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現代語っていつから?

1 :世界@名無史さん:2001/03/22(木) 05:39
現代語っていつから使われてたの?
明治期にいきなり使われ始めたとは思えないけど・・・
今っぽい日本語になった時期と状況説明希望〜

2 :名無しさん@1周年:2001/03/22(木) 11:55
戦後。

3 :世界@名無史さん:2001/03/22(木) 16:33
漱石などはもう現代語と見なす

今の標準語はいつ頃出来上がったかが知りたい
例えばどの階級が使いだしたとか・・・

4 :>3:2001/03/22(木) 18:17
言文一致運動だろー

5 :名無しさん@1周年:2001/03/22(木) 23:38
1が「書き言葉」について考えたいのか、
それとも「話し言葉」について考えたいのかは謎だが。
「今っぽい」というのも甚だ推し量りにくいが。

言葉は緩やかに変化するものなので、
正確な時期などを規定するのは、
ほぼ不可能なコトを断った上で...

現在使われている日本語を、>>3を参照して
明治期「俗語革命(ヴァナキュラリズム)」が形成した
新しい日本語である−と考えるとするならば、

「書き言葉」が変わったのは、
もちろん明治の「言文一致」運動以降。
言うまでもないが、言文一致運動とは
「書き言葉」を「話し言葉」に近づけようとする運動である。
これを実践した作品としては
『浮雲』(二葉亭四迷・1887年)
『二人女房』(山田美妙・1891年)などが有名。

ただし、それ以降でも、樋口一葉や幸田露伴のように、
雅文調で書いた場合もある。
例えば『たけくらべ』(1895年)。

>>3の挙げている漱石の『吾輩は猫である』は1905年、
『坊つちやん』は1906年の作品。この頃には、
言文一致がかなり普及してきたと思われ。


6 :つづき:2001/03/22(木) 23:41
問題は、言文一致運動で近づけようとした言葉が
「江戸期の話し言葉」であったか、あるいは、新たに作られた
「明治期の話し言葉(東京山の手言葉+薩長土肥地方言語などのミックス語)」で
あったかだが、使用する人称代名詞などから考えるに、
後者と考える方が有力のようだ。

詳しくは岩波の「日本近代思想体系 16」の
「文体」(前田愛・加藤周一)などを参照されては如何?


7 :おわり:2001/03/22(木) 23:49

付け加えると
明治でも『当世書生気質』(坪内逍遙・1885年)などは、
江戸期との違いがさほど認められない。
とゆーかそっくりに思われる(個人的には)。
たとえば山東京伝(1761-1816年)や
式亭三馬(1776-1822年)あたりと比較されたし。

また、現在自分が話している言葉を振り返ってみて、
明治期と全く同じ言葉であるとも感じられないと思うが、
これについては、
小森陽一が「平成言文一致体運動」と命名しているように
また、新たな時代に突入しつつあると考える向きも
あることを銘記しておこう。

太田出版の『批評空間叢書 6 日本近代文学の〈誕生〉』も
細かい分析で、1の疑問に答える助けになるかも。

因みに、言語史などは
専門ではないので
批判・補足・ツッコミ等きぼん。

8 :名無しさん@1周年:2001/03/23(金) 15:03
江戸後期の町人言葉が主になってるんじゃないか?
武士の言葉は堅苦しそうだしな
後、僕とか俺とか私っていつ頃使われだしたんだろう?

9 :名無しさん@1周年:2001/03/23(金) 23:41
僕・わたしなどの性別自称名詞が
生まれたのは、明治になってから。
「吾輩」「俺」などは、明治の書生の流行り言葉が広まったもの。
「僕」はそれより、さらに新しいかと思う。

「話し言葉」で使用する一人称単数代名詞(英語で言う“I”)は、
江戸期までは男女の区別なく使用していた。
当時からさまざまな一人称単数代名詞は存在したが、
それらは、男女の区別なく用いられていた。
例えば、男も女も「わっち」「わし」などを使用していた。
「おれ」などは現在、男性自称名詞として一般に解釈されているが
現在でも一部の方言では、女性も使用している。
(蛇足だが、自分を「おれ」と呼んでるばあさんに遭ったことがある)
区別していたのは、むしろ身分・地位のほう。

「書き言葉」の場合は「われ」が一般的で、
これも男女の区別なく使用していた。
「余」もあったけど、こちらは少数派。

これも「日本近代思想体系 16」にあったと思うぞ。

10 :名無しさん@1周年:2001/06/26(火) 00:28
age

11 :名無氏物語:02/03/01 16:49
戦後からか?

12 :名無氏物語:02/11/20 00:42
君とかぼくってのは長州藩の若者が幕末の頃はやらせたんでしょ?

13 :名無氏物語:02/11/20 00:57
勝海舟の回想録(聞き書き)とか読むと、けっこう砕けた
喋り方していたような。


14 :名無氏物語 :02/12/21 04:45
昔、本郷の女中さんの言葉が基になってると聞いたぞ

15 :名無氏物語:02/12/21 07:03
>「おれ」などは現在、男性自称名詞として一般に解釈されているが
>現在でも一部の方言では、女性も使用している。

どこの地方でなの?

16 :名無氏物語:02/12/30 03:06
 地域差を考慮に入れなければ。
 「文語文」は、平安時代の京都語がベースになっている。
つまり、「古い京都弁」に他ならない。
 「現代語」というのが、今日の標準語であるとするならば、
それは東京山の手の言葉がベースになっている。
 土台が違うわけで、単純に「いつから」というのは無理。

 考えてみれば、公文書などはさておき、日常の「はなしことば」においては
各地の「お国言葉」がそれぞれの「標準語」だったわけ。
 平安時代だって、関東の百姓が「いとあはれなりけり」みたいな言葉遣いは
していなかったのである(語彙も音韻も異なっていた)。
 それこそ、同じ日本語とは思えないぐらい、それぞれ違った方言を使っていた。
(現代だって、他地方の言葉がときどきわからなかったりするくらいなのだから)。
 
 それぞれの方言が、それぞれの時代によって変化してきた、そんな中で
地方を超えて通用する「文章用の公用語」が、いわゆる「文語文」。
 だから、このスレの設問は、「文章語のメインが口語に転換したのはいつか」
という形でしか土俵が設定できないし、答えもでないと思うぞ。

 そう考えれば、答えは平凡。明治、言文一致運動以降。
 もっと極端な説を言えば、戦後だね。
 公用文に「口語」が採用されてから。
 


17 :名無氏物語:02/12/31 15:44
江戸時代に江戸にいた人とは会話ができそうだ。今の話し言葉に近いから。

18 :山崎渉:03/01/11 09:29
(^^)

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