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なぜ「原因推量」を特別視するの?

1 :考える名無しさん:2000/12/22(金) 20:50
古文の助動詞「らむ」「けむ」の古語辞典の説明を見ると、たいてい
現在の(「けむ」の場合、過去の)原因推量という項目がありますが、
たとえば「などさはいふらむ」の「らむ」を原因推量として独立させる
べきならば、「いづくにあるらむ」の「らむ」は場所推量というべき
ですよね。また同様に「む」にも原因推量などを独立せせるべきです。
「らむ」の原因推量の用法といったものを言い始めた人がいるにちがい
ありませんが、誰なのでしょう。山田? 橋本? 松尾ステジロウ?

 

2 :@@@:2000/12/23(土) 02:50
誰が言い始めたのかは知らないが、原因推量をたてる理由は
例の「しづ心なく花の散るらむ」があるから。
ドウシテを補うものを原因推量として、ついでに疑問詞がつ
いてるのも原因推量としただけ。よって場所推量は必要なし。
以上、当て推量。


3 :名無しさん@1周年:2000/12/23(土) 03:01
わかりました

4 :実習生さん:2000/12/23(土) 04:57
らむは現在推量、けむは過去推量と習ったが。
原因推量は初耳。

5 :吾輩は名無しである:2000/12/23(土) 11:20
>2
「ついでに」以下がわかりません。「どうして」を補わなくては意味
をなさない用法があることは明らかです(友則の歌は「どうして」を
補わないで解くこともなんとか可能ですが)。
そもそも「原因推量」って、原因を推量することで、「何々なのは何々
だからではないだろうか」というような場合をいうならこれでいいけれども、
「どうしてあわただしく散るのだろう」は、どういう意味で原因の推量
なのでしょうか。読み手は原因を推量することを放棄しているわけです!
どうして何々だろうという形を原因推量というなら、
だれが何々するのだろうという形は主語推量というべきでは。
 いわゆる原因推量でも「らむ」は「ている(の)だろう」などと
訳すわけで、「など」を補う用法、といっておけばよいではよいのでは
ないでしょうか。

6 :@@@:2000/12/23(土) 15:10
>5
言われてみると、「原因推量」の用語が二通りで使われてますね。
@文字通りの「原因推量」(「むべ山風を嵐といふらむ」の例)
A5さんの言う推量を放棄した「原因推量」
(a)ドウシテを補うもの
(b)疑問詞があるもの
Aは「原因が表されていないもの」「原因を疑っている」などと
まとめてあるものもあります。確かにわかりにくい。
5さんの分類案は、
テイルダロウと訳せるもの(現在推量・@・Ab)
ドウシテを補うもの(Aa)
ということですね? 私も高校生に教える時は「ているだろう」
と訳す、ダメならドウシテを補うと教えていますが。解釈する時
にはこの方がわかりやすいですね。
ただ純粋に「らむ」の用法のつながりを考えるとややこしくなる
けど。

7 :吾輩は名無しである:2000/12/23(土) 20:24
>6
見解の差はほとんどありません。ただ「秋の草木がしおれるから
山風を嵐というのだろう」を原因推量というのはもっともだとして、
それならばたとえば「彼がこの手紙を書いたのだろう」は主体推量というべき
ことになります。前者では「山風を嵐という」は疑われておらず、
その原因についてある推量をしています。同様に後者は「誰かが手紙
をかいた」は疑われておらず、その主語を推量しています。
やはり、「どうして」を補うという特別な語法はあるものの、これは原因
推量を特別視する理由にはならないのではないでしょうか。

8 :名無しさん@1周年:2000/12/27(水) 03:02
ええっと、「らむ」の原因推量について、別の視点から説明して
みていいですか。

元来、「らむ」は、ただの現在推量じゃなくて、現在視界外推量
なんです。ちなみに、現在視界内推量は「めり」、現在聴覚推量
は「なり」を使用します。
つまり、「らむ」は、目の前にないことを承けて、現在こうなっ
ている筈だ、と推量する際に使用するのが基本的な機能なのです。

ただ、「らむ」の用法の中に、「しづ心なく花の散るらむ」「む
べ山風を嵐と言ふらむ」のように、「らむ」が承けるもの=「花
の散る」「山風を嵐と言ふ」という事態が、目の前に存在する用
例があるのです。これが原因推量の用法なのですが。

つまり、視界外推量の「らむ」が、例外的に視界内の事態につい
て使用される用法のことを、「原因推量」と言うのです。

9 :名無しさん@1周年:2000/12/27(水) 03:10
ではなぜ、視界内のことを推量する場合に使う「らむ」が原因推量
と言われるかというと。
本来見えないことについて使う「らむ」を、あえて見えてそうな事
態に使う場合(見えていること=明らかなこと、というニュアンス
もあるので、明らかなことで、本来推量の余地がなさそうなことに
「らむ」を使う場合と言ってもいいです。『山風を嵐と言ふらむ』
はどっちかというとこの例でしょう)、その事態そのものについて
推量するのではなく(花が散っているらしい/嵐というらしい、と
推量するのではなく)、その事態の背景にある事情にまで思いを馳
せて、事態が起こった原因・理由について推量する、というニュア
ンスになります。

10 :名無しさん@1周年:2000/12/27(水) 03:26
なお、「いづくにあるらむ」は「いづくにある=どこにある」とい
う事自体が、目で見る範囲では分からないから、推量するしかない、
というケースで「らむ」が使われているので、ただの現在推量。
「などさはいふらむ」は「さはいふ」=「そのように言っている」
ということ事態は明らかであり、推量する余地はないのに、あえて
「らむ」が使われていることから、「さはいふ」ことを推量するの
ではなく、「さはいふ」の背景事情を推量する、「原因推量」の用
法に分類されるわけです。

原因推量の用法は、「らむ」「けむ」「らし」という、現在・過去
の視界外推量の機能を持つ助動詞のみが有する用法です。

ちなみに「む」は、そもそも未然の事態について推量するものなの
で、原因推量の用法はありません。
過去・現在のことについて「これが原因だったのだろう」と推量す
ることはあっても、未来のことで、「将来起こることの原因はこれ
だろう」と推量するのは変ですよね。「これが原因で将来こういう
ことが起こるだろう」ならただの推量だし。

11 :名無しさん@1周年:2000/12/27(水) 03:33
誤字(汗)
>「そのように言っている」 ということ事態は明らかであり、
事態=自体

長くなっちゃいますが、ついでに「なり」「めり」と「らむ」の
違いの話。
「なり」は、「耳で聞こえたことからすると、現在こういうことが
起こっているようだ」と推量する場合に使用。
「めり」は、「目で見たことからすると、現在こういうことが起こっ
ているようだ」と推量する場合に使用。

更についでに「けむ」について。
過去に起こったことが、目の前で起こっていたら、当然推量の余地
はないから、過去の助動詞「き」を使うのが普通。
更に、目の前で起こっていなかった場合でも、伝聞情報などの根拠
から、それが起こったことについて確信的な場合は、「けり」を使
用。
「けむ」は、目の前で起こっていなかった過去の出来事について、
「こういうことが起こったらしい」と推量する場合、もしくは「こ
のことについてはこれが原因だったのではないか」などと推量する
場合に使うわけです。

なお「らし」は視界外のことについて、確信ある推量をするときに
使用します。

12 :8-12:2000/12/27(水) 03:38
……なんかまとまりが悪いっていうか分かりにくい表現になっちゃ
いましたけど、伝わるかな〜。

そういうわけで、飛び入り助動詞出張講座終わり。

13 :名無しさん@1周年:2000/12/27(水) 04:58
なぜ>>4は相手にされない?
正論だと思うんだが。

14 :おぼつかなうなむ。:2000/12/27(水) 17:55
>10
人にめでたしなど言はれむとて、かくは言ふなるべし。
人にめでたしなど言はれむとて、かくは言ふならむ。
 これらを見るに、「かく言ふ」さまは目に見ゆるものにておしはかりに言ふことなら
ねば、この「べし」「む」はゆゑをおしはかれり。「らむ」「けむ」「らし」ばかりとの
たまへる、おぼつかなうなむ。
 「人にめでたしなど言はれむとてかくは言ふ」にやとおしはかれる
ものとも言ふべきものなれば、かやうの「む」「べし」をただ「おしは
かり」と言はむも、ひがことならじ、となむ思うたまへらるる。

 また、

この月は必ず見むとのたまひしかば、見たまふらむかし。いづくに見
たまふらむ。

これを見るに、月を見るらむことは疑ふまじきなれば、「らむ」は所
をおしはかれるにはあらずや。

なほ、ゆゑのおしはかりばかりを異なりと言ひなすは、ひがことにや、
となむおぼえはべる。




15 :8-12:2000/12/28(木) 02:34
>>13
「らむ」「けむ」「らし」については、辞書に「原因推量」の意味
も載ってます

16 :8-12:2000/12/28(木) 03:06
>>14
「かくは言ふ」ということは明らかなことで、推量して言うもので
はないけれど、「なり」という断定判断の助動詞が入ることで「こ
う言ったということだ」という判断内容の表現になってます。
つまり「かくは言ふなる」自体は、明らかな、自明なこととして述
べられているのではなく、判断によって断定が強調されている内容
だということになります。
「かくは言ふべし」ならば、「このように言うにちがいない」とし
て、「かく言ふ」こと自体を推量しているけれども、「かくは言ふ
なるべし」だと、「このように言ったのだ」ということについて
「そうに違いない」と推量していることになるわけです。つまり、
「このように言ったということに違いない」と言う意味になります。
文脈的に、「このように言ったということ」は、「言ったことの原
因」を指していますが(このように言ったというわけにちがいない、
みたいな感じで)、それは文脈上のものに過ぎず、助動詞の意味の
範囲には含まれません。

……長々説明するより、用例比較をした方が分かりやすいかな?

17 :用例比較:2000/12/28(木) 03:08
人にめでたしなど言はれむとて、かくは言ふなるべし。
 人に素晴らしいと言われようと思って、このように言ったという
 ことに違いない
人にめでたしなど言はれむとて、かくは言ふべし。
 (前略)このように言うに違いない。
人にめでたしなど言はれむとて、かくは言ふならむ。
 (前略)このように言ったということなのだろう。
人にめでたしなど言はれむとて、かくは言はむ。
 (前略)このように言うだろう。
人にめでたしなど言はれむとて、かくは言ふらむ
 (前略)このように言っているのだろうか(原因推量/目の前で言っているのを聞きながら、その原因を推量しつつ『かくは言ふらむ』と言っているようなニュアンス)
人にめでたしなど言はれむとて、かくは言ふなるらむ
 (前略)このように言ったのであるだろう。(現在時点で『言ふ』理由はこうだろう、との推量になる)
人にめでたしなど言はれむとて、かくは言ひけむ
 (前略)このように言ったのだろうか(原因推量/後から思い出して、こういう原因だったのだろうかと思い返している。)
人にめでたしなど言はれむとて、かくは言ふなりけむ
 (前略)このように言ったということだったのだろう。
人にめでたしなど言はれむとて、かくは言ひけり
 (前略)このように言ったということなのだ(発見・詠嘆の用法。もしくは、「言ったのだそうだ」という伝聞。)
人にめでたしなど言はれむとて、かくは言ふなりけり
 (前略)このように言ったのであった/言ったのである。

18 :名無しさん@1周年:2000/12/28(木) 03:19
↑行切り間違えた(汗)

ええっとつまり、「なり」という断定の助動詞が入る場合はそもそ
も、推量する対象が、「なり」で断定した内容=「言った原因はこ
ういうわけである」ということになっているので、推量の助動詞に
よって「原因」を推量しているわけではないのです。

でもって、「かく言ふべし」「かく言はむ」「かく言ふらむ」「か
く言ひけむ」を比べて見ると分かりやすいかと思うんですが、「か
く言ふらむ」「かく言ひけむ」については、「かく言ふ」が明らか
なことである以上、助動詞「らむ」「けむ」に含まれたニュアンス
として、「こういったと言うわけであるのだろう」「こういったと
言うわけだったのだろう」という、「かくは言ふならむ」と近い意
味に解釈しないと、助動詞の意味しているところが掴めない…とい
うか、助動詞によって何を推量しているかが掴めないわけです。
この用法がいわゆる「原因推量」なわけです。

19 :名無しさん@1周年:2000/12/28(木) 03:30
この月は必ず見むとのたまひしかば、見たまふらむかし。いづくに
見たまふらむ。

これは、まず「見たまふらむかし」の「らむ」は、月を見ると言っ
た人が、現に月を見ている様は、話者の視界の外であり、話者は
「今頃見ている筈だ」と推量しているので、ごく普通の現在推量で
す。
「いづくに見たまふらむ」の「らむ」にしても同じことで、その人
は見ている筈ではあるけれども、現に見ている様は、目で確認して
いるわけでもない。ただ、目で確認していないという所から、連想
が飛んで、「(ここではない)どこで見ているのだろう」と言う風
に、「いづくに見たまふらむ」という疑問の言葉が出てきている…
という感じです。
この用例は、両方とも原因推量の用法ではありません。
かつ、「いづくに見たまふらむ」は、「いづく」という疑問詞によ
ってどこだろう、と場所を問うているのであって、「らむ」に「ど
こで……しているのだろう」と場所を推量する意味があるわけでは
ありません。
原因推量は、「など」等の疑問詞がなくても原因推量の意味になり
得るけれど、「らむ」のみで場所を推量する用例はない筈です。

20 :名無しさん@1周年:2000/12/28(木) 17:45
 1 たとえば「この人は本当のことを知っているのに、知らないと言っている・・・」や
「おや? 誰もいないはずなのに、明かりがついている」は言外の意味として「どうしてだろう」
を含意していますね。「のどかな春の日に、桜があわただしく散っている・・・」も、
「など」を補うべきもの」と見るより、言外の意味、いわば余情として「どういう
ことなのだろう」「何か理由でもあるのだろう」を持っているのではないでしょうか。
事態の全体に対して不審を感じているのだ、と見るべきではないかと思うのです。問題
の「らむ」は婉曲と見られませんか?

 (まことはさもあらずと知りながらかくはいふよ、また、人あるべうもあらぬに火ぞ
見ゆるや、など言ふ人は、あやしきことかなといはねど、さやの心ありて、さは言ふ
なり。「しづ心なく花の散るらむ(こと)」も、「などならむ」「いかなることぞ」と
をしりに添ふべきにて、「など」を添ふべしといはむは、少しことたがへるにや。)

 2 「花の散るらむ」はいかなることならむ、おぼつかなしといふばかりにて、
さらにゆゑをおしはかるものにはあらず、と聞こえしは、いかがおぼしめす。「など」を添ふ
べしとのたまふ例はみな、ゆゑをおしはかるものにはあらず。

 3 小学館「古語大辞典」(1巻本)の「らむ」の説明では「原因」を特別視していません。

 4 19はよくことわりたまへりともおぼえはべらず。またここにもひがこと
を聞こえてけりや。「いづくに見たまふらむ」は、ただ見たまふらむ所を知らねばおぼつかなし
といへるなり。

21 :名無しさん@1周年:2000/12/28(木) 17:53
「などさはいふらむ」の「らむ」を、10には「ゆゑのおしはかり」、19には
ただ「おしはかり」とのたまふめり。ここぞおぼつかなうはべる。


22 :要するに。:2000/12/29(金) 17:27
などさは言ひけむ→「そう言った」ことはあきらか。動作の原因がわからず、いぶかしがっている。
たれかさは言ひけむ→「そう言った」ことはあきらか。動作の主体がわからず、いぶかしがっている。

ふたつの「けむ」の働きは同じ。前者を原因推量というのは当たらない。

かかればさは言ひけむ。(こういうわけで、ああいったのだろう)→文全体で、「原因の推量」をしている。「けむ」は「過去推量」を意味している。
その折に、さは言ひけむ。→文全体で、「発話の時点の推量」をしている。「けむ」は「過去推量」を意味している。

やはり「原因推量」を特別視する理由はなさそうです。「らむ」についても同様のことが
いえそうです。


23 :名無しさん@1周年:2001/01/04(木) 02:18
>>20
不正確な擬古文はイヤン……どこが不正確だ、とかいう論争をして
も趣旨からずれるので指摘はしません。
別に擬古文で論じる必要ないんだから、現代語で書き込んで下さい
まし。

24 :名無しさん@1周年:2001/01/04(木) 02:39
でも面倒くさくなったので、無理矢理総括してしまおう。

>>20の1に書いてある「余情」云々については、その通りなんじゃ
ないでしょうか。本来、特に「らむ」は、例えば「めり」でもよ
さそうなのにあえて「らむ」を使うことによって、言外に「原因
推量」の意味を示唆する、とでもいう感じな用法なわけで。

「原因推量を特別視する」ということについては、現代人が古文
助動詞の機能を理解する助けとする便宜のために行われている(
もしくは行われることがある)ことなので、例えば、「む」につ
いて、「適当」の意味を載せている辞書と載せていない辞書があ
るのと同じように、その分類がなくても「らむ」「けむ」などの
意味が解せるのならば、必要ないわけです。
結局、現代人が「た」という助動詞に「完了」や「過去」という
意味があるのを知りつつ、普段違いを意識して「今は完了の意味
で使っている」とか考えながら使い分けているのではないのと同
じで、古語を使っていた人が、「推量」「原因推量」という用法
を意識して使い分けていたわけじゃないので。それは他の助動詞
の分類でも同じですが(「む」の「意志」「推量」等の意味分類
も、使う人がその分類を意識していたわけじゃない、という意
味で)。

結局の所、「文脈」「言外の意味」「余情」と言われるような意
味を、なるべく助動詞の意味として分類して教えた方が、分析的
に教えることができるし、そうやって教えられた方が、教わる方
も古文を読めるようになりやすいから、そうしているワケだとい
う感じじゃないでしょうか?

25 :名無し象は鼻がウナギだ!:2001/01/04(木) 15:30
>23、24
 趣旨からはずれていいから、不正確なところを教えてください。私は
正確な中古文を書きたいのですから。まだしきことは、よう知りてはべり。

助動詞の用法の分類がつねに暫定的なものであることについては意見が
一致したわけです。

問題は、わざわざ原因推量という言い方をする必要があるかです。場合に
よっては「なぜ」あるいは「どういうことなのだろう」を補うべき場合が
ある、といえばいいので、ことさらに学術的めいて実はそうでない用語を
使う理由はないだろう、というのです。

26 :名無しさん@1周年:2001/01/05(金) 16:50
あげ

27 :名無しさん:2001/01/06(土) 01:53
>火ぞ 見ゆるや、
>少しことたがへるにや

このへんですか?>23

28 :名無しさん@1周年:2001/01/06(土) 15:16
>27
「ぞ」あれば「見ゆる」と結びてのち、さてをはらで「や」のあるを
あしう書けりとのたまふにや。されど「なびききこえずもてはなれた
るはをさをさあるまじきぞ、いとめなれたるや」(末摘花、大成201)
などあれば、何かは。

 「ことたがふ」は、げにひがことならむ。「言っていることが前と
ちがう」などいふ心にてさ言ふめれど、ここにはあはざりけり。<「など」
を添そふべしといふは、少しあしく心得たるにや。>とを言はむ。

<「いかなることぞ」とをしりに>は書きそこなへるなり。<「いかなる
ことぞ」などを尻に>と書くべかりけり。



29 :23:2001/01/09(火) 03:06
久しぶりに参上。

>>25
助動詞の分類は、基本的な現代語訳のパターンごとに分けるというのを基本
とすべきだろう、と私は考えてます。
つまり、「なぜ」「どういうことだろう」と補って訳さなければならないか
らこそ、「原因推量」という分類をせねばならない、というか。
学術的に言えばどう分類すべきなのか、なんてのは別にどうでもいいんじゃ
ないのかなあ。

30 :23:2001/01/09(火) 05:18
>>25
う〜ん、きちんと論証するの面倒なので、適当にちょこっとだけ言いますが、
論争する気はないですよ〜。

>まことはさもあらずと知りながらかくはいふよ、また、人あるべうもあらぬ
>に火ぞ見ゆるや、など言ふ人は、あやしきことかなといはねど、さやの心あ
>りて、さは言ふなり。

ここの部分は、「また」の使い方に違和感を感じます。
「あるは」「あるいは」を使うとか、もしくは「また」を使わずにそのまま
「〜いふよ、人〜」と続けちゃう方が違和感がないような……
でもなんで違和感があるのかとは訊かないで下さい、説明が面倒だから。

>「しづ心なく花の散るらむ(こと)」も、「などならむ」「いかなること
>ぞ」とをしりに添ふべきにて、「など」を添ふべしといはむは、少しこと
>たがへるにや。)

ここは、まず、本来「」が使われない古文の場合、「〜も、〜としりに〜」
と言う風な構文はちょっと違和感があるような。
「『しづ〜らむ(こと)』とあれど、こは〜」みたいに、一旦述語部分が来
て、接続文にして繋げていく方が自然なような。
後、「などならむ」がちょっと変に感じました。「いかなることぞ」はまあ
いいんだけど。


31 :段々面倒になってきた……:2001/01/09(火) 05:25
>2 「花の散るらむ」はいかなることならむ、おぼつかなしとい
>ふばかりにて、さらにゆゑをおしはかるものにはあらず、と聞こ
>えしは、いかがおぼしめす。「など」を添ふべしとのたまふ例は
>みな、ゆゑをおしはかるものにはあらず。

「花の散るらむ」は→花の散るらむとあるは
いかなることならむ、おぼつかなしと→〜ならむ、こはおぼつかなしと〜
聞こえしは、いかがおぼしめす→聞こえしを、いかがおぼしめす

>ここにもひがことを聞こえてけりや。

「けり」の使い方が変。「聞こゆ」ってのも間違いなのかもしれ
ないけども。

>「いづくに見たまふらむ」は、→「見たまふらむ」とあるは

なんかトータルにみて、古文には本来ない「」を使用しつつ、
「は」を多用してるのが、一番の違和感の原因なのかな〜。
構文が、そこはかとなく現代語的センスなんだよね〜

32 :名無しさん@1周年:2001/01/09(火) 13:07
レスポンスに感謝します。

英作文をする時や、擬古文を書くとき、「直訳じゃ」まずいのではないか、直訳では
「日本語臭」ないし「現代語臭」がでてしまうのではないか、という疑いがつねに
つきまといます。これは擬古文ですと明示してある文を見ると、現代語にひかれて
いるにちがいないという思いがどうしてもぬぐえないでしょう。要するに、現代語
に直訳できるところ、現代語と同じところは、疑わしく見えやすいのです。しかし
直訳できる、というか、今と同じ言い方や語法って、けっこうあることも事実です。

ありのままにいふ、いつぞやも、さめざめと泣く、ねてもさめても、なにやかやと
ことばをつくして、ながながと、とはいひながら、けふのうちに、みちすがら

これらは源氏や枕に、今と同じ意味で使われています。

 また→おっしゃるとおりでしょう。無い方が自然だと、こちらも思います。あると
とても変化は保留させてください。

も→「を」が「〜について」「〜に対して」というような意味を持ち、ここから
「をも」あるいは「を」を省いた「も」が「〜についても」「〜に対しても」
を意味することは、珍しくないと思います。

「花の散るらむ」は→「六百番歌合」をパラパラ見るに、たとえば「秋雨」の七番の
判に

   夕なりけりはいかにぞ聞こゆれど

とあります。「夕なりけり」は和歌の一部です。カッコがなくても、この手の
言い方は少なくないと思います。

聞こえてけりや→申し上げてしまったねえ。けりはいわゆる詠嘆。むろん和歌に
限りません。きこゆは謙譲語。

〜と聞こえしは、いかがおぼしめす→〜と申し上げたが、それはどうお思いか。
いわゆる「鎖状構文」です。駿台の参考書あたりにも、書いてあります。

などならむ→おっしゃるとおり、言わないみたい。「などかう忘れつるならむ」(枕)
などはある。たれならむ、いづれならむ、などは源氏の「大成」索引からあることが
わかる。しかし「などならむ」はない。八代集総索引にもない。「いかなること
ならむ」「いかなるゆゑならむ」がよさそう。


33 :名無しさん@1周年:2001/01/11(木) 02:37
>「しづ心なく花の散るらむ(こと)」も、「などならむ」「いかなること
>ぞ」と……
「も」が「〜について」「〜に対して」と使われるのは確かなんだけど、
何て言うのかな……「も」を使うならやっぱり「〜散るらむとあるも」って
風に、ここで一旦「ある」という述語を補う方が自然なんだよね〜。

>「花の散るらむ」はいかなることならむ、
ここのところも、何て言うのかな……「引用だ」とはっきり相手に分かるよ
うなシチュエーション…有名な和歌の一部だとか、その前の所で話題に既に
出ているっていう場合じゃなければ、「散るらむとあるは」という風にする
方が普通なんだよね。まあただ、この場合、「花の散るらむ」は有名な和歌
の一部だし、既に話題に出てることだから、こういう使い方しても許される
かな、という気もしますが。

>聞こえてけりや→申し上げてしまったねえ。けりはいわゆる詠嘆。

あれ、(自分が)間違いを申し上げてしまったねえ、という意味で使ってた
んですか。こっちが言ってることが間違いだって意味かと何となく思ってた。
う〜ん、まあとりあえず終助詞の「や」だと、連体形に付くんじゃあなかっ
たっけ?
まあそれはさておくとしても(未確認)、何だか……う〜ん、いわゆる詠嘆
の「けり」というのは「実は〜だったのだ」みたいな発見のニュアンスだか
ら、「や」の詠嘆とは少し相性がよくない気がするんだけど……
発見の「けり」って、後から認識し、断定する…みたいなニュアンスだから。
「聞こえてけるは」という風に、同じ詠嘆の終助詞でも「は」の方を使う方
が自然なような……?? 「聞こえてけるかな」とか。
「けりや」という形の使い方があるんですか?
そこら辺、そういう用例が中古頃にあるのならば、まあ良いんだけど。
良いって言うかなんというか。
でもなんとなく……あまりなさそうな気がする……調べてみないと分からない
けどね(調べる気ないですが)。

でもって、「聞こえしは、いかが〜」の所は、ともかく、その種の頭でっかち
の構文は、古文としては多少不自然だということなんですよ。
現代語でご自身「が」という接続助詞を使って訳してますよねえ。
「を」ならば、格助詞→接続助詞と、用法が拡張していったことからしても、
頭でっかちな目的格の文に使い得るんだけど、係助詞の「は」(ここでは主
題を提示するという意味での主語を示すために使われてるわけだけど)は、
あんまりそういう風には使わないと思う。絶対ないとは言わないけど。

なんていうのかな〜、全体的に、はっきり間違いですっていう感じっていう
よりも……栄花物語みたいな、下手な文章読んでるみたいな感じがするん
だよね。それでも栄花の文章は「古文感覚」な下手さだけど、違和感だとか
不自然さの原因が、すごく「現代語では許される日本語構文」を古文にあて
はめて使っちゃってるがゆえっていう感じがして……

こういう「ん?あんましこんなの見掛けたことないぞ?」っていう違和感っ
て、わりと説明しにくいし、証明もしにくいんだよね、困ったことに。
「などならむ」とかも、別に調べてみたらなかったから「変だ」って言って
るわけじゃなくて、何となく変だって感じたんで……。

もうちっと古文を量読んで、そういう「感覚」を身につけると良いかもです
ね、どうしても古文を書けるようになりたいなら。

34 :名無しさん@1周年:2001/01/11(木) 02:58
間違えた、「や」の接続は終止形でいいんだね。


35 :名無しさん@1周年:2001/01/11(木) 03:15
途中で送っちゃった。
ともかく「けり」に「や」を続けるのが違和感だったってコトです。
「けらずや」は上代の用法であるけど……
終助詞「や」は、元来は、詠嘆といっても疑問のニュアンスを含ん
でるから、「発見」のニュアンスとは相性が悪いのではないか、と。


36 :名無しさん@1周年:2001/01/11(木) 12:39
野分巻、大成875頁に
「むべなりけりや、あなうとまし」と思ふ心もはづかし
などあれば、何かあらむ。

37 :名無しさん@1周年:2001/01/11(木) 22:25
>>36
なるほど、それがあったね。
あそこは、「こういうことだったのだ」と発見→断定しつつも、
「こういうことなのであるだろうけれども、だとすればもっとも(む
べ)だ」と言っている部分だから、「なりけり」といいつつも、ニュ
アンスとして疑念が残ってる部分なので(「や」ってのは予断を持っ
た疑問の念だし)、ここで終助詞「や」があっても違和感無いんです
けどね。
まとめると、文脈的に「発見」+「疑念の籠もった詠嘆」でも違和感
のない状況が読みとれる例であるから、問題ない(問題ないって言い
方も変だけど)ということです。

「聞こえてけりや」を、そのように、発見しつつ更に疑念が残る…み
たいなニュアンスとして使ってたってことでしょうか?

……ちなみに、あら探しみたいでなんですが、その文脈で「何かあら
む」は変じゃない?
「何かなからむ」?
「何かかくのたまふらむ」?

ま、がんばって下さいよ。
何のタメに古文作文したいのか分かんないけど。

38 :名無しさん@1周年:2001/01/11(木) 23:25
あそんでくれて、感謝します。
「何かあらむ」は、たとえば三省堂「霊界古語辞典」をごらんぜよ。

「何か(は)あらむ」をイディオムとして立項しないのは多くの古語辞典の
レヴェルの低さの証明でしょう。漢文訓読体の「何の何々かこれあらん」
の影響でしょうが「何の問題があろうか」といった意味で、中古ではよく
使います。私の擬古文に、ビミョーな間違いは多いでしょうが、トンデモな間違いは
まあないでしょう。
「や」の用法をたとえば「疑念のこもった詠嘆」のような
概念でとらえるアプローチそのものに問題があることは、「にちがいない」の「に」
をめぐるスレッドなどごらんぜば、おわかりいただけるでしょう。

おことばにはげまされて、これからも一生懸命がんばる所存です。
え? はげましてないって? どうもすいません。


39 :名無しさん@1周年:2001/01/13(土) 01:44
いえ励ましてます(笑)
トンデモな間違いがないのは勿論です。
こっちが入れてるツッコミって、全部微妙なニュアンスみたいな
ところだし。
ただ、構文感覚が古文っぽくないところはすごく気になります。
「や」だの「けり」だのはまだしもなんだけど……。

「何かあらむ」についてはですね、おっしゃるイディオム的意味
合いで使ってる例としては違和感があるんですよ〜。いや〜、何で
違和感かって言うと、直前に「などあれば」とあるから、「あり」
の指す意味が紛らわしくなるのを避けて、イディオム的な「何かあ
らむ」という言い方はこの場合しない方が自然なんでないかってこ
となんですが。
これもツッコミとして細かいですね、かなり。

ただやっぱり、古文を読み慣れた目から見ると、構文のリズムが変
だったり、助詞や助動詞の微妙なニュアンスが捨象されて(るよう
に思えたり……みたいなのって、目に付いてしまいます。
多分、文法が間違ってるとかだったら、かえって「ああ間違ってる
や」で済むんだろうけど……
ビミョーだからこそ気になるって感じ?

で、実際何で古文作文なんかしたいんです? 訊いてもよければ。

40 :名無しさん@1周年:2001/01/13(土) 09:06
>39のぬし
書きてやがてかう見せ奉りなどはせで、ひとたびもふたたびもあしき
ところやあると見ば、今少しはよくやはべらむ(よいものになるでし
ょう。よきものになりはべらむといはむは、なかなかあしかるべし)。

またうひうひしき人も見むと思へば、かくては心えがたからむとおぼゆる
ふしは、やすく解くべく変へなどしはべり。

問ひたまへることは、ただ、すずろにをかしくおぼゆるになむ。

鈴屋の大人の書きたまへるものはいかがおぼしめす。「日本初?
擬古文スレッド」も御覧ぜよ。

41 :名無しさん@1周年:2001/01/16(火) 02:16
少しはよくやはべらむ? 少しは…って言うんだっけ?
古文での「は」とか「も」の位置って……まあいいやもう、ややこ
しい〜。

擬古文スレッド……疲れそうだから見たくないなあ。
鈴屋の大人?
鈴屋問答集…とか思い浮かべちゃったけど???

42 :考える名無しさん:2001/01/16(火) 20:41
>少しはよくやはべらむ? 少しは…って言うんだっけ?
iuyo


43 :名無しさん@1周年:2001/01/25(木) 20:10
ひとびと御覧ぜなむとて、あげはべりてむ。

44 :名無しさん@1周年:2001/01/27(土) 02:16
あげはべりてむ?
なぜ「む」? 「あげはべりぬ」でよいではないか。

45 :名無しさん@1周年:2001/01/27(土) 09:52
レスを書く枠に何か書いている段階ではまだあげてはいない。
挙げることにしよう、という意味で意志の助動詞「む」をつける
ことに特に問題はない。官僚の助動詞「ぬ」と「つ」の使い分けは
厄介だが、スレッドをあげるというように他動詞として使うときは
「つ」でしょう。あがりぬ。あげつ。

46 :名無しさん@1周年:2001/01/29(月) 01:38
>>45
書いている段階を意識&強調して書くなら「あげはべりてむと思
ふ」と付けるとか、「あげはべらむとす」の方が自然だよん★

47 :名無しさん@1周年:2001/01/29(月) 01:50
「…と思ふ」を付けると「ひとびと……」の部分と微妙に合わない
から、「むとす」の方がよさそうかな……

現代語に直訳して「人々に御覧になっていただきたいと思って、あ
げてみよう」じゃ変でしょ。「あげた」か「あげてみようと思った」
か「あげようとしている」とかじゃないとさ。
前半が三人称的に自分の考えを説明してるのに、後半は、直接自分
の思考内容を述べる一人称的な文になっちゃってるっていうか。

48 :名無しさん@1周年:2001/01/29(月) 10:17
「人見るべく、あげてむ。」などぞいふべかめる。

49 :名無しさん@1周年:2001/01/30(火) 02:56
>>48
それならいんじゃないの。

50 :名無氏物語:01/12/22 03:03
保全

51 :名無氏物語:01/12/22 15:36
このスレ、今日で1年か?

52 :名無氏物語:01/12/28 11:23
土壇場上げ

53 :縞栗鼠(シマリス)の親方:01/12/28 13:46
吉祥寺にある大検・大学受験予備校の中央高等学院
ここは、完全に狂ってる。
授業料は一年分一括前払いなので、
金が入れば、生徒は要らない
金を振り込んだら、何とかその生徒を辞めさせようと
講師どもが、あの手、この手でイヤガラセをしてきますね。
セクハラはもちろん、脈絡の無い罵倒は日常茶飯だね。
酒臭い講師もいるし・・・ 人生の最果て中央高等学院
http://chs-f.com/index.html 中央高等学院福岡校
学歴詐称、経歴詐称、デタラメ授業、
http://www.chuo-school.ac/

54 :山崎渉:03/01/11 09:57
(^^)

55 :v:03/01/25 19:16
基地外、犬作へ投票を!
☆清き一票を!☆
●【日本の政治評論家不人気投票】池田大作 →現在1位(金マンコ賞)
 ↓右上のリンク先から
●【マスコミ不人気投票】聖教新聞     →現在2位(銀マンコ賞)
●【政治家不人気投票】神崎武法      →現在3位(銅マンコ賞)
http://www.amiva.com/an/vote001/tvote.cgi?event=001&show=all
※管理人が脅迫メールを受けているらしい。
※創価学会員が2ちゃんねるで妨害中(IP晒しなど)。


56 :山崎渉:03/03/13 13:07
(^^)

57 :山崎渉:03/04/17 09:33
(^^)

58 :山崎渉:03/04/20 04:42
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

59 :山崎渉:03/05/21 22:21
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―

60 :山崎渉:03/05/28 15:09
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

61 :山崎 渉:03/07/15 12:43

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

62 :名無氏物語:04/03/07 17:18
保守ぴたらむ

63 :名無氏物語:04/03/07 22:10
高山善行(2002)『日本語モダリティの史的研究』ヨメ

64 :名無氏物語:04/05/01 14:52
無視

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