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【維新】清河八郎【回天】

1 :日本@名無史さん:04/04/04 22:38
出羽庄内の農民出身でありながら、
学問、武芸ともに秀で、
いち早く討幕の志を立てた清河八郎を語ろう!

虎尾の会のメンバーや浪士組に関わった人達の話も歓迎。

2 :日本@名無史さん:04/04/04 22:39
(カツオめ、いい体をしおって、けしからん!
  ̄∨ ̄ ̄ζ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ (父さん、誰かに見られてるよ!
     / ̄ ̄ ̄\   ____ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   /        \/∵∴∵∵\         =========================
  /\   ⌒  ⌒ |∴∵∴∵∵ \        ‖(((((((((_ ) ‖      ‖
  |||||||   (・)  (・) |/   \ \∵ | ((     ‖  _《 _\| ‖      ‖
  (6───-◯⌒つ (・)  (・)  ヽ∵|  ))     ‖  ●-●-- ∂‖      ‖
  |    _|||||||||| ⊂   ∪  6)        ‖   厶、   | ‖ ジーー  ‖
   \ / \_/ /  ___   /        ‖  ||||||||| /  ‖       ‖
    \__∪_/    \_/   /          =========================
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     / / |  ,  |\ ./ イ ゜  ゜l\\_
  _/ / /   |::::::::::  | '  |  ゝて::::::::::/ |
 `つノ.. (  ヽつ\ :::::::::::l ⊂/ ):::::::::::::: /  | _____________
  | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| :/ /_/_/_/_/_/_/_



3 :日本@名無史さん:04/04/04 22:40
回天ベッド

4 :日本@名無史さん:04/04/04 22:40
( ´,_ゝ`)プッ

5 :日本@名無史さん:04/04/04 22:41
       ∧  ∧
       |1/ |1/
     / ̄ ̄ ̄`ヽ、
    /  (●)   ヽ
   /   (●)    |
   | (●) (●)   | ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
   /(●)   (●) | ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
  /   (●)(●)  | ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
 {(●)   (●)   | ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
  ヽ、  (●)  ノ  | ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
   ``ー――‐''"   | ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
    /   (●) (●)| ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
   | (●)  (●) | | ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
   .|   (●)  |  | |
   .|(●)(●)  し,,ノ |
   !、(●)   (●) /
    ヽ、 (●)(●)  / 、
     ヽ、  、   /ヽ.ヽ、
       |  |   |   ヽ.ヽ、


6 :日本@名無史さん:04/04/04 22:43
アフガン南東部の村にて、ロバと性交をしていた兵士が現行犯で逮捕された。
警察の発表によれば、逮捕された兵士は首都カブールから南凡そ100kmのガルデズ周辺の廃屋で
ロバと性交していたところを通りがかった少年が目撃、警察に通報し、
駆けつけた警察によって現行犯逮捕されたという。
また逮捕された男性は、お金がなくて結婚が出来なかったからロバとの性交に及んだ、
と獣姦の動機を供述している。
男性(名前は明らかにされていない)はその後4日間を監獄で過ごした後、
特に刑罰は与えられずに既に釈放されている。
アフガニスタンの南部の地域では、男性が求婚する場合は、妻となる女性の
両親に50万円程度を贈るという伝統的習慣があるとのこと。



7 :日本@名無史さん:04/04/04 22:45
時期が早かったな。
まだ討幕論が一般化されていない時期に、
討幕をしようとしたのは失敗だった。

8 :日本@名無史さん:04/04/04 22:55
大河ドラマを見ていると「根拠のない自信に満ちている男」にしか見えん

9 :日本@名無史さん:04/04/04 23:16
イケメンとキモメンの絶望的な差 

具体例
キモメンまじめ:がり勉 イケメンまじめ:知的
キモメンマッチョ:デブきもい      イケメンマッチョ:スポーツマン
キモメン暗い:根暗キモイ        イケメン暗い:クール
キモメン面白い:笑われ者        イケメン面白い:人気者
キモメン高学歴高収入:金の亡者   イケメン高学歴高収入:エリート
キモメンリーダー:調子に乗るな   イケメンリーダー:頼りがいがある
キモメンおしゃれ:勘違いもいいとこ イケメンおしゃれ:イケテル
キモメンやさしい:ピエロ   イケメンやさしい:いい人
キモメン低身長・高身長:キモイ・怖い   イケメン低身長・高身長:カワイイ・カコイイ
キモメンフリーター:さっさと就職しろボケ   イケメンフリーター:夢に向かってがんばってね
キモメンマニア:おたくキモイ、敬遠される   イケメンマニア:流行の発信源、関心持たれる
キモメン子供好き:ロリコン、犯罪者予備軍  イケメン子供好き:心優しい人

キモメンが告白 : きもっ、ストーカー!!
イケメンが告白 : 嫁にしてクダサイ
キモメン新入社員 : 歓迎会無し
イケメン新入社員 : 歓迎会あり、なぜか他部署からも女子社員が参加
キモメンが美容院 : 営業妨害
イケメン美容院へ : ようこそいらっしゃいました
キモメン一人旅 : 自殺だけはするなよ
イケメン一人旅 : ロマンスたっぷり
キモメン、ブスと付き合う : 底辺同士でお似合いね(藁
イケメン、ブスと付き合う : 女性を顔で判断しない、とても純粋な心の持ち主
キモメン、美人と付き合う : ついに援交か・・・落ちたな
イケメン、美人と付き合う : あ〜ん、理想のカップル
キモメン独り暮らし : 孤独死確定ね
イケメン独り暮らし : 御飯作りにいってあげる!


10 :日本@名無史さん:04/04/04 23:47
「まず手始めにハリスの手先ヒュースケンを斬る!」
このセリフが忘れられない(どアップの顔もw)

11 :日本@名無史さん:04/04/04 23:50
清川の価値を正しく理解している2ちゃんねらーなんているのかよ


12 :日本@名無史さん:04/04/05 06:33
>>1
百姓屋で米を作って納めているだけだから
猜疑心のうたがいがない。

13 :日本@名無史さん:04/04/05 16:27
>>11
「清河」の「河」を「川」と書いてるおまいには理解できないだろうな。

14 :日本@名無史さん:04/04/06 00:26
 11> まあ 余り詳しくないけどな。
しかし俺は、浪士組から新撰組までの、清河八郎と芹沢鴨に興味を持っている。

今の大河ドラマでの描き方、どうかな?諸君。 


15 :日本@名無史さん:04/04/06 00:28
>>13
おっと、確かに字を間違えていたな失礼


16 :回天孤士 ◆5gtXLdp1Yk :04/04/07 18:49
ある意味、清河の功績は、幕末という舞台を、京に設置した事だろう。
 
虎尾の会結成後、はずみで町人(幕府の密偵?)を斬った事で、お尋ね者となり、諸国潜伏を余儀なくされた。
 
が、この諸国潜伏旅こそ、幕末の舞台設置活動の第一歩に他ならない。
京で田中河内介に会い、大納言・中山忠能、忠光親子を動かし、幽閉されていた青蓮院宮の内意親書を出させる(偽物説有り)これを手に、諸国を巡り志士達に尊王攘夷はては倒幕まで遊説し、志士達に火をつけて回った。
 
文久二年には、島津久光上京との報せに、
京都挙兵計画(伏見義挙)を計画する。
賛同者は、久留米の真木和泉、福岡の平野国臣、薩摩の有馬新七、長州の久坂玄瑞、朝廷から田中河上介など錚々たる面子がいた。
 
しかし、久光が寺田屋で有馬等を上意討ち(寺田屋事件)し、
挙兵計画は、頓挫する。

17 :回天孤士 ◆5gtXLdp1Yk :04/04/07 19:26
>>16続き
 
この寺田屋事件並び挙兵計画が、志士等の目を京に向けさせた。
 
そして浪士組を献策結成し、京へと上り、新徳寺での爆弾発言後、
孝明天皇から浪士組への攘夷の勅許を得た。
幕府を差し置いて、一介の志士が、帝から勅許を得た事は前代未聞の出来事だった。
この出来事で、
志士等の目は京へと向き舞台は京となっていく。 
が志士等以上に、
事件に驚愕したのが幕府で清河に目を光らた。
 
清河の浪士組挙兵計画
(横浜外国人居留地を焼き討ちし、その騒ぎに乗じて甲府城を奪取し、
尊王攘夷、倒幕運動の魁として活動する。)
を見抜いたかは定かでないが、挙兵決行の数日前、清河暗殺の幕命により、4月13日佐々木只三郎や速見又四郎等によって、麻布一ノ橋にて清河八郎は凶刃に斃れた。
 
熱が入りすぎて清河八郎伝になってしまった…。

18 :日本@名無史さん:04/04/07 20:53
清河八郎は暗殺される日、熱があるにもかかわらず、風呂に入り、
友人の高橋泥舟の家で
「さきがけて またさきがけん 死出の山 迷いはせまじ皇の道」
「砕けても また砕けても よる波は 岩かどをしも うち砕くらむ」
という二首の辞世の句ともとれるような歌を読んでいる。

また、普段かならず護衛をつける清河が、
暗殺される日に限って一人だけで、出かけたというのもおかしく、
最初から殺されるつもりで出かけたという説もある。


19 :回天孤士 ◆5gtXLdp1Yk :04/04/08 14:06
「策士清河評考察」
 
一般的に清河のイメージは、策士、詐欺師、山師、ペテン、変節漢、悪者、小者等。
何故、彼にこのイメージが付いて回るのかは、やはり、新徳寺での発言だろう。 
新徳寺での真意発言は、確かに、幕府寄りの思想を持つ者の反感を買い、そうでない学がある者は信義にもとると思った事だろう。
尊王思想の芹沢鴨や
清河派の池田徳太郎なんかも、席をたっている。
幕府の裏をかいたのだから志士達からは拍手喝采物の筈が、そうはならなかった。
 
当時、伏見義挙失敗以来、幕府に働きかける清河の真意を知らない、志士や同志達は、佐幕に変節したと憤った。
そして、このまま志士達からは変節漢と罵られ、佐幕派からは、ペテン師と呼ばれるこの事が、
後々彼の評伝となり、
新選組物では策士の悪役となり、そのイメージが広がり今にいたっているのではないかと考える。

20 :日本@名無史さん:04/04/08 16:36
>>19
そう思う。
西郷とか桂みたいに藩の協力があるわけでもない八郎は、
策でも使わなければ世の中を動かせなかっただろう。


21 :日本@名無史さん:04/04/08 18:38
「策士策に溺れる」
まさに清河八郎のような男だろう。

22 :回天孤士 ◆5gtXLdp1Yk :04/04/09 10:41
そう。清河には、
後ろ楯がなかった事に、彼の悲劇がある。
 
坂本のように、幕臣重役の保護者もいなれけば、西郷、桂のような藩の支えもない。
藩の支えどころか、出身藩の庄内藩はガチガチの、佐幕(敬幕)ときてる。
 
歴史にifはないが、もし上記のような支援者や、後ろ楯があったらば、
もう少し違った活動をし命も長らえたかもしれない。

23 :日本@名無史さん:04/04/11 23:47
今やってる、 大河 新撰組 の清河八郎
「奥様は魔女」に出ていた 石立哲男(このスペルで良かったっけ?)
 に似ているな。 

24 :日本@名無史さん:04/04/12 00:34
「新撰組!」の清河八郎は根拠のない自信に満ちあふれていてなんだかキモイ。
二百何十人もの浪士をだまくらかして京都まで連れて行って、それで彼らを自分の私兵として使えると本気で考えていたのだろうか?
かなり見通しが甘いんじゃないだろうか?現に失敗したわけだし・・・

25 :日本@名無史さん:04/04/12 00:42
>>25
そうでもないんじゃね?
清河に反発して京都に残ったのは近藤派と芹沢派だけなんだし

26 :日本@名無史さん:04/04/12 12:00
>>24
「自分の私兵」ではなく討幕のための朝廷の軍にするつもりだった。
清河は、自分達は幕府に滅ぼされるだろうが、
この事がきっかけで、討幕運動が盛んになればよいと考えていた。

実際、清河の死後、その影響を受けた連中が活動を始めるし。

27 :日本@名無史さん:04/04/12 22:24
>>26
ちょっとまて、清河は攘夷の先鋒となる為に、
横浜鎖港問題で、関東がいくさになりそうだから江戸に帰ったはず。

28 :日本@名無史さん:04/04/12 22:31
>>27
江戸に帰った後、江戸に集まっていた別働隊と合流した浪士組は
二つの隊に別れて、一隊は横浜を襲撃し、
もう一隊は甲府城を占拠して天下の尊王攘夷志士に呼びかけて、
幕府と戦うという計画だった。

29 :日本@名無史さん:04/04/12 23:17
>>28
ほう、それは知らなかった。ありがとうっす。
しかし、清河さんも勝算度外視組なのかねぇ。

30 :日本@名無史さん:04/04/13 17:49
調べてもわからなかったので、誰か知ってたら教えて下され

清河八郎の孫・斎藤えい子と柴田錬三郎が結婚して、
錬三郎が斎藤家の婿養子になったらしいんだけど、
清河八郎に息子か娘っていたの?
それと清河の弟・斎藤熊三郎は兄の暗殺後、どうしていたの?


31 :日本@名無史さん:04/04/15 11:16
>>28
芹沢鴨と試衛館は、みすみす大出世のチャンスを逃したようですな。

32 :回天孤士 ◆5gtXLdp1Yk :04/04/15 12:32
真偽は定かではないが、浪士組結成前に、近藤と芹沢と面識があったとの説がある。
 
近藤と清河
 
ある夜、近藤が帰宅途中、複数の野犬に囲まれた。近藤は、刀を抜き身構え、野犬が飛び掛かってくるのを、次から次へと凪ぎ倒した。
野犬を全て倒し一段落ついたところ、
影から拍手とともに、
現われた人物がいた。
その人物こそ清河八郎だった。
清河は剣の腕を誉め、
それ以来、近藤と交友を結ぶようになった。
 
芹沢と清河。
 
清河は江戸で様々な志士を訪ねた。
その中に水戸天狗党の者もいた。
清河が町人の首を刎ねたのは、水戸天狗党との会談の帰りだったという。一説には、首を刎ねたとき、芹沢もその場にいたとの話もある。
 
近藤との出会いは、
作り話っぽいが、
天狗党と清河の交遊が、事実とするならば、
芹沢と出会っていた可能性が高い。

33 :日本@名無史さん:04/04/15 13:13
>>32
こういう糞はコテハンの資格なし

34 :日本@名無史さん:04/04/15 19:02
>>32
清河が町人の首をはねた時は水戸藩士・吉良弥三郎との書画会の帰りで、
首を斬った時に一緒にいたのは山岡鉄太郎、安積五郎、池田徳太郎、
伊牟田尚平、村上俊五郎、笠井伊蔵で芹沢はいなかった。

清河は水戸天狗党と虎尾の会の同盟を結ぼうと村上俊五郎、石坂宗順らと
水戸に潜入した事があったが、
天狗党がならず者の集団であると知ると、見限って江戸に戻った。

芹沢と清河は水戸の住谷虎之助の紹介で出会ったという説もある。

35 :日本@名無史さん:04/04/15 20:06
自演もうざいし

36 :回天孤士 ◆5gtXLdp1Yk :04/04/15 23:20
>>34
知らなかった情報です。勉強になりました。
これでも、清河が好きなので史料やら資料を、
漁って勉強したつもりですが、全然勉強不足でした。
 
今まで書いた事は、
決して作ったりした物ではない事だけは、御了承くたざい。
 
もっと勉強して、出なおしてきます。
不快な思いした方々、
大変申し訳ありませんでした。

37 :日本@名無史さん:04/04/16 00:12
>>36
がんばれ!

38 :日本@名無史さん:04/04/16 00:18
今でも地元立川には清川八郎の豪壮な生家が残っている。まさに御屋敷、御殿。

39 :日本@名無史さん:04/04/16 00:26
人間魚雷「回天」

40 :日本@名無史さん:04/04/16 00:34
>>38
俺も去年、最上川が目の前に広がる清川村にいってきたよ
こんな勇壮なところで育ったんだなあ、と感動したよ。
清河の生家付近もみてきたよ。
初秋の頃がキレイでおすすめですね。

41 :日本@名無史さん:04/04/16 00:36
清川は地元では人気ないよ。
徳川四天王に由来する庄内藩が、
清川のようなチンカスを生み出したことは、
恥ずべきことです。

42 :日本@名無史さん:04/04/16 00:39
しかし不思議ですね。
清川村〜新庄は織田家が流された土地・・・
何か関わりがあるのかなあと考えてみるのも歴史の浪漫ですかね?

43 :日本@名無史さん:04/04/16 00:41
>>41
まあ、庄内藩は頑固一徹
釣りすらも鍛錬とみる地ですからねえ・・・
そんな思想に清河は浮いてたのかもしれない

44 :日本@名無史さん:04/04/16 01:26
>>38
その屋敷に天誅組の藤本津之助とかが居候していて、
若き日の清河八郎に影響を与えたんだな。

45 :日本@名無史さん:04/04/16 18:53
>41 良い言葉づかいじゃねぇな。
>36 謙虚でいいぞ。これから、延びてくれたまえ。

46 :日本@名無史さん:04/04/16 20:38
住谷は水戸本圀寺党指揮役を務めるほどの人物で、清川と面識を持つ機会は
住谷が安政期に諸国行脚した時ぐらいしか無いが。


47 :日本@名無史さん:04/04/18 22:03
>>46
寺田屋事件の後、清河八郎は虎尾の会の同志・村上俊五郎と
水戸を訪れ、住谷寅之助と実弟・宮本辰之助らと会っている。

48 :日本@名無史さん:04/04/20 11:34
大河見てて不思議だったんだが、浪士組上洛頃の、
清河と長州・土佐の繋がりはどうだったの?
浪士組の事だって、ただのワンマンプレーじゃなさそうだよなぁ・・

49 :日本@名無史さん:04/04/20 11:54
そういや大河では清河は、わりと貧乏っぽいかんじ・・・
かなり金持ちの家の出身なイメージあったのに。
清河に「私も郷士の出で、苦労しました」とかいわれて
近藤は「あの人には俺たちと同じ土の匂いがする」って同情してるし。
なんか違和感あるなあー

50 :日本@名無史さん:04/04/20 12:46
清河の写真って残ってるんだな

51 :日本@名無史さん:04/04/20 12:54
大河ドラマの清河は重厚さに欠ける。
あれでは佐々木只三郎の方が遥かに大物に見える。

52 :日本@名無史さん:04/04/20 13:45
大河の清河は策士の面が強調されすぎてて
剣豪としての雰囲気はかけらもないな

53 :日本@名無史さん:04/04/20 15:57
そうだね
佐々木とガチンコ勝負しても勝てそうなくらいの腕なのに。
でもその佐々木の小手先の策にひっかかって斬られちゃうんだよね
策士清河たるものが・・・

54 :日本@名無史さん:04/04/20 18:47
>>48
清河八郎は安積艮斎の塾にいた時に土佐の間崎哲馬らと交際があったが、
浪士組の時はあまり土佐系や長州系の志士達とは関わってなかったような。

薩摩の伊牟田尚平とかは浪士組に参加してるんだが。

>>50
写真もあるの?
自分はこれまで三種類の清河の肖像画は見た事あるんだけど。


55 :日本@名無史さん:04/04/20 19:22
1863年に死んでいるから、
日本に写真が伝わっていたとはいえ、
写真を遺すには時期的に早過ぎるような気がする。
多分肖像画の間違いだろう。

56 :日本@名無史さん:04/04/21 00:05
>>54 勤王党の間崎とは手紙の交流は続いてたらしいが、、
彼は土佐に戻されてたんだっけ?
清河⇔長州・土佐の交流が解かる資料読んでみたいな。
 
あと、、確か天誅組の人、、吉村虎太郎じゃなくて、
あんま有名じゃない人も、名前忘れたけど浪士組に参加してる。

57 :日本@名無史さん:04/04/21 01:51
大河 の佐々木只三郎に扮してる役者、スタジオパークに出ていたけど
佐々木を知らなかったらしい。三谷にいわれて、一番(清河八郎よりも)強いように演じて
いると言っていた。
 大河の清河は、「奥様は18才」の石立鉄男だな。

58 :日本@名無史さん:04/04/21 01:57
>>56
天誅組総裁・藤本津之助(鉄石)と思う。
出羽の清河八郎の家に居候し、その後も八郎と交際が深かった


59 :日本@名無史さん:04/04/21 03:06
>>58 サンクス。たぶんその人、でも居候までしてたとは知らんかった。

このスレ見てたら清河八郎記念館行きたくなっちゃったYo!

60 :月と星より ◆jaxQ5494pE :04/04/21 07:13
>>58
藤本鉄石って、浪士組にいたの?

61 :日本@名無史さん:04/04/21 10:09
なんかこの人って小賢しい馬鹿ってカソジですよね

62 :日本@名無史さん:04/04/21 21:13
バカじゃないだろ。でもちょっと無謀だった

63 :日本@名無史さん:04/04/21 21:32
策士って言うよりも
宣伝マンとしての才能があった気がする

64 :日本@名無史さん:04/04/21 21:45
案外誰かの参謀になるタイプだったんじゃないかな・・

65 :日本@名無史さん:04/04/21 21:49
人に仕えられそうになくない?
プライド高そう・・・

66 :日本@名無史さん:04/04/21 22:44
>>65 仕えられ無そうなんだけど、トップに立つのもダメそうというか・・

67 :日本@名無史さん:04/04/21 23:35
時勢を背景にして瞬間的に光芒を放った
いわばスタンドプレイの人って感じかなー

68 :日本@名無史さん:04/04/22 09:23
だから要するに馬鹿だろ

69 :日本@名無史さん:04/04/22 10:05
 >68 お前にできるか? 清河八郎の行動が。

70 :日本@名無史さん:04/04/22 15:05
漏れにはできないなあw
あんなに馬鹿じゃないし

71 :日本@名無史さん:04/04/22 18:18
やつぱ できねぇなー (藁

72 :日本@名無史さん:04/04/22 22:53
>>70>>71
要するに馬鹿だろ

73 :日本@名無史さん:04/04/22 23:14
幕末の志士の中では行動力は指折りじゃないの。
馬鹿と言えるかもしれんが、
最初から捨石になるつもりだったと思う。

74 :日本@名無史さん:04/04/23 00:10
先人に対し、馬鹿と言うは、歴史を冒涜する、大タワケである。
要するに 大バカヤロー!ってことだ。

75 :日本@名無史さん:04/04/23 00:32
まあ、馬鹿になれないところが清河の欠点だわな

76 :日本@名無史さん:04/04/23 11:54
先人なら全部利口というわけでもないだろ
現在と同じ比率で馬鹿はいる
この清河っつーのは底抜けに馬鹿だと思う

77 :日本@名無史さん:04/04/23 12:09
清河は凄いと思うけどな
清河を馬鹿にしてるやつの気が知れない

78 :日本@名無史さん:04/04/23 13:05
だって馬鹿じゃん
結局近藤たちに助けられてなんとか逃げ延びてるし

79 :日本@名無史さん:04/04/23 13:27
>>78
助けられて何とか逃げ延びると、なんで馬鹿なの?



80 :日本@名無史さん:04/04/23 14:35
カコワルイでしょ

81 :日本@名無史さん:04/04/23 14:41
>>80
カコワルイと、なんで馬鹿なの?

82 :日本@名無史さん:04/04/23 14:54
つまりアソコで近藤達は切れるということすら読めない辺りがね
バカでカコワルイと

83 :日本@名無史さん:04/04/23 14:57
>>82
何言ってるのかわっかんな〜い


84 :日本@名無史さん:04/04/23 15:21
ほら数百年後の支持者がわからんちんな馬鹿だし

85 :日本@名無史さん:04/04/23 15:27
馬鹿なのは>>84だと思う

86 :ささっき:04/04/23 18:15
「うっかりしてたんでしょ」

87 :日本@名無史さん:04/04/23 22:26
新撰組厨ウザッ
どっか逝け

88 :日本@名無史さん:04/04/23 23:38
だいたい小賢しくいろいろ弄してるわりには何の役にも立ってない
むしろ周囲の人間に迷惑かけまくっただけ
龍馬みたいに日本を変えるぐらいのコトをやってみろってんだ

89 :日本@名無史さん:04/04/23 23:54
>>88 お前 やってみろ

90 :日本@名無史さん:04/04/24 00:05
だからさあ、後ろ盾がなくて他に手がないから、策を弄して人を騙してでもやるしかなかった

っつってるじゃん支持者さんたちは。あのね、そうゆう場合誠実な人間は

   「 何 も し な い 」 ∵何もできないから

という選択をするもんなんだよ。ヒトに迷惑をかけないようにね。
結局、小利口で自分が大物になりたいだけで策を弄して氏ぬ人騒がせな馬鹿


91 :日本@名無史さん:04/04/24 00:07
>>90
新撰組厨ウザッ
どっか逝け


92 :日本@名無史さん:04/04/24 00:34
だいたい後ろ盾がないから策を弄するしかなかった、とか言ってるけど
龍馬だって脱藩郷士で別に後ろ盾なんてないよ
篤実さと熱意が彼の周りの大物を動かした
これが英雄というものなんだよ

英雄たりえぬ小者の分際で、国を動かそうなんて考えて動くと
周囲を混乱させるだけで何の結果も得られない
このヒト(清河)っつーのはその最たる例だね

93 :日本@名無史さん:04/04/24 00:39
人の迷惑になるから何もしないのが誠実とか言ってたら歴史人物なんて皆不誠実だろ

94 :日本@名無史さん:04/04/24 00:43
まあその通り

その中で結果を出せたものが英雄と呼ばれる

結果を出せなかった清河は小者でただの馬鹿

それを批判しようってのは無茶ですぜ支持者しょくん
小利口だが人当たりが悪くて社会でウマくいってない自分に重ねてるんだろうがねw

95 :日本@名無史さん:04/04/24 01:23
おまえら回天の門読め

96 :日本@名無史さん:04/04/24 01:27
>>94
まさにお前自身の事だなw。
ここでくだらない煽りしか出来ない者が人物評価とは恐れ入る。

97 :日本@名無史さん:04/04/24 02:21
坂本、新選組ヲタは巣に戻れ。

98 :日本@名無史さん:04/04/24 02:48
>>92,94
お前か?
清河スレにて坂本ヲタ丸出しで坂本>>>>>清河論を展開している恥知らずは?
お前も大好きな龍馬をけなされたらイヤだろう?
さあ、オレと一緒に龍馬まんせー板に帰ろうぜ。


99 :日本@名無史さん:04/04/24 02:56
清河が幕末という時代を開闢し、
坂本が幕末という時代を終焉させたといってよい。


100 :日本@名無史さん:04/04/24 11:25
>>94 キサマ何者だ! てめぇでできるか、清河のように。馬鹿だとか、いいわけこいて
できもしないくせに、偉そうにいうんじゃねぇ!

101 :日本@名無史さん:04/04/24 11:48
>>100
コイツみたいな新撰組や竜馬ヲタは漫画とドラマの知識しかない。
清河の本当の姿を知らないアフォだからスルーする事をおすすめする。


102 :日本@名無史さん:04/04/24 18:39
>>101
妙な言いがかりをつける輩がいるな清河支持者には

じゃあ喪前は何を知ってるんだ?もしかして幕末から生き残ってるのか?w

文書として残された事象から事実を推定することしかできんのだよ歴史というのは
そして歴史上、なんら実効性のある業績なく
ただ周囲を乱すのみに終わったコイシはただの馬鹿と言われるしかないのだ

103 :日本@名無史さん:04/04/24 18:49
>>102
まだ粘着してんのかよウザー
見苦しいな。

104 :日本@名無史さん:04/04/24 18:52
乱を起こすことによって
徳川幕府のもとにおける秩序を破壊したんじゃないの?
変革期にはそういう役割をする人間が必要なんだよ

まあ、清河がやらなくても誰かがやったであろう役割だけど

105 :日本@名無史さん:04/04/24 19:00
そういえば清河って鈴木ユミ飼ってるんだよね

106 :日本@名無史さん:04/04/24 19:21
>>92
坂本竜馬には幕府の海軍伝習所があったし、
何よりも薩摩藩が協力的だった。
清河八郎は薩摩藩を頼ったが、逆に島津久光に同志を粛正されている。

107 :日本@名無史さん:04/04/25 01:54
>>106
また理の通らんことを言っとるね清河支持者はw
別に海軍伝習所は坂本の出自によるコネでもなんでもないでしょ?薩摩藩も同様
別に後ろ盾なんざ何もないところから始めてるんだよ龍馬は
その熱意と篤実さが回収や薩摩を惹きつけたと言えるだろう。それが英雄の才だよ
だいたい、当初の立場で言えば「後ろ盾」と言えるようなもの・ことは
清河の方が余程大きかっただろう
誰もがある程度差のあるスタートラインから、
自分の目標実現に向かって力をageたりsageたりしていく
そのなかで人脈を増やし、信を得て、力を発揮できる状況をつくり・・・

キミが言う海軍伝習所は、動き出した龍馬がその中で得たひとつの居場所だろう
それは清河で言うなら老子組かw
龍馬には薩摩藩が協力的だったと言うが、
薩摩を動かしたかったのか清河は?薩摩を動かす為に何かしたか?

108 :日本@名無史さん:04/04/25 09:02
>>107
いちいち煽りに釣られていたらキリないぞ。

109 :日本@名無史さん:04/04/25 09:55
竜馬や清河がやったことをいちいち細かく理解している奴がえらいんじゃなくて、
どちらも功績を残した先人と認めて、両方から学べるものを学び、
不要なものは不要として無視し、
それを現在で活かして後世に結果を残した奴が結局一番偉い。

2人とも、少なくとも知識の人ではなく、行動の人だった。

110 :日本@名無史さん:04/04/25 12:04
竜馬の手紙にも
「清河八郎は一人の力で天下を動かす」
というような事が書かれてある。
お互いに認め合ってたんじゃないの。

111 :日本@名無史さん:04/04/25 14:54
清河とは間崎がお友達な上に吉村も接触あるみたいだし
龍馬も彼らずてにいろいろ聞いてるだろうよ

112 :日本@名無史さん:04/04/26 11:00
たしかに行動の人だね

しかし行動に良い結果が伴っていない以上、清河は馬鹿

113 :日本@名無史さん:04/04/26 11:20
>>109 が中立の立場から言い事言ってるのに、

>>112みたいな阿呆がゲロ見たいなセリフを吐いて反論した気になっている。

まあ、日本史板に良く見られる風景だけど、
ROMからすればどっちが馬鹿かは明白だと忠告しておこう。

114 :日本@名無史さん:04/04/26 11:29
>>95 清河の奥さんが獄死するあたり泣ける・・・

115 :日本@名無史さん:04/04/26 11:53
まあ過激浪士というものはどれも似通ったものです。

116 :日本@名無史さん:04/04/26 20:45
清河は蘇秦、坂本は韓非。

117 :日本@名無史さん:04/04/26 21:05
>>116そのココロは!?

118 :日本@名無史さん:04/04/27 09:03
清河はサリエリ、坂本はモーツァルト。

119 :司馬霊太郎:04/04/27 11:04
幕末の風雲は清河がたった一人で起こしたと言って良い。

あとの出来事は風雲に巻き込まれた雑魚どものタコ踊りに過ぎないと言える。

120 :日本@名無史さん:04/04/27 11:24
幕末の風雲は清河の自作自演っていうことか・・・

121 :司馬霊太郎:04/04/27 11:42
余談であるが、>>120の知性の低い発言が飛び出す輩は、全くの阿呆と言ってよい。

122 :日本@名無史さん:04/04/27 14:44
要するに清河は幕末のDQNってことでFA?

123 :日本@名無史さん:04/04/27 16:42
清川村育ちだから清河さんな事しらないヤツはとやかく言うな

124 :月と星より ◆jaxQ5494pE :04/04/27 20:25
清河八郎と坂本龍馬より、
清河八郎と吉田松陰の方が比べ易いような気がします。
二人とも同じ年ですし。

125 :日本@名無史さん:04/04/27 21:55
お前ら清河疾風録読め。

126 :日本@名無史さん:04/04/27 22:01
>>124
当時の人には「西の吉田松陰、東の清河八郎」と言われてた。

127 :日本@名無史さん:04/04/27 22:06
>>126
>>当時の人には「西の吉田松陰、東の清河八郎」と言われてた。

と書いた小説家もいる。が正解でつ。

128 :日本@名無史さん:04/04/27 22:12
ココロはどちらもDQN

129 :日本@名無史さん:04/04/27 22:16
>>128
2人とも天才だよー

130 :日本@名無史さん:04/04/27 22:18
2人とも時代の流れに逆らった基地外

131 :日本@名無史さん:04/04/27 22:25
>>130
その後の時代の流れは二人の思う方向にすすみゆく〜。

132 :日本@名無史さん:04/04/27 22:25
>>127
松陰タンも八郎タンも同じ時期に安積艮斎の塾にいるしね

133 :日本@名無史さん:04/04/27 22:32
安積艮斎には小栗上野介も学んでいる。

134 :日本@名無史さん:04/04/27 22:37
当時の最先端なんだろうか<安積艮斎塾。

ちなみに佐藤一斉の教え子→安積艮斎・佐久間象山・横井小楠・渡辺華山

135 :日本@名無史さん:04/04/27 22:43
小栗ヲタキター━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!

136 :日本@名無史さん:04/04/27 22:46
頼三樹三郎も一斎の弟子でつ。

137 :日本@名無史さん:04/04/27 22:57
頼三樹三郎ってすんごい名前だなぁ・・この人よく知らないけど・・

八郎に比べて松陰はさっさと佐久間象山のところに行った感じだなぁ

138 :日本@名無史さん:04/04/27 23:02
論理で勝てないなら殺してしまえか・・・。
頭のいい人は殺されてしまった時代なんだね、文武両道か。

139 :日本@名無史さん:04/04/28 01:43
清河って歴史の前座なんだね。

140 :日本@名無史さん:04/04/28 01:51
>>137
伊東甲子太郎の弟・鈴木三樹三郎は頼三樹三郎に憧れて、
三樹三郎と名乗ったらしい。

141 :日本@名無史さん:04/04/28 09:05
文久2年から3年にかけて尊攘運動が凄まじい高まりを見せるが、
清河と本間精一郎がこの火付け役であり、この2人が尊攘派浪士の首魁だった。
清河と本間が諸国を回って尊攘派を煽って煽って煽りまくった結果、
大量の脱藩浪士が発生し京都に集結して天誅や挙兵を繰り返し、
幕府の権威をとことんまで失墜させた。

歴史上、清河の果たした役割で大きいのは、
一介の郷士が天下を動かせることを示したことだと思うな。
「1人で何ができる」「どうせ変わらない」とみんなが思っているかぎり
旧体制は維持されるが、幕末の下級武士たちにとって
その思考様式を180度転換させたのは清河の存在だったんじゃないかな。

142 :日本@名無史さん:04/04/28 10:18
>>141
一介の郷士と言っても、秀才ではあるわけで。

143 :日本@名無史さん:04/04/28 10:26
新選組ヲタだけど、清河はなんとなく好きだな。
つーか、憎めない存在ではある。
やっぱり近藤、土方、沖田らが世に出たのも、
清河のおかげだからだな。

144 :日本@名無史さん:04/04/28 19:33
だよね浪士組を考えたのは清河さんだし

145 :日本@名無史さん:04/04/28 19:43
浪士組結成に幕府相手に奔走していたのは山口徳之進や住谷寅之助など水戸藩連中らしいが。
芹沢が大きな顔をしていたのもその経緯があるからだろう。


146 :日本@名無史さん:04/04/28 21:50
清河を殺したのは誰と誰?

147 :日本@名無史さん:04/04/29 06:49
>>146
実行犯は佐々木只三郎、速見又四郎、高久安次郎、
広瀬六兵衛、永井寅之助、依田哲二郎、徳永昇作の七人。

清河が金子与三郎の家から帰る途中、
佐々木が
「清河先生」
と声をかけて、笠を脱いで挨拶したので、
清河も笠を脱ごうとした時に、後ろから速見が斬りつけ、
前方からの佐々木の太刀が致命傷になった。

清河の暗殺を命じたのは松平上総介忠敏か板倉周防守勝静だと言われている。


148 :日本@名無史さん:04/04/29 06:56
清河は東帰してから、あんまパッとしねーな。

149 :日本@名無史さん:04/04/29 20:06
ぱっとする間に消されたんだよ。

150 :日本@名無史さん:04/04/29 22:17
消されてしまったけど、
すでにその火花は各地で新たな火を起こしていた

151 :日本@名無史さん:04/04/30 01:47
>>149
3月28日に江戸に帰還して、暗殺されたのが4月13日。
4月15日の横浜襲撃が実行されていたらどうなっていたか・・・。

152 :日本@名無史さん :04/04/30 15:57
阪神電鉄の創業者は清河の塾に入っていた
長岡出身のため長岡に帰ってからは、主席
家老になる河井継之助に学ぶ


153 :日本@名無史さん:04/04/30 16:07
だから貧乏電鉄になったんだよw
長岡に帰らなければ良かった

154 :日本@名無史さん:04/05/02 01:41
>>151
清河は4月15日の横浜襲撃を止めようとしていたのでは?


155 :日本@名無史さん:04/05/02 14:01
今、大切なのは攘夷の心だと思う。

156 :日本@名無史さん:04/05/02 14:43
文久3年、将軍上洛・生麦事件を背景にして、様々な思惑が渦巻いた。

1,幕府…攘夷の件は曖昧にすませてサッサと江戸に帰りたい。
2,近藤・芹沢(壬生浪士組)…将軍は京都に残り、攘夷戦の指揮をとるべきだ。
3,清河(浪士組)…速やかに将軍と浪士組は江戸に戻り、関東で攘夷を行うべきだ。
4,長州・土佐・激派公卿…幕府が関東で攘夷を実行するまで将軍を江戸に帰さない。

尊王攘夷といっても2〜4は微妙に違っている。
2は大阪湾、3と4は関東で攘夷せよと言っている。
1と3は将軍東帰で一致し、2と4は将軍滞京で一致している。
3と4では誰が攘夷を行うかで違っている。

これに対して幕府はどのような手を打ったか・・・。
まず、将軍後見職の一橋慶喜に関東で攘夷戦争をさせると約束し、
それに伴い慶喜と浪士組を関東に戻し、清河を粛正した。
生麦事件の賠償金を支払ったうえで、慶喜は攘夷不能の責任をとって辞任。
後見職に代わって将軍が関東で攘夷をするという理屈で将軍東帰を実現させた。
将軍不在の京都では会津と薩摩が同盟して長州・激派公卿を追放し、
一会桑(一橋・会津・桑名)政権が誕生した。
新政権のもとで、すっかり幕府方となった新撰組が尊攘派を弾圧することになる

157 :156:04/05/02 15:33
×清河を粛正した
○清河を粛清した
だな。スマン。付け加えると、
幕府にとって一番厄介だった清河構想をつぶすことで、
幕府としては何とかうまく切り抜けたつもりだったが、
一旦火のついた尊王攘夷の勢いは止めることができなかった。
その火付け役は清河八郎に他ならない。

158 :日本@名無史さん:04/05/02 17:04
芹沢派粛清も政変の余波の結果なのだろうか。


159 :日本@名無史さん:04/05/02 21:02
大河ドラマでは清河の暗殺シーンはないのかな〜?
佐々木の卑怯な手口が全国に晒されるチャンスなのに。

160 :日本@名無史さん:04/05/02 23:34
今回はスルーですね、清河さん。新見が辛うじて名前を呼んだぐらい。
こないだまで出ずっぱりだったのに、何て扱いだ……。

161 :日本@名無史さん:04/05/03 21:24
>>159
5月23日「鴨を酔わすな」 の回で
近藤は坂本竜馬から、清河八郎が暗殺されたと聴かされるらしい。

http://www.jstv.co.uk/midokoro/midokoro_story.html


162 :日本@名無史さん:04/05/03 21:30
>>158
当時の幕府の基本方針は、
朝廷に対して口先だけ「攘夷します」と言って時間を稼ぎ、
その間に抵抗勢力を力で押さえ込もうというものだった。

抵抗勢力の代表が水戸天狗党と長州藩。
水戸天狗党出身で、毎朝皇居を拝んでいたほどの
バリバリの勤王である芹沢が粛清の対象となったのは
当然と言えるのかもしれない。
芹沢暗殺の翌年、第1次長州征伐が実行され、
水戸天狗党は幕府軍に包囲され降伏。
833名のうち353名が斬首されるという冷酷極まる処分が下される。

163 :日本@名無史さん:04/05/03 23:42
天狗党300人以上が斬首されたのか・・・知らなんだ・・・。

164 :日本@名無史さん:04/05/04 01:39
>>163
あまり知られていないが、幕末最大の悲劇だな。
この類を見ない大量処刑に驚いた薩摩藩の大久保利通は、その日記に
「このむごい行為は,幕府が近く滅亡することを自ら示したものである」
と記したそうだ。

165 :age:04/05/04 09:25
>>155
征夷だと思ふ

166 :日本@名無史さん:04/05/05 13:10
>>161リンク先が日本語衛星放送
海外で新選組みられるんか

167 :日本@名無史さん:04/05/05 18:31
芹沢健在の頃は水戸藩から新撰組に資金が出ていたというが裏付ける記録は無いのだろうか。
結成には住谷・山口など本圀寺党が深く関わっているし、芹沢粛清は水戸との絶縁宣言かもしれない。
戊辰直前に近藤が二条城から叩き出されたというのもその遺恨がらみっぽい。

168 :日本@名無史さん:04/05/05 22:02
帰省中に八郎記念館に行って来た。
昔と比べて明らかに繁盛しており、しかも若い娘の客までいた。
受け付けのおばさんに聞いてみた所、去年から客が増えたそうです。

169 :日本@名無史さん:04/05/05 22:07

とうとう清河八郎も801女の餌食になるのか。

170 :日本@名無史さん:04/05/05 22:58
何て下世話な視点でモノを語るんだ……。

それはそうと、あんな交通の便の悪いとこに、わざわざ清河八郎の為に来てくれる人が増えたとは。
地元民(清川村じゃないけど)として感心と礼を。

171 :日本@名無史さん:04/05/05 23:06
>>170
一応、駅から歩いて行ける距離ではないか?
それはそうと、受け付けで資料を買い漁った訳なのですが、
何かハチローの顔が浮き彫りになった丸い文鎮が置いてあってね。
あれは商品だとは思うのですが買わなかった。
金無かったし・・・


172 :日本@名無史さん:04/05/05 23:25
商品じゃ無かったのかなぁ・・・
しっかり聞いとけば良かった。
でも立川町役場発行の「清河八郎グラフィティ」は
案外面白い本だったので満足だ。
夏にも行こう。その時こそ文鎮の真実を!

173 :日本@名無史さん:04/05/06 09:27
>>172
俺も夏に行くつもり。

174 :日本@名無史さん:04/05/06 10:45
きのうは清河神社の例大祭でした。
いつにも増して、清河八郎記念館は人が溢れておりました。
あんだけ立川町が清河をプッシュしてるけど、新庄駅では、清河八郎記念館の場所も知りませんでした。

175 :八幡太郎 ◆HachiWePRs :04/05/06 11:00
>>174
地元、ってそういうところがありますよね。
京都の西本願寺を訪ねたとき、構内の喫茶店で
「境内に新撰組が屯所に使っていた遺構があるはずなのですが?」
と訪ねたのですが、どなたもご存じありませんでした。
おみやげ売り場の主任さんらしき女性が、西本願寺の史料を出してきてくださって
やっと場所がわかったような状況でした。

ちなみに、この屯所に使った建物自体は、どちらかに移築されてしまったようでして、
太鼓堂だけが残っている状況でした。

176 :日本@名無史さん:04/05/06 14:33
行きたいなぁ。
清河記念館に神社ぁ〜。

177 :日本@名無史さん:04/05/06 15:40
>>176
もし行かれた時は、「最上峡船下り」を是非やってみて下さい。
なかなか風情があっていいですよ。

178 :日本@名無史さん:04/05/06 20:56
東京から日帰りも可能だろうけど、やっぱり船下りは良いねえ。
秋のモクズガニの季節がお薦めだろうか。
私は比較的故郷が近い割に行った事ないんだけどね。


179 :日本@名無史さん:04/05/06 21:54
>>175
西本願寺にあった新選組の屯所は
兵庫県のあるお寺の本堂として現在も使われています。

180 :日本@名無史さん:04/05/06 22:03
自分も立川町出身だからあんな田舎が話題になるのは嬉しいな・・・
地元民のくせに清川記念館行ったことないけど。
夏に帰ったときに行ってみようかな

181 :日本@名無史さん:04/05/06 22:05
そうか、清河八郎の故郷山形県か。。。
是非行ってみたいな。

俺は新選組ヲタなんだけど、実は松尾芭蕉が大好きなんだ。
松尾芭蕉といえば「奥の細道」で、そのメッカは山形県だよね。

しずかさや岩にしみ入る蝉の声
五月雨を集めて早し最上川
暑き日を海に入れたり最上川

この夏は清河八郎&芭蕉ツアーでも行こうかな。

182 :日本@名無史さん:04/05/06 22:11
>>181 庄内出身の藤沢周平「回天の門」を読みつつ旅するが宜しかろう。
清河の本では秀逸かと思う



183 :178:04/05/06 23:02
>>181 
清河八郎の故郷立川町は芭蕉にも関係ある場所でありまして、
立川観光ガイドブックを紐解いて見ました所、
記念館から最上川の方へ行った所に俳聖芭蕉上陸の地と言う場所がありまする。
昔の清川関所跡で芭蕉一行の庄内上陸の地だそうです。
そのまま最上川から鶴岡、出羽三山へと旅するも良いかと思われます。
それと私が行った事ないのは船下りの方でして、記念館は2回行ってます。
10年程前と今週の日曜日に。168が私です。
ちなみに記念館にも芭蕉関連の資料っぽいのが少々有ったような気がします。


184 :181:04/05/06 23:55
>>183
レス、どうもありがとう。

手元にある「奥の細道」の解説本にも、立川町のことが紹介されていますよ。
それによれば、「往時の清川は、最上川舟運の発着地で・・・その後、清川関所跡に
地元の有志が『五月雨を集めて早し最上川』の句碑を建立し、芭蕉を偲んだ」とあります。
また、「幕末の英傑で尊皇攘夷倒幕を志し、幕末維新の風雲を起こした清河八郎生誕の地でもある・・・」とも。
芭蕉は新庄市本合海から船で最上川を下り、貴殿のおっしゃる通り立川町の清川関所で下船したようですね。
日本三大急流の一つ最上川を船で下って清河八郎や松尾芭蕉を偲ぶのもいいですね。
そして出羽三山最高峰月山の山頂まで登ってみようかな。
是非行ってみたいです。

185 :日本@名無史さん:04/05/07 02:02
>>184

松尾芭蕉が最上川を下ってきたときに、陸路の手形しか持ってなかったので
清川の関所を越えられなくて困っていたら、斉藤治兵衛さんが保証人になって手形を
発行してくれたという逸話があります。
因みに少し上流のところに船をチャーターして乗れる場所があるのだが、
西遊草のラストで清河一行が親戚たちと宴会をした場所でもある。
源義経ゆかりの仙人堂があるところなんだけど、
陸羽西線の高谷駅で降りると渡し船があるのだ。

186 :日本@名無史さん:04/05/07 14:56
清河とお蓮の墓がある、伝通院も一度訪れてみたい。
まさか、清河ノートみたいなのは墓に供えられてないよね。
同人女の毒牙にはかかってほしくない人物だ。

187 :日本@名無史さん:04/05/07 21:12
お墓は夫婦ならんであるのかなぁ・・自分も行ってみたくなった・・・

188 :日本@名無史さん:04/05/08 01:33
伝通院の事務所で伝通院略史という小冊子が売られているのだが、
清河や柴田練三郎のことが詳しく書かれていて面白いよ。
500円くらいだったと思う。
例の浪士隊が集まった処静院の住職、琳瑞和上のことも出ている。
山岡鉄舟や高橋泥舟が幕臣でありながら尊皇思想に篤かったのは
この琳瑞の影響を受けていたからだそうだ。
琳瑞も出羽国出身なので、清河と懇意だった。

清河の実家が檀家の総代になっている歓喜寺に
孝明天皇の書が飾ってあるのは知ってる?
何でも歓喜寺(と、もうひとつお寺の名前を聞いたんだが忘れてしまった)
の住職が何かの儀式のために京の総本山に上ったとき、
(あのお寺の総本山はどこになるのか知らないのだが…)
天皇家に献上品をいくつか差し上げていて、(献金も含まれる)
それで「出羽の斉藤家」は朝廷の間でちょっと名が知れていたらしいのだ。
浪士隊の建白書がすんなり受理されたのは、そんな裏の事情もあったかも?



189 :日本@名無史さん:04/05/08 21:43
500円なら結構入手しやすくていいな

清河、も少し勉強してみたいな、まだ小説しか読んだことないや。

190 :日本@名無史さん:04/05/08 21:53
清河八郎記念館でも売っていたし、荘内日報か鶴岡の広報に紹介記事もあったけど、
この本はどんなもんだろう。
ttp://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=0130&webCode=00019942004
まだ読んでないんだよね。


191 :日本@名無史さん:04/05/12 12:44
おい!
虎尾の会の面子を教えたまえ!

192 :日本@名無史さん:04/05/12 14:29
山岡鉄太郎、松岡万、・・・(幕人)
池田徳太郎、美玉三平(薩)、村上俊五郎
ヒュースケンを斬殺メン→益満新八(薩)・伊牟田尚平(薩)・樋渡八兵衛(薩)


193 :日本@名無史さん:04/05/13 12:40
>>192
その面子は我輩も知っている。
15名全員を教えてくれよん!

194 :日本@名無史さん:04/05/13 16:57
ほい。

山岡鉄舟・松岡万
伊牟田尚平・樋渡八兵衛・神田橋直助・益満新八郎・美玉三平
清河八郎・池田徳太郎・安積五郎・村上俊五郎・石坂周造
・北有馬太郎・西川練造・白井佐一郎・桜山五郎

でももっといるはず。


195 :日本@名無史さん:04/05/14 12:37
>>194
白井佐一郎・桜山五郎は知らないな。
何かやってんの?

たくさんいるの?

196 :日本@名無史さん:04/05/14 15:31
>>195
白井佐一郎・桜山なんかが何やったかはしらんけど、
北辰一刀流関連の人とか、当時清河が江戸に開いた塾の関連の
人とか、それなりに人数も多かったんじゃないかね。

坂本竜馬↓もらしいが
http://www3.omn.ne.jp/~nishiki/kiyokawa.htm

NHKの大河では新撰組の山南が会に入ってたけど、
ありゃオリジナル設定だよなぁ・・?

197 :日本@名無史さん:04/05/17 00:14
清河暗殺回想マダー?

198 :日本@名無史さん:04/05/17 12:44
>>196
マジ?

199 :日本@名無史さん:04/05/17 22:17
>>198 坂本龍馬に関しては、鉄舟小説にもそのように出てきたんだが・・

200 :日本@名無史さん:04/05/18 12:49
坂本竜馬は清河八郎の舎弟か。
ひとつ勉強になったよ!

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