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ちょんまげって????

1 :日本@名無史さん:04/04/09 23:56
いつから、何故あんな髪型が定着したの?


2 :日本@名無史さん:04/04/10 00:03
なぜ、俺が2を獲る必要が有るのか

3 :日本@名無史さん:04/04/10 00:36
>2
今日、日本人は何をすべきか?日本人とは何か?
というところから派生的に「ちょんまげとは?」
という疑問にぶち当たったんですよ。

4 :日本@名無史さん:04/04/10 01:11
ちょんまげって聖徳太子もやってたたらかなり古いよ。

5 :日本@名無史さん:04/04/10 16:26
まげてきた!!

6 :日本@名無史さん:04/04/10 16:42
「チョンまげ」は韓国発祥ニダって、言われるのも時間の問題。(w

7 :日本@名無史さん:04/04/10 18:24
なるほど。「チョン」まげだからな。
しかしそうなると「差別語ニダ!謝罪と賠償汁」になる可能性が高いな。

8 :日本@名無史さん:04/04/10 23:54
同じアルタイ語族の満州族も辮髪なんて変な髪形してるよな。
あっちはちょんまげとは剃る部分が逆だけど。
チョンは「ゝ」に似てるからってことで、
明治になってから、小ばかにしつつそう言い出したらしいよ。
江戸時代には単に髷としか言ってなかったらしい。

9 :日本@名無史さん:04/04/10 23:56
ちょんまげは身分を表すものだよ

10 :日本@名無史さん:04/04/11 00:12
http://www.cosmo.ne.jp/~barber/kamigata.html
日本男子髪型一覧

11 :日本@名無史さん:04/04/11 00:26
ちょんまげの発祥理由

戦で兜を被る時、兜をずれなくするためにひたいから、てっぺんの
部分を戦のたびに剃っていた。
しかし戦国時代(1467頃〜1615頃)に入ると戦は頻繁に起こり、
その都度剃る時間も無く、いつでも出陣出来る態勢を整えておくために、
普段から剃るようにしていた。しかし剃ったままではあまりに見苦しく
同時に鬱陶しいので、後ろで束ねるようにしていた。
それが髪型として定着していった。

12 :日本@名無史さん:04/04/11 00:55
なるほど〜やっぱり合理性というところから
戦国時代に入ってから常に剃っているっていう状態になったんですね!
なんで、昔の侍はちょんまげじゃないのかな?というところが一番
引っかかってたんですよ。戦時は剃っていたっていうことだったのか〜!
でも、何も太平の世の中になってからもあの髪型でしかも、
武士以外にもあの髪型をさせるってのもなんか変な感じですね。

13 :日本@名無史さん:04/04/11 02:34
初心者スレで懇切丁寧に説明されてる事をわざわざスレ立てすんな、ヴォケ!

14 :日本@名無史さん:04/04/11 16:32
ちょんまげ ちょんまげ ちょんまげマーチ
ござるで ござるで ござるでござる

15 :日本@名無史さん:04/04/11 16:45
「サムライはウリナラ起源ニダ」の電波と合体する・・・にスーパーひとし君

16 :11:04/04/11 19:15
>>12

>でも、何も太平の世の中になってからもあの髪型でしかも、
武士以外にもあの髪型をさせるってのもなんか変な感じですね。

「ちょんまげをしてる」というのは当初は武士だけで、つまり武士の証だった。
それが当時の社会情勢で言うと「武士=地位の高い人」或いは「一人前の男」
ということで、武士でない人達もするようになった。

17 :日本@名無史さん:04/04/11 21:46
        lヽ ノ l        l l l ヽ   ヽ
  )'ーーノ(  | |  | 、      / l| l ハヽ  |ー‐''"l
 / マ | | |/| ハ  / / ,/ /|ノ /l / l l l| l  マ ヽ
 l   ・  i´ | ヽ、| |r|| | //--‐'"   `'メ、_lノ| / ・  /
 |  ゲ l  トー-トヽ| |ノ ''"´`   rー-/// |  ゲ  |
 |  ・   |/     | l ||、 ''"""  j ""''/ | |ヽl  ・ |
 |  ・  |       | l | ヽ,   ―   / | | l  ・  |
 |   !!  |     / | | |   ` ー-‐ ' ´|| ,ノ| | |  !! |
ノー‐---、,|    / │l、l         |レ' ,ノノ ノハ、_ノヽ
 /        / ノ⌒ヾ、  ヽ    ノハ,      |
,/      ,イーf'´ /´  \ | ,/´ |ヽl      |
     /-ト、| ┼―- 、_ヽメr' , -=l''"ハ    |  l
   ,/   | ヽ  \  _,ノーf' ´  ノノ  ヽ   | |
、_    _ ‐''l  `ー‐―''" ⌒'ー--‐'´`ヽ、_   _,ノ ノ
   ̄ ̄   |           / 

18 :日本@名無史さん:04/04/11 21:50
話を纏めましょう。
満州族の辮髪とルーツ同じで、
朝鮮半島を南下してきた騎馬民族時代のなごり。
朝鮮馬毛→チョンマゲ
だそうです。
http://kyushu.yomiuri.co.jp/chosen/chapter4/03chosen.htm

19 :日本@名無史さん:04/04/11 21:51
第一部完

20 :日本@名無史さん:04/04/11 21:51
>>11
信長(の野望の信長)みたいな茶煎髷はどうなの?

21 :日本@名無史さん:04/04/11 23:04
ということは朝鮮半島の人もあの髪型をしてた時とかあったってことですか?
騎馬民族といえば満州族のあのラーメンマンの服って
あれも騎馬民族の服ですよね?真中で服束ねてる。
中国では清の時代になってからあの服装が定着(強制?)したということですが。
あの服装、ハンガリーの英雄もあの服着てたんですよ。
ハンガリー人(マジャール人)はウラル語族の騎馬民族ですよね?確か。
ヨーロッパにも似たような服装がありますが、あれはやっぱりイギリスが
中国経由で真似たのか?オーストリア=ハンガリー経由でひろまっていったのか?
いずれにしよ、騎馬民族というものが何か絡んでるのでは?とか思うんですけど?




22 :日本@名無史さん:04/04/11 23:11
第二部完

23 :11:04/04/11 23:45
>>20
安土桃山時代(1573〜1603)の武士は皆、茶煎髷。
江戸時代型のちょんまげは、まだ存在してなかった。
信長の場合は極端に高かったので、信長=茶煎髷、というイメージが
あるだけ。
その茶煎髷が徐々に変化して、江戸時代型のちょんまげになった。

24 :日本@名無史さん:04/04/15 10:57
                  へ_,,,ー ̄  |
        へ       (   _,,, i~7 |
       ( レ⌒)     | | 」 レ'  |
    |\_/  /へ_    | _ _  ー, )
    \_./| |/   \   | | 」 |/ /
      /  /| |~ヽ ヽ く_,,,ーー~~\
     / /| |ノ ノ | |_  | ) | /_,,,ー,
     | |  |   /  / /\`〜 ~~  ,,,,ー’
     \\ノ  く  / /  ~~ ',| √| ノ_,,,ー〜i
      \_∧」 / / (〜' ̄  ~~_,,,ーー〜'
          _/ /   `ーフ ) ̄    ) )_
         ∠-''~     ∠/     //( ノ
                       く\_ー-' '~~~7
           へ    く~7_へ  く_,, ┌二、~
      /7 ∠、 \  _> _/   <ニ, ~ ∠,,へ
      | /   !  | (__//~) _,,,,-'  _,〜、)
      | |    i  |   く ̄ /  \_/~~_  _
      ! レノ  |  !    フ∠へ .  /フ ( (_,,,,\\
      \_ノ  ノ /    (_,,ノ  ∠っ レー' ┌` )/
          / /    へ_/\くニニ┐ 「 ̄| レフ
         ノ /    |   /| | __ | レっ | く
        ノ/      | |~~ | ノ \_,、 「 //\\_/|
       ノ/        | |_ノ )   J |∠ノ  \ ノ
                (__,,ー~~   \ノ      `V



25 :日本@名無史さん:04/04/15 11:05
>>21
蘭陵王はやっぱり辮髪だったi
小学館から出版されている、『世界美術全集 東洋編』シリーズなどは、一冊2万円と言う、
目が飛び出るほどのエクスペンシブルなコストと、思いっきり殴れば頭骨も砕けようと言う
くらいのサイズを誇る、まあ、大きな本である。が、このシリーズは絵画、書、建築、立像
など、その時代の美術一般を包括しつつ、逸品を特に選りすぐって超絶美麗なカラー印刷を
施すという点では、近年希に見るレベルを誇っているので、実に見逃せない。中国本土のみ
ならず、日本や欧米に流出した逸品をも網羅しているので、図版の珍しさでも日本発行なら
ではという特色もあるし、その時代・テーマ毎に載せられた解説もナカナカ興味深いし、作
品紹介も目が離せない。宣和堂、実にお気に入りなシリーズだったりするのである。
 休日の昼下がりに何とはなしに見るには、非常に豪華な本である。流石に散財を謳われた
宣和堂も、このシリーズは流石に五巻目の五代・北宋・遼・西夏しか持っていないので、図
書館に来るたびに眺めるのである.



26 :日本@名無史さん:04/04/15 11:09
>>18
騎馬民族征服説を唱えた考古学者の江上波夫さん死去 2002年11月16日 -Asahi.com 
大陸からやって来た騎馬民族が征服王朝を築き、日本の支配層になったという説を唱えて、
戦後の歴史学界に大きな論議を呼び起こした、考古学者で文化勲章受章者の古代オリエン
ト博物館長・江上波夫(えがみ・なみお)さんが11日午後7時20分、肺炎のため死去
した。96歳だった。葬儀は近親者だけで済ませた。告別式は20日午後2時から東京都
品川区北品川4の7の40のキリスト品川教会で。喪主は妻幸子さん。自宅は公表してい
ない。 山口県生まれ。1930年東京大文学部東洋史学科卒。東亜考古学北支留学生と
して北京に留学。その後、外務省の東方文化学院東京研究所研究員としてモンゴルの遊牧
地帯を調査した。 戦後は東大や札幌大、上智大の教授などを歴任。日本でのオリエント
学の基礎を築き、国際文化交流に尽くした。 考古学のほか、歴史学、人類学、民族学と
多彩な分野で活躍。日本の国家形成を東アジア史の枠組みでとらえた「騎馬民族征服王朝
説」を48年に発表した。4、5世紀の東アジアで北方系の騎馬民族が次々に南下して新
王朝を建設したことを踏まえ、日本もその例外でないとし、神話に始まる天皇家の伝統を
教え込まれてきた日本人に衝撃を与えた。
(19:35)


27 :日本@名無史さん:04/04/16 20:43
久々に見たら、えらいアカデミックになっておりまするな〜
でも、ひょとして板違い!?



28 :日本@名無史さん:04/04/16 21:27
               _
              /  \―。
            (    /  \_
             /       /  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         ...―/          _)  < ちんちん シュッ! シュッ! シュッ!
        ノ:::へ_ __    /      \_____
        |/-=o=-     \/_
       /::::::ヽ―ヽ -=o=-_(::::::::.ヽ
      |○/ 。  /:::::::::  (:::::::::::::)
      |::::人__人:::::○    ヽ/
      ヽ   __ \      /
       \  | .::::/.|       /
        \lヽ::::ノ丿      /
          しw/ノ___-イ
           ∪




29 :日本@名無史さん:04/04/16 22:31
http://www.reset931.net/saiban/Obj_Kar.swf?inputStr=%82%BF%82%E5%82%F1%82%DC%82%B0+%83V%83%85%83b%81I+%83V%83%85%83b%81I+%83V%83%85%83b%81I

30 :日本@名無史さん:04/04/20 00:00
騎馬民族(べんぱつ)とちょんまげ。その謎を解け!

31 :日本@名無史さん:04/04/25 14:33
まげ〜

32 :日本@名無史さん:04/05/17 12:48
まげてきた!!!

33 :日本@名無史さん:04/05/17 13:54
「丁髷」(ちょんまげ)

江戸時代の髪型の一つ。
額髪を広くそりあげ、髻(もとどり) を前面に向けて曲げたもの。
老人の頭に多く用いられた。
それは髪が少ないために、大きな髷(まげ)を結うことができなかったからといわれる。
「つぶ一」ともいわれる。

「茶筅髪」(ちゃせんがみ)

 室町時代から江戸時代に結われた髪型の結い方の一つ。
 男子では、髪を頭の百会(ひゃくえ:天頂のこと)の所で束ね、 
髻(もとどり)を組緒(くみを:糸で組んだひも)で巻き、
 先を房のように出して茶筅の形にしたもので、いろいろの型がある。


34 :日本@名無史さん:04/05/17 15:23
ちょんまげ…それは戦いの記憶である

当時、我々は潤沢な兵力有していた、戦線にも常に多量の兵がいた
日々起こる小競り合いにも十分耐えるだけの補給力もあった
しかし、奴等は少しずつ、だが確実にこちらを疲弊させてゆく…
目に見えて戦況が変わったのは左右からっだった、奴等は一気に攻めてきた
それに同調するかの様に国内の不穏分子も行動する、補給が間に合わない!
我々は戦った、戦って戦って戦い続けた、しかし予想外の事が起きた
なんと本陣を強襲されたのである、敗北だ…
前線にはまだ残っている部隊もあった、だがそれもすぐ駆逐された
ある程度の領土を確保すると満足したのか奴等の進軍は止まった
我々は残ったモノを纏め上げ奴等の土地の上空に進出した
この状態が後に「ちょんまげ」と呼ばれるものになった。

35 :日本@名無史さん:04/05/17 22:31
晒しage

36 :日本@名無史さん:04/05/21 23:49
漏れは今でもちょんまげだぞ。

37 :日本@名無史さん:04/05/22 02:49
烏帽子を被らなくなったのは何故ですか?

38 :日本@名無史さん:04/05/22 23:42
平安武士が、兜をかぶっても頭が蒸れないようにする為と消防の頃に本で読んだ。
スレ違いだが、力士は髪が薄くなってマゲが結えなくなったらどうするの?
引退??

>>36
力士の方?

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