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現代美術を観るにはどんな知識が必要か?

1 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/10 23:01
中原祐介の著書は超必見。

2 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/10 23:25
グリーンバーグ

3 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/10 23:35
http://www.successlove.net/i/index.cgi?id=WxfXBgtejp


4 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/10 23:46
現代までのあらゆる美術の内容や歴史などについての知識。とりあえず。

5 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/10 23:51
夢見心地で見る。

6 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/10 23:51
実際の作品を出来るだけナマで見る。何はともあれこれは大切。
「現代」美術ってことで新鮮な作家のはリアルタイムで見ておこう。

7 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 01:09
>>5
そんな鑑賞法では一生現代美術を理解することは出来ません。
現代美術を観るためには,世界史,日本史は当然のこと,
政治学,倫理学,宗教学,さらには
科学,地学,量子力学など,多面的な知識が不可欠です。
現代美術は20世紀を迎えた人間達が生み出した
「哲学」なのです。
知識が無い人は観る資格すらありません。
勉強しなさい!!

8 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 01:16
>>7
アハハハハハハ

9 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 01:22
>>7

ある意味正しいが、5000年くらい生きてからでないと、俺には無理かも。
しかし、作る資格はどうなる?

10 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 01:48
7みたいな頭でっかちなやつが入り口でデカい面
してっから美術ファンが増えないんだよ。まじでうざい。
俺は作る側だしちゃんと色々勉強してるよ。
でも最終的にはパッとみて面白いかどうかが全てだろ。
頼むからこれ以上ファンを減らすのはやめてくれよ。

11 :わたしはダリ?名無しさん?     :02/11/11 01:51
もう21世紀だしな

12 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 04:14
この板の仕組み


000000000
    ↓

  
DQN ←  常識人
↓       ↑      10人の住民がそれぞれローテーションで
↓  
常識人 →  DQN      役を演じてます。


13 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 09:49
>>9

>>7が言うような知識が必要なんだなという知識があれば十分かも。

14 :黒の騎士:02/11/11 10:23
>10がいっているようなことは殆ど同意なんだけど、一つ
現代美術理解の入り口として即物主義というのはあげられると
思う。そしてこの思想は現代では音楽からありとあらゆる面の
文化で関係しているからおぼえた方がいいと思うよ。

簡単にあげれば「絵画とは点と線の集合体である」ということと
「絵画は描かれている構図や色のみで評価されるものであって
それとは関係の無い文学性や物語などで評価されてはならない」
ということだね。で最後に「だから純粋に点と線だけで語られる
美術は美しい」ということなんだ。でその反対が「ロマン主義」
といわれるものだ。

ちなみに絵画ではこのような考え方が芽生えたのは例のピカソの
分析的キュビズムからだといわれている。だからピカソは現代美術
アバンギャルドの創始者、象徴とされている。

えてして現代美術を理解できないという人は現代美術絵画などに
ロマン性を求めるから理解できないんだ。たとえばモンドリアン
の絵にロマンを求めようとしても縦線横線しかないわけだから
どだい無理なわけ。でもそんな物語や文学性がなくてもモンドリアン
の絵は十分美しいわけよ。それが分かるか分からないかの違い
だね。






15 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 16:35
>>10
一般大衆に受けないからとか、大衆を気にしてる時点で腐れマルクス主義だよな。
「オレはアーティストだ」とかいってふんぞり返ってるやつほど
社会主義の残党なんだよ。現代美術は勉強しなきゃ語る価値ねーんだよ!
面白けりゃいいとかほざいてる
大衆主義のマルクス野郎は作品つくる必要なし。
どうせ見る価値もないようなへぼいガラクタでも
つくってるんだろうよ!
現代美術は一部の人間のものなんだよ!

16 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 17:59
ある意味正しい。
が、歴史を観ろ 反大衆主義が生き残った歴史はあるか?
現代美術を語る前に現代の社会を語れ>15

17 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 21:24
では語ろう。現代美術は社会を反映する鏡だからね。
現代美術のサーキットの中心であるヨーロッパの政治思想は,
大きく分けて人定法派と自然法派にわかれている。
※あとは副島隆彦の本読んで勉強しなさい。
(中略)
とにかく日本は戦後,欧米から輸入した政治思想の本質を
充分に咀嚼しないまま湾曲した思想・主義を発展させてきたのだよ。
そして大衆主義の根本思想である社会主義,共産主義が
誤った思想であることはソ連の崩壊をもって実証済みである。
これが現代の社会の構図だ。
反論してみたまえ。>16


18 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 21:28
板って何?DQNって?>12



19 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 21:42
現代美術って具体的には、
どんな作家のどんな作品を指しているのでしょう?
日展だって募集広告には現代美術って書いてあったりするし、

20 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 23:10
現代に埋没して生きている人間は現代美術に縁が無いと言う事か。




21 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 23:31
>10
明快な解説だ。
なるほど。確かに、ベラスケスだとかルーベンスだとかの絵を見ても、新(旧)約聖書とかギリシア神話の知識、または世界史の知識、が無いと良く分からんと思ったな。

その点現代芸術は教養主義と切り離されて純粋に視覚美のみに訴えているという事なのでしょうか。
それとも、7の言うように、むしろよりいっそう、鑑賞者に量子力学や化学など広範な知識を要求するものなの?












22 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 23:35
「感覚的にみて面白く訴えかけるもの」
「理屈で作品の良さが見えてくるもの。」
「感覚的に見て面白く理屈もちゃんと理解するともっとよくなる。」
の3パターンなのか?



23 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 23:47
例えば、今、国立近代美術館でやっている、「連続と侵犯」展の正面にドンと飾っている巨大な赤ん坊を見て何を思うのでしょうか。
少なくとも、考えさせられるのは確かだ。普段考えていない事を考える切欠にはなって面白いと思った。
しかし、そういう個人の主観的な思いとは別に、作家が表現したい「何か」というのは在るものなのですか?
百人百様の思いとは別に客観的な主題というのが存在するのでしょうか。
目が肥えている人同士では共通な理解があるものなの?



24 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 23:50
「ソ連は共産主義ではない(苦笑)」

で充分だと思うが。

25 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/11 23:56
正しい人
7を笑い飛ばした8

26 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:01
7は正しい事を言っているように思う。


27 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:06
マルキストって今何やってるの?まだ生きている?

28 :24:02/11/12 00:10
生きててもマルキストやってないんじゃない?
(つか、オレはマルキストじゃなくてアナキストなもんで門外漢)

政治討論ならそっち系の板で相手してやるよ。どうよ>軽く左派批判してるそこの知ったか君

29 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:12
つか、芸術は主観か客観か とか青臭い議論してからのほうがいいのかね

30 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:15
おまえが命がけでやってるならな。芸術も命がけなんだろ?あ?

31 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:16
いささか、被害妄想かと>24

32 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:16
俺もそう思う。美術系の大学入って美術のことや
それ以外の勉強してたら,現代美術の作品
なんか面白くなってきた。


33 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:18
やっぱりアナキストは税金なんて払いませんか。

34 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:20
例えばどんな作品が面白かったですか>32




35 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:20
>23
私もその点は疑問に思います。
現代美術の作家さんって結局目立ちたがりなのでは?
客観性など存在しないように思います。

36 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:20
歴史が反大衆か大衆迎合(烏合)か とかは
命がけで話すことだろがおまえら甘すぎ。ぬるすぎ。
しょせんその程度なんかおまえらの表現ってもんはよぉ。社会と切り結んでねぇのに現代美術名乗ってるとは笑止。芸術ごっこやな。

と煽っておく。

37 :25:02/11/12 00:21
お、レスがついてる
いやマジで知識は必要ないと俺は考えているんだ。

例として、ピカソがキュビズムの頃、なんつーったかな?
どっかの親父描いたんだよ。んで、ピカソがその親父の知り合いに見せたが
だーれもわからんかった、が、子供が当てちまったんだよ
「○○叔父さんだ!」ってね。子供に知識はないわなw。

まー当てた当てないなんてことで理解がどうとかの証明には弱いとおもうが、
勉強しなきゃわかんねーつのには疑問を感じ得ない。

そりゃ文化的な差異は目につくし、その方面の勉強はしたほうが理解の手助けにはなる。
が、エッダであったぞ?「人なんてものはどいつもこいつもそう大差はない」ってな。

38 :25:02/11/12 00:22
って人気あるのねこのスレ

39 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:23
まあ,討論したところで俺の勝ちは明白だがな。
どうせたいした知識もないんだろ。
それから「軽く」ではなく「重く」だよ。
>28

40 :>33:02/11/12 00:23
払いたくないが払わされてるな。年金は払ってねぇよ。
つか、皆の役に立つ税金は払ってる。アナキストって社会共同体は重視するんだよ。まず勉強せぇ>33

41 :>39:02/11/12 00:25
そうか良かったな (笑)
おめでとう。

42 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:27
>だーれもわからんかった、が、子供が当てちまったんだよ

ピカソは別に似顔絵書いているつもりは無かったでしょうに。


43 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:29
で、君はこのスレで何をしたいの?>アナキスト君

44 :28:02/11/12 00:30
>39
開陳しときな。せっかくだから。

>43
39の言い分をもっと書かせてあげてみたかったり(微笑)

45 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:31
東京都現代美術館でやってる(た?)ベルリンのアート。
なんか現代美術の雄って感じでよかった。

といっておく。>34

46 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:35
開陳って何?>44

47 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:36

あ、俺も見に行きました。
いや、確かになんか面白かったという気はするのだけど、だからってこう魂を揺さぶられたりするほどじゃない。
また、何が面白かったのか言語化出来る訳でもない。
非日常的な空間に放り出されて感覚が麻痺しちゃったような不思議な感じはしたが。


どうよかったですか?>34

48 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:37
知識はやっぱ必要だよ。
必要ないって人は,勉強したくないから,
もしくはバカだから逃げてんだよ。


49 :47:02/11/12 00:39
>45 のまちがい。



50 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:39
この前関西方面に行って,仏像とかいっぱい見てたら
現代美術が恋しくなった。

51 :>46おめぇはよ!:02/11/12 00:41
かいちん【開陳】
自分の意見や考えなどを述べること。(新辞林 三省堂)


52 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:42
水槽にライトが当たってて,展示期間中,
アオコとか微生物が繁殖してくやつ。
見えないけど静物の存在がクローズアップされてくる
感覚があった。>47

53 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:42
なんだかしらんが盛り上がってるな! ふー

54 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:43
もお収まりそうだけどな

55 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:44
レスってなんですか?初心者なもんで・・・

56 :47:02/11/12 00:45

発泡スチロールの床(この辺は「廃墟」をイメージしているのだろうけど)の先に6つくらい緑色の水槽みたいなのが設置されていましたよね。
あれ、微生物を繁殖させていたのですか。。気がつかなかった・・。

57 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:45
誰か!煽れ!このスレを歴史に残すのだ・・・・

58 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:46
一部無駄に盛り上がっている気はするが。。

59 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:46
>48 知識は必要だ!もちろんだ!禿同だよ!
つまりこのスレタイに戻るわけだ。

60 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:46
収まらないかぁw

61 :>58:02/11/12 00:47
禿同だ! いいかげん疲れたな! 寝る!

62 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:47
つか。割と人いるんだなぁココ

63 :56:02/11/12 00:49
奥にあった,無言の人の顔を延々流してる映像作品も,
出演者に「未来のことを想像してください」って
質問をしてからその顔をとってるらしい。
こういった知識入れとくと現代美術もわかりやすいよね。

64 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:50
禿同ってなに?

65 :似たようなもんだろ?:02/11/12 00:50
現代美術の盛り上がり → 一部の無駄な盛り上がりor盛り上げ

66 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:51
ここに何人いるか当ててみよう!
うーーん。2人!!!

67 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:51
風呂わかしたんだけど。あんたら温泉の元とか入れてる?
あれっていいんかなー?

68 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:52
ということで風呂はいってくる。1人抜け

69 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:52

そういう知識はどっから取り入れてくるんですか?>63

70 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:52
黒の騎士ってだれ?知識ひけらかしてるようで
的はずれな奴。

71 :それは:02/11/12 00:52
湯ノ華だな!

72 :69:02/11/12 00:53
入り口で配られるパンフだよ。
誰でも手にはいる。

73 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:53

・・・・。

74 :同じく:02/11/12 00:53
降りた。ふーーーー

75 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:54
現代美術に温泉持ち込むな!!
まさか・・・温泉も現代美術!?!
しまったあ!!

76 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:55
最低限現代美術に必要な知識は,「世界史」「西洋美術史」
だね。

77 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 00:56

一人芝居の上に拍手まで自分で演出している哀れなブサヨクが釣れたようです。

78 :>77:02/11/12 00:59
ぬるい観察だな。

79 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 01:04
一時期、銭湯がずいぶん取り上げられていたなそういえば。あれはなんだったんだろうか。

80 :10:02/11/12 01:10
なんかレスが付いてら。スレもえれー伸びてんな。

とりあえずアレだ。勉強して深みの増さない表現は飽きる。
でもパッとみてつまらんかったら誰もそこまで突っ込んで来ないっつーこった。
ものには順序がある。中身は大事。でもその中身も見た目でしか伝わらん。
それが視覚芸術。OK?「作品の見た目はつまらんけどこの作家すき〜」
なんてありえねーだろ?そういう事だよ。

81 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 03:26
禅とかどうよ?

82 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/12 08:40
>「作品の見た目はつまらんけどこの作家すき〜」

ありそうだが。 投資的に好き。 戦略的に好き。

83 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/14 00:51
むしろ、こんなところに書き込みができる程度の知識を持ってしまった猿に
すら、「完全な無知」を要請するのは不可能だ罠

84 :みつ:02/11/18 17:59
作品は意図や、メッセージを備えているものでしょ?。
誰に、または、どこ(対象)に対して向けているのかというのがないと成り立たない。
土着的とは言わないまでも、その作者の生まれ育った文化、環境と密接に関わっているわけでしょ。
フォーマリズム(地域性や物語的、象徴的内容をもとに作品を語るのではなく
作品の見た目、形式、スタイルのみを話題にする考え)はそれにかわるものだったけど。
現代の美術(絵画)は、また過去のような、文化教養が、必要になってきた。
文化の異なる作品を理解するには、そういう意味で相手方の環境から、考えていかないと理解できなし、楽しめない。
外国映画のパロディーとか見ても笑えない経験ってあるでしょ。
むしろ問題なのは、外国の文化土壌で培ってきたアウンの呼吸的な、皮膚感覚的なものを、日本人が作品に求めても滑稽じゃないか?ってこと。
日本人が、国籍を捨て、異国の地で表現していくなら、まだしも日本人として育ち、日本を対象に発表するのになぜ
異国の文化を理解しないと成立しない作品を作らないといけないのか?
文化交流的に異文化の作品をギャラリーや、美術館で紹介する場合は、素のままだとたしかに難解。
でも日本に日本芸術が、活性化していたとならば、日本現代美術ファンの中で、「よし!勉強して異文化の芸術を理解してみっか!」
って思う人たちが増えるとは思う。
欧米の大衆がアートに接して「むむ〜」って頭をひねったとしても、日本人が「むむ〜」って頭をひねるのとスタートが違うし
難解さの意味が違う。若者の笑いのセンスは落語世代の方にとっては、「何がおかしいんで〜?」って思うだろう。そんなもんだと思う。
へんな例えだけど。

85 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/18 18:17
作品を観るのに知識なんかいるのか?
製作年代とか、技法とかで分類でもするのか?

86 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/18 20:24
>85
必要だよ。だって時代によって作品がつくられる背景って違うもん。
封建社会の時代には画家はパトロンの注文に応じて描いてたわけだからね。
そもそも「美術」ってことばも明治時代以降につくられたもんなんだ。
現代美術は今の社会が個人主義だから成り立っている。
ちなみに美術作品の場合「製作」ではなく「制作」ね。

87 :みつ:02/11/18 22:01
↑そうなんです。

88 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/18 23:05
>85
まあ確かに、ないよりはあった方がよいと思うが、ある程度でいいと思う。
肩ひじはらずに自分の好きなモンいっぱい見るのが一番だと思うよ。
本物いっぱい見て、知りたくなったら勉強すりゃいいんじゃない?

89 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/18 23:07
>>86
時代によって背景がちがうからなんなの?

90 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/18 23:27
>89
絵具に違いが出てきたりして画面も変わってきた。

フレスコからテンペラ絵具へ
油絵具からアクリル絵具へ
より物質的になったりとか

時代によって背景が違うか絵も変化してきてるんじゃないの?

91 :みつ:02/11/18 23:53
技法の他に、絵の中に登場するキャラクター(又はモチーフ)が登場する意味とか。
例えば、(例えに使う絵は仮にだから意味はないけど)下着姿の少女が立っていた絵が
あったとして、二の腕に赤いハンカチが結ばれていた、、、とする。
その作品の受ける印象は、それぞれ文化の違う人たちが観賞した場合、国民性の違いだけで
赤いハンカチの意味する所が変わってくる事だってある。しかも少女+赤いハンカチ!の
組み合わせで反応が変わる国だってありうる。何とも思わない文化もある。
昔は宗教とか時の権力者の影響から発生した物語性だったけど、
現代は、むしろ、メッセージを盛り込む為に、意図的に、確信犯的に、そういった印象を
利用するようになってきたと思う。だから、ある意味では、フォーマリズム(スタイルだけ観賞して、意味を含めない)
が幅をきかせていた時代の絵画の方が、わかりやすかったかも知れないね。
どっちにしても、西洋のルールだけど。

92 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/18 23:59
知識とは何かを論じるための知識も必要だな。

93 :みつ:02/11/19 00:31
作者側は他の文化のルールを知っておくべきだけど、観賞する側は、知的好奇心をそそるかそそらないか程度でいいんじゃないかと、ぼくは思うな。
本来(っていうか理想?)は、同世代(同時代)のしっかりした意図がある作品は、知識があるなしに、共鳴するものがあるんじゃないだろうか。
血が騒ぐとか、逆に目障りとか、むかつくとか、気になるとか。まずそれがないと(素の)鑑賞者はその先に踏み込まないと思う(記憶に残らない)。
知識や勉強は興味がわけば自然と行うだろうし。


94 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/19 01:15
>93
>作者側は他の文化のルールを知っておくべき

作っている奴は、そんな事1mmも考えちゃいないと思う罠。

95 :みつ:02/11/19 01:18
94さん、すいませんが、もっとくわしくお願いします。


96 :みつ:02/11/19 01:25
といっても、もう寝ますが。
失礼します〜。

97 :みつ:02/11/19 07:48
ぼくが、知り合った人で、発表している方のほとんどは、ぼく以上にくわしく
ドイツ美術やアメリカ美術などの話をしてくれてる。
「ぜんぜんわかんないよ〜」なんて半分おちゃらけてみたら、真顔で「作る側なのに、、知っといたほうが
いいよー」とたしなめられたりもした。たしかに活動している作家さんだなと思ったよ。
特に、現代絵画系の作家さんは、(めざしている人も)情報や、文化思想を知ることに積極的だ。
でも、予備校で働いていた当時知り合った同僚の中で、そちらをメインに生活して発表活動を
リアルに考えていなかった方は、「現代美術はわからん!知らん!」って言ってました。
いずれにしても、作家なりのスタンスでおおよその流れは知らないと(っていうか知識を
もたざるえなくなる?)
かといって、先程かきましたが、西欧の流儀を盲信するつもりはありませんが。


98 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/19 08:20
現代美術を見てるととても恥ずかしくなります。
他の文化(科学、哲学、アニメ、、、何でもいいけど)のつまみ食い
真にクリエイティブな力を持った人は別の分野に行くでしょう。
本当の天才が現代美術でやることなんて何もない。
何も生み出せない凡人さんが他の文化の成果を消費するパフォーマンスをしてるだけ。
実際の力ではなく、架空の力を扱う手品師。
まあそれを楽しめる人がいるならそれでいいけど。
凡人、素人さんのサークル活動、カルチャー教室。。。それが現代美術。
ちゃいますか。

99 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/19 09:46
今の現代美術ってコンセプチュアルアートが主流になっている気がする。
だから、どんな意図や経緯があって作家がその作品を作っているかという
作家の思いをわからないで鑑賞しないと、美術知らない人でも勉強している人でも
鑑賞法がわからないものが多いんじゃないかなあ。
普段生活して目にしているものでも(例えば腐りかけたパンとか)作家が考えて
配置しておけばそれが作品として成り立つこともある。
もちろんこういう類いの作品は過去にもあったけど、絵画とか彫刻みたいに
形がきれいとか、構図がいいとか、技術があって上手い、と素直に見れるものじゃなくて
考えさせられるものがいっぱいある…ような気がする。うまくいえないけど。

100 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/19 10:32
>95、
作る奴が、文化のルールを知っているというよりは、
作る奴は、いろんな国の作家を知っているだけかも。

101 :みつ:02/11/19 12:39
100さん
言葉ってむずかしいですね。
「文化のルール」てかいたのは、その前後の流れからわかると思って簡単にまとめて「ルール」っていっただけなんです。
その国のアートとその国の文化の関係をはらんだ、文脈的ものを、ルールっていうちょっとへりくだって使いました。
ですんで、作家の名前をやたらミーハー的に詳しい人もいれば、その国の作品内容の傾向(その国の文化的嗜好含め)まで
しらべようとしている人まで、ピンきりで、「作家を知ってるだけ」って限定はできないですよね。


102 :PURE-GOLD:02/11/19 13:13
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103 :みつ:02/11/19 15:15
98さん
そうとう嫌がってますね。
社会的献身度でものごとをとらえるとおかしなことになるかもね。
哲学者は、何かを生み出すか?生み出さないか?その発する言葉は直接人に働きかれる力があるのかないのか?
評論家は、他人の土俵で相撲をとってるのか?それとも何かのつなぎ役なのか、小判ザメなのか?
その道の専門家や生産者は、畑が違えばそれに関して無関心か?関心があるのか?
実力があるのは、物質をつくれる事なのか、言葉で人を動かせる事なのか、立ち止まらせることなのか、人の病をなおせる事なのか、
人を満足させられる事なのか、

、、、と、いろいろ問題が出てきますね。
これは、うけうりですが、前に読んだ本の中に
数学者と哲学者の対談がありました。おたがい、似ている所が、あると。
畑こそ違うが、やっていることは、「そこに、とどまること。」だそうです。
数学者の場合、なぜ、それが、2になるのか、それをひたすら証明することだそうで、
それは、哲学でいうと、「ある」と「ない」の違いはあるのか、ないのか。って
延々、文字で、証明と否定をくりかえす、そうです。
そんなことに生産性があるのか、ないのかの議論はおいといて、ぼくが、興味を
もったのが、その2つとも西洋からきた、ということ。
アートも西洋からきた事をおもえば、、数字や文字を使わずに、違う形式で、似たような
事をしていると想像はつきます。論じるのが、好きなお国柄ですから。
だから日本人は、アートに虫が好かないのかもしれません。



104 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/19 21:36
>>90
>フレスコからテンペラ絵具へ
>油絵具からアクリル絵具へ
>より物質的になったりとか

なるほど、絵をそういう風に見ているんですね。それなら、知識は必須ですね。

>>91
色々書かれていますが、鑑賞との繋がりが全く見えません...。

105 :みつ:02/11/19 22:10
104さん
話の流れとしては、「現代美術を勉強しない人は観賞するな」「現代美術は難解な方がいいんだ」
等のやりとりだったと思ったので、自分なりのスタンスを語ったまでです。
それとも、観賞の仕方を教えてほしいのでしょうか?
といっても、ピンきりで膨大ですよね。

106 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/19 23:15
>>105
>それとも、観賞の仕方を教えてほしいのでしょうか?

??いいえ。
書かれていることと、鑑賞の関係を知りたいのです。

107 :106:02/11/19 23:20
>>105
あ、鑑賞とは全く関係ない事を書いていたのですね。

108 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/19 23:41
>>103
別に貢献度で計ろうってわけじゃないよ。数学者でも哲学者でも
技術者でもお笑い芸人でも、彼らが勝負している固有の領域ってもんが
あるでしょ?現代美術のそれって何?
コンセプチュアルアート?本当にコンセプトを創造する奴なら言葉で
それを表現するよ。それがもっとも豊かに厳密に効率よくかたちにできる
だろうから。
結局誰かが生み出したリアルなものに寄生することでしか表現できない
連中だけが現代美術をやっている。つまりはシロートってやつ。別に
いいんだけど。それを喜ぶ奴がいても。
でもときどき不安にならないかな。例えばノーベル田中さんとか見て、
全く無名でもリアルに何かを発見したり生み出したりしている世界が
あるのを感じて。
自分たちの「手品」に深刻なむなしさを感じたりして。無いか。

109 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/20 00:18
>>105
あれ?
>>87では、>>86の鑑賞には知識が必要だという意見に賛成してますね。

110 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/20 00:20
フジコフジオさんの絵って、一つ一つの形が閉じてるじゃない。
あーゆー、閉じた感じって子供には安心できるのよ。
現代美術も閉鎖した世界だから、若い人には安心できるんじゃないの?

漫画=ポップ、とか、駄洒落=既成の価値観の破壊 とか、
決まりきってるからね。
本来、そんなもの状況に応じてどうにでも変わるものだと思うのだけど、
彼らにとってはいつも同じみたいだし。


111 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/20 02:33
↑それわかるわ〜。
年取ると別にどうでもいい事になってきたりすんだよ。
カッコつける必要がなくなるから。

112 :みつ1:02/11/20 11:23
長いので、わけて書き込みます。
109さんー!
、、、、あのー、ぼくが、いっていたのは、
本来の(西欧概念の)現代美術が、日本人からみると、難解で、文化的嗜好などによる、知識がないと
もし、例え(万が一にでも)、理解出来たとしても、「で、それが、何で面白いの?」ってな
事に、なるんですよ。日本人の文化的嗜好からふまえた、美術であるなら、たとえ少しひねった、考えかたを
してても、専門知識を今さら勉強しなくても、皮膚感覚的なところで、伝わるものが、(よかれ、悪かれ)
あるのではないかな、、とかいたんですよ。
で、西欧の美術には、フォーマリズム(意味は略)意外の西欧の美術には、技法やら、画材やらの変化に、
それぞれ、作者側の意図が、盛り込まれてますよ。、、って事を86の方は発言していたので、
それに賛同したまでなんです〜。

113 :みつ2:02/11/20 11:25
くりかえしちゃいますけどー、それが、日本人にあわないんだとしたら、現代日本人の批評美術を
つくればいいんじゃないの〜?っっって、ぼくは思ってるんですよ。
物を作る人はそういった西欧との問題関係を視野に入れて日本人は日本で活動すべきだ。と思うんです。
でも、観賞者にとっては、そんなとこまで、理解せー勉強せーっとは言わない、言っちゃおしまいだと
思うんですよ。 
例えば、過去の、アニメ「ど根性ガエル」の、ぴょん吉の絵が、もし仮にあったとしても
日本人は別に勉強しなくても、「わかる」わけです。
外人から見たら、それはただの「カエルの絵」というレベルで終るわけです。日本人はそれをだだ、「あっ
ぴょん吉の絵だ〜」って思うだけではなく皮膚感覚的にその時代や、そのストーリー性やらが頭に浮かぶわけです。

114 :みつ3:02/11/20 11:25
そこまでを西欧の人は、勉強できても世界観漂うユーモアまで体感出来るのか?って言う問題を
日本人が、西洋現代美術に対峙したときに、感じる問題なんです。
西欧は娯楽や科学、など各分野の成果や、結果に影響されず、ミックスしたところで、パロっちゃいましょう!!!って言う
「机上の空論遊び」的なことをやってるわけなんです。(現代美術の専門家が、これ読んだらみたら怒るだろうか、、、)
でも、こ難しい専門用語を連呼したくなかったので、こんな例えをしました。「パロディー」は
極論として受け取って下さい。
以上の話しは、98、108さん(多分同一の方?)に対しても聞いてほしい事です。


115 :みつ:02/11/20 14:32
108さん
コンセプトは、意図や意匠のようなものですよ。(辞書では確かめていませんが)
「コンセプトは、MDのデザインにもあるし、家具にもあるし、広告の映像にもあります。
言葉を操る、もの書きを商売としている人にもコンセプトはあります。それらは、効率的
なだけなんですか?むしろ効率性を懐疑的な立場から考え直すことで、おもしろさが生まれてくる
んではないでしょうか?
伝わることよりも伝わる課程や、手段の違いや個性差でそれぞれ、広がりが、あるではないでしょうか?
文字や言葉を手段とした場合でも、文学や、歌や、詩や、哲学や、俳句や、コピーなどなど、
伝わる事を目的としただけではない、手段や、課程を楽しむジャンルがあるじゃないですか。
効率よく伝えるためだけならば、メガホンもって、ただ、街頭で演説したり、本を出版したりすれば
いいんですよ。
でもそれは、美術とはいいませんよね。もちろんノーベル賞の田中さん例に出しましたけど、
科学も直接は美術ではないですよ。なにか混同されてませんか?
美術は科学ではないし哲学でもないし数学でもない。
デザイン分野で、アニメや、科学の発見や知識、を引用して、パッケージデザインやポスターを
つくるのは、良くて、現代美術での引用はだめなんですか?
あと「結局誰かが生み出したリアルなものに寄生する、、、」ってかいてありましたが、
リアル感は、もととも文明や時代で変化する。共同幻想かも、、、?というところ
から、まず発しないと、とんでもない倫理観に陥る事になる。もし寄生していたとして、、
でも社会で寄生しないで発展するものなんてあるんですか?影響し影響されるのが社会ですよね。
それに、手品は手品で、ジャンルとしては、立派なエンターテーメントだとおもうんですが、、、。
そういった「まるで、工芸品のようだ」とか「イラストみたい」とかそういうネガティブな言い方
自体、検証していこうというのが、批評美術(現代美術)の目的だったりするんですよ。
もちろん108さんからしてみれば、「例え」だと思うんですが。
人間生きているといろいろ、無意識に植え付けられてる、固定観念や、慣習があるもんです。
それを検証していくのは、エンターテーメントでは、やりにくいことです。



116 :みつ:02/11/20 15:40
訂正。
115でのぼくの発言で
「伝わることよりも伝わる課程や、手段の違いや個性差でそれぞれ、広がりが、あるではないでしょうか?
文字や言葉を手段とした場合でも、文学や、歌や、詩や、哲学や、俳句や、コピーなどなど、」の
中の哲学は、勢い入れてしまいましたが、
哲学は直接は美術じゃないでした。


117 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/20 19:09
みつさんばっかりだ。w 
ごめん。。途中から読んでないんだけど、私の場合は、
実存主義、フロイト、→ 初めて美術が好きになった。(現代美術
仏教 → 日本人画家
ざっとこんな感じだったな。あくまできっかけだけどね。
実際、絵を見ているときにそういうことは考えてないけど、やっぱり、意識にどこかしら影響は受けてるんだろうなぁ。。


118 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/20 20:04
芸術はきれいであってはならない
芸術はここちよくあってはならない
そして芸術はいやったらしい

119 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/20 20:52
taro?

120 :みつ:02/11/20 23:25
117さんは、気になった現代美術はありました?
印象とか?

121 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/21 00:16
見るのには知識なんて必要無いでしょ。ただ作品を見て
「これって何?」みたいな好奇心がわかないような人は
最初っから現代美術なんて無理だと思う。んで作ってる
人にはその「これって何?」って好奇心に応える奥行きを
持った作品を作って欲しい。でもその応え方はやっぱり
他所でも手に入る知識よりもその作家個人の哲学である
方が嬉しかったりする。

俺的結論:見るのに知識は要らん。でも好奇心は要る。

122 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/21 00:24
自分の頭のよさを誇示したい人に「俺って頭イィ!」って優越感を
提供するタイプの芸術も存在しますな。俺は好かんが存在は認めてる。

123 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/21 00:32
見るのには知識なんて必要無いと言いたいけど個展とかやると
色々と質問されるんよ。「ここは何故木を使ったのですか?」
みたいな。理論武装は大袈裟でもそれっぽい答えは必要になる。
正直、いい作品作ってなきゃ何も質問されないからそういう
準備は必要無いともいえる。

一時期、現代美術で「見ても分からない奴には説明しても分からん」
的な意味不明さが作家のスタイルだったときもあるが、結局は
単語の意味も分からず言葉をしゃべる無理がほころびて衰退した。
創り手の部分に対する解釈があいまいだと、全体の統一感を欠いて
いまいちぬるいものになる。半端に多弁じゃだめなんだよ。
自分の世界観を徹底的にロジカルに固めるか、直観的に理解
される境地を築くかだな。
無論、後者は至難の業だがな。


124 :109:02/11/21 01:10
>>112,>>113,>>114
何となく分かりました。
芸術は”理解”するもの、”分かる”もの、というスタンスなんですね。
だから、”理解”したり”分かる”為には知識が必要である、ということですね。

素人ですが、私はそうは思わないんです。
”理解”したり”分かる”というのは、正解のあることが前提になります。
しかし、芸術作品に正解があるとは思えないし、正解を確認できるとも思わないんです。
芸術家が作品を提出したとき、その作品が全てではないのでしょうか?
もちろん、私は作家ではないので、本当の所は分かりません。
もし、芸術作品というものが理解する物だとして、作品を理解する為に必要な知識が
あるのに、作家がその知識を明示しないとすると、芸術作品はなぞなぞのようなものに
なってしまいますよね。そういうものでしょうか?

125 :109:02/11/21 01:10
>>124の続き

それからまた、芸術作品を理解するのに知識が必要であるのに、その知識を明示しない
のは、それを理解するプロセスや広がりを楽しむ為なのでしょうか?
私は、芸術家が作品を提示したとき、作家は自分が表現したいのもの全てがその作品で
表現されていると考えていました。

作家にとって、自分の作品を見てもらうときに、時代背景とか作家の生い立ちとか
生活環境などを考慮に入れて見られるというのは不本意ではないかと思っていました。

どう思われますか?

126 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/21 01:15
誰もが芸術を理解しようとする。ならば、なぜ鳥の声を理解しようとはしないのか。
人が、夜や花を、そして自分を取り巻くすべてのものを、
理解しようとしないで愛せるのはなぜだろうか。
なぜ芸術に限って、人は理解したがるのだ。            パブロ・ピカソ




127 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/21 07:34
>115
>でもそれは、美術とはいいませんよね。もちろんノーベル賞の田中さん例に出しましたけど、
>科学も直接は美術ではないですよ。なにか混同されてませんか?
>美術は科学ではないし哲学でもないし数学でもない。

だから科学でも哲学でも数学でもアニメでもお笑いでもない、美術の固有な
領域って何?
引用してもパクっても盗んでもいいんだけど、それで結局美術は何を
生み出してるの?
わかりやすくいえば、例えば現代にダビンチのような飛び抜けた創造性、生産性
をもった天才がいたとしても、絶対現代美術なんてもんはやらんわな...って
こと。例えば本当に超能力があったら、手品なんかしないよな、っとこと。
かえってわかりにくいか?

128 :みつ1:02/11/21 12:27
109さん
どうしても言い漏らしのないように微妙なニュアンスまで、伝えようとすると長い文になってしまい、
逆に伝わりずらくなりがちで、すいません。

>芸術は”理解”するもの、”分かる”もの、というスタンスなんですね。
だから、”理解”したり”分かる”為には知識が必要である、ということですね。

その「理解」とか「わかる」ということの根拠が、問題だと言っていました。
どんなに知識を要しても、本当に理解する、されるというのは難しいと思います。
むしろ、「理解」「分かる」ことを前提とせず、「共感するか?、しないか?」とした方が
コミュニケーションとしては、より人間的なんではないか。と思うんです。
それは、例えると、お笑いのセンスや、ユーモアは、理屈が、分かっても、世代や文化が
違うと笑えない、事態が生じます。逆に、意味が分からなくても、例えば
ちょんまげのカツラの人が、登場しただけで、笑える事もあります。「なんで、みんな
笑ってるの?」ってことになります。
共有するなにかしらのムード(あいまいですが、)が、共感するためには、必要です。
文化が、違えば、知識というものの非力さが上からわかると思います。
ですので、むしろ、鑑賞者に対して、知識は必要とは思わず、共感出来る作品を
まず見つけるほうが、健康的と考えてます。それが、得てして異文化のアートは見つけるのが
難しいといっていましった。

129 :みつ2:02/11/21 12:29
109さん
>芸術作品に正解があるとは思えないし、正解を確認できるとも思わないんです。

そう思います。むしろ本来の観賞としては、正解をあてることでもないし、「質問に答えなさい」
というものでもないと思います。作家のやる行為に、共感出来たか、出来ないか?だと。

芸術家が作品を提出したとき、その作品が全てではないのでしょうか?
人の行為には、表裏があります。その裏を想い、人を信じる事もできれば、不本意に誤解されたり
する事もあるでしょう?人をもてなそうとした行為が、人の怒りを買ったり。
全てであって、きっかけでしかないと思う。


130 :みつ3:02/11/21 12:31
109さん
>作家がその知識を明示しないとすると、芸術作品はなぞなぞのようなものに
なってしまいますよね。そういうものでしょうか?

「知識を明示する」のではなく「共感するきっかけを、示す」べきだと思います(言葉のニュアンスを受け取って下さい)。 

例えば、過去に、ぬいぐるみを使った展示をした海外作家がいました。それから一時期一斉に
ぬいぐるみを縛ったり、目をとったり、いろいろいじった展示が増えました。
ぬいぐるみに対する嗜好は、世代や、文化を問わず幼児体験と無意識につながる場合が多いらしく、わりと
新鮮に共感された経緯がありました。それまで、ぬいぐるみは、幼稚性の象徴で、表現としては「くまちゃんちゅき!の未熟な表現として敬遠されてた。(ただ、日本では、インスタレーションの概念が定着してないので、興味のある方だけしか知られてません。)

答えを探すというより、作家の行為に漂う(裏に感じる)ムードや、意図、を自分の尺度で想像する、、という方が自然とぼくは、考えます。

131 :みつ4:02/11/21 12:35
104さん
>それからまた、芸術作品を理解するのに知識が必要であるのに、その知識を明示しない
のは、それを理解するプロセスや広がりを楽しむ為なのでしょうか?
知識を明示することをダサイと思う作家が多いと感じます。
それは、正に109さんの通りと感じます。
作家にとって、意味が伝わらない事より、善かれ悪かれ、展示行為のムードに対し
何も心に残らないことの方が、恐いと考えているんじゃないかと。
(それは、裏を返せば、その作家が、鑑賞者のバックボーンに対して無知だったことを
証明しているから)

ちなみに、現代美術はの意味は、「現代の美術」ではなく、過去の世代の価値観にとらわれず
今生きる人達の問題として共感できる美術表現を考えようという概念と認識しています。
ですので、例えば、「狂言」って実は、今で言うお笑いとお笑いと変わらないんじゃないの?って視点で
過去の芸術的価値を変換していく考えとか、別に過去ではなく、現代の価値感をパロディー化(別に笑わせなくていい)
することで何か、感じ方を変えようとしたりとか。


132 :みつ5:02/11/21 12:38
104さん
>私は、芸術家が作品を提示したとき、作家は自分が表現したいのもの全てがその作品で
表現されていると考えていました。

制作理由は、実は作者もハッキリしていないと思います。時代のムードでそう突き動かされる場合の方が
多いのでは、と。 ハッキリしているのは、むしろ展示方法の意図だと思います。で、その意図と展示方法
について、いろいろ議論されるのでは、と。
で、観賞する立場としては、結果だけ見せられるわけですから、逆の経路をたどって、作家の意図を感じようと
想像(あくまで想像)します。でもいい作品との出合いは、意図が理解というより、共感に近いと思います。
共感できたか出来ないかは、多分自分の言葉(経験からくる感想)として、語れる事が出来るか出来ないかだと思います。
だって正解の言葉やはじめから用意されてはいませんし。


133 :みつ6:02/11/21 12:44
104さん
>作家にとって、自分の作品を見てもらうときに、時代背景とか作家の生い立ちとか
生活環境などを考慮に入れて見られるというのは不本意ではないかと思っていました。

確かに、作家にとって嫌がる人はいると思いますよ。「俺はオレだ!」って。でもなぜ人間は
表現する生き物なのか?っていう事を想えば、その人の生きた時代を理解しないと、その人のリアルな声は
それこそ理解出来ないことになります。極端な例ですが、戦時下に戦争画を描いた日本人画家の絵を見て、
「うっわあー零戦だー」とか、印象派のマネの絵を見て、「ああ、青い絵の具が、この人好きなんだな〜おれも好き〜」
っていうだけでは表面的ですし。
ただ、始めに観賞するには、それで自然だと想いますが。
評論家や専門家は、その時代から、文化からいやらしいくらい分類するわけですよ。

うっわ〜、おれって向いてないのかな〜こんな長い文。自分で恥ずかしくなる。
始めて訪れた方ごめんなさい。引かないで下さい。




134 :127さんへ、みつより:02/11/21 13:35
>だから科学でも哲学でも数学でもアニメでもお笑いでもない、美術の固有な
領域って何?
話しが大きくなってませんか?「固有の領域」?
美術のジャンル、種類の話しですか?インテリアデザインとか、、環境デザインとか、、?
それとも、メディア(内容を伝播させる為の手段)は何かっていう話ですか?
それとも、美術ならではの効果(効用)の話しですか?
例えば、科学固有の領域とは!?アニメ固有の領域とは!?といわれて困りませんか?
それって「じゃ、芸術ってなんだ!?言ってみろよ!」っていうのと同じですよ。
それは、定義づけの話しまで言ってしまいませんか?言ったとこで、127さんは納得される
のですか?凄い抽象的な話になりそうなんですが、、、。

>それで結局美術は何を生み出してるの?
 例えば、「科学は何を生み出したか?生み出す事によって人って幸せになれてるの?」って
考えるきっかけを生み出しているとぼくは、思います。
 例えば、「100メートルを数秒で競う選手の(超)能力や、手品師が、ホントに物が消えた様に
錯覚させる手先の器用さや頭脳の鋭い方の(超)能力と、誰でも手で曲げられるスプーンを、手を使わずに
曲げる超能力のどっちがすごいのかを、比較する事の滑稽さを、考えてもらうきっかけを
生み出していると思います。

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136 :109:02/11/21 23:00
>>128
>むしろ、「理解」「分かる」ことを前提とせず、「共感するか?、しないか?」とした方が
>コミュニケーションとしては、より人間的なんではないか。と思うんです。

”共感”って、広辞苑を引くと”他人の体験する感情や心的状態、或いは人の主張などを、
自分も全く同じように感じたり理解したいすること。”とあり、単に”理解する”や
”分かる”よりも、より強力に”正解”に到達した状況に思えます。

私は”理解”や”分かる”という事を否定していますので、当然”共感”という状況も
否定してます。”共感”しているかどうかは、正解が無いと判断できませんよね。
ということで、>>129>>130も同様に賛同しかねます。

137 :109:02/11/21 23:01
>>132
>制作理由は、実は作者もハッキリしていないと思います。

問題にしているのは、製作理由では無く、作品そのものです。
文章力には自身がないので、簡潔にした方が良さそうですね。

作家にとって作品は完結したものなのか、それとも他に付け加えるべき物があるのか、
という事です。付け加えるものとは、作品を見る時に前提としている知識などを指しています。
さて、いかがですか?

138 :109:02/11/21 23:01
>>131
>ちなみに、現代美術はの意味は、「現代の美術」ではなく、過去の世代の価値観にとらわれず
>今生きる人達の問題として共感できる美術表現を考えようという概念と認識しています。

素人ですが、このあたりに現在の芸術が行き詰まっているように感じられる原因があると思います。
芸術家が”過去の価値観にとらわれない”という価値観にとらわれたり、”美術表現を考えよう”
などと考えているせいではないでしょうか。

芸術家が作品を作るとき、それは既存の(他の作家の)作品には自分を満足させられるものが
存在していないから、という理由ではないのですか?そして、その結果として、それが新しい
表現であったりして、自分で作品を作るまでには至らないまでも、既存の作品では十分に
満足できていなかった(または、もう飽きちゃた)人々の支持を得るのではないですか?
そして、”現代美術”という分類は、研究者や評論家が行う物で、作家自身は自分の作品が
どんな分類にされようとも作品そのものの意味には関係がないわけですから、”現代美術”
と呼ばれても、”ふーん、そうなんだ。”程度の反応でいいんじゃないでしょうか?

139 :みつ1:02/11/22 12:38
109さん
>”共感”って、広辞苑を引くと”他人の体験する感情や心的状態、或いは人の主張などを、
自分も全く同じように感じたり理解したいすること。”とあり、単に”理解する”や
”分かる”よりも、より強力に”正解”に到達した状況に思えます。

正にその言葉どうりの意味でぼくは使いました。
美術を、お笑いを例に出したのは、「お笑いとはなんたるか、日本文化嗜好と、お笑いの歴史の
関係」なんて事を考えて笑う人はいないはず、ましてや、ムードだけで、笑えたりできるのが、
人間のすごいとこです。っていうのが、わかりやすいかなって理由で出しました。

何度もくり返しになりますが、”西欧”の現代美術は西欧の文化土壌から、育った知的ゲームの
ような物です。それを「理解」することは出来ます。要は学者みたいに勉強すれば、いいんですから。
でも果たして、それをお笑いみたいに笑う(共感)出来るのか?っていう考えの立場なんです。
まあ、テレパシー(ニュータイプ)ではないんですから、本当の共感なんて、不可能で錯覚なんですが、
それを言わない間でも、常識的な範囲での自己完結型の共感(造語ですが、、)を言っています。
品のない例えですが、幼児虐待というキーワードを展示空間から、連想させる為に
日本人が、共感(共有)するイメージを、まず、使わないと鑑賞者は、そのムードさえ感じ取れない、、
ということです。ドイツの作家の展示作品で、赤ん坊の人形が沢山床にころがっていて、その人形の
腕やお腹や背中に、日付けが刻印されていたそうだ。その様から、すぐにその人形(子供)が、体罰を
加えられた日付けを意味しているとは、連想つくだろうか?日本人にとってのイメージの提示の仕方は
こうでは、ないだろう。と。

140 :みつ:02/11/22 12:39
109さんへ
>作家にとって作品は完結したものなのか、それとも他に付け加えるべき物があるのか、
という事です。付け加えるものとは、作品を見る時に前提としている知識などを指しています。
さて、いかがですか?

展示方法には、様々な提示の仕方があります。1つ前で例に出したドイツの幼児虐待の作品には、
補足として、壁に虐待された幼児のカルテがはられていたそうだ。そういうデータ的扱いをする
ケースもあれば、すべて、連想されうるキーワードを物に託して、その場に設置している場合もあります。
作家により、道しるとなる補足文章や、そのままコンセプト文を提示している方もいます。
個人的な美意識から、その国の発表形式からくる美意識などピンきりです。


141 :みつ3:02/11/22 12:41
>芸術家が作品を作るとき、それは既存の(他の作家の)作品には自分を満足させられるものが
存在していないから、という理由ではないのですか?そして、その結果として、それが新しい
表現であったりして、自分で作品を作るまでには至らないまでも、既存の作品では十分に
満足できていなかった(または、もう飽きちゃた)人々の支持を得るのではないですか?

そういう人々の想いの歴史の積み重ねによって、「現代美術」という概念が、分類された。と
131で、いっていました。評論家、歴史家の方々は、常に、現実や過去を納得しやすい形に
分類し意味付けすることを生業としているのだと思います。


142 :みつ4:02/11/22 12:43
109さんへ
>”現代美術”という分類は、研究者や評論家が行う物で、作家自身は自分の作品が
どんな分類にされようとも作品そのものの意味には関係がないわけですから、”現代美術”
と呼ばれても、”ふーん、そうなんだ。”程度の反応でいいんじゃないでしょうか?

西欧では、その現代美術というジャンルが、日本で言う絵画、日本画、はたまた日展のような存在感で
定着し、受け手(鑑賞者や、消費者)のマーケットが確立しています。ですんで、「現代美術家になるぞー!」
って言う人が、いても不思議はないんです。
ただ、日本において、現代美術家になるというのは、難しい。発信する側に対して、受けてが定着して
いないのだから。かといって、「コテコテのバラの絵に、金の額縁、、」「モチーフといえば、田園や、
港風景や、リンゴ、花瓶を、写真みたいに、ただそっくりに写しただけの絵」
に満足していない人たちは日本にもいます。でもその人たちは、西欧の文脈の流れで、日本で現代美術
をやってても、無理があるといっていました。
そういう人たちに限って、日展、二科展や、日本での印象派絵画の嗜好に、嫌悪感をあらわにしています。
(ぼくも過去そうでした)でも、肝心の日本という場で表現していくのに、その現実を受け入れて、
逆にそれを利用する(言葉は陳腐ですが)ぐらいでないといけないと、いっていました。

143 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/22 13:01

ここまでの経過を解りやすく、簡潔にまとめてください。

144 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/22 13:18
>>143
素人(複数人か)が素人らしい質問を繰り返しているのに対して
みつ氏が孤軍奮闘しています。やや頑張りすぎてます。


145 :みつ:02/11/22 13:24
簡潔にまとめれば、まとめるほど、言葉のニュアンスのずれが、生じるもの。
(自分のボキャブラリーのなさでもあるんですが、、)ですんで、出来れば
読んでほしいんですが、(本より短いし)

現代美術は知識が必要か?→勉強しないやつあ見てはいけない、一部の人たちのもんだ。
→西欧みたいに現代美術が定着してれば、知識なくても楽しめるよ。第一、文化嗜好が違うし。
日本文化嗜好(自分中心でよろし)にあう現代美術を、難しいが、さがせばいい。頭だけで無理して理解しても
しょうがない。日本人作家が西欧に引きずられすぎてる。(みつの立場)
→で、109さんとの言葉のやりとり。

146 :みつ:02/11/22 13:32
144さん
過去に、生徒指導で、過労で倒れた事あります。
わかってくれるまで、話す。粘着気質なんでしょうね。自分
制作に支障のない程度に楽しんでます。
でも、引かれてないか心配です。
そろそろ引こうかと、、、、。

147 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/22 14:21
名画は時代が経っても飽きがこないが、
現代美術は100年後、一体どんな評価を受けるんだろうね。クスッ

148 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/22 14:23
>>145
でも正直アートワールド(中村氏の造語)のサーキットが
ヨーロッパにしか存在しないのは、現代美術が彼らのものであって、
日本がいくら現代美術だ、なんだって騒いでもそれは所詮
アートシーン(中村氏の造語)でしかない。
なぜなら日本の文化は過去からずっと他の文化の模倣でしかないのだから。
日本の現代美術はどう頑張っても「アートシーン」どまりってこと。

149 :みつ:02/11/22 17:42
148さん
残念ながら、ぼくもそう思わざるをえません。
でも、西欧の現代美術とは違うかたちでの美術の展開はあるのか、今後どうかえて
いくべきか、ものを作る立場として、「しょうがない、どっちでもいいじゃん、」
とは思いたくはないと考えています。

150 :みつ:02/11/22 18:00
147さん
>名画は時代が経っても飽きがこないが、
現代美術は100年後、一体どんな評価を受けるんだろうね。クスッ

「名画」と言うフレーズを聞いて、どんな絵を思い浮かべますか?
ひょっとしたら、思い浮かべた絵の、ほとんどが、西洋絵画なのではないでしょうか?
西洋美術の文脈のもとに名画というすりこみを(過激ですが、)されてきた部分が多いのでは
ないでしょうか?
だとしたら、現代美術というものが、西洋のものであるかぎり、100年たっても、何年たっても
名作(名画)のほとんどは、西洋の(現代)美術の価値観を日本は影響を受け続け、美術の価値を
西洋にゆだねるかたちが、これからも続くのでしょう。




151 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/22 18:42
>>147
それもそれで極論なような
年輪を重ねても生き残った作品は刷り込み以上の”なにか”があると思います。
東西の文化を超えた普遍的な”何か”があると思います。
日本の作品でも例えば”阿修羅像”などは一級品ですよね?
西洋人でも心が動くものだと思います。

現代美術は今後淘汰されていくのは自然なことだと思います。
ですが全て淘汰されるわけでなく、生き残るものは絶対あると思います。

152 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/22 18:44
>>147
もとい
>>150

鬱だ死んでくる。

153 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/22 22:23
100年後、、、、、、
いわゆる現代美術が否芸術であろうとするとき、
隣にあるいわゆる名画なような既成の芸術が光って見えたりするわな。
現代美術って、名画名品の引き立て役のような価値しかないのかもな。
で、その効力が切れたときが消費期限、、、、、、、

154 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/22 22:50
無言のまま同意を促してくるヘゲモニーだからね、美術は。
金と女と権力と政治。けっ。

155 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/22 23:54
>>154
歪み君だね! 「けっ」てあたりが切ない・・・・

156 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/23 00:24
歪まんといい絵は描けんじゃろ?つか154はまともだよ。

157 :147:02/11/23 01:13
>150
名画=西洋画ねえ。単純すぎないか?
漏れは日本画や水墨画の方が好き。
でもまあ、西洋画も好き。
現代美術でもキーファーやリヒタ−、デミアンハ−スト、
シンディーシャーマンとかは好きだけど
森真理子とかは糞だと思う。
あでもハイレッドセンターは好き。


158 :109:02/11/23 02:15
>>139,>>140,>>141,>>142
残念ながら、コミュニケーションが成立しません...。
>>144の書き込みからすると、美術の関係者には質問と回答がきちんと対応している様に
見えるらしいのですが...。どなたか解説してもらえるとありがたいです。

ただ、ここまでのやり取りから分かったことは、みつさんが芸術の鑑賞には作家と鑑賞者の
間には共通認識がなければならないと考えていること。

現代美術が100年保たないだろうと言うことと、名画と呼ばれるものが西洋絵画であること
ことが話題になっていますが、その原因は芸術に通認識が必要であると考えていることに
あると思っています。

芸術が西洋の文化に立脚しているとしても、百年も経ってしまえば作者の生きた時代のムードを
感じることは不可能です。それにもかかわらず、百年以上も前に描かれた絵画が名画として
現代にまで存在し続けていることは、作者と鑑賞者の間に共通認識や共感を必要としていない
事を示す証拠だと思います。

例えばある作家が人間の醜さを表現したくて一枚の絵を描いた時、同時代の同じ文化を共有
する人々には共感やムードが伝わるでしょう。しかし、異なる文化の人は人間の美しさを
感じて感動を憶えるかも知れません。時が経つと、作者と共通の文化を持っていた人達も
時代背景に違いが生じてくると、もはや作者と共通の感覚を保つことは出来なくなります。
しかし、今度は同じその絵から人間の深い悲しみを感じる人が出てくるかもしれません。
もし、こういう事が起これば、その絵は文化と時代を超えて人々に感動を与え続ける事に
なります。
この絵は、名画ではありませんか。

名作と呼ばれる芸術作品は、作者の想いや文化、時代背景とは無縁に人々の心の中に
何らかの感覚を呼び醒ます作品のことではないでしょうか。

こんな風に思っているのは私くらいなんでしょうか。

159 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/23 03:14
>>158
普通なら「勉強してこい」の一言で済まされる質問に
ほとんどのレスでみつさんは非常に丁寧に解答してますよ。
コミュニケーションが成立しないと感じるなら主にあなたの責任でしょう。


160 :わたしはダリ?名無しさん?:02/11/23 08:19
>>159
語彙選択もコミュニケーションスキルの1つですよ。
長々と述べれば人が解するというわけでもなし。
それこそ持論をわかって欲しいだけの”げろ”みたいなものです。


161 :みつ1:02/11/23 22:45
109さん
仕事だったので、いま見たらいろいろ書いてありますね。
あのー結局109さんは、ぼくにどういう答えを求めているのでしょうか?

>名作と呼ばれる芸術作品は、作者の想いや文化、時代背景とは無縁に人々の心の中に
 何らかの感覚を呼び醒ます作品のことではないでしょうか。

この言葉から察すると「美術に知識は、いらないんだ」という109さんのメッセージが
感じとれます。
それで、間違いないのなら、ぼくも、あなたと、同じように、先程から言っているんですよ。
多分、ぼくの文章の中に何度も登場する、「共感」という言葉が、109さんにとってひっかかる
んだとしたら、100っ歩ゆずって、「ぼくの共感」という言葉のニュアンスに近い
言葉を、あなたの文章から、探すと、、、、

>時代を超えて人々に感動を与え続ける事になります。

 の、「感動」と

>名作と呼ばれる芸術作品は、作者の想いや文化、時代背景とは無縁に人々の心の中に
 何らかの感覚を呼び醒ます作品のことではないでしょうか。
 
 の、「何らかの感覚を呼び醒ます」 の以上2つの言葉にあてはまると思います。


162 :みつ2:02/11/23 22:46
つづき
美術は、感じることが、出来ても、理解はできません。文献や、時代背景や、技法知識技法の
歴史をしることは、作品観賞とは別次元の2次的観賞に他なりません。
もちろん知識をえることで、作品の違う理解が広がります。美術を知る事と作品を観賞することは
表裏一体です。どちらから踏み込んでも個人の自由です。でも、「感動」や「何らかの感覚を呼び醒ます」
ことは、知識を得る事とは直接関係ありません。
「モナリザ」を知らない人にモナリザの良さを、言語でどんなに事細かに説いたとしても
「感動」や「何らかの感覚を呼び醒ます」ことは、出来ません。
現代美術においても、同じで無理して頭から、「理解」しても「感動」や「何らかの感覚を呼び醒ます」
事が出来ないくらいなら、それは「わたしにとってリアルな作品じゃないんだ」と切り捨てればいい。
だって、文化圏の違う美術だから、無理はない。問題なのは日本人が、西欧の文脈で、制作した作品を
日本で発表するのに無理があるよ。今生きる日本人に「感動」や「何らかの感覚を呼び醒ます」
事を前提とした、日本人の為の美術を、西欧の価値観に影響される事なく制作するのが、これから
大事だと思います。、、、、、、、
109さん、これで、どうでしょうか?

163 :みつ3:02/11/23 22:48
つづき
ぼくは、言葉や、知識だけでは、到底、乗り越える事(伝える事の)の出来ない魅力を、秘めた美術表現
というものを、求めている立場としては、言葉の威力と同時に言葉の無力さをリアルに実感している
者のひとりです。
言葉は、その人の思いの全てを語ることは出来ません。言葉はあくまでも形に出来ない思いを、共通概念
として、代弁しているにすぎません。が、ともするとその言葉の使い方によってお互いがいらいらして
衝突のもとになったりします。実は、嗜好の違いだけで、大事にしたいことは、そんなに大差はないと
考えています。
別に、現代美術を擁護する気もなければ、阿修羅像や、水墨画をどうこう言う気もありません。

ただ、147さんの発言、

>名画は時代が経っても飽きがこないが、
 現代美術は100年後、一体どんな評価を受けるんだろうね。クスッ
>年輪を重ねても生き残った作品〜
 
という言い方から感じられることは、、

美術を語る時、又は、評価をする時、必ず問題としていることに、その美術的価値は、過去にゆだねられる
場合と、美術の権威にゆだねられる場合が、多い。ということ。
時代時代によって、その時代のムードによってある作品が「名画」として知名度が、上がったり、
認められたり(政治的な思惑もあり)するんです。

164 :みつ4:02/11/23 22:49
例えば、(伝統工芸や、日本画の命名に由来する問題、意味や略)。
時間が、たたないと(歴史に名が残らないと)認めなかったりする態度は、常に権威的なものに
無意識に依存しているのです。
(西洋(外部)で、有名になれば、認める。なんとなく受け入れるというのもあるのではないでしょうか。

しかも、100年たって、残ったものがいいんだ!という態度は
常に、、現代人の表現を(未知(新世代)の作品や表現形式)を、他者や、外部の判断に、ゆだねる姿勢
と何ら変わりないのではないだろうか。

ぼくが、これまで話していた事は、例えば、能や、阿修羅像や、水墨画を、ハリーポッターや、
ビートたけしなどと同じように、同時代のリアリティーとして、日本人は、その文化を体感出来ている
のか?ということ。
同じ世代の作家と鑑賞者とが、同じ時代のムードで共感しあえる美術を考えられないか、ということです。
名画(それは常に過去に対して使われる)のように、評価する時代の価値にゆだねられるではなく
その作者の生きた時代の共有する価値観の中で積極的に評価していく姿勢が、現代美術と解釈されるべきと
考えているのです。


165 :みつ5:02/11/23 22:50
ちなみに、

>例えばある作家が人間の醜さを表現したくて一枚の絵を描いた時、同時代の同じ文化を共有
する人々には共感やムードが伝わるでしょう。しかし、異なる文化の人は人間の美しさを
感じて感動を憶えるかも知れません。

そういうのを、エキゾティズム(エキゾティック)といいます。→異文化の産物をわかる、わからないという文脈を離れて、ただ不思議なものとして受け入れる見方

日本の阿修羅像や、水墨画などを、西洋が、評価するのは、そのエキゾティズムに大きく関わっています。
ジャワ文化はシーザー。韓国は、チマチョゴリ、日本は、フジヤマ 芸者など。
日本人から見るとマダム(日本の御夫人)が、ヨーロッパのお城や、古典絵画に登場するようなお姫さまの
ドレスにあこがれて、「あー外国にきたー」っていう感じを想像して下さい。
別にそれに対しどうこう言う気はないのですが、西洋人は、日本人の文化をそう見ている場合が多いのです。
それは、リアルな日本でしょうか?西洋のエキゾティックなムードを満足させる為の日本のイメージを
逆輸入してはいないでしょうか?
1つの説として聞いて欲しいなと思ってこんなこと書きました。
この考えを押しつける気はありません。
今後の話しのつまになれば、幸いです。


166 :みつ/訂正:02/11/23 23:04
文中内の訂正。
「ジャワ文化はシーザー。韓国は、チマチョゴリ」
シーザーはタイ?とにかく東南アジア圏
としてください。
うる覚えとして了解してください。


167 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

168 :109:02/11/24 00:30
>>161
>あのー結局109さんは、ぼくにどういう答えを求めているのでしょうか?

一番気になっているのは、作品(展示方法や資料など、明示的に作者が用意したもの全てを含んで)
はそれ自身で閉じていると考えているのか、それとも暗黙のうちに前提とした何か(知識、文化など
作者が明示しないもの)を必要とするものであると考えているのか、ということです。

>多分、ぼくの文章の中に何度も登場する、「共感」という言葉が、109さんにとってひっかかる

ええ、引っ掛かります。
私の書き込みから、相当するする表現を取り出してくれたようですが、それらは、共感とは正反対の
意味で使っています。”自己完結型の共感”というものだそうですが、残念ながら理解不能です。

>>164
>しかも、100年たって、残ったものがいいんだ!という態度は

私のものとは少しニュアンスが違います。歴史的背景や文化とは無縁に人々に感動を与える作品は
百年経っても残るだろう、という事です。残った物が良いもの、という意味ではありません。


169 :109:02/11/24 00:31
>>165
>そういうのを、エキゾティズム(エキゾティック)といいます。→異文化の産物をわかる、
>わからないという文脈を離れて、ただ不思議なものとして受け入れる見方

これも違っています。
以前に下着姿で二の腕に赤いハンカチを結んだ少女のモチーフが例に挙がっていましたが、
これを例に取ると、二の腕に赤いハンカチを結ぶことに特別な意味を持つ文化の中で描かれたとき、
作者と文化的背景を同じにする鑑賞者は、その絵からその特別な意味を受け取るでしょう。
しかし、異なる文化の鑑賞者は、赤いハンカチにはそれほど興味が行かないかもしれませんが、
少女の表情に感動を覚えるかもしれません。また、下着姿に特別なエロティシズムを
感じるかもしれません。決して”わからない”という状況での感動ではないのです。

170 :109:02/11/24 00:32
みつさんへ

実は、前のレスを読み直していて、突然分かってしまいました。

私は、現代美術を文化的背景や知識などの拘束から一切解放された、感覚のみ
にその表現を求めた純粋芸術の究極の形態の一つだと思っていました。しかし、

>>139
>幼児虐待というキーワードを展示空間から、連想させる為に

これで分かってしまいました。現代美術は大衆芸術の一つの試みだったのですね。
これに気づいた瞬間、みつさんの書かれたこと全てが何の疑問もなく理解できました。

素人ですので根本的な誤解が多々あるようです。
私の過去の書き込みも、私の誤解を考慮に入れて頂ければ、理解していただけると思います。
ご丁寧にありがとうございました。


171 :みつ:02/11/24 09:21
109さんへ
なるほど!そうでしたか!

あまり力になれたような、気がしませんが、
そういっていただけると、本当に助かります。
こういう事があるたびに自分のボキャブラリーの貧弱さを痛感します。


余談になりますが、
以前に、ある現代美術のグループ展覧会の企画に、ぼくが、参加した際に、ぼくの未完の作品について、
企画者から、いろいろコンセプトなどを問われました。その後、ぼくが、提示した、文章にいろいろ添削し始めました。
単語の意味の使い方を間違っているとさんざん指摘され、それだけで否定された気分になりました。
ですが、その企画者の方は、肝心の自分の作品を、生では見ていませんでした。
結局、展示当日作品を始めて見たその方は、とりあえずは、感動してくれたようです。
言葉を商売としている批評家の、言葉に対する芸術的なまでのこだわりを知ったと同時に
言葉では、100%伝えられないニュアンスを持つ感覚のコミュニケーションの力を
体験した、忘れられない出来事でした。

172 :わたしはダリ?名無しさん?:02/12/17 08:07
アゲ

173 :わたしはダリ?名無しさん?:02/12/17 18:36
この絵のよさがわかる人、解説をお願いします。
http://bbs11.otd.co.jp/tenkamuteki/bbs_plain?base=464&range=1

174 :わたしはダリ?名無しさん?:02/12/19 17:28
ちんこもみもみ、も〜みもみ。

  /⌒\
 (    )
 |   |   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 |   | ∠ ちんこもみもみ も〜みもみ ♪
 ( *゚ー゚∩  \__________
  )つヽノ
  .し(_)


175 : :02/12/20 20:43
美術評論をすると言う事は、評論全てが芸術と認識していると言う事。
個人的には集団での評価が、作品自体の真の評価となるというこのやりかたが嫌いだ。
芸術論とは、良いとされる作品を良い作品として見る為の物差しであると思う。
実際皆はどうだろう。悪い作品とされるものを予備知識、他の評価を知らずに見た時に、良いな、と思った事はないだろうか。
その時の気持ちが実際の、本当の意味での評価と思う。
ただ、あまりに美術に疎ければ、個人の趣味レベルになってしまうが、
自分はそのあり方も正解だと思うし否定もしない。
もし多数で楽しみたいのであれば芸術美術論は必要であろう。


176 :わたしはダリ?名無しさん?:02/12/20 21:03
↑>その時の気持ちが実際の、本当の意味での評価
そういうこと言うとなに言っても総崩れですよ
全部主観なのは当たり前で、にもかかわらず、普遍的な価値を見出すことの困難
て言うのがあるんだから。思ってても否定しなければ。
ってこのスレ読んだことないんでずれてるかな。
語学力はいると思うよ。海外の文献読むのに

177 :176:02/12/21 00:15
それと「見ること」や「感動すること」が絶対的で純粋なもの、みたいな人多いよね
そもそも「見ること」や「感動すること」とはなんなのか
そういうのってどこかの時点で歴史的に制度化されたものではないのか
それら以前やその裏側には何があるのか
とか疑問に思わんのかね

178 :(・д・):02/12/24 02:47
何なに?このスレ。何しゃべってんの?俺も書こうっと。

単なる個人的な鑑賞に、知識は“必要”ではないわな。“あれば10倍楽しめる”くらいなもんで。

作品(のごく一部)を言語化して、他者と共有しましょ♪って時に、
相互の符牒として、知識ってやつが幅を利かせ始める。それだけのことだろ?

なんかこう、変に一般化して「必要か?」ってのはナシな。


あとさ、「現代美術は100年後も残るかどうか」系の議論は不毛だからやめようぜ。
結局、前例(古典)をもとにした議論だろ。

だいたい現代も古典もねーよ。今も昔も、やってることは同じじゃねーか。
価値観や枠組みの“拡張”に華々しく成功したものが「残る」んだよ。違うか?
癒されるだの感動だのって路線はな、「手堅い商売」なだけなの。

そして今も昔も、美術である以上、“拡張”することしか出来ない仕組みなんだよ。
現代美術を見るときに、全く素朴に、「これは果たして美術なのか?」とか思う作品があるだろ?
そういうギリギリのチキンレースみたいなことやってんのが現代美術なんだよ。


なーんつってな。次の方どうぞ。

179 :catt ◆nKX.ore.zA :02/12/24 11:14
旅をするのにふらっと地図を持たずに行くか、ガイドブックで予備知識
(気候、名物、文化など)をしたためて行くか、それぞれの楽しみ方があると思う。
前もって知っていれば旅がもっと面白くなることもあれば、知っていても
タイミングが悪くて見逃すこともある。重要なのは「旅に出たい、何かに出会いたい」と
思う意識の活性化だろ。皆が良いと言い、誉める作品=表現に興味を持つのも懐疑的になるのも
根は同じ所にある。作家=真摯な鑑賞者という立場だとすれば、あらゆる情報に通じた方が
面白いものを見られるに決まっている。まぁ、おれも最近、情報収集さぼっているからあまり
強いことは言えないけどな・・

次のやつ、逝け。

180 :ひろ:02/12/24 11:36
catt ◆nKX.ore.zA さん、
(・д・) さん
ぼくの立てた、スレでも何か、それ系の発言してってくださいな。

現代美術(平面、etc)VS古典美術(絵画・彫刻)

181 :わたしはダリ?名無しさん?:02/12/24 12:23
現代美術作家って、みんなネズミに似てるよね。

182 :ブルース・リー:02/12/24 15:30
Dont' think. Feel.

183 :山崎渉:03/01/08 22:52
(^^)

184 :山崎渉:03/01/18 11:08
(^^)

185 :山崎渉:03/03/13 14:30
(^^)

186 :わたしはダリ?名無しさん?:03/03/16 22:46
百聞は一見にしかず。

187 :わたしはダリ?名無しさん?:03/03/19 11:51
↑うんうん。激しく納得。

188 :ふらんす堂:03/03/19 15:04
好評発売中。ふらんす堂のspeciment
金髪美人のヌードとクローズアップの鮮明な画像。
本体、スーパー3000は、3000画像で構成されています。
料金は後払いです。ご注文・お問い合わせはメールでfuransudo@yahoo.co.jpまで。
御意見・御感想は掲示板“ふらんす堂”http://6124.teacup.com/furansudo/bbsまで。
どうぞよろしくお願いいたします。

189 :探し人:03/03/19 16:28
>>183 名前:山崎渉 :03/01/08 22:52
 (^^)


>>184 名前:山崎渉 :03/01/18 11:08
 (^^)


>>185 名前:山崎渉 :03/03/13 14:30
 (^^)


190 :わたしはダリ?名無しさん?:03/04/07 11:26
なんもいらんでしょ。知識なんてさ。自分なりの見方でOKだ!

191 :山崎渉:03/04/17 09:07
(^^)

192 :山崎渉:03/04/20 04:06
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

193 :わたしはダリ?名無しさん?:03/04/24 13:10
時間とゆとり

194 :動画直リン:03/04/24 13:11
http://homepage.mac.com/hitomi18/

195 :山崎渉:03/05/28 14:41
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

196 :わたしはダリ?名無しさん?:03/06/11 23:55
下らん、お前らの言うことは下らん。

197 :山崎 渉:03/07/15 13:01

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

198 :なまえをいれてください:03/07/23 14:22
ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。

199 :ぼるじょあ ◆ySd1dMH5Gk :03/08/02 03:15
     ∧_∧  ∧_∧
ピュ.ー (  ・3・) (  ^^ ) <これからも僕たちを応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄ ̄∪ ̄ ̄〕
  = ◎――――――◎                      山崎渉&ぼるじょあ

200 :山崎 渉:03/08/15 18:13
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

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