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山縣有朋を再評価してみるスレ

1 :日本@名無史さん:04/02/02 07:42
時は来た!

2 :日本@名無史さん:04/02/02 07:51
暴君昭和天皇に諫言した最後の賢臣!

3 :日本@名無史さん:04/02/02 07:56
闇将軍そのものだな

4 :日本@名無史さん:04/02/02 08:01
まぁ悪く言われすぎている感はあるが、評価できるほどの人物かどうかは分からんな。

けど、なんとなく好き。何故って顔がウチのじーちゃんそっくりだから。
・・・・・・もしや隠し子

5 :日本@名無史さん:04/02/02 09:52
日露戦争の時に軍閥を超えて児玉参謀長を起用した人。
偉いね。

6 :日本@名無史さん:04/02/02 10:02
>>4
あの人は、伊藤や井上と違って女性関係は真面目。
奥さん一筋だったらしい。

7 :日本@名無史さん:04/02/02 18:31
絵堂・大田の戦いでは珍しく彼の戦略が功を奏した。
三浦五郎はそれが気に食わないので、「威嚇発砲したら敵は逃げた」と回顧録
でぼかしたらしい。

8 :日本@名無史さん:04/02/03 07:00
とりあえず岡義武『山県有朋』を読んでます。

9 :日本@名無史さん:04/02/03 07:05
軍政に秀でた人だったんでしょ。
現場の人じゃなくて。

10 :日本@名無史さん:04/02/03 07:11
枢密院議長元帥陸軍大将従一位大勲位功一級公爵age

11 :日本@名無史さん:04/02/03 07:21
くっらいよなぁ、なんつーかこの世の暗さを全て体現したかのような人間。

12 :日本@名無史さん:04/02/03 09:51
内務省・陸軍省など、日本の官僚組織を作った功績は大きい。
いまだに引き摺ってるじゃん。山県の亡霊を。

あと、山県は、原敬の親分、昭和最後の元老:西園寺の育て親。
やはり大日本帝国は伊藤と山県のもんだよ、うん。

13 :日本@名無史さん:04/02/03 13:17
絵堂でよく勝ったよな・・・。

14 :日本@名無史さん:04/02/03 22:18
所詮下郎の出

15 :日本@名無史さん:04/02/03 22:21
今、1が死んだ。
これほどのスレッドを立てる才能がありながら、1は死んでしまった。
分かっているのか?殺したのはお前達だ。
こんなに才気溢れる、将来性豊かな、ゆくゆくは日本が誇る世界の巨匠に
なったであろう1を、お前達はつまらん煽りや叩きで殺したのだ。
恥じるがいい。悔いるがいい。悲しむがいい。嘆くがいい。
お前達を俺は恨む。1を殺したという理由から、この板の住人を、2ch
住人を、ひろゆきを、日本人を、人類全てを。
1よ。あなたのことは忘れない。
あなたを殺した奴等にはいずれ俺がきっちり復讐してやる。
安らかに眠るがいい、1よ。
あなたの立てたスレッドは来年から歴史の教科書に載るそうだ。
1を殺した者共よ。俺が怖ければ、1の死を踏み越える覚悟でここを
超えるスレッドを立ててみろ。それが素晴らしい物であったら素直に賞賛
してやろう。暖かいレスもつけてやろう。sageも晒しも俺はするまい。
だが、ここの1を殺した罰によって俺はお前を倒す。それに変わりはない。
無闇に叩きや煽りやコピペをした夜は、お前の背後に俺が出る。

16 :顔文字+コテハンだった黒人:04/02/03 22:21
萩市にある騎馬像には驚いた。
郷土では英雄なんだろうな。

17 :顔文字+コテハンだった黒人:04/02/03 22:24
それ以上に驚いたのは長州藩の身分(階級)の
複雑さだが。永代家老から足軽(足軽も三つぐらいに
階級がわかれている)以下まで40以上に細かく分類されている。

18 :日本@名無史さん:04/02/03 22:40
西園寺(大村系?)とニコポン!桂(山県利用系?)が大正期の2大柱であったのね
グスン・・・

19 :日本@名無史さん:04/02/03 22:40
軍人として1方面指揮官で使われてる分には優秀な人材。
自分で政治機構を作る才能には乏しい。
大局を見れない人間の典型。

20 :日本@名無史さん:04/02/03 22:49
なんか憎めないカオしてるんだが…狂介。

この名前、すごいよね。

21 :日本@名無史さん:04/02/03 22:53
猿顔

22 :日本@名無史さん:04/02/04 00:44
なんでここまであしざまに言われないけないのか。
意見書とか見ると国家方針とか国際情勢の判断など極めてまともで
最晩年はともかく他では大局を見ている人にみえるのだが。
俺はむしろ戦略的側面が発揮できない時の一指揮官山県の配下の兵隊は
なりたくないなあ。


23 :日本@名無史さん:04/02/04 00:55
マキャベリ系なくせして人事とかにやたらくわしい同僚に近いな。
結構怖いよそういうしと。

24 :日本@名無史さん:04/02/04 03:25
小隊長山県狂介指揮下の兵卒は嫌だが
(乃木指揮下はもっと嫌だが)
大村遭難後の黎明期陸軍のクリエーターとしては
それなりだったんじゃないの?

25 :日本@名無史さん:04/02/04 09:45
陸軍費の使い込みだけは許容できないけど、
まあ比較的スムーズにその後の軍隊制度を作ったのは評価していいんじゃないでしょうか。

26 :日本@名無史さん:04/02/04 20:19
同じ松陰門下(わずかな期間)でも伊藤は多くを語らなかったのと対照的に、
山縣は常に居住まいを正して「わが師松陰先生は・・・」と、語り始めるのが常だ
ったそうだ。

27 :日本@名無史さん:04/02/04 20:20
>>22
禿げ同!

28 :日本@名無史さん:04/02/04 20:33
庭造りが得意だったんでしょ。

29 :日本@名無史さん:04/02/04 21:04
護国寺に墓を見に行ってきた。鍵がかかってて中に入れなかった。

30 :日本@名無史さん:04/02/04 21:22
>25
キサマおかげで昭和20年に何が起きたか良く考えてみやれ。
ほんまに。

31 :日本@名無史さん:04/02/04 22:02
長生きしすぎたのがいけなかった。

32 :日本@名無史さん:04/02/04 22:07
>>29
椿山荘には行かなかったのか。

33 :日本@名無史さん:04/02/04 22:26
>>25
使いこみはしてないよ、不正?融資をして焦付いたんだよ。

34 :日本@名無史さん:04/02/06 01:15
>>22
統帥権の独立解釈はこの時期この男が作ったのではないか?
自分の管轄する陸海軍の権益を伸ばす為に。
日露でアホみたく膨らんだ海軍力が元に戻らなかったのも
満州で馬鹿な関東軍が好き勝手やったのも結局はこれが原因。

つまりシビリアンコントロール、議会制民主主義を本質的に理解してなかったという事。

全ての責任が有るとは言わないが結構な責任が有るよ。この男には

35 :日本@名無史さん:04/02/06 08:24
日清までは海軍は山縣に逆らえなかったが、日露では独立している。
山縣の責任とは言い難い、山縣死後も陸軍は予算の削減などをなんどか実行しているし、
師団の削減なども強硬している。

どっちにしろ統帥権の独立は、日本のみならずイギリスを始めとする西洋でも普通の解釈。
満州や海軍における統帥権干犯などの拡大解釈などは彼はしていないしな。
つーか関東軍の行動こそ統帥権干犯以外のなにものでもないよ、
ついでに山縣は軍の暴走なんか許してないよ、三国干渉で現地軍が撤退を拒んだ時も自ら説得に出かけている。

これらは山縣の言葉に反した行動に過ぎない。

36 :日本@名無史さん:04/02/06 10:11
やはり軍の暴走が本格化したのは、明治の元勲の重石が完全に消え去った昭和以降だろ。
大体、昭和ヒトケタで主だった重鎮は亡くなってるよな。山縣は権力を抑えていたから暴走できるはずもない。

37 :34:04/02/06 10:14
全部現在官僚政治家が言い逃れに使う常套句だな。

>日清までは海軍は山縣に逆らえなかったが、日露では独立している。
糞食らえの言い訳だよな。言語道断とゆうか。
結局表側はそうゆう風に見せておいてとっ走らせただけ。

>山縣の責任とは言い難い、山縣死後も陸軍は予算の削減などをなんどか実行しているし、
>師団の削減なども強硬している。
1時的にだろ?その後大増強しただろ?

>どっちにしろ統帥権の独立は、日本のみならずイギリスを始めとする西洋でも普通の解釈。
これもまったくの詭弁だよ。確かにドイツとかでは統帥権は独立しているが問題は独立そのものでは無く
日本の場合その統帥たる人間の命令権を故意に複数から出せる様にして更にその権限さえも曖昧にして有る所が根本的な問題。
1例はこの軍令参謀本部条例の第2条
「参謀総長ハ陸軍大将若シクハ陸軍中将ヲ以テ親補シ帷幄ノ軍務ニ参画シ国防及用兵ニ関スル計画ヲ掌リ参謀本部ヲ統轄ス」
この文章は誰が作ったんだ?

ドイツは参謀総長と言うその時々の政府内閣が決めた個人が皇帝の代行として陸海軍の全てを掌握できる様にしてあるのに対し
このアホな文章を読解すればつまり日本における全ての軍隊の人事権は陸軍省が統括し
戦時の作戦計画は天皇の勅令によると書かれて有る。
全然統帥権が独立してネエじゃん?違うか?
これを利用すれば後々やらかした様に統帥権の拡大解釈など幾らでも出来る。
いや、元々どうとでも出来る様に書かれた文章なんだよ。これは


38 :34:04/02/06 10:15
更に内閣官制の7条には
「事の軍機軍令ニ係ワリ奏上スルモノハ天皇ノ旨ニヨリ之ヲ内閣ニ下付セラルルノ件ヲ除ク外陸軍大臣海軍大臣ヨリ内閣総理大臣ニ報告スヘシ」
なんだよ?これは?何言ってるのかさっぱり分からんぞ?
何とか意味合いらしき文章にするとすればこう読める。
つまり戦時下における作戦は参謀総長が報告する事が有るがそれ以外は陸軍大臣を通して首相に直ちに報告し
また戦時の作戦についても天皇への報告後直ちに首相に報告する。と、書いてある
「下付セラルルノ件ヲ除ク」ってそれ以外って事だよね?
「それ以外」ってなあに?「それ以外」は内閣に報告するってどうゆう事?
つまり都合の悪い作戦や自分達に不利な情報は内閣に報告しなくても良いと言うのを決めて有る条文という事だろ?
これは誰が作ったんだよ?

簡単に言えばだ。日本にはこの統帥権の独立すら満足に無かったと言う事だよ。
統帥権の独立と言うのは非常時に議会決定を待たず参謀総長1個人が天皇皇帝の代行で軍隊に命令を下す
言わば文民統制下の非常措置的かつ1時的な独立権限で有ると言う解釈が正しい。
そうしなければ有事の際に効果的に軍隊を動かせないからな。

天皇、皇帝と言うのは結局その時々の内閣の決定を勅令するだけの存在だからその代行の参謀総長も同じで
結果的にこの非常措置の最終的判断は政府内閣が決めるって事だ。
しかるに日本の場合はこの権限の所在や期間や上限は曖昧にされ内閣議会は2の次3の次にされ参謀総長つまり天皇権限までも侵すものだった。
だから結果的に政府内閣から完全に切り離された独裁権限と成ったんだよ。

>満州や海軍における統帥権干犯などの拡大解釈などは彼はしていないしな。
>つーか関東軍の行動こそ統帥権干犯以外のなにものでもないよ、
>ついでに山縣は軍の暴走なんか許してないよ、三国干渉で現地軍が撤退を拒んだ時も自ら説得に出かけている。
>これらは山縣の言葉に反した行動に過ぎない。
これもまったくの詭弁。
俺が上に書いた文章を後々まで意識して作ったのか?それとも現状認識のみで安直に作ったのかは知らんが
作った時からドイツやイギリスなどとはまったくかけ離れたモンだったのは確かだ。正に無茶苦茶。
逆に言えばそれが山県有朋とゆう人間の全てを物語っている。

39 :日本@名無史さん:04/02/06 11:09
>>37-38
普通に書けばいいのに。言葉は悪いし、感情こもってるからよく分からんよ。

40 :日本@名無史さん:04/02/06 11:31
ともかく山県が明治22年に作った「内閣官制」は酷すぎる。
更にこれと同時に発布された帝国憲法もまた同じく酷い。

内閣における閣議決定には内閣の満場一致が求められ1人でも反対すればその都度内閣は総辞職と成った。
つまり軍務大臣の1人が閣議で反対すればその内閣は総辞職に成ると言う事。
日本で大正期以降くるくると内閣が変わったのはこれが原因。
この政治的空洞を狙って関東軍が行動を起こした。

また国務大臣各自それぞれが天皇を輔弼すると明記されて居た為にそれぞれの国務大臣は内閣に対し責任を負う義務は無く
極端な話それぞれの管轄権限を伸ばす事のみに邁進すれば良かったので有る。
この為枢密院(天皇の最高顧問機関)や軍部が内閣官制と統帥権を盾にすれば事実上無制限に権益を伸ばせる事に成り
国政そっちのけで何でも有り状態に成った。

但しこれは大正期以降の話でそれまではとりあえずこの憲法を発布して
後で改正を加え正常な立憲議会制にすべく働いた伊藤博文など抑止力の役目をする人間が居たからまだマシだったろう。
彼は最初日本の朝鮮併合(つまりアジア進出)には反対だった。しかし後に折れた。

実際人柄を見れば分かるが有る程度の政治能力は持っていたにせよこの軍部と憲法問題へ本質的に切り込めず暗殺された所が
大久保利通の様な押しと切れが無い。 が、俺は当時としてはかなり評価できる政治家の1人だと思う
まあ、アジア進出を目論んでいた香具師軍部官僚には排除したい敵に写った事だろうな。

反対に元相棒の山県有朋は感情として政党や議会制なる物を最後まで信用しない人間だったと言っても良い。
そのプロセスが日清日露で増大し最後は狂気へと変わったと言う事だろう。

41 :日本@名無史さん:04/02/06 12:13
>>39なんで?感情なんか込めてないが?
まあ、そんな事はともかくこの伊藤博文という男は政治能力的にはソコソコかも知れないが
抜群の平行感覚を持った男だった。
例えば日露終結後、南満州鉄道の権利割譲を受けた日本へアメリカの鉄道王ハリマンという鉄道王が来日し
日本との共同経営を持ち掛けた。

これに最初飛びついたのは井上馨だったが後でそれを強く支持したのが伊藤博文だ。
つまりこの2人は欧州&ロシアのけん制の為にアメリカを抱き込む絶好のチャンスと考えた訳だ。
それどころか将来的にこのアメリカを中間に入れておけば障壁となり結果ロシアを軟化させ融和できると考えたのかも知れない。
当時の傲慢極まりない軍部連に比べ明治の政治家の方はある程度節度と国際感覚を持った人間がトップに居たという事で
これにはあの桂太郎もすぐ賛同した。

しかしこれをまったく御破算にしたのが小村寿太郎だった。
俺は日本のこの時期のアジア進出はまったく間違いだったと考えるが
それはそれとしてもうロシアと戦う金も軍事力も無くボロボロに疲弊した日本を救ったのは
この小村寿太郎だったと思う。
なぜ彼がこのハリマンに反発したかと言えば結局自分の功績が横取りされる形に成るのが嫌だったからだろうし
また多くの血を流して手に入れた満州鉄道にアメリカの資本が入るのを軍部が猛反対したからだろう。
結局この話は最後の最後で小村の一存で全部御破産に成る。

これでアメリカはその後日本封じ込め政策に入りオレンジ計画の動機とも成った。
ココでまったく日本の運命が変わったとも言える。
俺はこのアメリカのやり方もおかしいと思う。しかし結局世界は弱肉強食なのだ。
問題は当時の日本がアメリカに逆らえる力と逆らった後日本の外交、国際的展望が見えていたのか?
ココが最大にして最高の問題なのである。結局この決定が太平洋戦争の潜在的な引き金に成った。
小村は優れた外交官だったがアメリカを見誤った所が唯一の汚点だろう。







42 :日本@名無史さん:04/02/06 18:10
>>41
アメリカの覇権主義を熟知していたから、だろうな。


43 :日本@名無史さん:04/02/06 21:34
太平洋戦争の遠因、引き金になったということなら、汚点なんていうレベルじゃなくて、戦犯と言い切ってもいいくらいだ。

44 :日本@名無史さん:04/02/06 22:11
>>37
>局表側はそうゆう風に見せておいてとっ走らせただけ。

感情論と推測、具体例をあげて説明してみろ。

>1時的にだろ?その後大増強しただろ?

その後は満州事変とソ連の伸張で削減する事が出来ない。
平時には削減し、戦時に増額するのは当然のこと。
日露後は第二次大戦というか、シベリア出兵までは増額されていない。
どっちにしろ予算の増額の権利は議会が握っており、軍部が勝手に増額するのは不可能。

>日本の場合その統帥たる人間の命令権を故意に複数から出せる様にして更にその権限さえも曖昧にして有る所が根本的な問題。

ちょっとまて、おまえ読めているのか?
参謀総長は大将もしくは中将を登用して、そいつが参謀本部を統括して計画をねると書かれているじゃねーか。
どう読んだら、命令権が複数に存在するという文章になるんだよ。

>全然統帥権が独立してネエじゃん?違うか?

日本語くらい読め、マジで。



45 :日本@名無史さん:04/02/06 22:37
太平洋戦争は長州藩が起こしたともっぱらの話題だが、どうよ?


46 :日本@名無史さん:04/02/06 22:38

今   の   日   本   は   長   州   時   代


47 :日本@名無史さん:04/02/06 22:41
>>38
>なんだよ?これは?何言ってるのかさっぱり分からんぞ?

あのさあ、わかんなにのに、なんで↓こんなアホな結論が出てくるわけ、
>つまり都合の悪い作戦や自分達に不利な情報は内閣に報告しなくても良いと言うのを決めて有る条文という事だろ?
読めないなら、勉強すればいいだろうが、
天皇に上奏するか、内閣に報告しろってことだろ。軍が勝手に行動しないように縄がついているってことだ。
ミッドウェイの敗戦を知らせたくなくて、海軍は内閣の首相である東条には報告しなかったが、
その場合は天皇には報告しなければならなかった、だから東条は天皇から敗戦の報告を聞いた。そういうことだ。

>しかるに日本の場合はこの権限の所在や期間や上限は曖昧にされ内閣議会は2の次3の次にされ参謀総長つまり天皇権限までも侵すものだった

あーもー、おまえはさっさと法解釈の本を読め。
お前は、ろくに読めもしないのに私的に法を解釈して、これは間違っているとほざいているだけだ。

>作った時からドイツやイギリスなどとはまったくかけ離れたモンだったのは確かだ。正に無茶苦茶。

それはお前の法解釈が滅茶苦茶だから、そもそもドイツやイギリスの法知ってて書きこんでいるのか?
どっちにしろ、山縣が軍の暴走を否定し、自らそれを身体をはって止めているという事実は揺らがない。
おまいが逝っている事は、話が繋がらず意味不明。

48 :日本@名無史さん:04/02/06 22:47
というかこいつ>38は明治憲法に内閣の規定すらない事を把握して言っているのだろうか?
だから当然国務大臣は天皇を輔佐する機関であって、内閣を輔佐する機関ではない。
どうもよくわかってない気がする。


49 :日本@名無史さん:04/02/06 22:56
小村さんは欧米のアジア進出に関しては、
かなーり感情的なしと(ジョーイ系?)みたいだたらかね。
山県さんが軍の暴走を防ぐのは
軍政人としてのじびんの制御がきかなくなるのが「イヤ!」って感じだす。
みないいとこもあるけど後から見るとイタイとこが多いよね。
その集大成ができたから国滅ばせたんだよにゃ。

50 :日本@名無史さん:04/02/06 23:04
>>41
そこで山縣も児玉などの軍部の主流派に反対し、
日本軍による満州経営に反対し、国際協調を促したのを知っているのか?
清の主権の無視や、欧米商人に敵視を抱いていた児玉を叱り飛ばしているぞ。

51 :日本@名無史さん:04/02/06 23:15


出自の悪い香具師に興味もなし

52 :日本@名無史さん:04/02/06 23:19
べつに、拡張主義=わるもの
という図式をあてはめることもなかろ。
鉄の人は小ロシアのひとだったし。

山県の個人的立場をたもつための条文があとで国を壊す装置になっただけのことでは?

53 :日本@名無史さん:04/02/06 23:24
>>52
山縣がそれを利用して国をよりよい方向に導いたものを、
後世のアホが、山縣が聞いても驚く拡大解釈で、山縣なら絶対とらない方法で、
国を破滅させた責任を、山縣に着せるのはおかしいと俺は思うんだよね。


54 :日本@名無史さん:04/02/06 23:39
2.26で殺された渡辺は、山県のことすごく尊敬してたね

55 :日本@名無史さん:04/02/07 00:17
というわけで、やはり元勲には元勲と呼ばれるだけの器を持っていたという、至極真っ当な結論になりそうだな。
後世のいい気になった連中にやはり責任があるということだ。小村のアメリカ排斥は痛いな。

56 :日本@名無史さん:04/02/07 00:21
伊藤と山縣は明治の双璧でしょう。
二人の考え(というか手段)は違うし仲はトコトン悪いが。

57 :日本@名無史さん:04/02/07 00:23
日清戦争の時の伊藤は確かに凄い。

58 :日本@名無史さん:04/02/07 06:18
山縣を非難するやつは、何か障害や問題に突き当たったときに親が悪い、育て方が悪いと言い募るガキと
精神構造がそっくりだな。
いいかい、山縣が制度設計したものは、後世の今から見たら欠陥だらけだろうが、当時はベストを尽くして
作り上げたものだ。その後の経験と運用で欠点を洗い出し、直していくことが可能だったわけだし
むしろ、それが後世の人間の責任なわけだよ。それを当初から問題点を抱えていただの、穴があるだの、欠点があるだの
言い募ったって話になるかよ。問題点をどんどん修正していけばいいだけのことで、それをせずに
非難してみても始まらない。

59 :日本@名無史さん:04/02/07 08:23
よく知らないんだけどこの人ってお金や権力が大好きな人でしょ?

60 :日本@名無史さん:04/02/07 09:50
ただの足軽です。

61 :日本@名無史さん:04/02/07 10:40
お金と権力と名誉が大好きというのが人気のない理由ではあるね。
それで愛嬌がないから無敵に不人気なのはしかたない。
井上や高杉なんかもお金に対して倫理観なんかなかったけどね。

62 :日本@名無史さん:04/02/07 11:01
足軽だからなんだろうかなぁ・・。
高杉や久坂みたく上士の家の人だったらどうなんだろう。

63 :日本@名無史さん:04/02/07 11:04
つか、公金横領が長州の伝統だしね。それだけお金に余裕があったんだろうけど、
その癖が新政府ができても抜けなかったんだろうね。

64 :38:04/02/07 12:01
>ちょっとまて、おまえ読めているのか?
>参謀総長は大将もしくは中将を登用して、そいつが参謀本部を統括して計画をねると書かれているじゃねーか。
>どう読んだら、命令権が複数に存在するという文章になるんだよ。

おまえこそ全然読めてねえなァ
俺が言ったのはドイツの様に参謀総長と言う1個人に天皇の全権が渡されるのではなく
陸軍省や海軍連合本部つまり陸軍大将や海軍海軍大将、更にはその下の中将まで作戦参画できて
しかもこの参謀総長、陸軍、海軍大将はみんな同列で物を言える参謀本部なるモンが権能を有していた所に問題が有ると言っているのだ。
更にこの参謀本部は各軍の編成権限のみを有し
実際の作戦行動等は殆ど現地軍の指揮官に委ねられる事が多かった。
面倒だから後はココ嫁
http://www3.kiwi-us.com/~ingle/topix-2/showa%20emperor.html

つまり元々参謀本部なるモンは機能して居なかったんだよ。
明治期は指令面で山県が居て実行面で乃木や東郷が居て参謀本部なん無くても問題無かったが
大正も末期に成ると東郷以外みんな死んでいる。
山県は軍事面を官僚化して武権の分散を図ったかの様な言い方を後々の擁護派はいつも言うが
俺はまったくそうは思わんね。
統帥権の独立なら独立でそれを有効に機能する様に作って置くのが本当の軍令だ
1900年まで武官を参謀総長へ任命するのは禁止だったからこの参謀総長は文官から選ばれる事に成る。
つまりこの参謀総長に天皇の統帥権を委託すると言う事は軍隊に相当のシビリアンコントールを有すると言う事だ。
それを曖昧にした所が根本的な間違いだったのだ。

65 :38:04/02/07 12:02
余談だがこの東郷は後の統帥権干犯問題で皇道派若手将校達に祭り上げられ
本人は迂闊にもその神輿に乗ってしまっている。これが無ければこの人の歴史評価も全然変わっていたんだろうけどな。

話を元に戻せば明治期以降堕落して久しい参謀本部に見切りを付けたのが石原莞爾を中心とした若手皇道派の連中だよ。
226の様な暴発が相次いだのもこの参謀本部なるモンが機能せずまったく無為無策だったからだ。

>天皇に上奏するか、内閣に報告しろってことだろ。軍が勝手に行動しないように縄がついているってことだ。
>ミッドウェイの敗戦を知らせたくなくて、海軍は内閣の首相である東条には報告しなかったが、
>その場合は天皇には報告しなければならなかった、だから東条は天皇から敗戦の報告を聞いた。そういうことだ。

だから全然ダメダメじゃん(笑)隠してるジャン(笑)
つまりそうなるのも見越して山県が作ったのか 安直にその場の感情で作ったのか知らんが
この帝国憲法も内閣官制も酷い出来だったんだよ。

>それはお前の法解釈が滅茶苦茶だから、そもそもドイツやイギリスの法知ってて書きこんでいるのか?
>どっちにしろ、山縣が軍の暴走を否定し、自らそれを身体をはって止めているという事実は揺らがない。
それは上にも書いた様に体裁繕ってただけ、奴がなんで政党を否定し議会制を否定し伊藤と別れ
更にはこの統帥権の有り方さえも曖昧にしたのか?
それは奴がそうゆう人間だったからだよ。

>おまいが逝っている事は、話が繋がらず意味不明。

お前こそ意味不明だ。



66 :日本@名無史さん:04/02/07 12:32
>>64

> 1900年まで武官を参謀総長へ任命するのは禁止だったからこの参謀総長は文官から選ばれる事に成る。
> つまりこの参謀総長に天皇の統帥権を委託すると言う事は軍隊に相当のシビリアンコントールを有すると言う事だ。


参謀総長が文官ってどこの国の話?


67 :38:04/02/07 13:15
>そこで山縣も児玉などの軍部の主流派に反対し、
>日本軍による満州経営に反対し、国際協調を促したのを知っているのか?
>清の主権の無視や、欧米商人に敵視を抱いていた児玉を叱り飛ばしているぞ。
コレもチト違うな。
山県は軍全権をほぼ掌握していた時期に当然軍の予算も自由に配分できる権限を持っていた
当然欧米の武器や戦艦が優秀でそれなしでは日本が立ち行かない事を承知していた。
と、言うのが表側に建っている建前で
奴が大久保の死後、その権力を引き継ぎ井上馨などと同様に一体どれだけの汚職に関わったのか分からないほど
富商、豪商の権利権益に敏感だったからだ。その後満州へ新興財閥なる軍閥郡が登場して来たのもこの山県等の施策だろう。

大久保はその死後 家屋敷全て借金の抵当に入っていた程自己を犠牲にしても国家の為に殉ずる気概の持ち主で有ったが
この山県はそのカケラ程も無い奴だった。言ってみれば政治向きの事など出来る様な人間では無く
前に言ったが1方面司令官で居る方がよほどマシな人間だったのだ。

これも維新の立役者が相次いで暗殺、死去した後に見えて来た薩長が私物化政府のゆがみでも有るが
まあ、しゃ-ない部分も有るわな、それだけの権力が自分の思うままに成るんだから。
ともかく山県はそうゆう種類の人間。理想実現よりまず先に有るのが己の身分上昇と栄達栄華だ。

68 :日本@名無史さん:04/02/07 13:16
顔が長い・・・

69 :日本@名無史さん:04/02/07 13:35
北越戦争で死ねばよかったのにな。


70 :日本@名無史さん:04/02/07 13:38
>>38
条文引用したりしてつらつら書いてるけどねえ、
根本的にす べ て 間 違 っ て る ぞ

71 :38:04/02/07 13:43
>>66
すまん、間違えた。。。
これは軍部大臣現役将官制の事を言っている。
つまり内閣の陸軍大臣と海軍大臣は将官(大将・中将・少将の階級を有する
軍人)の中から選ばなければ成らないってえのを法制度化したモン
これで内閣は軍部で気に入らない事決め様とすれば何度でも解散する事になっちまう訳よ。
実際1900年に法改正して以降 山県が何度もやってたけどね。
こんな法律はどの国探しても無い。
この1900年以前は予備役軍人や極端な話2等兵が成っても良かった。
つまり文官から選ばれる事も有ったという事。

参謀総長=文官は間違い
だけどともかく文民統制の効かない法制度だったのは確かだよ。

72 :38:04/02/07 13:47
>>70
じゃあ何処がどう間違えてるのか指摘してくれよ(笑)

73 :日本@名無史さん:04/02/07 13:48
そういえば初代海軍卿勝安芳は文官(明治政府においては)

74 :日本@名無史さん:04/02/07 13:52
>>71の補足だが
この制度はその後1913年にまた緩められたが
昭和11年にまた復活した。


75 :日本@名無史さん:04/02/07 14:21
もともと参謀本部は陸軍省の参謀局が拡張され独立したもので、その後
どんどん拡大され、明治19年には、ひとりの参謀本部長の下で陸軍部と海軍部が
並立する陸海軍統一軍令機関となった。
明治21年には、参謀本部長から参軍と名前がかわり、”帝國全軍の参謀長”と規定された。
明治22年に参謀本部に名前が戻り、海軍が離脱、海軍参謀本部は海軍大臣の隷下となった。
明治26年、海軍軍令部が設立され、これが海軍省から独立して天皇に直隷する機関となった。
この改正に陸軍は大反対であったが、結局海軍が押し切った。
この直後、戦時大本営条例が制定されたが、今度は陸軍が譲らず、戦時に於いて
陸海軍の作戦を計画するのは参謀総長とはっきり規定された。
しかし明治36年、戦時大本営条例が改正され、ここに参謀総長と海軍軍令部長が同格となり、
統帥権は完全に2本に分かれた。その後、これを一本にする研究はずっと行われたが、
結局最後までかなわなかった。


76 :日本@名無史さん:04/02/07 14:24
ちなみに石原莞爾は皇道派ではない>>65


77 :日本@名無史さん:04/02/07 14:57
>>76
じゃあ統制派か?
でも東条なんかとは仲が悪かったな。

ツウか統制派のド単純さに欠けるとゆうかある意味一途では無かった様な気がする。
コイツも法華経信者で陽明学徒だったと聞いているがあの北一輝もそうじゃないの?

まあ、そのアホの東条に失脚させられるぐらいだから程度が知れている。
いま1部でこの男持ち上げて盛り上がってる右傾連中が居るけど笑止。

78 :日本@名無史さん:04/02/07 14:59
>>75
つまり陸軍、海軍は同等でその統帥権限も2通り有るって事だね。
解説ありがとう。

79 :日本@名無史さん:04/02/07 15:05
明治21年の参軍官制
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/5593/staf/organization/m215.html

参軍の資格を、皇族以外にも広げ、海軍将官も任命できるようにすれば、
かなりいい組織だと思う。

80 :日本@名無史さん:04/02/07 15:53
元々、明治天皇が西郷隆盛を敬愛していて西南戦争で死んだのを惜しんでいた。
ほんで、西南戦争が官軍の勝利で終わった事については明治天皇も喜んだらしいけど
西郷隆盛が死んじゃった事に関してはかなりショックを受けたらしい。
西郷隆盛が近衛総督だった時には明治天皇は軍事調練にも積極的に参加したが、
西郷隆盛が明治六年に下野して鹿児島に引き篭もって以降は調練を避けるようになった。

明治15年以降、朝鮮半島を巡って日清が緊張関係を高め政府首脳・軍首脳が
対清戦争に備え軍備を整えたり、士気の高揚を図ろうとしたがなかなか明治天皇の協力を得ることができなかった。
伊藤博文が総理大臣兼宮内大臣として宮中改革や皇室典範・憲法の制定等で明治天皇の信頼を得ることで、
内閣が政治・統治のシステムとして明治天皇も認めるようになった。
第一回衆議院選挙・議会開催により予算案を巡り紛糾が予想された。
当時の総理大臣は山県だった。
山県はいよいよ計画的な軍備拡張政策を実施する為、明治天皇から政策に対する「信認」を得ようと
天皇に意見書を提出する。
意見書は明治天皇の軍拡に対する非協力的な態度を批判し、
対清戦争勝利の為には天皇がもっと協力するべきだという「直球」だった。
明治天皇はこの「直球」に好感を持ち、今後軍備拡張政策に協力することを約束する。

西郷の下野から冷え切っていた軍と天皇の関係を再び、良好なものに変えた山県の権威は揺ぎ無いものになった。
それは陸軍内部に留まらず、海軍に対しても同様であった。
海軍の重鎮となっていた西郷従道は明治天皇と個人的に合わなかったので、
海軍からの働きかけで天皇との関係を改善する術がなかったからだ。
山県は海軍にも恩を売ることに成功したのだ。
日清・日露の戦争を通じて、海軍も誇るべき戦果を挙げ山県の権威下から徐々に脱していくが、
戦争時に設置される大本営において海軍に対する陸軍の発言力の優越性は変わらなかった。

81 :日本@名無史さん:04/02/07 21:42
>>64
大丈夫か?
>しかもこの参謀総長、陸軍、海軍大将はみんな同列で物を言える参謀本部なるモンが権能を有していた所に問題が有ると言っているのだ。
なんでこれが不味いのだ?一人で作戦を考える国がどこにある。
多くのものが作戦を立案し、そしてそのなかで最も有効な作戦を選び、それを陛下に上奏して陛下の名の元に発令するのが戦前の体制だ。
ドイツの場合は参謀総長が陛下の代わりに発令する。
陛下か参謀総長が出すかの違いで、作戦立案が誰の手によって行われるかは変らない。
つかそのサイトの言っている意味分かっているのか?それは天皇責任論についてだぞ。

>つまり元々参謀本部なるモンは機能して居なかったんだよ。

おいおい誰だよ、こんな馬鹿なこといった香具師は。

>統帥権の独立なら独立でそれを有効に機能する様に作って置くのが本当の軍令だ

だから統帥権は天皇が持っているの、軍が作戦を立案して、天皇がそれを発令するのんだって。
統帥権の独立の意味分かっているのか?

>1900年まで武官を参謀総長へ任命するのは禁止だったからこの参謀総長は文官から選ばれる事に成る。

もうわけわからん、誰だよこんな事言って厨房38を騙したのは。




82 :日本@名無史さん:04/02/07 21:55
>>65
>余談だがこの東郷は後の統帥権干犯問題で皇道派若手将校達に祭り上げられ

はあ?統帥権干犯問題で、東郷が皇道派若手将校に祭り上げられた?
歴史を1からやりなおせ、艦隊派と条約派から勉強してこい。

>話を元に戻せば明治期以降堕落して久しい参謀本部に見切りを付けたのが石原莞爾を中心とした若手皇道派の連中だよ。

わははっは、石原莞爾を中心とした若手皇道派が226事件を起こしたって。
ははははは、いや面白い、最高だ。君グー!ギャグのセンスあるよ。

>だから全然ダメダメじゃん(笑)隠してるジャン(笑)

軍事機密をおおっぴらに喋るわけにはいかないだろ。なんの為に統帥権が独立してんだよ。

>それは上にも書いた様に体裁繕ってただけ、奴がなんで政党を否定し議会制を否定し伊藤と別れ

どこにんなもんが書かれているんだよ。政党を否定し議会制を否定することと、軍部の暴走を容認することは全く違う。
行政府に軍を従うべしという考えだったことに他ならん。だからこそ重要な行政を政党に任せたくなかったのさ。
山縣は21箇条の要求の時にも、大隈の大反発し、日中提携論を唱え、政党に反発している。
そういった無茶な要求をする政党を嫌っていたのさ。

>お前こそ意味不明だ。

君の思考はあまりに飛びすぎて一般人には理解出来ない。

83 :日本@名無史さん:04/02/07 22:02
>>67
>富商、豪商の権利権益に敏感だったからだ。その後満州へ新興財閥なる軍閥郡が登場して来たのもこの山県等の施策だろう。

資料的な根拠をあげて説明してみろ。思いこみじゃねーかそれじゃ。
そもそも満州への新興財閥と山縣の関係なんて初耳だぞ。時系列わかってて言っているのか?

>ともかく山県はそうゆう種類の人間。理想実現よりまず先に有るのが己の身分上昇と栄達栄華だ。

おいおい、今度はどこの馬鹿に騙されたんだ?
つか結論しかないじゃないか。その結論に至る仮定を証明してみろ。





84 :38:04/02/08 00:16
>>81は闇雲に相手を否定&貶しまくって煙に巻く消防みたいだからこの辺で退散するが
チミの乏しい知識には感服した(笑)
なんせ1つもマトモに返せないんだからな(笑)

まあ、かわいそうだから1つだけ返しておくか。

>>だから全然ダメダメじゃん(笑)隠してるジャン(笑)
>軍事機密をおおっぴらに喋るわけにはいかないだろ。なんの為に統帥権が独立してんだよ。

軍事機密ってゆうのは軍隊のみが有するんじゃ無いのよ?
時の政府も共有できるモンなんだよ。分かった?
出なければ国家安全保障も何も有ったモンじゃない。
国家元首に秘密にする秘密などは存在しないんだよ。





85 :日本@名無史さん:04/02/08 00:40
あともう1個だけ

>どこにんなもんが書かれているんだよ。政党を否定し議会制を否定することと、軍部の暴走を容認することは全く違う。
>行政府に軍を従うべしという考えだったことに他ならん。だからこそ重要な行政を政党に任せたくなかったのさ。
>山縣は21箇条の要求の時にも、大隈の大反発し、日中提携論を唱え、政党に反発している。
>そういった無茶な要求をする政党を嫌っていたのさ。

コレに付いても各個反論は有るがそれはまた長く成るから置いといて
だから山県は政党や議会制を信用しなかったの?
山県ツウのは全能全知の神様か?軍人軍隊=善&正 参謀本部>政党議会制
こうゆう終始こうゆう論理だったと言う事だな?山ちゃんは?
まったく笑止千番だよ。
だから最初から俺が言う様に山県は議会制民主主義を理解して無かったんだよ。
いや、晩年気弱に成って原内閣とか支持してた所を見るとある程度は理解していたのかも知れんが
自分の思い通りに成らんから駄々っ子の様に手足バタバタさせてたって訳だ。
まだちょんまげ付いたお侍の頭で居たんだよ。

大隈蹴落としたいなら大隈を超える政策をぶつけ 自分の政党を立ち上げ派閥を組み堂々と勝負すれば良いだろうが。
伊藤に見限られ、部下の桂からも見放され。どうしてだったんだろうなァ?え?

もう1度言うが山県はまったく笑止千番。とても国権を担える様な人間では無かった。
山県を再評価するにあたりこれだけは誰がなんと言おうとも正しい。


86 :日本@名無史さん:04/02/08 02:44
久々に凄いの見たので晒し上げ。

87 :日本@名無史さん:04/02/08 07:17
さて、このスレを期に岩波新書の
服部之総「明治の政治家たち」と
岡義武「山県有朋」
でも読むか。
積ん読状態のままなので。



88 :日本@名無史さん:04/02/08 10:33
こいつのせいで日本はどれだけ有能な人物を失ったか・・・

河井継之助、小栗上野之助、西郷隆盛

山県逝ってよし

89 :日本@名無史さん:04/02/08 10:36
狂介なんてつける親はバカですか?

90 :日本@名無史さん:04/02/08 10:51
>>88
河井はチャキチャキの陽明学徒だからな。
実際幕軍側に付いたのは展開のアヤ見たいなモンで
勝海舟の様に度量の広い奴が新政府軍側に居たら多分河井は倒幕に加わっていただろう。
彼は現実主義者で有る前に侍だった。まずお上、主君ありき。大儀ありき。
しかし現実主義でも有る。

この所を労わりながら彼の言い分を良く聞いて交渉できる奴は皆無で
山県に至ってはは彼の持っていた近代兵団をも軽視した。
だからあれだけの損害を出す事に成ったのだ。

最後は勝っただろ?って山県擁護派は言うだろうが
勝ち負けの問題では無い。河井の様な麒麟児を失った事が日本にとって大きな損失だった。

91 :日本@名無史さん:04/02/08 10:52
春輔、狂介は松下村塾でも出来の悪い馬鹿だったそうだ。
塾でも出来のよかった晋作や小五郎は早逝してしまう。
何か間違っているよな。

92 :日本@名無史さん:04/02/08 10:58
だいたい朝廷に弓をひいた長州が明治政府で我が者顔で振舞うこと自体誤っている。
こんな狂犬どもを引き入れた西郷も西郷だ。

93 :日本@名無史さん:04/02/08 11:26
>>92
いや、西郷は馬鹿は馬鹿成りに勇猛なら道具として使い道が有ると考えていたんだろう。
まあ、途中で旗色変わってしまったが自分一個が健在ならこいつらもって所かな。
俺は大村益次郎も早死にし過ぎたと思うが 明治期に入ってから木戸孝允の精神的モロさが露呈したのが以外だった。
晩年ガンに成ったのもストレスからだろう。

彼が事実上長州閥の抑止力とゆうか頭脳で有ったはずだが途中離脱してしまった為にあの体たらくに成った。



94 :日本@名無史さん:04/02/08 11:41
維新の逆転ぶり、新政府側の綱渡り、至弱の明治国家黎明期・・・・・・。
そういうものを「体験し」「知っていた」というだけで、山県死後の軍人たちとは若干違う気がする。
散々、無茶や無理難題言いながらも、暴走するけど、ギリギリでしすぎないというか・・・・。
権益拡大してる山県自身も、「俺だから大丈夫」的に考えてたところもあったのではないか。
俺は、山県と大戦後の吉田茂や岸に通じる位置があるように思う。現代政治で言うと、三角大福と竹下以降たちとの
差のような。

まあ、そうした位置に山県では無く、早死にした素晴らしい連中がいた方が良かったことには禿同

95 :日本@名無史さん:04/02/08 13:04
山縣の最大の誤りは日韓併合政策

96 :名無しさん:04/02/08 13:06
足軽だろう。

97 :日本@名無史さん:04/02/08 13:23
西郷ドンは凄いよ。
この人自体が終わっても、
海軍に弟の西郷従道がいるし、
陸軍に従兄弟の大山巌がいるし。

98 :日本@名無史さん:04/02/08 13:30
征韓論唱えた西郷を貶めて己が日韓併合やっているんだから馬鹿としかいいようがない。

99 :日本@名無史さん:04/02/08 13:33
内村鑑三も木戸や大久保に代わる者はあっても、
西郷に代わる者は全くいなかったって言ってる。

100 :日本@名無史さん:04/02/08 13:33
山縣って反米だったから、日韓併合政策を推進した

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