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華族について

1 ::02/09/20 08:42
公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵。<過去の特権階級・華族>について語ってみよう!

2 :岩倉:02/09/20 09:08
アメとムチです

3 ::02/09/20 10:00
3げっと!

4 :日本@名無史さん:02/09/20 13:13
   ,rn
  r「l l h
  | 、. !j
  ゝ .f         _
  |  |       ,r'⌒  ⌒ヽ、   
  ,」  L_     f ,,r' ̄ ̄ヾ. ヽ. 
 ヾー‐' |     ゞ‐=H:=‐fー)r、)      
  |   じ、     ゙iー'・・ー' i.トソ    将軍様が2ゲットニダ
  \    \.     l、 r==i ,; |'    >>3拉致しますた
   \   ノリ^ー->==__,..-‐ヘ___    >>4生きていますた
     \  ノ ハヽ  |_/oヽ__/     /\  >>5死んでいますた
      \  /    /        /  |.  >>6生きていますた
        y'    /o     O  ,l    |  >>7死んでいますた

5 ::02/09/20 14:33
>4
金正日同志だ!

6 :日本@名無史さん:02/09/21 23:03
やりやり!

7 :日本@名無史さん:02/09/23 16:00
<桂化学、負債40億円で不渡り>
  今年五月、薬品製造会社である桂化学(東京・日本橋)が関連会社を含めて約40億円の負債を抱えて不渡りとなった。
 桂化学は戦後まもない頃、公爵桂太郎の嫡孫で薬学博士の廣太郎氏が創業した大手薬品創業社。
 廣太郎氏は本年一月に94歳で死没、生前は祖父建学の拓殖大学の名誉学長も務めていた。
 三度首相を務めた太郎の後を継いだ廣太郎自身が戦前の公爵家当主、また世襲の貴族院議員。
 昨年まで28億円もの利潤を揚げるも、設備投資など借上げ金に圧迫され、ついに不渡り。
 首相・内大臣・陸軍大将・大勲位など明治大正期に輝いた名門公爵家、平成の世に没落!

8 :日本@名無史さん:02/09/23 16:06
>7
名誉学長じゃなくて名誉顧問だ!

9 :日本@名無史さん:02/09/23 16:14
やっぱ華族って、没落してんだ。

10 :日本@名無史さん:02/09/23 16:33
加賀の前田侯爵家出身で、姫路の酒井伯爵家に嫁いだ酒井美意子
の著書によると、戦後金に困った華族の女で、売春婦になった人も
カナーリいるといふ事です。
長州の鳥尾小弥の子孫の鳥尾子爵に嫁いだ「マダム鳥尾」も、戦後
クラブのママになり、客に札束でほっぺた叩かれたけど、断ったと
著書で書いています。

11 :日本@名無史さん:02/09/23 16:42
細川護煕は近ごろ影が薄い存在だが、それでも旧華族の中では出世頭なのであろう。

12 :日本@名無史さん:02/09/23 16:52
息子がサーヤに目をつけられている。常時監視体制だ

13 :日本@名無史さん:02/09/23 18:42
?サーヤって誰?

14 :日本@名無史さん:02/09/23 18:44
清子内親王や!

15 :日本@名無史さん:02/09/23 18:46
坊城家のものが婿になる予定と報道されたけど違うの

16 :日本@名無史さん:02/09/23 18:49
徳川様の所らしい

17 :日本@名無史さん:02/09/23 19:04
無理に結婚させることはない。内親王のままの方が本人も幸せだろう。

18 :日本@名無史さん:02/09/23 19:06
>10
売春婦に落ちた華族は、部類でいうと新華族だとのこと。
成り上がり故、また軍功華族は敗戦で公職追放にあった比率が高い、というのもある。

19 :日本@名無史さん:02/09/23 19:06
斎宮復活!

20 :日本@名無史さん:02/09/23 19:07
徳川様は義人なり、きっと引き受けてくれるよ
これこそ公武合体、名は体を現す

21 :日本@名無史さん:02/09/23 19:11
売春婦に落ちた華族なんかいるのかい?
東郷家の娘の事?

22 :日本@名無史さん:02/09/23 19:31
>21
その話、おれも聞いたことあるなあ。

23 :日本@名無史さん:02/09/23 19:33
華族事件帖に載ってんじゃない?

24 :日本@名無史さん:02/09/23 19:34
皇居って結界が張ってあって安全らしいんだけど
免疫のない皇女が結界からでて住むようになると
将門の呪いで病気になるらしい

25 :日本@名無史さん:02/09/23 20:01
>>21
太宰の小説「斜陽」ってのは、そのあたりの事を書いたもんなのかねえ。

26 :日本@名無史さん:02/10/01 21:30
軍功華族は落ちぶれたもんですね。

27 :日本@名無史さん:02/10/01 21:50
というか公家華族は貧乏慣れしてるからね

28 :日本@名無史さん:02/10/01 22:13
>27
「幕末の宮廷」読んでみ!

29 :日本@名無史さん:02/10/13 11:37
あげ

30 :日本@名無史さん:02/10/13 23:53
さげ

31 :日本@名無史さん:02/10/13 23:54
あげ

32 :日本@名無史さん:02/10/13 23:59
あげ とか さげ をカキコしているのは2Chのシステムをしっているのか???

33 :日本@名無史さん:02/10/14 00:01
あげ

34 :日本@名無史さん:02/10/14 00:04
>>33
レスなしageをするほど脳内貧乏なはったのなら喉ついて氏になはれ。

35 :日本@名無史さん:02/10/14 00:39
話がだいぶ変わりますが、戦後間も無いころ旧皇族のW不倫が話題になりました。
矢張り戦後の混乱期だからこそ、こう言った話が公然と語られたんでしょうね。


36 :日本@名無史さん:02/10/14 00:41
そりゃインチキ宗教の教祖に祭り上げらリたり、成金にイヤイヤ嫁に入ったり。


37 :日本@名無史さん:02/10/14 02:01
「幕末の宮廷」の著者と出版社はどこ?

38 :日本@名無史さん:02/10/14 06:48
蜂須賀年子「大名華族」よめ。

39 :日本@名無史さん:02/10/14 08:12
皇室と関わりある鷹司なんとかいう人がバーのマダムの家で死んだ
(中毒死?うろ覚えなので)て話、戦後あったようだけど。

40 :日本@名無史さん:02/10/14 09:29
「蜂須賀、血は争えんのう」

41 :日本@名無史さん:02/10/14 14:24
その時、「浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ」と見栄を
張れば良かったのに。

42 :日本@名無史さん:02/10/14 14:44
ぶっちゃけ今でも上流階級に属してるのはどの家よ?
細川・近衛・徳川・島津とか、まだ沢山いるだろ?

43 :日本@名無史さん:02/10/14 14:50
>>39
昭和天皇の娘と結婚した人だね。バーのマダムと心中したのだ。

44 :日本@名無史さん:02/10/14 14:59
華族千余家の大半が落ちぶれてしまったからね、現代は平成新華族の時代だし。

45 :日本@名無史さん:02/10/14 15:31
大藩だったところは、旧領地で財産を残している家も多いよ。
財団法人を作って家宝や史料を保存したり、資産管理会社を経営している。

46 :日本@名無史さん:02/10/14 16:19
東京近郊に土地を所有してる奴もいるしな

47 :日本@名無史さん:02/10/14 16:22
尾張徳川家は都内でマンション経営してるとか。

48 :日本@名無史さん:02/10/14 17:04
島津家が自分とこの親戚を集めて結成している『錦江会』って今でもあるの?

49 :日本@名無史さん:02/10/16 09:44
貴種オタ共必死だな(w

50 :日本@名無史さん:02/10/16 22:38
しょーもないことに興味を持つ連中がいるんだな(ワラ

51 :日本@名無史さん:02/10/17 09:58
(1)取締役並びに監査役(平成14年6月27日付)

退任取締役 (現職)

徳川 恒孝 代表取締役副社長経営委員 (退任後、当社顧問に就任予定)


52 :日本@名無史さん :02/10/17 10:15
>>血筋、家柄は金があっても買えない。男爵位は金で買えたみたいだけど。
所詮男爵。
五摂家、将軍家、20万石以上の国持大名の子孫はそれなりに格式が高い。
維新の功臣や軍功華族なんて所詮、百姓。
ま、旧華族なんて威張れるのは侯爵までだね。
学歴、資産、血筋が揃ってるのがエリートでしょ。
東大出で財務次官でも百姓の出身じゃね。育ちが悪すぎ。
そこにいくと徳川さんは凄いね。東大出身、郵船の副社長、資産家、徳川宗家当主。

53 :日本@名無史さん:02/10/17 10:29
伊藤博文も山県有朋もみんな百姓みたいなもんだからね。

54 :日本@名無史さん:02/10/17 10:39
>53
といっても、大名だって戦国以前は百姓とかわらんだろう。

それいったら、藤原も、ってことにはなるが、1400年代以前まで確実にさかのぼれる家が、
欧ではれっきとした家ってことになるが、日本も同じ。

55 :日本@名無史さん:02/10/17 10:59
農は国の本なり

56 :日本@名無史さん:02/10/17 11:11
百姓って大嫌い!だって臭いんだもん。

57 :日本@名無史さん:02/10/17 16:02
>>56
餓え死んでいいよ!

58 :日本@名無史さん:02/10/17 16:44
准男爵はないの?


59 :日本@名無史さん:02/10/17 17:04
>>58
英国

60 :日本@名無史さん:02/10/17 18:47
>>42
俺が厨房の頃、社会科の教師が朝倉の末裔の家庭教師をしたそうな。
結構金持ちだったらしいよ。
>>52
徳川慶喜の子供(家達)がどら息子と思いきや、結構頭良かったのも幸いしたね。
貴族院議長を長年勤め、外交でも活躍してた。

61 :日本@名無史さん:02/10/17 18:54
>>60
貴族院議長をつとめた家達公爵(宗家)は田安慶頼の子。
慶喜の実子は慶久公爵(別家)で、高松宮喜久子妃殿下の実父。

なお、家達の子家正は駐トルコ大使を経て、最後の貴族院議長。

62 :日本@名無史さん:02/10/17 20:17
徳川家正(とくがわ いえまさ) (1884〜1963)

 徳川寮費の第17代当主、公爵。外交官、政治家。徳川家達の長男。
東京帝国大学卒業後、外交官となり、中国、イギリスなどの大使館に勤務。
オーストラリアのシドニー総領事、カナダ公使を歴任後、昭和9年にトルコ大使に
昇進。外務省退官後の昭和15年、父の死により襲爵。貴族院議員となり、
さらに敗戦後の昭和21年、貴族院議長(第13代)に就任。皇族以外で父子2代に
わたって議長に就任したのは家達・家正父子だけである。昭和22年5月2日まで
在職。最後の貴族院議長として貴族院の廃止、華族制度解体に立ち会った恰好になる。

昭和38年まで生きてたのか・・
前に深夜のNHK再放送で、昭和50年頃?のかな、旧華族が出てた番組やってたけど、
ああいう番組再放送して欲しいよね。
戦後の華族、それも子孫ではなくて、爵位を持った本人がどういう生活だったのか、
知りたいね。



63 :,:02/10/17 20:19
http://academy.2ch.net/korea/ ハングル板 (韓国)

61 :可愛い奥様 :02/08/17 04:22 ID:pLzBIlEt
>>617はこぴぺだろうけど、そういや女性の友人にひどい話をきいたよ。
会社の出張で、男女で韓国式あかすりに行ったんだと。
そしたら男性用の部屋だけ特別なサービスがあったらしい。そのサービス
つうのが……女性用の部屋がマジックミラーで見られるんだって。
後で酔った際にぽろっとその友人の同僚が友人(当然裸見られた)に
漏らしてばれたんだけど、こういう『サービス』ってかえって気まずいよなー。
ってかその話聞いて、本当に文明国? と思ってしまった。

,,

64 :日本@名無史さん:02/10/17 20:35
徳川一門って東京帝大出身者多いんだね。
やっぱり、教育の差かな〜〜。

http://isweb14.infoseek.co.jp/area/s-mizoe/m348.html

65 :60:02/10/17 21:48
>>61
>>62
修正サンクス!

徳川家達の名前は幕末に関する本を見て知ったよ。
最後の将軍の跡取りだからいったいどんな人だったのかと思って見たらすごいエリートでびっくりした。
>>64
>やっぱり、教育の差かな〜〜。
江戸の将軍家・御三家の血筋、て事を叩き込まれたのか、すごく気になるね。
どんな教育受けて来たんだろ?


66 :日本@名無史さん:02/10/17 22:03
昔は華族特殊枠が暗黙の了解として帝大にはあったんだよ。
できが悪いことで有名な●●もなんとかコネで京都帝大には滑り込んだ。


67 :日本@名無史さん:02/10/18 02:43
京都帝大でせっかく河上肇の教えを受けたのに、あんな風になっちゃいました。

68 :日本@名無史さん:02/10/18 16:25
近衛文麿?

69 :日本@名無史さん:02/10/18 20:37
>>39
因みに鷹司平通氏は鉄ヲタでも有名。交通博物館に勤めていた。
ただ、戦前の鉄道マニアはかなりのブルジョワ・名家の子息の楽しみだった。
それは、走行写真を撮るだけのカメラは家一軒分の値段した時代だからね。
フィルムの値段は推して知るべし。

70 :日本@名無史さん:02/10/18 22:22
>>69
そういえば、何年か前に、
百貨店の徳川慶喜展に行ったんだけど、
慶喜公が取った鉄道写真があったよ。
走ってる汽車を取ったものだったが、
他にも色々あったが、凄い上手だった。
明治の写真家の中では、高度な職業写真家並みの技術だったらしいね。
他にも、時代が違うといいつつ書道なんて7歳位の時のものでも、
今だったら五段位の腕前。
後、刺繍とか。
凄い趣味人だったみたいよ。



71 :パチンカーZ:02/10/18 22:47
>>70
そりゃそうだろう!
人生の大半を働かずに趣味だけに没頭して生きたんだからさ。
この最後の征夷大将軍は大正時代まで生きたんだよ。


72 :日本@名無史さん:02/10/23 00:13
>71
働かないでどうやって生活していたの?国から年金貰ってたの?

73 :日本@名無史さん:02/10/23 00:27
労働とは庶民のもの。

74 :日本@名無史さん:02/10/23 00:31
「華族たちの近代」浅見政男・NTT出版がお勧め。

75 :日本@名無史さん:02/10/23 02:06
目白の徳川黎明会って、徳川宗家?尾張家?

76 :日本@名無史さん:02/10/23 02:25
>>75
検索すりゃすぐわかるだろ。

77 :日本@名無史さん:02/10/23 02:46
分からないから聞いてんだよ。
徳川黎明会にホームページもないし。

78 :日本@名無史さん:02/10/23 02:53
>>77
本当に探したのか激しく疑問。

http://www.cjn.or.jp/tokugawa/

79 :日本@名無史さん:02/10/23 02:57
>>77
>78のサイトが徳川美術館のサイトじゃないか?なんて言う質問には答えられんよ。


80 :日本@名無史さん:02/10/23 03:03
目白界隈に尾張の屋敷があったのかな?
では、宗家は何をやってるの?


81 : ◆GQgggggggg :02/10/23 17:45
尾張徳川家直系の徳川義崇さんが、よくある質問に答えてくださっています。

http://www.tokugawa.org/~toku/faq.html

82 :日本@名無史さん:02/10/23 19:56
>>80
フリーのカメラマン。

83 :日本@名無史さん:02/10/23 20:07
>>82
それは慶喜家の慶朝氏です。高松宮妃殿下の甥でもあります。
宗家当主の恒孝氏は、最近まで日本郵船の副社長をつとめていました。

84 :日本@名無史さん:02/10/23 20:19
>>72
徳川宗家の家達から仕送りうけたみたいよ。

85 :日本@名無史さん:02/10/23 20:28
華族には国からも金が出るから、贅沢な暮らしはできたよ。

86 :日本@名無史さん:02/10/24 00:26
高松宮妃殿下
美智子様いじめの張本人だね。
性格悪いそうだ。

>>85
前田のお殿様の子孫が華族の暮らしぶりについて語ってる。
http://www2.justnet.ne.jp/~jingu/sakaimiiko-haisenizenno-kazoku.htm

87 :日本@名無史さん:02/10/24 11:50
「華族事件帳」がお勧め。

88 :日本@名無史さん:02/10/24 14:20
>86
ナイスレス!!

それにしても「二人扶持・五石の足軽」とは!!お姫さまの罵倒語は強烈!!

家が百万石が侯爵なら、お前みたいな貧乏公家・策謀家はそんなもん!
という意味をこめておられるということなんでしょうなあ。

89 :日本@名無史さん:02/10/24 14:21
ついでだが、美意子姫が没してから、皇族番組もおもろなくなった。
お帽子みどり先生じゃ役不足なんだよなあ。。。

90 :日本@名無史さん:02/10/24 14:26
加賀百万石でした、失礼。
生きてたら 利家とまつ の感想も聞いてみたいとこですなあ。

姫のいうように社交界も構成できず、みなバラバラに敵対意識だけもってた
ということなら、姫の従兄妹婚もなんか、妙に納得ですわ。

91 :日本@名無史さん:02/10/24 14:59
>>37
幕末の宮廷は平凡社の東洋文庫から出てる。
著者は下橋敬長。でも今は版元が品切れになってる。
俺も欲しいんだが、重版してくんないかなぁ…。

>>74
浅見政男と言えば中公文庫から「華族誕生 名誉と体面の明治」もあるね。

92 :日本@名無史さん:02/10/29 20:25
>>52
お前は伯爵家の子孫に恨みであるのか???
他の掲示板でも同じようなことカキコしてたけど。
ちなみに徳川恒孝氏は学習院大卒だぞ。
それに徳川宗家と言っても
彼は会津松平家の分家の次男坊だからね。
血統的には決して胸をはれるもんじゃない。
江戸時代では考えられなかった人事だよ。
まあ、やとわれ将軍みたいなもんだからね。
宗家なんか継がなかったら
日本郵船の社長になれたんじゃないだろうか。
何も知らない馬鹿は死ねや。



93 :日本@名無史さん:02/10/29 21:41
>>66
つーか、学習院が旧制高校の扱いだったから、東大でも余裕で入れたんだよ。
戦前は旧制高校さえはいれば、東大・京大は楽に入れた。ことに文科はね。
国史なんて殆ど無競争無試験。

94 :日本@名無史さん:02/10/29 22:52
美意子姫の父親は、加賀前田家の分家。上州七日市藩一万石の小大名の次男坊。
 本家の血筋が絶えたから、養子に行ったんだよ。
 本来、小大名のお姫様なんだから、加賀100万石を鼻にかけるのはいただけない。
 

95 : ◆GQgggggggg :02/10/29 23:44
一口に100万石と言うが、現代の基準で換算するとどれぐらいの額だったんだろう。
1億円や2億円では、なさそうだが。


96 :日本@名無史さん:02/10/30 12:13
>94
美意子姫は母親も酒井家のお姫さまだから、
そこらの大名なんか目じゃないという姫様意識は高かったと思うよ。

97 :日本@名無史さん:02/10/30 13:21
>>94>>96
美意子姫は徳川慶喜の孫の徳川幹子さんをもボロクソに言っていたなあ。

98 :日本@名無史さん:02/10/30 16:02
>>95
一石が米何キロで、現在の価格で換算するといくらか、
ということを考えれば凡そは見当がつくと思うが。全く分からない?
経済が発達し、単純に石高で計算できなくなったから武家の台所が苦しくなった、ということも考えれば、
石高だけの計算では武家の勝手事情は分からない、ということも承知できると思うんだが。



99 :日本@名無史さん:02/11/01 01:18
99


100 :日本@名無史さん:02/11/01 01:19



祝 100



                 おめでとうございます



101 :日本@名無史さん :02/11/01 02:04
こんばんは!蚊族です。

102 :日本@名無史さん:02/11/01 17:35
桃栗三年柿八年大山大尉は十余年。

103 :日本@名無史さん:02/11/01 19:20
>>98
偉そうなことを言っているわりに無内容なレスだね。

104 :日本@名無史さん:02/11/01 19:27
どうせなので、ご先祖スレの相談にのってやってください
ttp://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1013947268/l50

105 :日本@名無史さん:02/11/01 20:49
>>103
おめぇのレスもなー

106 :日本@名無史さん:02/11/01 20:54
で、結局100万石は現在の邦貨で何円に相当するんだ?

107 :日本@名無史さん:02/11/01 21:17
>106

米ならキロいくらで換算すりゃ、すぐ出るでしょーに

ただし、加賀100万石なんて言うときは軍役高だよ

108 :諌議大夫:02/11/01 23:19
領地100万石なら、収入は50万石くらいだよ

109 :日本@名無史さん:02/11/03 13:29
1945年5月の東京空襲では、石井菊次郎男爵が行方不明になっているそうですが、
他にも戦災で犠牲になった華族というのはいるんでしょうか。

110 :日本@名無史さん:02/11/03 13:44
>>109
大勢いる。
戦死した皇族も華族もね。


111 :日本@名無史さん:02/11/03 13:52
大戦中、現役の皇族で「戦死」した人物はいないが、
臣籍降下した初代なら音羽正彦侯爵(朝香宮鳩彦王の子)などが戦死している。

「事故死」なら、北白川宮永久王が内蒙古で亡くなっている。

112 :日本@名無史さん:02/11/03 15:34
>>109
石井菊次郎は男爵じゃなくて子爵です。
藩閥外の一介の外交官としては大したもんです。

113 :日本@名無史さん:02/11/03 15:36
>>111
伏見宮家では、何人か戦死してるよ。


114 :日本@名無史さん:02/11/03 15:43
>>113
伏見宮博恭王の嗣子博義王が早世しているが、戦死ではない。
その弟で臣籍降下した伏見博英伯爵が戦死している。

115 :日本@名無史さん:02/11/03 15:53
>>114
セレベス島上空で米軍重爆撃機二機の攻撃を受け撃墜。

元皇族だと、何人も戦死してるね。
逆に、皇族である間は、危険な任務にはつかなかったって事かな。。



116 :日本@名無史さん:02/11/03 15:55
>>115
当たり前と言えば当たり前か

117 :日本@名無史さん:02/11/03 15:57
>>116
海軍だけだったら、ここにある。

帝国海軍に奉職された皇族・華族士官
http://www.geocities.com/Navalcrow/resume/princes.html

118 :イギリスに比べると:02/11/03 16:36
軍人となった貴族(華族)の割合は低かったと聞いたんですが
マジですか?

119 :日本@名無史さん:02/11/03 18:58
英国の場合、領地をつげない貴族の二、三男が軍人の道を選んだ。
一方、日本では明治維新後、士族や平民の子弟が実力で職業軍人になった。
多分、この違いによるのでは?

ただ、大戦中は日本でも英国でもほとんどの貴族は出征してると思う。

120 :日本@名無史さん:02/11/03 19:41
ヨーロッパと日本では貴族(華族)のが家数が違いすぎ、

121 :日本@名無史さん:02/11/03 19:54
>>120
日本の方が多い??
歴史があるからね〜
しかも、公家と権力系と・・

122 :日本@名無史さん:02/11/03 19:55
イギリスの場合、長子単独相続なので貴族は約1000家ほど。
終戦時の華族の数とほぼ同数。

爵位も財産ももらえない二、三男が軍人や専門職になった。

123 :日本@名無史さん:02/11/03 20:02
大陸諸国の場合、貴族といっても戦国時代までの武士のようなもの。
名門の大貴族から爵位のない小貴族までさまざま。

長子相続制のイギリスでは、貴族の二男以下は平民になるので、
士官や牧師、法律家や内科医といった専門的職業につく必要があった。
この人々が、いわゆるジェントルマンである。

124 :日本@名無史さん:02/11/03 20:32
仏国においては爵位はナポレオン時代に濫発され、全人口の一割が爵位を持っていたと聞いた。


125 :日本@名無史さん:02/11/03 21:01
皇族の戦死者が出たとき、
高松宮は、
「これで国民にも申し訳がたつ」
とのたまったという話は有名。

126 :日本@名無史さん:02/11/03 21:04
>>124
ナポレオン以前も相当乱発されていたね。
人口の3%が貴族。。日本の武士並の割合だな。

127 :日本@名無史さん:02/11/03 21:41
中世ヨーロッパの貴族は封建領主だから、みんな武家貴族なんだよね。
だからヨーロッパの貴族=日本の武士。

後になると市民出身の法服貴族とか、成り上がりの帝政貴族も出てくるけど。

128 :日本@名無史さん:02/11/03 21:44
>>ヨーロッパの貴族=日本の武士

全然違うだろ。


129 :日本@名無史さん:02/11/03 21:46
封建領主という点で兵農分離以前の武士と比較的似ているということ。
江戸時代の武士のことではないよ。


130 :日本@名無史さん:02/11/03 21:47
>>128
かなり同じだと思う。室町〜安土武士=欧州貴族 かな。

江戸時代の武士は、本来武士といえない足軽階級が武士に流入したから、
貴族性を失っているが。

131 :日本@名無史さん:02/11/03 21:54
>>130
じゃ、日本の公家に当たるのは?
欧州では王族だけ?

132 :日本@名無史さん:02/11/03 22:00
王族は日本でいえば将軍家の一門でしょう。
欧州の王族は、18世紀頃でも戦場で指揮をとってる武将ですよ。

欧州には、公家的な貴族は存在しなかったと考えるべき。

133 :日本@名無史さん:02/11/03 22:07
>>132
>欧州には、公家的な貴族は存在しなかったと考えるべき。

バチカンの坊主連中だね。

134 :日本@名無史さん:02/11/03 22:09
>>131
成るほど。


135 :日本@名無史さん:02/11/03 22:12
>>133
しかし、大司教とか司教もほとんど王族や貴族の出身だし、
リシュリューなんて坊主のくせに戦争の指揮をやってるし、
むつかしいところですな。

136 :>119:02/11/04 03:15
じゃあ日本の華族の次三男はなにをしてたの?
その辺説明キボンヌ。

137 :日本@名無史さん:02/11/04 13:37
>>136
分家すると平民になるので、他家の養子に入るケースが多い。
実家の家族のまま、高等遊民となる者もいれば、官吏や会社員になる者もいた。

侍従長だった入江相政氏の場合、学習院の教員から宮内省入りしている。

138 :日本@名無史さん:02/11/04 15:47
鎌倉時代あたり
公家=宮中伯
武家=辺境伯
に似通っているような気もする。

139 :日本@名無史さん:02/11/04 16:14
会津松平家から分家した、外交官の松平恒雄氏も平民ですか?

140 :日本@名無史さん:02/11/04 16:28
>>139
そうです。
だから娘の秩父宮勢津子妃は平民のままでは不都合だったので、
叔父の保男子爵の家に入籍してから結婚しています。

141 :日本@名無史さん:02/11/04 18:51
>>136
一般の華族の二男以下は分家すると平民ですが、
公爵の子供は爵位をもらえました。

徳川家や島津家の他、伊藤家や山県家の分家も男爵です。
近衛家など子爵をもらっています。

142 :>136:02/11/04 19:23
無為徒食ってのが多かったらしい。


143 :日本@名無史さん:02/11/05 03:05
古今の愛新覚羅一族について
ttp://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/1036038757/

144 :日本@名無史さん:02/11/05 10:58
>>141
別に分家したから爵位を貰ったわけではありません。
時の権力者の都合によります。


145 :日本@名無史さん:02/11/05 18:44
公爵家の場合、男爵家を一つ創設することができたと読んだ記憶がある。

146 :日本@名無史さん:02/11/05 23:58
名門に生まれ、爵位もらっても経済的には困窮した挙句に列車飛び込み自殺した某男爵夫人もあって、、、。
どうも当の男爵は無職だったらしいのですが、そもそも困窮にあっても就職するというような感じが、名門華族には見られない。
寄食して生活するようなのが公家の実態でしょうか。

147 :日本@名無史さん:02/11/06 00:33
統計によると華族の職業軍人のほとんどが
元々軍人だった人が華族に叙せられてケースばかりで
元々華族だった人が軍人になったという事例はほとんどないそうな。



148 :67:02/11/06 00:47
>>147
君子・・・
やっぱり、名家で金持ちなんだから、
危険を犯したくないよね。

前田利為さんは、運が悪い。

149 :日本@名無史さん:02/11/06 22:41
>>149
じゃあ、公家華族出身で、海軍中将だった醍醐忠重侯爵は例外だね。
 前田侯爵は大名華族だからまだしも。


150 :現役SE:02/11/06 22:46
華族誕生 (名誉と体面の政治) 浅見雅男著 中公文庫
がお勧めざんすね。



151 :日本@名無史さん:02/11/06 22:49
醍醐忠重という中将、住民虐殺事件「ポンチャナク事件」の責任取らされて
22年12月に死刑になってる。

152 :日本@名無史さん:02/11/06 22:54
教えて君で申し訳ないのですが、華族って名誉以外に社会的特権ってあったのでしょうか?
税金が平民より安いとか。

153 :現役SE:02/11/06 22:58
>>152
よくはしらんが貴族院議員(帝国議会のひとつで上院に相当)になれるとかな。


154 :日本@名無史さん:02/11/06 23:04
>>152
特権と言えれるか解らんが、
華族令がある。
例えば、相続は当主に成るべき人間が全部相続するとか・・・
財産を分散させないために。
結婚も宮内省大臣の許可がいる。


155 :日本@名無史さん:02/11/06 23:04
 世襲財産と言うことで、家屋敷や家宝の一部は相続税が免税されていた。
 皇族(王公族含む)は相続税は全くなし。
 

156 :日本@名無史さん:02/11/06 23:06
位階がもらえる。世襲財産を設定できる。家憲を定めることができる。

醍醐家は、殺人事件起こしてるよね。

157 :日本@名無史さん:02/11/06 23:07
いや、公家華族の職業軍人って意外に多いよ。
中将なら、陸軍中将になった町尻量基もいる。
摂家の一条家は実輝、実孝と二代続けて海軍大佐。
清華家の徳大寺実厚は陸軍騎兵中佐。
その他、佐官・尉官クラスで終わった人も沢山います。

158 :152:02/11/06 23:09
なるほど。貴族院議員になれたり、次の当主が全て相続かぁ〜。いいなぁ〜。って思ったけど結婚するのに宮内大臣の許可いるんですね。
>世襲財産と言うことで、家屋敷や家宝の一部は相続税が免税されていた。
マジですか!屋敷とか華族だと相当豪勢なんだろうからもし相続税がかかったら金持ち華族でないと一代でアボーンですね。
相続税一部免除はホント華族にとってはありがたい事なんですね。ある意味華族って金貯まり放題ですね。

159 :現役SE:02/11/06 23:17
>>157
150の書物には統計が出てて少ないって書いてあったyo!

160 :日本@名無史さん:02/11/06 23:21
 >>156
 醍醐家の殺人事件は、忠重の父忠順が殺された事件だよ。
 殺したのは、忠重の従兄弟醍醐格太郎。金の無心を断られたためらしい。
 ピストルで殺され、その場面を少年だった、忠重は見ているんだよ。
 そのため、忠重が成人するまで、祖父で隠居していた忠敬が再相続した
んだよ。

161 :飛び入り:02/11/06 23:25
宮家なら有栖川宮、伏見宮、東伏見宮、閑院宮、竹田宮は2代にわたり陸軍に
入り恒久王が終戦間際、関東軍参謀で例の瀬島参謀と交代したことは有名。
大名家では小笠原長生海軍中将などがいる。

162 :日本@名無史さん:02/11/06 23:40
>>162

 皇族男子は病弱の場合を除き、軍人になるのは義務。(朝鮮王族も同じ)
 昇進は陸大・海大の軍刀組よりも早く、最低でも元帥まで昇進可。
 お仕事は、危険な第一線を避け、司令官になっても、実務は部下が全て行って
いた。
 中には、伏見宮博恭王元帥のようにお飾り司令官ではない人もいたが。
 宮様を戦死させたら、御付武官はもとより、上級司令官の責任問題にまで発展する
からである。
 華族は、学費の心配なく上級学校へ進学できるから、厳しい軍学校に進学しようと
は思わないだろう。軍学校は学費が無料のため、貧しいが向学心のある少年が多く進学
した。
 平時は、大学生の徴兵猶予があり、大学生は事実上、徴兵がなかった。
 



163 :日本@名無史さん:02/11/06 23:40
華族で二等兵もいる。有馬頼義伯爵。


164 :日本@名無史さん:02/11/06 23:43
徳川慶光公爵も二等兵。

165 :日本@名無史さん:02/11/06 23:46
 海軍なら大卒なら簡単に将校にしてくれるのになぜ。
 陸軍は大卒でも訓練後の試験に合格しないと、将校になれないよ。
 華族の若様が、大学出てないと言うことはないだろう。
 後世、陸軍の評判が悪い一因は、大卒者を二等兵で採用したことにあるのに。
 

166 :日本@名無史さん:02/11/06 23:51
有馬頼義は有馬頼寧伯爵長男、1947年の華族令廃止で爵位はついでいない。

167 :日本@名無史さん:02/11/07 00:02
いずれにせよ、イギリスだったら絶対にありえないよな。
陸軍の華族に対する底意地の悪さが感じられる。

168 : :02/11/07 00:30
>>158
けど、大東亜戦後、殆どの財産は、
財産税で取られたけどね。

169 : :02/11/07 00:33
>>161
終戦後、シベリアで12年、強制労働・・
世界の伊藤忠に育て上げた・・
中曽根内閣を支えた大物財界人・・
瀬島龍三・・国士+不気味な老人。


170 :日本@名無史さん:02/11/07 00:34
それでも外様の大大名だった家は一応資産家として残ってるよね。

171 :日本@名無史さん:02/11/07 00:35
>>160
忠順・忠敬逆

172 :日本@名無史さん:02/11/07 01:02

特権の無い華族制度、復活キボンヌ

173 :日本@名無史さん:02/11/07 01:28
>>165
つーか、大学の先生でも二等兵で取られてるぜ。
「アーロン収容所」読めよ。
捕虜を取り調べた英軍は信じられないと言ってたそうだが。

174 :日本@名無史さん:02/11/07 12:52
だから戦争に負けたんだよ。

175 :日本@名無史さん:02/11/07 12:55
そうそう、50位の漢文教授が二等兵で戦死したなんて話が
インパール作戦の戦記にあったな。

マジでしょーもない軍隊だったんだね。

176 :日本@名無史さん:02/11/07 19:24
 本人たちが職業軍人を志望しなかったから仕方がない。
 華族と言うだけで、将官にするの。

177 :日本@名無史さん:02/11/07 19:28
でも、「アーロン収容所」によると、
英米では一般社会での地位、職業に対応した階級を与えていたそうだ。

178 :日本@名無史さん:02/11/07 19:31
位は与えるけど、指揮権は与えないのだ

だから映画俳優の大佐殿もあり

179 :日本@名無史さん:02/11/07 22:17
家族とは関係ないが
陸軍は一兵卒からだけど、幹部試験を受ければ
将校になれる。高級官僚で召集された人なんかはそうしてた。
内務官僚だった後藤田正晴も、幹部試験うけて少尉に任官している。
終戦時は陸軍大尉だよ。

180 :日本@名無史さん:02/11/07 22:18
このスレ的には既出の徳川慶光公爵は最強の二等兵だね。
現役の公爵で貴族院議員(貴族院は勅選議員を除けば公爵、侯爵は選挙無しで議員、
伯子男は互選らしい)、兄姉は高松宮妃殿下。
 今のご当主の慶朝卿が書かれた本によると陸軍病院に入院していると師団長やら
軍司令官やらのレベルの将官がお見舞いに来るという……。
 当の病院はその都度大掃除する羽目になったというから相当迷惑な入院患者だっ
たんだろう。

>>162
 最低でも元帥って、じゃ最高は?


181 :日本@名無史さん:02/11/07 22:33
貴族院議員を調べたら、貴族院議員も選挙だね勅撰もあるけど華族でなくとも、
貴族議員にはなれた。

182 :日本@名無史さん:02/11/07 22:36
多額納税者の互選で太宰治の親父も貴族院議員になってる。

183 :日本@名無史さん:02/11/07 22:37
>>181
 途中で、病弱等の理由で軍人をやめてしまう場合は、元帥までは昇進
できません。ずっと、軍人をやっていれば、無条件でエスカレータ式に
昇進する訳です。
 軍人が嫌で、臣籍降下された方もおられましたが。
 皇族は元帥までは昇進しますが、陸軍大臣・海軍大臣になった者はいま
せん。陸軍なら参謀総長、海軍なら軍令部総長が最高のポストでした。
 

 

184 :日本@名無史さん:02/11/07 22:44
華族の若様を無条件で将官にしたら、銀河帝国の門閥貴族と同じようになるな。
 でも、一兵卒で徴兵するのは問題があるので、宗秩寮(華族関係の取締を行う宮内省
の外局)が軍部と折衝して徴兵されないように工作すべきだったのでは。
 そして、戦後、その事実が国民にばれ、華族は世間から白眼視される。

185 :日本@名無史さん:02/11/07 22:57
というか、誰も将官にしろなんて言ってないけど。
華族に限らず学歴、職歴に相応した階級と職務を与えればよかったのだ。
会田氏のような学者を一兵卒にした日本軍は逝ってよしだな。

186 :日本@名無史さん:02/11/07 23:01
志賀直哉は平民出身だけど、学習院に通っていた。
そこで武者小路実篤と親交を深めたのは有名。

その志賀直哉は、医師の診断書をでっちあげて、徴兵逃れをやった。
大戦中は別として、華族の徴兵逃れは往々にしたあったとみるべき。

187 :日本@名無史さん:02/11/07 23:12
有馬氏は陸軍に睨まれたから、徴兵されたとか力関係は複雑。

188 :日本@名無史さん:02/11/07 23:16
別に学者だから、一兵卒にした訳じゃないでしょ。幹部試験に合格すれば
予備将校になれる訳だから。
 どうしても、兵卒が嫌なら海軍に行けばいいし。実際、大学生の多くは
簡単に将校になれる海軍を志望する者が多かったよ。
 陸軍は士官学校出の職業軍人でも、士官学校在籍中は兵卒待遇。卒業後
に将校。一度は兵卒待遇を経験させるのは、少尉クラスでも40人近くの
部下を預かる立場にあるから、兵卒の体験が絶対必要と考えていたからだよ。
 海軍は兵学校在学中は准士官待遇(兵曹長)。卒業後に将校。将校に兵卒
の経験をさせないのは伝統だね。その分、兵下士官と将校の身分差、特に叩上げ
士官(特務士官)と一般士官(兵学校・大学出)との身分差別はかなりきつかった
けどね。
 それ以前に、皇室とも縁戚関係にある徳川公爵の若様が、徴兵逃れをするのはそれ
程難しくないと思うが。旧幕臣で軍の高官だった者も大勢いた訳だし。当時なら岡村
寧次大将や井上成美大将などは旧幕臣の子弟だよ。(共に微禄ではあるが)
 世が世なら、家来筋だろ。

189 :現役SE:02/11/07 23:17
徴兵ではないが徴用逃れはあったとなんかの記録でよんだな。


190 :現役SE:02/11/07 23:19
>188
つーか、50過ぎの明らかに戦力外と思われる学者を実戦部隊に配属したって時点で
イッテヨシではないかな?そこんとこどう思うよ。

191 :日本@名無史さん:02/11/07 23:25
 本当に職業軍人以外で、50過ぎの学者を徴兵したの。
 予備役の職業軍人で、50過ぎて徴兵されて、連隊長になった人とかいたけど。
 戦前・戦中の50代は現在の60代位の感覚だよ。今より、平均寿命が短いので。
 それが事実なら、相当酷いね。

192 :日本@名無史さん:02/11/07 23:32
もちろん年齢制限はあるが何歳であろうと徴兵もある。
それには思想的なめんもあったのは当然。

193 :日本@名無史さん:02/11/07 23:37
東海大学の松前重義が勅任官でありながら二等兵で召集されたのも、
東條首相に睨まれたからですね。

194 :現役SE>191:02/11/07 23:37
軍の記録を確認したわけではないが・・
インパール作戦の実録戦記ものに初老の二等兵が戦死(餓死?)する話があって
二等兵が「娑婆では大学教授で漢文を教えてた〜」と語ってたという話であったぜ。


195 :日本@名無史さん:02/11/07 23:59
ま、それは華族ウンヌンではなく、追い詰められた国の型です。
歴史的にどこの国もそういう事はありました。

196 :57:02/11/08 00:12
そういえば、東条首相が、
宮家の使用人をスパイにしてたってのは、
本で読んだな。

197 :>194:02/11/08 07:21
あ〜、そりはどうしようもないな。
駄目軍隊ですな。
>195
ウヨ君うざいよ。

198 :日本@名無史さん:02/11/08 07:22
「ごみはこの中まで調べる」東条さん。
ちまたの評判はすこぶるわるかった。

だがお上の信任は扱った。基本的にまじめすぎんだよ。
まじめバカが、トップにいたためと日本は不幸になった。


199 :日本@名無史さん:02/11/08 18:58
近衛文麿の長男文隆氏も二等兵で応召、入営後士官になっている。
一方、娘婿の細川護貞氏が終戦まで、ついに召集されなかったのは不思議。

200 :日本@名無史さん:02/11/08 19:00
護貞さんは高松宮の力で救われたのかな?

201 :日本@名無史さん:02/11/08 19:19
折れのじいちゃん(当時東京帝大卒2年目大蔵官僚)も召集されてないよ。


202 :日本@名無史さん:02/11/08 20:03
>>199
>>200
この間、NHKの番組に出てたよ。
93歳位だったかな。
細川首相の父でしょ。


203 :日本@名無史さん:02/11/08 20:12
細川護貞って近衛文麿の秘書官だたんだね。

204 :日本@名無史さん:02/11/08 20:26
「情報天皇に達せず」細川護貞著。

205 :>:02/11/09 00:21
>>180
最高は大元帥かと思われ・・・。


206 :日本@名無史さん:02/11/09 00:56
細川護貞って、戦前に、酒井伯爵との男色をネタにゆすられたのでは?


207 :日本@名無史さん:02/11/09 00:59
>>206
禿げ同
たしか「華族事件帳」にあったような、、、。

208 :日本@名無史さん:02/11/09 01:08
その酒井伯爵は庄内?姫路?
姫路だったら、美意子姫のご主人ですな。

209 :日本@名無史さん:02/11/09 01:45
公爵は全部わかるけど、侯爵はわからないな。
一覧出せる人いる?

210 :日本@名無史さん:02/11/09 01:46
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211 :日本@名無史さん:02/11/09 02:01
>>209
とりあえず知っている分だけ。

大名
尾張、紀伊、前田、伊達、細川、黒田、浅野、両池田、越前、鍋島、
蜂須賀、山内、佐竹

公卿
久我、菊亭、花山院、大炊御門、醍醐、広幡、嵯峨、中山、四条

勲功
両西郷、大久保、木戸、井上、東郷、小村

212 :日本@名無史さん:02/11/09 02:04
勲功に大隈と佐々木を追加

213 :侯爵:02/11/09 03:13
とりあえずわかっている範囲
・皇族出身 7家 
粟田彰常(もと東久邇宮彰常王、陸軍少尉、東久邇宮稔彦王第三男子)
音羽正彦(もと朝香宮正彦王、海軍少佐、朝香宮鳩彦王第二男子)
華頂博信(もと伏見宮博信王、海軍大佐、伏見宮博恭王第三男子)
小松輝久(もと北白川宮輝久王、海軍中将、北白川宮能久親王第四男子)
久邇邦久(もと久邇宮邦久王、陸軍歩兵大尉、久邇宮邦彦王第二男子)
筑波藤麿(もと山階宮藤麿王、靖国神社宮司、山階宮菊麿王第三男子)
山階芳麿(もと山階宮芳麿王、陸軍砲兵中尉、山階宮菊麿王第二男子)



214 :侯爵:02/11/09 03:14
・公卿 10家 
大炊御門幾麿(清華家)
花山院忠遠(清華家)
菊亭修季(清華家)
久我通久(清華家)
醍醐忠順(大阪府知事、一条庶流、清華家)
広幡忠礼(内大臣、清華家)
嵯峨公勝(大臣家、父嵯峨実愛もと正親町三条実愛の功による)
四条隆謌(陸軍中尉、四条家)
中御門経之(大納言、勧修寺家、伯爵から陞爵)
中山忠能(権大納言、花山院家)



215 :侯爵:02/11/09 03:14
・大名 15家
徳川茂承(旧和歌山藩主、紀伊徳川家)
徳川義礼(旧尾張藩主)
浅野長勲(旧広島藩主)
池田章政(麝香間祗候、旧岡山藩主)
池田輝知(旧鳥取藩)
黒田長成(枢密顧問官、旧福岡藩)
佐竹義尭(右京大夫、旧秋田藩主)
尚泰(旧琉球藩王)
伊達宗徳(旧宇和島藩知事、伯爵から陞爵)
鍋島直大(旧佐賀藩主)
蜂須賀茂韶(貴族院議長、旧徳島藩主)
細川護久(陸海軍少将、議定、旧熊本藩知事)
前田利嗣(主猟官、旧金沢藩)
松平茂昭(旧福井藩主)
山内豊範(旧高知藩主)



216 :侯爵:02/11/09 03:15
・元勲 10家
井上馨(外務大臣、伯爵から陞爵)
大久保利和(主計官、父大久保利通の功による)
大隈重信(内閣総理大臣、伯爵から陞爵)
木戸正二郎(父木戸孝允の功による)
小村寿太郎(外務大臣、伯爵から陞爵)
西郷従道(元帥海軍大将、海軍大臣、伯爵から陞爵)
西郷寅太郎(父西郷隆盛の功による)
佐々木高行(参議、伯爵から陞爵)
東郷平八郎(元帥海軍大将、聯合艦隊司令長官、伯爵から陞爵)
野津道貫(元帥陸軍大将、第一軍司令官、伯爵から陞爵)


217 :日本@名無史さん:02/11/09 03:42
こう見てみると、皇族出身者が多いな。
公爵にはいないのに。

内閣総理大臣で侯爵はクマ公だけか。

218 :日本@名無史さん:02/11/09 04:11
全男爵も挙げてくれ

219 :厚狭#:02/11/09 08:28
あげ

220 :厚狭 ◆ZnBI2EKkq. :02/11/09 08:30
age

221 :日本@名無史さん:02/11/09 09:51
川田竜吉
イモ男爵です、でも百姓ではないぞよ。

222 :日本@名無史さん:02/11/09 10:03
222げっと!!!!!!!!

223 :日本@名無史さん:02/11/09 10:10
パチ板でないんだよう

224 :日本@名無史さん:02/11/09 18:17
男爵イモは、男爵様がつくったんだぞ。

225 :日本@名無史さん:02/11/09 18:27
>>218
男爵だけでも500近い数に上るんだ。
全部上げんのは厳しいね。

226 :日本@名無史さん:02/11/09 18:30
では、公爵を上げて下さい。

227 :日本@名無史さん:02/11/09 18:38
>>224
男爵イモは元々は外国品種のものを、川田男爵が初めて日本に紹介したのが正解
三菱財閥の重役出身で日銀総裁だった父小一郎が、日清戦争の功により授爵。
龍吉自身は父の遺産を引き継ぎ、函館ドッグなど海運業界や軽井沢や北海道での幅広い酪牧農で財を成す。
例の男爵イモは北海道に適した品種を彼が紹介したことに因んでいるそうです。

228 :日本@名無史さん:02/11/09 18:45
≫226
一条家、伊藤家、岩倉家、大山家、桂家、九条家、近衛家、西園寺家、三条家、島津本家、島津久光家、鷹司家、徳川本家、徳川慶喜家、水戸徳川家、徳大寺家、二条家、松方家、毛利家、山県家。

229 :日本@名無史さん:02/11/09 18:46
華族一覧
http://wolfpac.press.ne.jp/kazoku.main.html

230 :日本@名無史さん:02/11/09 18:49
>227
川田男爵家も、華族銀行の破産や戦後税制のゴタゴタで晩年は零落したのでは?

231 :日本@名無史さん:02/11/09 18:52
>>229
勲功部がア行のみ
全部ないのかな

232 :229:02/11/09 18:57
作成者に聞いとくれ。末尾にアドレスあった。

233 :日本@名無史さん:02/11/09 18:58
小岩井農場も3人の華族だろ。

234 :日本@名無史さん:02/11/09 19:09
小野(日本鉄道副社長)
岩崎男爵(三菱財閥)
井上男爵(鉄道庁長官)
            の頭文字が語源

しかし、小野は華族か?
日御碕神社神職の男爵家と関連があるかどうか不明。

235 :234:02/11/09 19:10
訂正

   井上は子爵でした

236 :日本@名無史さん:02/11/09 19:13
商人が男爵もらった時はうれしかったらしいね。
渋沢栄一が男爵もらった時に、「これで役人と対等に話しが出来る」って感激したそうだし。
今も木っ端役人のでかい態度は殴ってやりたいときもあるけど、明治の役人はもっと威張っていたらしいもんね。
大河ドラマ「獅子の時代」で岡本信人演じる木っ端役人が罪を主人公の文太さんになすりつけて
ぶん殴り、それにじっと耐えていたシーンは今でも鮮明に覚えているよ。

237 :日本@名無史さん:02/11/09 19:16
≫230
そうらしいですね。
竜吉の死後、息子は北海道の牧場を手放して帰京したらしいです。


238 :日本@名無史さん:02/11/11 16:47
川田男爵の弟の子孫が競馬の武豊だっけ?


239 :日本@名無史さん:02/11/11 18:49
>>228
日本の公爵ってイギリスの公爵に比べると、あまり裕福そうじゃないね。

240 :日本@名無史さん:02/11/11 19:20
武豊の曽祖父・武彦七の兄が函館水電会社を経営した園田実徳。
園田は鹿児島出身で、明治14年の政変の元になった官有物払下げで財を成した。
競馬社会ではこの園田が男爵に叙せられたことになっているが、事実はない。

241 :日本@名無史さん:02/11/11 19:35
競馬評論家の故・大川慶次郎は渋沢栄一(子爵)の曾孫に当る。慶次郎の父も
牧場主だったというが、華族の子弟には農、牧場やった人多いみたいだ。

242 :日本@名無史さん:02/11/11 19:53
一橋徳川家は戦後茨城県に入植して酪農経営。

243 :日本@名無史さん:02/11/11 23:58
>>236
福沢先生は終生平民を貫きましたよ。
福沢先生は、常に役人より上位の地位を確保していた。

「文部官僚の三田詣で」とまで言われたほど、
福沢先生にお伺いを立てていた。


244 :日本@名無史さん:02/11/12 01:04
>>243
福沢先生は商人ではありませんが。
それに福沢先生は平民を通したとはいえ、実質華族(もらおうと思えば伯爵くらいもらえたろう)で、
しかも政府の御用学者だから、そりゃー官僚も平身低頭するでしょ。


245 :日本@名無史さん:02/11/12 09:12
原敬も、その気になれば伯爵くらいにはなれたか。
ライバルの加藤高明も伯爵だし。

246 :日本@名無史さん:02/11/12 13:32
>>245
>原敬も、その気になれば伯爵くらいにはなれたか。

原は叙爵を何度も辞退している

247 :日本@名無史さん:02/11/12 13:42
そうです、原敬は男爵を授けられることになった時、薩長土肥の元勲とともに、爵位に
つくことを嫌い、これを返上するという破天荒な態度に出て、世間を驚かせた。

248 :日本@名無史さん:02/11/12 16:29
しかし、原敬はなんで平民なんだ。 士族でないんだ。 家老の家だろ。分家したのか?

249 :日本@名無史さん:02/11/12 16:34
よっぽど叙爵されるのが嫌だったらしく、
死後追贈されることまで恐れて家族に
「絶対に追贈を受けてはならない」と厳命して
死んだそうだな。

250 :日本@名無史さん:02/11/12 16:46
原敬は盛岡藩士(家老職)の次男に生まれたが、のち、分家して平民に。

251 :日本@名無史さん:02/11/12 17:43
>247
返上したんじゃなくて、叙爵の沙汰が出ないように原が働きかけた。
いったん叙爵されると絶対に辞退出来ないらしい。

252 :日本@名無史さん:02/11/12 17:57
勉強になった。
原敬は「平民」というより、「反主流派」だったんですね。

原敬は普通選挙に反対していた、という話も人から聞いたのですが、
階層制・階級制自体には賛成していたのでしょうね。
今考える「平民」とは原の場合だいぶ違うんですね。


253 :日本@名無史さん:02/11/12 18:54
>252
真紀子を「主婦代表」というのと一緒ですな。

254 :日本@名無史さん:02/11/12 19:09
原敬の基本的スタンスは今でいうところの体制内改革。彼が、首相として
終始一貫一番気にかけていたのが、欧米のデモクラシー思想が流れ込み、
民衆が国外の空気に感染し、階級闘争が激化していくこと。原の「秩序ある変革」論
に山縣有朋は同意を示していた。山縣も国体を損なわない限りにおいて、
新しい考え方を取り入れようとしていたという。

255 : ◆GQgggggggg :02/11/12 19:52
>>251
>いったん叙爵されると絶対に辞退出来ないらしい

授爵した当人が爵位を返上した例はないと思うが、子孫が返上した例ならいくつかあるね。
たとえば演出家の土方与志は伯爵家の生まれだが、マルクス主義に傾倒し、昭和9年に爵位を返上している。

256 :日本@名無史さん:02/11/12 20:00
明治政府の勧農、畜産政策。(これが華族に農場経営者多い理由)

http://asm.ne.jp/~milk/rekishi/meiji.htm

257 :日本@名無史さん:02/11/12 23:44
>>251
板垣退助は、爵位をもらうつもりはなかったようだが、
辞退できなかったらようだ。
自由民権の旗手も伯爵になってしまった。


258 :日本@名無史さん:02/11/13 00:01
>>257
板垣は華族一代論者で跡取には襲爵手続きしなかった。

259 :日本@名無史さん:02/11/13 13:06
公侯伯子男って中国の周王朝の階位を持ってきたもんだよな。
これって「公」と「侯」が同じ音名で呼びつらい。
イギリスかドイツあたりのを持ってくれば良かったのに。

260 :日本@名無史さん:02/11/13 13:28
>>259
イギリスやドイツの爵位って言ったってなぁ・・・
それこそ発音や漢字どうすんだって問題になるんじゃないか?

261 :日本@名無史さん:02/11/13 19:45
大礼服(爵服)を展示してある博物館って、どこかにありますか?

262 :日本@名無史さん:02/11/13 22:21
王侯伯子男 にするとか。

王はkingじゃなくて、dukeに相当ね。

263 :日本@名無史さん:02/11/14 13:01
皇族で王は使ってるし。

264 :日本@名無史さん:02/11/14 18:47
oage

265 :日本@名無史さん:02/11/14 23:39
王よりは君を、、、
「諸侯」という言葉もあることだし、「侯」を外すのがいいかな。
若しくは「侯」に別の読みを与える。「ごう」とかね。

でも
Prince/Duke/Marquis/Count/Viscount/Baron で六等爵だと思う。
PrinceとDukeはPrinceのほうが上位だし、使い分けがあると思うよ。
「君」「公」「侯」「伯」「子」「男」 を提唱。

どうかな

266 :駿河掾:02/11/15 00:11
男爵の下に準男爵をつけるとかは?イギリスみたいに

267 :駿河掾:02/11/15 00:13
>>266
ちなみに英語ではBaronetね

268 :日本@名無史さん:02/11/15 00:42
英国のナイトやジェントルマンと、日本爵位は違うよ。

日本の貴族院議員も華族である必要ないし。

269 :日本@名無史さん:02/11/15 00:42
やっぱり真人・朝臣・宿祢・忌寸・道師・臣・連・稲置でしょ

270 :日本@名無史さん:02/11/15 00:48
>255
>授爵した当人が爵位を返上した例はないと思うが
本人が返上した例もいくつかあるはずです。

有名どころでは、例えば清水徳川家の篤敬は明治32年に伯爵を返上しているし、
他にも松崎家(明治29年返上)や北小路家(明治34年返上)あたりも、時期的
には男爵を受けた当人が返上した可能性があると思います。
(こちらは当人か子孫か知りませんが。)


271 :駿河掾:02/11/15 00:55
っていうかそのまま守,介,掾(国司の場合)とかを使ってりゃよかったじゃん.
もっとも内務郷とかいたけど.

272 :日本@名無史さん:02/11/15 01:32
>>271
華族のスレですから、時代を考ていただかないと。


273 :つーか:02/11/15 01:34
なんで華族なのに貴族院?
なんで貴族院なのに華族?

274 :日本@名無史さん:02/11/15 01:59
>>273
華族と議員の貴族院議員を一緒にしいてるのが多いよね。

275 :日本@名無史さん:02/11/15 08:49
>>270
松崎男爵家は授爵した当人が返上してます。
因みに松崎万長、維新後に昇格した地下だったかと思う。
早々に海外留学して開明派として、期待した明治帝から賜金をもらってます。
議会制を早々に提唱して、保守派の岩倉に睨まれたこともあるようですが、、、。
留学後の履歴、返上理由等は知りません。

276 :日本@名無史さん:02/11/17 22:06
旧譜代大名華族で構成された「御譜代会」について教えて。

277 :日本@名無史さん :02/11/17 22:35
>>273
貴族院は華族だけで構成したわけではありません。
皇族議員、勅選議員、多額納税者の互選による議員もいました。
また、伯・子・男は同爵の互選でしたので、全員が議員になれませんでした。

278 :でもさぁ?:02/11/17 23:12
>>277
それでは貴族院と命名された理由が不明だわね。
戦前は華族で貴族ってのが存在しないわけでしょ?
貴族院の名称の起源をしりたいね。



279 :日本@名無史さん:02/11/17 23:24
上流階級ってイメージじゃない?

280 :日本@名無史さん:02/11/17 23:36
皇族・華族の総称が「貴族」ということでは?
また、当時は皇室のことを帝室と呼んでいる例もあるので、
用語の統一に厳格ではなかったのかもしれません。

281 :日本@名無史さん:02/11/18 00:27
それでは平民の上層を取り込んでるのはおまけか(w
それとも身位に伴う議席を特権として確保している層(皇族,公侯爵)を
意味する言葉としての「貴族」なのかな。

282 :日本@名無史さん:02/11/18 01:32
>>276
イヤ、教えたくない。

283 :日本@名無史さん:02/11/18 05:39
華族もまんこ舐められるの好きなの?

284 :日本@名無史さん:02/11/18 05:40
新藤恵美は男爵の娘だよ

285 :日本@名無史さん:02/11/18 05:59
>>283
朝っぱらから何いってんだ馬鹿

286 :日本@名無史さん:02/11/18 16:50
欧州のどこかの国の制度の直訳とか < 貴族院

287 :日本@名無史さん:02/11/19 21:06
乃木希典の遺言に背いて乃木伯爵家を継いで
世間の物笑いの種になった乃木(毛利)元智

288 :日本@名無史さん:02/11/19 21:09
>287
つうか、画策したのは寺内正毅でしょ。

289 :日本@名無史さん:02/11/19 21:31
帝国日本においては「貴族という身分なかった」ということでよいと思う。
なお、韓国併合後は「朝鮮貴族」というのがあって、華族に準ずる身分であった。
なぜ朝鮮「華」族という名称にしなかったのかは謎。
朝鮮貴族は貴族という文字を使っていながら、貴族院議員にはなれなかった。

290 :日本@名無史さん:02/11/19 22:25
>>287-288
結局は爵位返上して毛利家の戸籍に戻ったんだよね。
世間と長州閥に挟まれてある意味悲惨だな……。

291 :日本@名無史さん:02/11/20 00:40
>289
制度が貧弱だもんねえ。
朝鮮貴族については、併合間も無いので帝国議会に議席を与えるのは無理では。
「新参の者は遠慮する」が当たり前かと。

292 :日本@名無史さん:02/11/20 01:08
衆議院議員選挙に関していえば、朝鮮人や台湾人であっても、内地に住んでいれば
選挙権も被選挙権もあったのよん。
朝鮮貴族も貴族院議員にしてやってもいいではないか。

と思ったけど、憲法上、貴族院議員は皇族と華族と勅任議員で構成することになっとるね。
朝鮮貴族は華族じゃないから、貴族院議員をやらせるためには勅任議員しかない。
(実際、終戦間際になってつくられた朝鮮・台湾勅任議員ってのがある。)

朝鮮華族という名称にすると、華族の一種ということになり、そうすると貴族院に議席を与えなくちゃならないかもしれないという憲法上の疑義が生じる。
それがイヤで、わざわざ朝鮮貴族という名前にしたのかもしれないね。これ仮説。

293 :291:02/11/20 02:09
>292 こんばんは。
まがりなりにも選挙で選ばれたのなら議員(衆議院)なれる、ということでは?
皇族,華族(公侯爵)は、人物に多少問題があろうと特権として無条件で
貴族院に議席を持つわけで、貴族に列したとはいえ併合間も無い朝鮮人を無条件で
議員にはできないと思う。伯子男爵華族は互選ですよね。華族でさえ一応選挙がある。

朝鮮の統治がもう少し続けば朝鮮半島でも内地と同等の普通選挙をやる予定だったと、
確か記憶しているよ。そのくらいの段階になって始めて
朝鮮貴族にも貴族院に一定数の議席を与えることも検討対象になるとおもう。(俺は反対だが)

「大日本帝国朝鮮州上院議員」ぐらいが最もありそうな目だったんじゃない?

まあ、どのみち「今さら」だが。これ仮説(w

294 :日本@名無史さん:02/11/20 06:24
でも、同じように併合された沖縄では尚泰は「侯爵」までもらっているのにな。
もし、朝鮮の貴族?にも皇家には公爵、貴族には侯爵くらい上げていれば、今ごろ
もっと韓国併合を正当化できたろうに。

295 :日本@名無史さん:02/11/20 12:39
>>284
ホント?と思い調べてみたけど判らなかった。。。
新藤姓や彼女の本名の姓でも男爵家は無かったような気がするけど。
詳細キボンヌ

296 :日本@名無史さん:02/11/20 12:49
朝鮮王は王じゃなかったっけ?
爵位の序列は次の通りでいいの?
天皇、親王、王、公〜男。

297 :日本@名無史さん:02/11/20 20:07
李王の「王」は元国王への名誉称号で皇族諸王とは別物。
おそらく、天皇のすぐ下の位ということで親王クラスに相当するのでは?
元朝鮮王族の「公」も王公族として日本皇族に準ずる扱いなので、
公爵ではなく皇族諸王に相当するのではないでしょうか?

298 :日本@名無史さん:02/11/20 20:14
朝鮮の王皇族
http://plaza2.mbn.or.jp/~duplex/giten/okozoku.html

299 :日本@名無史さん:02/11/20 20:59
朝鮮王族は皇族待遇とされ、本家にあたる王は親王待遇。分家の公は諸王待遇。
 皇族だけの集まりにも朝鮮王族は参加していた。
 昔、今上陛下と李王家の次男、李玖殿下が学習院初等部に通学される写真を見たことがある。
 今上陛下と李玖殿下は、またいとこ(母親同士が従姉妹)で年も近いから、一緒に通学
されていてもおかしくない。(今上陛下はS8年生まれ。李玖殿下はS7年生まれ)

、 

300 :日本@名無史さん:02/11/20 23:12
>298
見れない

301 :291:02/11/20 23:55
>294
朝鮮王公族,旧両班上層部たる朝鮮貴族は破格の待遇だよ。
朝鮮貴族も侯が何人かいた。
琉球王家は可哀想なぐらい。侯ではなく公が相応しい。

302 :まぁ:02/11/21 00:08
島津家と同格じゃだめって事では?


303 :日本@名無史さん:02/11/21 01:36
朝鮮貴族の人数は当初、
 侯爵6人 伯爵3人 子爵22人 男爵45人
で、このうち9人が拒絶辞退返上したそうだ。
けっこうおるね。

304 :291:02/11/21 02:10
>302
清国の朝貢国の序列では確か、琉球国王のほうが上位だったような。
琉球王家にしてみれば日本の朝廷での席次とはいえ、
それまでの優越意識が無視されて朝鮮より下位に立たされるというのは
屈辱なんじゃないかな。

島津家とは位階の上昇速度で差をつけるとか、、、

305 :日本@名無史さん:02/11/21 02:16
ホイ
http://www.geocities.co.jp/Athlete-Crete/6514/

306 :日本@名無史さん:02/11/21 04:56
皇族の戦死云々の話だけど
第43師団師団長をしていた賀陽宮恒憲王中将は
サイパンへの出動が決まった途端斎藤義次中将と交代している。
斎藤中将は玉砕。


307 :>304:02/11/21 07:08
日本国内では琉球国は実質薩摩藩の属国だったわけで
明らかに格下の存在だったからな。

国王としての待遇ではなくて一応国主大名としての格付けにして
侯爵にしたんでしょうな・・。

308 :304:02/11/21 23:12
そう思う。せめて 李王(王族)→公爵 李王一門(公族)→侯爵 なら、
尚家も納得できたかもね。

309 :日本@名無史さん:02/11/22 19:57
 でも、戦後は尚家の方がうまく立ち回って、今でも尚家は沖縄県有数の資産家だよ。
 宮家や朝鮮王族も財産税で大幅に財産を失ったのに。
 支配している領地や国民の数を考えたら、李王家(皇族待遇)、尚家(侯爵)は妥当
だと思うが。

310 :日本@名無史さん:02/11/22 22:54
李王家の末裔は今なにしてるのかしらん。
日本におるのかな? 韓国に住んでるのかな? 

邸宅の跡地は赤坂プリンスホテルになっているけど。

311 :日本@名無史さん:02/11/22 22:58
現当主はアメリカ在住。確か夫人もアメリカ人のはず。
公族だった人の中には日本に帰化して桃山姓を名乗っている人もいる。

312 :304:02/11/22 23:06
>311
そのアメリカ人の夫人って、朝鮮系ではなくて異人種ですか?
現当主は韓国で一族の集まりに代表として参加してるとか聞きましたけど。

313 :304:02/11/22 23:11
ごめんもうひとつ
>309
うん。わかってはいるんだけどね。でも併合された側の王族が主体国の
皇族と同等というのは気を遣い過ぎの気がするもんで。

314 :日本@名無史さん:02/11/22 23:27
李王家の当主はアメリカの大学に留学して、むこうで建築家になりました。
夫人も確か白人系のはずです。
最近はどうか知りませんが、李方子さんが存命の頃はアメリカ在住です。

315 :312:02/11/23 19:26
>314 どうも。
では、どうやら王室に憧れているように見える韓国で将来、立憲君主制が
実現するとしても、李王家は公族のほうに移りそうですね。
異族に対する差別の根強いかの国で、ハーフの国王が許容されるとは
考えにくいですし。

自分としては南北統一とかになったら「統一の象徴」とかいって
李王家を持ってくるのではないか、という気がしています。

316 :日本@名無史さん:02/11/25 00:53
平沼経済産業大臣は、戦前の首相・平沼騏一郎男爵の孫に当るそうです。

317 :日本@名無史さん:02/11/25 00:56
確か奥さんは徳川慶喜の子孫(慶朝氏の姉妹)でしたね。

318 :日本@名無史さん:02/11/25 01:07
かつて将軍家だった旧公爵家から嫁を貰うとは、岡山出身一介の司法官男爵家も出世したもんですね。

319 :日本@名無史さん:02/11/25 01:25
麻生太郎自民党政調会長は大久保利通侯爵の夜叉孫にあたられます。

320 :日本@名無史さん:02/11/25 01:26
吉田茂つながりでもあります。

321 :日本@名無史さん:02/11/25 01:27
>319
夜叉孫ってばけもんか

322 :日本@名無史さん:02/11/25 01:28
>319
 大久保家は確かに侯爵だが、叙爵は利通の長男の代だから。

 参考まで。

323 :日本@名無史さん:02/11/25 01:31
>322
大久保利通自体は、華族じゃないって意味ですよね?

324 :日本@名無史さん:02/11/25 01:39
>323

もちろん。
広沢家と同時に華族に列せられたと思う。
長男利和、次男は文部・宮内・内大臣などを歴任した牧野伸顕伯爵。

325 : :02/11/25 01:42
大村益次郎も子爵。
大村自体は華族じゃないだろ、なんて突っ込みは不要。
坂本竜馬や中岡慎太郎もあと1年長生きしてれば、子爵くらいになったかな。

326 : :02/11/25 01:43
鳩山一郎には爵位の話は無かったのかな。

327 :日本@名無史さん:02/11/25 01:45
子爵くらいにはなったのでは。
しかしせいぜい子爵どまり、それ以上は無理でしょう。
薩長政府において、土佐は主流じゃないからね。


328 : :02/11/25 01:49
>>327
おりょうさんも、あと一年坂本竜馬が長生きしてれば「子爵夫人」だったんかね。
お妾と子爵夫人、エライ差ですな。

329 :日本@名無史さん:02/11/25 01:53
伝説(?)によれば竜馬は「新政府に出仕はしない。世界の海援隊をやる。」と
のたまわったそうだが、
その通り実行しておれば、子爵は無理とと思われ。
三菱の岩崎両家と同様、男爵どまりか?

330 : :02/11/25 02:14
>>329

最近の研究では坂本竜馬は「新政府のメンバー」に自分もしっかり入れていたとか。
あと、高知の坂本家は当時ビンボーで竜馬の出世と金をあてにしていたため、その面からも
政府に入ったと思われ。

331 :日本@名無史さん:02/11/25 09:13
>>326
当時の彼は、単なる「政党政治家」の域を脱しきれてないから無理でしょう。
彼以外の生粋の政党人でも、松田正久みたく華族になれた例外の政党人ものはいますが、、、。
高橋是清は大蔵官僚からの転身だし。
政党政治家でも若槻礼次郎なんかは元々大蔵官僚で、それ以後に政党に転身しているので、元来政党培養の政治家は所詮「政治屋」であって
国家に勲功ある「政治家」としての存在ではなかった。
だから華族になるのは当時の状況では無理だったでしょう。

332 :日本@名無史さん:02/11/25 12:01
華族に皇族は入るの?
http://www.geocities.co.jp/Athlete-Crete/6514/gunji.html

333 :日本@名無史さん:02/11/25 12:57
>>332
皇族と華族は別の法令の元に定められておりますので別です。
また朝鮮の王公族、朝鮮貴族も別の法令で定めておりました。

334 :日本@名無史さん:02/11/25 19:01
戦後も華族制度が存続していたら、吉田茂と佐藤栄作は公爵か侯爵でしょうね。
二人とも大勲位をもらってるし、官僚政治家だし、首相在職期間も長いし。
戦後も英国みたいに一代貴族の制度を設けていたらよかったのにね。

335 :日本@名無史さん:02/11/25 19:27
まあまあ、これでも見てまったりいこうや
http://www.aiseikai.or.jp/

336 :日本@名無史さん:02/11/25 21:37
>>334
吉田茂と佐藤栄作が大勲位菊花章頸飾を受章したのは死後だからなぁ。



337 :日本@名無史さん:02/11/25 22:16
>>334

官僚出身の総理でも男爵どまりであることを考えると、公侯爵までは無理と思われ。
せいぜい伯爵どまりでは?
馬鹿曽根も下手したら伯爵か。
あいつが死んだら、「国民葬」になりそうだが、ぞっとしないな。



338 :日本@名無史さん:02/11/25 22:22
>>337
ただ吉田茂の業績は、伊藤や山県など明治の元勲に匹敵するのでは?
また、沖縄返還を実現した佐藤栄作も桂太郎クラスじゃないかな?

339 :日本@名無史さん:02/11/25 22:42
>>337
中曾根康弘の大勲位は大勲位菊花大綬章、それでも生前に受章できる
人は少ないけど。


340 :○こぴぺ:02/11/26 05:21
411 名前:334 投稿日:2002/11/26(火) 05:03
    早崎七郎右衛門─ 満寿┐┌利和     近藤廉平─栄子┐
                   │├牧野伸顕              ├利謙─利泰
                   ├┤                    │
大久保次右衛門利世─┐   │├─ 大久保利武 ──────┘       伊集院彦吉┐
               │   │├────────雄熊⇒石原家に養子         │
               │   │└───────────────────芳子──┘
               ├利通┥┌利夫  税所篤─サワ┐
               │   ││              │ 恩地順之助─こきん┐
皆吉鳳徳─( )─ふく子┘   │├────駿熊 ───┘              │
                   │├──────────── 七熊 ─────┘
                   ├┤
                   ││                         安田善次郎─ 安田一 ┐
               杉浦勇┘└─大久保利賢 ┐                            │
                                ├────┐             ┌─百合子┘
                 志な┐┌─和喜子──┘      └─────────┤
                   ├┤                               └大久保利春
             高橋是清┘└是福─福┐
                            │
             伊藤博文─博邦─博精┘


341 :日本@名無史さん:02/11/26 08:07
>>339
生前大勲位をもらったのは吉田茂(国葬)、佐藤栄作(国民葬)じゃなかったっけ。
この例からすると、馬鹿曽根も国民葬か。
しかしこいつが死んでも、追悼の気持ちはあまりないなあ。

342 :お節介:02/11/26 10:32

『華族誕生』名誉と体面の政治  著者 浅見雅男 中公文庫
を読むことをお勧めします。

343 :日本@名無史さん:02/11/26 15:16
>342
続編の『華族たちの近代』も(・∀・)イイ!じょ!!

344 :日本@名無史さん:02/11/26 15:55
佐藤朝泰の「閨閥」と「門閥」はイイ!

345 :日本@名無史さん:02/11/26 16:51
そんじゃ猪瀬直樹の「ミカドの肖像」も。

346 :日本@名無史さん:02/11/26 17:31
>344
最新刊は?

347 :日本@名無史さん:02/11/26 17:34
うちは平民だが(先祖は漁師)、閨閥に載ってるぞ
あてになるんかいな・・・

348 :ヘロ:02/11/26 17:35
そんなんいらんからー逝ってよし!
日本@名無しさん?
それは俺にちょうせんか?


349 :日本@名無史さん:02/11/26 17:42
>347
情報間違ってるってこと?

350 :347:02/11/26 17:48
あとで成りあがりました

351 :日本@名無史さん:02/11/26 17:53
>350
意味が分からん

352 :347:02/11/26 18:04
もうこれでやめにしますが、
曽祖父が会社を起こして、今は一大グループを作ってます。
母の姉妹はかつて皆、一応皇太子妃候補にもなりました。
多分それで載ってるんでしょう。
でも先祖には、華族どころか、士族もいないってことです。

353 :日本@名無史さん:02/11/26 18:17
鈴木さんちです。

354 :日本@名無史さん:02/11/26 18:20
誰?

355 :日本@名無史さん:02/11/26 18:24
>352
そんなの普通やん。
閨閥ってのは、成り上がりの場合も含む言葉だよ。

356 :日本@名無史さん:02/11/26 18:24
>352
勘違いしているようですが、閨閥と華族は直接関係ありません。

357 :日本@名無史さん:02/11/26 18:26
>352
あの本の趣旨を思い違いしているようですが。
あなたの家が掲載してある理由は

>母の姉妹はかつて皆、一応皇太子妃候補にもなりました。

ではなく

>曽祖父が会社を起こして、今は一大グループを作ってます。

明らかに、こちらの理由からです。

358 :日本@名無史さん:02/11/27 17:47
そもそもなんで中曽根は大勲位もらえたんだ?
吉田や佐藤はまあ分かるが、中曽根は不思議だ。

359 :日本@名無史さん:02/11/27 18:42
>>358
佐藤(8年)、吉田(7年)に次ぐ、戦後第3位の長期政権(5年)が理由かと。
強引に理由づけしたら、3公社の民営化など行政改革の功積も?

360 :日本@名無史さん:02/12/02 18:53
「昭和天皇最後の御学友」は如何?
 
著者の伯父は、内務次官や宮内大臣等を歴任した伯爵渡辺千秋の孫である昭。
17歳で襲爵した彼は天皇の学友という精神的に身近な存在として、華族として戦前の日本社会に関わってゆく。
大山巌を外祖父にもつち、明治・大正の栄光ある閨閥における平凡な人間としての地道な生活。
そして41歳で終戦、公職追放にあって戦前の優雅な殿様生活とは違った有為転変ぶり。
発行時には98歳だったということは、現在100歳?
存命なのかどうなのか、、、。
存命ならば、最後の伯爵だろうか?

361 :日本@名無史さん:02/12/02 22:50
渡辺千秋伯爵は宮内・大蔵・司法の大臣をやってるよ。
弟の国武は大蔵大臣などで子爵。
国武の養子となった息子の千冬もなんかの大臣になってる。

362 :日本@名無史さん:02/12/03 14:07
>361
あの家は四季が揃ってるよね。
千春、千夏、千秋、千冬。


363 :日本@名無史さん:02/12/04 20:15
三笠宮の妻ってどこの家の人?

364 :日本@名無史さん:02/12/04 20:20
旧丹南藩主の高木家(子爵)。1万石の譜代大名。

365 :日本@名無史さん:02/12/04 20:23
高木家は徳川の旗本で後、大名。

366 :日本@名無史さん:02/12/04 20:23
父系ではパッとしないが、母系で柳原二位局と親戚にあたる。
多分、それで三笠宮妃に選ばれたのだろう。
柳原家とのつながりで故入江侍従長とも親戚筋になる。

367 :日本@名無史さん:02/12/04 20:27
子爵でも皇族に嫁げるんだ・・・

368 :日本@名無史さん:02/12/04 20:29
こないだ亡くなられた高円宮の母君ですよね、もちろん。

369 :日本@名無史さん:02/12/04 20:30
そうです。崇仁親王の妃殿下です。

370 :日本@名無史さん:02/12/04 20:34
>>367
秩父宮妃も松平子爵家(会津)の出。実父恒雄は分家なので平民。

371 :日本@名無史さん:02/12/04 20:36
久邇宮家と酒井伯爵家との縁談が破談になった時は、「伯爵の娘ごときが皇族妃に
なろうとするとは」と華族社会で陰口を叩かれたというのに、子爵家から嫁ぐとは・・・

372 :日本@名無史さん:02/12/04 23:30
>367
ここ見ると、寛仁親王の相手なんか平民だな
ttp://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1002505133/415

373 :世界@名無しさん:02/12/05 02:53
高木子爵は自殺したというのを聞きましたが。
なんでもお輿入れに相当お金がかかったそうで家が傾いたとかなんとか。
本当かどうか知らないけど。
もし本当なら皇族に嫁が来る時宮内庁はある程度手伝って
出資したりしないものなの?

374 :日本@名無史さん:02/12/05 03:46
高木子爵って、貴重な昆虫標本を戦災で焼失したためにショックを受けて失踪したあげく、
奥多摩で自殺しているのが発見された人じゃなかったっけ。

別人だったら失礼。

375 :日本@名無史さん:02/12/05 07:07
昨日の「そのとき歴史は動いた」は渋沢栄一子爵。

正直感動しますた。
どうせ、フイクションだろ、とも思えるけど、少なくとも自分の子孫らを自分の作った
会社の跡取にしなかったことは事実。
それだけでも評価に値する。

376 :日本@名無史さん:02/12/05 12:31
>>375
でも、渋沢倉庫って会社があるよね。
ここは渋沢一族が運営してるって聞いたんだけど、ホント??

377 :日本@名無史さん:02/12/05 12:33
>>372
皇后陛下が平民出身だからそれ以降は平民出が多い。

378 :日本@名無史さん:02/12/05 12:40
>>376
社長は渋沢じゃないし大株主にも渋沢はいない。

379 :日本@名無史さん:02/12/05 13:09
フランス文学の専門家、渋沢龍彦(「サド候爵」などを翻訳)って
確か渋沢栄一の親戚だよね。

380 :日本@名無史さん:02/12/05 13:22
渋沢栄一の直系の子孫で
皇太子妃の有力候補になった女性がいたような。


381 :日本@名無史さん:02/12/05 13:33
渋沢肇子さん。保母さんだったかな。
酒屋さんに嫁いで、二男一女をもうけたとか。

ナルちゃんは派手顔が好きだから、この人は好みじゃなかったのかね? 
すっきりシンプルな顔立ちだったと思う。

382 :日本@名無史さん:02/12/06 19:03
俺、部落出身だけどどうやったら華族になれる?

383 :名無しさん:02/12/06 19:09
まあ、気がむいたらこっちに来て下さい。

【2:253】なぜ日本は未だに戦争責任を問われるのか?<世界史板>



384 :日本@名無史さん:02/12/06 20:30
>>382
現在華族制度は廃止されているので誰でも無理。

385 :日本@名無史さん:02/12/06 20:55
芸能人とかプロ選手等有名人で旧華族の人っていますか??

386 :日本@名無史さん:02/12/06 20:58
>382
B出身で男爵になった人っている?(皮革業とかで成功して高額納税者なんかで)

387 :日本@名無史さん:02/12/06 21:00
>385
摂家に次ぐ家柄の清華家、久我侯爵家にいるじゃないか。

388 :日本@名無史さん:02/12/06 21:03
>>385
女優なら久我美子(久我侯爵家)、河内桃子(大河内子爵家)。
あと板東英二夫人は黒田男爵家(福岡藩家老)の出。

389 :日本@名無史さん:02/12/06 21:26
>>385
初代東大総長加藤弘之男爵の六男は古川家に養子に出され
その子は喜劇俳優の古川ロッパ。

390 :日本@名無史さん:02/12/06 22:00
少し古いが作家の有島武雄(息子が俳優の森雅之)も家族の家柄じゃなかった?
北海道に持ってた農場を小作人に開放したりしてる。

391 :日本@名無史さん:02/12/06 22:03
よく誤解されてますが有島家は士族です。

392 :日本@名無史さん:02/12/06 22:05
古川ロッパの兄・浜尾四郎は推理小説作家で、
その息子が東宮侍従から教育評論家になった浜尾実。

393 :日本@名無史さん:02/12/06 22:06
往年の美人女優入江たか子は東坊城子爵家(菅原氏)の出。
兄も映画監督。

あと唐津藩主の小笠原子爵家からも映画監督と俳優が出ている。

394 :日本@名無史さん:02/12/06 22:08
作家といえば有馬頼義(久留米藩主、伯爵)も有名。

395 :日本@名無史さん:02/12/06 22:25
ここを今読んでる人で旧華族の人っているんだろうか?
もしくは会社や学校や近所の身近な人が旧華族とか。

396 :日本@名無史さん:02/12/06 22:34
有馬稲子って伯爵家出身だよね

397 :日本@名無史さん:02/12/06 22:36
酒井法子は酒井雅楽頭の子孫

398 :日本@名無史さん:02/12/06 22:49
>>397
本名は高相法子

399 :日本@名無史さん:02/12/06 23:03
>>396
違います。

400 :日本@名無史さん:02/12/06 23:59
400、ゲェェェェェェェェェェェェッ トォォォォォォォォォォォォ!
ふう、疲れた。


401 :日本@名無史さん:02/12/07 00:17
秋田子爵家は多分唯一のアイヌ系華族。
安倍貞任の子孫だから。


402 :日本@名無史さん:02/12/07 01:06
安倍貞任を系図に入れてる家は他にもあるだろ。

403 :日本@名無史さん:02/12/07 14:26
401 402
興味あります。話ひろげませんか?

404 :日本@名無史さん:02/12/07 16:49
宗任の子孫が松浦党を作ったというから、平戸・松浦氏も安倍の子孫か。

405 :日本@名無史さん:02/12/07 17:28
>>395
5年前に死んだ私の祖母が旧華族でした。 女学校の名簿に記載
されてるのを(名前の後に華族とか平民って書いてある)昔見せて
貰いました。 旧姓は覚えてない…
嫁いできた私の母が、料理が出来ない姑でびっくりしたとの話。
農作業もしてないので、腰が曲がってないので、同年代の方と
並ぶと凄く背が高く見えましたね。
祖父は30年前に死んでるのでよくわからんが、当時大陸の方で
事業やってたらしい(借金残して死んだ)。
このスレに列挙されてるような有名華族ではないとおもいますが…

余談ですが私の叔父は九州の大名家の娘と結婚しました。
こっちの方がよっぽど有名な家です。

406 :世界@名無史さん:02/12/07 19:50
岩倉具定(岩倉具視の長男)
は先祖の財産をすべて食いつぶして、北海道の鉄道建設につぎ込みましたが。
三井とか三菱なんか、ただ同然で土地を手に入れてたのに、
岩倉さんは、すごい高値で土地を入手していたとのこと。
所詮、おぼっちゃん商売だよ。


407 :日本@名無史さん:02/12/07 21:33
近藤廉平って、知ってる?

408 :日本@名無史さん:02/12/07 21:38
>>407
このスレの流れ読め、勲功者や商人はあまり語られていないだろ。

409 :日本@名無史さん:02/12/07 23:26
氏等ね江の香よ

410 :にこやかなる没落:02/12/07 23:30
>376,379
渋沢栄一はたくさんの会社をつくった。しかし自分の家族親戚を社長にしたり
することはなかった。つくろうとすれば日本最大の財閥、閨閥をつくれたけど、
彼はの日本の産業発展のためにつくした。徳川慶喜の財政援助、名誉回復に尽力。
孫の敬三は日銀総裁、大蔵大臣を務める。民俗学の宮本常一の援助者。
渋沢栄一は埼玉深谷の豪農出身。渋沢家の本家の子孫が澁澤龍彦。

411 :日本@名無史さん:02/12/07 23:38
>>409
知っているからこそのレスだな。

412 :日本@名無史さん:02/12/07 23:39
>>410
そんな事も語るまでも無い皆知っていると思う。

413 :410:02/12/07 23:50
>412 そーかも。ちょっと恥ずかしい。
苗字帯刀といえ維新前に慶喜にお目見えできたのかな。

414 :日本@名無史さん:02/12/07 23:58
澁澤龍彦は赤ん坊の頃、澁澤榮一に抱かれていたとき小便を洩らしたことがある由。

龍彦の家が中里で榮一の屋敷が滝野川で、すぐ近所だったから交流があったらしい。

415 :日本@名無史さん:02/12/07 23:58
>410
 恥ずかしいよ。
 あんまり恥ずかしがってね。

416 :日本@名無史さん:02/12/08 00:03
御三家、御三卿の家のお目見えレベルって何石位だろう?

417 :日本@名無史さん:02/12/08 00:05
>>416
それは殿様以外っていうことか?

418 :日本@名無史さん:02/12/08 00:12
近藤廉平は徳島藩出身、財界出身の新華族。男爵。
三菱財閥を支え発展に大きく寄与、日本郵船社長等を歴任した。
会社の船舶を提供し、日清戦争の軍隊輸送等に功があったとして授爵。

大久保侯爵家との姻戚関係を結び、閨閥をつくる。
また次男廉治は、吉井伯爵夫人の乱交事件に連座して除族処分に処されるという不名誉ぶり。

419 :日本@名無史さん:02/12/08 00:17
>418
  

 乱交事件?!
 なんじゃそりゃ?!



420 :日本@名無史さん:02/12/08 00:17
>>418
まぁ!なんて自由で素敵なお家柄なことかしら。
私の家もあやかりたいものですは。

421 :日本@名無史さん:02/12/08 00:20
吉井も所詮は新華族だから。
その吉井伯爵ってのは歌人の吉井勇のことだね。

422 :日本@名無史さん:02/12/08 00:22
ピンク華族っていわれるわな(藁

423 :日本@名無史さん:02/12/08 00:25
>333 李王は2.26事件鎮圧に駆けつけたときにどんなふうに思っていたんだろう

424 :日本@名無史さん:02/12/08 00:31
伯爵夫人吉井徳子を介して、有閑マダム達を溜池のダンスホールのダンサー・小島某(25)に紹介したらしい。
彼女や近藤廉治夫妻などは派手な乱交を繰り広げ、男のとっかえひっかえは朝飯前だったとか。
今でいう「ホストクラブ」みたいなもんかな。


425 :情け有馬の水天宮:02/12/08 00:31
>419 (松田優作ふうにね)
不良華族には除籍処分みたいなのがあったんですよね

426 :日本@名無史さん:02/12/08 00:36
戦前には不倫は姦通罪だからね

427 :警告:02/12/08 03:28
旧華族の方はご注意下さい(特に、妙齢のご令嬢がおられる方)。
後述A氏は風俗好きのニセご落胤です。
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/history/1034699819/93-95

428 :日本@名無史さん:02/12/08 22:26
401 :日本@名無史さん :02/12/07 00:17
秋田子爵家は多分唯一のアイヌ系華族。
安倍貞任の子孫だから。

これ笑うところ?
安倍貞任の子孫だとアイヌ系?
意味不明。
まあどっちみち
秋田家には江戸時代に養子が入ってるから関係ないが。


429 :日本@名無史さん:02/12/09 06:54
カントリー歌手 黒田美治は、戦後ウエスタン、ジャズ歌手として
一世風靡。学習院→慶応
イギリス仕込みの綺麗な発音、美男、美声でそのうえ家柄がよい。
惜しむらくは、歌声に特徴がなかったためか、ヒット曲は生まれなかった。
男爵家の生まれだそうである。
 大御所として70を越えるまでライブハウスでフアンを喜ばせた。
01年2月28日永眠。

430 :日本@名無史さん:02/12/09 17:56
>>429
どこの男爵家だろうね?

431 :日本@名無史さん:02/12/09 18:16
黒田つーのは本名なのかな?

432 :日本@名無史さん:02/12/09 18:27
福岡藩の家老に黒田男爵っているよね。そこかな。
同家の姫君は板東英二の奥さんです。


433 :日本@名無史さん:02/12/09 18:45
織田無道は織田子爵家の庶流になるんですか?

434 :日本@名無史さん:02/12/09 18:59
>>433
無関係だよ。

435 :ななし:02/12/09 20:13
つーか旧制の帝国大学の場合東大でも
法,医,工以外の学部だったらほぼ
無試験で入れたらしい。いわんや京大に
おいておや。だから徳川家の人々が東京帝大卒
といってもなあ。どうせ一般の旧制高校じゃなくて
学習院だろ。

436 :日本@名無史さん:02/12/09 20:13
バロン西って男爵だったんですか?

437 :日本@名無史さん:02/12/09 20:16
バロムワンも男爵なんですか?

438 :日本@名無史さん:02/12/09 20:46
西竹一の父、徳二郎は松方内閣(2次)、伊藤内閣(3次)などで外務大臣を
務めた。その功績で男爵か?

439 :日本@名無史さん:02/12/10 00:14
(車の評論家の)徳大寺有恒さんは公家みたいな名前だけど…

440 :日本@名無史さん:02/12/10 02:59
>439
いんちき

441 :日本@名無史さん:02/12/10 03:08
旧帝大は法学部を出ると自動的に弁護士資格が得られた。
同盟通信編集局長だった松本重治の回想だと
同盟解散後「民報」という新聞を作ったが公職追放であぼ〜ん。
それで弁護士になったら英語のできる弁護士は他にいないというので
外資系から引く手あまた。収入が10倍になったと。

442 :日本@名無史さん:02/12/12 16:16
代打、俺!

443 :日本@名無史さん:02/12/14 02:00
勲功華族における軍人の割合って、どのくらいでしょうか。

444 :日本@名無史さん:02/12/14 02:03
軍人における勲功華族の割合よりは多いらしいよ。

445 :日本@名無史さん:02/12/14 02:05
>>443
推測でいえば政治家の勲功のほうが多い。
軍人の勲功は日清・日露以降であまりいない。

446 :日本@名無史さん:02/12/14 02:29
叙爵された時点で、男爵1万円、子爵2万円が授けられたらしいですけど。
男爵になった乃木は貰った1万円で、今の乃木神社にあるレンガ棟を造ったそうです。

447 :日本@名無史さん:02/12/14 02:31
そういや荒木貞夫が男爵になったのは、満州事変の功でしょうか?

448 :日本@名無史さん:02/12/14 02:40
>>447
>>そういや荒木貞夫が男爵になったのは、満州事変の功でしょうか?

こういうなにげないレスもサヨの一本釣りの餌です。

449 :日本@名無史さん:02/12/14 03:10
今、華族制度を復活させるにはどうしたらいいですか?

450 :日本@名無史さん:02/12/14 03:18
>>449
必要ないし既に新華族というものが暗黙に出来上がっている。

451 :日本@名無史さん:02/12/14 11:32
新華族とはなんじゃらほい??

452 :日本@名無史さん:02/12/14 12:55
>>428
安倍貞任ってアイヌじゃないの? 

> 喜田貞吉氏はその著『奥州地方における夷地・狄地の存在』で、
>「安東氏はみずから安倍貞任の後と称し、遠祖を長髄彦の兄の安日(あび…アイヌ語のアペ=火に
>由来すると考えられる。安倍も同じ)なるものとしている。長髄彦は神武軍に抗戦し、大和で殺される。
>従ってその子孫が奥州にいるのは不自然として兄がいることとしたのであろう。
> その説の真偽はともかく、奥州の一大名である秋田氏が他の大名がそれぞれの系図に源氏あるいは
>藤氏を号して古代名家の因縁を語るのとは異なり、先住民の後裔を任ずる点は注目に値する」(一部要約)とした。

> 喜田氏はさらに秋田家の家老職を務めた浪岡家の子孫から次の話も聞いている。
>「明治になって秋田家は華族に列せられ、宮内省に系図を提出した時、宮内省からいやしくも皇室の藩屏たる華族が
>長髄彦の兄では困る、とだいぶ首をかしげて、普通の安倍系図のように四道将軍大彦命の後裔に訂正せよと指示した。
> ところが秋田家では、おそれながら当家は神武天皇御東征以前の旧家ということを家門の誇りといたしております。
>天孫降臨以前の系図を正しく伝えておりますのは、はばかりながら出雲国造家と当家しかないのでございます。
>と言って改訂を拒否した」そうである。

http://www003.upp.so-net.ne.jp/kodaisi/hinomoto.htm

>>429
>黒田美治

治の字が付くんだったら黒田久孝男爵(陸軍中将・東宮武官長)の子孫っぽい。
大名の黒田家とは無関係でしょう。


453 :日本@名無史さん:02/12/14 13:40
>452
黒田男爵家は日清戦争の功績で授爵してますが、1928年に爵位を返上してます。

454 :日本@名無史さん:02/12/14 13:58
華族の資産

領地のあった諸侯華族はともかく、江戸時代から貧窮に喘いでいた公家華族は、天皇から家門維持の為の運用資金を下賜されています。 
しかし、いわゆる新華族には公家華族に対して与えられていた保護資金のようなものは一切なかったようです。
新華族のうち大半は官僚出身になりますが、いくら当時の高官が巨額な報酬を得ていたとしても、授爵当主それ以後の子孫はどうやって華族たる家格を保持していたのでしょうか?
後継が優秀な人物な場合はともかく、ろくに高級職業に就職できない凡庸以下では家格の維持も覚束ないの思われるのですが、、、。
昭和初期に爵位返上が相次いでますが、これらは貧窮の為に維持できなくなり返上した華族も多いと思われます。

455 :日本@名無史さん:02/12/14 14:01
一般に「貧乏は悪」なれど、華族にとっては「貧乏は罪」だ

456 :日本@名無史さん:02/12/14 15:40
爵位返上というのは結構おもしろいテーマかもしれない。と思って検索してみたら、「爵位返上年表」
なんていうものを発見した。

ttp://wolfpac.press.ne.jp/kazoku00.html

これを見ただけじゃ理由はよくわからないことが多いが、「没後継承者を欠く」というのが一番多いようだ。

457 :日本@名無史さん:02/12/14 19:09
>>450
必要無いという理由も併せていわなきゃタダのヒガミにきこえちゃう

458 :日本@名無史さん:02/12/14 19:49
華族のお屋敷が見てみたいです、現存する華族のお屋敷について
教えて下さい。

459 :日本@名無史さん:02/12/14 20:50
東京周辺(洋館)
・近衛邸 荻外荘
・前田邸 日本近代文学館
・島津邸 清泉女子大学本館
・細川邸 和敬塾本部
・陸奥邸 古河庭園

地方(日本建築が多い)
・島津邸 磯庭園(鹿児島市)
・毛利邸 毛利博物館(防府市)
・上杉邸 上杉博物館(米沢市)
・立花邸 御花(柳川市)

地方の旧領地には、この他にもけっこう残っている。

460 :日本@名無史さん:02/12/15 13:12
旧華族の屋敷ということだったら、松戸の戸定(とじょう)歴史館も必見だ。
徳川慶喜の弟である徳川昭武伯爵の邸宅で、家屋の中に入ってみることもできる。入場料はタダ同然。

http://www.intership.ne.jp/~mcity/matsudo/tojo4/tojo.htm

461 :日本@名無史さん:02/12/15 15:43
各プリンス・ホテルの旧館

462 :日本@名無史さん:02/12/15 15:53
>>454
叙爵される時に天皇から家名維持の為に多額の下賜金貰ってるハズだが?<新華族
保護資金とかがなかったのは旧諸侯(大名)華族だと思われ。

463 :日本@名無史さん:02/12/18 13:11
>>462
  新華族も下賜金は無かったそうです。
  下賜金があったのは公家華族のみ、元々資産が少なかったから。
  大名華族は元より資産あり。
  新華族は財閥や官僚出身者が大半だったので、大して生活には支障は無かった。
  貴族院議員でも、世襲議員たる皇族・公侯爵議員には俸給は無し。
  伯子男議員は互選で選出され、俸給は年三千円ほどあり、貧乏華族の中には俸給目当てで議員になったのもいたそうです。
  
  

464 :日本@名無史さん:02/12/18 14:22
新華族の場合、叙爵される時の下賜金以外にその後は何も貰ってないんでしょ?

465 :日本@名無史さん:02/12/18 22:57
>>463は相当の電波だな(W

466 :日本@名無史さん:02/12/18 23:27
age

467 :462:02/12/19 00:23
>>463
いやさ・・・確認したけど財閥系以外の新華族には
家名維持の為にと叙爵時に下賜金があったのは事実なんだがな。

468 :日本@名無史さん:02/12/20 00:04
俺も462に一票

469 :日本@名無史さん:02/12/20 10:24
463に一票!

470 :日本@名無史さん:02/12/28 23:42
華族は金持ちかい?

471 :日本@名無史さん:02/12/28 23:43
公家は貧乏だよ。

472 :日本@名無史さん:02/12/29 07:13
税金免除でしょ。

473 :日本@名無史さん:02/12/29 08:48
税金はあったよ。戦前にも相続税は納めてる。

474 :日本@名無史さん:02/12/29 08:52
特別に保護される資産がある。その部分は課税を優遇される。
そのかわり勝手に処分もできないが。

475 :日本@名無史さん:02/12/29 08:59
大名家など出身の華族の生活は地味だったらしい、もちろん先祖伝来の家具骨董は
ばく大な資産価値があったろうが、日常の生活は質素そのものだったそうな。
派手な生活をしたのは、維新の功労者、軍人の戦功者、実業家で成功した経済人
など、新華族と言われた連中らしい。

476 :日本@名無史さん:02/12/29 09:07
>>475
前田家等の豪邸が都内には残っているが、
まあ大名時代の御屋敷に比べれば小屋程度か。

477 :日本@名無史さん:02/12/29 15:12
漏れの住むところは旧華族がチラホラ。
知っている人は、邸宅は大きいが暮らしはいたって中流。
代替わりで手放して建売住宅が何軒か建つ場合が多い。


478 :日本@名無史さん:02/12/29 17:15
>477
 因みに、そこは何処ですか?


479 :日本@名無史さん:02/12/29 17:19
>475
そうだろうね
俺の親戚でも土地や山をたくさん持ってて資産は県でもトップ10に入る人がいるけど
生活はとても質素。
先祖代々の資産は傷をつけず、次の代に継がせなくてはいけないからしい。
結局それらの資産は法的にはその人の物であっても、観念的には「その家」のものであり、借家住まいと変わらない。

その点、一代で成り上がった人は、そういう義務が無いから、使い放題なんだろうな。


480 :日本@名無史さん:02/12/31 22:33
地方には旧藩主家の邸宅がけっこう残っている。
下関には、長府藩主毛利家の別邸が市に寄贈されて現存しているが、
田舎の地主の屋敷といった感じで、地味な日本建築だった。

秋月藩黒田家の邸宅は、現在郷土資料館になっているが、
明治になってから旧藩士の屋敷を買い上げたものなので、やはり質素。

481 :日本@名無史さん:03/01/05 22:00
徳川慶喜公爵家って、なんで四男の厚が継がずに七男の慶久が継いだんですか?

482 :日本@名無史さん:03/01/05 22:19
華族令公布当時、厚は徳川宗家の分家して男爵をもらいました。
慶喜が公爵になったのは、それ以降のことです。

483 :日本@名無史さん:03/01/05 22:42
★徳川慶喜公爵家略系図

徳川慶喜(公爵)┬厚(別家・男爵)─喜翰━喜堅(喜翰弟)─喜壽─喜秀
           ├慶久┬慶光─慶朝
           │   ├喜久子(高松宮妃)
           │   └喜佐子(榊原政春夫人)
           ├仲博(鳥取池田侯爵家養子)─幹子(一橋徳川宗敬伯爵夫人)
           ├誠(別家・男爵)─脩─康久
           └精(勝伯爵家養子)

484 :日本@名無史さん:03/01/06 02:10
>>482
そうそう。爵位をもらうタイミングの問題よね。
だから、同じ男爵でも厚と誠の出自が以下ように違っている。
○厚 ・・・徳川将軍家の別家の男爵
○慶久・・・徳川将軍家の別家の公爵
○誠 ・・・徳川慶喜家の別家の男爵

485 :日本@名無史さん:03/01/06 02:14
水戸徳川家は尾張家や紀伊家を飛び越して侯爵から公爵に爵位が上がった

486 :日本@名無史さん:03/01/06 02:18
しかも、水戸の圀順公爵は貴族院議長もつとめた。

487 :日本@名無史さん:03/01/06 02:21
水戸家は光圀や斉昭などの尊王の功績が認められた

488 :日本@名無史さん:03/01/06 02:25
水戸は実収15万石未満だから、御三家でなけりゃ、侯爵にもなれないところだった。

489 :日本@名無史さん:03/01/06 02:39
>>488
石高の多可が爵位の基準であった訳でも無し
ましてや水戸藩の実高が15万石未満とは笑止。

490 :日本@名無史さん:03/01/06 02:52
>>489
諸侯華族の爵位は元治元年から明治元年までの
物成(租税収入=現高)の年平均額で決まったんだよ。
侯爵は
旧清華
徳川旧三家
旧大藩知事 即チ現米十五万石以上
旧琉球藩王
国家に勲功ある者
水戸家の現高は57,730石。
旧三家だから侯爵になれたが普通の藩なら伯爵。

491 :日本@名無史さん:03/01/06 21:01
>>489
笑止。


492 :日本@名無史さん:03/01/07 08:38
>491
障子

493 :日本@名無史さん:03/01/07 18:55
実高に対して現高の比率が異常に高い大名っているよね。8公2民とか。
理由を推測してみた。

1.本当に税率が高かった。
2.現高が偽りである。→元治〜明治元年までは爵位基準になることなど、
            予想できなかったので、これは無いかな。
3.武士が自ら耕作しており、その分が「公」にカウントされていた。
  例えば、農地の内、百姓耕作地と武家耕作地が半々だったとして、
  百姓耕作地を5公5民にすれば、武家耕作地は10公0民なので、
  現高率75%になる。


494 :493:03/01/07 18:57
493は誤爆じゃないれす。念のため。
>>490の現高に関連した余談です。

495 :日本@名無史さん:03/01/07 19:00
清華家のうち
三条・西園寺・徳大寺はいずれも公爵となった
これは国家への勲功によるもの



496 :桂太郎:03/01/07 19:04
漏れも勲功大にして、自分で自分の爵位を上げますた。

497 :日本@名無史さん:03/01/07 19:18
>488
水戸家の35万石というのは家格を表す「表高」。つまり穀物生産量。
(それでもその年の出来不出来があるから「実高」は変動する。)
叙爵内規では「現高」を叙爵の基準としたんだ。現高ってのは
「租税収入」のことで、林業などの収益も含まれる。
15万石以上の生産量があっても祖税収入が15万石を割り込めば
侯爵にはなれなかったんだよ。
水戸家は、表高(家格)は35万石だったけど、現高は490のいうように
57,730石しかなかった。でも徳川一門は他の諸侯とは区別されていて、
「徳川宗家 公爵」「御三家 侯爵」「御三卿 伯爵」という基準があった。
水戸家が侯爵になれたのはこのおかげ。
この基準で得をしたのは水戸家だけだと思うけどね。
で、侯爵となった上で功績の分がさらに加味されて公爵に進んだと。

498 :松平茂昭:03/01/07 19:24
漏れは御三家じゃないので、伯爵→侯爵ですた。

499 :日本@名無史さん:03/01/07 20:03
>>495
三条と西園寺はともかく、徳大寺に国家への勲功なんてあったの?
西園寺公望の実家だったから配慮したんじゃない?

500 :日本@名無史さん:03/01/07 20:51
徳大寺は
慶応4年参与・議定兼内国事務総督。
明治2年内廷職知事兼大納言。
明治4年宮内卿兼侍従長。
明治10年一等侍補。
明治17年侍従長。
明治24年内大臣兼侍従長。
大正元年辞任。
明治天皇の治世下、常に宮廷のトップであり続けた。
お召し馬車の行列でも天皇と同じ車に乗るのは常に徳大寺。
生前正一位の三条実美を別にすれば
明治憲法下においてこれ以上の偉勲はない。

501 :山崎渉:03/01/11 16:51
(^^)

502 :日本@名無史さん:03/01/13 18:58


503 :山崎渉:03/01/16 08:48
(^^)

504 :日本@名無史さん:03/01/16 19:30


505 :日本@名無史さん:03/01/17 20:11
維新後の徳川一門で多少なりとも歴史に残りそうな人。

徳川家達・・・宗家、十六代様、貴族院議長
徳川宗敬・・・一橋家、サンフランシスコ講和会議に出席
徳川好敏・・・清水家、陸軍中将、日本人初飛行
徳川義親・・・尾張家、虎狩りの殿様
徳川義寛・・・尾張分家、昭和天皇の侍従長
松平康昌・・・越前家、東京裁判前後の活動
松平慶民・・・越前分家、最後の宮内大臣
松平恒雄・・・会津分家、外交官、初代参議院議長
松平勇雄・・・会津分家、行政管理庁長官、福島県知事


506 :日本@名無史さん:03/01/17 20:22
公職についたことで、一覧表とかに残る人(平議員は除く)

徳川家達・・・宗家、貴族院議長
徳川家正・・・宗家、貴族院議長
徳川義寛・・・尾張分家、侍従長
徳川圀順・・・水戸家、貴族院議長
徳川宗敬・・・一橋家、貴族院副議長
徳川達孝・・・田安家、東宮侍従長
徳川好敏・・・清水家、陸軍中将、航空士官学校長
松平慶民・・・宮内大臣、宮内府長官
松平恒雄・・・宮内大臣、参議院議長
松平勇雄・・・行政管理庁長官、福島県知事

507 :日本@名無史さん:03/01/17 20:55
松平永芳・・・元靖国神社宮司
松平保男・・・海軍少将
徳川武定・・・海軍造船中将
松平頼尋・・・貴族院議長

508 :日本@名無史さん:03/01/17 21:01
松平定知・・・久松松平家、NHKアナウンサー、泥酔してタクシードライバーに暴行。
       名家出身のゆえ起訴・懲戒解雇を逃れる

509 :日本@名無史さん:03/01/17 21:10
現在はいやいや歴史番組をやっている。
早く報道の方に戻りたいらしい。

 無 理 だ け ど な

510 :507:03/01/17 21:12
★補足

松平永芳・・・越前分家、元靖国神社宮司
松平保男・・・会津家、海軍少将
徳川武定・・・水戸分家、海軍造船中将
松平頼尋・・・讃岐高松家、貴族院議長

511 :日本@名無史さん:03/01/18 03:09
>>508
古い話題、gaisyutu

512 :日本@名無史さん:03/01/18 03:22
元老の爵位
公爵:伊藤博文・山県有朋・桂太郎・大山巌・松方正義・西園寺公望
侯爵:西郷従道・井上馨
伯爵:黒田清隆

なんで黒田だけ伯爵なの?一応薩摩閥の筆頭なのに
一番早く死んだからかな(明治三十三年没)

513 :日本@名無史さん:03/01/18 06:50
>>512

そうです。
黒田が死んだ時は、まだ他の元勲もみんな伯爵。
日英同盟、日露戦争勝利、日韓併合でみんな昇格している。

514 :ゑ゛じゃないか解放戦線伊勢派 ◆Q.pECj.Kaw :03/01/18 07:43
西園寺家は最初から侯爵。後に侯爵に昇爵。

515 :日本@名無史さん:03/01/18 11:05
>295
「新藤恵美」は芸名だからね。
新藤姓で貴族名鑑さがしても、そりゃ見つからんだろ。

516 :ゑ゛じゃないか解放戦線伊勢派 ◆Q.pECj.Kaw :03/01/19 08:57
藤原と恵美押勝の恵美をかけてるのか。

517 :日本@名無史さん:03/01/19 10:49
>516
ワラタ
禿げしくワラタ

518 :日本@名無史さん:03/01/19 15:40
>514
 公爵の間違いだろ?

519 :日本@名無史さん:03/01/19 16:01
>>512
酒乱で、奥さん斬ったのがまずかったと思われ。

520 :ゑ゛じゃないか解放戦線伊勢派 ◆Q.pECj.Kaw :03/01/19 16:46
>518
すんまそん。侯爵→公爵への昇爵です。

521 :日本@名無史さん:03/01/19 23:47
>>519

明治の元勲はみんな元人殺しだけどな。

522 :日本@名無史さん:03/01/20 17:59
>521
在日の方ですか?


523 :日本@名無史さん:03/01/20 18:01
伊藤博文は孝明天皇を殺して公爵!

524 :日本@名無史さん:03/01/20 18:01
大名家出身の華族だって、先祖をたどれば人を殺し他人の財産を奪って
成り上がっただけ。

525 :日本@名無史さん:03/01/20 18:10
今の政党も、同じ党内でのウラで繰り広げられる権力争奪戦は同じものだろ
相手を政治的な死に追い込む場合も・・・。人の権力欲はそう変わらない。

526 :日本@名無史さん:03/01/20 18:41
>>521-525
そんな身もフタもないことを・・・
このスレは爵位や家系について楽しく語るスレだったはず。
野暮なことは言わずに、楽しみましょうや。

527 :日本@名無史さん:03/01/20 18:48
華族は特権階級じゃないわけだが

528 :日本@名無史さん:03/01/20 18:49
特権階級だよ。

529 :日本@名無史さん:03/01/20 18:52
>>528
どこが特権だったのかいうてみい。

530 :日本@名無史さん:03/01/20 18:52
法的な特権はこれくらいかな。

・貴族院議員になれる特権
・世襲財産を設定できる特権

531 :日本@名無史さん:03/01/20 19:43
爵位を持つと衆議院議員にはなれないんだよ。
有馬記念で有名な有馬頼寧は衆議院議員2期目の途中で
父親が死んで襲爵したため議員を辞職。
改めて貴族院議員になって農相などを務めた。

532 :日本@名無史さん:03/01/20 19:48
高橋是清は首相当時は子爵だったが、
第二次護憲運動のときは、息子に爵位を譲って衆議院議員になった。

533 :日本@名無史さん:03/01/20 20:00
世襲財産制度というものが今ひとつよく分からない。
抵当権が設定できない代わりに差押えられる事もない財産だっけ?

534 :つーか:03/01/20 21:31
>>533
免税でもあります。

535 :日本@名無史さん:03/01/20 21:52
原敬は衆議院議員をやめたくないと自分に叙爵の話しが持ち上がる度毎に
伝手をフル活用して潰して回ったらしいな。

536 :日本@名無史さん:03/01/20 23:21
>>535
原敬は平民を標榜しておったしな。

537 :日本@名無史さん:03/01/21 02:29
原が爵位を受けなかったのは、「薩長政権」へのあてつけ。
彼の号の「一山」は薩長が「白河以北一山3文」と言われたことへのあてつけと一緒。

538 :日本@名無しさん:03/01/21 06:59
三條家って実美以外はパッとしないイメージがあるんだけど
松平のように代々要職についたりしてたんですかね?

539 :日本@名無史さん:03/01/21 07:01
面白い仕掛けだ
http://homepage3.nifty.com/digikei/

540 :日本@名無史さん:03/01/21 11:52
>538
意味わからん

541 :日本@名無史さん:03/01/22 16:24
>>534
免税とは?
地租や相続税の対象にならないの?

542 :日本@名無史さん:03/01/22 16:26
初めて先日婦人科検診に行きました。
クリトリスや膣口を念入りに消毒され、先生が指を入れてグニュグニュしてきました。
診察なので別にその時は変な感じはなかったのですが
少し時間が長いかなぁと思っていると、先生の指が微妙にゆっくりと
ピストン運動をしていたのです。
私は恥ずかしいのと気持ちいいのと腹立たしいのとが一緒になり
頭が混乱し、固定されていた足をバタバタ動かしました。
すると先生はすぐに指を抜き「ごめんねぇ、もう少しがまんしてねぇ」
と言いながら、ゼリーのようなものをクリトリスに塗り始めました。
もうその時点で膣口付近は濡れてベトベトだったと思います。
下半身がしびれてしまい、すぐにオナニーをしたいような状況でした。
先生は「ここ痒いでしょ、少しかぶれてるみたいだから薬塗っときますね。」
と言いクリトリスを念入りに指で摘みながら揉んできました。
たしかに最近クリが痒かったので納得したのですが
先生は皮まで剥いて激しく揉んでくるので、私は声を抑えるので必死でした。
かなり濡れているのが自分でもハッキリ分かって、お尻に液が垂れる感じがしたとき
「グボボボボ」と音がして掃除機のようなもので液を看護婦さんが吸い取りました。
自分の状況がとても恥ずかしいと思い「先生、も、もういいです」と言いました。
先生は「はいはい、もうすぐですよ」と淡々と言いながらクリトリスを揉みしだいています。
恥ずかしいので絶対逝ってはいけないとして我慢しました。
やっと診察が終わり、すぐにトイレに駆け込みオナニーをしました。
10秒ほどで逝ってしまいました。
翌日、会社の同僚にこのことを話すと「それ絶対変だよー、そんなことする医者いないよ」
と言われました。あの医者はやはり私で遊んでたのでしょうか、とても悔しいです。


543 :541:03/01/22 19:10
詳しくないけど相続税はあったよ

544 :日本@名無史さん:03/01/22 22:12
昔のことなのに
何であんたらそんなに詳しいの?
勉強になるからいいけど・・

545 :543:03/01/23 19:06
543は541へのレスです。541タン、ごめんよ。

546 :日本@名無史さん:03/01/27 00:39
そういや次の「歴史読本」はまたしても華族特集でつね。
よほど売れるんでしょうか?これで何回目だ?
そう言いつつ多分買いますが・・・。

547 :日本@名無史さん:03/01/27 00:40
華族なんて単なる穀潰し。

548 :日本@名無史さん:03/01/27 01:19
>>538
初代実行・15代実重・19代実冬・23代実香・37代実美が太政大臣
実美が千年ぶりの生前正一位となったのは有名だが、従一位は
36代までに20人出ており、8代以後の29人中では19人の高率
36代実万は正二位で没したが実美の父ということで正一位を追贈

549 :日本@名無史さん:03/01/27 03:12
西園寺家が太政大臣を清華家の中では最多排出している。
次に久我、徳大寺、三條、大炊御門と続き花山院がたしか2人。
菊亭が1人。後から加わった広幡、醍醐は極官が内大臣のはず。

だけど、三條西家も内大臣が極官なのに右大臣を2人もだしている。例外的なのだろう。
広幡さんは富士電気冷機の会長ですね。

550 :日本@名無史さん:03/01/27 03:14
三條と西園寺は異母なので後に嫡流争いが起き、三條から西園寺へと
嫡流が変わったと本でよんだ。しかし、多くの書物では閑院流の嫡流は
三條となっている。

551 :日本@名無史さん:03/01/27 03:41
洞院某(西園寺庶流)が尊卑分脈をつくるとき
公実が三兄弟のうち通季(西園寺祖)に後を継がせたという
作り話を創った。
当然三条家からそんな伝説はないと文句が出た。
実際それ以前から実力の差では西園寺の方が圧倒的だったが
三条が閑院嫡流であることは万人の認めるところであった。

552 :日本@名無史さん:03/01/28 04:42
西園寺って清華最強では?

553 :日本@名無史さん:03/01/28 14:45
最高と最強は必ずしも一致しない

554 :日本@名無史さん:03/01/28 15:45
西園寺など所詮は徳大寺に乗っ取られた家。

555 :日本@名無史さん:03/01/28 17:06
そもそも平民共が華族云々語るなよ。

556 :日本@名無史さん:03/01/28 21:55
西園寺家は家業が琵琶で,琵琶の女神様が嫉妬するから正妻をもらわず(もちろん側室はいるが),その関係で養子が多いらしい。


557 :日本@名無史さん:03/02/02 00:51
徳大寺も西園寺も同胞だよね。

558 :日本@名無史さん:03/02/02 02:19
同族、といってほしい。同胞って、時節柄なんかやだ。

559 :日本@名無史さん:03/02/02 13:46
じゃ、「同志」ってことで。。。ねぇ558同志。

560 :558:03/02/03 00:27
君とは気が合いそうにないよ。ごめんね。

561 :日本@名無史さん:03/02/04 21:42
>>557-560
なんか、ほのぼのーとして良い会話だYO

562 :日本@名無史さん:03/02/05 06:54
青蓮院の東伏見慈洽門主って、伏見宮と関係あるの?

563 :日本@名無史さん:03/02/05 11:47
>>562
たしか実家が伏見宮だかその一族の宮家だったと思ったけど。

564 :日本@名無史さん:03/02/06 00:07
>>562
久邇宮邦彦王の子供で朝融王・香淳皇后の弟だよ。
東伏見宮の祭祀を継承した。

565 :日本@名無史さん:03/02/06 00:09
東伏見門主ってご健在なんですね、昨日のNHK朝のニュースに出てました。
爵位は伯爵でしたっけ?

566 :日本@名無史さん:03/02/06 00:30
>565
昭和六年伯爵に列せられる

567 :日本@名無史さん:03/02/06 01:09
関係ないけど、京都でおすすめの寺をきかれたら、いつも青蓮院を挙げている。
人が少なく落ち着いていて、暑い夏でも縁側にいるととても涼しい。庭を見ながら
ぼやっとするにはいい場所だと思う。


568 :日本@名無史さん:03/02/06 23:38
東伏見氏の俗名ってなんていうの?

569 :日本@名無史さん:03/02/07 12:30
>>568
俗名なし。はじめから僧体。

570 :日本@名無史さん:03/02/07 21:46
>>568
東伏見氏はもともと邦英王だよ。京都帝国大学卒業後に出家した。

571 :日本@名無史さん:03/02/09 18:41
久邇宮家からは結構華族が出てるよね。

久邇邦久(侯爵)
東伏見邦英(伯爵)
宇治家彦(伯爵)
龍田得彦(伯爵)

572 :日本@名無史さん:03/02/10 01:09
久邇宮家の他にも、宮家の次男坊以下は臣籍降下して
けっこう華族になってるな。

573 :日本@名無史さん:03/02/10 01:11
臣籍降下して侯爵になるのは一つの宮家に一家だけですか?

574 :日本@名無史さん:03/02/10 11:30
平民になった宮家の次男以下っているの?

575 :日本@名無史さん:03/02/10 11:34
>>574
爵位返上して平民になったのはいる。

576 :日本@名無史さん:03/02/10 12:05
北里柴三郎は死後爵位を返上したんだね。
さすが北里先生はカッコいいな。

577 :日本@名無史さん:03/02/10 18:35
575> 誰よ? 戦前の話よ。

578 :日本@名無史さん:03/02/10 19:41
鷹司家現当主である鷹司尚武氏は
大給松平からの養子だっけ?
大給松平は他家から養子は入っていないよね

579 :日本@名無史さん:03/02/10 19:45
>>578
激しくガイシュツ。

580 :日本@名無史さん:03/02/11 00:00
>578
別のスレで高松松平家と言ってた人がいました

581 :日本@名無史さん:03/02/11 00:04
皇族から公爵っていませんでした?
東久邇宮は公爵?

582 :日本@名無史さん:03/02/11 00:06
臣籍降下で与えられる爵位が侯爵が最高です。
公爵はいない。

583 :日本@名無史さん:03/02/12 20:37
公爵の叙爵の要件は、摂関家、将軍家、皇族臣籍降下、国家に対する偉勲のはずだったが、
直宮家からの降下ならいざしらず、皇室と遠縁に当たるだけの世襲宮家の2.3男では良くて侯爵が関の山だったのだろう。
もしも、世襲宮家の本家当主が降下するようなことでもあれば、公爵がもらえたかもしれない。


584 :日本@名無史さん:03/02/13 23:28
>>575
>爵位返上して平民になったのはいる。
男子がいなくなった伏見伯爵家のことでしょうか?

585 :高貴なる者:03/02/14 01:57
http://www.aa.alles.or.jp/~nishiyama/nozomi.html

586 :日本@名無史さん:03/02/14 03:51
近衛(公家)公爵は久邇宮(皇族)侯爵に頭を下げた?

でも近衛って以外に貧乏なんだよ。細川家とか徳川家、前田のほうが財産もっていたりする。


587 :日本@名無史さん:03/02/14 21:48
>>586
爵位の上下と頭を下げるかどうかは無関係っしょ。年齢とか職務上の関係で
決まるっしょ。
近衛がビンボって言いすぎっしょ。荻外荘は大きいし、文隆は米国留学させて
ゴルフ三昧だし。


588 :日本@名無史さん:03/02/15 13:01
近衛文麿は昭和天皇の前でも平気で足を組んでいたというから・・・

589 :日本@名無史さん:03/02/15 13:26
皇室は藤原家の道具。

590 :日本@名無史さん:03/02/15 14:43
近衛文麿は28歳の大正8年、
元老西園寺公望全権に随行してベルサイユ講和会議に出席したが、
長旅の間ずっと西園寺が「閣下」と呼びかけてくるので辟易したと。
最初は馬鹿にしてるのかと思ったが、西園寺は本気だった。

591 :日本@名無史さん:03/02/15 15:03
堂上華族が貧乏なのは常識です。たかだか2千石位の公家と100万石の大名を比べるのが間違い。

592 :日本@名無史さん:03/02/15 18:14
近衛家の江戸時代の領地は、酒造の盛んな伊丹で、実入りが多く、他の公家よりは経済状態はましだった。
摂関家は、役得も多く、石高よりは内実は豊だったそうだ。
近衛家の場合、後陽成天皇の中宮腹の皇子が養子に入っており、血統的にも重んじられていた。


593 :日本@名無史さん :03/02/15 20:09
我が家は代々某神社の神職で旧男爵家。
ど田舎だから地元では結構扱いいいけど大学入学で上京して井の中の蛙だと気づいた。
父が家は大事だが、家柄には意味が無いと言った意味がわかった。
旧華族の末裔の方もいらっしゃるとは思うけど、我が家みたいに家業が決まっていると、嫡男の仕事は跡取りを作る事だからね。
生きている意味が見いだせない時がある。


594 :日本@名無史さん:03/02/15 22:43
子作りは「仕事のひとつ」と思いなよ。
それに子作り子育てなんて殆どのひとがやるんだから。
家業については、決められたものでも仕事があるのは有り難いことだと思うよ。

595 :日本@名無史さん:03/02/15 23:07
>>593
いまでも結婚に不自由さ感じますか?例えば平民はダメとかBはダメだとか???

596 :日本@名無史さん:03/02/15 23:18
>>595
Bって貧乏の事?

597 :日本@名無史さん:03/02/15 23:31
>>595
B...不細工!

598 :日本@名無史さん:03/02/16 00:07
堂上華族が貧乏というよりも堂上華族は家格の高さと資産が釣り合ってないの方が正確だろ。

599 :日本@名無史さん:03/02/16 00:18
>>595
一族は気にする。
俺自身は、日本人なら大体は構わないけど、やっぱりBは無理だな。
あと家業が家業だから、外国の方も無理だね。
神職のお嫁さんが、外国人ってやっぱりね。
差別するつもりは無いんだけど、結婚の目的の一つは家名を存続させる為という意味合いもあるから。
まぁ俺のお嫁さんは、一族が決めてくるでしょ。

600 :日本@名無史さん:03/02/16 00:55
>>599
資産家の三女とかかな?

601 :日本@名無史さん:03/02/16 00:55
http://members.tripod.co.jp/umibenomakigai/index.html

602 :日本@名無史さん:03/02/16 01:03
http://www.geocities.co.jp/Athlete-Crete/6514/

603 :日本@名無史さん:03/02/16 14:50
http://www.aa.alles.or.jp/~nishiyama/nozomi.html

604 :日本@名無史さん:03/02/16 22:29
593> 熊本? 出雲? それとも、、、  の、○○君かな?


605 :日本@名無史さん:03/02/16 22:51
詮索はよそうぜ。

606 :日本@名無史さん:03/02/16 23:08
>>590
明治以前の公家社会における摂関家の地位の超越性(親王より上)を理解すべき。
摂家と清華の間には超えがたい地位の断絶があったと思う。特に、摂家筆頭の近衛の地位は。

607 :日本@名無史さん:03/02/16 23:24
石見の。・・

608 :日本@名無史さん:03/02/17 01:53
詮索は寄席と言うのに
子孫の方々が来てくれなくなるぞ

609 :日本@名無史さん:03/02/17 17:10
「長谷川」って苗字、華族でいます?
ちょっと調べてるんだけど… 参考資料あったら教えて下さい

610 :日本@名無史さん:03/02/17 17:55
華族家系名簿、図書館にあるだろ。霞の出してるやつ。

611 :日本@名無史さん:03/02/17 22:27
>609
いるよ。
長谷川好道伯爵(元帥陸軍大将、参謀総長、子爵から陞爵)
http://plaza2.mbn.or.jp/~duplex/giten/kazoku2.htm

612 :609:03/02/18 09:35
>610、611
ありがとうございます。
「華族家系名簿」調べてみます。

祖母が亡くなって5年ほどたつので、いろいろと歴史を
調べていたのですけど(上海→台湾にいた)、どうやら
祖母の父が>>611っぽいんですよね。
まだ確信はないのですが。

613 :日本@名無史さん:03/02/18 23:39
宝塚歌劇団の超美人娘役、花總まりは
名門公卿醍醐侯爵家の令嬢。

とにかく大変な気品があって、血は争えないと思う
10年に渡って現在もトップ娘役をつとめており、
ファンからは「女帝」を呼ばれている。

公卿華族は貧乏だった言われるけど、彼女の実家は
屈指の大金持ち

下で写真が見られます
http://kageki.hankyu.co.jp/star/index.html
http://kageki.hankyu.co.jp/star/index.html

614 :日本@名無史さん:03/02/19 00:03
最初に叙爵された醍醐忠順は貧乏で有名だった。
公卿華族は大金持ちの実業家と縁組したのが多い。
一方は富を手に入れ、もう一方は上流階級と姻戚になれる。

615 :日本@名無史さん:03/02/19 12:32
>>613
その話なつかしいね。
過去レスで何度も否定されているのに。

616 :日本@名無史さん:03/02/19 14:55
久我美子は正真正銘の清華家出身

617 :日本@名無史さん:03/02/19 17:41
芸名はクガヨシコ、本名はコガハルコと読む。字は同じだが。

性格破綻者の溝口健二監督にさんざん虐げられていた不幸な大女優・入江たか子も東坊城子爵家の令嬢だな。

さらに喜劇役者の古川ロッパは新華族だが、加藤男爵家の御曹司だ(父の加藤照麿は医博で侍医、祖父の加藤弘之は帝国大学学長で枢密顧問官)。

618 :日本@名無史さん:03/02/19 18:10
醍醐家は家内で殺人事件を起こしたり色々とある。

619 :日本@名無史さん:03/02/19 18:23
BC級で法務死も>醍醐

620 :日本@名無史さん:03/02/19 20:57
醍醐侯爵家の当主、醍醐忠重海軍中将は、公家華族らしく、礼儀正しい男であった
が、家柄の良さを鼻にかけることは絶対にしなかった。(海兵同期の福留繁中将の醍醐評)
 彼は海軍で一番過酷と言われる潜水艦の専門家として、海上勤務は潜水艦乗りが
多かった。
 海大卒業してないのに、中将まで昇進できたのは、家柄のお陰か。

621 :日本@名無史さん:03/02/19 21:05
 >>595
 神職で男爵、しかも田舎の出身。
 もしかして、出雲国造家の千家もしくは北島家の方ですか。
 出雲国造家の家柄は皇室に次ぐと言われていますよね。
 そんな家に、外国人の嫁は無理でしょ。

622 :>621:03/02/19 21:19
そういうのはやめれっていわれてんだろ。
いい加減にしれ。

623 :日本@名無史さん:03/02/19 23:44
だから日本の旧家は駄目なんだ。ヨーロッパの古い王室にはどんどん外国人の血が入っているというのに。

もっとオープンにならなきゃ駄目だな。

624 :日本@名無史さん:03/02/20 16:34
>>620
戦時と数少ない潜水艦の専門家という合わせ技で中将だろう。
戦時は昇進が早くなるし、指揮官の需要も増えるので、平時より昇進はしやすくなる


625 :日本@名無史さん:03/02/20 20:16
>623
外国人といっても親戚でしょ。異人種といいたいの?
どっかの王子が香港人と結婚したとかあったっけ。
でも「どんどん」とはとてもいえない。

 >だから日本の旧家は駄目なんだ。

「だから日本の○○は駄目」という台詞、団塊サヨがよく遣う言葉だから
マネしないほうがいいよ。頭が悪くなる。

626 :日本@名無史さん:03/02/20 20:42
>>624
 醍醐中将は、侍従武官の経験もあり、昭和天皇の信任も厚かったよ。
 公家華族で名門の当主は、親戚同然だからね。昭和天皇の母親は九条公爵(摂家)
のお姫様だし。

627 :日本@名無史さん:03/02/20 22:53
>>623
>だから日本の旧家は駄目なんだ。
貴殿は何様だ?よほどオープンな家で育ち、それを誇っているつもりか?

628 :日本@名無史さん:03/02/21 00:51
623はハーフなんでしょ。きっと。

629 :日本@名無史さん:03/02/21 22:53
大分古い書き込みにですが…。

>421
>吉井も所詮は新華族だから。

吉井伯自身は新華族でも、乱交事件の当事者である吉井伯爵夫人の方は
公家華族の出ですね。(実家は柳原伯爵家)。

630 :日本@名無史さん:03/02/23 18:07
柳原家ってこういうシモの話題豊富だね。

631 :日本@名無史さん:03/02/23 23:53
>630
まあ柳原家に限らず、公家自体この手の話題に事欠かないところがありますしね。
公家と女官の密通や乱交の後始末をめぐって、天皇が腹立ちのあまり腹を切ろうと
したとか、上皇が各所から誓詞をとってまわったとか…。

632 :日本@名無史さん:03/02/27 18:49
相撲で有名な酒井忠正伯爵はどこの酒井家出身ですか?

633 :日本@名無史さん:03/02/27 19:59
姫路藩でしょ

634 :日本@名無史さん:03/03/01 23:59
すると酒井美意子はその家に嫁いだのか・・・

635 :日本@名無史さん:03/03/02 00:08
歴毒買ったけどあんまり目新しいことは載ってなかったな。

636 :日本@名無史さん:03/03/02 03:19
>>635
それを言っちゃあ、おしめぇよ。

637 :日本@名無史さん:03/03/02 16:46
今月の歴読で一番よかったのは裏表紙のチェリオの広告だな

638 :日本@名無史さん:03/03/02 19:52
島津家は公爵家が2つあるが
久光家の忠済は久光の子ですか?
忠承は忠済の子ですか?
知ってる人教えてくれ

639 :日本@名無史さん:03/03/02 19:55
>>638
よくわからんけど、香淳皇后の母方祖父が島津家、清宮貴子の旦那が島津家。近親婚らしい。

640 :日本@名無史さん:03/03/02 23:37
教えてくんですいません。
なぜ水戸徳川家は公爵になったのでしょうか?尾張家・紀州家は侯爵
だったようですが。

641 :日本@名無史さん:03/03/02 23:50
>640
光圀以来の「大日本史」編纂の功績によってです。

642 :日本@名無史さん:03/03/02 23:50
>>640
昭和の初めに、光圀以来の尊王思想の普及と大日本史編纂の功により、
侯爵→公爵へ上がった。

643 :日本@名無史さん:03/03/03 00:13
>>637
>今月の歴読で一番よかったのは裏表紙のチェリオの広告だな
歴史読本のチェリオの広告は昔からあるね。今もあるんだね。
しかし、何で歴史読本にチェリオなんだ。しかもチェリオって売ってるの見ないぞ。

644 :日本@名無史さん:03/03/03 00:16
チェリオの情報キボンヌ。

645 :日本@名無史さん:03/03/03 00:22
チェリオのセンスはすごいな。
旭日旗をデザインした缶に”宮本武蔵”って書いてあるんだからな。

646 :日本@名無史さん:03/03/03 01:20
チェリオのHP
ttp://www.cheerio-web.co.jp/
チェリオは大阪の会社。「これからがチェリオの時代」とある。うそつけ!

647 :質問:03/03/03 01:43
基本的な質問でごめんなさい。
新撰組と見廻り組の違いを教えてもらえますか?

648 :日本@名無史さん:03/03/03 02:01
誤爆っすか?↑

649 :日本@名無史さん:03/03/03 02:04
役目はほとんど同じだろ。違うのは隊士の出自くらいか。
見廻組は旗本の子弟等で構成されてるから新撰組よりも毛並みはいい。

650 :日本@名無史さん:03/03/03 02:38
見廻組はコーラ
新撰組はチェリオって感じ?

>>643
チェリオの関連企業であるチェリオ中部と
新人物往来社は姉妹会社らしいです。
購買層がまったく違う(と思われる)にもかかわらず
歴読に広告が載ってるのはそのせいでしょうな。

651 :日本@名無史さん:03/03/04 21:28
今日図書館で「華族事件録」
を読んできました。柳原家のお騒がせっぷり
にはびっくりでした。
柳原白蓮、吉井伯爵夫人の事件はもちろん、
白蓮の兄(吉井伯爵夫人の父)は男色で相手の男から
新聞で暴露されたりもしてましたし。
また同じ時期に白蓮の最初の夫、北大路資武も詐欺の容疑で
検挙されています。
そこでこの北大路資武の顔をどうしてもみたいのですが華族の写真
が見れる本ってないのでしょうか?
私が調べてわかったのは、
家は子爵。
貧乏華族だったため明治半ばで京都に移動している。
資武は無職で2度学校を留年している。
性欲旺盛で朝も夜も白蓮に挑んできたそうです(笑)。
佐佐木信綱の門下。
というくらいです。ほかに何か情報知っている方教えてください。

652 :日本@名無史さん:03/03/05 12:55
日経「私の履歴書」で最近連載の始まった、京都仏教会理事長の
有馬頼底氏のお話を読まれている方いらっしゃいますか?
学習院幼稚園→初等科。現天皇陛下のお遊び相手にまで選ばれた
名門の出なのに、ご両親の離婚のために、
幼くして寺の小僧に出されてしまったとのこと。
食うや食わずの庶民ならいざ知らず
母親がまた再婚できるようにとダンナ側に子供を渡し、
(そりゃお母様本人はお辛かったようだけど)
受けたダンナ側もアサーリ寺にぶちこんでしまうって・・
華族ってすごいですね。


653 :日本@名無史さん:03/03/05 15:44
有馬頼寧の子供かなんか?
名前に「底」なんていう字をつけるってのも、なんかすごいね。

654 :日本@名無史さん:03/03/05 16:53
昔、高木美保が主演してた昼のドラマがあったよな・・・

655 :日本@名無史さん:03/03/05 17:50
華の嵐?あれ好きだったよ〜。
高校時代、ビデオに録画までしてた。

656 :日本@名無史さん:03/03/05 20:26
\________ ______________________/
             O モワモワ
            o

     ____,,,,,,,,,,,,,,,,、、、
    /            )))
   /    ______,,,ノ
   /    l /    \\ヽ|)
   |    | ''''''''''    ''''''''|
   |    | (  ・ )   ( ・ )l
   |     l        l  |
   |  ( ~         _)  |
    |   |      ,―――. l    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    l .|ヽ    ー――' /   < という夢をみたんだ。。。
    ヾ |  \____ノ     \______________
  __/ヽ\      | l\_


657 :日本@名無史さん:03/03/06 09:52
>>653
幼いころのお名前は「永頼」だそうです。
頼底というのは出家してからのお名前でしょうか。

身分の高い方の子女が出家する例は昔からよくあることなのでしょうが
昭和の世になってもあったとは知りませんでした。
次男だけ無理やり寺にやっちゃうなんて、他の兄弟に比べてかわいそう・・
という感覚はないんだろうなあ当時は。

658 :日本@名無史さん:03/03/07 13:13
ブン!!

659 :日本@名無史さん:03/03/09 19:59
華族にも兵役の義務があったんですか??

660 :日本@名無史さん:03/03/09 20:01
もちろんあった。兵役逃れをする者もまじめに務める者もいた。

661 :日本@名無史さん:03/03/10 01:18
戦時中一兵卒として引っ張られた華族もいたけど
どうもそれがよくわからないんだ。
戦前の中学校・高等学校には兵式体操という学科があって、
毎年夏休みに合宿形式で教練を行った。
これを終了すると一年志願兵の資格ができて、
1年間入営すると予備役少尉に任官された。
入営しない場合でも赤紙が来たとき伍長に任官される。
兵式体操は必修科目のはずなんだけどね。

662 :日本@名無史さん:03/03/10 01:25
>>661
なんじゃそりゃ?

663 :日本@名無史さん:03/03/10 01:27
>>662
華族は高等教育を受けたはずなのに
二等兵で徴兵されたってのが不思議だなと。

664 :日本@名無史さん:03/03/10 01:35
旧制高校や大学の教練をサボってた学生は資格がないんでは?

665 :日本@名無史さん:03/03/10 10:28
>>659
ハア?おまえ考え違いをしてるね。
誰も行かなくても華族は戦争にいかなきゃだめだろ。
そのために税金で生活保護受けてんだから。

666 :日本@名無史さん:03/03/10 10:29
もともと皇軍の兵隊として華族は作られたのに、
それを知らないやつ多いなー。

667 :日本@名無史さん:03/03/10 20:05
藩屏って、兵隊という意味じゃないよ。
皇族には軍役が義務付けられたけど、
華族は「なるべく」軍に入るように、ということだった。

668 :日本@名無史さん:03/03/10 20:26
>>665
税金で生活保護は受けていない。世襲財産の設定が認められただけ。
貴族院議員の歳費も世襲議員だった公侯爵には支給されなかったし、
華族という理由だけによる年金、給与の類はなかった。

困窮した公家華族には賜金が出たが、これは皇室財産から出ていた。

669 :日本@名無史さん:03/03/10 20:30
>665
>誰も行かなくても華族は戦争にいかなきゃだめだろ

まずは職業軍人が行くべき。明治以降憲法によって国民にも
種々の権利が生じ、同時に国防その他の義務も生じた。
国防に携わるべき義務の度合いは華族も平民も等しいはず。

>そのために税金で生活保護

明治時代にそれまでの封建的特権の数々と引き換えに公債が支給された。
国から金を取れるのが彼等の「特権」のようなものだったわけだ。
支給は軍役と引き換えだったわけではないよ。
その後の収入は個人資産としてのその公債の運用利益や事業収入といったもの。
生活保護とは明らかに違う。生活が立ち行かなくて爵位返上した華族も
けっこういる。保護してもらえなかったんだね。
そもそも、華族や士族への税金からの支払いを廃止するために
一時金として支給されたのが公債なんだから。

とはいえ、華族がなるべく軍役に就くべきというのは賛成。特に次男三男など。
ただ、現在の国民として、当時の華族をそれが当たり前と思って議論するのは
よく無いと思う。文化面でも活動すべきなのが華族で、そちらのほうは
わりと評価されてる。是は是、非は非としたいね。

670 :日本@名無史さん:03/03/10 20:30
日露戦争では華族出身の士官が戦死している。
旧盛岡藩主の南部伯爵や肥後細川分家の長岡男爵など。

671 :日本@名無史さん:03/03/10 21:01
>665
そうなんだってさ、わかった?

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673 :日本@名無史さん:03/03/10 21:16
イギリスでは、第1次大戦時、
貴族の戦争死亡率20%、
その他の戦争死亡率10%って感じで
貴族は率先して戦って死ぬもんだった。

まあ華族って貴族とは違うけどね。
日本もそういう目的で作られたのは確か。

674 :日本@名無史さん:03/03/10 21:18
イギリスの貴族が存続しているのはそういうノブレスオブリージュ
がしっかりしてるから。日本なんてダメダメ。みんな奴隷根性。

675 :日本@名無史さん:03/03/10 23:00
>673
華族は戦争を目的とした階級じゃない。
何を以て「確か」といえるのか。
そもそもイギリスのように貴族の資産や権利を保証もしていないのに
義務だけ求めるのはどんなものかな。

華族に対しては、権利を奪う、義務は求める
自分(国民)は、権利欲しい、義務はイヤ
おかしいね

>674
日本華族の奴隷根性についてはソースを求めたいな。
少数の例でなく、日本の華族の特徴について奴隷根性と一般化できるだけの
説得力あるものを提示してくれ。
イギリスのノブレスオブリージュの内容がどんなものかは知らんが
有事に際して戦争に行くだけじゃ「高貴」とはいえないだろ。
戦争だけを目的とした階級なら話は別だが。そもそもそれは高貴なのか?
それにイギリスの戦争自体、高貴とは程遠い。

676 :日本@名無史さん:03/03/10 23:20
華族を中心に出資された日本鉄道会社が,政府保護下に1881年設立された。
また,華族の金禄公債証書を資本とした第十五国立銀行も,77年につくられた。
これは国立銀行条例によるものであるが,俗に華族銀行とよばれ,
特別な保護を政府から受けていた。

華族には政治的,社会的,経済的特権が与えられたが,そのおもなものは,
礼遇,世襲財産,家範の制定などが認められ,また,30歳以上の
公・侯爵は全員,伯・子・男爵は互選によって貴族院議員になることが
認められていた。

677 :日本@名無史さん:03/03/10 23:26
日本の華族がフランスやドイツなど欧州の貴族のように、
国家の制度とは関係なく存続できなかったのはなぜでしょうか?

国の制度が廃止された以上、爵位を名乗っても詐称にはならないんだから、
姓名の一部や私的称号として用いるくらい可能だったと思います。
というか、家代々の屋号や名跡みたいな感覚で使えばいいのに・・・

でも社交界のない日本では、やはり使う場所がないんでしょうね。

678 :日本@名無史さん:03/03/11 00:25
爵位自体、ヨーロッパの猿真似だし、定着してなかったんだろうね。

679 :日本@名無史さん:03/03/11 03:03
公家も武家もそれぞれ何段階かの階級を構成していて、呼称も別々にあった。
公卿諸侯という呼称をやめて両者に同族意識を持たせて華族という
一つの身分を構成させることになり、かつてのそれぞれの階級等に応じた
新たな階級呼称が必要になった。それが五等爵。
これは周の爵位名を借用したもので元々は王公侯伯子男の六等。
親王をその上位の天皇の家族とすると、親王宣下のない皇族の王号は
この六等爵の王に相当する。(日本では王号は臣下には与えられなかった)
プリンスやデュークといった訳語は、ヨーロッパにも同様の制度があったため
当てはめたにすぎない。天皇をエンペラーと訳したのと同じ。
公家には摂家,清華家,大臣家,羽林家,名家,諸大夫家といった階級があり、
武家にも江戸城の控えの間の違いで格付けがあった。
呼び方が変わっただけで上下関係は以前のものがかなり色濃く引き継がれたから
定着していなかったとは思えない。華族制度は80年ほどだったわけだが
爵位が現に存在する時代に生まれた人にとっては、生まれた時からある制度であって
定着以前に「当たり前」だろうと思う。

680 :日本@名無史さん:03/03/11 03:09
庶民がどう言おうが、既に平成新華族という家格は形成されている。
日本に上流階級が有るという事を知らないのは地方人だけ。
東京はきっちり階級社会だ。

681 :日本@名無史さん:03/03/11 05:48
>670
周代の「王」は天子の称号で爵位ではないのでは。
日本の「天皇」が爵位ではないように。

682 :681:03/03/11 05:49
↑>670→>679に訂正

683 :日本@名無史さん:03/03/11 06:21
>>677
単純にGHQに財産とられて落ちぶれたからだろ。
日本の華族は政府から金もらって体裁整えてたけど
ヨーロッパで生き残ってる貴族ってのは政府に頼る必要のない大金持ち。

ヨーロッパには日本みたいなめちゃくちゃな相続税がないから
金持ちはいつまでも金持ち。
法律上・制度上の貴族制は廃止されても、誰も「あいつは貴族じゃなくなった」とは認識しない。
貴族というのは法律で認定するもんじゃなくて貴族文化的なふるまいが社会的に認知されるかどうか、
そしてそれを実現するには経済力が必要。


684 :日本@名無史さん:03/03/11 08:50
>>680
逆だろ。家格に敏感なのはむしろ地方。


685 :日本@名無史さん:03/03/11 11:18
華族なんてごく一部を除いて財産税なんて払うほど金持ってなかった。
15銀行の倒産ですでに極貧状態。
むしろ財産税で没落したのは財界人。

686 :679:03/03/11 17:30
>681
すいません。
周の制度を模倣してはいるんですが、その後大陸では帝号がうまれて
王は一等下の爵位に変化した、ですよね。
なぜか周代を参考にしたことになってるようです。

687 :bloom:03/03/11 17:38
http://www.agemasukudasai.com/bloom/

688 :日本@名無史さん:03/03/11 18:26
>680
平成新華族を具体的に教えて下さい。

689 :日本@名無史さん:03/03/11 19:56
>>680
確かに上流階級はあると思うが、「新華族」という表現はおかしい。
もはや華族という制度がないのだから、新華族というものはありえない。
マスコミお得意の皮肉まじりの比喩的表現だろ。
>>688
そもそも制度化されてないものに具体的なメンバーなど存在しないわけで、
強いていえば閨閥本に紹介されてるような家のことなんだろうね。
でも、それは皇室の親類や旧華族、政治家、財界人などの家系のことであって、
別に「新華族」などという身分や集団があるわけではない。


690 :日本@名無史さん:03/03/11 20:05
>>686
王は爵位ではありません

691 :686:03/03/12 00:02
大きな功績のあった大諸侯を王に封じる場合は爵位ではないの?
清朝の皇族の爵位では「王爵云々〜」というのがみえるけど。
間違ってたらごめん。称号、と言い換えればOK?

692 :日本@名無史さん:03/03/14 21:03
漢代以降は、王といえども諸侯の称号にすぎない。
曹操が魏王に封ぜられた例からいっても、王号は爵位の一種だろう。

天子を意味する周代の王とは区別して考えるべき。

693 : :03/03/16 00:06
お前らここで云々する以前に高校の教科書をちゃんと読め!

694 :日本@名無史さん:03/03/16 00:27
>>693
高校の教科書には書かれていない事だろ。

695 :日本@名無史さん:03/03/16 00:33
その昔、歴史にうとい僕が近衛くんに
「先祖は誰?」と聞いたら、
「藤原のカタマリ」と、コテコテなこと言ってたな。
次期、藤原氏長者でもイパーン人と変わらんもんだ。

696 :日本@名無史さん:03/04/04 03:05
http://www.omsi.jp/company/index.html
賀陽美智子さんってだれ?
霞会館や常盤会は、まだまだ活動してるの?
ここの社長の野村って結構詐欺まがいのことしてるさ。

697 :日本@名無史さん:03/04/04 03:06
あ、ちなみにここも。
http://www.j-m-s.co.jp/bridal.html

698 :日本@名無史さん:03/04/04 10:53
霞会館は財団法人として、いろいろやってます。
定期的に華族の系図集とか資料の編纂とかもやってるようだし。

699 :日本@名無史さん:03/04/04 17:19
社団法人じゃなかったっけ

700 :日本@名無史さん:03/04/04 18:21
>696
賀陽宮家のひとかな?
そのページとどう関係あるの?

701 :日本@名無史さん:03/04/05 04:03
賀陽美智子さんは、株式会社 菊医会の名誉会長になっているらしいよ。


702 :日本@名無史さん:03/04/05 04:08
賀陽宮家の人だと思うね。
昭和天皇のおじさんだかおばさんの孫じゃないかな。
菊医会は霞会館とか常磐会が協力してやってるらしいけど、
本当はどうなんだろうね。


703 :日本@名無史さん:03/04/05 04:14
株式会社菊医会の紹介
株式会社菊医会/The Japan Medical Society(名誉会長 賀陽美智子、代表取締役 野村元久)は、医療環境の向上を通し、国民のより良い健康創りに貢献すべく、医師団体を中心に、霞会館そして常磐会の協力をいただき1986年9月9日設立致しました。

1.現在、病医院経営の開業医師、日本医師会、病院団体や大学病院などのエグゼクティブ医師など、約10万人医師を会員化
2. 10万人の会員に対し、年10回「JMS/Japan Medical Society」医療・福祉の総合情報雑誌を発行
3.医業経営・承継のためのコンサルティング・サービス
4. 医師を中心に限られた層のみでのブライダル事業
5. 時流に即したテーマでの、厚生労働省や日本医師会、日本医学会等の協力による公的レベルのシンポジウムを開催


医師を中心に限られた層のみでのブライダル事業
これだけはしっかりやってるよ。
入会金50万円、成婚費50万円。

10万人も会員化していないし、名簿はなんかどこかからロムを入手。
公的レベルのシンポジウムを開催していたが、いまはやってない。
年10回「JMS/Japan Medical Society」医療・福祉の総合情報雑誌を発行しているが、
年10回は発行していない。

というわけです。




704 :日本@名無史さん:03/04/05 04:39
賀陽美智子さんは財団法人 国際教育情報センター(外務省)の
理事長です。

705 :日本@名無史さん:03/04/05 04:52
菊医会は、社長がダメなんでしょ?

706 :日本@名無史さん:03/04/05 14:49
賀陽美智子さんについて知りたい!

707 :日本@名無史さん:03/04/08 14:41
>>696
霞会館行きました。
もちろん俺は、会員じゃないけど。
知り合いが元侯爵家。


708 :日本@名無史さん:03/04/08 15:01
>706
賀陽宮家第二代当主・恒憲王の長女。
ちなみに母親は九条家出身。貞明皇后の姪。

徳大寺家の二男と結婚したけど、すぐ離婚した。

709 :日本@名無史さん:03/04/08 16:04
>>663
昭和10年代の陸軍が華族をひどく嫌ったんだよ。
理由は色々あるけどね。
華族側も陸軍を「泥臭い」と言って毛嫌いしていた。
陸軍は華族の若者をどんどん二等兵として徴兵した。
幹候の資格ある者だって、幹候試験落ちた事にすれば二等兵。

710 :日本@名無史さん:03/04/08 16:13
>>709
そんなくだらねえ内ゲバやってたのか・・・
負けるわけだな。

711 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

712 :日本@名無史さん:03/04/08 20:07
>>710
華族は陸軍への対抗手段を持っていなかったんだから内ゲバとは違うんじゃない?

>負けるわけだな
同意です。

713 :日本@名無史さん:03/04/09 06:21
賀陽さんは何歳なの?

714 :日本@名無史さん:03/04/09 06:26
霞会館はどんな活動しているの?

715 :日本@名無史さん:03/04/09 07:31
>713
離婚したのが、昭和20年だっていうから・・・。
70代か?

716 :日本@名無史さん:03/04/09 07:58
経済産業省の平沼氏は、賀陽美智子さんと知り合いかな?

717 :日本@名無史さん:03/04/09 12:43
陸軍は九州や東北・北海道の農村出身者が多かったわけで
華族とかにコンプレックス有ったんじゃないか。
と言うか、華族を二等兵として徴用する事で
「陸軍上層部は俺たち農村出身者と華族を平等に扱ってくれる。
俺達の気持ちを理解してくれている。」と言う忠誠心を煽りたかったんじゃないか。

718 :日本@名無史さん:03/04/09 12:52
旧軍じゃ裕福な家出身の下士官や兵はいじめにあった。
自衛隊じゃ大卒は大卒というそれだけの理由でいじめられる。

719 :日本@名無史さん:03/04/09 13:15
江戸時代、御三家・御三卿・御家門の将軍親戚筋と幕閣(譜代大名)が
いつもいがみ合っていたように、貴族と政権実力者というのは、仲悪いのよ。

720 :707:03/04/09 16:30
>>714
サロンみたいのがあって、まったりした雰囲気。
普段は催しに会場を使ったり、雅楽のレッスンしたりしてるみたいです。

721 :日本@名無史さん:03/04/09 16:38
>>717
平等というか「劣等」扱いでしょ?幹候の資格があるのにワザと二等兵にするのは。
農村出身者に対して、俺だったら「防衛のために遠くから来てえらいね」と思うけどな。
華族を廃止しても階級は確かにあるし、下層階級の劣等感も厳然としてある。
建前が平等だから、劣等感もひとしお。
>718
自衛隊で学歴逆差別があるなら防衛組織の機能不全を招くおそれがあるという点で
今の俺達にとっても命に関わる大問題だね。

今も昔も、コンプレックスは百害あって一利なし。

722 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

723 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

724 :日本@名無史さん:03/04/09 16:56
華族の商売教えて?

725 :日本@名無史さん:03/04/09 19:03
>>720
理事長って伊勢神宮の人だよね

726 :日本@名無史さん:03/04/09 19:29
>幹候の資格ある者だって、幹候試験落ちた事にすれば二等兵

ひ ど す ぎ る

727 :日本@名無史さん:03/04/09 22:50
華族の若様だったら、陸海軍の上層部に手を回せば、赤紙逃れはできたはず
では。
 でも、現実には、徳川公爵の若様や木戸侯爵の娘婿が徴兵されているんだよね。

728 :日本@名無史さん:03/04/09 22:52
 訂正
 木戸侯爵の娘婿。
 職業軍人(陸軍)でした。特攻隊で戦死。
 実父は陸軍大将。叔父は海軍大将なのに。
 

729 :日本@名無史さん:03/04/09 22:53
>>727
てことは、赤紙逃れはできなかったということなのではないの?


それより、>>718がもし本当なら、北朝鮮を討て!と戦いを挑んでも
返り討ちにあうんぢゃないのか?などと思ってみたり。

730 :日本@名無史さん:03/04/10 00:51
>718
あったとしても兵隊だけだろ。指揮をする士官はそもそも大卒ばかりだから関係ない。

731 :日本@名無史さん:03/04/10 01:50
>>730
軍隊を指揮できる大卒は旧軍では軍隊の大学だ。
現代でもそう、大卒なんてなんの意味もない。
それは一般の会社にもいえる事だが、どんな大学出ていようが
通用しないやつはいるよ

732 :日本@名無史さん:03/04/10 14:25
華族ってどの辺に多いの?

733 :日本@名無史さん:03/04/10 15:57
やっぱ東京と京都じゃない?薩摩長州も他地域よりは多そうだけど。

734 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

735 :日本@名無史さん:03/04/10 17:52
東京の華族と京都の華族ってどっちがいい感じかな?威張ってたりする?

736 :日本@名無史さん:03/04/10 18:23
賀陽さんて学習淫卒で外務省にいたよね。常盤会の幹部だよ。

737 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

738 :日本@名無史さん:03/04/10 20:41
賀陽さんって、常磐会なんだぁ。


739 :日本@名無史さん:03/04/10 20:43
常磐会ってなにやってるの?

740 :日本@名無史さん:03/04/10 23:01
霞会館と常磐会はつながりがあるのですか?

741 :日本@名無史さん:03/04/10 23:07
ノーベル賞を受賞した野依さんの奥さんの姉か妹は、土佐の山内家の
人と結婚してるよね。


742 :日本@名無史さん:03/04/10 23:45
常磐会は学習院の同窓会だろ

743 :日本@名無史さん:03/04/11 09:57
常盤会はロイヤルファミリーなの?

744 :日本@名無史さん:03/04/11 10:16
ロイヤルファミリーは、皇族だけ。

戦前の「皇族親睦会」を引き継いだ「菊栄親睦会」のメンバーは、
「ロイヤルファミリーの親族」と言えるだろう。
平民出身の后妃の実家も会員。

常盤会は女子学習院の同窓会組織。


745 :日本@名無史さん:03/04/11 13:24
華族も昭和に入ると、無為無能のタダ飯食い。
華族制は滅びるべくして滅びたということでしょう。

746 :日本@名無史さん:03/04/11 15:13
口が達者なら。

747 :j:03/04/11 15:14
http://yahooo.s2.x-beat.com/linkvp/linkvp.html

748 :日本@名無史さん:03/04/11 15:29
>>745
今になって考えてみれば、皇室にとって華族は「いるだけで」その役割を
果していたと言えなくもない。タダ飯食いねえ。有閑階級、あってもいいじゃない。

749 :日本@名無史さん:03/04/11 16:43
それをやろうとしているひといるよ

750 :日本@名無史さん:03/04/11 17:23
皇室は戦後は王室ではないよ。
シンボリカルファミリーとでもいってやれ。

751 :日本@名無史さん:03/04/11 19:28
有閑過ぎるとやっぱり食べていけないんじゃ?

752 :日本@名無史さん:03/04/11 21:10
そこはそれ。有閑「過ぎない」ようにすればいいさ。

753 :日本@名無史さん:03/04/12 00:13
華族とかロイヤルファミリーとか金持ちを利用する人たちって
いまの時代にいないのかなぁ?

754 :日本@名無史さん:03/04/12 00:57
医者と結婚したりした華族は結構いるの??


755 :日本@名無史さん:03/04/12 01:05
>>748
だからさ、貴族とか華族というのは形而上の存在だから
「いるだけ」ではどうにもならない。
欧州の貴族は、さすがにその辺りは良く分かっていて、
代々それなりに努力しているんだけどね。
日本の華族はそれが判っていなかった。
江戸時代同様に子孫を残せばよい、と勘違いしたから
見事に消滅しますた。

756 :日本@名無史さん:03/04/12 01:12
>>755
> 江戸時代同様に子孫を残せばよい、と勘違いしたから
> 見事に消滅しますた。

江戸時代に華族(公家)は何をしていたの?

757 :日本@名無史さん:03/04/12 01:47
>756
公家諸法度に基いて、歌舞音曲をもっぱらとしていました。
下級公家は金がないから、カルタの絵付けとか内職にいそしんでいました。

758 :日本@名無史さん:03/04/12 02:27
>>755
皇室に対してはいるだけでもよかったが
皇室外に対しては有意義でなくては足場が揺らぐ、てことか。

759 :日本@名無史さん:03/04/12 04:30
>>757
そう言えば、江戸時代初期の公家衆の堕落振りは激しかったらしいね。
乱交まがいのことまでしてたとか。

760 :日本@名無史さん:03/04/12 10:51
>>758
そう。欧州貴族は例えば慈善活動や文化活動で目覚しい努力をしています。
特に金集めやバザーには、なくてはならない存在。
公爵夫人や伯爵が直接懸命に募金を呼びかけるから、常にかなりの金が集まる。
お陰で英国なんて慈善団体の8割が寄付金だけで成り立っている。
国民は価値を認めざるをえない。
日本でも皇族や旧皇族が名誉総裁をしている団体は多いけど、皇族が
「育英資金がどうしてもあと2千万円必要なんです。皆さん募金して下さい」
なんて言わないし、慈善団体のほとんどが公的補助で成り立っている。

761 :日本@名無史さん:03/04/12 13:09
江戸時代は公家の堕落っていうより貧乏具合がしゃれにならんかった。
京都では河原乞食とは公家のこともさしたらしい。

762 :日本@名無史さん:03/04/12 13:20
>>759
それは鎌倉時代中期から末期の話だろう
室町(特に戦国時代)から江戸時代はお公家さんには暗黒時代
儀式の時に必要な道具がそろえられず質屋がよいしたり
貸衣装屋に服借りに行ったお公家さんが多かったとか

763 :日本@名無史さん:03/04/12 16:01
>>760
戦前の日本では庶民でさえオカネの話は卑しいと考えていて
華族の場合、どうしても話す必要があるときは聞き取れないほどの
小声で話したそうだからね。
でも今はもう違うんだし…

764 :日本@名無史さん:03/04/12 16:46
お金の話ねぇ、しちゃいけないのかぁ・・・。なるほどなるほど。


765 :日本@名無史さん:03/04/12 17:15
英国は王室費のUPを女王が上下院に登壇して訴える国だからなあ。
もちろん議員はいつも大ブーイング。
「ブリタニア号(王室ヨット)を廃止しろ」「もっと節約しろ」とか、
さんざんケチをつけて、そう簡単に増額を認めない。
日本で天皇が「諸物価が値上がりしたから、皇室費を増額してくれ」と
国会で言うなんて考えられない。増額する時は宮内庁の役人が言う。
文化や伝統が違う訳だが、英国王室の方がたくましいね。

766 :日本@名無史さん:03/04/12 21:05
経済産業大臣 平沼赳夫氏の奥さんの真佐子さんは、霞会館ですか?

平沼赳夫の親族
平沼 騏一郎 ( ひらぬま・きいちろう / 故人 1867-1952 )
続柄・養父 内閣総理大臣・枢密院議長・男爵
徳川 慶光 ( とくがわ・よしみつ / 故人 1864-1938 )
続柄・義父(真佐子父) 貴族院議員・公爵
(徳川幕府15代将軍 徳川慶喜嫡孫)

767 :日本@名無史さん:03/04/12 21:14
赳夫の実父は?

768 :日本@名無史さん:03/04/12 21:24
平沼赳夫の実父は平沼恭四郎。

769 :日本@名無史さん:03/04/13 01:58
伯爵久松定謨の実父松平勝實は誰の子供ですか
久松家ゆかりの者ですか?それとも別の松平?

770 :日本@名無史さん:03/04/13 02:22
>>763
そうですか?うちの知り合いの華族はさかんにカネカネと無心
してきたそうですが(公家系)。

771 :日本@名無史さん:03/04/13 08:41
>>769
幕臣で、維新後静岡で窮迫していたらしい。
「勝」の字がつくのは松平定勝の子孫の久松系と思われる。

772 :日本@名無史さん:03/04/13 14:16
久松系は、本家筋の松山藩主家と今治藩主家は明治になって久松姓に復姓してる
けど、伊勢桑名藩主家は明治になっても松平姓で通してる。

773 :日本@名無史さん:03/04/13 15:17
華族の若様を徴兵せねばならん程、先の大戦では追い詰められていた訳
だね。
 英国貴族の若様(職業軍人じゃない人)たちは、自ら最前線勤務を志願
した人が多かったけどね。
 三島由紀夫も、平岡男爵家の跡取りだったから、赤紙逃れできたけど、
 田男爵家の若様は徴兵(海軍)されたよ。

774 :日本@名無史さん:03/04/13 15:23
はあ?華族なんて一番最初に徴収するのが天皇の藩屏というもんだろ。
これだから下層階級は何もしらんな。そのために華族はあるんだよ

775 :日本@名無史さん:03/04/13 15:24
>773
対米戦開戦まえから徴兵されていなかったか?>華族
徳さま(尾張家だったか?)が一平卒として徴兵されていたと思うぞ。

776 :日本@名無史さん:03/04/13 16:12
>774
防衛戦争への従軍で華族と平民に後先の順番はありません。
>そのために華族はあるんだよ
筋道立てて説明を。

×徴収
○徴兵

777 :日本@名無史さん:03/04/13 16:14
>>763
一般的にそうだった、と言ってるんですけど。

>773
慶喜家じゃなかった?

778 :シンバ東京警視庁足立警察署捜査一課人は俺達をジャがーとよぶ:03/04/13 16:16
徴兵に華族平民の差は無かったが、
一般的に華族は学歴高いから兵卒ではなく将校で
従軍する率は高い。

779 :日本@名無史さん:03/04/13 16:17
>>774
それは建前だろ。華族の子弟はなるべく軍学校に進学するように学習院
では教育していたし、華族の子弟に対する推薦入学枠もあったよ。
 でも、進学者は少なかったよ。
>>775
 平時には大学生には徴兵猶予の特典があって、卒業時には兵役につくことに
なっていたけど、実際にはまず徴兵されなかったよ。
 華族の若様ならほとんどが大卒だからね。
 海軍は大卒はほぼ無条件で将校にしていたよ。(海軍予備学生、短期現役など)
 陸軍は知らんが。


780 :日本@名無史さん:03/04/13 16:29
陸軍は一応試験があったみたい。
コネで入れてもらったバ華族が兵卒になってるのは陸軍だよね。

781 :日本@名無史さん:03/04/13 16:36
>コネで入れてもらった
大学の話ね

782 :日本@名無史さん:03/04/13 16:42
 一般庶民は軍の高官に縁故などないだろう、普通。
 華族は閨閥・門閥などをフル活用して、赤紙逃れができるだろうが。
 陸軍の食事は貧相だったけど、農村から徴兵された若者の中には「
軍隊で初めて肉を食べた」とか「三食白米が食べれる」と感謝するもの
が多かったよ。
 美食に慣れた華族の若様が辛抱できるかどうか。
 

783 :日本@名無史さん:03/04/13 16:51
>>782
華族に妄想を抱きすぎ。ほとんどの華族は貧乏だよ。


784 :日本@名無史さん:03/04/13 16:59
 豪邸に住んで貧乏かよ。
 戦前に、貧民街の棟割長屋に住んでいた華族はおらんだろうが。

785 :日本@名無史さん:03/04/13 17:01
 海軍は美食よん。
 船乗りの最大の楽しみは食事だから、どこの海軍でも食事には力
を入れるよ。
 今でも、海軍カレーとか海軍肉じゃがとかレトルトで売ってる位
だからな。
 陸軍カレーなんか聞いたことないよ。

786 :日本@名無史さん:03/04/13 17:04
感情的に華族叩きをしているヤツがいるな。

787 :日本@名無史さん:03/04/13 17:04
>>784
比較が極端だが、だけど豪邸に住んでた華族なんて一部だよ。
それに豪邸に住んでるからって金持ちではないしな。
たとえば財閥系とかのほうがむしろ耐えられなかっただろうな。
”育ち”がいいから。

788 :日本@名無史さん:03/04/13 17:08
酒井みい子にも書いてあるだろ、金持ちだった華族もほとんどは
15銀行の破産で、昭和初期にはほとんどが貧乏だった。
戦争がおわって財産税を取られるほど持ってた華族なんて
ほとんどいなかったって。


789 :日本@名無史さん:03/04/13 17:12
財団とかも含めてどれくらい金持ってんの?

790 :(゜ロ゜:03/04/13 17:13
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=endorfin

791 :日本@名無史さん:03/04/13 17:15
 陸軍に徴兵された華族の若様って、自業自得でしょ。
 華族だから特別扱いを望むなら海軍行けや。
 あそこは英国海軍以来の伝統。「将校は貴族の仕事」の気風が
強かったからね。
 その代わり、士官と下士官兵の身分差別の厳しさは陸軍以上
だったよ。叩き上げの士官は「特務士官」と呼ばれていたからね。
 

792 :日本@名無史さん:03/04/13 17:17
 酒井さんの本は、出鱈目も多いよ。
 岩倉具視を「長州藩の足軽」とか書いてあったし。
 それに、成り上がりの新華族に対する蔑視がひどい。

793 :日本@名無史さん:03/04/13 17:19
華族ってほとんどが薩長の足軽農民出身なのに、
「殿様」?

プッ

794 :763/777:03/04/13 17:25
777の>>763>>770のまちがい。 鬱

795 :日本@名無史さん:03/04/13 17:30
>>793
 薩長も含めて、新華族は近代日本の発展に大いに尽くしただろうが。
 家柄だけで爵位を貰った、大名華族や堂上華族よりましだと思うが。
 

796 :日本@名無史さん:03/04/13 17:37
それでも金持ち華族がごく一部だったのは事実だがな。

>美食に慣れた華族
財閥系新華族ぐらいしかこんなのいない。
門閥華族は例え金持ちでも質素を旨とするのが日本の文化。

あと、軍の人事に干渉できる華族なんてあんまりいないだろ。
世襲議員である公侯爵や公侯爵と縁組の多い伯爵ならいざ知らず、
子爵男爵は議員でなければ権力に接触できないし
議員になれるのはごく僅か。

797 :日本@名無史さん:03/04/13 17:43
酒井美意子は若かりし頃めちゃくちゃ可愛くて駒場小町と呼ばれていた

798 :日本@名無史さん:03/04/13 17:48
もう滅んだ階級のことなど、どうでもいい。

799 :日本@名無史さん:03/04/13 17:49
 大名華族なら、旧家臣の子弟が軍部の高官である者が多かった。
 士族は「士族は軍人を」と考える人が多かったから、子供を軍学校
に入れる場合が多かった。
 大戦中に大将に昇進した軍人もほとんど士族出身者の子弟。
 平民出身は栗林大将(戦死による特進)くらい。
 そのルートで赤紙逃れもできたよ。
 

800 :日本@名無史さん:03/04/13 17:50
>795
新華族の功績は確かに顕彰すべきものですが
爵位は「個人」ではなく「家」に対して与えられるものですので
何代にもわたって功績を挙げ続けた場合を除いては(目安は3〜4代でしょうか)
位階や勲章で報いるのがスジだと思います。
個人を顕彰するそのために位階や勲章があるのですから。
そういう意味で、大昔から何世代にもわたって朝廷に仕え、
血筋自体に価値が発生している伝統華族の「家」に爵位が与えられるのは
おかしなことではないのです。
爵位は勲章のおまけでなく、家格を表すものですから。
新華族は、功績は輝かしくても「家格」は大したことないでしょう?

801 :日本@名無史さん:03/04/13 17:56
結局、太平洋戦争の惨めな敗戦は、華族なんかを優遇する軟弱な海軍の
メンタリティーが招いたもので、大陸の常勝帝国陸軍が主導していれば
結果も変わっていただろう。

802 :日本@名無史さん:03/04/13 18:16
>>801
そんな陸軍の思い上がりが泥沼の戦争に日本を引き込んだんだよ。

803 :日本@名無史さん:03/04/13 18:20
>>802
バカは放置しとけ

804 :日本@名無史さん:03/04/13 18:53
 資産家や地主の息子で戦時中でも、赤紙が来なかったと言う人も多いから、華族
の若様なら、赤紙逃れは可能だったと思うが。
 陸軍も「将校は貴族(ユンカー)の仕事」と考える、ドイツ陸軍の流れを汲んで
いる訳だから、華族への優遇措置があってもおかしくなかったよね。
 それとも、最初にまねしたフランス陸軍の影響かな。
 ・軍旗に対する異常な執着心
 ・銃剣突撃重視。
 これはフランス陸軍の影響だよな。

805 :日本@名無史さん:03/04/13 19:45
徴兵の基準があいまいなんだよね。
高額納税者の家族には赤紙は来ないと言われていたのに、
突然赤紙が届いたりする。
そんな時は徴集された後に、その連隊かなんかの1番えらい人
に賄賂を贈ると、即座に兵役解除されたそうな。

806 :日本@名無史さん:03/04/13 20:28
本来の陸軍の平等精神に則れば、すべての男児が平等に徴兵されるべきであった。
ところが一部の特権階級が逃れようと工作したために制度が不透明なものになってしまった。
徴兵されない者の基準を公表すれば都合が悪いのであいまいにしたのだ。
基準がはっきりしていないので種々の憶測が飛び交い士気に多いに影響した。
陸軍が本来の力を憂い無く発揮しておれば、返す返すも残念である。

807 :日本@名無史さん:03/04/13 20:28
資産家や地主ほどの財産のある華族は極僅か。
805の言う贈賄による兵役解除が本当なら
華族で兵役を逃れられるのは僅かと思う。

兵役逃れを疑われるのが嫌で率先して志願した華族もいたと思うが。

808 :日本@名無史さん:03/04/13 20:37
>>807
もちろん華族の子弟で各種幹部学校へ行った人は大勢いる。

809 :日本@名無史さん:03/04/13 21:10
>>808
 「華族は皇室の藩屏」と言う建前から、華族の子弟には軍学校(陸士、海兵など)
への特別推薦枠があった。
 でも、志願者は少なかった。
 華族出身の大戦中の将官は、寺内元帥(新華族)、醍醐中将(公家華族)、前田大将(大名華族)
くらいしかいなかった。
 華族の家柄目当てに、地主や資産家が婚姻や養子縁組を望むことは決して珍しいことで
はなく、その場合、地主や資産家から多くの持参金が期待できた。
 

810 :日本@名無史さん:03/04/13 21:14
>>809
将官だけを上げてもさ〜、佐官や尉官も全部上げてみろや。
大勢居過ぎて上げられないだろ。

811 :日本@名無史さん:03/04/13 21:20
 華族の将校って、赤紙(徴兵組)も含めるのか。
 そりゃ、100人じゃきかんだろう。
 華族は婚姻や養子縁組で、閨閥の網を張り巡らせてるよ。
 君主制だろうと共産国だろうと閨閥の力は侮れんよ。
 西園寺公が政治資金に不自由しなかったのは、住友家に養子に言った弟のお陰
だしね。

812 :日本@名無史さん:03/04/13 21:23
>>811
赤紙召集で将校になんてなれるのか?

813 :日本@名無史さん:03/04/13 21:27
 すまん、赤紙って徴兵された人のこと一般をさして使っています。
 厳密に言うと徴兵組の将校も、志願が建前だよ。
 海軍の予備学生や短期現役など。
 海軍は大卒は即将校だったから、華族ならまず少尉は確実。
 

814 :日本@名無史さん:03/04/13 21:42
近衛文麿の息子は赤紙召集されて、その後、幹部候補生になって陸軍中尉、じゃなかったっけ?

815 :日本@名無史さん:03/04/13 22:12
>>814
近衛文隆が召集かどうかは知らないが、近衛家は普通の華族ではない。

816 :日本@名無史さん:03/04/13 22:24
近衛家は公家華族でも、最高の名門。
 文麿に頼めば、徴兵逃れはいくらでもできただろうに。文麿は昭和天皇と
二人の時は、「君」、「僕」と呼び合う間柄だったから、大元帥に泣き付けば
徴兵逃れなど朝飯前。
 実際、娘婿の細川侯爵は徴兵されず、文麿の秘書官だったよ。
 文隆さんは気骨があるね。
 確か、シベリアで死亡したよね。

817 :日本@名無史さん:03/04/13 22:35
>>816
劇団四季あたりで芝居になっています。

818 :日本@名無史さん:03/04/13 22:38
>>816
「夢顔さんによろしく」
西木 正明 (著)

近衛文隆伝記だ、読め!

819 :日本@名無史さん:03/04/13 22:57
 華族と徴兵については、これくらいにして、華族と就職について話し合い
ましょう。
 華族は世襲財産で定職につかず、高等遊民となる人もいましたが、就職す
る人も当然いました。
 官僚や学者は結構多いと思いますが。
 

820 :日本@名無史さん:03/04/14 00:05
慶應関係で華族ってどれくらいいるの?

821 :日本@名無史さん:03/04/14 00:16
>>820
華族制のあった時代は華族学校として学習院が機能していたし。
慶応に行くやつもいたかもしれないが変人だな。
昔からKOは優秀大学だが商人大学とも言われた。

822 :日本@名無史さん:03/04/14 01:37
近衛文隆はプリンストン大学ゴルフ部出身です。
戦争の影響で日本に帰国した。この人はホント
はアメリカにずっといてゴルフやりながら悠々自適
に暮らしたかったんだろうなって思う。シベリヤ
抑留でなくなったんでよね。プリンス近衛の息子と
してマークされてたんだろうな。

823 :日本@名無史さん:03/04/14 01:54
思想転向を迫る執拗な洗脳や、釈放と引き換えの裏切りの誘いにも乗らず
あくまで貴族として亡くなったんだよね。
戦後狂ったように日本叩きにまわって、未だに続けてる裏切者とはえらい違い。
それにしても共産主義って恐いね。

824 :日本@名無史さん:03/04/14 02:37
慶應は商人大学だけど、やっぱり偉くなるために、
華族と結婚した人とかいるよね。

825 :日本@名無史さん:03/04/14 07:52
基本的に商人でもそういう嗜好がある場合は、学習院に行ったから。
福沢諭吉精神て知ってる?そういう俗物的関心がある場合はそもそも
金を積んで華族になれた。実際華族になった商人もいるだろ。
でも実際財界系慶応が慶応ボーイと呼ばれて洗練されたイメージが
あるのも学習院の学生より数段金持ちが多かったからだけどね。

826 :日本@名無史さん:03/04/14 08:22
東條英機は前田利為侯爵とは陸軍士官学校で同期
だったが前田侯爵が陸士でも優秀(軍刀拝受)だ
ったがそれ故に東條から嫌われ激戦地の司令官に
回され(ボルネオ方面)戦死してしまう。さすが
殿様の家系らしく陸軍軍人には珍しく英語、仏語
、独語に堪能で、茶道、書道、美術鑑定、ゴルフ等もこなし
外交官のほうがふさわしい人物だった。まあだからこそ
陸軍では嫌われたんだろうが。これじゃ陸軍だめなわけだよ。
前田侯爵は海軍の入るか、外交官になった方がよかったのにね。
酒井美意子は利為候の娘である。さぞかし彼女は父上を尊敬して
いたことだろね。

827 :日本@名無史さん:03/04/14 08:34
前田利為は1万石の支藩から本家に養子に入ったから、
かなりセコセコしてて、コンプレックスまみれで
ものすごい努力家だったと聞いたよ。

828 :日本@名無史さん:03/04/14 08:36
だから前田利為は典型的な殿様ではないよ。
コンプレックスまみれだったからいろいろ努力して貴族的になろう
とするのはよくあるパターンだ。

829 :日本@名無史さん:03/04/14 12:26
華族の人で、いま大企業の会社社長になっている人とかいますか?


830 :日本@名無史さん:03/04/14 17:43
前田利為って大聖寺藩出身だっけ?
なんにせよ、努力するのはいいことだ。

831 :日本@名無史さん:03/04/14 19:16
大聖寺ではなく、七日市藩主の息子。(北陸ではなく、群馬県にあった)
 一応、前田家の分家だけど、一万石の小藩。
 富山藩や大聖寺藩は10万石だったから、親族会議等で馬鹿にされて
いた可能性大。
 利為侯は、金沢の前田本家に婿養子として入ったんだよ。
 だから美意子姫は、加賀100万石の血を引いているよ。
 「

832 :日本@名無史さん:03/04/14 19:25
 武家華族は所詮、戦国時代の山賊・海賊の子孫だろうが。
 真の華族は公家華族のみ。
 平安以来、日本の伝統文化と皇室を守ってきた彼らこそ、華族に
相応しい。
 公家華族を全て復活させても、120家程度でしょ。

833 :日本@名無史さん:03/04/14 19:29
>829
松下幸之助さんの婿養子となって社長になった人がいたよね?
(潜ればすぐわかると思うがまんど臭い)
あと西友の社長を勤めた人は元伯爵だったはず。
って、「いま」じゃないな。。

834 :日本@名無史さん:03/04/14 19:45
松下の婿養子は、内大臣・伯爵平田東助の孫。
西友の社長を勤めた人は、公家出身の高丘季昭。

835 :830:03/04/14 19:54
>831
なるほど。ありがとう。

836 :日本@名無史さん:03/04/14 21:29
利為侯爵は中将で一度予備に入った後、再召集じゃなかった?


837 :日本@名無史さん:03/04/14 23:48
石川県立図書館に前田利為のブ厚い伝記があったな〜

>>831
美意子さんの御母堂は後妻の菊子さん(姫路酒井家)だから
百万石の血は引いてないよ。前田本家は引いてるけどね。

838 :日本@名無史さん:03/04/15 00:21
まあ正直贔屓のひきたおしだな>美意子さんのお父上評
前田中将の後任も、予備から再召集された山脇正隆中将(後の大将)。
将官が足りなかったのかな?しかし、ホントに東條から睨まれた人は、
決して再召集されてない。

839 :日本@名無史さん:03/04/15 01:33
詳しい人が多いので、恐れ入っております。

840 :日本@名無史さん:03/04/15 01:56
じゃあ前田中将は睨まれ度はそれほどでもなかった?

841 :日本@名無史さん:03/04/15 02:03
>837
前妻との間に跡取り息子がいたんだよね。美意子姫の腹違いの兄。

842 :日本@名無史さん:03/04/15 02:32
>>840
頭はいいが、毒にも薬にもならんという感じじゃない?
例えば、15期の多田駿大将、16期の小畑敏四郎中将、21期の石原莞爾中将
いずれも東條と激しく対立した人たちだけど、彼らが再召集されることは無かった。
東條さんは相当執念深く、人事に関しては公平性を欠く人だったみたい。
前田侯爵とは、仲は良くなかったと思うけど、多田や石原ほど憎まれては
いなかったと思うよ。

843 :日本@名無史さん:03/04/15 02:50
>>842
無能な東条が陸軍のトップにたったのはやはり、憲兵隊の存在。

844 :840:03/04/15 03:02
>842
どうもです。
>東條さんは相当執念深く、人事に関しては公平性を欠く人だったみたい
ここらへんサイアクですね。

845 :日本@名無史さん:03/04/15 21:49
吉田って名字の華族はいるのですか?

846 :日本@名無史さん:03/04/15 21:55
いる。

847 :>845:03/04/15 22:23
子爵
吉田良義(公家卜部家)神祇官
吉田清成(新家族鹿児島県)中米公使、農商務次官

848 :日本@名無史さん:03/04/15 22:24
(新家族鹿児島県)→新華族

849 :日本@名無史さん:03/04/15 22:25
中米公使→駐米公使

850 :日本@名無史さん:03/04/15 23:36
和久は??


851 :日本@名無史さん:03/04/16 00:25
>>850
和久は栃木の名字だが、とりあえず栃木県には和久姓の華族はいない。

852 :山崎渉:03/04/17 13:18
(^^)

853 :日本@名無史さん:03/04/17 20:23
あら

854 :日本@名無史さん:03/04/17 23:17
西郷寅太郎侯爵
いわずと知れた吉之助の長男。ドイツの幼年学校、士官学校を出た。
大佐のときに病死。

855 :日本@名無史さん:03/04/17 23:20
高円宮承子女王に釣り合う華族がもはやいないからなあ

856 :日本@名無史さん:03/04/18 01:04
>855
へえ、そんなこと知ってるの?元華族といっても数多いだろうに。

857 :日本@名無史さん:03/04/18 09:13
もし俺が旧華族の家に生まれていたとしても、やはり
エロ・グロその他B級ネタ好き鉄ヲタだったのだろうか。

858 :日本@名無史さん:03/04/18 22:34
>>857
同じだと思うよ

859 :日本@名無史さん:03/04/18 22:48
>>818
「夢顔さんによろしく」買ったよ。
公爵家嫡男にして元総理大臣秘書官である近衛文隆は赤紙召集の二等兵から始めたのね。
一視同仁の建前どおりか・・・。すごいね。

860 :日本@名無史さん:03/04/19 03:45
そういえば乃木大将の子供って陸軍士官学校
落ちて一兵卒で陸軍入隊して戦争で亡くなった
んだよな、だから跡継ぎいないから出身藩の
旧藩主の毛利家が勿体無いと乃木家を再興
するために養子に入ったんだよな。伯爵家
でもあったからな。子供も先立ったし
明治天皇が崩御された時に夫婦ともども
自決したんだろうな。

861 :日本@名無史さん:03/04/19 07:01
>>860
毛利家から養子に入ったのは乃木夫妻の死後。
乃木は自分の死後、乃木家を絶家にするよう遺言している。
が、寺内正毅ら長閥のごり押しによって毛利家から養子を送り込まされた。

862 :日本@名無史さん:03/04/19 08:02
↑ でも、養子に入った旧藩主の弟は後に爵位も返上して旧姓に戻らなかった?

863 :日本@名無史さん:03/04/19 08:31
戻ってるよ。
継がされた当人は嫌がっていたらしいからね。

864 :やまも:03/04/19 11:52
華族といえば、公爵九条道孝公。
皇室に深い関わりあるのはこの九条家ですからねぇ。
貞明皇后・英照皇太后の出身は九条家だしな。

貞明皇后・・・父 九条道孝公 母 野間幾子氏
英照皇太后・・・父九条尚忠 
ということ

865 :日本@名無史さん:03/04/19 13:09
おまいら投票しる!

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是非、『宮崎 駿』に投票を!現在、韓国サッカー代表が一位です。

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866 :日本@名無史さん:03/04/19 13:17
>>860
勝典、保典って将校だったように思いますが

867 :日本@名無史さん:03/04/19 13:17
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868 :日本@名無史さん:03/04/19 16:08
ビンゴ!

869 :日本@名無史さん:03/04/19 16:53
>>856
サーヤのお相手に名の上がった旧華族が全員
ただちに結婚したり婚約したりしたのを忘れたか
皇室の藩屏となる気概もなく
顔面偏差値に囚われたヤシばかりだ

870 :日本@名無史さん:03/04/19 17:26
んなもんでしょ

871 :日本@名無史さん:03/04/19 17:33
サーヤはともかく、高円宮承子女王となら結婚してもイイ!!

872 :日本@名無史さん:03/04/19 17:39
  現 在 の 皇 族 の 話 は ス レ 違 い

873 :日本@名無史さん:03/04/19 18:04
華族に野村姓はいる?

874 :日本@名無史さん:03/04/19 18:09
門倉は?

875 :日本@名無史さん:03/04/19 18:11
ようするに、例えば、サーヤや高円宮承子女王が婚姻した場合でも、
単なる皇籍離脱ではなく、華族とすればええんちゃう?

876 :日本@名無史さん:03/04/19 18:14
  現 在 の 皇 族 の 話 は ス レ 違 い

877 :日本@名無史さん:03/04/19 19:43
>>869
旧華族は現在、何の礼遇も受けていない。権利なくして義務なしだ。
なぜ平民に落とされたのに藩屏としての義務を負わねばならない。
都合のいいときだけ華族にするのか?勝手なこというな。
気概?じゃあヤル気が出るよう
嫁入り先として確保したいのなら華族制度を復活させろ。
皇室を駕篭の鳥にせず、縁続きになろうと思うぐらい尊厳を保たせろ。
文句はそれからだ。

>顔面偏差値
分家も含めれば元華族は多い。
誰か一人ぐらいサーヤと結婚してもいいという奴もいるだろう。
顔を問題にしない男だっている。宮内庁の人選が厳しすぎたから
そういう男が候補から外れたのかもしれないぞ。
顔面偏差値にとらわれてるのはお前じゃないのか。

878 :日本@名無史さん:03/04/19 20:15
 サーヤ殿下の婿殿は、摂家・旧宮家・清華の若様(30代〜40代)の中から
選ぶべき。
 二代にわたって、公家華族との婚姻がないんだから、これ以上結び付きを弱め
ないためにも。
 平安以来、公家衆と50年以上も縁組がないのと言うのも、前例がないと思うが。
 
 

879 :日本@名無史さん:03/04/19 20:17
 現 在 の 皇 族 の 話 は ス レ 違 い

880 :日本@名無史さん:03/04/19 20:20
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          .ト、.j.!レ' ̄三! >ーr‐r‐r‐<  _,.r<"「 l_____
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881 :日本@名無史さん:03/04/19 20:25
あのブサイクをサーヤなんて書いてる連中はキモイ。

882 :日本@名無史さん:03/04/19 21:08
>>881
貴方自身も鏡を見てから書き込むように。

883 :日本@名無史さん:03/04/19 21:28
あの兄弟に負ける容姿の人間なんていないな。

あの顔で、いい年してサーヤなんて言うなよ。気色ワルイ(w

884 :日本@名無史さん:03/04/19 21:31
>>883
>>あの兄弟に負ける容姿の人間なんていないな。

883よ君がいるじゃないか。

885 :日本@名無史さん:03/04/19 21:35
あのキモイAAに劣る容姿などありえない。

いずれにうせよ、あのブサイク兄弟のネタは板違いだ。

886 :日本@名無史さん:03/04/19 21:35
 現 在 の 皇 族 の 話 は ス レ 違 い

887 :日本@名無史さん:03/04/19 21:37
>>885
>>いずれにうせよ・・・

動揺するなよ、板違いじゃなくスレ違いな。ブサイク君。

888 :日本@名無史さん:03/04/19 21:40
現在の皇族の話は「日本史」ではないから、「板違い」でもある。
華族スレでは「スレ違い」であり、日本史板全体では「板違い」だな。

889 :日本@名無史さん:03/04/19 21:41
            _,..----、_
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890 :日本@名無史さん:03/04/19 22:08
 公家華族は復活した方がいい。
 1000年来のお仲間を切り捨てるのは良くない。

891 :日本@名無史さん:03/04/19 22:23
そういうことは政治板で提案して下さい。

892 :日本@名無史さん:03/04/19 22:30
でも政治板の連中に朝廷関連の知識なんてああるの?

893 :日本@名無史さん:03/04/19 22:36
そんなこと政治板で提案したら、嘲笑されるのがオチ。

894 :日本@名無史さん:03/04/19 22:37
>>892
元華族の議員もいるわけだが、階級制の復活には反対するだろう。

895 :日本@名無史さん:03/04/19 22:41
時代錯誤の白昼夢>華族制度復活

896 :日本@名無史さん:03/04/19 22:57
>893
>嘲笑
無知から来るものでもあろうか。

>894
ま、自分を貴族に戻せ、とは言えんわな。 w
階級制というけど、どんな社会にも階級はあるんじゃねえの?
共産社会のほうが階級という意味ではキョーレツだと思うけど。

897 :日本@名無史さん:03/04/19 23:04
>>896
確かにどんな社会にも階級制度は存在しますが、法律として
制定するのはいかがなものかという事、平等が建前だから。

898 :日本@名無史さん:03/04/19 23:15
そんなに正しいと思うのなら、ためしに政治板で提案してみろよw

899 :日本@名無史さん:03/04/19 23:24
>897
建前の白々しさが現実の不平等感を増幅してるんだけどね。
どうせ階級があって不平等だというなら特権階級を身分としてある程度固定して、
「こうあるべし」という範によって無茶をさせないようにしたほうが
結局は弱い者の生活は守られる気がしたんだよ。

900 :日本@名無史さん:03/04/19 23:24
未婚の皇女が9名もいる
お相手を探すのが困難味第二華族の創設が望ましい

901 :日本@名無史さん:03/04/19 23:25
            _,..----、_
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          .ト、.j.!レ' ̄三! >ーr‐r‐r‐<  _,.r<"「 l_____
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902 :日本@名無史さん:03/04/19 23:42
>>900
>>未婚の皇女が9名もいる

適齢期の皇女は・・・(ry

903 :日本@名無史さん:03/04/20 00:15
>898
今は「待ち」だと思う。
安全保障問題について口にすることもできなかったほど左傾化していた日本だけど
今は違うだろ?同様に華族についてもそういう雰囲気が社会に醸成されないと
いくらやるべきと思っていても、話自体が理解されない。タイミングは重要だよ。
日本は現実的には社会主義の国だけど、世論も相応に左傾化してるってこと。
(左傾化の度合いはそのまま社会の崩壊の速度と比例すると思うがどうか)

どんなに綺麗事をならべても社会はピラミッド構造なわけで、
その現実を「無い」ものとして無視している(法に定めていない)からピラミッドの上層に
伸し上がった連中が(かつて自分も属していた)底辺に対して好き放題やって、
そして今、その不道徳な、自分達に都合のよい階級構造を固定化しようとしている。
元々日本では身分制度はガチガチじゃなくて、政治的,経済的には底辺からでも
立身可能だった。今はその芽自体が伸びないように仕組まれようとしている。
ある程度は法によって身分,階級をコントロールしないと、
社会主義官僚,政治家,一部富裕層と、全くの底辺,下層民だけの、
ネガティブな意味での階級社会になってしまう。
アメリカの自由も平等も嘘だってのはわかるだろ?
あそこは中産階級が崩壊してひどいことになってる。

904 :903つづき:03/04/20 00:16
>898
自分が勝ち組に入る自信があって、且つ、一般人を見捨てる心積もりなら
このまま惰性で社会が再構築されるのを見ていればいいけど。
俺はポッと出の奴らがドサクサに紛れてウソついて、
自分達を上層に固定して、子孫も含めて半永久的に搾取されるより、
自分を律することが文化になっている(はずの)貴族などが上にいるほうが我慢できる。
(俺にしたって「ロクでもない成り上がり」と「日本の貴族」との
 二者択一を迫られているから後者を選んだにすぎないんだけどね。
 外国の貴族は非道だから参考にならない。最近はどうか知らないが。)
華族を復活させろ、なんて意見が出てくるのは新興の自称上流階級の人達の
社会構築の失敗が原因だと思う。
王制時代を懐かしむ人が世界に意外と多いのもこれと同じ理由。
旧華族は社会に確固とした足場を築けずに戦後、制度自体が廃止されたけど
今度は今の新興勢力が没落する番。

一般人もそろそろウソに気づき始めてると思うけど。
きっかけが来るまで、まだ「待ち」だ。
ツッコミどころは満載だろうが、これが俺の気持ちだ。

905 :日本@名無史さん:03/04/20 00:18
「皇女」はひとりしかいないけどね

906 :山崎渉:03/04/20 01:43
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

907 :日本@名無史さん:03/04/20 08:23
            _,..----、_
           / ,r ̄\!!;へ
          /〃/   、  , ;i
          i,__ i ‐=・ァj,ir=・゙)
          lk i.l  /',!゙i\ |
          ゙iヾ,.   ,..-ニ_ /
          Y ト、  ト-:=┘i     あえて言おう、妄想ネタはやめろと!
           l ! \__j'.l
           」-ゝr―‐==;十i      _,r--――、
          .ト、.j.!レ' ̄三! >ーr‐r‐r‐<  _,.r<"「 l_____
  ____,..r--r=ヾヽj,r―'"≦__ ̄ ̄r―'"\\ \r",.-、, \
∧   ト-'‐'"三へ>ト-‐'"~    ゙i  /       \\(_.人 ヽ._ ヽ
レ'へ._ノi 「 \ ゙l //./",「 ̄/ / /       ヽ-ゝ. \   /
レ'// .l l   ! ! i/./ ./  /  / /         ,(  \  ノハ
レ'/  .! !   i ゙'!  ̄ ∠,  /  ヽ._        ,ター  '",〈 !


908 :日本@名無史さん:03/04/20 08:27
                 / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                 |  華族ヲタクども
                 |  おまえら、狂ってるぞ!!
    .,:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;-, ,   ヽ─y─────────────       .. ┐
  ノ´;:;:;:;:;:;:;:;ミミ:;:;:;:;:;:;:;:;丶                            ,. ‐'´ ノ
  |;:;:;:;:;:;:;:;彡-ー―-、_;:;:;丶                       _. -''´  .-'´
  i:;:;:;:;:;;ノ      , `、;:;:;|                     /  _r‐'「`r、
  !;:;:;:;:;:;|  ,,,,,,,,,, /_丶:;|                , -‐''フ7´ 、 'ーl、 l } l
  丶:;:;:;:;|  , -。┐ヽ'' ゚ `,|             _. -''"´   l |  `'ーく/ ノ ノ
   ゞ|ヽ;| ゞ  /  )ヽ ´|        _.. -‐''´       | l、_ ‐、___[])''''´
_,-ー.ヽ  /  `” ´_丶|ァ''´ ̄_ユ‐'"´            '、 `‐ニエエソ´
 | :   ゝ   /ニ三ニ ( | /  /                `'==''ソ
 ヽ    'ー-.,___/ l   ′              :::::_: -‐'"´
  |    | \   / |                ::::_: -''"´
  \   |___>< / ヽ          :::_: -‐'


909 :日本@名無史さん:03/04/20 08:43
869あたりから、妄想ネタが出てきたのでマトモなレスがなくなった。
華族復活論とか現在の皇族の結婚ネタは、「日本史板」の対象外だ。

妄想ネタをやりたいのなら、政治板か政治思想板に逝け。

910 :日本@名無史さん:03/04/20 09:02
閑院宮直仁親王の子、鷹司輔平の子孫もいっぱいいる。
よく名前があがる華園、梶野、徳大寺、住友のほかにも
山科なんかも(輔平の子、徳大寺実堅の子孫)いる。

911 :日本@名無史さん:03/04/20 12:36
系図オタ、うざい

912 :日本@名無史さん:03/04/20 12:47
公家華族の復活は急務。
 元山賊の大名華族や元下級武士の新華族はいらんが。
 

913 :日本@名無史さん:03/04/20 12:48
政治板で提案してこい(w

914 :日本@名無史さん:03/04/20 12:56
 華族にとって理想的な兵役制度
 華族の若様は20歳になったら、徴兵検査を受ける。
 でも、大学生の徴兵猶予の特権があるので、実質兵役免除。
 但し、大学卒業後、予備将官養成課程(1年)を終了すれば、予備役
少将として登録できる。
 戦時には、予備役少将として出征。
 戊辰戦争でも、薩長軍は、公家の若君たちをお飾り司令官(総督)に
して、実務は薩長の参謀たちが行っていたよ。(西郷、大村など)
 

915 :日本@名無史さん:03/04/20 13:24
ものすごく非生産的なレスだな・・・

916 :日本@名無史さん:03/04/20 13:54
 君主国で貴族制度がないのは日本くらいだろう。

917 :日本@名無史さん:03/04/20 15:18
>914
詳しくないんだけど、少将じゃなくて少尉じゃないの?

918 :日本@名無史さん:03/04/20 21:14
華族とつきあってみると、やっぱりこの人ら世間ずれしているなぁと
感じますが、みなさんはそう思われませんか。
何にもできないくせに、なんかいばってるかんじ。

919 :日本@名無史さん:03/04/20 22:30
>918
>何にもできないくせに、なんかいばってる
そういう人もいるかもしれない。そういう人を庇う気はない。でも
単に品がいいのを威張ってると勘違いしてるだけかもよ。
祖父母や両親、あるいは自身が華族だった人達だから
例え現在普通の経済力でも、育ちというか、家風が違うんだから
言葉遣いや態度が庶民と違うのは仕方ないかもな。

俺は成り上がりのほうが威張ってて嫌い。しかも下品で。
いくら能力があってもキライ。

920 :日本@名無史さん:03/04/20 22:41
NHKの松平アナは旧華族の癖に下品だね。

ああいうのは公家華族にもいるんだろうか。

921 :日本@名無史さん:03/04/20 23:06
松平アナは久松系の旧幕臣の出で華族ではありません。

922 :日本@名無史さん:03/04/20 23:42
>>918
それは下衆下郎の僻み根性だな。
お前みたいな乞食はとっとと出て行け!
ペッ!

923 :日本@名無史さん:03/04/20 23:53
>>916
日本は君主国じゃない。

924 :日本@名無史さん:03/04/20 23:55
>>918-919
元殿様華族を親族に持っている身とすれば、貧すれば窮すな人達だ。


925 :日本@名無史さん:03/04/21 10:30
先祖自慢だけが生き甲斐の香具師ってのは最低の人種。
人の生まれや毛並み、家系が気になって仕方ない連中なんて、
競争社会に適応できないルーザーさ。

926 :日本@名無史さん:03/04/21 15:51
元大名華族は上品な人が多い

927 :日本@名無史さん:03/04/21 17:11
>924
あらら、親族がそういう人だと鬱ですね。
でも貧乏でもちゃんとしてる人はいますよ。
元華族といったって金太郎飴じゃないんですから。

>925
>先祖自慢だけが生き甲斐
>人の生まれや毛並み、家系が気になって仕方ない連中
こういうのはちょっと嫌ですよね。でもみんながみんなそうじゃないし
こういう人は身内からも嫌われるでしょう。

競争社会とか、それへの適応が良いか悪いかってのは別の議論。

928 :日本@名無史さん:03/04/21 19:01
ここは歴史上の華族について語るスレッドであって、
おまえらの親族自慢や人間性について語るスレッドではない。

929 :日本@名無史さん:03/04/21 19:04
公家華族: 乞食みたいなもの
大名華族: 強盗みたいなもの
新華族 : 裏口入学みたいなもの

930 :日本@名無史さん:03/04/21 19:06
士族:落ちこぼれみたいなもの

931 :629:03/04/21 19:24
>930
コンプレックスのかたまりか?
士族こそが近代日本の基準なんだよ。
日本の近代というのは士族的近代だから。
戦後になって平民的近代になった。

932 :日本@名無史さん:03/04/21 19:32
一新後、士族の多くが人力車夫や荷車引きになったそうだが(w

933 :日本@名無史さん:03/04/21 19:45
 それでも、平民が宰相になったのは昭和に入ってからだよ。
 広田弘毅ね。
 「平民宰相」を自称していた、原敬は南部藩の家老の息子だよ。
 士族階級は、昭和に至るまで、政官軍界の指導者を輩出していたよ。
 士族の族称欄が戸籍から廃止されたのは、昭和17年になってからだしね。
 

934 :日本@名無史さん:03/04/21 19:56
文麿の弟、近衛秀麿は敗戦後、交響楽団を引き連れてドサまわりやってた。
戦前は子爵の身でありながら没落の悲哀を感じてたのだろう、今思うと。

935 :日本@名無史さん:03/04/21 20:50
秀麿は、敗戦直前、「華族は全て処刑される」との噂を聞いて、爵位返上
をした卑劣漢。まあ、こいつ以外にも、同じ理由で爵位返上した人間は少な
からずいるけど。
 お前ら公家華族は1000年来、皇室の盾として存在している訳だろうが、
「皇室の為なら、わが命など問題ではない」と考える
のが普通。
 こりゃ日本も負ける訳だ。
 これが臣下筆頭、近衛家の若様(次男だけど)だと考えると情けなくなる。

936 :日本@名無史さん:03/04/21 21:08
公家は臆病で卑怯なものと相場が決まっています。

937 :日本@名無史さん:03/04/21 21:22
公家出身でも、醍醐忠重海軍中将のような人物もいるぞ。
 清華家の当主でありながら、海軍でも一番過酷な潜水艦乗りを勤務した
筋金入りの軍人だよ。
 秀麿の兄、文麿とは学習院時代の同級生だよ。
 清華だから、摂家より家格は落ちるが、次男坊の秀麿よりは家柄は上だよ。
 昭和天皇の信頼も大変厚かったよ。(侍従武官の経験あり)

938 :日本@名無史さん:03/04/21 21:40
皇室の盾にならん公家など、生きる価値なし。
 

939 :日本@名無史さん:03/04/21 23:12
長袖者にそんなこと求めてもねえ・・・

940 :日本@名無史さん:03/04/21 23:16
>>933
原敬は平民だぞ
華士族の分家は平民って規則を知らんのか

941 :日本@名無史さん:03/04/21 23:44
>>941
 でも、親の代までは士族だった訳でしょ。広田の父親は平民だよ。
 田中義一も父親は駕篭かきだったけど、毛利の殿様の駕篭かきだったから、
父親は士族だったよ。
 広田以前は足軽出身者でも、一応、士族だった訳だったし。

942 :日本@名無史さん:03/04/21 23:52
 >>939
 兄貴の文麿もとかく問題があった人だけど、「戦犯逃れのために爵位
返上」なんて破廉恥な真似はしなかったよ。
 摂家とは言え、次男坊が子爵号をもらえたの。
 

943 :日本@名無史さん:03/04/22 02:50
爵位返上一覧
ttp://wolfpac.press.ne.jp/kazoku00.html

返上日時で大体誰がヘタレかは推測できるけど、
終戦前後でも違う事情で返上した人がいるかも知れないので
参考程度に。
ヘタレ華族が一部いる一方、返上せずに
踏み止まった者が殆どだということも忘れずにいよう。
偏向は思考停止だからね。

944 :日本@名無史さん:03/04/22 03:00
>>935
摂家に生れながら、次男であるがゆえに子爵しか貰えなかった恨みでもあったんじゃないの。

945 :日本@名無史さん:03/04/22 03:02
>>942
摂家だから次男坊が子爵を貰えたの。

946 :日本@名無史さん:03/04/22 03:04
終戦の後、昭和天皇が華族制度の廃止を伝えるために
華族を招集した際、宮中に参内したのは島津公爵以下200人ほどだったらしい。
まあ、疎開やらなんやらで東京にいなかった連中もいるんだろうけど、
終戦時の華族数約900家中200家っていうのは、少ないと見るべきなのかな。



947 :日本@名無史さん:03/04/22 03:09
まぁ、天皇家と利害関係が一致していたから、家族をやっていたわけで。
天皇家が有害と判断したら、距離を置くよな。
後醍醐の頃の摂関家が良い例だ。

948 :日本@名無史さん:03/04/22 08:42
華族の一族でも平民がいっぱいなわけだが。
それと、明治から戦前までは商人的近代だろ。
資本主義社会が士族的近代ってアホか
戦後は農民的現代


949 :日本@名無史さん:03/04/22 14:11
華族はまともだ

950 :日本@名無史さん:03/04/22 15:37
>942それより気になったのは近衛本家も文麿の没後襲爵
出続き取ってない事。意外だった、、、長男がシベリア抑留だからな。
誰が継ぐかって問題が出てきそうだけど。

951 :日本@名無史さん:03/04/22 20:50
文隆が芸者に産ませた、隆明がいたけど、幼少だったので除外されたよ。
 結局、文麿の次男の文隆が継承し、文隆には子供がいなかったので、細川
家に輿入れしてた文麿の娘の子、忠煌が養子に入って継承したよ。
 

952 :日本@名無史さん:03/04/22 20:59
それで、去年テレビでやってた近衛家の御曹司(名前忘れた)の顔立ちが
なんとなく細川護煕に似ていたわけか。

953 :日本@名無史さん:03/04/22 21:04
>文隆が芸者に産ませた、隆明
その後、俳優となり70年代は「仮面ライダー」など特撮物に多く出演した。
レギュラーとして村上弘明主演の「仮面ライダー(新)」(1979)がある。

954 :日本@名無史さん:03/04/22 21:22
 隆明は運が悪いよね。
 世が世なら、近衛家の当主。文隆には他に子供はいなかっので。
 役者としても、大スターにはなれず。
 本妻に子供がいなければ、妾腹の男子が継承するのが公家社会の常識。
 
 

955 :日本@名無史さん:03/04/23 21:32
新スレたてたよ。
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1051101082/l50

956 :日本@名無史さん:03/04/24 03:47
長袖の軍人といえば、醍醐のほかに、町尻量基(壬生基義)と
柳原博光(大原義質)がいる。

957 :日本@名無史さん:03/04/24 11:27
堂上華族・諸侯華族出身の将官は激しく少数だったそうだ。

958 :日本@名無史さん:03/04/24 12:29
東隆明氏が近衛家当主になるべきだろうな。

959 :日本@名無史さん:03/04/24 19:10
>>957
数自体が士族や平民に比べて激しく少数なんだから当然ではないでしょうか

960 :日本@名無史さん:03/04/24 19:36
旧華族出身の大学教授なんかは割に多いのだが。
京大の岩倉先生や中川先生、慶應の鹿園先生、東大の近衛先生、学習院の徳川先生(故人)なんかがそうですね。

961 :日本@名無史さん:03/04/24 19:44
筑波常治なんて人もいた。

962 :日本@名無史さん:03/04/24 19:45
飛鳥井雅道も

963 :日本@名無史さん:03/04/24 19:59
国文学の冷泉勝彦なんていう人もいるね。


964 :日本@名無史さん:03/04/25 03:59
足利さんも京大。飛鳥井さんも京大。岩倉さんも京大。
家族コレクターだな。

965 :日本@名無史さん:03/04/25 09:49
>>961
この方はたしか早稲田の出身。
筑波家って皇族から臣籍降下した家だよね。

966 :日本@名無史さん:03/04/25 14:05
>筑波家って皇族から臣籍降下した家だよね。

そうです。
候爵 筑波藤麿氏(山階宮菊麿王・第三男子)が初代。
その息子さんですね、常治さんは。

筑波家は今も菊栄親睦会のメンバーだったと思います。

967 :日本@名無史さん:03/04/25 22:01
 昭和天皇は公家華族代表として、醍醐中将には海軍の、近衛文麿には政界の
指導的人物になることを大いに期待していたんだが。
 醍醐も近衛は学習院の同級生で、名門(清華・摂家)の当主、父親を幼少時代
に亡くしたなど共通項が多いよ。
 昭和天皇は、公家華族は1000年来の仲間と言うことで大切にされたが、今上陛下
はそれ程でもないよ。

968 :日本@名無史さん:03/04/25 22:34
だから、みんな恐くて逃げてるんだろ。

969 :日本@名無史さん:03/04/25 22:47
 違うよ、今上陛下が独身時代に公家華族(伯爵以上)の娘の中から、
お妃候補を選ぼうとしたら、目星をつけたお姫様はみんな結婚してしま
った。
 それ以来、公家華族はお嫌いらしい。

970 :日本@名無史さん:03/04/25 22:53
ホー今も昔も同じか・・・・今昔物語集

971 :堕天使:03/04/26 00:09
http://life.fam.cx/

972 :日本@名無史さん:03/04/26 01:13
>969
それ本当か?だとしたらただすねてるだけじゃないの。
お妃候補を選ぶ時期といったらもう既に華族制度は廃止されてたはず。
「扱いは平民だけど妃は出せ」じゃあ話が通らないし
この公家の姫たちの行動は別に非難されるようなもんじゃないよな。
クエーカー教徒に影響されまくった東宮家に大事な娘は
やれないという親心もあったろうし。
でも皇位が伏見宮系に移ったらまた旧華族から妃が立つかもな。

973 :日本@名無史さん:03/04/26 01:25
承子女王が伏見宮系から婿取りをするので、最初の妃はありえない。
でも、次世代には有り得そうだね。

974 :(財)日本相撲協会 :03/04/27 03:52
>>955

 新 ス レ ッ ド は

 当 協 会 が 

状 況 を 把 握 し た 。 



975 :日本@名無史さん:03/05/02 20:28
新スレ

http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1051101082/l50
華族について part2

976 :日本@名無史さん:03/05/04 17:14
軍人は華族になって何かメリットあったのでしょうか?

977 :日本@名無史さん:03/05/08 15:29
でおうでしょう

978 :日本@名無史さん:03/05/13 21:33
bじm。

979 :日本@名無史さん:03/05/14 12:12
(・∀・)

980 :日本@名無しさん:03/05/16 02:00
久爾宮多嘉王に嫁いだ静子妃の実家、水無瀬子爵家について教えて。三笠宮妃百合子様の実家が高木子爵家だけど、宮家に嫁いだ人の実家が子爵っていうのは、あまり例がないような。久爾宮家と水無瀬家は何か関わりがあったのでしょうか。

981 :日本@名無史さん:03/05/16 13:55
水無瀬子爵家は水無瀬神社と関係があるんでしょうか?
堂上公家だからなんらかの関係があるんでしょうよ。
宮家の姻戚が子爵ってのは確かに低い。
高木子爵家は元河内丹南藩1万石の諸侯。大正期は事業の失敗で子息二人に風船を売らせて、その収入で家計を賄っていたそうな。
戦後間もない頃の当主は、貧困のあまり山中に入り確か自殺したように思う。

982 :日本@名無史さん:03/05/17 09:25
貧困のせいで自殺したんだったか。

貴重な昆虫標本のコレクションを戦災で焼失し、絶望して失踪自殺したように聞いているが。

983 :日本@名無史さん:03/05/17 16:12
>>981
高木家自体は1万石の小大名でも、百合子妃は母方で柳原二位局の血縁です。

984 :日本@名無史さん:03/05/18 00:54
なるほど。大正天皇の生母の血縁という関係から、百合子妃はお妃に選ばれたのか
もしれませんね。ところで、香淳皇后こと良子様を昭和天皇のお妃にと推したのは
貞明皇后ですか、それとも昭憲皇太后でしょうか。ある本(タイトルは忘れました
が)には、良子様は宮家の出身ですが、貞明皇后は摂家とはいえ臣下の出身です。
自負心の強い貞明皇后は、自分より高い家柄の良子様をお妃にすることを嫌がった
みたいなことが書かれていました。それは事実でしょうか。


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