「厚岸アイヌが白糠アイヌをおびき出すため、砂で鯨を作った」という話だからね。
白糠の相戸ヤエフチが語った音別川のカラマ伝説では、厚岸アイヌ自身が魚の模型を作って銛で突いている。
何でこんなことする必要があったのか?

「こんな訳の解らないことすると、天罰が下りますよ」という戒めの伝説なのかもしれないし。

703 :天之御名無主:04/04/14 14:45
>>702
魚の模型を作って銛で突くのは、豊漁祈願の儀式なんじゃないの?
狩猟民は狩猟の真似事をして獲物が捕れるように願い事をするというのが、世界中に
普遍的にあったように思う
この伝説は、
儀式の途中、水にのまれて多くの者が死んだ
その霊が今も残っている
 という話なのだと思うけど

704 :天之御名無主:04/04/14 19:06
>701
ありがとうございました。実はまったく無知でして勘で書いたのです。
民話のスケールの大きさに感動していつも楽しみに読んでます。

705 :天之御名無主:04/04/14 20:24
白糠町から二キロ西の海岸に、オショロコッという沢がございます。
アイヌ語で「尻の窪み」の意味。
伝説では、その昔オキクルミだかサマイクルの神がこの海岸で鯨を獲って串に刺し、
焚き火で焼いていたところが、鯨油に火が移って大きな炎が立ち上る。
びっくりした神が尻餅ついたので、こんな窪みの沢が出来たと申します。

706 :天之御名無主:04/04/15 20:34
>>703
俺も、豊漁祈願の儀式だと思います。
そして、この話を収録した当時(明治?)には、
儀式の意味が忘れられていたのではないでしょうか?

707 :天之御名無主:04/04/16 20:37
白糠町を流れる庶路川の水源辺りに洞穴がありますが、この穴はあの世の入り口であるとも、
阿寒方面に通じているとも申します。
その昔、二頭の猟犬を連れた狩人が山中で大熊を発見し、犬に追跡させます。すると
熊は例の穴に入り込んだので犬達もそのまま穴に入り込みましたが、一方は阿寒のほうに出、
もう一匹の犬はついに出てきませんでした。
そこでこの穴は内部で二つに分かれ、一方が阿寒に、もう一方があの世に通じているのだろう、
と噂したということです。」

708 :天之御名無主:04/05/01 00:40
白糠と十勝の厚内の中間辺りにオトベという地名があり、そこに砦の址があります。

その昔、この砦は老夫婦が守っておりました。ところがある年のこと、厚岸から来た盗賊団が
砦を攻めるべく、麓にひそかに進軍してまいります。何も知らない婆さんは砦から出て水汲みに河へと降りていきますが、
月明かりで耳飾りが光ったところを目印にされ、哀れにも射殺されてしまいました。
一方、何も知らない爺さんは砦の中で婆さんの帰りを待っておりましたが、おもてが騒がしいので
見てみると、浜に黒い小山のようなものがあり、海鳥が啼き騒いでいる。
「寄り鯨!」爺さんは喜び勇んで飛び出したところが、その山は厚岸勢が作った砂山のまがい物だったので
厚岸勢に射られ、睾丸を裂かれ、川の中に中身が全部流れ出し、それでも音別まで落ち延びたものの
無残な死に方をしました。
しかし砦を落した厚岸勢も凱歌をあげて船で帰る途中、蜂の大群に襲われて刺しに刺され、
この事実を伝えた者以外全員惨死してしまいました。

その後、音別の者達はこの蜂の居た場所を「チノミ」(拝むところ)と呼び、
通る際はいつも木幣を捧げて祈ったと申します。

709 :天之御名無主:04/05/02 23:59
音別と白糠の中間辺りに馬主来(ばしくる)という地名があります。
地名語源はアイヌ語のパシクル(カラス)。
伝説では、此処に住んでいた位の高い神が船で沖を回っていたとき、突然の濃霧で
進路を失い、困り果てておりました。
と、どこからかカラスの声が聞こえてくる。その声を頼りにして漸く着岸出来たので、
この地名がついたと申します。

710 :天之御名無主:04/05/05 00:04
釧路の国と十勝の国の境辺り、十勝浦幌は厚内。
ここにオタフンベ(砂の鯨)の伝説がございます。
その昔、根室は厚岸のアイヌが白糠アイヌを攻め立てたことがありました。
しかしそれに大して白糠アイヌは砦に篭って頑強に抵抗しますので、戦は長引くばかり。
ところがある朝のこと、砦の白糠アイヌがふと浜を見下ろして見ますと渚に黒い小山があり、
海鳥がたかって鳴き騒いでいる。
「すわ寄り鯨!」
白糠アイヌは戦のことも忘れ、喜んで飛び出したところが、これが厚岸アイヌが砂を盛り上げ、
あちこちに魚を仕込んでおいたまがい物。手薄になった砦はあえなく陥落してしまいました。
この戦で白糠の長は音別の辺りで戦死し、その血で川は赤く染まりました。
ここの小川がフレナイ(赤い川)と呼ばれる由縁です。
音別と白糠のあたりで多くの白糠アイヌが戦死し、死体累々。それにカラスが集まって鳴き騒いだので、
馬主来(ぱしくる)の地名がついたとも申します。

711 :天之御名無主:04/05/05 18:53
釧路の国と十勝の国の境辺りにウコタキヌプリという山があり、狩人が猟をする前には
必ずイナウを捧げて祈ります。
ここはユクランケウシヌプリともいい、天界の鹿を司る神が人間のために鹿の入った袋を
降ろした場所と伝えられ、この辺りに特別鹿が多いのはこのためだと申します。
白糠のアイヌは峰続きの石炭岬やサシウシの岬にも酒を捧げ、鹿が降りてくるように
祈願したと申します。

712 :天之御名無主:04/05/09 01:24
十勝の国は十勝川、その支流利別川の上流、大誉地に近いトプシコタンの対岸には
トミルベシベという川があります。
その昔、この川を数え切れないほどの蕗の刃が葉を広げ、上流から一斉に流れてまいりました。
ところがこれが単なる蕗ではなく、分水嶺を越えた北見だかから攻め込んで来た盗賊団が
「水遁の術」よろしく蕗の中空の茎で息をしつつ水中に隠れて川を下る姿だったものですから
コタンは大混乱、あえなく攻め込まれ、全滅してしまいました。
トミルベシベとは「戦の通り道」の意味です。

このコタンの者が姿を隠した洞窟が、今でも残っているとのことです。

713 :天之御名無主:04/05/09 11:29
このスレ丹念に読み返して見たんだが・・・
もしかして>>255>>261は、アイヌの本スレで「例の問題」で最初に騒ぎ立てた人間と
同一人物?

714 :天之御名無主:04/05/09 15:17
>>713
関係ないだろ。
他スレの揉め事を、このスレに持ち込むな。

715 :天之御名無主:04/05/09 19:46
足寄駅そばの利別川河岸の崖にニカルウシピラという崖があります。
ニカルウシピラとは「梯子のある崖」の意味でありますが、その語源伝説。

その昔、此処には砦がありました。さてある年の冬、日高だか厚岸からきた盗賊団が
利別川を遡り、攻め込んできたのであります。折悪しくその時砦に残っていたのは
老人一人のみ。
防ぎようが無いと悟った老人は、葡萄蔓の梯子で砦から脱出し、カンジキを逆さに履いて
追手の目をくらまし、漸くのことで落ち延びました。

この故事からニカルウシピラの地名が生まれたのです。

716 :天之御名無主:04/05/10 20:26
その昔、利別川と足寄川合流点あたりで、ある老婆がレタルペ
(イラクサの皮で取った繊維で織った、白っぽい色の着物)を作るために、イラクサを盛んに刈っておりました。
夜になったので仮小屋で休んでおりますと、小屋の中に突如として狼が入り込み、
炉の灰の上に丸くなってそのまま眠ってしまいます。突然のことで唖然としておりますと、
今度は熊が小屋の中に入り込んできました。もはや絶体絶命。
しかし老婆は、かねてよりこんなときは「ユーカラを語ればよい」と伝えられているのを思い出し、
炉縁を火箸で打って拍子を取りつつ歌います。
気丈な老婆、しかし熊は隙を見てはとびかからんとする。しかしその度に
先ほどの狼に牽制され、いつも出鼻をくじかれる。
ついに我慢ならなくなった熊は仁王立ちになって老婆に組みかかる所が狼が
下から熊の喉笛に食いつく。そして果てるとも知らぬ死闘大乱闘、
ついに両者全身ずたずたの共倒れになってしまいました。
結局、老婆は無傷のまま助かったということです。


717 :天之御名無主:04/05/12 02:14
本別町はピリベツのコタンに、ケネウイトッパといって大鱒を家紋とする一族があります。

はるか昔、この一族の先祖である男がピリベツ川に蕗を採りに行きますと、見慣れぬ女が
鼻歌歌いつつ蕗を摘んでおりましたが、男の姿を見ると驚き慌てふためいて
鱒の姿になって逃げようとします。
しかし男は慌てずに、大胆にも褌をはずして腰のものを露わにすると、鱒の泳ぐ先に先回りして
腰のものを鱒に見せびらかしました。
鱒は仕方なく女の姿に戻り、男の妻になったということです。
その後子孫も増えましたが、鱒の子孫であることを忘れないように
鱒を家紋とするのであります。

718 :天之御名無主:04/05/12 15:28
>>717
ソレダ!

719 :天之御名無主:04/05/12 23:54
本別町フラツナイに小さな小川がありますが、この水源にあの世の入り口があると言われています。
冬に此処に行くと、寒中だというのに老人が集まって新鮮な蕗を食べている。
しかしそれを見たものはまもなく死ぬといわれております。

720 :天之御名無主:04/05/13 01:11
>>717

アイヌにも家紋があるのですか?
家紋て、豪族みたいなのが目印に始めたものかとおもてた。
米を生産して、それを貯めて、豊かになった者が始めたのだとおもてました。

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