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最後の海軍大将 井上成美

1 :日本@名無史さん:04/04/03 21:37
に ついて語ってくれ。

2 :日本@名無史さん:04/04/03 21:47
        」_ ヽ. i__  / /   ,!    !. トl 、 i i、
        {:::::`rt'´::::}/,./,'   l|   || l.|l i l |;!
        {:::::::H:::::::i !| l __」|   |l l」|_ | l ト   r、.  n
      `!ー1__fー' l.l.ヒlニ-┘`ー‐' `´ └'ヽ」l |′  | j丁| |
       | l'r‐|  f′ ,.==、     ,r=、/l  ! /`\.  !
        l ハ. '1  l ィi:f;;:::!i     |f;;:!|レ'l  |'´    ヽ \
      ,l i `H  l. ゝ二ノ    , ー' トl !、 !       ├- '
.       ,.l l   ! l  ト、      ┌‐ァ  , イ l l l |    ,. -′
     / l. l  l !  r'ユ.‐- ..._ゝ.' <l ,ヘ,! | l l   /
.    / /! l.   l. l.  ! \   ヽ_>、 ! ./ l| | l /  _/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    / / .レ   | r1  l  `<´   l./ ̄i レi.l. lヽ  \ 井上成美です。
    ,' / /l  | l !/  l‐--f ̄ ̄`「|::::::::::j///! l. |    l ヨロシク♪
.   i ,' ! !l  ,!l /l  ,! | ,. l::::::::::::;.木‐<V´! NV    \_________
   l.  N | /,'レi ヽ.l | !  , ゝ:;:/::::|。i:::、:ヽ\` `

3 :日本@名無史さん:04/04/04 01:02
敗戦必至とみて、英語教育を続けさせた。
海兵の生徒らは、世の中に放り出された時に
一般教養は無くてはと、あの時代に
軍事学より普通学を優先させた男。
戦争は下手と言われたが、信念があったねぇ。
その海兵出身者が、日本復興に
どれだけ活躍したか。

4 :日本@名無史さん:04/04/04 01:05
山本権兵衛

5 :日本@名無史さん:04/04/04 04:08
井上成美海軍大将 海軍兵学校校長時敵国語を使用するなとの時代に
外国語を使えない海軍士官などあるものかと英語の授業をやめなかった。
早く卒業させて第一線にとの中央の声に対し、もう戦争は負けだ、
兵学校の教育はむしろ戦後復興を担う人材を育てることだとの決意
を内心に秘め抵抗した。そのあとの海軍次官の時もそうだが、あの狂気
の時代に思考が客観的、合理的だね軍人の枠を越えている。

6 :日本@名無史さん:04/04/04 16:39
井上成美を「いのうえなるみ」ってよんでた
香具師いる?

7 :日本@名無史さん:04/04/04 16:42
敗戦後の隠遁生活は涙を誘う。


8 :日本@名無史さん:04/04/04 17:30
>>6
初めて知った時はそう読んでた

9 :日本@名無史さん:04/04/04 17:37
クソ軍人のスレは軍事板でやってくれ!



10 :日本@名無史さん:04/04/04 23:18
井上チルドレンから戦後総理が何人か出てるね。彼らの総理としての是非善悪はさておき。

11 :日本@名無史さん:04/04/04 23:49
>>9 井上成美はクソ軍人じゃないぞ。


12 :日本@名無史さん:04/04/05 06:49
軍事的に語ろうにもとるに足らん(笑

13 :日本@名無史さん:04/04/05 22:12
リベラルな人物。仙台出身。

14 :_:04/04/05 22:17
井上君は、
 教育参考館に掲げられた歴代大将を写真をさし、
 「歴代大将は、みんな国賊だ。全部はずせ。」
 と命令し、全部おろさせたと阿川君が言ってたよ。


15 :日本@名無史さん:04/04/06 08:23
重慶戦略爆撃は、たしか井上の発案。

16 :日本@名無史さん:04/04/06 14:55
井上成美ってサイテーな奴だな。↓

http://touarenmeilv.ld.infoseek.co.jp/from25to37ww2.htm

だが支那戦線では、我が陸海軍航空部隊が五月十五日から第四次奥地進攻作戦(百一号作戦)を発動し、
九月二十三日の我が軍による北部仏印進駐の頃まで支那軍民の反日抗日気運をみすみす煽り立てる
愚劣な重慶爆撃を連続反復し、−−−

17 :日本@名無史さん:04/04/06 15:32
5月に対日賠償請求訴訟へ 重慶爆撃で4億円求め

 【上海4日共同】日中戦争中に中国重慶市で旧日本軍が行った「重慶大爆撃」の被害者や遺族ら10人が、
5月に日本政府を相手に、謝罪と3150万元(約4億円)の損害賠償を求める訴訟を日本で起こす方針を固めた。
「重慶大爆撃被害者親ぼく会」の王永鋼会長が4日、明らかにした。
 王会長によると、既に訴訟資料などは整えており、近く重慶を訪れる日本側弁護士との間で日程などを詰める。
 同親ぼく会の会員のうち、爆撃で家族を失ったり、自ら負傷したり、財産に損害を受けたりした
市民ら計373人が日本政府に損害賠償を求める意向で、今回の原告10人は第1陣という。
 王会長によると、原告らはできる限り早い提訴を求めているが、訴訟費用が不足しているため、
早くても5月になる。同市内の企業などに寄付を求めて工面する方針だ。(共同通信)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040204-00000172-kyodo-soci

18 :日本@名無史さん:04/04/06 22:46
海兵を2番で出た。

19 :日本@名無史さん:04/04/07 09:57
海軍大学校も優等卒。


20 :日本@名無史さん:04/04/07 11:14
で、民間人を爆撃で大虐殺。

21 :日本@名無史さん:04/04/07 19:23
勲一等を授与されたかのルメイ大将の勲功を忘れたのかい。
君は。
あの作戦こそ勝利への正しい道だったのさ。

22 :日本@名無史さん:04/04/07 20:30
その叙勲は小泉純也防衛庁長官の強い薦めによる。

23 :日本@名無史さん:04/04/07 21:26
だからどーした

24 :日本@名無史さん:04/04/08 22:11
>>うそつくな 阿川読み直せ

25 :日本@名無史さん:04/04/09 00:34
山本五十六・米内光正・この三人が海軍良識派

26 :日本@名無史さん:04/04/09 00:34
米内光政の’間違いだった。

27 :日本@名無史さん:04/04/09 07:24
阿川は海軍だから客観性に疑問がある。

28 :日本@名無史さん:04/04/09 17:03
阿川さんの作品は「海軍はこんなに素晴らしかっただよ・・・」
というのが、メインだからな。
3人に関しては魅力的な人間なんだが、作品に関しては持ち上げ過ぎって
感がどうしてもいがめないので、小説という括りで読んだ方がいいな・・・
厨房時代に感化されたなー

29 :日本@名無史さん:04/04/09 19:26
米内はなぜトラウトマン工作を潰したの?

30 :日本@名無史さん:04/04/09 19:40
山本五十六は何が良識派なのかさっぱりわからんね。
アメリカの国力が強大でとてもかなわないなんてことは
狂信的な奴以外は皆知っていたことじゃないか。攻

31 :日本@名無史さん:04/04/09 21:18
いや、ひこうきじゅうしだったからじゃない?

32 :日本@名無史さん:04/04/09 21:20
飛行機重視と空母機動部隊を攻撃に使ったことだね。
(空母機動部隊の構想自体は小沢だっけ?)
軍人としては優れていたかもしれんが(でもい号作戦は駄目だな)
、政治家としては普通だ。

33 :日本@名無史さん:04/04/09 21:56
米内大臣・井上次官で終戦への道に進んだ。
ある意味日本を救った一人と言っても
過言ではないだろう。

34 :日本@名無史さん:04/04/09 22:28
>>33
果たして本当に救われたのかな?

35 :日本@名無史さん:04/04/13 01:24
あれ以上ボロボロになるよりは、救われたと思うよ。

36 :日本@名無史さん:04/04/13 05:32
阿川は陸軍を一方的に悪者にしてるが、必ずしもそうとは言えないのでは?
井上が立派だったのは認める。

37 :日本@名無史さん:04/04/13 09:34
阿川は海軍のエリートにしか興味がない。
狭量さが鼻につく。

38 :日本@名無史さん:04/04/14 20:47
兵にとっては陸軍>>>海軍だよね。
海軍の水兵なんて人間扱いされないもん。

39 :日本@名無史さん:04/04/15 00:06
頭が良すぎて戦争下手と言われていた。

40 : :04/04/15 00:16
この人といえば先見性に富んでた「軍備計画書」だろ。
取り上げられなかったけど・・・。
まあ取り合げられたとしても15年の段階だから戦争には
間に合わなかったけど。

41 :日本@名無史さん:04/04/15 15:59
米内の戦争後期の戦争指導は八百長

42 :日本@名無史さん:04/04/15 16:18
敗戦後、横須賀の長井に隠棲した時には、八百屋、魚屋で買い物する際にも
計算尺持ち歩き、値段にいちいち文句言ってたので、計算尺ジジと嫌われて
いたらしい。

43 :日本@名無史さん:04/04/15 16:26
日本の官僚社会では、その省庁の主流になっている論理に反対すれば、その人間は
間違いなく主流から外されるか、体よくお払い箱。なのに、海軍軍人あこがれの
GF長官まで成り上がった56は不思議だ!阿川の小説には作為と捏造が多過ぎる。

44 :日本@名無史さん:04/04/15 18:22
海軍オタ(までの知識はないが半可通の海軍マニア)の某作家の作り話で
脚光を浴びた海軍将官物語の一つでがせう。小説は歴史ではないんですだ。

45 :日本@名無史さん:04/04/15 20:11
井上提督、第一線の将校からは嫌われていたというかなめられていた。
トラック島で、井上長官の主催で母艦搭乗員の慰労宴の席で和服姿の井上の袴に
T大尉ら数人からビールをかけられた。井上氏、唇を歪めたが黙っていたとか。

46 :日本@名無史さん:04/04/15 20:46
井上豆腐店の親父、祭の寄付など出し渋って、結構、ケチだから
商店街の嫌われ者。そんでもって、先日、車にはねられて大怪我。

47 :日本@名無史さん:04/04/15 22:13
南雲を大和に乗せたら戦死した。
後任に小沢を乗せたらこいつも戦死した。
勘弁してよ。

48 :日本@名無史さん:04/04/15 22:31
この前墓参りしてきました〜。山本、古賀、東郷、阿南、加藤等結構軍人の墓多かったなぁ。

49 :日本@名無史さん:04/04/15 23:11
>43 阿川本が海軍に偏りすぎというのは同感だけど…

 連合艦隊の前は海軍次官だし、大臣は米内光政。で、転任の時大臣になったのは
同期の吉田善吾とくれば、別に不思議でもなんでもない。主流から外すもなにも、
大臣自身が買っていたわけだし。
 正直、山本五十六は外すにはすでに偉くなりすぎていた、というのが実際の所で
はないかと思うが。

50 : :04/04/16 00:37
>>49
山本は航空畑、軍政畑で当時の主流、砲術、水雷畑
からははずれてたでしょ。
次官からGF長官になるのも異例だったはず。
米内が右翼から山本を守るために海に逃がしたって
説がほんとかなと思うんだが。


51 :日本@名無史さん:04/04/16 01:35
>50
 何を持って「主流」というかは人各々でしょうが、少なくとも山本五十六の経歴
は「主流からはずれた」という感じはしませんね。むしろ、赤レンガ組の超エリー
トという印象がありますが。
 後、次官から連合艦隊/第一艦隊長官のパターンは、栃内曽次郎とか小林躋造と
いった前例があるんで、「異例」とまでは言えないでしょう。全部で二十数人しか
いない中で、少なくとも3人いるわけだし。

52 :日本@名無史さん:04/04/16 14:39
やっぱり予算と人事を握ってる軍政畑は強いよ。

53 :日本@名無史さん:04/04/16 19:22
海軍はアホばっか。やっぱ外交官だね。
重光葵マンセー!

54 :日本@名無史さん:04/04/16 22:54
野村吉三郎

55 :日本@名無史さん:04/04/16 23:17
>53
その外交官の怠慢のせいで対米宣戦布告が遅れ、結果真珠湾は騙し討ちに
なった訳だが…。

56 :日本@名無史さん:04/04/16 23:48
米内、井上、高木と言えば、終戦間際の狂った軍部、政府を押さえ、
終戦工作という命懸けの仕事を成し遂げた男達。
高木惣吉の井上海軍次官への報告は、全て口頭であったという。

どんな組織でも、全ての人材を使いこなすのは難しい。

57 :日本@名無史さん:04/04/17 07:54
高木なんて、開戦前は独寄りの姿勢をとり、報告書などで独、伊、蘇との連合こそが
日本政府の摂るべき最も有利な政策、などと上司にだしながら、戦争末期から戦後に
かけて、そのスタンスを180度転換させ、あたかも初めから親英米派(穏健派)の如く
振る舞うような変節漢の書くことなど信じられるものか!他の高官の戦前の公的な発言
は、全て燃やしてしまったので、証拠がないのをいいことに勝手な捏造話がまかり通っている。
高木の発言や公文書はたまたま防衛研修所(名称変更?)に残っていたが。

58 :日本@名無史さん:04/04/17 09:15
頑迷に考えを改めない人間も充分問題があると思うが?

59 :日本@名無史さん:04/04/17 10:51
五十六も井上も官僚としては大合格の優秀なキャリア。
栄達は当然。そういうシステムなんだもん。
井上も海兵では2位で卒業している。

60 :日本@名無史さん:04/04/17 11:17
山本と同期の堀悌吉は33期トップであり、将来を嘱望されていながら、条約派
ということで中将で海軍を追われている。主流から外れればハンモックナンバー
など意味がなくなるのも事実。このため、山本が条約派という色分けには疑問を
呈する研究者もいる。

61 :日本@名無史さん:04/04/17 16:14
そういえば、塚原234だか243だかも井上と同時に大将昇進してなかったっけ?

62 :日本@名無史さん:04/04/17 16:34
塚原二四三(36期)、井上成美(37期)ともにs20/5/15付で大将になっている。
塚原は、1連空司令官時代のs9年、中国空軍機の奇襲を受け、指揮所に集まっていた
司令官以下多数の幹部が戦死、あるいは負傷。塚原は左腕切断。
井上は、支那方面艦隊参謀長時代、s15/5〜9月にかけて実施した101号作戦に深く
関わっている。陸海共同作戦だが、海軍は54回出撃し、半分以上は重慶爆撃で1万d
近い爆弾を投下、多くの民家を焼き、多数の市民を殺傷した。

63 :日本@名無史さん:04/04/17 16:41
井上が大将を渋ったとばっちりで塚原の昇進が遅れたんだ。
官僚は追い越し禁止だから可哀想だ。

64 :62:04/04/17 16:45
あ、ご免、塚原が重傷を負ったのはs14だった。s9年はまだ戦争になってない。

65 :日本@名無史さん:04/04/17 16:49
酒井三郎の「大空のサムライ)によると、漢口に進出した基地航空隊が
奇襲を受け、多数の死傷者を出したのは、昭和14年10月3日になっている。

66 :日本@名無史さん:04/04/17 17:53
)63
横鎮長官だった塚原は「おれは井上のせいで損した・・・」とぼやいたとか。
まぁ、わずか数か月で元大将になってしまったが。

67 :日本@名無史さん:04/04/17 17:56
日本海軍の渡洋爆撃の以前に、中国機が台湾を空襲したと読んだ記憶があるが、
誰か詳しい人、教えてください。

68 :日本@名無史さん:04/04/17 19:17
宮崎駿の雑想ノ−ト読みなはれ。

69 :日本@名無史さん:04/04/17 20:44
戦争末期で大将になれなくてぼやくなんて、馬鹿だな。

70 :日本@名無史さん:04/04/17 21:36
>>57
井上の部下を選ぶ目の確かさが分かる。

71 :日本@名無史さん:04/04/17 22:06
当然の昇進だから不満も出るだろ
年金貰えないのと同じだ

72 :日本@名無史さん:04/04/17 22:31
>>71
国が滅びる寸前なのにそんなこと言ってる場合かってこと。
危機感がないな。

73 : :04/04/17 23:31
まあ敗戦濃厚の時期に元帥になって喜んでる
馬鹿もいるしな。

74 :日本@名無史さん:04/04/25 03:02
井上は第四艦隊長官で珊瑚海海戦を指揮する。

75 :日本@名無史さん:04/04/25 04:11
頭が良すぎて戦争下手。

76 :日本@名無史さん:04/04/25 04:38
>>75
なるfほど

山本長官の命令を受けた第4艦隊の機動部隊は9日午前2時、全速力で南下
したが、もはやアメリカ機動部隊を捉えることはできなかった。山本長官
はその報告を聞くと直ちに第4艦隊から機動部隊を取り上げてしまった。次
に予定しているミッドウェー作戦の日が迫っていたためであるが、同時に今
一歩の詰めを捨てた指揮官に不満だったからである。

この海戦の被害は日米双方ともほとんど同じだった。味方の損害に捕らわれ
過ぎるとき、敵の被害は見過ごされ作戦は停滞する。日本海軍第4艦隊は戦術
に勝って、戦略に負けたのである。

77 :日本@名無史さん:04/04/25 04:45
詳細
http://www02.so-net.ne.jp/~asai/database/tea/inouye2.html

78 :日本@名無史さん:04/04/25 04:55

珊瑚海海戦(さんごかいかいせん)とは、1942年(昭和17)5月7日・8日
に珊瑚海で起きた海戦である。この海戦は、人類史上初の空母機動部隊同
士の海戦となった。

日本海軍はこの戦いで敵根拠地ポートモレスビー攻略を断念した。しかし
この判断は大きなミスであった、モレスビーが敵の手に残り続けたことで
日本海軍の根拠地ラバウルは敵爆撃機の航続距離圏内に残り常に敵の攻撃
にさらされることになったからである。日本海軍はこの結果ラバウル航空
隊が後方で編成および補給を行う際にこの戦いに関与できないトラックま
で戻らなくてはならず、大きなハンデとなった、さらにもしモレスビー攻
略に成功していたならば、ガダルカナル島方面への進出も史実よりよっぽ
ど楽に出来たからである。 太平洋戦争の敗因としてよくミッドウェー海戦
が上げられるが、珊瑚海海戦での敗北で日本軍の敗北は決定していたともい
える。

79 :丘サーファー:04/04/25 05:09
海軍大将がそんなに偉いんかい!

80 :日本@名無史さん:04/04/25 09:04
太平洋戦争の敗因を作った張本人

81 :日本@名無史さん:04/04/26 21:53
山本五十六という全てにおいて、中途半端な男に左遷された逸材。

82 :日本@名無史さん:04/04/27 06:53
リベラルな人物。

83 :日本@名無史さん:04/04/27 09:21
2.26事件において
・海軍省防衛
・岡田啓介首相(海軍大将)救出 →後、東条内閣を倒閣。(7.18.1944)
・鈴木貫太郎侍従長 救出 → 後、首相就任ポツダム宣言受諾。

終戦工作
・クーデターを抑えこむため、御前会議において2対2に持ちこみ、
天皇の御聖断により、終戦を決定。

84 :日本@名無史さん:04/04/27 09:22
珊瑚海海戦において

(攻略部隊)
重巡「青葉」「加古」「衣笠」「古鷹」、軽空母「翔鳳」駆逐艦「漣」 
他、軽巡3、駆逐艦8、水上機母艦2、敷設艦1、輸送船12

(上陸支援、機動部隊)
空母「翔鶴」「瑞鶴」 
他、重巡3、駆逐艦6、給油艦1
    vs
空母「レキシントン」「ヨークタウン」 
他、重巡7、軽巡1、駆逐艦13、水上機母艦2、油漕艦2

【日本側戦果】

空母レキシントン大破(後沈没)
空母ヨークタウン小破
駆逐艦一隻、オイルタンカー一隻撃沈

【米軍側戦果】

空母翔鶴中破
軽空母祥鳳、駆逐艦一隻沈没

85 :日本@名無史さん:04/04/27 09:31
>>84
つまり互角の戦力で、敵空母を事実上壊滅。戦略的撤退(井上)
(ヨークタウンはエレベータ一基使用不能のままミッドウェーに緊急投入)

ミッドウェーでは、
優勢な戦力で、自空母壊滅。戦略的完敗(山本)

86 :日本@名無史さん:04/04/27 22:00
井上がミッドウェーで戦えば、情報戦で負けていても日本は順当勝ちできた。

珊瑚海海戦
第五航空戦隊
一航戦、二航戦からは一年生と馬鹿にされる存在であった。

ミッドウェー
第一航空戦隊、第二航空戦隊
ミッドウェーではかねてから日本軍の来襲を待ちかまえており、陸軍のB17も海上に
出して日本機動部隊を攻撃させるなど執拗に反撃を加えたが、日本機動部隊はかすり傷
もおわなかった。それは日本の零式艦上戦闘機(いわゆる零戦)の活躍によるところで
ある。来襲した米軍機を一切艦隊に近寄せず、多数の米軍機を撃墜した。陸上基地と空
母の航空戦では空母が不利だと言われていたが、その定説を覆す勢いで日本側は米軍機
を撃退した。


87 :日本@名無史さん:04/04/27 23:54
>>86
ようするに南雲司令部が馬鹿だったってことね。

88 :日本@名無史さん:04/04/28 00:03
井上に戦下手のレッテルを貼り、得られた戦訓を活用できない上司の責任。
どんな組織でも、不満、不平が正しく伝えられ、それを組織改善に昇華できない上司は、
集団を率いることができない。南雲は、経験、情報不足だっただけとも言える。


http://www02.so-net.ne.jp/~asai/database/tea/inouye2.html
せっかく井上が史上初の機動部隊同士の戦いから得た戦訓
「敵雷撃機は2、3000メートルの距離にて雷撃するも、これは艦の操艦にて回避可能。
しかるに急降下爆撃機は思いも掛けぬところから現れるから、注意を要する。」
だとか上申しても聞く耳持たず、
「翔鶴発着艦不能、瑞鶴搭載機半減なるも、翔鶴航空隊を無傷の瑞鶴に登場せしめ、ミッド
ウェーに参戦させるべし。」
と言っても採用しないのだから救いようがない。米軍は珊瑚海で傷ついたヨークタウンを
完全修理に三ヶ月掛かるところを応急修理の三日間だけで済ませ、エレベータ一基使用不
能のままミッドウェーに投入してきているのだから、最初から意気込みが違うのである。
結局日本は参戦可能な空母が一隻、内地でお昼寝中だったのだから。

89 :日本@名無史さん:04/04/28 00:15
いくらいくさが下手だろうが、米内大臣を励まして(励ましてという言い方も変だが)終戦に持っていっただけでも井上大将の歴史的功績は永遠に不滅と考える。

90 :日本@名無史さん:04/04/28 00:22
井上が戦上手でも戦下手でも、結局はアメリカに負けてると思うけどね。
戦術よりも戦略の人なんだろう。

91 :日本@名無史さん:04/04/28 01:20
井上は賢いから最初からアメリカに勝てるはずはないと考えていただろう。

92 :日本@名無史さん:04/04/28 01:27
>>91
それは海軍全体がそう思っていた。が陸軍の手前言えなかったのが・・・コラ、いそろくぅぅ!!!

しかもミッドウェーすら勝てなかったという体たらく・・・。


93 :日本@名無史さん:04/04/28 01:30
いかにうまく停戦に持ち込むかという戦略論が日本にはなかった(あり得なかった)ということだろうな。
タイみたいに、負けてばかりで勝たなくても一貫して国を維持している例もあるのだが。

94 :日本@名無史さん:04/04/28 02:25
>>93
当時から解放戦争に則って戦略を立てれば、うまい講和ができたかも。

95 :日本@名無史さん:04/04/28 04:09
阿川の本を読んでない人の意見を聞きたい


96 :日本@名無史さん:04/04/28 05:04
賊軍仙台藩士の末裔でよく大将にまでなれたな

97 :日本@名無史さん:04/04/28 12:20
井上にしても東条英機にしても軍人よりも官僚タイプだったのでは?

98 :日本@名無史さん:04/04/28 18:07
読んでないよ〜。井上、小沢は双璧だ。

99 :日本@名無史さん:04/04/28 22:40
船酔いする人だったんだよね(w

100 :日本@名無史さん:04/04/28 23:49
井上大将は、海軍省軍務局軍務課長、海軍省軍務局長、海軍次官を歴任した。
つまり、文句なしの軍務畑のエリートだった。
つまり、一貫して人事的には高く評価されてきたわけよ。
一度だって左遷されたことはないと言ってよい。

101 :日本@名無史さん:04/04/29 00:26
>>96
軍人の世界で薩長土肥が幅を利かせ、朝敵関係が睨まれていたのはせいぜい明治の話。
士官学校、兵学校の制度が軌道に乗り、成績上位者が出世する仕組みができる過程で、旧藩の関係は意味を失っていった。
それどころか、陸軍では、長州に対する反発さえ生じ、あべこべに山口県出身者を陸大合格者から排除するようにさえなったという。
そんなことなので、兵学校2番卒業(1番は皇族で、名誉の順位だったから、実質井上は1番)の井上が出世できないはずはなかったのだ。


102 :日本@名無史さん:04/04/29 00:32
>>100
珊瑚海海戦後の兵学校校長などは左遷に入らないの?



103 :日本@名無史さん:04/04/29 00:39
左遷というほどではないでしょう。
ポスト的には十分格は高い。
そりゃあ、フネに乗っていくさをしたくてしかたがなかった人ならば、左遷と思うかもしれないが、そもそも井上は軍務畑なのだし、本人はまったく左遷とは思っていなかったでしょう。
現に、次の異動で次官になったのですからネ。
戦争がもう少し長引いて米内が体力的に持たなくなれば、本当に井上が海軍大臣になったということもあり得たと思います。


104 :日本@名無史さん:04/04/29 05:08
>>103
どうみても左遷じゃん。次の異動で次官って・・・。

http://www02.so-net.ne.jp/~asai/database/tea/inouye4.html
米内は現役に復帰して海相に就任した。
2・26で九死に一生を得た岡田の心血
を注いだ末の、そして異例の現役復帰であった。

「岡次官をそのまま使いますか。」
と問われた米内は言下に答えた。
「一夜にして放逐する。」

105 :日本@名無史さん:04/04/29 05:19
>>96
長州閥、薩摩閥、陸大閥の変移、詳しいよ〜。
海軍はわからんなー。

陸軍派閥略史
http://www.kokubou.com/document_room/members/kodama02.htm
田村の死、日露戦争を経て、英才児玉源太郎・井上光が死に、児玉の
目指した情報網の確立は途絶え、諜報の天才福島安正は実りのない次
長となる。更に下劣な寺内人事が横行し、戦史課の英才東條英教や、
名将黒木為驕E西寛二郎・小川又次等が相次いで予備・後備になり、
猛将野津道貫が死に薩摩閥は衰え、長州最盛の時であるが、湖月会の
結束以後、大山・児玉を除き、日露戦争の満洲軍総司令部のメンバー
は陸大出で固められ、この辺りから陸大卒の天保銭組が現れ始め、
無天組と区別がされ始める。



106 :日本@名無史さん:04/04/29 05:52
ちゅか、仙台の出身だけど、仙台藩士の末裔なの?
百姓末裔ぽい気もするが・・・。

107 :日本@名無史さん:04/04/29 07:38
井上は戦下手と言うのは当時の軍令部の評価

むしろ練度の低い第四艦隊で、珊瑚海海戦を勝ってしまった事が、
日本海軍全体の傲慢になってしまった。
その結果、「井上は戦下手」という評価を下している
ということに気付く。


108 :日本@名無史さん:04/04/29 10:17
>>104
藻前、それが釣りか。相当頭悪そうだな。知識ゼロか。
藻前が引用しているのは、米内大臣が岡次官を替えたことだろ。
岡ではだめだということで、井上を持ってきたんだろ。
それがどうして、井上が兵学校長から次官になったことが左遷になる根拠になるんだ。
兵学校長から次官は誰が見たって栄転だ。

109 :日本@名無史さん:04/04/29 12:18
省略しすぎた。(⊃Д`)

>>102-104
>>>珊瑚海海戦後の兵学校校長などは左遷に入らないの?
>>左遷というほどではないでしょう。
>>現に、次の異動で次官になったのですからネ。
に対して
>どうみても(兵学校校長は)左遷じゃん。次の異動で次官(になった)って・・・


110 :日本@名無史さん:04/04/29 16:36
兵学校校長は左遷と言わないまでも譴責人事だろうね。>>104さんに賛成。

111 :日本@名無史さん:04/04/29 17:19
>>104
分かった。分かった。
次官になるような人物が、兵学校長になること自体が左遷だったと言いたかったのね。
そういう趣旨なら分からないでもない。
文章がそういう趣旨には読めなかったヨ。

112 :日本@名無史さん:04/04/29 18:39
軍板の井上成美スレッドが機能しなくなってるので、こっちに来ました。

>>104
井上の海軍兵学校長転出を決めたのは当時のGF長官の山本五十六
だけど、井上と同期の(海兵37期)草鹿任一の後任だから、
これを左遷人事と見る人が多いようだ。

ただ、ある人(本当に誰だかわすれちゃいました)の本では「対米講和を
する上で、井上は中央に必要な人材だから、山本が故意に井上を第一線から
離して、(戦死する事のない)日本国内のポストをあてがった」という話を
読んだ事がある。

同時に大将になった塚原243のように、「鎮守府長官」というような、
地位をもらえなかったのは、宇垣少将のように井上を「いくさ下手」と
けなす人が多かったから、無理があったのかな、と思います。

113 :日本@名無史さん:04/04/29 18:46
おっ、ようやく本格的な書き込み師が現れた。
これで、このスレも書き込み甲斐が出てきたぞ。

>>112
漏れも、同じような気がします。
左遷といえば左遷の要素はあるかもしれないが、やはりいざというときに必要な人材を国内でかつ安全な場所で温存するために、兵学校長にという意識は当時の海軍幹部にあったと思います。
たぶん、鎮守府長官の方が上がりポストという面が強かっただろうし、いつでも動かしやすいポストということで兵学校長になったのではないかなとも思っています。

114 :日本@名無史さん:04/04/29 18:54
で、井上の「いくさ下手」だけど。
「井上成美のすべて」という本で、日本海軍が米国海軍との
機動部隊同士の決戦で、対等に渡り合ったのは珊瑚海海戦と
南太平洋海戦のたった2回しかなかったことを指摘している。

自分も大学図書館で防衛庁編纂の珊瑚海海戦の詳細な
記録を見たけど、井上中将の指揮は「定石通りの指揮」という印象を
受けた。

115 :112:04/04/29 18:55
ああ、114=112です。ここは軍板と違ってIDがでないんだね。

116 :日本@名無史さん:04/04/29 18:58
>>104の引用は、
ただでさえ異例の人事で米内が海相になったのに、
その米内が問答無用で井上を引っ張るという井上の次官就任のどこが、
順当な人事と言えるのか?という意味。

>>112
日本国内のポストなら、もっと他にいくらでもあるのでは?

117 :日本@名無史さん:04/04/29 19:02
漏れは公務員のはしくれなので、いわゆる役人の世界の空気が分かるのですが、井上のような性格は典型的な「現場には不向きなタイプ」ですよね。
実際に指揮官として戦争のセンスがあったかどうかは別にしても、人柄自体がバリバリの水雷屋の将官などから受け入れられるとは考えにくい。
要は嫌われるというか敬遠される。
だから、人事としては、ああいうタイプは本当に優秀ならば軍務畑の王道を歩むし、たんなる偏屈であれば、学校の教官や燃料廠などの地味な分野に回されたと思います。
その意味で、兵学校長の人事が、人の目には、今の例えでいうと後者のパターンに見えた可能性はあります。

118 :112:04/04/29 19:03
で、自分は井上成美は別に「いくさ下手」だとは思わないですね。

田中頼三も三川軍一もソロモン沖海戦で相当活躍したにも
かかわらず「戦意不足」と、当時の軍令部から批判を受けて
更迭されている。

じゃぁ、いっそのこと嶋田繁太郎や永野修身がGF長官だったら
相当のことをやってくれたんだろうな、と、
当時の海軍首脳に嫌味の一つもいいたくなる。

>>106「幕臣」の息子です。「仙台藩士」の息子ではありません。

119 :日本@名無史さん:04/04/29 19:07
井上自身は、海軍の行く末、ひいては当時の国自体の行く末に大いなる疑問を感じ、兵学校ならばまだ自分の理想を実行できると思っていたのではないでしょうか。
実際、本人は自分は教育者になりたかったような意味のことを晩年インタビューで話していたと思います。
ある意味では、本人にとっても次官就任は青天の霹靂で、もっと兵学校で若者の教育をしたかったのだと思います。

120 :日本@名無史さん:04/04/29 19:12
>>116
中将クラスだともう限られているのでは。
鎮守府長官以外では、海大校長、‥‥あと何があった?




121 :112:04/04/29 19:18
中央で井上にふさわしい職は、当時、軍令部次長と海軍次官しかない
はずだけど、山本がどちらかに井上を配置したくても、
嶋田繁太郎が100%否認しただろう。

>>120さんの言うとおり、僕も海兵の校長以外では海軍大学校長
くらいしか思いつかない。あと、なんかポストあったっけ?

122 :112:04/04/29 19:20
あ、鎮守府長官が一応あったか。(佐世保、横須賀、舞鶴、呉)

123 :日本@名無史さん:04/04/29 19:27
鎮守府長官は、いわゆる大物のそれにふさわしい「処遇」ためにポストとして空けておく(用意しておく)必要があります。
鎮守府の長官は、地元の名士との付き合いなど「うまみ」がありますから。
つまり、井上の目には排撃すべき俗物が就くべきポストなのです。
井上の温存用には、やはり兵学校長が最適だったと思いますね。

124 :112:04/04/29 19:38
>>123さん その貴重な情報初めて知りました。どうもありがとうございます。

米内さんは鎮守府長官経験者だけど、横鎮にいたとき、
井上成美が参謀長をしていた。

後に、米内さんが大臣になった後、大臣を井上成美に譲ろうとするけど、
断固拒否して、大将昇任の話も断っている。

鎮守府長官とか大臣とかそういうポストは嫌だったんだろうなあ。

あと、「井上成美のすべて」という本に井上成美直筆の
「大将進級の件に対する意見書」の写真がのってるんだけど、
本気でそういうのを自分で書いて大臣に提出する井上成美って、>>117さんの
言うとおり、一線部隊の指揮官からは嫌われるキャラだったと僕も思います。

125 :日本@名無史さん:04/04/29 19:54
>>117
なるほどなー。凄く良く解かる。
いくら能力があっても、部下から嫌われちゃ指揮官としては駄目かもしれんなー。
(しかし書き込み師とは賑やかでいいものだなぁ。)


126 :112:04/04/29 20:06
>船酔いする人だったんだよね(w

阿川さんの本にはそうあるけど、僕は疑問を持ってます。
なぜなら、井上成美の専門が海兵出身者には珍しい「航海術」だからです。


阿川さんの本によると、孫の丸田研一氏が屁をしたので、木か何かに縛り付けて
ぶったたいた、という逸話が出てくるが、当の丸田氏はそれを否定している。

阿川さんは提督三部作の中の主人公の中で一番井上成美を好きだったみたいだが、
米内さんのトラウトマン工作つぶしの話を書かなかったり、井上成美を
極端な人格の持ち主に描いているところが残念だ。

この点は「井上成美のすべて」で阿川氏への批判が、書かれていました。

127 :日本@名無史さん:04/04/29 20:09
スレ違いだけど、トラウトマン工作で不思議なのは、米内だけじゃなくて
近衛も広田も末次もみんな興奮して交渉打ち切りだって言ってるんだよね。
何か裏がありそうな気がするんだが・・・

128 :日本@名無史さん:04/04/29 20:12
指揮官として失格

129 :日本@名無史さん:04/04/29 20:17
>>128
指揮官として合格の人は?

130 :日本@名無史さん:04/04/29 20:18
南雲とか近藤とか小澤はちゃんと統率と指揮をしているよな?

131 :日本@名無史さん:04/04/29 20:45
日本史で似たタイプだと石田三成辺り

132 :日本@名無史さん:04/04/29 21:26
>>131そんな感じだな

133 :日本@名無史さん:04/04/29 22:02
>>131
全然似てない。

134 :日本@名無史さん:04/04/29 22:47
石田三成というよりかは、むしろ明智光秀の方がイメージが近いか。
こういう言い方をすると、誤解が生ずるかもしれないけど。
でも、あの時代の人で例えれば、そうなるような。

あるいは、江戸時代なら、松平定信とかね。

どっちにしても、誤解されそうだな。

135 :日本@名無史さん:04/04/29 23:07
>>126
ちょっと違う感じもある。
漏れは、あいにく「山本五十六」は読んでないけど、「米内光政」と「井上成美」とを読み比べると、阿川が好きなのはどうみても米内だと思うよ。
阿川は、井上は人間性は流石に好きになれないが、識見は高く評価するという感じなのに対し、
米内は人間性も識見もとても高く評価しているという感じ。
とにかく米内の人間性はベタ誉め。姿勢もとても評価している。
阿川は、米内こそ海軍軍人の理想と見ているといっても過言ではない。
「井上成美」は、冒頭、井上を毛嫌いする旧軍人の声の紹介から始まっている。
全体に冷静に書かれた作品だよな(それがまた読み手としては快感なんだが)。

136 :112:04/04/29 23:57
>漏れは、あいにく「山本五十六」は読んでないけど、「米内光政」と
>「井上成美」とを読み比べると、阿川が好きなのはどうみても
>米内だと思うよ。

自分も「山本五十六」は立ち読みを数回くりかえして
読み終えたので、実はきちんと読破しきったとはいえないんです。

>「井上成美」は、冒頭、井上を毛嫌いする旧軍人の声の紹介から
>始まっている。全体に冷静に書かれた作品だよな
>(それがまた読み手としては快感なんだが)。

”草鹿の任ちゃん”(草鹿任一)が代表格ですね。

僕が、阿川が井上成美を3人の中で一番買ってると思ったのは、
「米内光政」の最後の締めの文章と「山本五十六」で諫言役として
阿川が井上成美に役回りを与えてるから、そう思いました。

他の井上成美関係の本を読むと、どうも2人の間には日本の降伏条件に
ついての差異があったようで、米内さんが「降伏後の国体の護持」を
絶対条件にあげているのに対し、井上さんは「国体護持ではなく日本国の
護持」と主張している。

137 :日本@名無史さん:04/04/30 00:04
さすがの阿川さんも井上は「畏怖」の対象であったと思います。
井上の厳しさがあるからこそ、彼の米内に対する目が甘く(優しく)なっているのかなという気もします。
その意味では、井上あっての米内だったのかもしれません。

138 :112:04/04/30 00:06
まあ、上については結局、天皇制が護持されたことと井上成美の
兵学校時代の生徒がみな、海軍軍人(一部は兵学校生のまま終戦を迎えたが)
だったことからあまり触れられていないようですけど。

>>134「頭が抜群に切れ、真面目で理屈屋で融通が利かない」って印象
ですね。僕は海軍大学校教官時代に「井上大佐は推理小説を読むことや
将棋の名人を呼んで、戦略と将棋について考える事を薦めてくれた」との
沖縄出身の渡名喜守定元大佐が書いているのを見て、明智光秀よりかは
柔軟な印象を持っているのですが。

139 :112:04/04/30 00:11
あと、井上英語塾で、ギターを弾いたり、歌を歌ったり
してる井上さんを見てると、海軍時代とはなにか別人のようだ。
憑き物がとれた、というか。

それほど、海軍ではクラスヘッドとして重責を担っていたんだなー
と思います。


140 :日本@名無史さん:04/04/30 00:14
もし私が井上という人物に仕えて、一生懸命考えてまとめた報告書を提出したところ、一点一点理詰めに反論されたあげく、だめだと付き返されたら、おそらく彼を嫌いになると思います。
嫌いどころか、恨んだかもしれません。
実際、彼が航空本部長時代にそういう逸話があるようですね。

その意味で、唯一といっていいほど井上を使いこなせた米内という人物は本当に立派であったと私は思っています。
逆に、米内海相も、井上のこれでもかこれでもかという講和への執念があったからこそ、最後まで頑張れたのかなと考えたりもします。
本当に、米内と井上は不思議な縁だと思います。

141 :日本@名無史さん:04/04/30 00:29
井上が「戦下手」と言われたのは珊瑚海もそうだけど
開戦当初のウェーク島攻略にてこづって一航艦の一部を
借りてようやく占領できたってのが1番の原因じゃない?
みんなが勝ったのにウェークだけ失敗。
そこで浮いちまって「戦下手」って先入観が出来てしまった
のではないかと。
でも4艦隊って青葉とかの旧式巡洋艦の艦隊でしょ?
その辺は失敗の要因には関係なかったのかな?
あんま軍事的なことはわからないのでここんとこの
戦史に詳しい人教えてください。ウェークでつまづいたのは
井上のせいですか?それとも他の要因があったのかな?

142 :112:04/04/30 03:13
>>140ただ、井上は自分が米内さんに大将昇進させられたことが
不満だったようで、井上成美の大将昇進と次官から軍事参議官への転出は

1、米内さんが当時健康が悪かったため、次期海軍大臣に井上成美を
考えていたため、という説以外にも

2、終戦工作について井上と米内の意見が合わず、井上成美の大将昇進で
海軍次官のポストを取り上げるため

という話もあるそうです。

>>141詳しくは長くなるので書きませんが、ウェーキ島の米軍戦力を
大本営、軍令部が甘く見ていて、ロクな航空兵力無しで占領を試みたところ、
米軍の反撃をくらって、なんと戦闘機に駆逐艦が沈没させられてます。

で、強力な航空部隊を持つ南雲艦隊の一部を借りて、やっと攻略成功した事から
「航空(あるいは対空)能力のない艦船が、いかに空からの攻撃に弱いか」と
いう事例を日本軍が初めて体験した(はずの)戦闘、とされているそうです。

143 :日本@名無史さん:04/04/30 10:00
理詰めの井上のような考え方では日本を終戦へソフトランディングさせることは不可能

144 :日本@名無史さん:04/04/30 11:09
何も考えていない他の大多数の人間の考え方では日本を滅亡の淵にたたき込むことしか出来ないけどね

145 :日本@名無史さん:04/04/30 13:55
イルボンでは理詰めの人間は嫌われるニダ
所詮、未開の村社会ニダ

146 :日本@名無史さん:04/04/30 21:08
2.26に備えて下記のような事をやったのは、本当に井上?

軍務局第1課長時代
■海軍省構内にある東京通信隊に小銃を持たせる。
■軍事普及・宣伝の名目で戦車1台を海軍省に常置。

横須賀鎮守府参謀長時代
■砲術参謀を実情調査のため東京へ急派。
■掌砲兵20人を海軍省に派遣。
■緊急呼集。
■特別陸戦隊4個大隊2000名用意。
■軽巡木曾出港準備(特別陸戦隊が搭乗)
■麾下各部自衛警戒。
■岡田首相の救出

147 :日本@名無史さん:04/04/30 23:20
最後のキッコーマン 安田成美

148 :日本@名無史さん:04/05/01 01:48
実際に岡田首相を救出したのは、陸軍の憲兵だけどね。

149 :日本@名無史さん:04/05/01 01:53
今も横須賀の自宅残ってるけど、遺族が住んでんのかのお?

150 :日本@名無史さん:04/05/01 10:54
世評では左遷云々といわれているが、彼自身は兵学校長という仕事は満足できる
ポストだったと思われ。
死に臨んでの最後の言葉が「海へ・・・江田島へ・・」というのはカッコ良すぎ。
っていうか、本当だろうか?


151 :日本@名無史さん:04/05/01 10:54
>>149
古鷹商事(井上の兵学校時代の生徒がつくった会社)所有です。

152 :日本@名無史さん:04/05/01 14:03
ようやく悪禁が解けた。

終戦工作に関して
この議題をテーブルに載せるまでの功績は、岡田・米内・井上らにも
あると思いますが、最終的に宣言を受諾し降伏するとういう部分での
最大の功労者は、自決した阿南陸相だと思います。

153 :日本@名無史さん:04/05/04 09:04
ラバウルの中将、草鹿任一とはどういう男だったのだろう。

154 :日本@名無史さん:04/05/04 09:06
重慶爆撃の推進者

いわば無差別都市爆撃の鬼
ルメイの先輩

155 :日本@名無史さん:04/05/04 09:13
>>152
陸軍の昼行灯
阿南の性格は実に温和であり、めったなことでは声を荒上げることはなかった。
天皇にとって最も親しく、本音を語り合える軍人が阿南だった。

不思議な人物だ。なぜ天皇を残して自殺したのだろうか。

156 :日本@名無史さん:04/05/04 09:16
>>154
へぇ〜草鹿は悪いやつだなぁ〜

157 :日本@名無史さん:04/05/04 09:40
しっかし、東郷元帥が訓示した「勝って兜の緒を締めよ」って、
全く誰も聞いてなかったみたいだな。

158 :日本@名無史さん:04/05/04 11:31
>>157「兜の緒を締める」というのを八八艦隊の整備のことと
勘違いしていた海軍軍人が多すぎ。

>>153
終戦までラバウル島を守りぬいた典型的な現場の指揮官だけあって、
同期の井上成美のことを嫌ったようですね。

159 :日本@名無史さん:04/05/04 12:35
>>154
>重慶爆撃の推進者

>いわば無差別都市爆撃の鬼
>ルメイの先輩

ってのは井上成美のことね。

160 :日本@名無史さん:04/05/04 13:59
>>159
誰も聞いちゃいないよ

井上の話題になると、必ずと言っていいほど同じ事を繰り返す奴がいるが、同一人物か?
どうせならもうちっとまともに語れよ

161 :日本@名無史さん:04/05/04 19:28
井上成美 総合スレッド vol.1 (軍事板)
http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1057668155/

162 :日本@名無史さん:04/05/04 19:38
>>158
最も平和な戦場ラバウルで、農耕してただけかも

163 :日本@名無史さん:04/05/04 20:10
アーレイバークの自伝に拠れば草鹿も気骨のある素晴らしい人間だと思う。
以下は抜粋。長文陳謝。
・・・日本に進駐して半年も経った頃だろうか、同僚の一人が「クサカという
アドミラルを知っているか?」と聞いてきた。もちろん知っている。
草鹿任一、ラバウルで私の同僚、部下を多数殺した憎い敵だ。
「彼は今、日雇いの労働者として道路工事などで日銭を稼いでいる。彼の妻も
野山で摘んだ花や野草を売って生計を立てているそうだ」
私は心中、快哉を叫んだ。しかしその後で少し考えが変わった。
仮にも彼は一国のアドミラルだった男だ。そんな人間が手のひらを返したように
悲惨な暮らしを送っているというのはやはりよろしくないことに思えた。
「そうか。それではアドミラル・クサカを飢えないようにしてやろう」
私は復員局に電話し、善処するよう指示した。
それから数日経った頃、居室でデスクワークをしているといきなりドアが勢いよく開き、
ボロをまとった小柄な初老の日本人が血相を変えて飛び込んできた。
あまりの剣幕に私はデスクの引き出しから拳銃を取り出したほどだった。
「あなたはなぜ私を侮辱するのか!?私は誰の施しも受けない!特にアメリカ人からは
どんな情けも受けたくない!」
まくし立てると老人は分厚い封筒を床に叩きつけ、荒々しく部屋から出て行った。
私は激怒した。しかし落ち着いて考えてみると彼の行動は理解できるものであった。
私も彼の立場なら同じようにしただろうと考えた。
これがアドミラル・クサカと私の出会いだった。

164 :日本@名無史さん:04/05/04 20:15
続き。
・・・しばらくして、私は先日の非礼を詫び、改めてアドミラルを
夕食に招待した。果たして彼は来てくれた。
しばし歓談して気づいたが、彼は実に英語が堪能だった。
夕食を終え、ワインを飲み干して彼は言った。
「本日はこのような席にお招きいただき誠に感謝に耐えない。と同時に
私の能力が至らなかったことを神に感謝したい。
なぜなら私の能力が充分であったならばあなたがたはラバウルの海に
散っているはずで、であれば今宵のような素晴らしい夕食に出会うことは
なかったであろうから」

165 :日本@名無史さん:04/05/04 20:24
>>164
気骨だけではなぁ。まあ英語が堪能なのは評価に値するか。
良くも悪くも、プライドが高く、感情的っぽい。

166 :日本@名無史さん:04/05/04 20:59
全ての人間が理性的、打算的に行動するわけでは無い。
時として人間は感情的・非合理的な行動によって己の尊厳を保つ知恵ある動物なのだ。

167 :日本@名無史さん:04/05/04 21:24
冷静に見て>>164の話って、頭カチコチの軍人の匂いがする。
典型的な軍人て感じで、井上のような批判家とは合わなさそう。

168 :日本@名無史さん:04/05/04 21:25
>>164を皮肉ととるか、負け惜しみととるか。

169 :日本@名無史さん:04/05/04 21:42
学校の卒業成績順で、軍隊の指揮官を決めて、戦争に勝てるわけがない。
文章秀才を、最前線にだしても勝てるわけはない。
年功序列と学歴尊重が、第二次世界大戦の敗戦を招いたし、昨今の
失われた10年の源にもなっている

170 :日本@名無史さん:04/05/04 21:44
>165
意地っ張りを高く評価するのは意地を張り通すことの難しさを知っている人間。


171 :日本@名無史さん:04/05/04 21:51
(前略)言葉がよく分からないままに、もたついていたH兵長がいきなり番兵から
往復ビンタをくらった。理由もわからないその殴り方はまことにひどいものである。
K提督が比較的英語が喋れる。見かねた提督がそのインドネシア番兵に対し、
特にいんぎんな調子で謝りながら話し掛けたのである。
しかしそれが却って彼を威猛高にしてしまった。乗船していたオランダ人が大勢見ていた
ので、それへの一種の気負いもあったらしいが、番兵ははじめ殴っていたH兵長から
急に矛先を転じ、提督に向かって襲いかかるようにビンタを取り出した。
坐ったまま黙って膝の上に手をついて殴られている白髪の頭が左右に揺れ、髪は乱れ、
汗が飛び散る。頬が赤黒く腫れてゆく。見るに忍びず、私自身あまりのつらさに目を閉じた。
尚もぴしり、ぴしりという音だ。胸の中が煮え繰り返るようである。
提督は「手を出すな」と小声で、目と共に合図しておられた。
かつてはラバウル方面軍の最高司令官であり、海軍兵学校長でもあった片だけに、
心静かに、屈辱にあえて耐えておられる。この場の様子は若き日の訓練時をも偲ばれ、
何か悲壮というか、崇高な、真の”武人”を見る思いであった。

172 :日本@名無史さん:04/05/04 21:53
>>169
では何で競う?派閥か?
ハンモックナンバーは、やる気と情報収集能力を測った結果。
(米内は低かったらしいが)

基準としてだけならば悪くない。

173 :日本@名無史さん:04/05/05 00:22
>>169吊り氏なのは承知で書くけど、WW2の時海軍トップは必ずしも
海兵の成績が優秀な人たちだけではなかった。

あと、末次信正がなんで海兵の成績は目立ってないのに、何を理由に大将に
なったのか?レベルの質問には即答できるよね?>>169

174 :日本@名無史さん:04/05/05 21:12
米内のような人材が登用されるところから見て、
割合公平にやってたんだろ。

175 :日本@名無史さん:04/05/06 00:10
それはいえてるね。
ハンモックナンバーが中より下だった米内が出世できたことは、ある種の海軍の良識の証拠だとも思える。

176 :日本@名無史さん:04/05/06 00:41
>>175
米内は同期の主席、次席が「あいつは海軍上層部に
必要となる人物だ。俺たちが上に行くわけにはいかんぞ」
みたいなことを語り合って、自分達より米内が上にいけるように
したって話を聞いたことあるんだが、ほんとだろか?

177 :日本@名無史さん:04/05/06 01:13
米内は、見かけが立派というか、お洒落だったらしい。
海軍軍人にしてはキザだといい評価があったほどで、一般には岩手県出身の鈍牛みたいなイメージがあるが、なかなか男前で、それで人気があったとか。
人間性もさることながら、そういう見栄の面での立派さでも得をしたようだ。

178 :177:04/05/06 01:14
× キザだといい
○ キザだという

179 :日本@名無史さん:04/05/06 14:40
米内は本当にわざと負けようとしたの?
後、なぜ阿南が最後に「米内を斬れー」と言ったのだろう?

180 :日本@名無史さん:04/05/06 16:31
阿南はテロリストだから人殺しがすきなんだよ。
特に意味はないっしょ。


181 :日本@名無史さん:04/05/06 22:20
阿南といい東条といい天皇は、人を見る目が無い・・・

182 :日本@名無史さん:04/05/06 23:08
>>179
> 後、なぜ阿南が最後に「米内を斬れー」と言ったのだろう?
今となっては誰も真相はわかんないね。
その言葉を直接聞いた竹下中佐は、酒の上での戯言だろうと言ってるけど、
竹下の立場や気持ちを考慮すると、彼の解釈には、何らかのバイアスが
掛かってるとも考えられるし。




183 :日本@名無史さん:04/05/06 23:23
同じような立場で働く同僚だけど性格は相容れないものがあったんだろう

184 :日本@名無史さん:04/05/06 23:44
自分は腹を切るつもりだったが、
米内は腹を切るつもりが無いということが美学的に許せなかったんでないかな。

天皇と国民と部下と、そして自分たちが一生をかけた組織、
そのすべてを欺いたという「つみ」に対しての身の処し方、とか。

185 :日本@名無史さん:04/05/07 00:08
腹切るなら及川とか嶋ハンとか水野あたりだろう。
アメリカ様と戦して勝てると思い込んだ連中だろうがと。

先帝陛下だまして戦争いうのはいかにもで。

186 :日本@名無史さん:04/05/07 00:18
米内には支那事変拡大という重罪がある。
別に腹切ってもおかしくない。

187 :日本@名無史さん:04/05/07 13:47
阿南は立派な軍人だと思うよ。
もともと徹底抗戦派であった陸軍を率いていた陸軍大臣なんだから、その気になれば
陸軍大臣を辞職して鈴木内閣を倒すことも可能だったのに、ちゃんと大臣としての
責を全うして、和平の道を開いてから自決している。
彼の死を聞いて鈴木首相は
「そうか腹を切ったか。阿南という男は立派な男だな」と男泣きしたという。

188 :日本@名無史さん:04/05/07 14:22
海兵でも米内の期あたりは、海大甲種学生課程修了かどうかが、
昇進に影響した時期らしい。
海兵の卒業席次が重視されるようになったのは、ワシントン軍縮後だそうだ。
(出典:熊谷光久『日本軍の人的制度と問題点の研究』国書刊行会)

189 :日本@名無史さん:04/05/07 18:25
阿南自体が「徹底抗戦」というより陸軍の代表者としての「徹底抗戦」
だからな、一概に善悪はつけられないが責任感はあったと思う
あの時、陸相が腹を切った事で陸軍も収まっただろう

190 :日本@名無史さん:04/05/07 19:34
「(前略) この天皇の命令に全陸軍が直ちに従うためには、
単なる命令だけでは底しない。電撃的ショックを必要とするのである。
全軍の信頼を集めている阿南将軍の切腹こそ全軍に最も強いショックを与え、
鮮烈なるポツダム宣言受諾の意思表示であった。之により全陸軍は、戦争継続態勢
からポツダム宣言受諾への大旋回を急速に始めた。 (後略)」

191 :日本@名無史さん:04/05/07 19:58
というか天皇の意志は終戦なんだから、忠君を言うのなら
素直に従えよ。天皇機関説支持の自由主義者の方が天皇に忠実じゃんか。

192 :日本@名無史さん:04/05/07 21:36
>191
「天皇が悪い側近に騙されている、真実の天皇の意志はゆがめられているのだ」という論理で
好き勝手やってきた方々に、真の忠義など期待できようはずもない。

彼らにとって天皇とは自分たちの暴走を正当化する「機関」に過ぎなかったのだ…

193 :日本@名無史さん:04/05/07 21:41
陸軍全てが忠君思想の信奉者であったわけではない。
むしろ継戦のため障害となる昭和天皇を押し込めて、皇弟を擁立する動きまであった。
立憲君主制であれば天皇であろうと内閣の決定には従わなければならず、昭和天皇も
そのルールを自ら遵守しようと努めていた。
御前会議で天皇の決断を求め、それにより国策を決定するというのは一時的に、
立憲君主制による内閣政治が崩壊したということである。
その時まで天皇が「朕が意思は降伏和平、ポツダム宣言の受諾やむなし」という
意思を公にしたことはない。
であれば、戦争に勝つために軍が継戦して勝機を見出そうともがくのは当然。

194 :日本@名無史さん:04/05/07 21:57
せめて海軍ネタに限定しろや。

195 :日本@名無史さん:04/05/07 22:13
阿南はもう少しで大西郷になるところだったが、自ら命を絶つことで神輿から降りた。
最後は天皇との個人的な絆が物言ったんだろう。
外地の軍人たちには、阿南自決の報は、玉音放送よりダイレクトに、
敗戦という事実を突きつけたと思う。

ちなみに米内も海兵の成績はもう一つだったけど、阿南も陸大の再審を3回落ちてる。
更にいうと、統帥部の2人は両方、大学校首席。

196 :日本@名無史さん:04/05/07 23:08
実質的なクラスヘッドの井上に海大受験の資格を与えるために
内規が変更されたというのは本当?

197 :日本@名無史さん:04/05/07 23:13
井上は腹切らなくても良かったの?
つ〜か東條と嶋田は何で切らねーの?
情けね〜。

198 :日本@名無史さん:04/05/07 23:27
>193
ただし、戦争継続の目的である「国体護持」への目算があったワケでもない。
結局「やめよう」と言い出すことが政治力学上できない、という理由が最たるモノだったワケで。

すでに「勝つために」戦争をすることが無意味なのは皆分かっていたんだよな…

>197
東条は自殺しようとして失敗したワケだが?

199 :日本@名無史さん:04/05/08 02:01
陸軍は、せめて一度でいいから「本土決戦」がしたかったんだろう。
陸軍は、本土決戦に備えてかなりの戦闘機、戦車を国内に温存していた。
本土決戦で大々的に米軍を叩いて、日本軍の強さ、恐ろしさを見せ付ければ、講和(停戦)条件も少しは有利になるだろうという気持ちがあった。
だから、停戦に抵抗する気持ちが強かったといえる。

この点、海軍は、すでに戦闘能力を喪失していた(軍艦は、たしか長門しか残っていなかったよな)から、もう何を抵抗するか、というところがあったのだろう。
関心事は、もっぱら国体護持(天皇制存続)だったのだろう。

200 :199:04/05/08 02:04
「軍艦は」は、「戦艦は」の間違い。
いずれにしても、空母も大半を失っており、航空戦力もわずかな国内の地上部隊だけで、もう海軍は人間集団としてのかたちだけの存在であったといっても過言ではない。
だから、最後まで抵抗した大西などは、もう陸軍と精神的に一体化していたのかもしれない。

201 ::04/05/08 09:21
一死を以って、大罪を謝す。
  戦局日に日に非ず(草案)-------米内   
  戦局必ずしも好転せず(修正案)---阿南
まあ、終戦の詔書で米内とバトルったからな。
現実主義者米内は、実際に負けてるんだから、負けてると書けと言い張り、
理想主義者阿南は、いや負けてない。まだ本土決戦はやってない。だから
書き直せと。米内もこれは大事なことだから、妥協できないと言い張る。
最後は、米内が折れた。
300万皇軍将兵が尊い犠牲を思う理想主義者阿南にとって
米内のこの対応がゆるせなかった。これが米内を切れ!
の言葉の発端であろう。


202 :日本@名無史さん:04/05/08 10:11
>199
つっても、天皇に「敵軍上陸地の防備はどうなってる?」と聞かれて返事できないような状況だったのだが。
「かなりの戦闘機・戦車」とはいえ、それで米軍に一戦挑めるというのは
客観的に見たら夜郎自大も良いトコという程度の装備しか無かった…

203 :日本@名無史さん:04/05/08 10:24
阿南自体は、沖縄に全航空機を注ぎ込んで一撃を加え、後講和という考えだった。
だから大本営が早々に沖縄を見切り、本土決戦の準備を始めた事に怒り、
同郷の先輩である梅津と激しく論争した。

204 :日本@名無史さん:04/05/08 10:54
なるほど。梅津美治郎がねえ。
やっぱり、軍人としては、最後までまだわが皇軍の戦闘力は十分に残っていると言いたかったんだろうな。
使い惜しみしていたわけだ。
それも、要は、最後まで自分達が「軍人」としてのプライドを維持したかったからだろう。
そうやって、ただでさえ少ない戦闘力を後回しをし続けていたのが陸軍だったといえる。
その意味では阿南はまだマシだったと言えるわけね。

205 :日本@名無史さん:04/05/09 00:18
せめて海軍の話題にしようぜ

206 :日本@名無史さん:04/05/09 00:43
>>204
まあ梅津というよりは第一部長の宮崎周一中将の考えだと思うけどね。
はやくから第一部長要員として期待されてた人だけど、人事の不手際で
支那にとばされ勘が狂ったのかな。

207 :日本@名無史さん:04/05/09 02:39

何故、米内や永野はシナ事変にのめり込んでしまったのだろうか?


208 :日本@名無史さん:04/05/09 02:59
宮崎周一は、本来非常に優秀な人物だったんだよねえ。
少なくとも本土決戦至上主義みたいな神がかりではなかったかと。
しかし、そんな宮崎も、ある種エリートらしさがそういう消極さに出たのかもな。

209 :日本@名無史さん:04/05/09 03:34
海軍と陸軍は仲が悪かったな。よくそれで他国と戦争する気になったもんだ。
海軍は陸軍と戦いながら、アメリカとも戦っていたし、陸軍は中国や、東南アジアに兵を展開しながら、海軍と喧嘩してましたな。
あふぉな軍は、どこか違うよ。戦争に負けるはずだよ。

210 :日本@名無史さん:04/05/09 03:47
陸軍士官学校と海軍兵学校とでは、どちらかといえば、頭のいいのは海兵を目指したらしい。
定員も海兵の方が少なかったし。
全体に、将官については海軍の方がエリートだという認識があったようだ。
また、陸軍では兵隊の士気というものが組織維持に不可欠で、将官も兵隊思いというマインドが強い者が多かったのに対し、海軍では兵隊(水兵)は機械の歯車のようなもので将官からは人間扱いされていなかったという話もある。
こういう将兵の意識の差が、あちこちで出ていたんだろうな。


211 :日本@名無史さん:04/05/09 03:49
政治的には陸軍が強い。

212 :日本@名無史さん:04/05/09 11:26
>209
陸海軍の仲が悪いのは日本に限った事じゃない。どこの国も大抵仲が悪い
らしい。
アメリカも例外ではなく、陸軍がB29の開発に成功した際、海軍が提供を
要求したが、日頃からの反目もあって断られたとのこと。

つまらん書き込みする前に、もうちょっと勉強しましょうね。


213 :日本@名無史さん:04/05/09 12:07
ただね、仲が悪くたって、その上に両者を統合する強力な装置があるでしょ、アメリカの場合は。
日本は、「全く」それがなかった。
大本営だって、実質は陸軍部と海軍部とに分かれていた。
そこが問題な訳で、それを単に仲が悪いのはどこの国でも同じだというのも、あまり説得力がない。
指摘するのは、ちと失礼だけど、許してくれ。

214 :日本@名無史さん:04/05/09 12:12
陸海統一統帥部の構想は有る事は有ったけど、海軍が断固拒否してたからね。

215 :日本@名無史さん:04/05/09 13:12
結果的には、統帥が統合されていなかったから、昭和20年8月15日で済んだわけで、皮肉にもこれで多くの国民が助かったといえる。
もし、統合されていたら本土決戦実行なわけで、それを考えるとマジで恐ろしいでつ。

216 :日本@名無史さん:04/05/09 14:01
統合されていたらそもそも開戦しなかった可能性もあるワケで…

217 :日本@名無史さん:04/05/09 14:19
井上成美について語ってくれ
性癖とかで

218 :日本@名無史さん:04/05/09 14:34
山本権兵衛が、海軍軍令部長の地位を参謀総長と同格にする事を主張し、
日露戦争前ということで、しょうがなく児玉がそれを呑んだのが事の始まり。

219 :日本@名無史さん:04/05/09 14:37
それは違うだろ…
参謀総長が陸軍海軍持ち回りでやるポストだってんならともかく、
そうでないなら参謀総長の下に海軍を置くのは
海軍がそれなり以上の規模になってきたら、無理があるさね。

問題はさらにその上の意志統合機関をつくろうとせず、
さらに内閣が意志統合機関としての役割を果たすのを
昭和以後放棄してしまったこと、だろうに。

220 :日本@名無史さん:04/05/09 14:42
ちなみに現代の自衛隊では、制服組トップの統幕議長は空陸海の3軍持ち回り。
さらにその上に文民国務大臣である防衛庁長官を置く、というかたちで
戦前の軍制の問題点を二重にカバーするかたちになってる。

221 :日本@名無史さん:04/05/09 17:43
>>213
>指摘するのは、ちと失礼だけど、許してくれ。

いやいや、御指摘御尤も。
ただ、日本は「全く」それがなかったというのも、ちと語弊があるのでは?
アメリカとはシステムが全く違うとはいえ、両軍を統帥すべき機関として
(天皇機関説的にいえば)、天皇という存在があったのだから。
事実、極めて例外的ではあるが終戦の際は、その大権で以て全軍に停戦を命
じているわけで。

しかし、実際問題として、それまではそのような大権も有名無実の如きもの
であったのだから、「なかった」に等しいのだが。


222 :日本@名無史さん:04/05/09 22:23
今度、自衛隊は統幕を強化するらしいな。
現在の統幕議長を「統合幕僚長」にするらしい。
で、統幕の定員も大幅に増加すると。
軍事ヲタク的には、陸海空が分かれている方が面白いが、やはり真面目な議論としては戦前の旧軍の反省に立って、あるべき形を作って欲しいと思うね。

223 :日本@名無史さん:04/05/11 00:35
海軍でも野村吉三郎みたいに海大出ではなく海外留学組がいるよね。

陸軍と海軍の仲の悪いのは、日本に限らずどこの国でもそうみたいで、
アメリカもマッカーサーとニミッツが交代で指揮を執ってたよね。
んで、陸軍から空軍、海軍から海兵隊みたいに組織にも影響している。

224 :日本@名無史さん:04/05/11 00:47
>>223
マッカーサーとニミッツは交代ではなく、指揮範囲が重ならないよう、領域を南西太平洋と中部太平洋に分けた。
キンケイド指揮下の第7艦隊は、陸軍のマッカーサー指揮下にあって、栗田艦隊がレイテ湾突入か?というとき、
小沢艦隊を追撃するニミッツ指揮下のハルゼー第3艦隊がレイテ湾方面をガラ空きにしてしまい、
戦後もハルゼーとキンケイドとがお互いに非難し合った。

225 :日本@名無史さん:04/05/11 02:06
仲が悪いったって、海軍部隊が陸軍司令官の指揮下に入れるというだけで、日米の差は明確。
旧軍じゃ、そんなこと「絶対に」あり得なかったでしょ。

226 :日本@名無史さん:04/05/11 02:14
マッカーサーが有名になるのは日本統治と朝鮮戦争でだな。

227 :223:04/05/11 02:17
>>224
ありがとう。誤解してたよ。

>>225
そうだね。

228 :日本@名無史さん:04/05/11 02:36
アメリカの場合は、陸と海がお互いひがみ合いながらも切磋琢磨しているイメージ。
わが日本の旧軍は、文字どおり足の引っ張り合い。

極端に言えば、こういう感じ?

229 :日本@名無史さん:04/05/11 02:41
東北人は戦闘員向き






決して指揮官には向かない

230 :日本@名無史さん:04/05/11 02:42
フーン

231 :日本@名無史さん:04/05/11 02:48
東条も板垣・及川・米内、皆実力があってトップに立ったのだよ。
岩手県出身者ばかりだな。

232 :日本@名無史さん:04/05/11 11:29
>>228
つまり、日本人=無能
   メリケン人=有能

233 :打通さん:04/05/11 20:02
名将と言ったら、大陸打通作戦で中国チンピラゴロツキをコテンパンに
叩きのめした、岡村寧次大将を置いて他にないだろ。

海軍はとにかく資産家の出が多いからな、見栄えはいいけど戦意は今一つ。
しょせん財閥地主のボンボン達に国の命運は任せられないな。

やっぱり貧しい小作人出身の兵隊が一番つよい。

朝鮮戦争で「チンピラゴロツキ」も撃破できなかった米陸軍なんて、目くそ。

234 :日本@名無史さん:04/05/11 20:08
1945年8月極東満州における人民戦士のファシストへの鉄槌は、
ファシスト捕虜六十万の獲得と満州・朝鮮北部の産業施設の接収
という多大な成果を迅速に挙げた。
大祖国戦争においての経験が電撃的ファシスト粉砕という戦果を収めたのである。


235 :日本@名無史さん:04/05/11 20:39
海軍の航空戦力は、陸軍とほぼ同等であった。しかし、体へい酔う戦争において
海軍航空隊の消耗度は激しかったが、同じ数の航空機を誇る陸軍航空隊は役立たずであった。
なぜか?    航続距離の短い飛行機しか持たなかった陸軍は航空戦に参加することが少なかったし、
陸軍の航空兵は目標もない海の上を飛ぶような技術さえ教わることもなかったそうだ。
隼を作る資材をもっとゼロ戦に投入しておれば、初期の戦闘は変わっていただろう。
また、陸軍は、海軍の協力を得たくないばかりに、戦闘艦を自前で建造したそうだ。
軍艦を持つ陸軍と言うのも奇妙な印象を受けるが、陸軍と海軍の間には、暗くて深い溝があったのだ。

236 :日本@名無史さん:04/05/11 20:42
>>224
栗田が好機を得たのは、そういうわけだったのか。
>>233
一応海軍スレなんで。
大陸打通作戦で、海軍で活躍した奴は?


237 :日本@名無史さん:04/05/11 21:03
陸軍が建造した軍艦って、マジ?
船舶兵部隊が使用していた輸送艦のことは知っているが、まさかこのことかい?

238 :日本@名無史さん:04/05/11 21:35
おれのひいじいさんが海軍大佐だって両親から聞いたが肝心の名前が姓の小林しかわかってないんだ
親の話では横須賀で飛行機や空母(?)に乗ってたらしいがそれらしい人物知らない?

激しくスレ違いでスマソ

239 :日本@名無史さん:04/05/11 21:42
>>238
お寺の過去帳で名前調べてみたら?
名前が分かれば、大佐クラスなら知っている椰子がいるかも。

240 :日本@名無史さん:04/05/11 22:09
>>238
本当に本気で調べたいのなら、水交社(海軍退役軍人の親睦機関)に問い合わせれば。
小林姓は多そうだから、一人への特定は難しいかもしれないけど、出身県とかが分かれば、何とか目星がつくんじゃないの。

241 :日本@名無史さん:04/05/11 22:11
>>239
墓は横須賀にあるらしいが詳しい位置は知らないみたい
来年は横須賀に行く予定があるからその時探してみる

242 :日本@名無史さん:04/05/11 22:15
>>240
横須賀で生まれて横須賀で亡くなってます
本気で調べたいので問い合わせて見ます

243 :日本@名無史さん:04/05/11 22:21
名前すら忘れられてるとは・・・
かわいそうなひいじいさんだな。

244 :本多 大和守:04/05/12 00:00
うろ覚えで申し訳ありませんが、たしか、赤城にも、小林姓の参謀が乗ってるはずです。赤城は、沈ミッドウェーで沈みましたが、乗組員で助かった人は結構居たみたいですよ。

245 :日本@名無史さん:04/05/12 00:13
すごいね。2ちゃんで聞いてみるのも意味があるね。
赤城って、横須賀鎮守府所属だったんですかねえ。
もしそうなら、その小林参謀が238さんのひいじいさんの可能性が出てくるね。

246 :日本@名無史さん:04/05/12 23:59
っていうか墓に行けば生没年や名前わかるだろ。
後は水校社で訊ねれば一発じゃん。

247 :日本@名無史さん:04/05/13 00:03
>>246
水交社だろう。

248 :日本@名無史さん:04/05/13 21:20
お前ら、井上成美を語れ。

249 :日本@名無史さん:04/05/13 22:26
>>248
言い出しっぺのお前がな。

250 :日本@名無史さん:04/05/13 23:01
お前ら、つべこべ言わず一等大将井上成美を語れ。

251 :日本@名無史さん:04/05/13 23:52
小沢は、井上と違い、海軍大将を固辞した。立派だ。

252 :日本@名無史さん:04/05/13 23:55
>>251
なんで固辞すると立派なんですか?

253 :日本@名無史さん:04/05/14 00:23
>>251
自分で調べて考えて、それからカキコしなさい。
君には、知識が足りない。文字が足りない。貢献が足りない。なにより意見が足りない。

・・・気がする。

254 :日本@名無史さん:04/05/14 00:37
お前ら、つべこべ言わず三等大将島田繁太郎を語れ。


255 :日本@名無史さん:04/05/14 18:08
井上さんの戦後インタビュー聞くと、機関学校出身者の
処遇改善に努力した、と語っていた。

256 :日本@名無史さん:04/05/14 21:54
え、語った映像があるの??

257 :日本@名無史さん:04/05/14 23:48
井上大将は戦後、英語塾を開いたからえらい。

258 :日本@名無史さん:04/05/14 23:59
確かに、戦争末期、海軍機関学校は、海軍兵学校舞鶴分校になった(本来の海兵は江田島分校に)。

インタビューはテープ(録音)じゃなかったっけ。

259 :日本@名無史さん:04/05/19 00:45
下がり過ぎあげ。

260 :日本@名無史さん:04/05/20 00:08
誰も来ないね。

261 :日本@名無史さん:04/05/21 23:58
東郷大将も3等大将。

262 :日本@名無史さん:04/05/22 00:37
山本権兵衛は一等大将だろう。

263 :日本@名無史さん:04/05/22 18:27
>>258
うむ。テープ。
 ただ、国家観とか大局的な話を期待していたのに、
機関学校出身者の人事がどうとか、公務員の縄張り争い
みたいな話である意味がっかり。今の公務員と一緒で
微笑ましくもある。

264 :日本@名無史さん:04/05/22 18:27
>>258
うむ。テープ。
 ただ、国家観とか大局的な話を期待していたのに、
機関学校出身者の人事がどうとか、公務員の縄張り争い
みたいな話である意味がっかり。今の公務員と一緒で
微笑ましくもある。

265 :日本@名無史さん:04/05/22 19:32
>>263-264
君もまるでテープみたいだね。

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